2009年07月29日

ポスト岡田への推薦状 前編

ポスト岡田への推薦状。
いま僕の頭のなかには、明確に二人の外国人監督の名前がある。タイプは大きく異なるが、どちらも文句の無い日本代表監督候補であることに変わりは無い。ただし、最終的にそのどちらを選ぶかで、日本サッカー界における、日本代表というものの位置づけが今後少しばかり変化し、また定着してゆくことを望んでいる。これまでのような、何らビジョンのない、場当たり的な監督人事は以後二度と繰り返すべきではない。

しかし、その論の前に、どうしてもこれだけは言っておかなければならないことがある。それは、Jリーグ組織とJFAの組織改革なくして、この僕があげる次期代表監督候補のクラブからの収奪は、僕自身絶対にゴメンである…ということである。

JFAが自らの収益を際限なく肥大化させ、公益法人としての名目上、それをどうやって“使い切る”かに血道をあげてきたその一方で、Jリーグ各クラブは一部を除き、厳しい経営環境の中、その多くが爪に火をともすような営業努力、経費削減を続けてきた。ただでさえ厳しいリーグ・カップ戦日程の中に、強化や親善という名目のJFAによる代表戦という“集金試合”を多数組み込まれ、主力選手の収奪をほぼ無条件に突きつけられながら…である。

またJリーグにおいては、いっぽうの収益の柱であるTV放映権の自由と裁量を奪われ、また論理的にもスジの通らないベストメンバー規定やドーピング規定問題のゴタゴタなどの不条理を飲まされてきた。が、その一方で、同じく組織としてのJリーグが自らでコスト削減をし、各クラブへの分配金を増額した…という話はほとんど聞かない。11ミリオンというスローガンの下、各々のクラブ収益ではなく、一元的に観客総数増…という実りのない目的のために、性懲りなく無謀なクラブ数の水増しや試合数の水増しを図っている。これではリーグが潤えば潤うだけ、クラブや選手は疲弊してゆくばかりである。ナンセンスの極み…であると僕は思う。

さらにJFA主催の天皇杯改革、ここへきてのFIFA基準への急激な順化、2018、2022WC招致、そして、問答無用で強引に推し進める覚悟の秋春制。誰が筋書きを書いているのかは分からないが、それらすべては、論理的にはいくつか破綻しながらも、JFAのさらなる収益拡大と肥大化を目指す…といった一点においてはまったくブレのない、その道のプロのデザインしたなかなかのプランニングであると、僕の目には映っている。ただし、サッカーに対する真摯さ、哲学だけは、完全に抜け落ちているが…。

日本代表監督への就任は、その監督本人のみならず、それを送り出すクラブチームやファン、サポーターにとっても、ひとつの大きな名誉でなくてはならない。しかし、今の日本サッカー界における構図はどうだろうか?当事者である監督一人をのぞけば、誰がそれを栄誉と感じているのだろうか?どれだけのファンやサポーターがそれを喜べるのだろうか?こんな環境、こんな循環を醸成してしまったのは、組織としてのJFAのもっとも大きな罪悪のうちのひとつであると僕は思っている。

彼のキャリアのためには素晴らしい挑戦である。この4年間、自らの愛すべきクラブチームと共に、日本代表チームも精一杯サポートしてやろう。彼がクラブで育て上げてくれた選手たちと共に、一緒にワールドカップまで辿りつき、そこで世界に、ニッポンのサッカー、Jリーグのサッカーを見せ付けてやろうじゃないか…と、そんなふうに思える環境こそを創り上げてゆくのが、JFAの、Jリーグに対する責任であり、務めでなくてはならないと僕は思う。

現時点のそれは、増長し自制の効かなくなった悪大名の非情な取立てにすぎない。これまでのような哲学のない代表監督人事、代表強化の方針であれば、日本代表自体がJリーグファン・サポーターからパージされ、やがてはそっぽを向かれてしまうだろう。今のままでは絶対にいけないと僕は思う。

もし僕がJFA会長、犬飼氏の立場であれば、少なくともFIFA・AFC主催の公式戦以外の親善・テストマッチ(キリンカップ含む)に対しては、選考選手を供出してくれたクラブチームに対して、一試合につき一人あたま1000万円程度の助成金を支払いたいと思う。であれば、少なくとも1つの親善試合において2億円程度の助成金が必要になる。それを支払って尚ペイしないような親善試合であれば、収益面からもやる必要はないのだ。それによって現状水増しされている親善試合・テストマッチの年間2~3試合は、やがては削減される方向へ向かうのではないだろうか?

また常に代表選手を供出させられるクラブチームにとっては、それなりのまとまった強化費として役立てることができる。常に2人~3人の召集を受けるクラブであれば、それは年間2~3億円ほどの強化のための資金になる。広島や清水、大分のようなクラブにとって、所属選手の代表選出は、クラブ経営の大きな助けとも成り得るだろう。ファンやサポーターたちにとっても、自クラブの選手たちが代表に選ばれる事に、ある意味で“喜び”と“利益”を感じられるようになるのではないだろうか。

そしてその上で、JFAはJリーグ本位、クラブ本位、さらにそこに在るサポーター本位の、徹底した改革に取り組んでいかねばならないのだと思う。ここで詳しく論じる時間はないが、僕から見れば秋春制で日本のサッカーが、Jリーグのサッカーが、強くなる根拠などどこにもない。改革の本丸はそんなところではない。強化の本道は競争であり、ある意味での自由化である。ベストメンバー規定や代表チームのアイドル興業化は、その競争と自由化の概念に背くものである。
そしてその前に、何よりもJFAは組織としての透明化と効率化を抜本的に成し遂げなければならない。本当の意味での民主化も、もちろん大前提になければならない。その上で、日本代表というものに対する普遍的ビジョンと、商業主義・金権主義一辺倒に陥らないモラルを示さなければならない。

今の時点では、失格である。

まったくお話にならないレベルである。
僕が次回語るつもりの次期代表監督候補とは、彼らがそのハードルを乗り越えて、ほんとうの意味でのスタートラインに立ってくれることを前提とした、ある意味での絵空事である。

おすすめの韓国旅行と韓国人の人柄 

posted by キリタニ |10:41 | JFAについて | コメント(26) | トラックバック(4)
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2009年07月27日

FC東京vsサンフレッチェ広島 戦評

理念としては非常に似かよったサッカーのようでいて、実際のピッチ上に展開されるそれは、意外にも大きな差異を感じさせるチーム同士の対戦であった。

例えば守備。プレスに対する意識、またそのゾーンの設定。基本的に前から積極的にいこうという東京と、リトリートしてまずはしっかり後方のスペースを固める広島。またビルドアップにおいても、できる限りシンプルに速く前へ運ぼうとする東京と、後ろで人数をかけながらある意味前へのスピードを度外視してじっくりと繋いでいく遅攻と、ストヤノフの一発のロングフィードで一気に打開しようとする速攻を、大胆に使い分ける広島。守備にしろ攻撃にしろ、その個性の対比は鮮やかである。

互いに積極的にポゼッションを志向し、また果敢に得点を狙う…といった部分では理念の重なる部分はあれど、現実のピッチ上に表現されるそれは決して同じスタイルのサッカーには見えない。ある意味でそれは、アーセナルvsバルセロナのそれに見えなくもないし、またはポストモダンなるものvsレトロフューチャーなるもの…のような、脱線した見方もできなくはない。いずれにせよ僕にとっては、実際に並べて鑑賞してみたところ、意外なほど鮮やかな対比であった。それだけにこの0-0というスコアにも、充分に満足し得るサッカーの内容…というものがあったように思う。

僕にとって、どちらがより刺激的か…?

