2008年03月30日
オシムの現場復帰を望まない…。
それは彼の生命にとって危険すぎる選択である。現実にそんな事が可能な筈はない…。というのが、僕の記した【岡田武史との訣別】に対する、反対意見のほとんどの方の主張だったと思います。
人への敬意の払い方、そして愛情の表し方というのは、人それぞれなのでしょう。皆さんには皆さんの、僕には僕の、そしてオシムさんにはオシムさんの、さらにJFAにはJFAのそれがあるのだと思います。
そしてそれを僕は否定するつもりはまったくありません。他人の感性へ立ち入ることなど、誰にも許された権利ではないのですから。皆さんのオシムさんへの配慮と愛情に対して、そしてこれほどまでに日本の皆さんに愛されたイビチャ・オシムという人物に対して、僕は改めて敬意を表したいと思います。
僕の肉親にも2人脳梗塞を患ったものがおります。どちらもICUで生命の危機に瀕したものの数ヶ月ののち無事退院し、半身にごくわずかな後遺症は残るものの普通に生活できていますし、充足した日々を送っております。
その他にも少なくない知人が同病を患いました。そしてそんな経験の中で、お医者様から与えていただいた僕の知識として言える事は、この病気はその後遺症も予後も、十人十色、百人百色であり、社会復帰される方の割合は、一般に皆様がイメージされる%よりもずっと期待値の高いものではないか…という印象です。
もちろん、オシムがその限りであるかは、僕には判りません。
そして僕の性分として、判らないものは判らない…という理解と諦観に基づいてこれまでもあらゆる事象を考察してきました。今回の件における意思の表明も、その信条において行ったものです。
僕はよくオシム危篤の報に接した時のことを思い出します。
あの時川淵三郎氏は『脳が異常にはれている』『命だけはとりとめて欲しい』という家族が望まない情報発信をメディアを通じて涙ながらにされました。彼の発言により、僕自身、オシムさんが死ぬか、植物状態でただ生きながらえなければならないか…その二者択一ぐらいの状況を想像させられました。
けれども実際にはそうはならなかった。
故意か過失かに関わらず、ある意味僕らは情報操作された…と考える訳です。
僕らはあの段階における川淵発言によって、完全にオシム現場復帰への希望を、あのメディア露出によって打ち砕かれた訳です。
その後の結果はご存知の通りです。オシムが目覚めるたった数日前に岡田氏の就任が周知され、オシムには事後報告がなされた。その場に立ち会った訳ではありませんが、その後のオシムさんへの報告は“すんなり”とはゆかなかった…と、噂の範疇ではありますが僕は聞きかじりました。真意の程は定かではありません。
そしてあの一連の流れの意図するものが、まず『新監督招聘ありき』=『岡田氏招聘ありき』のプロジェクトであったとするならば、僕があの時希望した、状況的にもっとも自然な流れであっただろう『暫定』は、やはり有り得なかったのでしょうし、であるとすればあの一連の流れは、やはり自然にして合理的だったな…と僕は考えたりもします。
その可能性を、そしてそうではなかった可能性を、そのどちらもを排除はできない…というのが“知り得ない真実”というものに対する、僕の一貫した“理解”の在り方です。
世の中に公平な報道などといったものは絶対に存在し得ません。
あらゆるニンゲンの意図から開放された“真実の報道”などといったものは絶対に有り得ないのです。
僕らが見るチベットの映像、道路特定財源に関する新聞報道、そして一連の川渕発言に対する各メディアの扱い方…それは報道するかしないか…を決する時点で、或いはどれぐらい大きく取り上げるか取り上げないかを判断する時点で、ニンゲンの意図、ニンゲンの価値観から逃れ得ない。僕らは常にそんな疑いの視点と、自らの無知への自覚によって、真実という実体の輪郭を、自らで思い描いていかなければならないのだと思います。
それだけが、この世界で“真実らしきもの”に触れるたったひとつの道筋である…と僕は考えます。
最後にニンゲンの意図、ニンゲンの価値観から唯一逃れることが許されたデータ(数値)と、オシムさんの意志だけをこの場に書き記させていただきます。
脳梗塞の死亡率…約20%
脳梗塞の再発率…3年間に約12.5%
脳梗塞の社会復帰率…約40%弱(年々上昇中とのこと)
*もしこの情報に大きな誤りがあれば訂正させていただきます。
そしてオシムさんは、この夏ユーロを見に欧州へ飛ぶ予定である…という事です。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『チベット人僧侶に変装した中国軍兵士【その動かぬ証拠画像】 』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
前回【岡田武史との訣別】で残念ながら、いくつかのコメントによって、この場の唯一のルールである『他者に対する思いやりと敬意』が踏みにじられたものと僕は理解しました。
よって今回コメント欄を閉鎖させていただきます。
一部の人間の身勝手によって、他の多くの方々に開かれた場が奪われてしまう。不条理なようでいて、これは紛れも無いひとつの現実でもあります。ご迷惑をおかけする多くの方々にここで謝罪します。本当に申し訳ございません。コメント欄の再開については今一度検討してから、皆様へ改めてお伝えしたいと思っております。
posted by 桐谷 |21:58 |
メディア |
トラックバック(1)
2008年03月29日
*現在暫定的にではありますが、コメント欄を開放しております。参加を希望される方は、ご面倒をおかけ致しますが【スポナビ、そしてサッカーに集うすべての皆様へ】にて当ブログのコメント欄に対するコンセプションをご確認のうえ、コメントをお寄せいただきたいと思っております。
「劇的に何かを変えるのはリスクが大きかった。 我慢してきたこともいろいろあった」
「これからは俺のやり方でやる。(敗戦は)高い授業料だったが、これで吹っ切れた」
現日本代表監督、岡田武史“さん”の言葉である。
僕はちっぽけな一サッカーファンとして、今こう言わせてもらおう。
『岡田さん、僕もこれで吹っ切れました』
『この難局を男気で引き受けてくれたあなたの“義”に報いるために、僕は就任以来あなたのサッカーにずっと我慢してきました。良い所をすくい上げ、不満なところには極力目を瞑るようにしてきた…。そしてやはりどうやってもこのサッカーは許容することができなかった…僕のこのサッカーに対する感性を、あなたへの“義”の為に裏切り続ける事はついにできませんでした』
『これからは言いたいことを言わせていただきます。思いのままに書かせていただきます。そして高い授業料でしたが、やはり“これ”を引き受けてくれたあなたの心意気には今でも感謝しています。最後に心からありがとう…と付け加えさせていただきます。そしてここから、僕は僕の書きたいことを書きます。思いのままに綴らせていただきます』
次のオマーン戦、敗れたら彼は潔くこの職を辞するつもりなのだろう。
が、責任論として極めて妥当なその筋道に対して僕には異論がある。
6月2日に敗れるか引き分けた時、もうその5日後には過酷なアウェイのオマーン戦が控えている。そしてその1週間後にはさらに過酷な酷暑のタイ戦が続く。まともな監督交代のタイミングなど6月には既に無いのだ。
もし緒戦で躓いた時、その求心力は保たれるのだろうか。この人に着いて行こう、このサッカーで闘おう…と選手たちは切り替えられるだろうか?
