2007年12月24日
『サンタクロースはいるの?』
と誰かに問わなくなってから、どれぐらいの年月が流れただろうか…。
今ではケーキを食べる事も、誰かとプレゼントを交し合うことも、もちろん親父の大きな靴下をベットにくくりつけて眠る事も全くなくなってしまったが、言葉にしがたい当時の高揚感だけは未だに忘れられなかったりもする。
結局は真夜中に薄目を開けて、父や母のゴソゴソと何やら動き回る姿を垣間見る事になるのだが、その翌年からは“受け取りたいモノとあげたいモノ”に齟齬が生じないように、事前にしっかりと言葉に出して要求する事で、僕の中のサンタクロースは幕を閉じた気がする…。まったく味気の無い幕切れだったが、今にして父や母という存在の喪失を知って、僕はその頃の輝かしさや幸福さ…というものを初めて知る事ができたと思う。
まったく、なんて幸せなクリスマスだったのだろうか…と思ったりもする。
僕はこのサンタクロースのように、僕の中のオシムの頁をここで閉じてしまわなければならない…とずっと思ってきた。そしてズルズルと40日間をここまで先延ばしにしてきてしまった。
さあ、決着をつけねばならない。
新しい戦いに、集中しなければならない。
その為にも、オシムについて書くことはこれを最後にしよう…と思う。
オシムがくれたもの…
それは『希望』である…と僕は思う。
それは決して現実と乖離した幻想の領域における『希望』ではなく、
それは決して机上というまやかしや虚構と手を結んだ肌触りの良い『希望』でもない。
風変わりなものでも、独創的なものでもなく、そこに到達するためのヒントや、道を踏み外さぬためのお守りやコンパスの類でもない。
彼が人生の最後に、命を掛けてこの国に伝えたかったもの、そして残したかったもの…その思いが、そこに凝縮された彼の、彼自身の挑戦が、オシムがくれたものであり、僕はそれを『希望』と名付けたいと思う。
そしてその希望の先にある未解の最終定理は、僕達自身の手でその鍵を見つけ出さなければ成らない。その為の近道など、もうどこを探しても存在しないのだろう。
…ある凍える夜に、僕らは薄目を開けて、あまり人相のよろしくない大男が汗をかきながらゴソゴソと部屋の中を動き回っているのを見た。
ある子供達はそれを泥棒ではないかと心配し、またある子供達は一途にトナカイに乗ってやって来たサンタクロースだと信じた。
男は大きな袋をその背に抱えているようにも見えたが、結局それで子供達のカラッポの靴下を膨らましてくれる事はなかった。
子供達は大男にこう尋ねた。
『あなたはここで何をしているのか?』
大男は子供達にこう言い残した。
『さあね、何だろうね…』
父や母と過ごした幼い頃のクリスマスのように、ずっとずっと先、この先何年かかろうとも、僕はこの“カラッポの靴下”というオチの無い物語に、きっと輝かしい幸福への“希望”が息づいていたのだと信じている。彼への言葉にならぬ感謝の気持ちと共に、僕は疑いなく、今それを信じている。
楽しいクリスマスを。
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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |09:55 |
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2007年12月21日
浦和はミランに対して攻めなかった…のではなく、攻められなかった。
ラインを上げてボールを奪いに行かなかった…のではなく、行けなかった。
それが浦和レッズ対ACミランの真実、Jリーグ王者対UEFA王者の現状におけるどうしようもない“現実”であったと僕は思っている。
この攻められない、ボールを奪いに行けない…という状態は、僕は決して選手の臆病や消極的姿勢から生ずるものではないと考える。少なくともあのACミラン戦においては、彼らはその攻められない、ボールを奪いに行けない状態を必死で耐え忍びながら、Jリーグ王者、そしてアジア王者として、勝つための最善の可能性に最後まで賭けていた…今もって僕のその評価はまったく揺るがない。
攻撃的スタイル…というものは、相手との力関係があって初めて成立し得るものである。それはオシムジャパンVSスイス戦の前半を見れば明らかであると考えるし、ACにおけるサウジアラビアの立場から、彼らの日本戦とその他の試合におけるそのスタイルの変貌ぶりを見てもまた明らかであると思う。
