2009年02月20日

キリタニジャパン 発表



                       柳沢/前田遼
 
           田中達/山瀬功             小川佳/金崎

                中村俊/森崎浩   中村憲/遠藤


                      阿部勇/鈴木啓
        阿部翔/小宮山                    長友/内田

                 闘莉王/槙野    中澤/岩政

                   
                        菅野/西川

[system] 4-1-4-1 or 4-3-3
○一応イメージを貼り付けてみましたが反映されない感じですので見苦しいですが、そのまま記述にて公開いたします。
できればフォーメーション図でご覧になりたい…という方は、リンク先に図案入りの重複記事を用意いたしましたので、そちらをご参照ください。
キリタニジャパンフォーメーション図


選手選考におけるテーマは『競争』。

それぞれがそれぞれに、イーブンの状態から出場枠を奪い合うことが原則であり、個に依存したチームづくりは行なわない。さらに“強い気持ち”という部分を重視して選抜した。利き足の関係によって、戦術的に左右のポジションで入れ替わるフォーメーションは考えられるが、現実にはこれにB代表(若手中心にさらに22名)も含めて、常時コンディション面を含めた最強メンバーで、親善試合含めすべての試合に勝つことを期して臨む。この22名にパワープレー要員としての巻誠一郎、そして2トップに切り替えた場合の佐藤寿人、岡崎慎司あたりを加えた25名で1つのチームとしたい。

メンバーを見れば分かるように、僕は山瀬功治、鈴木啓太の力強い復活を願っている。


海外組み。

に関しては、時差を伴う厳しい大陸間移動のハードスケジュールに苛まれる環境で、なお、チームに大きなメリット、プラスを生み出し得るスペシャルなタレントは、現時点ではいない…と考える。
中村俊輔を選出したのは、この夏のJリーグへの復帰をにらんでのこと。もし彼が欧州に留まるのであれば、そこには柏木陽介を選出して、森崎浩司との対決を迫りたい。また2年前の中村俊輔や、ペルージャ・ローマ時代の中田英寿のような突出した存在が欧州に誕生すればこの限りではない。が、その場合でも、選手自身の肉体と精神をすり減らす代表選出は、長期合宿を組める大きな大会のみに限定する。一々の親善試合に呼びつけて消耗させることなど、僕ならば絶対にしない。


戦術的なコンセプトは『スペースを創り、スペースを遣う』こと。

その連動を高めるためにも、海外の“個”に依存したチームづくりではなく、なるべく国内で時間を共有し得る選手たちと、鍛錬を積み重ねることが必要。戦術やフォーメーションとは、常に相手あって成立するものであるし、アジアを突破することと、世界に挑戦することでも、また違うアプローチが求められる部分もあり、一概に論じきれるものではない。そのひとつひとつを書き記せば、おさらく原稿用紙100枚あっても足りないし、また言い切れるものでもないので、ここでは触れずにおく。

少しだけ解説を書き加えるとすれば、左右のウイングはゴールへ向かえる選手でなければならない…ということ。そしてまたSBが縦に切り込む状況下において、持ち直したり、切り替えしたり、モタモタしたり…という選択を僕は望まないし、そこでスピードダウンしてしまった攻撃から通したクロスで勝負できるタレントもまた、ペナルティエリアには用意されていない。よって左SBは左利きに拘りたかった。純粋に選手の能力で言えば、左SBは新井場徹がNo.1であると僕自身は考えます。


見る方が見て下されば、きっと選手たちの“動線”までをも汲み取っていただけるものと期待し、不精ながら読み取る方々、それぞれの知識やイメージにその解釈を委ねたいと思います。

こういう企画ははじめてですし、書く方はとても楽しかったのですが、これが読む方にとってはどのようなものなのか…興味深いものと映るのか、或いはただただ不毛で、不愉快なエントリーと映るのか…は、まったく想像がつきません。が、おそらくこれが最初で最後になると思われますので、まあ煮るなり焼くなりご自由に論評をお付け加えください。コメント欄の行方に期待しております^^;

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2009年02月18日

60%の俊輔か80%の憲剛か

「ズバリ、(現在18チームの)J1を10クラブにします。J1昇格の条件を高くして、あとはJ2の裾野を限りなく拡大する。そうすればJ1でプレーする選手のほとんどが億万長者になれる。スーパースターにもなれる」岡野雅行※ZAKZAK※/まあ話がそううまくいくかどうかは分からないが、実績ある有名選手が、現役選手の立場からこのような発言をしてくれる土壌や環境はとても大切だと思う。選手にもさまざまな制約はあるのだろうが、秋春制やその他の事柄について、もっと発言して欲しいし主張して欲しいと感じる(2009.02.02)