負ける…と言っているのではないが、そうなってしまえばチームは建て直しが効かない。そして協会が、技術委員会が、今ここで“動かない”というのであれば、それはこのサッカーと心中の決意を固めた…という事なのだと思う。そして結果は判らないが、その如何に関わらず、このシチュエーションにおけるその“決断”は、“誤り”であると僕は思っている。
バーレーン戦。ただ蹴り込んで来ると判っている相手に、自陣に攻め残りの敵をわらわらと残したままで、ボール奪取後、そのまま敵陣に蹴り込ませている。当然奪われてまた蹴られ、そのままの態勢で攻撃に転じられる…。きっと“逃げ”のサッカーをやりたかったのだろうが、戦術としても、また戦略としても、まったく合理に欠けた、“意味不明”の90分間であった。そしてこれだけは言わせてもらおう。
これはオシムのサッカーではない。むしろその“対極”に在るものである。
オシムの“思考”は決して死んではいない。
左半身に障害があったとして、さらに発声能力に不自由な部分があったとして、ユースの指導ができるまでに回復しているとするならば、せめて総監督という立場であっても指揮を取ることは可能なはずだ。オシムがそれを望んでいない…とは、どうしても僕には思えないのだ。
『やっていただけますか?』
と聞けば『ああ、いいですよ』と答える。きっとオシムは死ぬまでサッカーと共に在りたいのだと、僕は思っている。そして今の状況を一番歯がゆく思っているのは、やはりオシム自身である…と。
その医療スケジュールを把握しながら、眠りから醒めるオシムを恐れるかのように、そそくさとオシム路線の継承をうたい新監督招聘を決めたJFA川淵三郎氏と技術委員会。岡田さんの立場を思えばこそ、ここまで忍従に忍従をかさねてきたが、もう僕はためらわない。
彼らは“卑劣”である。
①オシム監督の土台を大切にそこから積み上げられる人物
②強烈な求心力、リーダーシップを持っていること
③コミュニケーションが取れること
これが技術委員長、小野剛氏の岡田武史氏招聘の3つの理由である。
僕がジャーナリストであるならば、今一度彼の自宅へ駆けつけてでも、これをもう一度復唱してもらうだろう。さあ、いま一度唱えてくれ!
知人から聞いた。小野剛さんが『オシムの代表監督復帰はない』と断言していたという。
WC予選は過酷過ぎるからだ…という事らしい。死なれでもしたら…困る、という事なのだろう。
が、果たしてオシムはその覚悟なくこの国に留まってきたのだ…と小野さんは思っているのだろうか?その覚悟無くして、オシムがここまで日本代表監督の職責を担ってきた…と本心で小野剛さんは思っているのだろうか?
僕は決して思わない。彼は死ぬ覚悟で、戦ってきた。その人生の最後に、この苛酷な戦いに挑んできたのだ。
僕ももう中年である。加齢臭漂う、立派なおっさんである。こんなちっぽけな人間であってさえ、人生の最後に何か成し遂げられるものがある…とするならば、今この命を捨てることなどいとわない。今すぐにでも、命を投げ打つ覚悟…を持って、僕はこの穏やかな日常を暮らしている。ちっぽけすぎるゆえに、僕はそう思うのかも知れない。が、男ならば、きっとみんな、少なからずそんな気持ちを抱きながら、生きているのだ…と僕は思っている。
不自由な左足を引きずって、彼はロッカールームからピッチへと続く通路をゆっくりと歩いている。頬はこけ、顔はすこし歪んでいるが、その瞳の奥には、邪気のない子供のような輝きが宿っている。大歓声のスタジアムの中、すでに試合は始まっていることだろう。介添え人の補助を断り、一言二言軽口を叩いた後で、杖に凭れ掛かるようにして彼は、一歩一歩自らの在るべき場所へと向かって、ゆっくりと歩をすすめる。その視線の先に…彼のサッカーがある。彼の…そして、ほんとうのサッカーがそこに在る。
その情景は、サッカーの感動を超えて、一人の闘う男のその闘争する魂の軌跡として、永遠に僕たちの記憶に刻まれる事だろう。サッカーの伝説として永遠にその命を生き続けるだろう。
僕はそんな情景に触れたい…と願っている。もし彼がそれを望むなら、そのサッカーに賭けた物語のラストシーンを、まっとうさせてあげたいと思っている。今再び、僕は心から、イビチャ・オシムの帰還を待ち望んでいる。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『チベット人僧侶に変装した中国軍兵士【その動かぬ証拠画像】 』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
posted by 桐谷 |18:30 |
岡田JAPAN |
コメント(128) |
トラックバック(3)
2008年03月28日
*現在暫定的にではありますが、コメント欄を開放しております。参加を希望される方は、ご面倒をおかけ致しますが【スポナビ、そしてサッカーに集うすべての皆様へ】にて当ブログのコメント欄に対するコンセプションをご確認のうえ、コメントをお寄せいただきたいと思っております。
0-1の敗戦。
結果に関してはさほど驚きは無い。このバーレーンは決して格下ではない。実際のゲームを見れば、サウジやイランとなんら遜色ない実力を有したチームである事が確認できたし、むしろ日本のようなチームにとっては、サウジやイランよりもやり難いタイプの相手である。これにアウェーで勝つのは豪州や韓国にしても簡単な話ではない。AC時のオシムジャパンであっても、今回の条件であれば五分と五分の相手であったと思う。
しかし、結果が想定の範囲内であった事には間違いないが、この内容そのものについて、包み隠さず打ち明けるならば、僕にはその想定を超える“ショック”であった…。
そもそも岡田監督はこのゲームにどのようなテーマを持って望んだのだろうか?そしてそれは選手との間でしっかりとコンセンサスが得られていたのだろうか?僕にはそれが見えなかった。
僕はこの試合、敵に勝ち点3をやらないことが究極の目的でなければならなかったと思う。なぜなら最終予選の組分けを考えるならば、なんとしてでもこの3次予選1位抜けが求められるし、また事前に、このバーレーンがかなりの実力を有したチームである事は、スカウティングにより充分に把握できていた筈だからである。
『勝ち点3を狙う…』などのスローガンや体裁などより、どうやってボールを動かして敵を自陣から遠ざけるか、そしてそのボールをどのような連動でキープして敵の攻撃機会を減じるか…もし僕がこの試合をプランニングするのであれば、その2点を最重要のテーマとして取り組んだと考える。どうやって得点チャンスを伺うか…のプライオリティが、その上位にくるものではなかったはずである。
しかし実際にはそれとは真逆の、可能性の低い縦への執着やビルドアップを無視した前のめりのポジショニングによって、性懲りなく、中盤でまったく不必要なボールロスが繰り返されていたように思う…。
せっかく中村憲剛が良いカタチで前を向いても、そこからの組織的な崩しには結びつかない…。それはサポートやフォローもなければ、皆が前に急ぎすぎて、そこからの展開に顔出しする動きが稀薄だからである。展開に絡まずに前でノッキングをおこしていた山瀬功治、両翼はビルドアップに無関心で同じように縦へ縦へと動き出してしまう…。それでは憲剛には“前へ”の不確実な選択肢しかなくなってしまう…。
そしてそこでの度重なるボールロスによって無駄に大きな上下動を強いられ、単騎のカウンターに度々翻弄されながら、その体力のみを徐々に消耗させてしまっていたのだ…。
2007ACにおけるオシムのサッカーは死滅してしまった…と嘆く方々はきっとたくさん居ることだろう。僕自身やはりそれを痛感している。失ったのはポゼッションばかりではない。硬直化した前への傾斜と、そこでの非効率な上下動により、過酷なACにおいて、目を見張るばかりであった、あのオシムジャパンのオフェンスにおける連動性にプラスして、“走る意欲”と有効な“運動量”さえ、今失いつつあるように思うのだ。そしてさらに致命的とも思えるのが…選手のモチベーションに明らかな翳り…を感じることである。
僕はこの場で再三にわたって、遠まわしながら岡田監督の翻意に期待する気持ちを書き連ねてきたつもりである。やはりつまるところ、どうしても一つの大きな問題に行き着いてしまうのだ。
“ビルドアップ”を疎かにして、“前”に急ぎすぎるという、現状ではいささか不合理で解せない執着についてである。
岡田さんの理想は、或いは岡田さんの理想とすべきは、鹿島アントラーズの、オリベイラのサッカーなのだと僕は思っている。速攻と遅攻をしっかりと使い分けて、充分なリスク管理をしながら鋭く両サイドを切り崩すサッカーなのだと思う。けれども現状のそれは、接近・展開・連続とは言うものの、ラグビーとは似て非なるアメフトのそれを思わせるメカニズムに見受けられるのだ。ボールに関与する者はあまりにも少なく、インターセプトのリスクネージメントに対する考慮なく、単発のパスで、ブツ切れの非効率なオフェンスを繰り返しているのだ。
『ミスで負けた、不運な失点であり敗戦だった…』が、本心でこの試合に対する彼の総評であり見解であるとすれば、僕はその“感覚”に大きな違和感を禁じ得ない。この絶望に限りなく近い内容について、岡田監督はやはり正面から重く受け止めるべきだし、その根本から大きな変革と修正が求められているのだと僕は思う。
技術委員会もここでしっかりと本人に確認し、コンセンサスを得ておくべきである。
衝突を恐れず、抜本的な議論をすべきタイミングであると僕は思っている。実質的な任命権のない技術委員会であるならば、なおさらの事である。厳しいようだが、ここで役立たずして存在の理由などまったく無い…と僕は思う。
一度狂った歯車を、元に戻すのは決して容易くはないだろう。そして岡田監督がこのサッカーを突き詰めれば突き詰めるほど、アジアにおける戦いにおいては、この道の先に明るい展望が見出しにくくなっている…と僕は思う。
この2ヶ月の猶予をどう考え、そしてどう活かしてゆくのか…。技術委員長、小野剛さんが担うべき責任は非常に大きい。いずれにしてもこのままでは危ないし、このサッカーで結果すら得られないのだとすれば…いったい後に何が残るのだろうか…?