あの試合における浦和レッズとACミランをボクシングに例えれば、僕はストロー級の東洋チャンプと、ミドル級の世界王者との戦い…のようなイメージで捕らえている。ミランとボカとの差を、“2~3人で攻めきれるか、さらに1人2人のサポートを必要とするか…”の例えで描写したが、要するにしっかりとガードを固めた上での軽いジャブでKOし得るミドル級世界王者のミランと、その相手にガードを解き大きく踏み込んで、腰の入ったフックを渾身の力で打ち込み、それがミートした時に、初めてちょっとしたダメージが与えられるかどうか…というストロー級の浦和。
この試合の積極的か消極的かの議論や評価とは、両者のその現実を踏まえた上で、僕達それを見る者がいったい何を望んでいたのか…本質的にはその立場こそが問われるのだと改めて僕は思っている。
あの実力差であれば、彼らの一発のジャブを食らわずに、その固いガードを掻い潜り大振りのフックを3発4発と顔面に叩き込み、浦和がミランをKOし得ていたとは僕は思わない。また浦和は失点後、押し上げてゴールを狙いに行く局面も可能な限り形成していたと思うし、アジア王者として今出来る事に最大限トライできていたと考える。
そして敗因として検証すべきは、浦和の戦術や消極的姿勢…などの枝葉の話ではなく、もっと大きな幹の部分、国レベルでの戦略、そしてJリーグ自体の抜本的改革にこそあるのだと僕は思っている。要するにどうやって彼らと同じような苛酷な競争環境をこの国に形成するか、Jリーグのレベルを上げてゆくのか…という事である。その方がこの苛酷な現実に対して、遥かに利益のある議題になるものと考える。そこを変えて行かなければ、本質的な彼らとの差はますます開いてゆくばかりである。そしてこの国は、変われるのだと僕は信じている。
次にこのCWCの舞台にJチームが立つのはいつの事だろうか?
5年に一度位出られれば…とぼんやりと考えてきたが、今明らかにこれまでとは違った熱気と興奮が、この国に芽生え始めているのは確かである。この熱を、どうかJリーグ改革の機運へと繋げていって欲しい。これをキッカケに、クラブレベルでも明確に“世界”を意識したチーム運営に踏み出して欲しい。そしてその為の環境を、クラブとJリーグで徹底的に議論していって欲しい。そしていつか必ず、この巨大な壁をぶち破って欲しいと心から願っている。
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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
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2007年12月19日
【Jリーグ/来期への課題】
鹿島アントラーズの偉大な功績にケチをつける意図などまったくないが、もしACLが無ければ、A3が無ければ、度重なる代表召集がなければ、そしてベストメンバー規定というものに縛られなければ…もしかしたら優勝チームは変わっていたのかも知れない。サッカー先進国であれば世界各地どのリーグ覇者も、大陸王者決定戦の苛酷なスケジュールに苛まれる事は自明ではある。が、リーグ王者の栄冠は、常に極力公平な条件の下に競われるよう施策し、その阻害要因を日程上、そして規約上、排する努力を積み重ねてゆくのがリーグの勤めであり、またステータス向上への重要な条件であると考える。
浦和レッズがACLを制したことにより、来期は鹿島アントラーズ、ガンバ大阪がACLグループリーグの苛酷な日程をこなす事になる訳だが、両チームのスケジュールに関しては、今からでも最大限配慮した日程上の調整を期待したい。
またJリーグからのACL出場チームへのサポートは、原則として『出場手当て』と『賞金』という、シンプルな形に仕切りなおした方がお互いの為ではないだろうか。少なくともチームにとっては、自主的にそれを活用し、チーム運営に役立てられる方が、そのメリットは大きいのではないかと考える。
またA3に関しては、その存在意義を根本から検証するべきであると考えるし、トトにしても、J各クラブから見た、そして日程面の拘束性とそれに対する対価…から見たメリット・デメリットを再度熟慮し、これがサッカー界の将来に本当に寄与するものかどうか…あらゆる方面から再検証されることを強く望みたい。