「仮想オーストラリアとして全く不足のない相手」と実力を高く評価していたフィンランドが、J2湘南にまさかの完封負け。見込み違いだった。フィンランドは来日メンバー21人中、身長180センチ以上が14人と、体格は確かにオーストラリア並み。しかし、国際Aマッチ2ケタ試合出場者は37歳の“英雄”FWリトマネンら2人だけ。※デイリースポーツ※
この相手に対しても、すでに20000枚近い前売りが売れているというのだから、代表人気もまだまだ捨てたものではない。『遠藤を使う!』と名言もし、集客への後押しも万全である。さあ、内容はどんなものだろうか?(2009.02.04)

きっと岡崎慎司というストライカーは、他のFWに比べて速くも上手くもないのだと思うが、シュートを撃つタイミングと、ダイレクトで合わせる感覚だけは、誰よりも秀でたものを持っているような気がする。これは代表のみならず、清水の試合を見ていても常々感じる部分だ。ある意味で城彰二の持った特性を備え、そしてまたさらに城彰二を上回る泥臭さと運動量をあわせ持つ。彼のような頑張る泥臭いFWが、常に日本代表の一角を担う存在であることは、この国のサッカーの風景にとってとても大切な要素であるように思う。(2009.02.05)

岡田武史監督のロングインタビューをNHKで拝見した。最近のJFAのメディア露出への取り組み自体を否定するものではないが、これが何にどう繋がってゆくのか…という効果の点については少し疑問も感じる。肝心のインタビューについても、岡田氏の語ること自体は分からなくもないが、それが日本代表のサッカーにどう繋がっていくのか?或いはどう繋がっているのか…については不明な部分多く、分かったような分からないような、あまり興味深い内容とは言えなかった。新皮質と旧皮質のゴールを、迷いなく選り分けきったNHKの勇気には、ただただ感服させられた…。(2009.02.09)

オーストラリア戦を間近に控えて、なにか懐かしいプロレス興行の前置きのような煽り報道がかまびすしいが、前からこんな調子だったっけ?日本にいた頃は地味なイメージしかないピムさんだったが、なぜだか韓国、豪州とアジア最強国のトップチームを率いるまでにステップアップして、キャラ変したのだろうか?まあ妙な場末感漂う演出の中、どのような試合展開になるのか注目したい。豪州が徹底して蹴ってくれば苦戦は免れないだろうが、ピムさんが監督になってから彼らはそういう試合はしていない印象である。であれば、結果はともかく日本にとってはやり易い相手ではあるはずだ。(2009.02.10)

WC最終予選対オーストラリア戦。この試合のMVPは…やはり中澤佑二。
田中達也と迷うところだが、彼の気合と迫力が、ダレたケーヒルの気力を完全に打ち砕いていたように見受けられた。そして赤点が長友佑都と松井大輔。状況判断が悪く気合が空回りしていた印象。消極的なミスではないのだが、悪い流れを引寄せかねないプレー選択がいくつか見受けられた。また憲剛ではなく、今の状態の遠藤や海外組みに固執する岡田監督にも少し疑問。悪い流れを引寄せる選択…とならないことを願う。(2009.02.12)

追記

長距離移動を伴う非常に厳しいスケジュールで試合に臨まねばならなかった中村俊輔と、チームと共に国内で順調に仕上がり良い状態で試合に臨めただろう中村憲剛…例えば60%の俊輔と80%の憲剛だとしたら、試合で活きるのはどちらなのだろうか?これが純粋に現場の事情だけの選択か否か、或いは単に監督の嗜好によるものなのか否か、感情的な岡田批判のみではなく、欧州から遠くはなれた日本という地における代表チームを考える上で、今一度これはじっくりと議論されるべきテーマなのではないだろうか。

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2009年02月16日

監督、岡田武史氏への評価

もし仮に僕が日本代表監督であり、『WCの目標は?』と尋ねられれば、その時はきっと

『日本の実力をすべて出し切ること』

と迷いなく答えるだろう。

幸運な組み分けでグループリーグを突破すること。或いは妥当な組み分けでグループリーグを敗退すること。不運な組み合わせによりグループリーグ全敗を喫すること。或いは奇跡的な幸運に恵まれてWCベスト4に辿りつくこと。

大きく運、不運に左右されるであろう結果を、組み分けも決まらぬ前にあれこれと論じて、はるか手前で論理的ではない目標をブチあげてみたところで、それに何の意味があるだろう。ニッポンという国にいまあるチカラ、そのポテンシャルの最大値を本番で発揮したい。その為にできること、可能なことに、精一杯、命がけでチャレンジしたい。もし僕が日本代表監督であるとすれば、それが僕自身の責任であると考えるだろう。グループリーグ突破も、敗退も、ベスト4も、優勝も…実質的にそれは、目標とも、自己評価の基準ともなり得ない。