そしてもう一つこれだけは言っておきたい。
この結果は、ピッチ上の選手を含め、スタッフ皆が等分に背負うべきものである…ということである。
誰かの所為にして済まされる立場のものなど一人たりとて居るはずはない。
その球際の気迫で、彼らはバーレーンの戦士たちに大きく劣っていたことも間違いないし、如何に岡田監督の指針が現状オシムのそれの対極を指し示していたとして、現実のピッチで考え、選択し、状況に対処してゆくのは11人の選手たち自身であるはずだ。やはりそこに自立心が芽生えて欲しいと僕は思う。自らで打開してゆく知恵と勇気と行動力が必要なのだと思う。そしてあの状況でそれができないのであれば、オシムが命をかけて彼らに注いだあの情熱は一体何だったのだろうか?
余りにも早すぎた始動で、選手達のコンディションに狂いが生じているのも判る。…判り過ぎるほど判っている。けれども、例えそうであったとしても、WC予選とはやはり命がけの戦いである。あの日の選手たちには、まだその厳しさの部分が大きく欠けていた…と僕は思う。
あえて正直に告白したいと思う。
2つの相反する感情に僕も今苛まれている。
支えたい…という“義”と、再びオシムで出直して欲しい…という一度は捨て去った筈の“理”の間で…。
いずれにせよ、この岡田ジャパンは変わらなければならない。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『大阪への旅~新世界との出会い~』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
posted by 桐谷 |11:12 |
2008WCアジア予選 |
コメント(68) |
トラックバック(2)
2008年03月25日
このエントリーが丁度100回目となるようです。
今回は僕の思い描く『理想のクラブ像』について書かせていただこうかと思ったのですが、記念の回ということもあり、敢えてこのスポーツナビへの感謝と、この拙いブログをご覧いただいている読者の皆様へのお礼と、そしてネット社会の危機に対する問いかけ…(というかそんな大層なものではないのですが…)のような論点で綴ってみたいと思います。
僕がこのスポーツナビにお世話になったキッカケは、長年続けてきたヤフーブログの不調によって一時的に“『ACで勝てない1000の理由』とオシムの戦い”というエントリーが掲載できない…というトラブルに見舞われた為です。せっかく書いたのに掲載することができない…その一時的な待避所のようなカタチで、これまで閲覧したことさえなかったスポナビというサイトを偶然発見し、そこで無料で提供されていたこのファンブログに登録させていただいたのがキッカケでした。
ヤフーブログ時代、僕はこの“キリタニブログ”でのそれと同じような視点、同じような論点で、ニッポンサッカーへ対する問題意識と苦言…を書き綴ってきたつもりですが、日々のアクセスはやっと30~50といった程度。残されるコメントも当たり障りの無い『ごあいさつ』のようなものがほとんどだったのですが、それはそれでとても楽しく、僕にとっては最後まで気持ちのよいコミュニケーションの場であり続けました。
ところがこのスポナビでは、そのアクセス数の多さにも驚きましたが、そこに記されたいくつかの好戦的な意見や、著者に対する批判的な物腰に少し面を食らいました。
僕の概念では、ブログというものはその個々の思いや主張を自由に語れるプライベートな“サロン”のような場所だと思っています。公序良俗に反しない限り、また故意、過失に関わらず罪無き他者を傷つけ愚弄する類のものでない限り、そこで何が語られようとも、誰かから非難されたり中傷されたりする謂れの無いもの…であると認識しています。如何に日々数万ものアクセスを集めるスポナビブログであろうと、僕のその“ブログ”の概念、認識自体に変わりはありません。また、もしそのブログに書き記された著者の思いや主張と対立する意見を誰かが持つとするならば、そこでの発言は、“参加者”としてその著者や他の発言者に対して礼を失しない態度や文言でなされるのが当然のマナーであり、罰則こそないものの、それはその“サロン”に参加する者として、またこの場で言えば、共に“サッカー”に集うものとしての、当然のモラルなのではないか…と僕は思います。そしてこのブログのコメント欄…という場を、僕自身は2ちゃんなどの“掲示板”とはまったく異なる“隣人の庭”であり“よそ様の敷地”のようなものである…と思っています。
なぜならば、彼そして彼女たちは、そこに水をやり、光を当て、他人から見れば少し陳腐なものなのかも知れませんが、自分なりに心を込めてそれを育んでいるのだ…と思うからです。
『きれいなお花ですね。楽しいお庭ですね』
と声を掛けられれば当然嬉しいでしょうし、
『そのレイアウト違うでしょ。悪趣味だな、くだらねえっ』
と吐き捨てられればやはり傷つくものでしょう。
そこに彼や彼女が咲かせた小さな花を、或いは花とさえ言えぬ小さな雑草を、僕らはカンタンに踏み潰し、それに唾を吐くことができる。指先一つで、或いは心持ちひとつで、誰にでもカンタンにそれはできる。けれども同じニンゲンとして、心ある一人の隣人に対して、それは許された“権利”でも“自由”でもない…と僕は思う。
僕はよく2ちゃんねるを見ます。
書き込んだことはありませんが、そこでサッカーや政治・経済に関するスレッドを時々のぞく事があります。
そしてそこで語られる意見や主張の見識の高さ、自由で刺激的な発想や、独特のユーモアに、深く感心したり、教えられたり、また“茶を噴く”ほど笑わせてもらったりもしています。そしてそれ以外の場所で語られる“チャネラー”なるものの世の中の認識に対して、少し残念に思ったりもします。
そこに集う彼らの大部分は、多少品の無い2チャン語を操りながらも、とても鋭い感性と知性を持ち、また非常に律儀な道徳性や公共心をも備えている人々がほとんど…なのです。
にも関わらず、その2ちゃんをはじめとするネット社会の、最も有用である“匿名性”を基盤とするある意味フェアで開かれた情報発信のシステムを、ほんの一握りの理性に欠ける者たちが、罪無き他者を傷つけたり、悪意によるデマを吹聴したり、また子供じみた自己顕示欲によって社会を撹乱したりしようと試みることによって、無自覚にも、今、自ずからそれを死滅させようとしている。
これは誰にとっても悲劇である…としか言いようがありません。
そして今僕が…、またたくさんのブロガーの皆さんと、ここに集うすべての方々がお世話になっているこのスポーツナビブログという場が、2ちゃんと同じように、罪無き他者の感情や誇りを傷つける一部の者の言葉によって、また罪無き他者の痛みや人権を省みない一握りの匿名の言葉たちによって、踏みにじられ、汚されている現状を、本当に残念に思っています。スポーツを愛するものにとって、スポナビブログというネット上こんなにも有用な場が、汚され、不毛な感情の吐き捨てによって埋め尽くされ、そして失われてゆくことは、誰にとっても大きな不利益であると考えるからです。
最近、僕は他の方のスポナビブログも時々拝見するようになりました。
様々な思いや主張があって、当然意見の異なるものや、わが意を得たり…と感動し、思わずコメント欄に賛辞を書き込みたい衝動にかられることも多々あるんです(最終的にはいつも自重させていただいてます)。他ブログサービスのそれに比して、ここで語られる本文やコメントは、やはり非常に見識が高く、情報としても有用なものが多い…と僕は思います。そんなスポーツナビブログに、今こうして一緒に参加させていただいている事を、僕は心から誇りに思っています。