【Jリーグ総括】
鹿島アントラーズの劇的な優勝、そして浦和レッズのACL制覇により、記憶に残る、そしてとても実のある2007シーズンであったと思う。ガンバ大阪の挫折、そして清水エスパルス、アルビレックス新潟の確かな成長への足取りと、サンフレッチェ広島、ヴァンフォーレ甲府という、ある意味崇高なる“理想に殉じた”クラブたちの降格。
サッカーの夢と現実を浮き彫りにした、ドラマチックな物語とその帰結であったように思う。
今期の優勝争いに、このストーブリーグを活発に動いている柏レイソルがどう絡むか、そしてあの若き日のエジムンドを彷彿させるフッキというタレントを得て、川崎フロンターレがどのような変貌を遂げるか…。来期の開幕が今から非常に待ち遠しい。
【MVP】
勿論ポンテの活躍に異論を差し挟む余地などまるでないが、各クラブ、各選手達が“優勝”という栄冠を最大の目標と定めてこのシーズンを戦ってきた以上、最優秀選手とは、その栄誉を手中にしたチームから選出されるべきものである…と個人的には考えている。
帰国後の小笠原満男の存在感は攻守にわたり本当に際立っていた。そして本山雅志も自分を追い込みながら、一年間コンスタントに苛酷な攻守の役割を全うしていたと思う。すべての選手の総力を結集し、勝ち取った優勝であるからこそ、また非常に価値あるものであったと思うが、そんな中で誰か一人にMVPを与えるとするならば、僕の中では岩政大樹がその栄誉に一番相応しいのではないかと思う。
決して器用ではないこの泥臭いディフェンダーは、その体を張った一対一の強さにさらに磨きをかけながら、カードを減らし、フィードミスを減らし、チームを力強く鼓舞し、そして誰よりも率先してひたむきにシーズンを戦い通してきた。選出された代表でも、きっと秋田豊のように我慢を強いられる戦いが待ち受けていると思うが、彼の来期への、そして中澤祐二、闘莉王への挑戦を、心から期待して見守りたいと思う。
【ベスト11】
最後に私的ベスト11を名前だけ付記して終わらせていただきます。
選手、スタッフ、サポーター、そしてスタジアムその他でボランティア活動に尽力してくださった皆さん、一年間本当にお疲れ様でした。
また来年も、サッカーに熱く燃え、この“私達のJリーグ”を力強く盛り上げてゆきましょう。
GK 都築 龍太
DF 岩政 大樹
DF 田中 マルクス闘莉王
DF 阿部 勇樹
DF 市川 大祐
MF ポンテ
MF 鈴木 啓太
MF 中村 憲剛
MF マルシオ リシャルデス
MF 小笠原 満男
FW ジュニーニョ
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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |10:09 |
Jリーグ |
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2007年12月17日
試合後も鼓動の高鳴りがしばらく収まらなかった。
それは単純にサッカーの興奮や感動…であったかも知れないし、彼らに対する恐怖…だったのかも知れない。
浦和のACL制覇により、彼らは単なる理想や憧れの対象ではなくなった。いずれ打ち倒すべき“敵”のひとつとなった。日本は、そしてJリーグは、パンドラの箱を開けてしまったのだろう。ここから、もう後戻りはできない。浦和レッズにとって、鹿島アントラーズにとって、ガンバ大阪にとって、そして川崎フロンターレ、アルビレックス新潟にとって…ACミランはいずれ倒さねばならない敵となった。そして世界が…ここからは敵なのである。
勝敗を分けたポイントは何だったのだろうか…と考えれば、それはやはり“個”の持つパワーであったのだろうと僕は考える。
ミランにはカカがいた。ボカには14番パラシオがいた。この世界屈指の素晴らしい二人のドリブラーの明暗を分けたものは何だったのだろうか…と考えるとき、それはやはり“パワー”だったのだと僕は思う。
端的に言えば2人3人で攻め“きれる”ミランのパワーに対して、さらに1人か2人のサポートを必要とするボカのパワー。そのパワーとパワーの僅かな均衡を欠いたギャップが、現実にスペースとスピードというアドバンテージをミランに与えているのである。
ミラン2点目のネスタのゴールに繋がるFK前のシーンが、象徴的にそのパワーの差を表しているのではないだろうか?
