2009年08月24日
ポゼッションサッカーとは、それだけ取れば、もっともゴールの遠いサッカーのスタイルであると僕は思う。丁寧に繋ぎゆっくり攻めるのだから、相手ゴール前はいつも敵でごった返している訳である。
それでも、例えばワシントンやフッキのような、個力に秀でたスーパーマンがいれば、狭いスペースで、独力で前を向いて豪快なシュートを相手ゴールに叩き込むことも可能かも知れない。が、いまの浦和にはそんなスーパーな選手など一人もいない。
となれば、3~4人で織り成す“電光石火”のダイレクトパスによるコンビネーションプレーが必要となる…。
しかし多くのクラブがそうであるように、それを手に入れるのはカンタンな話しではない。選手個々のスピード・運動量・知性・スキル…それにユニットとしての計算され、約束されたコンビネーションが、数的優位の敵の対応力…に勝ったときに、はじめてカタチになり、モノにし得るスタイルである。長くサッカーを見てきた人であれば、それがどんなに“困難”な話であるのか、あえて説明しなくても分かるはずである。
オシムは日本代表において、確かに短期間に、それらしいチームを育んだ。が、彼はその為の材料を、自分自身の手や裁量によって選出することができた。そして、僕から見ればやはり彼はスーパーな存在なのである。たいていの場合、物事はあんなにうまくは運ばないものだ。
その為に監督の為し得ること、手腕や指導力が及ぼす作用は、非常に大きいものがあると思うが、また一方でそれだけがすべて…であるとも思わない。クラブチームであれば、所属する選手個々が、その要求に応え得るスピード・運動量・知性・スキル…を持たなければ難しいと思うし、すでに確立したそれまでのスタイルを手放して、変革を受容する献身的な姿勢が要求される。そしてその為には、何よりもそれを会得することに対する“価値”を共有することが不可欠だろうし、そこに生ずる困難に打ち勝つための覚悟の共有も必要になってくるだろう。
浦和レッズというクラブは、その点でJリーグ一難しいクラブなのだと僕は思う。いまは、荒れる海の帆船の上で、船員それぞれが、船長の指示を疑いながら、疲弊し、モチベーションを失い、各々に勝手な事を言い始めて、統制が取れなくなっている状態に近いのではないだろうか。広い海洋に踏み出せば、必ず嵐には遭遇するものである。いま一番大切なことは、問題がなんであるのか?それはどこから生じているのか?その本質をしっかりと見極めることである。そしていずれその問題に、妥協無く対応することである。少なくともフロントの、責任逃れの“補強”が、功を奏するシチュエーションであるとは僕には思えない。例え最善の航路を進んだとしても、これからも嵐は、何度でもやって来るだろう。いま浦和レッズに関わるすべての人たちは、試されているのである。
フィンケ監督が速い攻めを否定しているもの…とは僕は思わないが、もしかしたら日々の鍛錬の方向性の中で、選手たちに誤った信号として伝わっているのかも知れない。もしそこに誤解があるとするならば、速やかにそれは解くべきだろう。スタイルというものは目的ではなく、手段である。90分、のべつまくなし固執するものではなく、むしろ効率的に利用する手札。ある意味で、クレジットカードのような信用を担保とする道具のひとつである…と僕は思う。間違ってもそれに殉じたり、それへの不敬を論い、選挙の争点と為すような“日の丸”の類のものではない。
しかし土台のない家になど住めぬように、それ無くして成立するものでもない。
スタイルを確立する…ということは、一方ではどう生きるか…と同じぐらい大切なことである。その根本にある哲学として、ポゼッションというスタイルは、やはり浦和のようなクラブにとっては、価値ある尊い方向性なのだと僕は思う。