けれどもそれと同時に、そこに度々散見される“心無い”書き込み。ちょっとした誤字脱字や個性的な表現を論うものや、本文への敬意無く一刀両断にそれを切り捨てたり、否定したり、ケチをつけるもの、中には『つまらない…』などと一言書き殴るものもあったと思います。僕は少なくない著者に対する、そのような非礼を、非常に残念に思っています。
『つまらない…』のならば、ただ読まなければ良いし、おもしろいものを自分で書いてみればいい。そして例え誰かが違う意見であったとしても、あなたがその誰かと異なるように、その差異を当たり前のものとして認識した上で、”参加者としての配慮を持ってその場で発言させてもらうか、或いはやはり自分のブログでそれを書けば良いのだ…と僕は思う。幸いにもスポーツナビはスポーツに集う全ての者に対して、“無償”でこのサービスを提供してくれている訳ですから。
『とうとう逃げたの? まさに書き逃げ、ブログ書く必要ないんじゃないの ?ますます自的な考えに走ると思うよ?頑固な人ですねキニタニさんは!色んな話が聞けて参考になるけど、ブログってのは、そう言う魅力があり怖さもある楽しんでブログをすればいいのに、。by貴重』
上記は僕が度重なる中傷・成りすましコメントの為に、止むを得ずコメント欄を閉鎖した直後に、さらに数度に渡って書き込まれた一番最後のコメントです。システム的にコメント欄閉鎖の後にコメントが書き込まれる筈はないのですが、スポーツナビサポート事務局の方に、お忙しい中確認作業をしていただいたところ、“スポーツナビにアカウントを持つ方で、ケータイから書き込んでいた方”のコメントであるとの丁寧な報告をいただきました。
彼に対して、そしてそれ以外にも僕に敵意を持つ少なくない方に対して、最後に一言だけこの場で言わせてください。
僕がこうしてコメント欄を閉じたのは、あなた達から『逃げた』訳ではない。あなた達に言論を通して『敗れた』からでもないし、また『怖い』からでもまったくない。この場で『桐谷』という名を用い、他の発言者の方を中傷する卑劣な書き込みや、或いは常連の方のネームを偽ってこの場に書き込まれたその言葉による、被害者の方々の“心の痛み”や“憤り”を、僕の責任において生じさせない為、僕はここを閉じたのです。
もしかしたら、僕のサッカー観は間違っているかも知れない。僕がここに書き記した多くの文章も、僕自身のその誤った見識に基づくものかも知れない。けれども僕のそれは、ここまでも、そしてこれからも、1ミリたりとも揺らぐことはありません。僕個人の意志で、哲学で、サッカーを見、それを考察している以上、この頭や心からあふれ出て来るその“言葉”を改めるつもりはないし、また改めようも無い。そしてその意見の相違を、もしかしたら大勢ではないその孤独を…恐れる気持ち…など、まったく無い。
ただし、彼らに対する、このブログのコメント欄初期における僕の対応は明らかに誤りであった…と今にして思っています。それを右から左へ受け流せるほどの心のゆとりがないのであれば、最初から全てにレスなどつけなければ良かったのだろうと思う。関わらなければこれほどまでに彼らの憎しみを買うことも無かったのだと思う。それが一番賢い対処の仕方であったのだ…とメールを通じてたくさんの方々に教えていただきました。
僕は自分自身の正義や良心…といったものを心の底で信じきれないのと同じように、彼らのそれもやっぱり信じないし、信じきることなどできない。けれどもそれを再び信じたいと思う事ができたら、そっちの方がより楽しい…と思う。ここで何かを綴る事が、さらに有意義である…とも思う。そしてこんなにもサッカーが好きなように、この国のサッカーに集う多くの人たちを、同じように好きでいたい…というのは多少大げさにしても、少なくとも憎しみあいたい…とはまったく思わない。だから今回に限り、一度だけこのコメント欄を開放してみたいと思います。もう同じ過ちを繰り返したくは無いので、そこで議論や討論する気は毛頭ありませんが、この本文に関わらず、代表にしろ、Jリーグにしろ、サッカーに関することであれば喜んで意見交換してみたいと思っています。またすでにこの場が以前のように皆さんの集いの場としての役割を終えた…と理解できればそのまま閉じさせていただきますし、そしてやはり以前と同じように、感情的な文言が投げつけられる状態であれば、すぐにこれを閉鎖し、残念ながらこのブログ自体を閉じてしまうまで、永久に閉鎖させていただきたいと思います。
注)この本文執筆後、スポナビブログにはコメント認証の新たなシステムが付帯されたようです。この『キリタニブログ』がその機能を利用し、今後も恒久的にコメント欄を開放すべきかどうかは再度検討させていただきますが、今回のエントリーに関しては、制約なくそのまま開放してみたいと思います。
ここまでの99のエントリーに対して、今日現在、皆様から96万以上のアクセスをいただきました。1エントリーにつき毎回約10000近いアクセスをいただいていた事になります。その中の何%の方々から実際に読んで頂けていたのかは判りかねますが、こんなにも独りよがりで手前味噌な、悪文でありひたすら愛想の無い長文…を書き連ねてきただけの拙いブログをずっと見守っていて下さった皆さんに、いま改めて、心から感謝いたします。
本当にありがとうございました。
そして他のスポナビブロガーの皆さん、コメンテイターの皆さん、そしてここに集うすべてのサッカーファンの皆さん、今後ともこのスポナビブログ、楽しく拝見し、また時に執筆しながら、共に集わせていただきたいと思います。
さあ、明日はバーレーン戦ですね。
一緒に『私たちの代表』の戦いを、気合を込めて見守りましょう。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『大阪への旅~新世界との出会い~』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
スポナビに限らず、サッカーに関するブログをお持ちの方で当ブログに相互リンクを貼ってもいいですよ…という方はご連絡いただければと思います。
posted by 桐谷 |17:11 |
メディア |
コメント(79) |
トラックバック(0)
2008年03月21日
昨日行われたナビスコカップ神戸戦、敗れはしたが随所に浦和らしさの感じられる激しいプレスと厚い攻撃が見られたのではないだろうか。細貝萌の積極的な攻め上がりと梅崎司の果敢な仕掛け、そして堤俊輔の意欲的なポジショニングとサポートへの意識は、チーム再生へのキッカケを感じさせる躍動的なものであった。
一方の神戸も前半のデキは決してこの新生なった浦和に負けていなかったと思う。この非常に完成度の高いプレッシングサッカーは、今現在Jで一番僕の目を愉しませてくれているものであるし、果たしてこのクオリティがどこまで持続できるものなのか…今シーズンのJリーグにもう一つの新たな見所を提供してくれた松田浩監督とヴィッセル神戸に深く感謝したい。
この神戸が今後も快進撃を続けられるかどうか…は、この浦和戦に見られるように、後半足の止まった局面でどれだけ敵の攻撃を誤魔化し、自陣のスペースを消しながらのらりくらりと交わせるかどうか…そして梅雨時からの厳しい蒸し暑さの中で、どれだけプレッシングのクオリティをキープできるか…にかかっていると思う。非常に厳しい挑戦となる事は間違いないが、そのトライを今年一年興味深く見守ってゆきたいと思っている。キム・ナミル、レアンドロ、そしてボッティ…この3人を見るだけでも非常に魅力的なチームであるし、今Jリーグで一番おもしろいサッカーを展開しているのがこの神戸である…と僕は思っている。
