2008年03月04日

西暦2000年にデビューしたKENTA

3月2日は日本武道館にプロレスリング・ノアを見に行ってきました。
↓
バス

全9試合のうち、後半3つの試合がそれぞれ20分を超えるというのはノアらしいですね。5時から始まった大会が終わったのは8時半すぎ。あ、リングの上になんで蝶野正洋がいるの??と思ったら井上雅央でした。後ろ姿そっくりです。


実はワタクシは今度、小橋建太&金丸義信、KENTAの3人で開催されるトークショーの司会をやることになったので、いろいろと3人についてリサーチ中でして、KENTAのデビュー戦って、あの船木誠勝VSヒクソン・グレイシーの一戦が行われた日の前日だったことに気づいて少しビックリ。

当日に備えて今、当時の東スポを読み返したりしていますと、この「西暦2000年」という年はプロレスの世界では特別な年ということがわかります。なにしろ、ジャンボ鶴田さんが突然亡くなり、全日本プロレスの大量離脱からノア旗揚げという大激震発生。また、引退していた長州力は大仁田厚相手に復帰して、それに対してアントニオ猪木が激怒!一方でリングスがKoKルールを適用すれば、パンクラスではオープンフィンガーグローブの着用が義務づけられるなどUWF系の2団体が総合格闘技として確立された重要な時期。そして、その直後にはPRIDEが最初のグランプリが開催して人気が爆発。それが、大晦日の格闘技興行へと繋がっていくのはご存知の通り。

つまり、2000年というのは、今現在2008年のプロレス&格闘技界の流れができた極めて重要な一年だということがわかります。こうした過去の振り返り作業は楽しくて仕方がないのですが…取締役の一人としてノア設立に参加した小橋建太の当時の年齢は33歳。今の自分がその年齢を超えていることにオドロキですねぇ。

今度のトークショーではそんな話もしようかなぁと、ぼんやりと考え中です。



posted by kiyono |21:31 | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加