2007年12月01日

1978年(昭和53年)日本シリーズ ヤクルト対阪急第4戦

1978年(昭和53年)、セリーグは、広岡監督のヤクルトが球団創設29年目で初優勝。
広岡監督の管理野球で、ヤクルトは投打が噛み合った。
ヒルトン、MVPの若松、大杉、マニエル、杉浦を中心とした打線は、破壊力が十分。
エース松岡、左腕の安田を中心とした投手陣は、円熟期で充実していた。
パリーグは、上田監督の阪急が4年連続で4度目の優勝。
この年、阪急は前期と後期を連続で制する完全優勝だった。
盗塁王の福本、蓑田、高井、加藤秀、マルカーノを中心とした打線は、パリーグナンバーワン。
エース山田、速球派の山口を中心とした投手陣は、安定感抜群だった。
阪急は前年まで3年連続日本一という全盛期で、日本シリーズは阪急が絶対有利と誰もが予想していた。
この年の日本シリーズは、神宮球場が使えないため、ヤクルトのホーム試合が後楽園球場で行われた。

日本シリーズが後楽園球場で開幕し、阪急2勝1敗で第4戦を迎えた。
第4戦で阪急が勝つと日本一に王手を掛けるため、ヤクルトは負けられない試合だった。
第4戦は西宮球場で行われ、阪急の先発は公式戦で完全試合を達成した今井、ヤクルトの先発は左腕の梶間。
阪急が前半から効率良く得点し、5回終了時で阪急が5-0とリード。
今井は5回までヤクルト打線を無失点に抑え、試合の流れから阪急の勝利は堅かった。
しかし、ここからヤクルトは反撃に出た。
ヤクルトは6回表に9番の代打・永尾の内野安打と1番・ヒルトンのセンター前ヒットと2番・船田のショートゴロエラーでノーアウト満塁。
ここで、3番・若松のライト前タイムリーヒットで5-1とし、なおノーアウト満塁。
続く4番・大杉のショートゴロで3塁ランナーが生還して5-2とし、なおワンアウト1、3塁。
続く5番・マニエルのファーストゴロで3塁ランナーが生還して5-3とし、なおツーアウト2塁。
続く6番・杉浦のライト前タイムリーヒットで5-4。
その後、両チームは無得点が続き、8回終了時で阪急が5-4と1点リード。
ヤクルトは9回表にワンアウトから8番・水谷がセンター前ヒットで出塁したが、盗塁に失敗してツーアウトランナー無しと追い込まれた。
しかし、9番の代打・伊勢のショートへの内野安打で、ツーアウト1塁。
上田監督はマウンドに出向き、10安打を浴びた今井を山田に交代させようとしたが、今井が続投を志願した為、上田監督は投手交代せずにベンチに戻った。
そして、1番・ヒルトンがレフトスタンドに起死回生の逆転ツーランホームランを放ち、6-5と試合をひっくり返した。
大リーグを追われて日本に来たヒルトンの意地の一発だった。
結果的に阪急は今井を続投させたことが裏目に出た。
9回裏にエース松岡が登板して阪急打線を無失点に抑え、6-5で試合終了。
ヤクルトは見事な逆転勝ちで2勝2敗のタイに持ち込んだ。

第4戦にヤクルトが逆転で勝ったことで、日本シリーズの流れはヤクルトに傾いた。
第5戦は勢いに乗ったヤクルトが勝って王手を掛け、第6戦は阪急が大勝して逆王手を掛け、3勝3敗のタイ。
第7戦は後楽園球場で行われ、ヤクルトが大杉のソロホームラン2本などで4得点し、先発の松岡が完封し、ヤクルトが4-0で勝利。
ヤクルトは、球団創設29年目で初の日本一。
試合後、後楽園球場のグラウンドは、ヤクルトファンで一杯になった。
広岡監督の管理野球のヤクルトは、上田監督が率いる全盛期の阪急を倒した。
新しい時代の到来だった。

第7戦の大杉の1本目のソロホームランは、上田監督の「ファールだ」という抗議で試合が1時間19分も中断し、後年に語り草となった。

(佐賀県武雄市民 織田勉 35歳)

posted by kisima13 |16:13 | プロ野球 | コメント(3) | トラックバック(1)
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Re:1978年(昭和53年)日本シリーズ、ヤクルト対阪急第4戦

あのホームランですね。確かに一本目はファールでしたもんね

posted by antkkk | 2007-12-01 17:38

1978年(昭和53年)日本シリーズ、ヤクルト対阪急第4戦

後に大杉自身が雑誌であれはファールって言ってたよ。思い出すたびに腹が立つ。

posted by 大阪やさかい | 2007-12-08 11:10

1978年(昭和53年)日本シリーズ、ヤクルト対阪急第4戦

海老沢泰久の「監督」を久し振りに読みました。この小説は、フィクションをまじえ、広岡ヤクルトのリーグ優勝直前までの道のりを描いていますが、その後の日本シリーズでも優勝してたのですね。おおしろい。

posted by こば | 2008-07-06 11:52

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