遅い攻めとは真逆の、速い攻め…というカタチも、ゲームの中では必然求められるものである。その2つの手段を備えて、はじめて攻撃は完成するのだと僕は思う。丁度、押すだけの相撲や、買いだけのトレーディングが成立しないのと同じように。押したことのメリット、買ったことのメリットは、多くの場合引くことによって、或いはそれを売ることによって、引き出せるものなのだ。そして或いはまたそれを逆さに利用することもある。それぞれの状況に必要な対応ができて、サッカーは強化され、やがて成熟してゆく。ちょうどサンフレッチェ広島が、この4年間の艱難辛苦の末に、いま真の強者への階段を、一歩ずつ登りつめようとしているのと同じように。
ゾンビ議員さんたち、比例復活当選おめでとうございます。
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2009年08月22日
花巻東というチームは、決して個々の能力に秀でた、突出したチームではないのだろう…と思っている。今大会にしても、初戦の長崎日大にしろ、横浜隼人にしろ、東北にしろ、明豊にしろ、もしかしたら彼ら以上の個の能力、ポテンシャルを有したチームだったのかも知れない。けれども、立て続けのクロスゲームを制してきたのは彼ら花巻東であった。その根源に在るもの、原動力と成り得たもの、他者より秀でたものがもしあったとするならば、それは守備にしろ攻撃にしろ、ミスなく基本を実践し得るひたむきさと、“信じる”チカラの強さ…ではなかったかと思う。
彼らのプレー、そのひとつひとつは、野球というゲームの中における1%に満たない可能性の芽を“信じる”ところから出発している。守備における徹底したカバーリング。ファーストベースの3歩先、5歩先をめがけて全力で駆け抜ける走塁。それらはすべて、たった1回の可能性を信じて、99回の無駄を厭わないプレーである。99回の献身の先に、たった一度の報いがあるかどうかは分からない…。が、それぞれが当たり前のように全力で取り組むその陽の当らない献身的所作のひとつひとつを、僕はどんなファインプレーや、スーパープレーよりも、尊いものであると思う。
たとえそれぞれは小さなチカラであっても、信じ、信じあって、1球1球のプレーに全力を尽くしさえすれば、きっと“何か”が起こる…。
ある意味でそんな奇跡や幻想を、実際の現実として彼らに体験させ得る野球というスポーツの奥深さとその素晴らしさに、僕はひとりのサッカーファンとして、ただただ脱帽である。そしてその価値や信念を、本当の意味で選手たちと共有し得た花巻東・佐々木洋監督は、誰よりもしあわせな野球監督であると思う。そして菊池雄星くんという選手が、ここに生まれ育まれたことには大きな意味がある…。いつかすべてが過ぎ去ったときに、迷いなくそう思える運命が、彼らに訪れてくれたら…と、願っている。
詩心のまったくない僕ではあるが、これまでの人生の中で、たった一編だけ、何度でも頭の中でそらんじ、口に出してつぶやいてみる詩がひとつだけある…。『雨ニモマケズ』という詩である。陽の当らない穏やかすぎる日常を、自分自身の弱い心にだけは負けまい…と、必死でもがき、這いつくばりながら前へ進もうとした或る田舎者の、メモ帳の1ページに遺した書きかけの詩である。僕は花巻東の野球の中に、いまその詩の心の真髄を見ている気がする。見せられている気がするのだ。
自分自身の弱さというものに対して、ある意味連戦連敗のムダな人生を過ごしてきた僕のような者だからこそ、彼らのこの夏の物語は、よりいっそう眩しく、また感動的なものである。
誰かに勝つこと…ではない。
自分自身の弱い気持に負けないこと…。最後まで諦めない彼ら自身の物語を、この残り少ない2009年の夏の日の幾日かで、泥臭く結んでくれることを、心から期待している。
宮沢賢治「雨ニモマケズ」※geocitiesより
8月6日、ヒロシマ
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2009年08月07日
1.プロ契約選手数を2011年以降25人に制限
2.J2の外国籍選手はアジア枠を含めて2人に制限
3.サテライトリーグを廃止
4.ベストメンバー規定を廃止
5.ナビスコ杯を水曜開催に
6.契約選手のうち、2人以上は自前のアカデミーで育成した選手を。