浦和にとっては厳しい結果となったが、この日前半の神戸のサッカーこそ、まさに今の浦和がお手本とするべきスタイルであると思う。先取点さえ奪えれば、後半の逃げ切り方、交わし方は浦和の方に一日の長がある筈だ。ややハードラックな失点であったと思うし、現時点でこの相手に互角以上の内容が見せられたことには、ポジティブな評価が与えられてしかるべきであると僕は考えている。
一方、ジェフ千葉と戦った川崎フロンターレには少々ネガティブな印象が残ってしまった。
ゲーム内容について…ではない。
この体制では、フッキを使いこなさずに終わる…という予兆を感じたからである。負傷…というインフォメーションがなされていたようだが、その前後の脈略を考慮すれば、実際には関塚フロンターレとフッキとの訣別…なのかも知れない。だとすれば非常に残念な結果であるし、お互いにとって不幸な出来事であると言わざるを得ない。
我那覇、ジュニーニョの2トップとなり、確かに前線の動線もスッキリし、両翼の為のオープンスペースもうまく用いて厚い攻撃が可能にはなったが、破壊力と期待値…という点において、チームとしてのスケールは大分見劣りしてしまったように感じる。川崎というチームはすでに中位の存在ではない。多くの敵が背後に広大なスペースを拵えながら前のめりに出てくるような存在ではないし、その逆に押し込んだ、スペースのない膠着した状況の中で、どうゴールをこじ開けるか…が問われるチームになってきているのだと思う。それを考えたときに、これまでのスタイルであれば良いところまで行っても早晩頭打ちの状況を迎えざるを得ないだろう…と僕は考えている。
これはチームにとっても、選手レベルであっても同じことが言えると思うのだが、敵裏の広大なスペースを利してキラキラと輝ける事と、スペースの無い敵陣の中で、主体的に変わらぬ光を放てる事…との間には大きな差異があるものと僕は考えている。中田英寿がペルージャでの輝きをローマやパルマで放てなかった事がその証左であり、またこの川崎が一昨年と同じ輝きを昨年のJリーグにおいて放てなかった事が、その証左でもある。そういう意味で、この川崎フロンターレがさらに一歩前進して、ダークホースとしてではなく、リーグの大本命として優勝を目標に争うのであれば、これまでとは違うアプローチが必要になってくるのだと僕自身は確信している。そして確かに博打ではあるし冒険ではあるだろうが、現状ではその為の最大の武器となり得るのが、僕にはこのフッキである…と思えたのだ。
ゲーム内容ではジェフ千葉相手に圧倒していたと思うし、バランスとしてはだいぶ均整が取れてきたとは思う…が、これでは突き抜けるパワーが足りていない。勝ちきれずに地団駄を踏むゲームが昨年同様幾度も繰り返されることだろう。すでにフッキの心が離れてしまった状態…なのかも知れないが、ここで千葉に苦杯を喫してしまった事が、逆に小さくまとまってしまわない為のラストチャンスなのかも知れない。関塚監督には、もう一度勇気と覚悟を持ってフッキの起用にトライしてみて欲しいと僕は願っている。
またジェフ千葉に関しては、今年は割り切って今のスタイルを貫徹すべきであると考える。この戦力での残留はカンタンなトライではない。ここ数試合を見た限り、クゼさんはこの現実的なスタイルで丹念に勝ち点を拾いながら、若いタレント達を磨き上げてゆける有能な指導者であると僕は思う。
サポーターも今年一年は我慢の一年になる事と思うが、ここでの辛抱が次のアカルイミライへと続く険しい一本道である事を信じ、どうかこのクゼ体制を最後まで見放さずに見守っていって欲しい。青木孝太や米倉恒貴の頼もしい成長の軌跡を眺めながら、僕自身今年一年の千葉を、多くのジェフサポーターと共に辛抱強く見守ってゆこう…と覚悟している。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『大阪への旅~新世界との出会い~』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*残念ながらコメント欄は閉鎖させていただきましたが、過去(コメント欄閉鎖前)のコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |10:54 |
浦和レッズ |
トラックバック(1)
2008年03月20日
浦和レッズ、ゲルト・エンゲルス新監督へ2年契約提示
というニュースに僕はいささか驚いてしまった。この監督交代を緊急事態における対処の一案と考えていないとすれば、またエンゲルスという人物をそれほどまでに高く評価していたとするなら、なぜブッフバルト後にオジェックという冒険を犯す必要があったのだろうか?
そして彼らにとっての監督交代とは、ただただ面子の挿げ替えのことなのだろうか。そこに自らの、クラブチームたる普遍のアイデンティティとしての、サッカースタイルを審美する視点、哲学といったものは存在しないのだろうか?
オフトと揉めてブッフバルトを招聘する。そのブッフバルトに逃げられるとエンゲルスの頭越しにオジェック招聘を決める。ACLを勝利すればシーズンの天王山を前にそそくさと再契約を締結し、そこから負け続けたことを看過しながらキャンプ・シーズンインを見過ごし、開幕で躓いたところでエンゲルスへの2年契約を提示する…。
この間チームとしてのサッカースタイルの在り方は、両者の間で充分に議論され、明確なコンセンサスが得られ、そしてそれが実践されてきた…と果たして言えるのだろうか?
僕はこの流れやフロントの決断に、クラブとしての、サッカーへ対する哲学としての、何らのメッセージもくみ取る事はできない。それは長期的展望に欠ける結果至上の刹那主義と、損失の限定…という保身と免責にかまけたフロント側の自己弁護の所業にしか映らないのである。
営業面での努力とその成果は賞賛に値するものであることは間違いない。けれども“サッカーの哲学”を同時に持ち合わせた運営であるのかどうか…浦和フロントの一連の行動から、そこがまったく見えてこないのである。
日本代表というクラブチームのチームフロントであるJFAがそうであるように、浦和レッズという日本最高の、アジア最高のクラブチームにして、未だそのような次元でチームを運営しているのだ。このJリーグも確かになりだけは大きくなったが、チーム運営の面において、文化としての成熟度の面においては、まだまだ未熟であると言わざるを得ない。勝ち負けという刹那の視点にプラスして、サッカーの愉しみと味わい、そして未来へのビジョン…という文化としての異なるもうひとつの視座をファンやサポーターに提示する為にも、アジア1のクラブチーム浦和レッズのフロントには“サッカーの哲学”“コンセプト”を明示し、徹底してそれを踏まえたチーム運営…というものを見せて欲しい…と僕は思っている。それはシンプルに言えば、欧州におけるアヤックスや、今のアーセナルのように…という事である。
エンゲルスが負け続ける…2年契約を反故にする。福田正博氏新監督へ!フロントは異例の長期契約を提示…福田体制を全力を挙げてバックアップ。そしてまた…。
そんな茶番劇が繰り返されるようでは、これまで蓄積してきた“富”も、アジアに築き上げた“地盤”や“名声”も、そして何よりもこのチームを強く支え続けてきてくれたサポーターからの“信頼”も、クラブとして失うことになりはしないだろうか?
次の監督を誰にするのか?
問題の本質はそこではない…と僕は思う。
10年後、20年後、いかなるサッカーで、そして誰を相手に、どんなステージで、このチームは戦ってゆくのか?