と問われれば、間髪いれず『広島』と答える。
が、しかし同じように、

実際にどちらのサッカーの方が強いと思うか…?

と問われれば、一瞬考えた上でやはり迷いなく現段階では『東京』と答えるだろう。

東京のほうが、モダンであり、理に適っており、また効率的な、ある意味成熟したサッカーであると僕は思う。リスクマネージメント、試合運びの面で、今現在の広島のそれは、東京のそれに及ばない。現状の戦力で、セントラルで10回戦えば、おそらく東京の5勝2分3敗ぐらいの結果になるのではないかと予想する。しかし、そのサッカーの可能性として、広島のそれに勝るサッカーは今現在のJリーグには見当たらない。それぐらい超未来志向の、刺激的な挑戦であると、僕はペドロヴィッチさんのサッカーを高く評価している。

前半の前半、持ち味の繋ぐ力で幾度かFC東京陣内に押し込んだ広島ではあるが、時間の経過と共に、FC東京の圧力に押し返された。これは現在のチーム状況と、そこからくる運動量の違いともいえるだろうが、攻撃時にPA内からバイタルエリアへかけて、6人7人もの攻め手を送り込んでくるFC東京と、開幕直後のようにゴール前へ殺到する活力と運動量を失いつつある今現在の広島では、攻撃の厚み…といった部分で、大きな差が感じられたことも確かだ。チームとしてフィジカルの鍛え方、コンディション調整の部分も、このゲーム内容に小さくはない影響を与えていたように思う。体力的にも、広島の選手に比べればFC東京の選手達の方に、より逞しさが感じられるのだ。

ここ数試合、FC東京のゲームを見てきて、選手個々の個人技もさることながら、フィニッシュに至る際のPAからバイタルにおける水も漏らさぬ的確な選手の配置、セカンドボールへの備えと敵の逆襲、カウンターへの縛り…は、正直素晴らしいと思った。
これだけ攻撃的なサッカーを志向しながら、ボールの奪われ方、しっかりした攻撃の終え方…というリスクマネージメントの意識がチーム全体に浸透している。このサッカーがどこまで続けられるか、破綻なくシーズン終了まで戦い抜けるのかどうかは、今の時点で確信はできないが、鹿島、浦和が調子を崩している今、Jリーグで一番強いチーム、充実したサッカーを展開しているチームは、このFC東京であると僕は思う。

このサッカーは、Jリーグにおいて岡田ジャパンの目指すべき、もっとも良いお手本であると僕は思っている。その状況、状況において、前から、或いは後ろから10人でしっかり守る。そしてチャンスに際しては、前線でためらいなく一対一で勝負できるアタッカーを揃える。

右サイドには石川直宏がいる。カボレのところに石原直樹か興梠慎三を、そして平山相太のところに本田圭祐を配置する。一人一人が一対一で勝負でき、一人でゴールを目指せる選手を前線に3人、4人用意する。そこで作るカウンターのチャンス…3対3、4対4の局面は、たとえ世界の10~30位を相手にしても、充分可能性のあるアタックとなるのではないかと僕自身は思っている。そんな日本代表が本番で見られることを期待している。僕は今後の岡田ジャパンに、そんな大胆なモデルチェンジが必要だと思っている。4-2-3-1の3の両サイドで、一対一で縦に仕掛けられないサッカーでは、これまでに磨いてきた攻守の切り替え、縦へのスピードが、ほんとうの意味で活かされるとは思えないのだ。

FC東京、そしてサンフレッチェ広島。この2つのチームが、Jリーグで結果を残すことは、日本のサッカーの未来にとって、とても大切なことであると僕は思っている。残り15試合、両チームのサッカーの、さらなる進化と発展に期待している。

おまえは民主党員か?

posted by キリタニ |11:08 | Jリーグ | コメント(11) | トラックバック(0)
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2009年07月24日

ブログランキングやめます

2007年アジアカップの直前にこのブログをはじめて、2010年の南アフリカワールドカップ、オシムジャパンの結末をとりあえずのゴールと定めて、これまで255のエントリーを書き連ねてきました。何度か投げ出そうかと思ったこともありましたが、オシムジャパンが岡田ジャパンになって、本大会への出場を決め、そして本番まで1年をきり、あと何篇の文章をここに書き残せるか分かりませんが、ここから自分なりに思い残す事のないよう、スパートをかけてゆきたいと思っています。これまで以上に、歯に衣着せず、思いのままに、書き綴ってゆこうと思っております。

そこで今回人気ブログランキングの登録を停止させていただきました。

なぜかというと、どうしても1位になれないから…ではなく(笑)、これまでずっとこのランキングの応援クリックをたくさんの方に押してもらっていながら、自分自身はその応援に応えるための努力をせず、またランキングの1位を目指す意志もなく、さらにはその応援のクリック数すら把握・確認せずに過ごす日々が、当たり前になってしまっていたからです。これではなんの為に応援していただいているのか、ありがたいお気持ちをお示しいただいているのか分からない。自分なりに心苦しさを感じはじめていたところでした。

1週間にアップできるのは平均してせいぜい1度か2度。それでも毎週の集計は、常に1000~2000ポイント近くあった訳ですから毎週100~200回(1クリック10ポイントなのだそうです)の応援クリックをいただいていたことになります。これが2年で10000~20000回ものクリック…。ざっと計算しても物凄い数字なのですが、これだけ背中を押して励ましてくださっていた方々がいたということに、今更ながら気づき、身の縮む思いでおります。

中には記事がアップされるたびに、毎回毎回懲りずに熟読し、義務のように押して下さっていた方も居られたと思います。こんなブログでもランキングの上位に押し上げてやりたいと思われた方も居られたでしょうし、悪いものには沈黙を、良いものにはクリックを…という自分なりの評価でお付き合いいただいた方も居られると思います。そんなこれまでのご好意やありがたい評価に、今後応えられるかどうか、ご恩返しできるかどうか分かりませんが、自分なりに励みにしてこつこつ頑張っていこうと思っております。