(13~18歳にかけて36ヶ月以上過ごすこと/導入までは6年間の猶予期間有)
「JUMP(J.LEAGUE Under age players Move up Project)」が今年5月にまとめた若手育成のための改革案の骨子は上記のようなものである。これに対して、まず僕のカンタンな評価を○×方式でさせてもらうならば、
25人枠 ◎
J2外国籍(2人)枠 ×
サテライト廃止 ◎
ベスメン規定廃止 ◎
ナビスコ水曜開催 ◎
アカデミー育成選手枠 △
ということになる。
ベストメンバー規定廃止が大前提であり、それに連動するカタチとしてのナビスコ水曜開催とサテライト廃止という図式なのだろうから、その3つの案に対しての異論は無く、あえてここでは触れないが、今回のJUMP改革案については、それ以外の3つの項目について、僕自身の今現在の評価を書き記しておきたい。
今後『J2外国籍2人枠』そして『アカデミー育成選手枠』についても、思うところを書き綴ってみたいと思っている。が、今回はまず『25人枠』について。
25人枠の制定については、これまでの育成枠(試合出場のできない若手)を大量に囲うJクラブのチーム構成、そのあり方を是とし、基準とする思考から脱しない限り、きっと理解されないのだろうと思う。
欧州のトップクラブにおいてそんな構図はあまり見られない。それは、試合に出られない選手をトップチームに何人も囲っていても、選手それ自体で成長してくれる…などという発想がそもそも無いからなのではないかと僕は思う。選手を成長させることと、試合を経験させることは、欧州においてはイコールで繋がる概念なのではないかと思う。
僕はプロのサッカー選手にとって、試合出場こそが存在価値の証明であり、その基準となるものであると考える。そしてそれに勝る経験など他にないと思っている。要するに、良い選手であれば良い選手であるほど、また将来有望であればあるほど、試合に出なければならないし、またサッカー界全体でそれを後押ししてやらなければならないものと思っている。
例えば原口元気がいる。山田直輝がいる。
彼らであれば、あの浦和であっても25人枠の中で充分に活用される選手であることは誰でも分かるし、実際、どのクラブにおいても毎年2人~4人程度の新陳代謝は、この25人枠内でも為されるものと考えている。しかし、数年先の未来の成長を期待して、浦和やそれにづづく日本のビッククラブたちまでもが、何もこぞって選手枠に高卒新人やユース出の10代の選手を加える必然性はまったくないと思っている。
ベンチにも入れない新入団選手たちであれば、野田紘史を岡山へ送ったように、すぐさまJ2やJFLへ送って、試合に出られる環境を与えるべきなのだ。若手選手のためにも、サッカー界全体の活性化、新陳代謝のためにも…である。
移籍制度の変更にもより、常に即戦力の計算のできる選手たちを、他のJ1クラブやJ2からスカウトすることも可能な訳だし、どうしてもそんな有望な若手選手を複数繋ぎとめておきたいのならば、契約後すぐにレンタルで、選手層の薄い下部リーグに無償で貸し出すことも可能である。さらに浦和のようなクラブであれば、欧州ビッグクラブのそれのように、JFLに経済的にもペイするリザーブチームをこしらえることも選択肢の中に入ってきて良いはずである。25人枠の縛りの中でも、知恵さえ使えば様々な方法はあるはずだ。
そしてさらに、僕がこのルールに手を加えることが可能ならば、
『故障者リスト制度』というものを設けたい。
Jリーグ公認ドクターの許可により、随時25人枠からの一時(一定期間)除籍と、他クラブからの一時的な移籍登録(超短期レンタル含む)を認めさせたいと思う。そしてこの制度の付加により、僕は25人枠をさらにあと2枠絞り込むことだって可能であるとさえ思っている。
たとえば25人枠が設定されようと、各クラブはGKに4つの枠を割くことになるだろう。僕はこれは非常に非効率なことであると思っている。広島のような例がまったく無い…とは言わない。が、実際4番目のGKが試合に出られる可能性はどれだけあるだろうか?