そのコンセプトこそを、クラブを支えるサポーターや地域と、膝突き合わせた徹底的な議論の元に、定め、共有し、そしてまた明示し、その指針に沿って運営してゆかなければならないのだと僕は思う。そこさえ定まれば、その時々の勝敗や刹那の出来事にいちいち惑う事などないのだ。そしてその為にも、クラブチームにとって大切なのは、その時々の“監督”のはるか前に、GMであり、権力のトップ…である事が明白である筈だ。そしてその権力のトップと、われわれサポーターがシステムによって没交渉のまま放置された今のJクラブチーム、JFAの組織としてのシステムの在り方、それ自体の問題意識が問われないニッポンのサッカー界の認識の在り方には、大いに議論の余地が有るのだと僕は思っている。
いつの日か、理想のクラブ像…というものをこの場で語る機会があればと思っている。
J創設前からの浦和(三菱)ファンだった僕は、やはり今でも浦和の試合だけはすべてTV観戦ながら1試合も欠かさず見続けている。だからこそ、昨今の浦和をとても誇らしく思うと同時に、またこの地位が如何にも危なげで、脆弱なものに見えてしまったりもする。次のJはホームでの新潟戦になるのだろうか?勝ち負けはともかく、サポーターの愛情に背くような試合だけは見せてはならないと思う。何を理由にしようと、それを失った時、浦和レッズはレッズでいられなくなる。この解れ掛けた赤い糸こそが、一番大切なものである事を、決して失ってはならないもの…である事を、選手たちには片時も忘れて欲しくはない。
★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『FREE TIBET』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*残念ながらコメント欄は閉鎖させていただきましたが、過去(コメント欄閉鎖前)のコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |10:59 |
浦和レッズ |
トラックバック(1)
2008年03月17日
たった2節を終えた時点での監督解任…とも言えるかも知れないが、勝ち点6の喪失以上にその内容の絶望的な“貧しさ”に浦和サポーターも大きな失望を感じていたことだろう。それを踏まえれば、オジェック解任は“この時点”でのベストな選択であるとは思うが、元はといえば昨シーズンACL制覇直後の、余りにも間の悪いオジェックとの契約延長が、そもそも浦和フロントの最大の“過ち”であったのだと僕は考えている。
藤口光紀社長は解任の最も大きな理由を『選手が踊っていない…』と表現された。まったくその通りであると思う。が、それは何も今に始まったことではない。昨シーズン終盤、ACLを制した直後から、すでに選手たちは“踊っていなかった”。にも関わらず、なぜオジェック体制を維持してしまったのか…?やはりそれはオジェックとの“契約”が足枷になり、正当な判断力の妨げになったのだと僕は思う。
そしてそれだけに限らず、彼らは新戦力の補強に関しても少々焦り過ぎ、フライングし過ぎて、本当に必要な選手の獲得を見送らざるを得なかった。今更ながらそれが、柏木陽介であり、そしてフッキであったのではないかと僕は思っている。さらに言えば、オジェックの手腕を見極めながら、ワシントンの残留と天秤に掛けて見守る…という手段もまたあったのだろうと思う。それが叶わなかったのも、繰り返しになるがやはりオジェックの求めるタイミングで安易に契約締結に臨んでしまった浦和フロントの甘さ…にあったのだと思う。
きっと賢明な浦和サポーターたちは、この間のフロントの失策についても重々承知だと思う。オジェックとは実質何年契約であり、この契約破棄に関して浦和レッズの支出がどれだけの金額に上るのか?そしてそれは誰の責任において為され、その責任者はファンやサポーターに対してどのような言葉や行動でその責任を負うのか…?そして今後の運営方針において、今回のそれをどう教訓として活かしてゆくのか…?非常に厳しい在り方かもしれないが、浦和が真に市民クラブとして、サポーターの為のクラブとして在り続けたいと願うのならば、僕はそこを詳らかにするべきであると思うし、またサポーターはそれを要求してゆくべきだと思う。それは単に“辞めろ・辞めない”の話ではない。共にクラブのミライを共有し創造してゆく者として当然の、責任と義務の話であると思う。
エンゲルス体制となっても当面は苦しい時期が続くだろう。まずはこのチームの根幹であったダイナミズム溢れる前からの守備を取り戻さねばならないし、ボール奪取後の預けどころを工面しなければならない。エジミウソンがどこまで対応し得るか…にもよるが、一夜にして再生するような明るい展望は今の状況からは望めないだろう。
根本的にはやはりチームとしての“創造的”なスタイルを確立することが求められるのだと思う。今年一年でそれは無理でも、根本的に追い求めるべきは卓越した“個”の前に、やはり卓越した“組織”なのだと思う。10年20年のスパンで常勝を目指すのならば、来期からでもそれに取り組んでいかなければならないのではないだろうか?
また同じように開幕から大きく躓いてしまった川崎フロンターレであるが、やはりここが関塚隆の正念場であると思う。フッキを乗りこなし得るのか?或いは得ないのか?
今フッキを捨てれば、少なくとも昨年並みには立ち回れる事だろう。が、そこに落ち着いてしまっては、僕は川崎の優勝は無いもの…と思っている。そして現状は、フッキ以上にジュニーニョの弊害が出てしまっている…とも思っている。結果には結びついていないが、フッキという選手は良くも悪くもフッキであり続けている。しかしそれがジュニーニョのプライドには許容できない“存在感”であり“光”を放っているのだと思う。僕ならばフッキに自由を与えて、そのスペースを阻害しない戦術で周りを走らせたいと思うが、昨シーズンの戦い方に川崎が帰結してしまうのであれば、フッキをひとつ下げてその大きすぎる翼に縛りをかけながら懐柔するのもひとつの手法なのかも知れない。そしてやはりフッキを捨ててしまうのであれば、僕はある意味で小さくは無い失望を関塚監督に感じてしまう事になるだろう。そうならない事を祈っているし、浦和の状況とは違いこの川崎に関しては、一夜明けたらすべてが一変するだけのポテンシャルを秘めていると考える。
ただし中村憲剛を抑えられた時のビルドアップ…という面で、何か手を打たなければならない状況にあることは間違いない。3トップを捨てるのが最も手っ取り早いだろうが、或いは片翼を捨てる…という選択もあるのかも知れない。攻撃は最大の防御…である限り、攻撃が流れ出せば守備の問題も遅からず解消に向かうだろう。初戦は確かにチグハグだったが、神戸との試合は現状のチーム完成度における明らかな力負けである。今一番強いチームが鹿島であるならば、現状それに続くのは神戸と名古屋であると僕は思っている。そしてそれらをまとめてひっくり返す力を保持するチームがあるとすれば、それは川崎フロンターレである。その思いにやはり変わりは無い。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『FREE TIBET』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*コメント欄は閉鎖させていただきましたが、これまでのコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |10:58 |
浦和レッズ |
トラックバック(1)
2008年03月07日
ベッケンバウアーの言うように、常に勝者こそが強者である…という認識が素直に受け入れられれば何の問題もないのだが、2006WCアルゼンチンがベスト8で姿を消したように、或いは2004ユーロにおいてチェコやポルトガルがギリシャに敗れたように、必ずしも強いチーム、良いチームが勝つとは限らないのが、サッカーの現実である…と僕は思っている。
ただし、最後の勝負を決するアヤの部分までは読みきれないが、リーグ戦であれば優勝争いに足る地力を有したチームか、或いはそうでないのかはおおまかに予測が可能である。よってここでは優勝争いに足る地力を有したチームと、その可能性が見込めるもう1つのグループについて、おおざっぱな予測を記しておきたい。
多くのメディアでも4強…と言われるように、実質的には鹿島アントラーズ、浦和レッズ、ガンバ大阪、そして川崎フロンターレの4チームが主役になってくるのだと思う。