代表もそうですが、これからはよりJリーグに力を入れて書いてゆきたいと思います。これまでも言ってきたことですが、代表のサッカーを強くする為には、Jリーグを強くすることが一番の近道なのだと思います。またJリーグを強くするということは、僕らそれを見守るものたちが主体的に変化し、環境を醸成し、それに対する対応をリーグやクラブ、プレイヤーたちに求めてゆくことが何よりも必要な事なのだと思います。

当然のことながら、僕のようなものにできることは限られていますが、諦めずへこたれずに言い続けてゆく事が大切なのだと思います。誰も耳を傾けてはくれなくとも、これまで通りアホのように唱え続けてゆくことが、いつか何かの役に立つことがあればと思っています。

来週からは『JUMPへの通知表』『ポスト岡田への推薦状』といったテーマで、少し気合を入れて書いていきたいと思っています。

これからは、さらに唯我独尊のサッカー論を強力に進めてゆくつもりです。これまでは皆様からのサポートに助けられ、救われた思いをすることが何度もありました。ある意味で、クリックの数字が心の支えになっていた部分もあったと思います。が、これから迷いなくそれを進めていく過程で、きっと世論から孤立することも幾度かあるかと思いますが、ためらわず最後の最後まで自分自身の信念を貫きたいと思っています。

これまでの皆さんのブログランキングの応援・サポートに、いま心から感謝いたします。ほんとうにほんとうに、ありがとうございました。

posted by キリタニ |11:13 | その他 | コメント(10) | トラックバック(0)
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2009年07月22日

岡田ジャパンの可能性 ニッポンサッカーの0地点

7月20日月曜日の午後に一通のメールをいただいた。お許しをいただけたので、ここにそれを一部転載させていただこうと思う。

突然で失礼致します。【蹴球爺】の連れ合いでございます。何時も堅苦しいロートルのお相手をしていただきまして有り難うございました。本日はご連絡と御礼をと想い、本メールと致しました。
先日【爺】がお先に参らせて頂きましたことをご報告申し上げます。本年は、彼が心より尊敬し、父とも慕っておりました恩師(鬼監と申しておりました)が突然逝去され、その前後に彼曰く『どぶ板を蹴飛ばしていた時からの腐れ縁』だった友が旅立ち、サッカー部の女房役だった親友も、目の敵にしていた先輩も相次いで鬼籍入りをされてしまいました。『みんな苛よなあ、これじゃあ団塊ズはオレだけが残ることになるわね。』と嘆いていましたが、その舌の根も乾かないうちに、自分も飛んでいってしまいました。

やはり気落ちしていたのでしょうか、自慢の酒量も減り、朝のトレーニングも心なしか元気がないように見受けられていました。生来の反逆児ですから、弱みを見せることの少ない部分、ストレスは相当なものだったのでしょう。
過日、いつものようにクラブ(我ら蹴球人と言っておりました)に出かけ、若い方々と親善試合をしてきた夜に、『飲み過ぎたかな、ちょっとお疲れだな。』と申しましたのが最期となりました。『決して延命措置をするな。誰にも言わないで、自然に逝かせろよ。』と口癖のように申しておりましたので、お医者様にもそのようにして頂きました。娘たちも最期には間に合い、女に囲まれた旅立ちでしたから、喜んでいることでしょう。

親の顔を知らず、兄弟も無く祖母の手塩で鍛えられ、論理の合わないことを嫌う男気の強い負けず嫌いの人でした。自分が受けてきた「親がいないから」とか、「貧しいから」とかの差別を心から嫌い、生来の運動能力と膨大な知識力で跳ね返し続けてきた人生だったと思います。一方で、肢体の不自由な方、難病の方、その他障害を持たれている方々と親密に接する優しさを持ち、尊敬する教授の申された『障害を持ってしまった者との共存共生ができるのが人間。』との言葉を大事にして、事あるごとに娘達や後輩、部下達に言い聞かせていました。反面理に適わない甘えは憎む程嫌い、娘も含めて、努力を怠る者には容赦しませんでしたが、『左利きの一発鉄拳は避けにくいのですよ。』と本人の目の前で酒肴の笑い話にされて嬉しがっていました。

祖母が逝去した時でも、表では涙も見せず、夜一人一升瓶を抱いて暗い部屋に座っていました。『男は親が死んでも人前で泣くな。』と教えられていましたから、実践したのでしょうね。自分が『男』であることを強く意識した人生でしたから、女性陣にはまったく受ける訳もなく、またそれを気にすることもない、心優しい『超硬派』だった気がします。ほかに宛が無いから私を大事にしてくれたと娘たちは評価しているようですが、何よりもサッカーが好きだった人でしたから、それを解っていた私を大事にしていてくれたのだと思って感謝しています。怪我さえなければ名の知れた人になっていたのでしょうが、自他共に認める『蹴球バカ』は最期まで普遍で、海外出張も欧米を避け当時も危険度の高い地域を選んで、必ずシューズを持って行く人でした。地元の方々にとけ込む術は優れものだったようで、その後もお便りを頂いていましたが、「現地語はなかなか読めないよ。」と苦労していました。

堅物の頑固者であることは否めませんが、何処かに「夢見る少年」が同居しているような側面もあり、孫の顔を見ることはできませんでしたが、娘に裏切られた夢を孫に託す気はあったのでしょうね。やり残した宿題を置いて逝ってしまいました。

娘達も職場と大学に帰り、静かになった家に居りますと、やんちゃ坊主で苦労させられたことも良い思い出に感じられて不思議な存在感を思い起こします。
語り尽くせば長くなりますので、この辺りとさせて頂きましょう。

皆様には様々にお世話をお掛けいたしました。本人に成り変わり厚く御礼申し上げますとともに、ご無礼の段をお詫び申し上げます。有り難うございました。

平成21年7月 合掌


いつかは日本代表が、ワールドカップの舞台で世界一になることがあるだろうか…?

そのいつか…が、僕の人生から見通したいつか…であるのだとすれば、たぶん無いと思う。僕らの人生から見通したいつか…であるのだとすれば、多分それは難しいと思う。けれどもまた、それでいいとも思っている。なぜならそんな途方も無いゴールも、目標も、きっと過ぎ去ってみれば、ひとつの通過点にしか過ぎないと思うからだ。ミライは無限に広がっているのだ。

この小さなニッポンという国土には、富士山という美しい霊峰が聳えている。それはエベレストのように世界一ではなくとも、キリマンジャロのような大陸一の高峰ではなくとも、僕から見れば世界のどんな山よりも美しい山である。世界に誇れるものである。未来への確かな希望と共に、決して世界一にはなれなくとも、そんな富士山のような、誇り高いニッポンのサッカーを眺めながら死んでゆけるのだとすれば、僕はそれで満足である。満ち足りた気持ちでこの世を去れるのだと思う。ニッポンのサッカーに僕が期待するものは、そんな永遠に続く希望の物語のスタートラインに、いずれは辿りついてくれることである。

何度かメールでもやり取りをさせていただいた。
いつも几帳面な文章でびっしりとご自分の過去の思い出話や、箴言なんかを書き綴ってきてくださった。いま改めてそれを読み返し、そのコトバの持つ重さとやさしさを噛み締めながら、彼と出会えた幸運に深く感謝しているところである。そしてやっぱり寂しい。一度も会ったことのない人なのに、この寂しさはいったいなんなのだろう…と、思う。

きっと奥さまにはバレてしまったことだろうが、僕からの最後のメールに、

このクソジジい!長生きしろよっ!

