2007年07月12日

破壊王・橋本真也を偲ぶ

7月11日は“破壊王”こと橋本真也さんの三回忌でした。

破壊王と言えば、その人柄から豪快なプライベートエピソードが有名なのですが、残念なことに面識のなかったワタクシにはこれといって披露できる話はナシ。

ただ、リング上の“プロレスラー橋本真也”の姿はファンとしてずっと見てきました。

個人的なベストバウトは、海外遠征から帰国直後のビッグバン・ベイダー戦(1989年4月24日東京ドーム)、第1回G1クライマックスの優勝者決定戦として行われた蝶野正洋との同期対決(1991年8月11日 両国国技館)、一瞬の丸め込みで不覚を喫した藤波辰爾とのIWGP戦(1995年4月4日 広島グリーンアリーナ)、そして頭を丸めて引退を賭けて臨んだ小川直也戦(2000年4月7日 東京ドーム)などなど…どれか1つに絞るのは難しい!でも、どういうわけか思い出すのは負けた試合ばかりなのは不思議だなぁ~。セミリタイアしていたアントニオ猪木&坂口征二をボッコボコに蹴り倒した試合(1990年2月10日東京ドーム)も最後は負けだったし。

あ、そうそう。印象深い試合がもうひとつ。

まだ“破壊王”と呼ばれる前の今からちょうど20年前の1987年の8月19日と20日の2日間、両国国技館で行われたドン荒川戦。「サマーナイトフィーバーIN国技館」と銘打って行われたこの2日間のイベントは、アントニオ猪木を軸としたナウリーダーズと長州力率いるニューリーダーズとの世代闘争というストーリーで、武藤敬司がなぜかナウリーダーズに起用されメインイベントに抜擢される大活躍。一方、蝶野正洋は5ヶ月前に行われたヤングライオン杯で優勝して海外遠征中と、同期2人が先を歩く中、黒のショートタイツ姿の破壊王は前座で試合をしていたんですよね。この試合は都庁固めかなんかで橋本ギブアップ負けという結果も含めて強烈に記憶しています。

亡くなる前はZERO-ONEという城の主になった破壊王ですが、自分にとっては新日本プロレスで上から抑えつけられ、不満いっぱいで悔しそうな表情をする橋本真也が好きだったのかも。

改めて、合掌。


生前にファンのひとりとして本人に書いてもらったサイン。日付からするとIWGP王者時代ですね。持っていた大学ノートに書いてもらいました。
↓
サイン


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posted by kiyono |21:16 |
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