そしてそれはこのWC最終予選についても同じことである。
この出場枠、さらには恵まれた組み合わせにおいて、そこでの予選突破の可否が監督評価の基準になるともまた思わない。よほどのことが無い限り、いまの日本の自力で、これを落とすことはないだろう。監督自身が、つまらぬ思い付きや拘りによって、選手の手足を引っ張り、邪魔をするのでない限り…。

その時点のチカラの最大値を発揮した上で、次のミライ、ステージへ繋ぐバトンを誤まりなく渡すこと。それができれば、他者のどんな評価にも臆することなく、罵倒されようが、生タマゴを投げつけられようが、自分ならば胸を張ってニッポンへ帰ってこれるだろうと思う。

この国のチカラを出し尽くしての敗退ならば、僕はまったく恥とは思わない。そしてそれは、誰が監督であったとしても同じ事である。最大のテーマは、やはりこの国の実力を出し切ることにあるのだと考える。

僕はフランスWCの岡田武史監督を恥だと思ったことなど一度も無い。
あの時点で、日本ができるほぼ最善のサッカーをしてくれたと今でも疑いなく信じている。10ある実力のうちの、少なくとも充分に及第点である8を発揮してくれたのだと思っている。ジャマイカに敗れたのは、あの時代の選手も、メディアも、そして僕らサポーターも、まだまだ未熟で甘かったからである。自らの実力を理解せずに、1、2戦での結果を“恥”と誤解して、最終戦の相手ジャマイカへのリスペクトを欠いたからである。当然の報いを受けたのだと理解している。その意味で、3連敗という結果は妥当であったと思っている。

そしてトルシエは、ニッポンの10ある実力の9を発揮してくれたのかも知れない。またそういう意味では、ジーコは7か6だったかも知れない。けれどもだからといってまた、ジーコではなくトルシエが率いていたら、ドイツWCで日本がグループリーグ突破を果たしていた…とも僕はまったく思わない。これは、ベンゲルでも、ヒディンクでも、オシムであっても同じことである。日本が10ある力の10を出したからと言って、必ずしもそれでWCベスト16を果たせるわけではない。残念ながら日本の実力は、未だその程度であると僕自身は理解している。

なぜ岡田監督が『WCベスト4』を目標として掲げるのか?

その理由は僕には判らないが、僕はその達成の如何によって彼を評価する気などまったくない。彼がなんと言おうと、僕には僕の基準がある。繰り返すがそれは、日本のポテンシャルを十分に発揮できたかどうか?それ以外にない。

その点で僕はオシムさんに、10の実力の10を発揮するキセキを夢見ていた。五分五分の確率でベスト16へと挑む挑戦と、その可能性を真剣に夢見ていた。

そしてそれが叶わなかった今、岡田監督に10の実力の9を、少なくとも8を発揮させてくれることを期待している。WCが妥当な組み分けに落ち着くならば、その日本の10のうちの8のチカラによってベスト16を成し遂げる確率を、それでも僕は25%に満たないと思っている。

包み隠さずありのままに言えば、僕の岡田武史監督への今現在の評価は10のうちの7である。ここから本選までの時間が、味方なのか、或いは敵となるのかは、今はまだ僕には判断がつかない。が、誰のチカラであれ、チームがあと1歩前進してくれるならば、僕はそこで突きつけられた結果を、そしてこのチームを、岡田監督を、拍手で迎えようと思っている。

具体的に言えばそのあと1歩の前進のために、以下の3つのことを希望したい。

○海外組みや特定の選手へのこだわりを捨てコンディション重視の適正な競争環境をつくる
○守備時の前線での非効率なエネルギー消費を、攻撃時の連動へと割り振る
○トップに起点をつくる(1トップの人選を考える)

そしてさらにもうひとつ付け加えるならば、言葉の重さを理解して語って欲しい…ということ。きっとそれがチームの団結と彼自身の求心力のためにも必要なのだと僕は思う。彼自身それで損をしたり、安く見下されてしまうことのないように…ということである。

技術委員会の今回の人事異動を、僕はある意味で歓迎し、またある意味で危惧してもいる。
ここが政争の道具と化すことも御免ならば、サッカー以外のチカラに左右されることも、そして誰かの思いつきで振り回されることも絶対に御免である。いつだって一番大切なのはサッカーそれ自体である。彼らが再び、それを踏み外すことのないようにと願っている。

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posted by 桐谷 |11:31 | 岡田JAPAN | コメント(38) | トラックバック(3)
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2009年02月12日

【WC最終予選】 対オーストラリア 戦評

内容的にはほぼ完全なる勝利を手にした日本。
が、望んだ結果を手に入れたのは日本…ではなく豪州。

良くも悪くも、これが今現在のニッポンとオーストラリアの妥当な関係なのだと僕自身は思っている。

ノーマルなサッカーのカタチで組み合ってきたならば、日本にとっての豪州はそれほど怖い相手ではない。逆に豪州にとっての日本は、ほんとうに厄介でほとんど歯が立ちそうにない相手…ともいえるだろう。