サポートの無い1対2の状況を、ドリブルで突破しようと試みるセードルフの“パワー”。結局ファールで止められ、そのピルロからのFKが得点に繋がるのであるが、あの個のパワーの前に組織や戦術論はまるで無力である。
カカが一度前を向いて2、3歩の暇でトップスピードに加速してしまえば、それはもう組織や戦術うんぬんの話ではなくなる。このボカにして個のパワーにおいて、明らかな劣勢を強いられ、あらゆる局面において汗をかき紡ぎあげた数的優位をあんなにも容易く反故にせられてしまうのだ。
浦和戦における彼らが、フルパワーで戦っていたとは僕は決して思っていなかったが、このボカ戦を見るまで、これ程までもパワーをセーブしながら戦っていたとも、また思ってはいなかった。きっと浦和の選手達も、この試合を見てまざまざとそれを感じ取った事だろう。そしてまたきっと、新たな悔しさを味わっていることだろう。
最後にこの試合の主審、メキシコのロドリゲスさんだと思うが、彼の見事なレフェリングを心から讃え、公正で素晴らしいゲームを演出してくれた事に深く感謝したい。
ブラジル経済は成長を続けている。アルゼンチン経済の復興にも目覚しいものがある。中東産油国、ロシアのそれは言うまでもないし、EUのそれも磐石なものである。
これまでJリーグは、ブラジルの選手供給力によってそのクオリティを支えられてきた。が、これからはこの状態に胡坐をかいてなど居られない時代が来る。いや、それはすでに訪れているのかも知れない。セカンドクラスのブラジル人タレント達も欧州を目指し、ロシアや中東を目指し、そして祖国に安住する時代が来ているのである。
この“世界”と対峙してゆく為に何が必要なのだろうか?
どうやってJリーグの質を向上させれば、あのミランを捕らえ、そして抜き去る事が出来るのだろうか?
今一度、切実に考え、迅速な対応を検討してゆくべき必要に、待ったなしで、Jは迫られているのだと僕は思う。
今後はJリーグ機構そのものに、新自由主義(ネオリベラリズム)の概念、競争原理を速やかに持ち込んで改革してゆかなければならないだろうし、広くアジアに門戸を開き、質的向上の為のルートを多元的に確保してゆく必要もあるだろう。課題は数限りなくあるが、まずためらわずでき得る事に迅速に着手し、行動に移すべき瞬間である。
さあ、戦おう。
この心が冷めてしまわぬうちに…。
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posted by 桐谷 |11:49 |
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2007年12月14日
人にものを教える…という事は、さほど難しい事ではない。
教えたつもり…になれば良いだけの話だ。
が、人にものを覚えさせる…という事は、次元の違う困難を伴うものである。そして人間というものは本質的に“経験”からしか学べない…或いは学ぼうとしない生き物である。であるからまた、どんな格言や説教よりも、ひとつの実体験から得るものの方が、遥かに価値あるものであると僕は思っている。
この試合で浦和の選手達が体験したもの、苦しんだもの、見せつけられたもの、そして何よりも“悔しい”と感じたその気持ちは、何ものにも代えがたい彼らの財産となるはずだ。この大会が確かな権威を踏まえ、恒久的なものとして今後も継続されてゆくとするならば、いずれ日本はミランを倒すだろう。欧州を倒す時がくるだろう。ここで得た彼らの“経験”こそが、その根となり、土壌となって活かされる日が必ず訪れるだろう。
彼らの素晴らしい奮闘と、だからこそ得られたこの素晴らしい体験に、心からの拍手を送りたいと思う。
プレスゾーンをハーフラインより手前に揃えて、焦らず、勝気に走らず、慎重に守備ブロックを構築して、リアリズムに根ざした試合展開に持ち込めた。まさに浦和らしさを体現した、実直でステディーな戦いぶりだったと思う。球際で劣勢ながらも簡単に飛び込まず、粘っこい守備でパスコースを切りながら、プレスを掛けにいった阿部勇樹。そして彼をはじめ長谷部、鈴木啓太らの中盤での守備での頑張りは、本当に見事なものだった。