であれば僕は各クラブこのGK枠を3枠にとどめて、GKが立て続けに2人も故障したような際には、ドクターの承認も後回しにして、1週間、2週間からの超短期レンタルを実現させるのもひとつの手なのではないかと思っている。
例えばいま広島の中林洋次が1ヶ月の故障をしたとする。その際、柏から南雄太を1ヶ月レンタル(即時呼び戻し可能オプション付き)したり、或いはFC東京から塩田仁史をレンタルして急場をしのぐことができたならば、クラブのみならず、請われて、実戦で、その実力を発揮・証明できる力ある選手たちに、どれだけのやりがい、モチベーションを提供できるだろうか?そのような体制や約束を、各クラブ間で事前に申し合わせておけば良いのだ。
またそれによって4枠からあぶれた有望な18人のGKが、或いはJ2含め36人ものGKの多くが、大学やJFLにおいて今よりも多くの実戦経験を積むことが可能になる。もちろん、何人かの力及ばぬ選手たちが、そこで淘汰されるのも致し方のないことである。何よりも僕が優先して改善すべきだと思うことは、実力ある選手たちの、その実力に見合った試合出場機会の創出であり、クラブが余剰メンバーを多く抱える事による、日本のサッカー界全体から見た、選手個々のその実力や将来性と試合出場経験との、ミスマッチなのである。
たとえ30人の枠にしたところで、20人の故障者と出場停止者がでれば途端にチームは立ち行かなくなる。実際にそんなことはまずありえない…はずなのだが、25人枠が30人枠であったところで、同じポジションの選手が、一度に3人も4人も故障や出場停止にあえば、チームはたちどころに窮地に陥る。そんな不運は絶対に起こり得ない…とは言えないのだ。
真に問題とすべきなのは、故障者続出時の対処法であり、それに対する柔軟なルールのありかた…なのではないか。ただただ“安心”とばかりに余分に使う見込みの無い選手を大量に囲っておくよりも、そのイレギュラーな状況に対する対処方法を、皆で知恵を出し合って克服することの方が、はるかに合理的なのではないかと僕なんかは思う訳である。サッカー界にとっても、そんな不安に苛まれて、当面使う見込みの無い若手を大量に囲い、自省なく飼いごろしさせる愚を放置するぐらいならば、そんな知恵こそを提供すべきなのだ。
フィールドプレイヤー22名。GK3名の、合計25人枠。
ただし、負傷により、随時追加登録は認められる。ベンチに入り試合出場の可能性をつかめる選手は18名。多少タイトな枠組みなれど、ケガ人や出場停止者をのぞけば、J登録の、そのほとんどすべての選手たちが、常時チームに必要とされる戦力として、J1J2各クラブ所属の、900名の選手で構成されるリーグ…そんな姿こそが、望ましい日本のプロサッカーリーグの構図なのではないだろうかと僕は思う。
僕の考えるJリーグ改革案。
それは贅肉を排して、必要な筋肉のみを充分に鍛え上げようとする精神に基づくものなのだと思う。ある意味でそれは、この国の1000番目のプロ選手を切り捨て、上から100番目に組み込まれると思しき可能性を有する若手だけは、絶対に埋もれさせまい…とする価値観に基づくものなのかも知れない。またそれによって30番目のクラブがワリを食い、4番目までの限られたクラブが良い思いをするという構図を、無意識的に導き出すものなのかも知れない。が、言うまでも無く4番目になるか、30番目になるかを選ぶのは僕ではない。クラブ自身である。…残念ながらヨーイ・ドンっ!の、横一列のスタートではないけれども、唯一それを選べるのはクラブ自身なのである。
そしてだからこそ僕は、この国の1000番目のプロ選手たちに、30番目のクラブチームたちに言いたい。今こそ必死で頑張れ…頑張って生き延びるんだ…と。
8月6日、ヒロシマ
posted by キリタニ |11:23 |
Jリーグ改革案 |
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2009年08月04日
日本代表監督とは、しかるべき時期に、しかるべき手順を踏まえたうえで、Jリーグから選出するのが常道であるべきだと僕は思っている。