そしてその中で、僕から見て“堅い”と思われるのは、大きな主力の入れ替えが無く、チームスタイルも確立されている鹿島アントラーズとガンバ大阪である。どちらも派手さはないが非常に手堅い補強ができたと考えるし、チーム戦術が隅々にまでしっかりと浸透しているのが伺われる。今後鹿島も小笠原満男や本山雅志の代表召集が考えられ、また両チームともACL等でコンディション的に追い込まれる部分もでてくると思うが、厚い選手層と経験値の蓄積でこの2チームならば乗り越えられるのではないかと僕は思っている。要するにこの2チームは大崩れなく、優勝争いに絡んでくるだろう…という予想である。
難しいのは川崎フロンターレの捉え方で、突き抜けるポテンシャルも有しながら、3人の優れたアタッカーを共存させることによる弊害…ディフェンス面のバランスには少なからずリスクを抱えている部分もあるだろう。若い頃のエジムンドに引けを取らない才能と破天荒なキャラクターを思い起こさせるフッキという強烈な個性がどうチームに溶け込めるか?そしてジュニーニョはそんな中どれだけ大人に徹しきれるか…が、このチームの浮沈の鍵になるものと考える。さらに井川祐輔、我那覇和樹、養父雄仁、そして黒津勝など、優れた質の高いバックアッパーに恵まれながらも、やはり他の3チームに比べればややボリュームの面で劣る事実は否めない。チーム得点80を超えるような超攻撃布陣の爆発も考えられるが、同じかそれ以上に失点を増やしチームバランスを欠いてしまう危惧も感じる。幸いにしてJ序盤の対戦表を見れば、川崎にとっては恵まれた組み合わせが用意されているようだし、第10節の鹿島戦までにチームバランスを整え、大きな取りこぼしなく自信を蓄積してゆく事ができれば、僕はこの川崎フロンターレを優勝候補の一番手に挙げてみたい…と考える。関塚隆監督にとっては、まさに勝負の1年である。僕は今年のJ1は、この川崎フロンターレを中心に観戦してゆきたいと思っている。
心配なのが浦和である。攻撃の柱、2人の助っ人を欠いてのスタート。そしてワシントンはもう帰ってこないし、ポンテのケガも彼の年齢を考えれば完全復帰に至るかどうか微妙なところではないだろうか?勿論期待度としては彼らに劣らないだけの補強を済ませはしたが、実際に新加入の選手達が働いてくれるかどうかはまだ未知数である。エジミウソンは高いモチベーションを持ってオジェックの指揮の下1年間頑張りきれるかどうか、そして高原直泰をフランクフルトはなぜこんなにも簡単に手放してしまったのだろうか…。昨年の浦和の攻撃を見れば、この二人にワシントン、ポンテ並みの働きを期待せねばならない。目標がACLとJの2冠…と明確である為に、Jの序盤で大きく躓けば思わぬ不振もあるかも知れない。昨年も、そして一昨年も、一年間決して良い状態をキープできていた訳ではないが、土壇場での精神力と勝負強さ、そしてサポーターの絶大な支えによって取りこぼし無く闘えた…。今年同じことが可能であるならば、その時本当の意味で、浦和は日本を代表するビッククラブとして認知されるのだと思う。Jリーググローバル化の一つのモデルケースとして、浦和にはぜひ世界のビッグクラブへの道を挫折することなく駆け上がっていって欲しいと願う。
これに続くのは昨年同様、清水エスパルス、柏レイソルの両チームになるだろうと考えている。どちらもやはり助っ人のデキがチームの浮沈を握るだろう。柏はポポのデキとフランサのモチベーション次第によっては、4強の一角を食うポテンシャルを有していると考えるし、清水もアウレリオの成否如何によって上位にも下位にもブレる可能性がある。Jリーグは2人の優良な助っ人が揃えばまず下位に沈むことはないし、3人揃えばどのチームにも優勝の芽はある。やはりそれだけ、ブラジルのセカンドクラスと日本選手の実力差は未だ大きいと言えるだろう。
今シーズン僕が一番期待していたのはジュビロ磐田なのだが、この開幕を目前に控えての前田遼一の半月版のケガは本当に残念だ。内山篤監督はFC東京の城福浩氏と並んで、僕が今最も期待している日本人若手指導者の一人で、彼は磐田伝統のパスサッカーに、運動量とスピードという要素を加えて、今新時代の磐田のサッカーを芽吹かせようとしている。大きな才能に恵まれながらも、これまでいまひとつ型を破りきれなかった成岡翔、カレン・ロバート、そして犬塚友輔、船谷圭祐達の覚醒が、優秀な助っ人選手の不在を補いきれるかどうか…が、ポイントになってくるのだと思うが、内山篤という大きな可能性を秘めた指導者を失わない為にも、彼らの成長とチームの良積を期待したい。
そして城福浩監督のFC東京は、今年一年は地ならし、チームの土台作りの時期なのだと思う。できることならば若手選手の成長を確認しながら、サポーターには長い目でこの城福体制を見守り、育んでいって欲しいと願う。FC東京というクラブは、やはり浦和に続き、また追い越してゆくべきクラブなのだと思う。それを考えるとき、未来志向の長期的展望にたったチーム作りに“今”着手してゆくべきなのだと思う。その牽引者として、城福監督は最適のタレントなのだと僕は考える。羽生直剛を良い手本にして、新時代の東京のサッカーを創り上げて欲しい。またその創造する過程を共に愉しめるFC東京サポーターの皆さんが、僕には非常に羨ましくもある。
明日のJリーグ開幕。
各チームにとって、そしてサポーターの皆さんにとって、共にサッカーに集う者として素晴らしい幕開けの1日となる事を心から祈っています。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『女子大生レイプ焼殺事件』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*コメント欄は閉鎖させていただきましたが、これまでのコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |11:18 |
Jリーグ |
トラックバック(1)
2008年03月06日
僕はサッカー観戦において、若い選手たちのポテンシャル、可能性とそのミライを予測するのをひとつの愉しみとしている。優勝予想などその他の分野における自身の先見性にはまったく自信が無いのだが、若手選手の将来性…という部分については、自分自身の眼力や評価を他の誰よりも信頼していたりする。もしサッカーの仕事に携われるものとすれば、スカウトをやりたかったな…などと思ったりもするのだが、今回はフル代表のスカウトになった気分で、すでにビッグネームとなった柏木陽介や内田篤人に続く、2010年の日本代表、南アフリカのピッチへ是非送り込みたい4人の若手選手を記しておきたい。
一人目はジュビロ磐田、上田康太選手である。
ピッチ上要求されるあらゆるプレーを器用にこなし、高い技術を持ちながら決してそれをひけらかす事をせず、ベンチの期待に忠実に応えられる知性も備えている。またテクニシャンに有りがちなディフェンス面でのサボり癖や淡白さもなく、よく走り頑張れるという献身も兼ね備えている。ポジションはトップとセンターバック以外は全てこなせるのだろうが、あの左足のキックの精度を見るにつけ、代表視点で言わせてもらえば、ぜひ全盛期の村井慎二を超えるような左サイド・ウイングバックを目指して欲しいと思うのだが、今年のチーム事情はどうなのだろうか?内山篤という新世代の優れた指導者に恵まれ、今年一年どう成長し自分のポテンシャルを発揮できるか…楽しみに見守ってゆきたい。
そして二人目はジェフ千葉、青木孝太選手。
羽生直剛や山岸智の移籍、さらに家長昭博の痛ましい故障もあり、所属チームでも、また五輪代表においてもその活躍が大いに期待される左利きのアタッカーである。
Jの大舞台で、彼ほど一対一で仕掛けること、勝負してゴールへ向かうこと…を躊躇無くトライできている若手は他にいないように思う。とにかく勝気の塊、チャレンジする魂を有したストライカーであり、ゴールセンスにも非凡なものがある。またシュートチャンスに慌てず自分の間(ま)でGKとの駆け引きに興じる落ち着きや遊び心も持っている。きっとボールを持つこと、運ぶことに関しては絶対の自信を有しているのだろう。チームでスタメンを確保しさえすれば、一気にフル代表、そして日本を代表するスター選手への道が開けてゆくのではないだろうか…と僕は思っている。
三人目はアルビレックス新潟、田中亜土夢選手。
昨年のU-20WCで最も輝いていた選手である。柏木陽介や上田康太のように、日本にも上手くて、走れて、そして頑張れる新時代のMFが続々誕生してきている。田中亜土夢は彼らと並んで、これまでのただ上手いだけのひ弱な日本人MF、ゲームメイカー像を打ち破る、新世代の旗手であると僕は思っている。