技術的な差異、考えるスピード、動き出しのスピード、そしてパススピード、強さ、激しさ…言うまでもなく全ての要素で、現状では埋める事のできない“格差”が生じているのは間違いないが、そんな中でも最も象徴的に際立っていたのは、ゲームの中での“メリハリ”のつけ方。90分の試合のどこに力点を置き、どこで流すか…という部分の、ミランの大人びたゲームプランニングとそのチームコンセンサスの在り様にあった。
一週間もの調整期間があったとはいえ、やはり大きな時差の生じる、これだけ長距離の移動に対して、彼らは非常にナーバスでもあり、また慎重にもなっていたと見える。前半40分までの立ち上がりを彼らは浦和の出方を見ながら、自らのコンディションを確認するかのようにローギアで“ならし”ているように僕の目には映った。それが前半終了間際の5分間で、前に重心を掛け一気に仕留めに来た。そしてそのスイッチを持続したまま、さらに後半20分までを勝負どころと見定めて、嵩にかかってゴールをもぎ取りにきていた。
この前半の終わりから後半の20分までの浦和のディフェンスの踏ん張りは、本当に素晴らしかったと思う。後半20分に差し掛かってくるとミランは明らかに疲れてきていた。徐々にスローダウンし始めていた。あと5分…守りきれていたならば、90分0-0の試合も可能だったのかも知れない。が、それにしてもミランの仕留めにきたこの25分間の重圧を跳ね除けた浦和の頑張りは、大いに讃えられてしかるべきものであったと思う。
ポンテと田中達也が不在で、そしてワシントンが本調子でないこの状況で、オフェンス面においても、でき得る事はすべて出し尽くせたのではないだろうか。本当に良いパフォーマンスを見せてくれたと思うし、この試合だけは手放しで評価してあげてよい試合であった…と、僕はそう思っている。
そしてそれでもなお、僕がアンチェロッティであれば、浦和よりトリノの方が怖い…と感じるだろう。浦和よりもカリアリとの試合の方がより困難である…と実感しただろう。
現状ではセリエAに留まる事は難しいが、Bで昇格争いにギリギリ絡めるぐらいの実力があるかどうか…非常に厳しい見方かもしれないが、あえて言及するならば、それが僕の偽らざる“感覚”である。
ミランとこれだけの内容のゲームを繰り広げられた…にも関わらず、次のエトワール戦も浦和にとっては非常に大きな壁であると僕は思っている。両チームのモチベーションがどれだけの濃度で絡み合うか…にもよるが、彼らはセントラルで10回戦えば、浦和に対して敗北より多くの勝利を積み重ねる実力を有したチームであると考える。
今あらためて思うのは、浦和に対する感謝である。
世界の扉をこじ開けてくれた彼ら、そしてその厳しさを、今ありありと僕らの目の前に突きつけてくれた彼らのACLでの奮闘に、あらためて深く感謝したいと思う。
浦和レッズにとっての今年最後の試合、そしてこのメンバーで戦う最後の試合である。
ここまで一緒に戦ってくれたサポーター達にとっても、悔いのない誇れる内容をこの2007年の最後に置き残せるように…彼らの健闘を心から祈っている。
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posted by 桐谷 |11:36 |
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2007年12月12日
たった10日足らずの調整期間でよくここまで立て直したと思う。
Jリーグ最終盤では、その疲労ぶりばかりに目を取られてしまっていたが、こうしてみると連覇への重圧といったメンタルの部分での負荷も決して小さな要素ではなかったように思う。積極的に前でボールを奪う意識と、ここまで秘められていた強い攻撃意識の解放を、今こうしてまざまざと見せつけられ、なんとか“ミラン戦に間に合った”この浦和のサッカーを、日本の代表としてとても誇らしく思う。
きっと報道で伝えられるようにセパハンの状態も良くなかったのだろう。ピッチ上を、広くボールが動く組織的な攻めの展開は相変わらず美しかったが、一次攻撃が頓挫した段階での二次、三次攻撃に繋げるいやらしさがなかった。ナビドキア不在の影響は攻撃面で大きく響き、またディフェンスにおいても球際の強さ、激しさ…といった部分で、浦和のそれにやや見劣りしていたように思う。