と書いてしまった…。こちらとしてはモチロン冗談のつもりだった訳だが、やんちゃで頑固者でやたら強気で執念深い、鉄の拳を持つ爺さんのことである。きっとあの世で手ぐすね引いて待ち構えている事だろう…。ほとぼりが冷める頃合まで、しばらく死ねねーな…と、思う今日この頃である。

来年のワールドカップ、やっぱり俺は岡田ジャパンを心の底から応援しようと思う。
だって、そうじゃなかったら、じゃあミライっていったいなんだよっ…って思うから。ミライなんてここから手を伸ばして届くものじゃないじゃないか。もしかしたら訪れないかも知れないものならば、それが僕らにとってのミライってものならば、じゃあ今を精一杯やりきるってことしかないじゃないか。ミライって今この瞬間のことだろ…って、やっぱりそう思うからだ…。だから俺は岡田ジャパンを心の底から応援する。へそ曲がりの爺さんの分まで、とことん気合をこめて、僕らの、ニッポンのサッカーの『今』というミライを、誰よりも厳しく見守っていこうと思います。

最後に、爺さんから最初にいただいたメールにあったこの言葉を添えて、『岡田ジャパンの可能性』を閉めたいと思います。

貴殿の最新ブログにありますように、山は山頂が見えなければ目指せません。ただし、その山が常にエベレストである必要はないと思います。先ずは近所の小山から踏破していけば良いのです。大事なことは「登る」ことなのですから。

爺さん…ほんとうにお疲れさま^^
献歌/What a Wonderful world

posted by キリタニ |11:11 | 岡田JAPAN | コメント(27) | トラックバック(4)
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2009年07月21日

今年一番感動的なゲーム

『なんだ、あれが僕たちの探していた青い鳥だったんだ。ずいぶん遠くまで探しにいったけど、本当はいつもここにいたんだ』

と言ったのは、はたしてチルチルだったか、ミチルだったか…。

幼い頃の記憶で、もう覚えてはいないが、生きていればそんな瞬間に何度か出会うものである。自分にとってほんとうにたいせつなもの…とは、いったいなんなのか?それを理解する…その有難みを噛み締めながら生きる…ということは、カンタンなようで実際はなかなか難しいものである。

多くの場合、それは失ってはじめて気づくものだ。

取り返しのつかない状況に至って、はじめてそれに気づかされる。僕にとって、ほんとうの幸せ…というものは、いつもたいていそんなものだったような気がする。だから、すでにいい年となってしまった今、それをふたたび見失ってしまわないように、ある意味必死で目を凝らしながら生きている。そして常日頃若い子たちにもそんなふうに声をかけたいと思っている。それは誰かから与えてもらうものではなく、また必死こいて探しまわるものでもなくて、きっと自分自身で見つけるものなんだと思うよ…と。

僕はある意味で、サッカーの勝ち負けなんて、まったくいい加減なものであると思っている。

必ずしも勝利するチームが良いサッカーをしている訳ではないし、敗れ去るチームがいつもつまらないサッカーをしている訳ではない。どんなに素晴らしいチームであっても、ある確率で必ず負けるものであると思うし、どんなにヒドいチームであっても、ある確率で勝てるものである。常に勝者がより優れたサッカーをしていた…とは、絶対に言えない。それがサッカーの現実なのだと思っている。

14連敗を喫していたとはいえ、僕は常に大分トリニータが負けるべくして負けていたとは思はない。しかし、シーズン開幕当初から、昨年と比べ“我慢”の足りないサッカーになっていたと思うし、それにより、局面、局面における敵との争いにおいて、何か集中の足りない“粗雑”さ、“いい加減さ”のようなものを感じていた。

昨年の大分には、勝ち点1へのひたむきさがあった。勝ち点1の価値を、他のどのチームよりも重く受け止め、深く理解しているかのようなひたむきさが感じられた。

それが今年の彼らには感じられなかった。

負けがこめば負けがこむほど、勝ち点3への無謀な欲求に苛まれて、彼らの地道な、ひたむきなサッカーが瓦解してゆくのを感じた。そしてそれを、僕は必ずしも彼ら選手たちの所為ばかりであるとは思わない。クラブやサポーターも含めた、僕らそれを見るもの、応援するもの、期待するものにも、どこかで昨年の栄光に胡坐をかいて、分不相応な要求やプレッシャーを彼らに突きつけてしまっていた部分もあったのかも知れない。互いに“理解”に欠ける部分があったのかも知れないと、いま思っている。

7月18日の大分トリニータvs浦和レッズ戦は、僕にとって今年一番感動的なゲームだった。

それは単に彼らが、15試合ぶりに勝利したから…という訳ではない。
彼らが彼ら自身のひたむきな戦いぶりを取り戻して、勝ち点1に執念を燃やして戦ってくれたからである。そうやって再び、苦しい時期を支えてくれたファンやサポーターとの絆を、ぎりぎりのところで繋ぎとめてくれた気がするからである。エジミウソンの完全にぶっ壊れた決死の野武士のような誇り高き奮闘。これまでも決して折れたり怯むことのなかった森重真人の球際の気迫。さらに清武弘嗣のいままさに開花しそうな眩いばかりの才能と、深谷友基の冷静と執念。

ずっと僕はこんな大分の試合が見たかったし、昨年の彼らは、いつもこんなふうに戦っていたのだ。あまり前を見て物事を考えすぎても意味はない。アカルイミライのために為し得る最善のこととは、きっといつ何時であろうと、今この瞬間にベストを尽くすことなのだと僕は思う。ミライとはきっとそうやって創ってゆくものなのだと思う。

サッカーにとって、一番大切なもの、価値あるものがなんであるのかを、改めて僕はこの一戦で彼らに教えてもらった気がする。そして、彼ら自身に、もう二度とそれを見失って欲しくはないと願う。それは選手のみならず、ファンやサポーター、クラブも含めて…のことである。勝ちや負けがサッカーのすべてではなく、本質でもないのだ。ほんとうに価値あるものとは、いつも目に映らないか、映りにくいものである。そしてそれを誰かに与えてもらうのではなく、自分自身で見つけることにこそ、ほんとうの価値は宿るものなのだと僕は思う。

