2007年09月28日
色々な質問に対する小林さんのコメントを読ませてもらい感心しました。技術や戦術とは違いますが私が何時も思うのは日本である世界大会での全日本の対戦相手の順番や観客を増やす為にとアイドルグループとのマッチングには何だかなぁと思ってしまいます。小林さん自身、今の大会の演出や華やかさはどう思います?勿論観客は多い方が良いのでしょうがどうも私は冷めた目で見てしまいます。あとあの録画放送、時間帯で勝敗が分ってしまうのが・・・(><)。
バレーボールの世界大会をテレビ局がゴールデンタイムに放映してくれたり、そのほかのメディアがこぞって取り上げてくれるというのは、バレーボールというスポーツに商品価値を見出してくれているという事なのだと思います。
現時点ではバレーボールが人気のある競技(特に女子)という評価で、メディアへの露出が頻繁であると考えられます。
スポーツマーケティングというビジネスで考えると、人気スポーツを商品にして収益をあげようと試みることは自然な流れといえます。
ただしここで、しばし問題にあげられるのが、あまりに商業的になりすぎて本質を見失っていないかということです。
質問にもありますが、
ゲーム前にアイドルグループが演出をして会場を盛り上げ、観客のなかにはゲームを観に来ているのか、アイドルグループを見に来ているのかわからないような人もいるのではないだろうか?という問題もその一つです。
これに関しては以前のBlogもお話ししたかと思いますが、個人的には賛成です。
理由は、メディアが多額の予算を計上してアイドルグループを招き、それにより、目的は?ですが会場に足を運んでくれる観客が増える。
そこで生の緊迫したゲームを観てもらうことによってバレーボールへの興味を生み出す事も可能であるという事。
それからアイドルグループに限らず、その他のイベントを多数開催して多角的にバレーボールを盛り上げても良いのでは無いかと思っているからです。
試合間に和太鼓の演奏をしたり、チアリーディングのパフォーマンスをしたり、サーカスをみせたり・・・といろいろなニーズを持った観客のみなさんを楽しませる策をこうじるのは決して悪いことではないと思っています。
当然バレーボールの試合がメインになって感動を与えられるような場面を沢山創出する事が基本であり理想です。
そのほかのイベントにとって食われるようであれば、その程度の価値しかないという事です。その程度では、いずれ、そのほかのイベントがメインになって、バレーボールの試合が前座になる日が来るかもしれません。
コアなバレーボールファンからすると、一見的な観客に対して違和感を感じるのかもしれませんが、はじめは誰もが一見さんなのですから、その一見さんの心をつかむような試合を展開することが現場の人間にとっては大切なのではないかと感じます。
このような問題提起は、恐らく他の注目度の低い競技団体からすれば、うらやましい悩みなのだと思います。テレビ局がアイドルを呼んで会場に観客を動員し大会を全面的にバックアップするなんて事は頼んでもやってくれることでは無いでしょうから。
結局アイドルグループが試合前に歌って踊っても、試合が始まってしまえば記憶に残るのは試合の内容や会場の雰囲気だと思います。
という理由から賛成の立場をとっています。
それから、試合順を操作する事に関してですが、
ホームチームが有利に大会を進める事は当然だと思います。
日本はまだ観客も大会関係者も紳士的に対応してくれますが、他の国へ目を移すとあからさまなホームアドバンテージがあります。
当然ゲームの中に不公平が生じてしまってはスポーツの意味が無くなってしまいますが、試合順の操作や試合会場の選択、選手達を取り巻く環境設定など、ホームチームにとって有利に働かせることはどこへ行っても必ずあります。
11月に行われるワールドカップは総当たりのリーグ戦ですから、試合順の操作をしても結局強いチームが勝ちます。
しかし、昨年の世界バレーはかなり日本に有利な組み合わせだったと思いますから批判を受けても仕方ないのかもしれませんが結局は強いチームが勝つことには変わりありません。
先日視察に言ったポーランドのWL決勝大会では、地元ポーランド代表と対戦するチームは完全なヒール(悪役)でした。
会場が割れんばかりの歓声をポーランド代表へ、そしてそれにも劣らないブーイングを観客と大会運営者が結託して行っていました。
日本では考えられませんが、会場に掲げられオーロラビジョンには相手チームへのブーイングを促す映像が常に流れていました。
それくらいホームチームへのアドバンテージを与えることは海外では当たり前です。
日本代表チームは国内で世界戦を戦う事が多いので、ホームでのアドバンテージに慣れているため、海外での世界戦に弱いイメージがあります。
