2008年07月30日

【キリンCC】 対アルゼンチン 戦評 【キリタニ】

岡田ジャパンと反町五輪代表。

机上のコンセプトやイデオロギーの部分に違いはあったとしても、僕から見ればこの2つのチームは似ている…。いや、少しずつだがよく似てきている…と思う。

こう言うと反町監督を、或いは岡田監督を貶すか、あるいはその両方の意を含んだ皮肉のようにも受け取られるかも知れないが、僕が言いたいのは良くも悪くもこれがありのままの日本サッカーの実像、現在地であり、この国の頂点に在るべきサッカーのカタチとして、この実像に対して、どのような方向性を指し示し、未来への橋渡しをするのか…という部分こそが、本来日本のような発展途上国の代表監督にとって、一番大切な、不可欠な要素なのだと思う。

まずこの五輪が終わったら、次の五輪代表監督の選出に取り掛かる前に、2014年に向けた方向性を仮にでも明確に定め、そのノウハウを持ちピッチ上に表現し得る次期A代表監督の人選と双方のコンセンサスの擦り合わせに着手して欲しい。五輪代表監督の人選は、それに没交渉で進められるべきではなく、原則としてそれに倣うべきだ。僕自身は、A代表と共に五輪代表をも同時に指揮してくれる指導者が望ましいと思うし、A代表に対するB代表のような位置づけでこのカテゴリーを活用することが望ましいものと考える。
本心を言えば、WCアジア最終予選が終わったならば、速やかにそんな新体制へと移行してゆくのが妥当な選択なのではないかと思っている。

このアルゼンチン戦、勝利への執念、接近戦での闘争心といった部分で、やはり万全の構え、高いモチベーションで対戦相手が向かってきてくれたゲームとは言えなかったとは思う。が、それでもこれだけの相手に対して、リトリートした陣形で大きな破綻を見せずに1失点で切り抜け、また恐がらずに後ろから繋ぎ、流れの中からいくつかの得点チャンスを生み出せたことは、高く評価されて良いものと思う。
本番であればきっとこうはいかないだろうし、またこれに積極的に勝ちに行こうとすれば、この内容も結果もまったく参考にならぬ“大惨事”に見舞われることになるとは思うが、少なくとも勝ち点1を狙いにいく戦いをすれば、大きな破綻なく戦える…本番前に、その自信、その手応えを得られたことは、チームにとって非常に大きかったのではないかと思う。

細かな点を幾つかあげれば、速攻と遅攻の使い分けの判断にまだまだ“甘さ”があると思う。

そしてこのチームの攻撃における一番のストロングポイント、右サイドを攻めあがる内田篤人を徹底的に活かす為にも、本田圭佑の左右の大きな動きと、ドリブルでの積極的な仕掛けを、 もっともっと意識付けて取り組んでいって欲しい。そしてさらにできることならば、シャドーの谷口博之のポジションに入る選手に対しては、時間ごと状況ごとに、トップのサポートに入るのか、それとも中盤と連動すべく下がってパスコースへ顔出しするのか…これは速攻と遅攻の使い分けに直接関わる要素なのだと思うが、そこにメリハリをつけてポジショニングを取れれば、苦しい状況のチームにもっともっと貢献できるものと思う。もっともこれはトップに李忠成や森本貴幸が入れば、自ずとその構えも違ってくるのだろうが、この試合においては豊田陽平を孤立させ、彼の持ち味を活かす事ができていなかった事も確かだと思う。グループリーグの相手を見れば、やはり前線で身体を当ててボールに絡んでいける谷口博之への反町監督の期待は非常に大きいのだと思う。難しい役割を担う事になるだろうが、僕はこのポジションが北京五輪におけるひとつの見所、キーポイントになるのだと思っている。戦略的にも谷口博之の健闘に期待したいところだ。