彼らにとってのJ1残留は、依然厳しい道のりであると僕は思っている。

可能性にしたら1割に満たないトライではないかと思っている。そして、だからこそ彼らが彼らであり続ける限り、大分トリニータが大分トリニータらしい戦いぶりで、ひたむきにその可能性に挑戦し続ける限り、僕は彼らの七転八倒する姿を、刀折れ矢尽きそれでもなお立ち向かおうとする姿を、今後も週末の一番の楽しみとして見守り続けていこうと思っている。こんなにも泥臭いサッカーに、これほどまでに引き込まれたのは、人生においてはじめての経験である。

あの日、あのスタジアムに、TV画面の中に、僕は確かに青い鳥の姿を見出した気がした。

やはり彼らは降格してしまうのかも知れない…。あるいはそれ以上の危機といま戦っているのかも知れない。あらゆるものがそうであるように、いずれは消えてなくなってしまうものなのかも知れない。そして、だからこそ、こんなにも感動的な何かが、今すぐそこにあるこの瞬間の喜びを、僕らは噛み締めなければいけないのだと思う。なによりも大切にしなければならないのだと思う。



posted by キリタニ |11:16 | Jリーグ | コメント(3) | トラックバック(0)
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2009年07月13日

ジョゼ・モウリーニョ曰く

鹿島アントラーズvsFCソウル戦。
27番イ・チョンヨン、21番キ・ソンヨンなど、まだまだKリーグにはこんなに素晴らしいタレントたちがいるのか…と、韓国サッカー界の選手層の厚さに感服させられた。10番のデヤンも含めて、このへんの選手たちをJリーグが引寄せられるようになれば、Jリーグのレベルをさらに引き上げることが可能になるだろう。残った名古屋と川崎には、なんとしてでも決勝まで勝ち残って欲しいところだが、今年は西側も強そうなチームが順当に勝ち残っている。厳しい戦いが続く。(2009.06.25)

シャムスカ更迭の可能性が高まったようだ。後任は元浦和監督のゲルト・エンゲルス氏、U―20 
日本代表を率いた吉田靖氏などの名前が挙がっているようだが、今ここで変えることがプラスなのか、マイナスなのか…タイミングとしては良い時期ではないと思う。こういう時こそ、フロントは自らの保身や立場ではなく、チーム状況を冷静に見極めるべきである。監督がエンゲルスだったらこうはならなかったのだろうか?監督をエンゲルスにすれば、降格は免れるのだろうか?その可能性が高くなるとする根拠はなんだろうか?大分フロントの見識が試される。(2009.06.29)

神戸のカイオジュニオール監督が辞任したとのこと。
成績的には低調なものであり、先日の浦和戦を見ても守備的な部分では課題を感じるが、ボールの繋ぎ方、回し方、攻撃の構築の仕方には良い兆しが見受けられたし、このチームはいずれ強くなるなと感じた。監督側に違約金の支払い義務が生じるという事で、次の就職先が決まっているのだろうが、今後を楽しみにしていただけに残念である。この機によくよく監督の『複数年契約』というものについて考えて欲しい。繋ぎとめる事はできない割りに、失敗のリスクだけは自ずから大きく抱え込むことになる。僕がGMだったら絶対にしない。(2009.07.01)

大分トリニータvsジェフ千葉戦。
気迫も気力も勝利に対する執着も充分に感じる。けれども、それが90分張り詰めた糸のように持続できていない。ところどころに撓みや緩みという“甘さ”が顔をだしてしまう。精神的な集中、体力的な持続、そこに綻びが生じたときチームとして埋め合わせられるだけの余力…。やはり現状では足りていないのだと思う。これは誰が監督であろうと…。ここからはクラブとしての中期的なビジョンを示すべきである。僕ならばウェズレイや鈴木慎吾をスタメンから外して新しい勝負に挑む。ファンやサポーターに、未来への希望を示すべきである。(2009.07.05)

JFAは天皇杯にもベストメンバー規定を導入、また今季は、Jクラブが2回戦からの登場となるという。まったくフザけた話である。日本代表の興行をはじめとするJFA収入の目減りが見込まれ、それをあらゆる手で補填しようという算段なのだろうが、地方のドサ回りにまで疲弊する代表選手をベスメン規定の名の下に引っ張り出してみたところで、いったいどれだけの収益が見込めるというのだろうか?まるで愚かな悪大名の卑劣な年貢の取り立てや徴兵のようなものである。知恵も無ければ“下々”に対する配慮のカケラもない。彼らはこの国の政治、自民党政治と同じ道を辿っている。(2009.07.11)


追記

『チームに28人の選手がいる?人数が多すぎることは、私の仕事にとっていいことではないね。あまり多くの選手で練習するのはポジテイブじゃない』※スポーツニフティより

インテル、ジョゼ・モウリーニョ監督の言葉である。

いずれ25人枠をはじめとするJUMPの方針のひとつひとつの項目について意見を述べたいと思っているが、この25人枠に関しては諸手を挙げて賛成を表明する。モウリーニョの言うように、保有選手数が多いという事は、クラブの側にとっても必ずしも良いことばかりではない。

これがJクラブのように30人~35人を抱えるクラブの、25番目~35番目までのほぼ真剣勝負への出場機会の与えられない選手たちにとって、ポジティブな要素など何一つないものと僕自身は思っている。またその10人の枠の中には、将来有望な十代の若手選手たちが数多く含まれる。それならばJ2やその下のJFLで試合経験を積みながら、ステップアップする機会を伺うほうがはるかに合理的であり、彼ら自身の成長を促すはずである。そんな循環こそが、日本のサッカー界にとって真に望ましい改革であると僕自身はずっと思ってきたし、移籍ルールの変更などによってその土壌は徐々に整備されつつあると思っている。

あとはクラブの自主自立と契約に対する意識の問題と、僕たちそれを見守るファン・サポーターの、選手やスタッフの移籍、ステップアップに対する意識の問題であろうかと思う。

プロサッカー選手とは、紅白戦のための補填要員ではないし、プロサッカークラブの現場とはプロサッカー選手養成の為の機関ではない。それぞれが、いま必要とされる場所で、ポジションで、プロとして全力を注いで、たった数年の歴史・足跡をピッチに、人々の記憶に刻む場であると僕は思う。

この25人枠でサッカーの風景が変わることを期待する。
乾や赤星やハーフナーや山崎亮平や、青木孝太や大前元紀が、一年目から即戦力としてJ2やJFLのトップクラブで主力として活躍し、一、二年ごとにステップアップして、やがては二十代前半にして国内トップクラブのスターティングメンバーに名を連ねる…そんな循環、そんな流れが、今後このJリーグにも育まれていく事を期待している。