だからこそ、彼らが本気で日本に勝つ気であれば、まともにサッカーをしていてはいけないのだ。トップの選手がゴールに背中を向けて、バックラインから繰り出されるハイボールを収め、両手でブロックしてモールを組むように潰れて、そこを起点にこぼれ球をかっさらう…。後半25分あたりからはじめたラグビーを、ケネディをターゲットにもっと早い段階で展開されていたならば、この試合の光景は随分違ったものになっていたかも知れない。

そういう意味では、ニッポンを助けてくれたのはある意味ピム監督と言えるのかも知れない。

この試合総じて戦えていなかった豪州選手たちの中でも、さらに一層闘争心の欠けた抜け殻のケーヒルを、1トップで孤立させたままに試合終了直前まで引っ張り、4-3-2-1の3と2で日本の両SBの攻め上がりに対処できぬまま試合終盤まで手を打つことができなかった。きっとこれが、オランダ人としてのピムさんの哲学であり、また限界でもあるのだろう。今にして改めてヒディンクの凄みを思い知らされた気分である。

前半25分あたりまでの膠着を解いて、日本に流れを引寄せたのは田中達也の二列目から両サイドに切れ込むキレ味鋭いフリーランニングの継続。これがチームとして狙い鍛錬したカタチなのか、それとも田中達也とパスの出し手たちとのひらめきの中でのアンサンブルなのかはTV画面から確証を得ることはできなかったが、豪州の中盤にとってこれが厳しかったのは確かであり、彼の飛び出しに引き戻されるようになって、パタリと前への、プレスへの活力を失い始めた。結局はフィニッシュのカタチまで辿りついた展開はそれほど多くはなかったが、田中達也のスピードと運動量こそが、ただでさえ劣勢であったオーストラリアの中盤にトドメを刺した…と言えるかも知れない。病み上がりのコンディションの冴えない状況の中、本当に素晴らしい奮闘だった。

全体的な流れを引寄せながら、さほど多くの決定機を作り出せなかった要因は、トップの起点へのサポート不足と、やはりそのゾーンでの連動不足にあるのだと思う。

良い意味でも悪い意味でも、このチームは中村俊輔のチーム。結局は彼がどこでやりたいのか、そして何をやりたいのか、コンディションはどうなのか…によって、チームとしての方向性と限界が決まってくる。遅攻なら遅攻で良いのだが、本当に得点のチャンスがあるシチュエーションはほとんどの場合速攻。その田中達也が切り拓いたファーストブレイクと、中村俊輔が司るセカンダリーブレイク・アーリーオフェンスとのはざまにある2秒から3秒の間とスペース。そこで潰えてしまうチャンスの芽をチームとしてどう考えるか…。

一時期のただ闇雲に縦へと急かされ続けた時期と比べ、中村俊輔が合流したことによって、速攻と遅攻のバランスはだいぶ良くなってきている。

あとはこのバランスや配分を保ちながら、少ない速攻のチャンスを見逃さずにどう得点に結びつけるか。その為の時間とスペースを損なうことなく、どう田中達也のスピードに絡んでゆけるか…が、ここから上の相手に得点できるかどうかの分かれ目になる。ここにどう手当てし磨いてゆくかによって、今のままの日本で終わるか、その先の世界を少しだけ覗き見ることができるか…の違いが生じてくるような気がしている。

ここ数試合の中東の国々との戦いに比べれば、ミスが少ないゲームだった。
危ないゾーンで集中の欠けたミスを連発していた豪州に比べて、この試合の日本は、失点に直接つながりそうな大きな致命的なミスはほとんど見当たらなかった。わりとプレスのきつかった豪州を相手に、集中してそれを封じ込められた部分を高く評価したい。この試合がここ最近の代表の試合と比べて見違えてみえたのも、質的に高いレベル、緊張感のあるものに見えたのも、それと無関係ではないと僕は思う。

相手の致命的なミスを、フィニッシュにまで結び付けられないのが、結局は一人で切り込めない日本の弱さ、拙さでもあるが、それは今日明日どうにかなる問題ではない。逆にWC本大会で対戦する相手にそれを与えてしまっては、かなりの確率で手痛い失点を喫する事になるだろう。

僕は岡田監督に何かをクリエイトすることはもう望まない。
中村俊輔や遠藤保仁、そして中村憲剛を中心に、極めて妥当な日本人らしいパスサッカーを、ただ許容してくれさえすればそれでよいと思っている。が、してはいけないミス、してはいけないゾーンを、その決まりごとを、今のうちに徹底して刷り込んでおいて欲しい。その上で、攻守のセットプレーの鍛錬にだけは充分な時間をあてて取り組んで欲しい。それこそが岡田監督の役割であると思っている。