繰り返しいつも言う事であるが、例えばモウリーニョやヒディンクが、日本の選手たちを率いて一体どんなサッカーができるのか…なんて、なんの保証も約束もないからである。それはケイロスやア・デモスやアスカルゴルタが、母国での名声ほどの成果を、Jクラブを率いて収められなかったことと同じことで、素晴らしい実績を持つ監督が、必ずしも日本で、日本代表を率いて素晴らしい成果をあげられるとは限らない…と考えるからだ。であるならば、実際にJリーグで、日本人選手を率いて成功を遂げた…それ以上信頼性にたる、約束と保証はどこにもない。僕はそう思っている。
また代表監督とは、たとえ4年にわたり務めあげたとしても、実際にチームを指揮し、鍛え上げられる時間とは、実質クラブレベルの1年にも満たないものである。しかも海外から日本に縁のない人を招くこととなれば、選手選出のためのスカウティングから、それなりの時間と遠回りを計算に入れなければならない。10年、20年前に比べれば、すべてが高度に戦術化、組織化されたサッカーの現実において、そこで唐突に出会う誰かに、短期間に何かクリエイティブな仕事をしてもらおうというのは、効率といった側面からも、あまり合理的な選択とは言えないように思う。
モチロン僕とて、可能ならばイルレタやゼーマンの率いる日本代表を見てみたいと思う。が、そのような思いつきや、場当たり的な代表監督の招聘はもうすべきではない。しっかりと目の届く範囲の中で、一定のルールと手順の中から、最良のそれを選出する…。派手さは無くとも、そんな当たり前の流れを、Jリーグを対象としてカタチづくってゆくべきではないかと思う。
そういう意味で、僕が次期日本代表監督として推薦するのは、
オズワルド・オリベイラ監督
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督
の二人である。
あえてその理由を説明するまでもなく、Jリーグのファン・サポーターである読者の方であるならば、おおよそ読めていた結論だと思うし、妥当すぎる意見なのではないかと思う。
僕個人のサッカーの好悪でいえば、ペトロヴィッチ監督を推したいという気持ちはある。しかし、オリベイラ監督から日本人選手たちが学ぶべきもの、日本のサッカー界が学ばなければならないもの…も、数限りなくあるように思う。この二人である限り、どちらがより相応しい人材であるのか、今のところ僕には結論が出せない。またどちらになったとしても、日本代表にとってそれは素晴らしい選択になると僕は思う。
そしてもうひとつ大事な条件がある。
南アフリカワールドカップ終了後の2010年度下半期については、どちらの監督にせよ、半年間のクラブチームとの『兼任』をお願いしたい…ということである。2010年度下半期の代表に関しては、たいしたスケジュールもない筈である。それならば、そこからそれぞれ自チームの主力選手をベースにした代表選手の選出をしていただき、しっかりした戦術ベースの基盤を元に、すぐ翌年のアジアカップに全力で挑んでもらいたいのである。
そしてその間に、それぞれどちらの監督さんが最終的に選ばれるにせよ、所属のクラブ・サポーターの皆さんに、最高の置き土産を手渡してきてもらいたいのである。オリベイラさんであるならば、なんとしてでも鹿島にACLを。そしてペトロヴィッチさんであるならば広島にJ1優勝を…である。
本来ならば今年中に…、通常WC開催の前年度には、JFAは次期代表監督を決定すべきであると僕は思っている。そして当たり前のように、今この時期に、次期監督候補の面々と充分なディスカッションや面接をした上で、最後の絞込みをしていなければならない時期ではないだろうか。技術委員会がいまどのようにそれに取り組んでいるのか、僕にはまったく見えてこないし見当もつかないが、そんなシステムが当たり前のように機能する協会であり、技術委員会になってもらいたい。
上記は僕個人のひとつの意見ではあるが、これに納得されない、または不快に思われる鹿島や広島のファン・サポーターの皆さんも多数居られることだろうと思う。一言、ごめんなさい…と謝っておきたい。こんな外野からの評価が、やがてはそれぞれのクラブを支えてくださっている方々の喜びや誇りに繋がってゆくような、そんな日本代表監督人事となってくれることを祈っている。日本代表というものにとって、何よりもそれが一番大切なことであると僕は思う。
キリタニ閣僚名簿
posted by キリタニ |11:20 |
岡田JAPAN |