海外サッカーには疎く、特にリーガエスパニョーラもポルトガルリーグもほとんど見る機会がないので、ディマリアもアグエロもガゴも、ほとんど名前ぐらいしか知らなかったが、強豪国にはやはり素晴らしい選手たちが無尽蔵に産み出される土壌が在る…という事を改めて思い知らされた。
特にガゴは素晴らしい。クリスチャン・ロナウドやリケルメを11人集めても世界一のチームは作れないと思うが、ガゴならば作れるかも…そう思わせる選手だった。
アルゼンチンの側から見れば、この日のパフォーマンスは大いに不満であり、北京五輪に向けて若干の不安を抱えることになったかも知れないが、メッシがいようがいまいが、結果どうあれ、この国が今現在世界のトップにあることは間違いないと思う。

リケルメのパスではなく、その2つ前のボールを受ける動きと状況認識・察知力。
そしてディマリアの、ドリブルの前の、ペナルティエリアを意識したムーブとポジショニングと駆け引き。
さらにマスチェラーノの、危機察知力と躊躇のないファール、イエローカードの活用。
ひとつずつあげてゆけばキリがないが、いつか日本が彼らのように強くなるのだとすれば、今より一階級上の技術と共に、当たり前のようにそんな要素さえ身につけて戦うことができていることだろうと思う。

久しぶりに、非常に有意義な、代表強化試合が見られたと思う。
純粋に、楽しい試合だった。


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posted by 桐谷 |11:44 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(16) | トラックバック(0)
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2008年07月24日

「秋春シーズン制」への疑念 【キリタニ】

実は“犬飼基昭氏へ”というエントリーで、JFA新会長への要望を書こうと思っていたのだが、その前に「秋春シーズン制」へのニュースリリースがなされてしまった。

日本代表ビジネスの昨今の不振もあり、JFAとしては日本の“夏休み”に、海外の強豪、とりわけ欧州のそれを招いて、勿論日本代表海外組みも勢ぞろいの上で、何かしらの興行・イベントを打ちたいところだろうな…某スポンサーや広告会社にとってもその辺が次の“狙い目”であり、もしかしたら「秋春シーズン制」の議論が再燃するのではないかな…と思っていた矢先の出来事だったので、やっぱりか…と感ずると同時に、暗澹たる思いでこのニュースと各所での議論を見守っていた。

JFA会長犬飼基昭氏の新政権は、僕にとっては期待ではなく、失望からのスタートとなってしまった。「秋春シーズン制」の前に、やるべき事、正すべき事は、いくらでもあるはずだ。なぜ今、改革のいの一番にこのテーマが掲げられるのか…?非常に疑問である。

「秋春シーズン制」には、明らかなデメリットがある。
明らかに損をする地方やクラブチームが在る…ということだ。

が、その逆に明らかなメリット…とは何だろうか?

僕が見る限り、明らかなメリットを見込めるのは唯一JFAサイドのみであり、バルサやバイエルンを呼んで夏休みの興行を打てるほんの一部のクラブチームにおいてさえ、費用対効果の面から見れば、現状のシーズン制を継続させた方が興行面からも有利なはずである。欧州への、或いは欧州からの移籍は、現状の経済格差・通貨格差・実力格差を鑑みれば、入りも出も大きな変化があるとは思えないし、また出がJのメリットでなどあろう筈がない…。

夏の暑さの過酷…が、主たるテーマだとすれば、その前に夏場の連戦を実施し、その過酷を面白おかしく喧伝するJの在り方こそ、まずはじめに是正されるべきであるし、間にどうしてもカップ戦を挟むというのであればバカらしい“ベストメンバー規定”などすぐさま廃止するべきではないだろうか。もっとも、暑期はナイターのみの週一試合…とすべきであると僕は今でも思っている。であれば、酷暑のアジアを、TV局や広告会社の都合で昼間に戦わされる代表選手たちの負担にくらべれば、比較にならぬほど容易いものである筈だ。

また試合のクオリティに問題が生じる…というのであれば、夏場の観衆は明らかに落ち込む筈だが、実際はどうだろうか?夏と冬のゲームの運動量に差が生じることは明らかだろうが、少なくとも現状サポーターやファンのニーズが、蒸し暑い真夏のナイターゲームよりも、寒風吹きすさぶ真冬の興行にあるとは思えない。東京を基準にものを考えても、真冬の観戦よりは、まだ真夏のナイターを望む観客の方が多いのではないだろうか…?僕はそう思っている。