今ある調和、混迷の果てにやっとたどりついたこの一定の回復と調和が、ちいさな躓きや、つまらぬ意地や功名心のためにまた振り出しに戻らぬことを祈っている。

この日本代表は悪くない。

一昨年のアジアカップ以来、僕は久しぶりに日本代表の試合に熱くなれた気がする。

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posted by 桐谷 |11:25 | 2010WCアジア予選 | コメント(28) | トラックバック(4)
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2009年02月09日

Jリーグは公平ではない

~今のJリーグシステムは地方クラブに対して、逆に機会の平等を与えていない部分もある。それについて、これから持論を展開しようとしているところなのです~

これは僕が『川淵VSナベツネ論争の裏側』というエントリーのコメント欄の中で用いた文言です。今回はこの詳細について、持論を展開させてもらおうと思います。


『Jリーグは機会の平等を与えていない』

皆さんは

競技場の観客席は,下記のとおりとする.ただし,芝生席は,観客席とはみなされない.
(1)J1クラブ主管公式試合:15,000人以上収容できること
(2)J2クラブ主管公式試合:10,000人以上収容できること

というJリーグ規約第29条をご存知だろうか。僕はこの規約を公平に欠けるものであると思っている。東京近郊にあるクラブと、地方小都市の人口10万人に満たないような地に生まれたクラブとでは、観客動員力に大きな格差が生ずるのは自明である。なのになぜ全国一律の基準を適用せねばならないのか?

これにより平均観客数3000人ほどにしかならないJ2新規参入クラブたちが、現状J参入当初から一律キャパシティ20000人以上のホームをベースに興行を成立させる…という過重な負担を背負わされている。地方は大都市と異なり、J規約が10000人基準だからといって、それにあわせて都合よくキャパ10000人のスタジアムが存在する訳ではない。FC岐阜を例に取ればキャパシティ3500人というちょうど身の丈にあった長良川球技メドウというホームスタジアムを持ちながら、この規約にあわせて31000人収容の長良川陸上競技場をホームスタジアムに定めねばならなかった。

ハナからその拠って立つ基盤や条件が異なる地方の小クラブに、なぜこのような不自由を強いなければならないのだろうか?彼らがそのサッカーの実力によって、浦和レッズや名古屋グランパスと戦う機会を得たならば、その時その試合において、自らの経営判断で31000人収容の長良川陸上競技場を使用すれば良いだけの話ではないか。

どれだけ経営規模が小さかろうと、その小さな営業収入の中で収支を均衡させ、サッカーのその実力によってJ2、J1の壁を突き破ってのし上がってくるクラブがもしこのニッポンに誕生したとするならば、それは鉛筆舐め舐め誰かが書き綴った100年構想の能書きなどよりも、はるかに意義のある感動的な実風景をこの国のサッカーシーンにもたらしてくれるのではないだろうか。

逆にいえば、それぞれの小クラブがアリンコのような身を削る経営努力の下、実力で大規模クラブをぶち倒してくるとするならば、その参入を妨げる正当な理由などあるだろうか?そしてもしそれがまかり通るとするならば、その時Jリーグは本当の日本最強リーグと呼べるだろうか?

平均動員6000人にしかならないモンテディオ山形の、今年一年のJ1への挑戦を僕はとても楽しみにしている。J2においてさえ、恵まれた経済基盤を持つとは言えない彼らが、そのサッカーの実力で勝ち取ったこのビッグクラブたちへの“挑戦権”には、スポーツファンなら誰しも心揺さぶられる何か…があるものと僕は思う。そしてそれとほぼ同時に、その挑戦は彼らに、非常に苛酷な現実を突きつけるんじゃないかな…とも思っている。

それがある意味、このJリーグ15年の歴史であり、15年による成熟であるともとらえている。けれどもだからといって彼らの挑戦に意味がない訳ではない。むしろだからこそ、僕は彼らのその挑戦に価値を見出すのだと思うし、注目せずにいられないのだ。

Jリーグが為し提供すべきは、この国最高レベルのサッカーリーグの運営であって、地方クラブの夢を間引く事でも可能性のドアを閉じる事でもないと僕は思う。今の現状は、地方の小クラブに、各々の実情を省みない紋切り方の規約を用いて、結果的に身の丈に合わない背伸びを助長し、その経営を圧迫している部分もあるのではないだろうか?

JFLホームゲーム入場者・平均入場者数。
興味のある方はぜひ上記のリンクを参照して欲しい。ここから上を目指す地方クラブたちは、今後J参入に当って高い入場料を設定しながらも最低10000人を越す収容人員のスタジアムをホームに据えて興行を成立させていかなければならない…。これは果たして絶対に不可欠な基準といえるだろうか?