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2009年08月03日
つい一月前に、2010南アフリカへ向けての推奨メンバーを発表したばかりなのだが、やはり…というか、当たり前のように、もうすでに心変わりし始めている。石櫃洋祐や石原直樹、山瀬功治など何人かの選手にパフォーマンスの物足りなさを感じる…。そしてその逆に、彼こそは…と思う選手が次から次へと出てくるのだ。
それは香川真司(セレッソ大阪)であり、前田遼一(ジュビロ磐田)であり、深井正樹(ジェフ千葉)であり、そしてやはり見切ることのできなかったこのサンフレッチェ広島の佐藤寿人であり、青山敏弘である。
若手選手の成長が実感できる試合は、いつ見てもとても楽しく心踊るものである。この試合の青山敏弘のプレーは、バルサ時代のデコのそれのように僕の目を楽しませてくれた。皮肉なことに相棒が森崎和幸から中島浩司に代わったことで、逆に彼の持つ攻撃的スキルとアイディアがさらに自由に、奔放に、解放されつつあるように見受けられる。またこの試合では一枚黄色をもらったが、ここ最近はディフェンスにおけるプロフェッショナルファールの類も、ほとんどカードをもらわず、スマートにピンチの芽を摘めるようになってきている。すでにこの半年で、充分なフル代表候補の一角となってきたな…と、僕は高く評価している。
一方、前半35分、その青山敏弘からの縦パスを、素晴らしいボディシェイプとトラップからの一瞬のターンで、見事にサイドネットへ流し込んだ佐藤寿人。当たり前のように見えて、すべてのエレメントをほぼパーフェクトな次元で備えたゴールは、ある意味で彼の最も彼らしいゴールのカタチだったのではないかと思う。疲れの見えた高柳一誠の前に、選手交代を告げられたところを見ると、彼自身この時期かなりの疲労か、或いは故障を堪えてのプレーなのだと思うが、ゴール前の一瞬に、ありったけの集中力とスキルを本能でスパークさせる彼の能力は、やはり日本人ストライカーの中では傑出したものである。1チャンスを決め切る能力…といった点で、これ以上調子を落とさない限り、彼はやはり日本代表になくてはならない選手なのではないかと改めて思った。
ゲームに関しては、ナビスコの川崎戦から中二日ということもあり、序盤の30分を広島が気圧されず、慌てずに戦えれば、広島ペースの試合になるのではないか…と、思っていた。実際に、前半先に足が止まったのは鹿島であり、広島がゴールをあげた瞬間の鹿島は、いつもの鹿島ではない10分間を戦っていた。おそらく興梠慎三の故障(あれは捻挫ではないだろうか…)の影響もあったのではないかと思う。しかし、後半の後半は鹿島らしい圧力と攻撃を見せており、またそれに対して最後までゴールだけは割らせなかった広島は、ここへ来てチームとして1段ステップアップしつつあるのではないだろうか。ただ面白いだけのサッカーではなく、勝てるサッカーを体得しつつある段階なのではないかと僕の目には映っている。
鹿島にとっては、やはり前戦のナビスコ川崎戦ジュニーニョの一撃が、非常に大きなショックを残していたように思う。その戦績とは裏腹に、今年の鹿島は、ここまで決して好調ではなかった。勝った試合も、僕が見る限り楽な試合よりも、苦しい試合の方が多かった。しかし、あそこで踏ん張れるのが鹿島だった。そんな自信が打ち砕かれたショックは、やはり彼らの心理に大きな衝撃を残したのではないだろうか…。ここで中断が入るのは彼らにとっては良いタイミングである。身体と気持ちをリフレッシュさせて、後半戦へ挑んでほしい。痛そうな足を引きずりながら長時間プレーした興梠慎三の具合が気になるところではあるが、大きなケガになっていないよう願いたい。
試合後オリベイラ監督、ペトロヴィッチ監督が抱き合っているシーンがとても印象的であった。優れた選手、優れた監督たちの、優れたサッカーによる、素晴らしい試合であったと思う。1-0の面白い試合とは、互いに高い質なくしては成し得ないものである。この日両チームの見せてくれた試合は、まさにそんな試合であったと思う。
次回は、ポスト岡田への推薦状:後編を書きたいと思っている。
キリタニマニフェスト、発表!
posted by キリタニ |11:06 |
サンフレッチェ広島 |
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