「日本協会とJリーグでプロジェクトを組み、かなり進んでいる。問題はたくさんあるが、手はあると思う。解決していけばいい」*共同通信社 2008年7月22日 16:51* 

犬飼会長はそう語ったらしいが、その前段に“不可欠な部分”“無くてはならない部分”が僕にはさっぱり判らない。なぜ「秋春シーズン制」への移行が必要なのか…?という部分が…である。

「秋春シーズン制」の明らかなメリットとは、“今”そして“いずれ”それをしなければならない必然性とは、いったい何なのだろうか?ぜひそれを具体的に、犬飼基昭氏の生の言葉で語って欲しい。そしてもしそれを実行するものであれば、万人とは言わずとも大半が納得し得る“理”を提示して欲しい。

私たちが選んだリーダーではなく、私たちに閉ざされたセカイが生んだリーダーだからこそ、“理”によって信任を勝ち得るまともなJFA会長、日本サッカー界のリーダーとなって欲しい。改めてまとめるつもりではあるが、僕が彼に1番最初に望む事は、そんな“セカイ”からの脱出である。


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posted by 桐谷 |11:43 | JFAについて | コメント(24) | トラックバック(0)
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2008年07月23日

西川周作とフェアプレー

『イエローカードをわざともらった』
という西川周作のブログでの発言が物議をかもしているそうだ。

テーマとしてはさほど惹かれるものではないのだが、ある種奇妙な“現象”にも見え、一言問題定義してみたい感情に囚われた。

一部には、故意にイエローをもらう行為が非である…という方も居られるのだろう。

『サッカーというスポーツはフェアープレー精神に則り、不可抗力以外のあらゆる故意の反則をしてはいけないスポーツだからである…。当然、反則覚悟、イエロー・レッド覚悟のスライディングやタックルもしてはいけない。WC出場を賭けた1点リードのロスタイムにも、選手は全力で走り、急いでスローインを投入しなければならない…』

という方々たちだ。誰かがそう言うのならば、現実のサッカーの有様はともあれ、その思想自体を僕は否定しない。

しかし、現実のサッカーをよく認識したファンであれば、今回のゲーム中の行為そのものを否定する…という方々はあまり居られないのではないか…と、僕は思う。なぜならWC最終予選で、同じようなシチュエーションがあれば、闘莉王に、阿部勇樹に、大久保嘉人に、サッカーファンの多くはぼんやりとでもそれを期待するだろうし、僕のような不埒な者であれば、逆にそんな選択を回避する一選手をみて“甘い”となじるのかも知れない。

であれば問題は、これを“公言”してしまったことにあるのだと思うが、その“行為”自体にさしたる非がないと認めるものであれば、果たしてそれを言ったか言わなかったか…というその選択に、これほど目くじらを立てたり、罰則を振りかざしたりするべきものなのだろうか?

これが助長するものとは、いったい何だろうか?

世の中には表と裏があり、タテマエとホンネがある。正直は美徳ではなく、黙することがこの世の得なのだ…。メディアやサポーターの前でホンネを曝け出すのは得策ではないな。これからはタテマエとホンネを上手に使い分けよう。ブログなんか書くの損だな…面倒くさいし。

西川君がそうでないことを祈りながら、僕ならば間違いなくそう思うだろう。
それが“善悪”の本質を、そしてその規準を彼に教えるのだろうか?“フェアプレー”の精神とは…果たしてそういうものだろうか?

ルールに不備があれば、先にそれを正せば良い。Jリーグが、今回の顛末を『フェアプレーに反する。けしからんっ!』と憤るならば、Jリーグ独自で“代表召集時においては執行を延期し、復帰時に出場停止を適用”と一言規約に添えれば、同じ問題(これを問題とするならば…の話だが)は起こらない筈である。
それもしないで、選手の口だけを封じて“フェアプレー”の是非を論ずる…。それも文化といってしまえばそれまでだろうが、それがサッカーの子供たちに教えるものはいったい何なのだろうか?