有名無実のサテライト組織も必要なく、ユース組織もあってもなくても良い。それはクラブ自身が、それぞれの自由な経営判断によって選択してゆけば良いだけなのだと僕は思う。女子クラブ創設の義務化なんてさらに無用である。各クラブはそれぞれ各クラブのやり方で、地域に貢献し、自治体や市民との信頼関係や互恵関係を醸成してゆけばよい。逆にそれができなければ、地方クラブの宿命として存続など不可能だろう。

Jリーグが統轄すべきは、各クラブの健全経営のための厳正なる監査と、機会の平等、公平を担保した上での、真の最強リーグの保持であると僕自身は考える。そして目指すべきはイレブンミリオンなどという数字自体に何の意味があるかも分からないスローガンではなく、日本最強リーグをアジア最強リーグへと進化させることであり、そのための、一般国民へのクラブサッカーの普及にあると思っている。その点で僕は、TV放映権を含めた今現在のJリーグの在り方に疑問を呈するのである。

次回はこれに続いて、リーグ体系をも含めた、Jリーグ改革私案、中期的に為すべきこと…についてまとめてみたいと思っている。

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posted by 桐谷 |10:55 | Jリーグ改革案 | コメント(7) | トラックバック(3)
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2009年02月05日

【キリンCC】 対フィンランド 戦評

“仮想オーストラリア”

“世界ランク55位のフィンランドに大勝”

新聞をみればそんな派手な文句が踊っているようだが、この相手は仮想オーストラリアでも、世界ランク55位でもなく、コンディションも悪くモチベーションも稀薄な、Jクラブ以下の対戦相手でしかなかったように思う。

そんな相手が、勝利への執念も持たずに、日本のサッカーへの対応と激しいボディコンタクトを捨て、プレスの渦中へドタドタとショートパスで踏み入り、DFラインを押し上げてきては、なすすべなく裏を取られて自滅してゆくのも自明である。傍から見ればこれはサッカーの自殺行為。若手に厳しいプレッシャーの中で“繋ぐ”サッカーをさせてみたい…というバクスターさんなりのテーマがあって臨んだ試合だったのだろうが、この試合、日本に得るものがあったのかどうかは疑わしい。

選手はよく戦った。
この時期のこの相手とのこの試合に、90分間全力を出しきれる代表選手たちなど、世界を探してもまずないはずだ。彼らの生真面目な精神性はいつも本当に素晴らしいものだ。

サポーターも試合の位置づけを考えればよくこれだけ集まってくれたと思うし、寒さの中よくぞ最後まで声援を送ってくれたと思う。これも世界において、ニッポンのサポーターだけが持つ特徴なのではないかと思う。

そしてJFA。
戦う選手、集まってくれるファンやサポーター、さらには時にサッカーに対してまでも、ある種の敬意や誠意といったものを欠きながら、代表ゲームを通して、おそらくは世界で最も省エネで効率よくお金を稼いできた協会。

このJFAを頂点に仰いだ歪なトライアングルの均衡は果たしてどこまで持続されるものなのか?

日本代表のサッカーへ対する自分の中の愛着や熱情のようなものが、そのトライアングルの一点に対する負の思念によって、いま氷水で薄められて気の抜けたビールのように、味気ないものに変容しつつあるのを僕は感じている。もしかしたらすでに僕は、その三角の和から弾き出されてしまったニンゲンなのかも知れない。或いはその三角自体を自分の中から弾き出してしまったニンゲンなのかも知れない。だとすれば、もうこれ以上、代表について語ることの許されないニンゲンなのかも知れない。

オーストラリア…を、実は僕はそれほどに強いチームだとは思っていない。
粗も不足もたくさんある。そして何よりも、このせわしない日程で欧州から時差のキツい極東へ飛んできて、またすぐにとんぼ返りしてゆく彼らが、それほど万全の状態でこの試合に臨めるとは思わない。実際に勝てるかどうかは運に左右される部分もあろうし負ける事も考えられるが、少なくとも日本にとっては充分に圧せる相手であり、圧し切れるかどうかが問われる試合になるのではないかと思っている。いちばん大切なことは、この試合、この相手を、恐れぬことである。恐れて状況判断を誤らぬことである。この時点で一番避けねばならないこと…

それは結果に媚びて勝ち点0に終わる失態と、結果に媚びて勝ち点3を得る幸運であると、僕自身は思っている。

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posted by 桐谷 |11:51 | 岡田JAPAN | コメント(16) | トラックバック(0)
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2009年02月04日

観客動員と視聴率にみる岡田監督の命運

中澤佑二の横浜FMとの契約更新。一説には1億2000万円の2年契約とも言われている。日本代表の中心選手としてこの額は決して高くはないと思うが、今の横浜FMの懐事情を考えれば限界値なのだろう。日産が経営権を手放すのではないか…という一部報道もあり、ここからどうクラブ経営を立て直すか、その前途は非常に厳しいものに見える。皮肉にもこれはJが掲げる地域密着の理念に沿う事態なのだろう。しかし、地域密着なるものがすなわちクラブの存続を担保してくれるものでもない。ダウンサイジングのキーワードがここからのJリーグの、各クラブの1つのテーマになるのではないだろうか?(2009.01.15)