きっと反町監督も大きな期待を持って見守っているタレントなのだろう。Wユース後の大きな故障は、本人やチームのみならず、代表にとっても大きな喪失であったように思う。誰よりもプレーに“気持ち”を見せてくれる選手であるし、自分のポジション・役割をしっかりこなしながら、よく走ってスペースを突き、ゴールへの高い意欲も持ち合わせている。小柄ながら、きっちりと体を張った守備ができるし、攻守に渡って献身的な動きを厭わない。もしオシムが五輪代表の監督であったならば、誰よりも目をかけてしごき上げたのがこの田中亜土夢だっただろうと僕は思う。このケガに挫けず、なんとかトップフォームを取り戻してスタメンの座を奪い取って欲しい。そして新潟の中心選手として、このチームを日本のトップクラブへ導いて欲しいと期待している。
そして最後はセレッソ大阪、香川真司選手である。
常日頃J2の試合を見ている人たちにとっては、何を今更…というタレントである。
昨年初めて彼のプレーを見て、僕は大きな衝撃を受けた。そして日本代表において、柏木陽介と香川真司の時代が、もう間もなく訪れるだろうと予感している。五輪代表にも召集されたという事で、今年は飛躍の年となることだろう。日本人のドリブラーで、僕はここまでその魅力に惹きつけられた選手はこれまで居なかったように思う。願わくば、今年一年もう少しフィジカルを磨いて、このスピードに、強さ、逞しさの要素をさらに加え、守備でもしっかり貢献できる選手になって欲しい。当たり負けしないプロの身体を築いた上で、チームで、そして北京五輪のピッチで、その潜在能力を余すところ無く発揮して欲しい。ケガさえなければ彼はJリーグに留まるタレントではないだろう。ここでの一年、二年は彼の将来にとって非常に大切な時期である。セレッソという素晴らしいチーム、そしてクルピという名将から多くを学んで、J1昇格という目標達成と共に、今年一年を、去年に引き続きさらなる飛躍の年として欲しい。
この4人にとどまらず、浦和の細貝萌をはじめ、ガンバ大阪の倉田秋、横浜マリノスの金井貢史、ジュビロ磐田の山崎亮平、そしてジェフ千葉の米倉恒貴、東京ヴェルディの河野広貴など、キッカケさえ掴めば、一気にJリーグのスターダムにのし上がってこられるだけの眩いポテンシャルを備えた若手たちが、Jにはまだたくさん居る。この一年が、彼らにとって実り多き年となる事を祈っている。
明日はJ1優勝争いについて、かんたんに展望してみたいと思っている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『女子大生レイプ焼殺事件』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*コメント欄は閉鎖させていただきましたが、これまでのコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |10:47 |
Jリーグ |
トラックバック(0)
2008年03月03日
もし僕があの状況下、岡田監督の立場でチームを引き受けたのであれば、
まず第一に、現状のチームに混乱を生じさせない…という点に最大限留意したと思う。
岡田監督がオシムジャパンをどう評価していたかは判らないが、僕はオシムジャパンのベースは非常に期待値の高い、また拡張性に優れたものであったと考えるし、3次予選であればあのベースで充分に戦える…と考えた筈だ。であれば、まず何よりも、良い部分をいじらない、潰さない…という事に細心の注意を払ったものと考える。そしてその為にも“今は”新しいものを極力盛り込むべき時期ではない…と。
その上で、現段階では、弱点の補強、補修に留めて3次予選に向かった。端的に言えばそれはアタッキングサードでの失敗を恐れないシンプルなトライと、ゲーム終盤の攻めあぐねた局面でのパワープレーの鍛錬、そしてセットプレーの強化である。
現状、この後者に対しては、岡田監督は非常に良い手腕を発揮してくれていると考える。またディフェンスにおけるチャレンジングな前からのプレッシングへの傾斜も、非常に岡田武史さんらしい“色”であり、このチームの今後を見据える上で、とても重要なトライであるように思う。僕は非常に好感を持って、これらの“岡田色”を眺めている。
問題が生じているのは、ビルドアップとアタッキングサードでの硬直したボール回しからくる展開の“膠着”である。
岡田ジャパンのキャッチコピーとしてよく用いられる『接近・展開・連続』であるが、オシムの志向してきたそれが、“接近”と“展開”が一対のものとして連動してきたのに対して、今現在の岡田ジャパンのそれは“接近”の場面で停滞し、“展開”に至るまでに、ボールを失ってしまったり、大切な時間とスペースを浪費してしまっている感があるのだ。要するに自らで形成した“接近”から抜け出せずに、そこに“埋没”してしまう展開があまりにも多く見られる…ということだ。
“接近”と同時にそこからの“離散”という所作があって、はじめてパスコースが生まれ、ドリブルというもう一つの選択肢も得られる。そうすることによって、各々がDFを引き付け、局面での膠着を解き、はじめて縦にも横にも自在に選択可能な“展開”へ結び付けられるのではないだろうか?そこで活かし得るのが、最初の数歩で僅かでも先んじることができる日本人の持つ“アジリティ”という優位性に繋がって行くのだと思う。
僕はやはり“走る”という要素が足りていないのだと思う。
そしてどう連動し、それぞれがどのような動線を描いて、新たなスペースを創造してゆくか…という修練こそが、オシム後も引き続き求められる課題であり、そして日本が永遠に格闘してゆくべきテーマなのだと思う。
今はまだ、守備時における前からの圧力をもう少しセットバックして、それを攻撃時の走力に転換できないものだろうか?勿論、前からのプレスは決して否定されるものではないが、1対1で決して劣位ではないアジアでの戦いにおいては、守より攻へエネルギーを集約した方が、僕は合理的であると考える。
限定された局面での数的優位、前からのプレス、ショートパスでのダイレクトな展開…それらは、アジアを超えた先では必ず必要になる要素であるが、現時点で殊更に強調しなければならないものではないように感じている。
逆にそれを余りにも選手たちが意識し過ぎてしまった事で、ここまで築き上げた大切な財産を、今失いつつあるように思うのだ。きっとそれは岡田武史さんも大木武さんも重々気づいている事と思う。実際、タイ戦までの内容はあまり芳しいものではなかったが、東アジアでの中国戦あたりから徐々に“接近”下での停滞は、改善しつつある状況にあると思う。
この状況は指導者としてみれば非常にストレスも溜まり、また面白みにも欠けるものだとは思う。が、理に通じる岡田さんだからこそ、僕は今後も期待して見守ってゆきたいと思っている。そしてアジア後の世界へ辿り着いてはじめて、大木さん自身ヴァンフォーレ甲府で直面した課題…クローズのその先の世界へ、バレーの存在無くしてこの日本代表も立ち向かってゆかなければならないのだと思う。そしてそこからの戦いこそが、本当に長く険しい道のりであることも、僕らは充分に承知しておかなければならないだろう。
“岡田監督と大木コーチの間に微妙な距離感が感じられる。練習場でも試合中のベンチでも大木コーチの存在感、役割が見えにくくなっている…”
先日エルゴラッソで、カメラマン六川則夫さんのエッセイにそう書かれていた。常にサッカーのピッチ上の光景から、人間の情感を掬い上げる六川さんらしい視点だと深く感心しながらも、今チームの中に、岡田武史さんの中に生じている“迷い”や“焦り”を感じさせるその描写に、そして練習中リフテイングの一人遊びに興じてしまうという大木武さんの孤独な姿に、やはり日本代表というものの厳しさ、難しさと共に、とてつもない“重さ”をひしひしと感じる。
ここを乗り越えれば必ず良い循環が巡って来ると僕は信じている。
そして岡田武史と大木武の“融合”にこそ、僕は日本サッカーの未来への夢を託したい…と思っている。この困難な時期だからこそ、欠点を論うばかりではなく、長所も掬い上げて正当に評価してゆきたい。そして彼らを信じて、僕は見守ってゆきたい。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
キリタニ100法『女子大生レイプ焼殺事件』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
*コメント欄は閉鎖させていただきましたが、これまでのコメントは各エントリーのタイトルをクリックすれば、ご覧いただけるようになっております。
posted by 桐谷 |11:28 |
岡田JAPAN |
トラックバック(1)