日本人的な武士道精神からすると、正々堂々とすべてのチームを平等に扱う事が美徳とされるのかもしれませんが、現実はいかに自チームを有利な状況に置くのか策をこうじることは戦略的には正しいような気がしています。
しかし、ある大会でラインズマンが地元チームへ有利になるような判定を繰り返していたシーンを目にしたことがありますが、これはスポーツの意味を無くしてしまいますから絶対にいけません。
公平であるべき人間は公平でなければスポーツそのものの存在意義を失なってしまいます。
最後に、放映時間の問題ですが、
やはりスポーツの中継は生が一番だと思います。
テレビ局のスポンサーの問題だったり、試合時間の問題だったり、いろいろと制約が多くて難しいことはわかっているのですが、生放送で試合を伝えてくれたらもっともっと面白いと思います。
posted by kobayashi |11:49 |
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2007年09月25日
Q質問です。先月号(9月号)の月刊バレーボールのインタビューで、富松選手がブロックについて、「システムとかいろいろいわれているけど、ブロックは結局、個人技だと思っている」という趣旨のコメントをされています。
コメントを読む限り、富松選手の考え方は、小林さんが今回の記事で指摘されたことと正反対のように感じます(そして、古い考え方のようにも思えます)。
雑誌の取材は数ヶ月前でしょうから、その時からみると、富松選手もブロックシステムの重要性を理解してきた(けど今回はまだ完成度が低かった)ということなんでしょうか?
あるいは、日本男子には「ブロックは個人技だ」という発想が根強く、ブロックシステム(やレシーブとの連携)の完成度が高まらないということなのでしょうか?
A:ブロックに限らずバレーボールの技術は個人技に頼る部分が沢山あります。いくらシステムを構築してブロック戦術を立ててもブロックの個人技術が不足しているためにシステムが機能しないケースも多々あります。
理想的なのはブロックの技術の優れた6名がチームを編成してゲームを行えば良いのですが、そんなことは実際には不可能です。
ですからシステムを構築したり、独自の戦術を立てる事により、ブロックの個人技の凸凹を補う必要があります。
残念ながら富松の記事は読んでおりませんが、先週一時的に東レに戻った際に全日本のブロックシステムに関して討論をした結果、最終的に個人技に頼らざるをえない現状があると話していました。
王道の「バンチリードシステム」を目指すものの、バンチが機能しない際の対策が希薄であると彼自身も分析していました。
結局システムが機能しないケースで個人技に頼るブロック戦術になってしまっているのでは無いでしょうか。
ブロックの個人技術とブロックシステムは車の両輪をなすようなもので、どちらも無くてはならないものです。
システムを捨てて個人技だけでブロックを成立させようとしたら、個人の調子に依存したとても不安定なチームになると感じます。
Qタイ戦の敗北前後に読んだ、サッカー日本代表・オシム監督のスイス戦後のコメントなのですが、バレーに置き換えても通じるものがあると思います。
ぜひ、ご一読いただいて、小林さんの思うところを聞かせていただけると幸いです。
《スポーツナビ・コラム》
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200709/at00014626.html
A:
特に共感したのは、
「重要なのは、どのような試合をするか、どのような勝ち方をするか、どのような負け方するか。最終的なスコアというのは、そこまで重要ではない。ただし、最後に思っていたのは、軽々しいプレーは、できる限りしないこと。もちろん、攻撃に関しても、守備に関しても、できる限り効率的なプレーをすること。それが重要だと思う。」
「前半の初めはまったくリスクを冒さなかった。そのため、罰を受けた。しかし後半は、カミカゼのようなプレーをしたので、最終的には勝つことができた。」
の2つの言葉です。
以前からオシム監督の発言は興味深く聞いているのですが、結果よりもプロセスを重要視する考え方や、リスクをとらなければ大きなリターンは得られないという凄く当たり前の考え方がとても共感出来ます。
サッカー日本代表という注目度も期待度も高い集団を率いながら、結果じゃなくプロセスが重要だと言い切るあたりがすばらしいと感じます。
それから素人目に観てもオシム監督のサッカーは失点のリスクを負ってでも得点を奪いにいく姿勢の強いサッカーをしているように感じます。
バレーボールでもリスクは負ってでも攻めるケースとリスクを最低限に押さえて攻めるケースがありますが、ある程度のリスクを承知で攻められるメンタリティーと技術を求めていきたいと思います。
Qこの度、東レアローズから2名の選手が海外へ移籍することになりましたね。
小林さんは、海外でのプレーをどのようにお考えですか?
