2007年09月11日
前回「体罰」について投稿したところ、
非常に大きな反響を受けました。
とてもナーバスな問題なので投稿を控えようかとも思ったのですが、自分自身もこれから指導に携わるうえで見て見ぬ振りは出来ない問題ですので、あえて現時点で自分自身の感じている思いと、みなさんから頂く意見をぶつけてみようと思い投稿に踏み切りました。
期待通り、沢山の意見を頂くことができた事は本当に嬉しく思います。
臭いものに蓋をすることなく、臭いものと真剣に向き合うことによって、何かを感じ取る事が大切だと思います。
僕も前回記事で「体罰」と「愛のムチ」の違いなどの見解を表明しましたが、本当にそれでよいのだろうか?と再考されられました。
実際に現場で指導に携わっている方もいるでしょうから、またその方々にもそれぞれ感じて頂きたいとも思います。
上級コーチ研修で知り合ったある指導者が、体罰についてこんな事を言っていました。
紹介させていただきます。
「私は以前選手を指導するときにビンタをはって指導していました。こっちも若かったし、選手をなんとか上手にしてやろうと思ったら自然とビンタをはっていたんですよ。」
「ただある時、ビンタをはっている自分がある種の興奮状態に陥っている感じがしたんですよね。必死に指導している自分に酔っている感じがしたんですよ。」
「その時思ったんです。こんなの指導じゃないなと。それからビンタをはる事を一切辞めて指導しています。」
と自身の経験を語ってくれました。
僕が質問を投げかけて、それに対する答えとして、たまたま耳に出来た事ですが、現在指導している方の中に同じ思いをしているような方がいれば、もう一度考えを見つめ直す良い機会になればと思います。
旧日本海軍軍人であり名将と評価の高い、
山本五十六の指導論では、
やって見せて
言って聞かせて
やらせて見て
ほめてやらねば
人は動かず
とあります。
非常に核心をついている指導論として、
今も語り継がれている言葉ですが、
どこにも「体罰」の必要性は謳われていません。
posted by kobayashi |09:15 |
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2007年09月03日
>小林さんのブログはバレーボールが好きな私にはとても勉強になる内容で、いつも楽しみに拝見しています。他のスポーツ(高校野球など)で体罰により対外試合が禁止になる高校の記事を見ます。バレーボールも正直なところいまもひどい体罰をしてる高校があります。バレーボールの人気が復活しにくいのも、このような現状があるからではないかと思います。個人的な質問で失礼ですが、小林さんは体罰をうけた経験はおありなんでしょうか?
指導者講習会を受けてきたばかりの僕にとっては特に考えさせられる問題です。
よく指導者が選手達に暴力を振るうことを「体罰」や「愛のムチ」などと表現する場合がありますが、要は指導者が選手達へ意図的に肉体的苦痛を与えるという事です。
非常に難しい問題なので、意見が様々に分かれるところかと思いますが僕の個人的な意見を述べます。
まず「体罰」は基本的に反対です。
理由は、
「暴力は暴力しか生まない」と思うのが一つと、
「言葉での表現不足を暴力で補うのは間違い」だと思うからです。
ただし条件つきで良いのではと思うこともあります。
例えば、
ドラマ「スクールウォーズ」のワンシーン。
川浜高校ラグビー部が相模一校との試合で大敗し、川浜高校監督の滝沢賢治先生が涙ながらに、「これから俺はお前達を殴る!」と選手全員を次々のに殴っていくシーン。
これは言葉では伝えきれない「熱」を拳に込めて伝えたケースなので、良いのかなと感じています。
単純に評価できない事は分かっているのですが、時と場合によって、そして選手との信頼関係が成り立っていれば、手をあげる事も許されるのかもしれません。
結局のところ「体罰」と捉えるか「愛のムチ」と捉えるかの問題に行き着きます。
しかし、残念ながら「体罰」と「愛のムチ」の間に明確な基準はありません。
社会問題にもなっている「しつけ」と「虐待」の基準が明確でない為、後手後手の対策しか出来ない現状に似ています。
そこで強引に基準を作ってみます!
自分の拳では無く胸が痛むなら「愛のムチ」。
拳が痛いだけなら「体罰」。
選手達が「体罰」と感じたらそれは「体罰」。
その逆なら「愛のムチ」だと思います。
スクールウォーズの滝沢先生の拳に関しては、選手たちは「愛のムチ」と感じたはずです。
基準をつくる!と宣言したものの、客観的に評価できる基準ではないので指導者の主観や、選手の主観に頼る部分の多い基準になってしまいました。
つまり、「体罰」と評価するのか「愛のムチ」と評価するのかは、指導者でなく選手達なのだと思います。
ですから選手との信頼関係なくして「愛のムチ」はあり得ないという結論になります。
ただ感情に任せて選手を「怒る」のでは無く、本気で選手の事を思って「叱る」のであればそこに「体罰」は存在しなくなると考えます。
言葉の暴力も立派な「体罰」だと思いますが、今回は「体罰」を肉体的な暴力に限定しました。
みなさんの意見も聞かせて下さい。
posted by kobayashi |20:30 |
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2007年08月31日
五日間に渡る『(財)日本体育教会 公認コーチ 養成講習会』が終了しました。
スポーツ医・科学の基礎知識を学び、指導に携わる人間としての幹となる部分を講習によって学んだようなきがします。
ただ、今回強く感じた事は、知識だけで実体が伴わなければ意味がないと言う事です。
現場で結果を残す事が全てではありませんが、実際に現場で良い結果を残しているクリエイティブな指導者の凄さを実感しました。
生意気な事を言いましたが資格取得まで度重なる講習会の受講とテストに合格しなければならないので、しっかりと復習しておきたいと思います。
とりあえず帰島(三島に帰ってきた)報告でした。
posted by kobayashi |09:08 |
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2007年08月23日
Q:私は大学1年なのですが、通っていた高校のコーチをすることになったのですが、何を伝えればいいのか分かりません。小林さんはコーチとして教えるにあたって何か気を付けている事や心掛けている事はありますか?長くなってしまいましたが、もしよろしければ教えていただければ光栄です。これからも頑張って下さい!応援しています☆
これは以前の小林敦Blogにていただいた質問です。
お答えします。
僕もコーチングに携わってからわずか2年足らずです。
恩師である筑波大学監督の都澤凡夫先生は、自らのコーチングのテーマを、
30歳代 身体を張る(Vitality)
40歳代 専門家になる(Specialist)
50歳代 オリジナルを創出する(Originailty)
60歳代 指導のプロになる(Professional)
その頭文字を取ってV・S・O・Pとしていました。
恩師であり尊敬する先生ですらコーチングの道半ばであるという事です。
僕がコーチングで開眼できるのはまだまだ先の事だと思っています。
しかし、自分自身は未熟者でありながら日本で1,2を争う選手達をコーチングして行かなければなりません。
ですから、コーチングを行う上で気をつけなければいけない事は山ほどあります。
現時点で、あえて一つだけコーチングを行う上で気をつけていることを挙げるとしたら、
「常に勉強し続ける」
という事になると思います。
この場で頂く意見なども非常に勉強になるので自分自身にとっては有意義な場となっています。
日本体育協会の上級コーチ資格取得の為、26日(日)~30日(木)まで東京へ研修に行ってきます。
posted by kobayashi |11:36 |
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