政治家や官僚たちは、確かに頭の良い人たちだ。
『ごめんなさい。私がズルをしました』とは、絶対に言わない。そして誰も責任を取らない…。
プロ野球選手や芸能人たちは、或る意味気の毒な人たちだ。
『ラブホテルに入りました。モチロンやりましたヨ』とは、絶対に言えない。けれども痛烈な批判と罰が待ち受けている…。無名という安全地帯に居て、僕らはそれを笑ったり囃したりして日々の退屈をやり過ごす。
勝った負けたのように、言った言わない…は、確かに明確な基準ではあろう。が、果たしてそれが物事の本質なのだろうか。

僕もまた賢き一人の“無名”である。
そして出来得ることならば、いつか“正義”の番人…の仲間入りをしたいと思っている。“正義”の基準…を、いつの日か持ち得れば…の話ではあるが…。


最後に、

西川周作くん、がんばれ!
北京五輪、きっと見せてくれる…と期待しています。


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posted by 桐谷 |17:21 | Jリーグ | コメント(29) | トラックバック(3)
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2008年07月17日

新潟VS千葉 そして坂本將貴へ

暑さの中の連戦でもあり、お互いに軽率なミスの多い試合ではあったが、この戦いに対する強い気持ちがその球際の攻防に現れていたように思う。
新潟にとってはさほど崩された感のないなかでの2失点であり、またジェフのほうからとってみればやはり納得のゆかないPK判定でもあり、この結果には双方にとって不満もあるだろうが、客観的にみれば至って妥当な結末であったようにも思う。

ジェフ陣内の両サイドにスペースがないこともあってか、どうしても“中央から速く”攻めたい…という新潟の攻撃はやや単調に映ったが、そんな場面でも数的不利の厳しいゾーンで“違い”を見せられる二人のブラジル人がいて、結局は彼らがジェフに傾きかけていた“流れ”を個のスピードと技量で強引に引き戻した。
いつの時代も新潟の助っ人はつねに素晴らしいが、この二人にはJリーグ、日本のサッカーの発展の為にも、この新潟の地に末永く留まり、そのプレーの質で日本の目指すべき攻撃の在り方を示し続けて欲しいと願う。

この試合のジェフは球際でよく戦えていた。
走ろう…とする共通認識もプレーの端々からよく伺えたし、巻誠一郎を中心に怯まぬ気迫を、強い闘争心を存分に見せてくれたと思う。二列目のラインを、速く、これまでよりは多少大胆にブレイクしてゆくことで、工藤浩平を起点にある程度の攻撃のカタチは構築できていた。チームがこの状況に陥っても、4-1-4-1のUKのリアリズムをさらに貫徹し、その中から少ないチャンスをものにしてゆこう…というミラーさんの揺るがぬ哲学は、今のチーム状態、戦力状況から逆算すれば、じれったいと感じる部分もありながら、やはりこれで“正解”なのだろうな…と妙に納得させられた試合だった。

対して新潟はやはりこの内容をしっかりと受け止める必要があるのだと思う。
すべての試合を見てきた訳ではないが、ここ最近の状況は多分に運に恵まれた結果でもあったのだと思う。
たとえばこの試合、2-1とリードした局面で、それまでと変わらずあくせくと前線中央へボールを入れて、無用なカウンターを幾度となく喰らっていたが、あそこでスローダウンすることで、いったんワイドに開いてじっくり繋ぎながらボールをキープすることで、ゲームを支配し落ち着かせ得る可能性もあったと僕は思う。それがこの試合の攻めのカタチであったのは理解するし、ジェフの前線からのプレッシャーも決してヌルくは無かったのも確かだが、鹿島であればあの場面で、もう少し違う対応をしていたと思う。異なるトライでゲームを落ち着かせる事ができたのではないか…と考える。
新潟というチームが今のポジションからもう一歩ステップアップして前進するためには、技術だけではなくそういったゲーム運びの“成熟”もこの時期にしっかりと身につけてゆくべきだろう。アルビレックスというクラブは、これからも続々と誕生する日本の地方クラブの夢と希望を育んでゆかなければならないのだと思う。そういう重い責任を、背負ってしまったクラブなのだと思う。新潟のミライに僕は期待をしている。