よく「強くなるために、オリンピックに出るために海外へ行く」という言葉を聞きます。
乱暴な言い方かもしれませんが、海外へ行かなければ強くなれないものなのでしょうか?
A:「場」の醸し出す雰囲気は大切だと感じます。
単純に海外に「場」移せば自分自身を向上させることが出来るとは限らないと思いますが、日本でプレーしている選手は全体的にやさしい環境「場」でバレーボールを行っています。
ほとんどの選手がサラリーマン選手ですから雇用は保証されている。
バレーボールをしているだけで生活するために必要な給与が保証されている。
練習会場の施設が充実している。
その他書ききれないくらい・・・
と日本のトップリーグで活躍している選手はとても恵まれた環境に身を置いています。
だからこそ、しっかりと自分自身を研磨して一流のプレーヤーを目指そう。と志を高く持ってやってもらいたいところですが、正直なところ高い志を持って取り組んでいる選手はそれほど多くはありません。
ですから、海外に行くことによって意図的に自分自身を厳しい環境に追い込みそこからなにかを見出そうという気持ちはすごく自然な事だと思います。
しかし、今この日本の環境のなかでも自分自身を鼓舞して必死に自己を高めようと努力している選手もいます。
環境を厳しく設定する海外組も成長できると思いますが、自分自身で厳しい環境を設定できる選手はさらに成長できるのでは無いかと感じます。
Q私は中学生なんですが、バレーがとても弱いんです。バレーボールで必要なこと、なくてはならないものはなんですか??ぜひ教えてください!
A:僕も中学1年生(12才)からバレーボールを始めました。本当にへたくそで顧問の先生からは「おまえは6番目か7番目の選手だからいつ試合に出られなくなるかわからないぞ」と指導されていました。
地元に深谷高校というバレーボールの名門校があったので進学してから真剣にバレーボールに取り組んでなんとかバレーボールが出来るようになりましたが、バレーボールが出来るようになるために必要なことは、、、
「反復」しかありません。これをやればバレーボールが上手になる!という魔法はあれば教えてあげたいのですがありません。とにかく練習を沢山して何度も何度も反復しなければバレーボールは上手にならないのです。
Q海外移籍について
『強くなるため・オリンピックに出るために海外へ行く』
私は賛成です。海外で勉強してくるのもいいんじゃないですか?
国内でチ-ムと契約してプロになっている選手もいますが、どちらがいいのでしょうか?
以前、『スポ-ツ大陸』で加藤選手が『外国の選手は手が長いのでネットギリギリでスパイクをしてブロックされる』と言ってましたが、世界と戦うのとVリ-グでは違うのでしょうか?
A:残念ながら東レアローズにはプロ契約をしている日本人選手が存在していないため、他チームのプロ契約選手の状況が把握できていません。
身体能力的に外国人選手の高さは、ずば抜けたものがあるのは事実です。平均的に高身長な選手が多く在籍している印象があります。
当然ですが、身長190cmの選手は身長2mを超す選手の高さには絶対かないません。しかし、身長190cmの選手のスピードには2m超えの選手はかなわないのです。
高さに対抗するためのスピードと幅があれば外国人選手に勝つ事は不可能ではありません。
聞きかじった話でしかありませんが、海外のチームはリーグ寸前まで選手の移動があって寄せ集めの集団でゲームを行わなければならないので、チーム力=個人能力と聞きました。
当然高さやパワーという面では日本よりも優れているでしょうから、柴田や勝野の個人能力が向上する事は期待できるのでは無いでしょうか。
posted by kobayashi |12:15 |
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2007年09月13日
先日行われたアジア選手権最終戦(vsタイ)。
この試合に勝てば優勝、負ければ2位という大一番。
残念ながら全日本男子チームはタイに0-3で敗れて2位という結果に終わりました。
昨日帰国した斎藤と富松が持ち帰った大会映像の中にタイとの一戦の映像がありましたので、視聴した感想を述べたいと思います。
JVAの公式HPの戦評にもありましたが、終始相手のサーブでアドバンテージを奪われる苦しい展開でした。その中でも越川選手や山本選手がなんとかハイセットのスパイクを決めしのいでいましたが、対する日本のサーブは最後まで相手を崩すことができず、おもしろいようにスパイクを決められていました。
観ていて特に気になったことは、
劣勢に立たされた時にしっかりとサーブを打とうと試みていたのが越川選手だけだった事と、サーブでアドバンテージを奪う事が出来ないケースでのデフェンスが機能しなかった事です。
