2008年09月07日
秩父といえば思い出す「はぐれ国際軍団」
9月4日は秩父市民体育館で新日本プロレスの実況をしてきました。G1クライマックスが終わった後、「NEW JAPAN GENERATION」のシリーズ開幕戦なのです。 池袋から西武鉄道のレッドアロー号に揺られて約1時間半。初めてやってきました、埼玉県の秩父。 ↓さて、秩父といえば、プロレスリング・ノアの田上明の出身地として知られていますが、新日本プロレスで思い出すことと言えば・・・とあれこれ考えて、思い出したのは、かの有名な「こんばんは事件」。 これは、ご存知、1981年の9月23日にラッシャー木村とアニマル浜口の2人が、新日本プロレスの田園コロシアム大会に登場する事件ですが、あの「こんばんは」発言の後、ラッシャー木村は「我々は10月8日の試合に向けて、秩父で合宿を積んでまいりました」と発言しており、ワタクシの中では「秩父」=「はぐれ国際軍団の合宿」というイメージがインプットされたまま27年。 そして、会場に到着して、もっとびっくりしたのは冷房がなかったこと。も〜、ほんとに蒸し暑かった!これほどまでに額からダラダラと汗を流しながら実況したのはワタクシ、初めてです。 それにしても、地方の体育館は選手もリラックスして、ファンとの距離が近いのも特徴ですね。帰りがけに体育館の入り口で、棚橋弘至が地元のファンに囲まれてサインを求められる光景は、何ともいい光景です。ワタクシも子供の頃はよく選手を待ちかまえましたもん。 試合が終われば、解説者の柴田惣一さんと一緒に再びレッドアロー号に乗り込み、500ミリの缶ビールを片手にプロレス談義しながら再び池袋へ。ワタクシにとって、プロレスの実況という仕事は、過去の自分の記憶と向かい合い、確認していく大切な時間のようです。 西武秩父の駅前。27年前、はぐれ国際軍団の合宿はどこで行われたのでしょう?? ↓
posted by kiyono |01:31 |
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さて、秩父といえば、プロレスリング・ノアの田上明の出身地として知られていますが、新日本プロレスで思い出すことと言えば・・・とあれこれ考えて、思い出したのは、かの有名な「こんばんは事件」。
これは、ご存知、1981年の9月23日にラッシャー木村とアニマル浜口の2人が、新日本プロレスの田園コロシアム大会に登場する事件ですが、あの「こんばんは」発言の後、ラッシャー木村は「我々は10月8日の試合に向けて、秩父で合宿を積んでまいりました」と発言しており、ワタクシの中では「秩父」=「はぐれ国際軍団の合宿」というイメージがインプットされたまま27年。
そして、会場に到着して、もっとびっくりしたのは冷房がなかったこと。も〜、ほんとに蒸し暑かった!これほどまでに額からダラダラと汗を流しながら実況したのはワタクシ、初めてです。
それにしても、地方の体育館は選手もリラックスして、ファンとの距離が近いのも特徴ですね。帰りがけに体育館の入り口で、棚橋弘至が地元のファンに囲まれてサインを求められる光景は、何ともいい光景です。ワタクシも子供の頃はよく選手を待ちかまえましたもん。
試合が終われば、解説者の柴田惣一さんと一緒に再びレッドアロー号に乗り込み、500ミリの缶ビールを片手にプロレス談義しながら再び池袋へ。ワタクシにとって、プロレスの実況という仕事は、過去の自分の記憶と向かい合い、確認していく大切な時間のようです。
西武秩父の駅前。27年前、はぐれ国際軍団の合宿はどこで行われたのでしょう??
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