サイドバックの攻め上がりを抑制したミラー戦術のためか、あるいはその年齢のせいか、チーム状況によるモチベーションのせいか、最近の坂本將貴に往年の“元気”は感じられない。あの溌剌とした攻め上がりが、プロレスのような球際の執念が、そして時に滑稽なほどカラ回りしていたあの闘争心が…すっかり影を潜めてしまったように、僕の目には映っている。もっとも本人に、そんな思いは微塵もないのだろうが…。

この日のビッグスワンの、あの耳をつんざくほどのブーイングが、彼らが過去に示した坂本將貴への一途で真摯なその愛情を示していたのだと僕は思う。互いに幸福な日の、彼らの思いが、そこに込められていたのだと思う。

憎まれっ子は世にはばからねばならない。
静かにしおらしく、消え入ってしまっては絶対にならない。
大きく怒声を張り上げて、彼らの意地を、それを上回る意地と汚ならしさで粉砕して、自らの愛するジェフ千葉を鼓舞し、愛するジェフ千葉サポーターの為に命を擦り減らして、またきまぐれにチョビ髭でも生やしながら、ひたすら敵のゴール目指して、汗を振り絞って、誇りを振り絞って…

…そしてすべてを出し切って、やがて力尽きて、白い灰のようになって、いつものように丁寧に丁寧に、スタジアムのあちこちの笑顔に、泣き顔に、ペコリペコリと頭を下げて…いずれこの舞台から立ち去るその最期の瞬間まで、坂本將貴には、変わらずそうあって欲しい。

憎まれる為にも、もっと走らなければならない。
憎まれ続けるためにも、もっともっと走り続けなければならない。
それがヘタクソの癖に誰よりも愛され、そして憎まれたヘッポコ選手の宿命…なのだと思う(笑)。

さあ、ケツが割れるまで走ってもらおう。
来年もこの場所に踏みとどまれるように、そして新潟の皆さんに、このイベントをさらに熱く、愉しんでもらうために。


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posted by 桐谷 |11:37 | ジェフ千葉 | コメント(17) | トラックバック(0)
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2008年07月10日

アジア人枠への感慨

Jリーグは変わらなければならない。

さらにスピードを上げて進化し、そのゲーム内容をもっともっと充実したものに成長させてゆかなければならない…。もし仮にそう思うならば、もっとも即効性のある改革の手段は“ゲームのクオリティ”に直結する外国人枠の拡大であり、まず最初に論じられるべき妥当な方策である…と僕は思う。

しかし、それも優秀な選手を抱えられる“経済”あってこそ有効な手段なのであって、その“経済”を確保するためには、パイの拡大、市場の拡大は不可欠である。よってJリーグがいま未来を見据えてアジアへ働きかけてゆく…という今回の試みは、不可避な流れ…であったと僕は考える。

なかには、Jリーグは今のままで良い…という人も在るだろう。
順調に成長しているし、このままいけばいずれは欧州へ追いつけるかも知れない…と。

残念ながら僕はまったくそうは思わないので、欧州の進化へ追いつこうと思うのならば、このアジアの片隅において、実速として、それを超えるスピードで進化し続けなければならない…と思っている。当然、停滞など許されるものではなく、リスクを負った“大きな改革”が今すぐに、次々にでも必要だ…と、これまでもずっと思ってきた。

その点で今回の『AFC1枠』という方針は、“トゥー・レイト”では無いながらも、“トゥー・スモール”な改変に帰結してしまった感は否めない。昨年8月にJリーグ改革案“アジア人枠の自由化”のエントリーで述べたように、僕はこの流れがいずれ“枠の完全撤廃、自由化”の流れへと結びついていって欲しいと願っている。