日本は最初から最後までバンチリードブロックで相手の攻撃に対応しようと試みて(たまにクイックへコミットもあり)いましたが、あまり効果的ではありませんでした。
サーブレセプションが悪いという見方もあるようですが、サーブの威力が増した世界に目を向ければサーブレセプションが成功する確率は7割前後です。
日本のサーブレセプションが驚くほど悪いとは思えません。
むしろサーブレシーブが乱れた際にも日本のサイド陣は良く打ちこなしている印象です。
それよりも、自分自身がミドル出身のためか、日本のブロックシステムに特徴が無い事が気になります。
対するタイはパーフェクトなパスを返された場合に、
日本のスパイカーを限定したデフェンスのフォーメーションを形成したり、
日本のサーブが緩いと判断すると、リベロの選手が通常の守備範囲を超えたレセプションフォーメーションを形成したり、
ミドルの選手が縦横無尽に走りまわったりと戦術の変化を繰り返していました。
正攻法の戦術を駆使し横綱相撲を仕掛けた日本が、奇襲もありのバラエティーにとんだ戦術を駆使した関取に足下をすくわれたような戦いでした。
この敗戦は厳しい見方をすれば、日本が取り入れているバンチリードブロックの完成度が低いことを露呈した結果だと思われます。
極論を言えば、バンチリードブロックの完成されたチームであれば、相手の攻撃データはスパイクコースの特徴を調べる程度でよいのです。
ただしバンチリードが完成されていないのであれば、ブロック戦術に変化を持たせなければなりません。
膨大なデータを入手しているのでしょうから、せめて攻撃の可能性が低い選手をブロックの選択支から外したり、攻撃の可能性が最も高い選手にオーバーナンバーを形成したり。というブロックの戦術をたてる事により、よりデフェンスを効果的に機能させる事を可能にすることが出来たのではないでしょうか。
今回の試合での簡単な例を挙げればタイの2番(ウイングスパイカー)の選手は身長が180cmに満たない小柄な選手であり、なおかつ攻撃のスピードも遅い、そして攻撃の出現率はかなり低い事が確認できます。レシーブを中心に取り組む補助アタッカー的存在であると判断して間違いなさそうです。
本来これだけの材料があれば多少2番のマークを薄くしてでも他の選手をマークしなければなりません。
そこでもし数本でも2番の選手にノーマークで打たせるような事があったとしたら、相手チームが2番の選手に攻撃を集中させるケースが考えられます。今度は戦術を変更する事により攻撃力の低い2番の選手をブロックで封じ込めればいいわけです。
おそらく実力的には日本の方が上だったのかもしれませんが、タイの思い切った戦術にことごとく得点を奪われるシーンを見て、格下のチームが戦うお手本のようなバレーをしているなと感心させられました。
日本もアジアから飛び出れば格上のチームが山ほどあります。
今回のタイとの敗戦から学び取れるものは少なくないはずだと思います。
来週17日~22日まで千葉のエアロビセンターにて合宿を予定していますので、その間はブログをお休みします。
posted by kobayashi |14:30 |
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2007年09月11日
前回「体罰」について投稿したところ、
非常に大きな反響を受けました。
とてもナーバスな問題なので投稿を控えようかとも思ったのですが、自分自身もこれから指導に携わるうえで見て見ぬ振りは出来ない問題ですので、あえて現時点で自分自身の感じている思いと、みなさんから頂く意見をぶつけてみようと思い投稿に踏み切りました。
期待通り、沢山の意見を頂くことができた事は本当に嬉しく思います。
臭いものに蓋をすることなく、臭いものと真剣に向き合うことによって、何かを感じ取る事が大切だと思います。
僕も前回記事で「体罰」と「愛のムチ」の違いなどの見解を表明しましたが、本当にそれでよいのだろうか?と再考されられました。
実際に現場で指導に携わっている方もいるでしょうから、またその方々にもそれぞれ感じて頂きたいとも思います。
上級コーチ研修で知り合ったある指導者が、体罰についてこんな事を言っていました。
紹介させていただきます。
「私は以前選手を指導するときにビンタをはって指導していました。こっちも若かったし、選手をなんとか上手にしてやろうと思ったら自然とビンタをはっていたんですよ。」
「ただある時、ビンタをはっている自分がある種の興奮状態に陥っている感じがしたんですよね。必死に指導している自分に酔っている感じがしたんですよ。」