元日本代表主将のDF宮本恒靖(31)が年俸1億円(推定)で神戸と複数年契約を結んだ。宮本は、チームが掲げる2010年アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の出場に向け、リーダーシップを発揮する。※デイリースポーツ/宮本のJリーグ復帰は喜ばしいニュースなのかも知れないが、何か神戸の向かう先に今の東京ヴェルディの影がチラついてならない。三木谷浩史会長の資金とJリーグへの興味が、いずれ尽きてしまわない事を祈っている。(2009.01.17)

J2東京ヴェルディが「TOMAS」を展開する株式会社リソー教育(本社・東京都豊島区)に経営権を譲渡する方針を固めた。読売クラブ誕生から今年で40周年。数々の栄光とともに歩んできた名門が、大きな転換期を迎えることとなった。東京Vは場当たり的な補強を繰り返す乱脈経営のツケが回り、昨年途中から経営難に陥っていた※ スポニチ/企業とクラブの親密な関係を僕はまったく否定するものではない。元が企業主体であれ、地域密着であれ、結局は経営の自立性が問題なのだ。経営権がどこであれ、収入がいくらであれ、収支を均衡させれば生き残りは可能だ。今後の経営に期待したい。(2009.01.19)

今日読んだエルゴラッソの記事です。すでに読まれて、知っている方もたくさん居られると思いますが、久しぶりに触れられたオシムさん情報のお裾分けです。/京都MF佐藤勇人談…年末にオシムさんと長時間話したんですが、チームや自分のプレーについて言われました。通訳を介しての電話だったのですが、最後に日本語で『走れ、走れ、走れ』と言われました。(2009.01.21)

元日本代表MF福西崇史(32)が現役を引退することが明らかになった。昨年11月30日に東京Vから戦力外通告を受けて移籍先を探していたが、オファーのあったJ2愛媛や韓国Kリーグの釜山とは条件面で合意せず、引退の意思を固めた。今後は指導者を目指すが、女性ファンの多いルックスを生かし、タレント業にも力を入れるとみられる。 ※スポニチ/昨年の最終戦、あのような形で現役を終えなければならなかったことは、本人にとってもさぞ辛い事だろうと思う。今後は元代表選手といえどもそれだけで食っていける時代ではないはず。実力的にはまだJ1でやれたと思うだけに残念である。(2009.01.26)

バーレーン1-0日本。
この結果だけをみてどうこう言うつもりはないが、JFAサイドから見れば、この敗戦よりもTV放映にまで漕ぎつけることができなかったことの方がよりショックが大きかったのではないだろうか。岡田監督が切られるとすれば、むしろ試合の結果や内容よりも興行面。或いはJFA組織に対する忠誠。すなわち観客動員と視聴率に彼の命運はかかっているのかも知れない。(2009.01.29)

あとがき
今回のフィンランド戦『遠藤を使う!』宣言しかり、また先ごろのバーレーンへの遠藤強行帯同もそうなのだが、代表戦TV放映の可否や視聴率への執着によって、一部選手の体調へのケアや供出させられるクラブへの配慮が、JFAサイドから完全に失われている気がする。これらの複合的な要素も絡み合って、あくまで岡田監督というJFAの選択だったのだろうが、果たしてこれで誰か得をしているのだろうか?

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posted by 桐谷 |11:31 | 一言コラム | コメント(6) | トラックバック(0)
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2009年02月02日

川淵VSナベツネ論争の裏側

前エントリー『Jリーグ いますぐ為すべき3つの改善』を受けて、Jリーグの『中期的に改革すべきこと』そして『最終的な理想像』について私案を展開してゆくつもりなのだが、今回は少し話しを脱線して、前回触れた“TV放映権”についてもう少し触れておきたい。

皆さんはJリーグ創設前の川淵三郎VSナベツネ論争をご存知だろうか?