韓国人だらけになるJクラブに何か問題がある…というのならば、その時にルールを改正すれば良いだろうし、イラン人ばかりになるのはけしからん…というのが世論の大勢であるならば、当然そこには修正が加えられるものだろう。僕自身は、そんなことが起こるとはまったく思わないし、現実に起きたとして、で、何が問題なの…というスタンスなのだが、もし仮に、Jに城南一和やセパハンのようなチームが出現したならば、それはそれで逆に素晴らしい出来事であるとさえ思っている。
タイの元首相タクシンのような人が、マンチェスターシティではなく、この日本のJリーグに1つのクラブを築いて、そこでタイの才能ある選手たちを用いてJリーグを制覇しようという野心に燃える。財力にモノを言わせてプレミアの選手たちを次々投入する…。現実にそんなことがおきるかどうかはともかく、もしそれが可能ならばクラブ独自の色によって新たなマーケットの開拓も進み、こちらの側(Jリーグ)にとっても得るところは非常に大きなものとなるはずだ。

そしてさらに、すべての『外国人枠』を取っ払って、サンパウロやパルメイラス…とまではいかなくとも、グアラニやコリチーバのようなクラブが誕生したとしたならば、それがJリーグのクオリティに与える影響・インパクトには多大なものがあると僕自身は考える。

Jリーグはなんの為にあるのか?

この『アジア枠』の問題とて、実際はここから論じなければならない。
そして僕らが好き勝手に論じるに置いて、その答えはひとつである必要はないだろうと僕自身は思っている。それぞれがそれぞれにJリーグに対する、愛するクラブに対する、思いや発想があって良いのだと思う。
けれども今より“強く”なって欲しい、リーグとして“進化”し、いずれは欧州トップリーグのような華やかで充実したサッカーを提供し得るリーグとなって欲しい…。その点だけは、ニッポンのすべてのサッカーファンに共通する願い…なのではないだろうか。

であれば、いつまでも自縄自縛の体で、世界に背を向けていてはならないと思う。
この手の案には“日本人選手の出場機会が…”という後ろ向きの批判が付き物だが、ではプロの枠をただ闇雲に増設して、低次元の“出場機会”を水増ししてゆく事で、日本のトップクラスの実力がどれだけ引き上げられるのだろうか?それは“プロ…という仮想概念”における底辺の拡大には繋がっても、即効的に頂点の引き上げに繋がるものではない。

そしてやはりそれが“まかりならん”というのであれば…、Jリーグがイングランドプレミアリーグのようになってしまっては、日本のサッカーが弱くなる!!!…というのであれば、その時に手を打てば良いのだ。

出場機会の問題を言うのであれば、1つのクラブに30人以上も選手を繋ぎとめ、若く才能ある選手達の、一番伸びる時期に、実戦への出場機会を封じている“保有選手枠”の削減の方が先に論じられるべきではないだろうか。だいぶ絞り込まれてきたとはいえ、僕にはまだ少し“多い”と感じられる。J1で試合に出られない選手はJ2で、J2で出られない選手はJFLで、速やかに無理なく出場できるような仕組み…の方がずっと意義があるはずだ。チーム間、そしてリーグ間の選手の行き来を阻害するような移籍条項は撤廃し、才能ある若手が常に実戦に出場可能なシステムについて、これら外国人枠の問題と同時に、本質的な議論がなされるべきだと僕は考える。


アジアのマーケットに、いまの時点から各クラブの裁量においてしっかりとした礎を築き、そこに南米や欧州の高い“クオリティ”を引き込んで、UEFAの進化に少なくともこれ以上置いていかれないようなタフなリーグを形成してゆかなければならない。
もちろんその道すがらにおいて、当然のようにさまざまな問題につき当たる事だろう。そしてそんな時にはその都度議論し、全力で走りながら改革なり修正なりを加えてゆけばよいのだと思う。

リスクを負わぬチャレンジなどあるだろうか。
もしそのチャレンジにリスクが伴わないのだとすれば、それはチャレンジとすら言わないのだ…と僕は思う。

実際にこの『アジア1枠』をJリーグ各クラブが使用するかどうか…今の時点では断定できないが、たとえばタイ人やベトナム人を1人獲得する資金がさほど大きな負担ではないとして、独自の言語を持つ彼に対する通訳を1人契約するのに、度々の遠征につねに帯同させるのに、いったいどれだけの追加コストが必要になるだろうか?もちろん『外国人枠3』の1つ、2つをさらに用いて、そのコストをならすことも可能ではあるだろうが、それが現実的か…と問われれば、そうまでしてこの枠を用いてくるクラブの存在は現状では考えにくい。