「その時思ったんです。こんなの指導じゃないなと。それからビンタをはる事を一切辞めて指導しています。」
と自身の経験を語ってくれました。
僕が質問を投げかけて、それに対する答えとして、たまたま耳に出来た事ですが、現在指導している方の中に同じ思いをしているような方がいれば、もう一度考えを見つめ直す良い機会になればと思います。
旧日本海軍軍人であり名将と評価の高い、
山本五十六の指導論では、
やって見せて
言って聞かせて
やらせて見て
ほめてやらねば
人は動かず
とあります。
非常に核心をついている指導論として、
今も語り継がれている言葉ですが、
どこにも「体罰」の必要性は謳われていません。
posted by kobayashi |09:15 |
コーチング |
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2007年09月07日
トレーニングジャーナル10月号に再び登場です。
今回は東レアローズ選手の笠原と、アスレティックトレーナーとしてサポートしてくれている島崎さんの記事も載っています。
僕は大崎電気男子ハンドボール部、全日本男子ハンドボール部キャプテン、NPO法人「シュータス」理事長の中川善雄氏との対談レポート第2弾です。
~求められるリーダーとは~と題して熱く語っております。
興味を持たれた方はこちらまで。
posted by kobayashi |19:28 |
メディア出演出稿履歴 |
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2007年09月03日
>小林さんのブログはバレーボールが好きな私にはとても勉強になる内容で、いつも楽しみに拝見しています。他のスポーツ(高校野球など)で体罰により対外試合が禁止になる高校の記事を見ます。バレーボールも正直なところいまもひどい体罰をしてる高校があります。バレーボールの人気が復活しにくいのも、このような現状があるからではないかと思います。個人的な質問で失礼ですが、小林さんは体罰をうけた経験はおありなんでしょうか?
指導者講習会を受けてきたばかりの僕にとっては特に考えさせられる問題です。
よく指導者が選手達に暴力を振るうことを「体罰」や「愛のムチ」などと表現する場合がありますが、要は指導者が選手達へ意図的に肉体的苦痛を与えるという事です。
非常に難しい問題なので、意見が様々に分かれるところかと思いますが僕の個人的な意見を述べます。
まず「体罰」は基本的に反対です。
理由は、
「暴力は暴力しか生まない」と思うのが一つと、
「言葉での表現不足を暴力で補うのは間違い」だと思うからです。
ただし条件つきで良いのではと思うこともあります。
例えば、
ドラマ「スクールウォーズ」のワンシーン。
川浜高校ラグビー部が相模一校との試合で大敗し、川浜高校監督の滝沢賢治先生が涙ながらに、「これから俺はお前達を殴る!」と選手全員を次々のに殴っていくシーン。
これは言葉では伝えきれない「熱」を拳に込めて伝えたケースなので、良いのかなと感じています。
単純に評価できない事は分かっているのですが、時と場合によって、そして選手との信頼関係が成り立っていれば、手をあげる事も許されるのかもしれません。
結局のところ「体罰」と捉えるか「愛のムチ」と捉えるかの問題に行き着きます。
しかし、残念ながら「体罰」と「愛のムチ」の間に明確な基準はありません。
社会問題にもなっている「しつけ」と「虐待」の基準が明確でない為、後手後手の対策しか出来ない現状に似ています。
そこで強引に基準を作ってみます!
自分の拳では無く胸が痛むなら「愛のムチ」。
拳が痛いだけなら「体罰」。
選手達が「体罰」と感じたらそれは「体罰」。
その逆なら「愛のムチ」だと思います。
スクールウォーズの滝沢先生の拳に関しては、選手たちは「愛のムチ」と感じたはずです。
基準をつくる!と宣言したものの、客観的に評価できる基準ではないので指導者の主観や、選手の主観に頼る部分の多い基準になってしまいました。
つまり、「体罰」と評価するのか「愛のムチ」と評価するのかは、指導者でなく選手達なのだと思います。
ですから選手との信頼関係なくして「愛のムチ」はあり得ないという結論になります。
ただ感情に任せて選手を「怒る」のでは無く、本気で選手の事を思って「叱る」のであればそこに「体罰」は存在しなくなると考えます。
言葉の暴力も立派な「体罰」だと思いますが、今回は「体罰」を肉体的な暴力に限定しました。
みなさんの意見も聞かせて下さい。
posted by kobayashi |20:30 |
コーチング |
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