ナベツネさんという日本スポーツ界稀代のヒールの高飛車な物言いも相まって、この対立はナベツネの主張する“企業主体”か川淵氏の提唱する“地域密着”か…という勧善懲悪の構図で喧伝され、読売系列以外の多数のマスメディアを利したJFA側の世論形成が見事功を奏し、川淵氏が完全勝利したカタチではあるが、僕自身はあれを、読売とJFAの、JリーグTV放映利権を巡る利害の衝突が主因であったと考えている。

勿論、僕も元野球ファンの一員として、プロ野球界の読売支配に腸煮えくり返る思いをさせられたことは一度や二度ではないが、だからといって今のJFA体制が、プロ野球界のそれよりも優れているものかどうか、即座には断じかねる。

『サッカーリーグに“巨人軍”は作らせない…』

が、川淵三郎氏のそもそもの主張だったはずだが、結果として、その代わりに彼は“日本代表”というサッカー界の“巨人軍”を作ったのだ。

下々のクラブから問答無用でその為の商材を収奪してきたではないか。JFAはこの間豪勢な自社ビルを建て、無給だった職務にお手盛りで高給を配し、それでも余った金を使い切るために、誰のため、何のためなのかも判らぬさまざまなプロジェクトを立ち上げて散財に必死のようだが、そんなJFAに対してクラブの現実は果たしてどうだろうか?左団扇の身分でクラブ運営にあたれているクラブは果たしていくつあるだろうか?つい最近もwin-winという言葉がサッカー界で語られていたようだが、僕に言わせればそれはWIN-fin(魚のヒレ)の関係であり、システムとして公正に機能している状態とは決して言えないし、また言わせるつもりもない。

現状Jリーグの地上波視聴率は5%に満たない…とも言われる。が、僕に言わせれば、それはJリーグもTV局側も、そして広告代理店も、これをコンテンツとして育てる計略や努力を怠っているからである。たとえばTV局が13週、26週のクールで1本の連ドラを放映する時、どれだけの力を注いでこれのプローモーション活動に取り組んでいるだろうか?それに対して、現状のJリーグ放映はどうだろうか?

例えば浦和が、フジTVと単独で契約する自由が許されたならば大一番の試合前日、鈴木啓太が『笑っていといとも』に出演するかも知れない。闘莉王が『ジャンクスポーツ』に出演するかも知れないし、まあ見たいかどうかは別として、都築龍太がガチャピンやムックと戯れながらチビッコたちにニコやかに語りかけるシーンが見られるかも知れない。横浜マリノスがTBSなら、中澤佑二が『情熱大陸』に、長谷川アーリアジャスールが『水戸黄門』に。そして鹿島がTV朝日なら、ウッチーが『黄金伝説』で巨大ナマズに喰らいつき、曽ヶ端準が『全力坂』でゼーゼーと息を切らして身悶えするシーンに出会えるかも知れないのだ。

視聴率とは、そのコンテンツ自体の魅力を喧伝・啓蒙しながら、地道なプロモーション活動を通して、育んでゆくものではないだろうか。僕は今の視聴率が、サッカーのそのポテンシャルに対して妥当なものであるとは正直思えない。少なくともクラブサッカーにおいて、今の代表や高校サッカーレベルの視聴率を稼ぎ出すことは充分に可能だと思っている。もっともっと掘り起こせる可能性を秘めているにも関わらず、Jリーグ側の方策や一括管理のシステムによって、その可能性の芽を摘んでいる部分も多分にあるのではないか…と。

放映権の一括管理についてJリーグはこのように説明しているらしい。

○リーグ全体として考えると最も高額で放映権が売れる。
○放映権料収入によるクラブ間の資金格差を減らす。
○リーグが販売をすることにより各クラブの手間(負担)が減る。
○販売側の窓口の一本化によりテレビ局側が買いやすくなり、より多く売れる。
○交渉術の未熟なクラブの放映権が安く買い叩かれる事を防ぐ。
                                  ※wikipediaより

検証の手段が無い項目についてまで、あれこれ推察しても仕方無いし、J創設期と今とではこの状況に変化が生じている部分もあるだろう。現状が今の状態・システムであって、JFA、Jリーグ組織にとって、このカタチが都合が良いことは間違いないようだ。が、節度を欠いたJFAの代表利権への執着と共に、果たしてこのJリーグ(社団法人日本プロサッカーリーグ)をお上と仰いで、何らの検証も無くつき従う既存のシステムや構造が、本当のクラブ文化の発展やニッポンのプロサッカー界の未来にとって有益なものかどうか…については、常に議論されるべきであると思っている。特にその主従関係の根源をなすこのTV放映権の問題は、無闇に既存のマスメディアが立ち入れない議題である。やはりこれはネットを中心に、自発的にこの国のサッカーファン、Jリーグファンが考察し、議論していかなければならないテーマなのだと僕は思っている。必要なのはJリーグ組織とJ各クラブとのパワーバランスである。均衡の取れた“対立と協調の関係”にあるのだと僕自身は信じている。

変わらない…ということはある種の政治的罪悪である。

利権も既得権も独裁も差別も、この世に不要なものはみな、恒久的な固定化を求めるものなのだ。システムの中に自動的に組み込まれたブラックボックスを、そのままに見過ごしていてはいけない。それはJリーグも、そしてニッポンも、同じことである。

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posted by 桐谷 |11:35 | Jリーグ改革案 | コメント(29) | トラックバック(2)
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