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卑劣な外道どもへの報い

posted by キリタニ |10:49 | 一言コラム | コメント(27) | トラックバック(0)
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2009年07月08日

岡田ジャパンの可能性 番外編

まず最初にお断りしたいのは、これは2010年南アフリカWCを戦う岡田ジャパンの予想ではない…ということである。僕には岡田武史氏の心は読めないし、またこうすれば強くなる…などという自信もない。今現在、2010年WCを戦うに際して、僕がメンバーを選抜するのであればこうする…というひとつの意見である。

僕がメンバーを選抜する際の条件。それは、

1.名前や実績で選ばない。
2.チームが求める能力と今現在のパフォーマンスを最優先する。

ということである。
それにならい、今現在は少し調子を落としているけれども、来年の6月までにはきっと調子を上げてくれるだろう…などといった予測や楽観に基づく選抜も一切しない。そんな約束はどこにもないからである。

よって、2010年南アWCを目指す上で、ここからの最初のスタートとなる10月10日のスコットランド戦の選抜メンバーから、現時点であれば中村俊輔を外す。また遠藤保仁も当落線上である。

彼らに対する門戸を閉じることはしないが、それよりも良いパフォーマンスを見せてくれている選手がいる限り、彼らにこだわり優先することもしない。それは代表合宿のみならず、Jリーグや各クラブチームにおいても、彼らには常に無数のライバルたちと競争し、競い合い、切磋琢磨しあうことを求めるからである。その点について選ぶ側は公平でなければならないと思っている。現日本代表が組織としてほぼ不満のないレベルに組み上がっている…というのであれば彼らにこだわる意味もあろうかと思うが、僕にはそうは見えない。またここからの相手はアジアとは異なる。当然各ポジションに求められる能力もこれまでとは異なる…ということも考慮しなければならない。

それでは、下記に僕が選ぶ現在の日本代表に相応しいと考えるメンバーを発表する。一応、本命と対抗2枠という表記になっているが、1ポジション3~4名ぐらいの選手が常に公平に競い合うカタチが望ましいと僕は思う。

攻撃の核は前回も書いたように、現状★Bの本田圭祐、そして★Fの石川直宏である。本田圭祐にはフリーロールとして、名古屋時代のストイコビッチのように左サイド広いエリアで攻撃の起点となることを求めたい。また右SHの位置の石川直宏には、カウンターの際の一対一でのトライを期待しての起用である。

MF中央はしっかりと身体を当ててボールを奪える…ということが第一条件。そして速攻・遅攻の判断を見誤らず、ゲームスピードをコントロールできる選手ということで、現時点では小笠原満男と長谷部誠を選出した。

トップの位置は石原直樹。FWにとってはJで最もキツいと思われるチャン監督の厳しい要求に応え、90分間休まずスペースへの走りこみと前線からのチェイシングができて、尚且つボールを持てば一人でゴールへ向える。現在のJリーグでもっとも期待を抱かせるストライカーであると、僕自身は思っている。

SBは右へ調子を落としている内田に代わり石櫃。そして左にはその位置でゲームを作れ、逆サイドの★Fに精度の良いロングフィードを通す事ができる阿部勇樹、吉田麻也。この二人であれば4バック⇔3バックへの移行もスムーズであると考える。

これまでのアジアとの戦いに比すれば、中盤では間違いなく身体を張る状況、フィジカル的な強度が求められるシチュエーションが増える筈である。スタメンには、海外で身体を当てる守備とボール奪取能力を磨いた選手たちを並べ、ゲーム終盤にポゼッションを高めて全体で前へ押し上げ、アタッキングサード、狭いスペースにおいて、ダイレクトパスで展開し、アジリティで打開できるようなタレントたちを前線に投入してゆく…そんなゲームプランでの選出である。

【図1】4-4-1-1カウンターシステム【図2】3-6-1ポゼッションシステム
・・・・・・・・・・★A・・・・・・^o^・・・・・・・★A・・・・・・^o^
・・・・・★B・・・・・・・・・・・^o^・・・・・★B・★F・・・・・^o^
・・★C・★D・★E・★F・・^o^・・★C・・・・・・・★J・・^o^
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・^o^・・・・・★D・★E・・・・・^o^
・・★G・★H・★I・★J・・・^o^・・★G・・★H・・★I・・・^o^
・・・・・・・・キーパー・・・・・・・^o^・・・・・・キーパー・・・・・・^o^

         本命          対抗A        対抗B
GK   楢崎正剛(名古屋)   菅野孝憲(柏)     川島永嗣(川崎)
DF★G 阿部勇樹(浦和)    吉田麻也(名古屋)  阿部翔平(名古屋)
DF★H 闘莉王(浦和)       槙野智章(広島)   今野泰幸(FC東京)
DF★I  中澤祐二(横浜M)   岩政大樹(鹿島)    水本裕貴(京都)
DF★J 石櫃洋祐(神戸)     内田篤人(鹿島)   長友佑都(FC東京)
MF★C 松井大輔(グルノ)   山田直輝(浦和)   本山雅志(鹿島)
MF★D 小笠原満男(鹿島)   中村憲剛(川崎)   遠藤保仁(G大阪)
MF★E 長谷部誠(ボルフ)   青木剛(鹿島)     鈴木啓太(浦和)
MF★F 石川直宏(FC東京)  山瀬功治(横浜M)   野沢拓也(鹿島)
FW★B 本田圭祐(VVV)    柏木陽介(広島)    狩野健太(横浜M)
FW★A 石原直樹(大宮)    興梠慎三(鹿島)    矢野貴章(新潟)

※勝負どころでの選手交代。
FW★A石原直樹(大宮) ⇒ 興梠慎三(鹿島)or矢野貴章(新潟)
MF★C松井大輔(グルノ) ⇒ 山田直輝(浦和)or中村憲剛(川崎)
MF★F石川直宏(FC東京) ⇒ 山瀬功治(横浜M)

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posted by キリタニ |11:09 | 岡田JAPAN | コメント(31) | トラックバック(4)
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2009年07月06日

岡田ジャパンの可能性 たった1つの強化策

皆さんはポーカーというゲームをご存知だろうか?
フルハウス、フォーカード、ロイヤルストレートフラッシュ…といえば、耳になじみがあることだろう。要するに確率の中で、人の心理の機微を探りあうトランプゲーム、いわゆるギャンブルの一種である。

僕はあらゆるものの中に、サッカーや人生に共通する『要素』を感じ取ってしまう人間なのだが、このポーカーにも非常に似通った、合い通じる『要素』があると思っている。

サッカーのアクチュアルタイムが大体60分程度であるとするならば、その間何度のインターセプトがあるだろうか?僕は根気のいる作業は嫌いなので数えた事はないが、概ね15秒に1度ぐらいのものだとすれば240回。要するに各々に1試合120回程度のボールロストとボール奪取があるものと考えよう。