とすれば、やはりこの1枠は、広くアジア全体に開放される仕組み…というよりは、現時点ではお隣の韓国籍の代表、元代表、U23クラス、或いは欧州未満の豪州選手…などで埋められることになるのだろう。…であれば、アジア・マーケットに対する訴求効果として、実効性のある改革…とまでは言えないのかも知れない。やはり『1枠』ではトゥー・スモールである…と僕自身は思う。

もしJリーグの舞台で、タイのナショナルチームのようなクラブが、プレミアで活躍した助っ人たちを擁して、ニッポンのビッククラブに挑戦してきたらどうだろうか?その時、タイの人々はこのJリーグにどれだけ熱狂してくれるだろうか?そしてそんな国民の期待を背負ったクラブは、どれだけの闘争心を持って浦和レッズやガンバ大阪に挑んでくるだろうか?同じように中東のどこかの王様が、旧ソビエトの財閥が、そんな野心を持ってJの舞台に乗り込んできたならばどうだろうか?またアジアの自国リーグさえない貧しい国々が、J3のような舞台にその国のサッカーの未来を託して2人~3人の英雄を送り込んできたならばどうだろうか?結果、その結末は空しいものであったとしても、その夢や希望へのチャンスを、このニッポンが、Jリーグが提供でき得るものならば、それはそれで素晴らしい事なのではないだろうか?そしてそんな中、外国人枠を一切用いない“日本人純血”クラブもまた生まれるのかもしれない。

僕が夢見ているのは、そんなJリーグである。

変わらないチームも、変わるチームもあって良いのだと思う。
一番大切なのは、各クラブがこのアジア枠を用いるか、用いないか…ではなく、そのチーム作りの自由が、独自の経営判断が、“許される”ことにあるのだと僕自身は思っている。そしてできることならば、もっと果敢に、もっと勇気を持って、リーグ・クラブ双方が、このJリーグ改革に大胆に取り組んでいって欲しい。

この小さな一歩が、近い将来Jリーグの、そしてアジアのサッカーの、大きな飛躍に繋がってゆく事を心から祈っている。



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2008年07月09日

Jクラブの主張とオーバーエイジ 

遠藤保仁の体調不良、ヴィッセル神戸の大久保嘉人召集拒否などにより、自動的に“流れた”感のある北京五輪へのオーバーエイジ起用ではあるが、この間、技術委員会はいったい何を考え、どのような段取りでこのオーバーエイジ召集への“流れ”を考えていたのだろうか?非常に疑問が残るここまでの経過である。

監督である反町康治氏が、チーム状況やケガ人の可能性を考慮し、ギリギリまでその選択を引き伸ばしたいと考えるのはある意味当然のこと。しかしながら、優勝や降格争いにしのぎを削るJリーグ各チームの側から考えれば、まったくもって配慮を欠いた身勝手で横暴なシーズン途中での略奪行為…と受け取られてしまっても仕方の無い成り行きであったように思う。
そしてそれをお互いの立場を慮り、段取りを整え、妥協点を探るのが本来技術委員会の仕事であり、J監督の立場をもよく知る小野剛氏の役割であったように思うのだが、いったい彼は何を考え、どのような“流れ”を企図していたのだろうか?

