2009年06月17日

三沢光晴さんと広島の思い出

三沢光晴さんの急死から3日が経ちました。

普段は新日本プロレスの実況を担当するワタクシは直接、三沢さんとお会いする機会は少なく、接点といえば、すべて広島で会社勤めをしている頃でした。つまり、ワタクシにとって「三沢さん=広島」なのです。

初めてお会いしたのは、三沢さんが全日本プロレスで三冠王者だった1997年。ワタクシが働いていたラジオ局に広島大会の宣伝にやってきた時で、興奮したワタクシが「僕は三沢さんの試合はルー・テーズ杯の時から観てましたよ!」と言うと「(齢は)いくつだよ!」と笑われたことを覚えています。

プロレスリング・ノアを旗揚げされてからは、ラジオ番組に出演してもらったり、トークショーの司会をやらせてもらったりで、少し仕事でご一緒できたことは今でも財産です。

そんな思い出深い広島で三沢さんが亡くなられたというのは・・・言葉がありません。広島は三沢さんにとって名勝負が生まれた土地で、小川良成とのタッグで世界タッグとアジアタッグの2冠王になったり、全日本時代に川田利明と最後のシングルマッチを行ったりしました。

最後の試合となった広島グリーンアリーナ小ホールは、ノア以外にも新日本プロレス、ZERO-ONE(当時)、DRAGON GATEなど、プロレスを観るためにワタクシも何度も足を運んだことのある思い出深い場所でした。搬送された病院も頭に浮かぶだけに、一層、事故当日の想像が膨らんでしまいます。

今はただただご冥福を心よりお祈りするとともに、三沢さんが作った理想の団体であるプロレスリング・ノアの変わらぬ発展を願うばかりです。合掌。



ノア旗揚げ時に三沢さんから頂戴したお名刺。今でも大切に保管してあります。
↓
名刺


posted by kiyono |10:46 |
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