たとえばそれがポーカーだとするならば、120回の“場”であり“ゲーム”があるということだ。

日本のサッカーを見ていて、僕は常々不満に思っていることがある。それはポーカーに見立てた場合の、フォルド(あるいはドロップ)ができていない。要するに“賭ける”“降りる”の判断が極めて曖昧でいい加減であるということである。

5枚のカードが配られた時点で、すでに確率的にはかなりの限定と制約を自ずと受けているのだ。サッカーで言えば、ボール奪取の瞬間に、その“場”における得点の確率というものはかなりの限定と制約を受けている。そこでさらにリスクを犯して“レイズ”(掛け金の吊り上げ)をしていくのか、或いはチャンスとリスクのバランスをとって“コール”(掛け金を維持する)するのか、或いは“フォルド”(勝負を降りる)して敵のチャンスの確率を限定してしまうのか?サッカーとは攻守が入れ替わるたびに、チームとしてのそんな決断を迫られるゲームなのだと僕は思う。

敵のパスをカットする。
その位置。相手の体制。ボールから敵ゴールまでの距離と数的不利、有利。フリーで呼び込んでいる前線の選手の有り無し。またそこへ1つのパスでボールを繋げる可能性と、通った際の数的状況。

可能性の低い“場”であると見なすならば、そこで無理に得点を狙って、低い確率を追い損失のリスクを膨らませるよりは、リスクを限定して、敵に汗をかかせ、時にブラフをかませて、揺さぶるのみに留めておいた方が良い。また逆にこれを千載一遇のチャンスと見なすならば、必要なチップを惜しみなく用いて“レイズ”すれば良い。そして何よりも大切なことは、そんな認識を11人の選手がひとつになって共有する…ということである。11人の共通認識と機を逃さない連動によってそれを為すこと、為せること、それが強者のサッカーであり、試合巧者のサッカー、賢いサッカーなのだと僕は思っている。

賢く走るということは、愚かには走らない…ということと同義である。
そんなことをしていては、本当に必要なときに走れないからだ。

そしてまた賢いサッカーとはムダなリスクを負わないということであり、同時に必要なリスクを恐れない…ということでもある。

何よりもボール奪取時の正しい判断力が必要であり、僕なりに考えるその正しい判断に基づいた2つの選択肢が、来るべき2010年WCにおいては攻めのカウンター(コール)と守りのポゼッション(フォルド)であり、さらにその先の3つ目のカタチであり挑戦…それが残り20分からの勝負の時間帯の、攻めのポゼッション(レイズ)という戦い方なのである。

相手の強さによって、こちらの得点の確率というものは大幅に制限される。WC本大会ともなれば、そのたった120回の“場”の中で、確率1/250の“ストレート”や同じく1/500の“フラッシュ”を狙う事に等しいことであると僕自身は思っている。重要なのはその奪い取った“場”が、果たして通常の1/250なのか?或いは1/25なのか?1/2500なのか?正しく嗅ぎわけ判断することである。自らの背負うリスクを最小に抑えながら、与えられた数少ないチャンスに最大限の“チップ”(チカラ)を集約することである。

残りあと1年。
僕がこの岡田ジャパンに望むことは、一言でいえば賢くなることである。この1年、チームとしてできることは、せいぜい賢くなること…ぐらいのものであると思っている。いまある武器を冷静に評価し、限られた時間の中で最適に配置し、ゲームにおける意識と狙いを徹底する。それが少しばかり強くなるために、チームとして成熟するために、もっとも重要な要素になるのではないかと思っている。ただひとつ、意義ある強化の方向性なのではないかと。

岡田武史が日本代表を創造するわけではないのだ。誰にだってそんな魔法のチカラはない。この1年で、進むべき正しい道をその指先と言葉で指し示し、そのためにチームをひとつにすること、すべての選手の意識を取りまとめること。それが代表監督の仕事であると、僕自身は思っている。

賢い判断、無理やムダのない判断を、チーム全体に共有させ、そしてゲームの中で実践させること。それがいま岡田監督にできる最善の施策であると僕は思っている。


最後に、下記が僕が考える2010年南アフリカWCにおいて、岡田ジャパンに期待するフォーメーションである。図1でボールを奪い、カウンターのチャンスがあるならばフリーロール(自由な役割)の★Bへボールを預け、2トップの攻撃に両SHを絡ませる。また、そのチャンスが無いと見なせば、図2のフォーメーションに移行しボールを展開する。最終的には後半残り20~25分から、この図2のカタチのまま、引かずに前でプレッシャーをかけることで得点を狙うサッカーを期待している。このフォーメーションの攻撃の核となるのは、★Bであり、そして★Fなのだと思っている。次回はこの★に自分なりの選抜選手を当てはめ(どうしてもキリタニジャパンになってしまうのだが…)、『岡田ジャパンの可能性 番外編』としてまとめたいと思っている。


【図1】4-4-1-1カウンターシステム【図2】3-6-1ポゼッションシステム
・・・・・・・・・・★A・・・・・・^o^・・・・・・・★A・・・・・・^o^
・・・・・★B・・・・・・・・・・・^o^・・・・・★B・★F・・・・・^o^
・・★C・★D・★E・★F・・^o^・・★C・・・・・・・★J・・^o^
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・^o^・・・・・★D・★E・・・・・^o^
・・★G・★H・★I・★J・・・^o^・・★G・・★H・・★I・・・^o^
・・・・・・・・キーパー・・・・・・・^o^・・・・・・キーパー・・・・・・^o^
※図案はP氏より拝借

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posted by キリタニ |11:22 | 岡田JAPAN | コメント(25) | トラックバック(6)
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2009年07月03日

岡田ジャパンの可能性 2つのオートマティズム

これまでの日本は、自国開催のそれを除けば、ワールドカップ本大会においては、つねに最底辺の“参加者”のひとつに過ぎなかった。※『岡田ジャパンの可能性』より

もしその位置づけを脱して、今回“参加者”から“挑戦者”への足場を築きたいと思うのであれば、最低でも3試合を4~5点の失点に抑え、さらに攻撃面では3つ目の得点(GL突破33%の確率)を得ることが最低条件になるのではないだろうか。※『岡田ジャパンの可能性 3つ目のゴール』より

では、そのために何が必要なのか?
いまできることとは何だろうか?