残念ながら代表監督人事の件で芽生えてしまった彼への失望感は、またしても増幅させられてしまった。この組織の存在意義と人選に関して…、いまここできっちりと議論し、考え直さねばならない時点に来ているのだと思う。現状の技術委員会では、その存在意義の根本自体が僕には訝しく思われるのだ。

オーバーエイジの本論からはずれるが、個人的には日本サッカーへの多大な貢献をその実績として持ち合わせ、なおかつ世界への橋渡し、窓口としての役割も務められる“外国人”技術委員の誕生を僕は待望している。その上で正しく協会ともケンカできる人物、ハンス・オフトやトルシエのような人物、そしてさらには彼らのような功労者と現役Jリーグ監督らの有志による評議会制度のようなものの制定も選択肢の一つとして議論されてもいいのではないか…と個人的には思っている。

この日本にサッカーの正しき“流れ”をカタチ作るためにも、過去の代表監督・功労者との“絆”や“繋がり”が、日本サッカーの未来のために、もっともっと活かされるべきであると僕は思う。


オーバーエイジに関しては、それを採用すべきか、採用すべきではないか…の前に、このオリンピックというものに対して、JFAのみならずJリーグ各クラブの首脳をも交えて、しっかりと議論し明確にその“意義”を定義して対処すべきではないだろうか?

すなわち、この大会を“若手の経験・修練の場”と捉えるのか、ワールドカップに匹敵する何物にも優先して“勝ちに行く場”と捉えるのか…という点においてである。

もし“若手の経験の場”と捉えるのであれば、現行のJ日程の下、U23の選手のみをお借りして戦えば良いし、“何としてでも勝ち取りに行く場”と捉えるのであれば、Jの日程さえ事前に、前もって調整して、オーバーエイジも総動員で全力で勝ちに行けば良いのだ。

いまはその共通認識も無くどっちつかずで、ただその場の雰囲気で決断が成され、召集を喰らったチームのみが煮え湯を飲まされる状況である。それを事前の擦り合わせや打診、段取りも無く、いきなり“召し上げられる”のでは、どのチームにとっても納得はゆかないはず。今回の件に関しては、ヴィッセル神戸のフロントは良い意味で一石を投じてくれたのだと僕は思う。

なんでもかんでも海外に、欧州に習えば良い…とは、僕は断じて思わないが、協会とクラブとの関係、その均衡の取れた調和と、或る意味での闘争…を、僕はJリーグとJ各クラブに切望する。そしてその為にも、もっともっと協会へタテつくべきであると思うし、意見してゆくべきであると思っている。多くのサポーターたちが、愛すべきチームだからこそ声を張り上げて意見してゆくように、J各クラブもまた、愛すべき日本のサッカーだからこそ、恐れず、怯まず、団結して、いまよりもさらに良い関係の構築のために立ち向かってゆくべきなのだと思う。

現協会首脳部の過去の栄光と結びついてか、あるいは広告会社の意向か、またはニッポン人固有のオリンピック信仰によるものなのか…おそらくはそのすべてが絡み合って、日本のサッカー界は五輪に対してやや過剰な思い入れがあるように思う。その思い入れ自体に良し悪しはなく、僕自身どちらでも構わないと思うのだが、ただひとつ“プライオリティ”だけは、協会・J各クラブ双方で明確な共通認識を持つべきであるし、そのためにも相互に意見を摺り寄せ妥協点を探る議論の場が必要なのだと思う。

要するにワールドカップのみならず五輪というイベントさえも、Jリーグに優先するのか、しないのか…という位付けを…である。

僕個人の意見を言わせてもらえるのであれば、JFAはもっとJリーグを大切に考え、また評価すべきであると思う。強化の主体・本筋は、Jリーグにこそあるのだと僕自身は思っている。もちろん国際経験の意義を否定するものではないが、だからといってどこまでもリーグを蔑ろにして良いわけではない。参加・協力を求めるのであれば、親善試合の数を減らしてでもJ日程に配慮し、それなりの体制を自ずから整え、工面するべきなのだ。

そしてさらには国内におけるA代表親善マッチの日程のいちいちについても、協会と各クラブとの間で協議する場も不可欠であると思う。双方で歩み寄れる“試合数の制限”や“代表選手供出へのインセンティブ制度”が制定されることが望ましいと考えるし、いまこそJリーグとJ各クラブは、それをJFAに訴えてゆくべき時期なのではないだろうか。


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posted by 桐谷 |11:37 | Jリーグ改革案 | コメント(23) | トラックバック(1)
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