結果的にグループリーグ突破ができるのであれば、それに越したことはないが、WCアジア予選突破とWC本大会グループリーグ突破のその間には、カンタンに乗り越えることの出来ない大きな壁が聳えているものと僕は思っている。単に成功か失敗かではなく、その狭間の中で、4年毎の日本が、いまどの位置に在るのかを確認するのは、とても大切な作業であると僕自身は思っている。そしてさらに大切な事は、その舞台で一歩ずつの前進と進化を実現させること。そしてその方向性を決して見失わない事である。


第1ポット:ドイツ、ブラジル、アルゼンチン、フランス、イタリア、イングランド、スペイン、メキシコ

第2ポット:エクアドル、パラグアイ、トーゴ、ガーナ、コートジボワール、アンゴラ、チュニジア、オーストラリア

第3ポット:オランダ、チェコ、ウクライナ、ポルトガル、スイス、ポーランド、クロアチア、スウェーデン

上記は2006年ドイツワールドカップドローにおける第1~第3までのポットのラインナップを記したものである。来るべき2010年南アフリカワールドカップ組み分け予想の一例として参照いただければと思う。日本はモチロン第4ポットという前提である。

第1ポット。
僕はどのチームが出てこようと、まずまともな勝負にはならないものと思っている。アクチュアルタイムが60分あるとすれば、おそらくまるまる30分は自陣ゴールから30Mほどのゾーンを、ひたすら8人~9人で固めなければならない状況に陥るのではないかと考える。このポットとの対戦が何番目にくるかで、その戦い方に変化も生じてこようが、失点をどの程度に抑えられるか…それがテーマとなる一戦である。

そして第2、第3ポット。
ここでくじ運にさえ恵まれれば、期待として第2ポット相手に勝ち点3。第3ポット相手に勝ち点1。という計算や見込みも成り立とうが、どちらにしてもゲーム内容としては、概ね圧される展開が予想されるだろう。

要するに3試合すべてを、自力に勝ると思われる相手を敵に回し、やや圧されぎみの展開の中から、どう勝ち点を拾っていくか、失点を最小限に抑える中で、どのようにして3つ目のゴールに果敢に挑んでいくか…。そんな戦いになるものと予想する。これを突破か敗退か…のどちらかで白黒をつけてしまうのは、いささか乱暴、大雑把過ぎるのではないか?突破か敗退か…の間には、まだまだ何大会か費やして、2つ3つ乗り越えなければならない高いハードル、距離があるのではないか?僕がこれまでに説いてきたことは、そういうことである。

上述したように、多くの時間を自陣奥深くに引きこもらざるを得ない展開がベースとなる。それはこの4年間の日本代表の戦いの中で、あまり経験したことの無い状況である。さらにまた、往々にして前線に間延びしがちな、今の岡田ジャパンの4-2-3-1ベースのフォーメーションは、ここでの戦い方に有効なシステムであるとは僕は思わない。

僕が期待したいのは、ベーシックな4-4-2或いは4-4-1-1であり、後ろ2ラインで跳ね返す手堅いディフェンスシステムの再構築である。それは、つい先日のACLで鹿島アントラーズがFCソウル相手に見せてくれた後半のディフェンスのカタチであり、さらに言えば2002年日韓ワールドカップにおいて、イングランドがアルゼンチンの猛攻に耐え、凌ぎきった、ある意味ベタなディフェンスのカタチである。

自ずから強者に脅え、自らで引きこもる必要などまったくないが、耐えるときは11人でひとつになって耐える覚悟が不可欠だろう。問題はその押し込まれた状態からどうやって得点を狙っていくのか、或いは敵を自陣に押し返す守りのポゼッションを構築してゆくのか…ということである。そこにはボール奪取時の素早く、的確な判断力と、速攻と遅攻の選択に対する、チーム全体としての対応と共通認識が求められる。

ボール奪取後、ただちに前線の起点に預けて速攻のカタチが作れる状況にあるのか?或いは一度サイドに回して敵の圧力を交わし、そこから蹴りこむフェイントを交えながら、ゆっくりと後ろからボールを回す。敵の重心を後方に傾かせながら、場合によってはGKの繋ぎまでをも用いて、守りのポゼッション、敵をひとまず自陣に押し返すポゼッションを構成する。そんなふうに、圧し込まれる試合の中で、こちらの時間をいかに作ってゆけるか?またその中で判断を見誤らず、いくつの速攻のカタチをフィニッシュにまで結び付けられるのか?

実際に得点できる可能性は、間違いなく前者、速攻のカタチに近いものであろう。しかし、機を見ず、見誤り、そればかりを狙っていては、やがてディフェンスがパンクしてしまう。3本以内のパスでフィニッシュまで至れるというボール奪取時における見極め、状況判断。そしてそれが不可能と見なした場合の、両SBのゾーンとGKまでを用いた、後方からの落ち着いたボール回し。ここからの1年で、その2つのオートマティズムをじっくりと煮詰めてゆくべきである。

2010年南アフリカワールドカップ、岡田ジャパンのベースになるのは、僕はそんな戦い方であり、スタイルになるのではないかと思っている。ゲームの序盤や中盤、最終ラインで奪ったボールを、3つ4つゆっくりショートパスで繋いで、前線へ…。そんな余裕のあるスローな攻撃では、まず可能性のあるフィニッシュまで持ち込ませてもらえないだろうと考えている。

ただし、ご存知の通り南半球にある南アは、この時期一年で一番涼しい時期を迎える。首都プレトリアの6、7月の平均気温は18度。これは東京の4月や11月とほぼ同様。まず間違いなく、ハイプレッシャーのレベルの高い戦いが繰り広げられることだろう。日本はそこで如何にして相手の勝ち気を利して戦略を組み立て、またその勝ち気を利して日本のアイデンティティともなりつつあるポゼッションで、相手を消耗させるか?

そこで3つ目のゴール…なのである。
最後、後半残り20分。そこまでしっかりとゲームを支配できたならば、相手の足の止まった状況を見定めて、僕は日本の次のステップの為にも、恐れず、果敢に、全員で、ゴールを勝ち取る意志を持って、前へ出て行って欲しい。

『速く、厚く、ダイレクト』なボール回しで、局面を創り、そしてそれを打破して、遮二無二ゴールを目指して欲しい。そんな時間帯を作り、それをモノにし得た時。その時こそ、WCにおいて日本は真の挑戦者としての地位を得たといえるのだろうと思う。

ウズベキスタン戦後から、絶えず、しつこく、『このチームは変わらなければならない』と言ってきたのは、上記の2つのベースの構築プラス勝負どころでの仕掛け、そしてその為のチームとしてのモデルチェンジを期待してのことである。この思想や前提を踏まえずして、或いは理解してもらえぬままに、ただ即物的にシステムや選手名について論じても、ほとんど意味を為さないことであろうと僕自身は思っている。顔だけ取り替えても、実体はなにひとつ変わることのない、どこかの腐臭のする政党のように。

次回はフォーメーションを含めた速攻と遅攻。攻めのカウンターと守りのポゼッションについて、もう少し具体的に書き記してみたいと思う。

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愛する鴻池先生に捧げる川柳     

posted by キリタニ |11:09 | 岡田JAPAN | コメント(32) | トラックバック(6)
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