ACLで既にカタをつけたセパハンに、この時点でまたぶつかる…という大会運営上の不備も含めて、JFAには永年開催を目論むのならば“開催国枠”の返上を…或いはFIFAにおいては、あくまで“開催国枠”が興行上不可欠なものであるとするならば、2009年度以降の日本の継続開催を認めない…という、この大会の“権威”に対する“配慮と覚悟”を求めたい。
最終的にこの大会はUEFAチャンピオンズリーグの上に立つ大会に育ててゆかなければならない。その為に、いつまでもFIFAの一部とJFAの、既得権益の為の玩具にしていてはいけない…と考える。
この大会の為に欧州王者が一週間も前に来日して調整する事は間違いなく“異例”である。UEFA内、そしてミランの側にどのような力学が生じていたのか…欧州事情に疎い僕には判然としないが、ある程度の高いモチベーションを持って、ミランがこの大会に臨んでくれたことは間違いないだろう。
であれば…浦和のサッカーがいかにトップフォームを取り戻したとしても、両者の間にあるこの実力的な“断絶”は、両国の代表チーム同志のそれを、さらに上回るものなのかも知れない。
それほど“速い”攻めは見せないミランの攻撃を、ピルロとセードルフに前を向かせない守備である程度守れた…としても、こちらの攻撃に際しては、中盤を作りながら攻める事をミランのプレッシングは容易く許してはくれないだろう。またワシントンといえどもロングボールを収めてくれる事はそう何度も期待できず、内容的にはひたすら“我慢”を強いられる90分になるものと考える。
そしてその中で、彼らがこの数年の間に身につけたサッカーにおけるリアリズムをどう発揮してゆくのか…。その片鱗をどこで見せ、どのようなカタチでミランに一泡吹かせるのか…。そんな部分に注目しながら、僕はこの試合を見守りたいと思う。
果たして、浦和はセリエAのプロヴィンチャに足る実力を保持しつつあるのか?或いは、やはり未だその途上にあるのか?
Jリーグが初めて世界に“コンタクト”する瞬間…
その厳しさの中から、何を学び取り、そして何を未来に繋げるのか…。
浦和レッズの健闘を心から期待したい。
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posted by 桐谷 |10:26 |
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2007年12月11日
『自分が苦しいときに手を差し伸べてくれたクラブを去る訳にはいかない。プライドがある』
来年度の契約に関わる広島サイドとの面談の中で、彼はそう発言したらしい。きっと厳しい経営事情の説明も受けての事であると思う。大幅な年棒カットは避けられない状況である事も理解してのことだろう。
彼のジェフ千葉でのプレー、そしてそこであった経緯、さらに今回の広島での入れ替え戦における魂の篭ったパフォーマンスをつぶさに見続けてきただけに、この言葉には胸を打つ響きがあった。
言葉というものをひとつの記号として安直に解し、どこまでも日本的情緒というものに対して従順に用いさせてもらうならば、彼のプレーは相当に“汚い”。おそらくJでも1、2を争う“汚さ”である。
けれども彼はジェフにいたその時代から、誰よりも勝利というものの追求に対して一生懸命であったし、またそれに手段を選ばず行動してもいた。僕の価値観は、決してそれを“汚れた”ものとは受け止めていなかったし、むしろプロとしての、勝負の世界に生きるものとしての、一途に真摯な心の在り様として、彼のその姿勢を深い敬意の念と共に見つめ続けてきた。
ジェフにおける去り際の、アマルとの軋轢や退団までの経緯も彼のそのような“変わらぬ魂”の在り方を貫いた結果であったのだと思う。
そしてあらためて思う。僕は彼のような人間が大好きである。
僕が柏木陽介であれば浦和へ行くだろう。自らのその可能性をめいいっぱい羽ばたかせる為にも“今”この一年はサッカー人生における一番大切な“踏み切り”のタイミングであると思う。
駒野友一であれば、海外であれ日本のビッグクラブであれ、自分自身の“到達点”を確認したいと思うだろう。その為に与えられた“機会”はこれが最初であり、最後なのかも知れない。
そしてフロントであれば、一年でJ1へ復帰する事よりも、まずは総支出を、とりわけフロント人件費・経費をも含めた支出を抜本的に切り詰めて、J2においても赤字を出さずにやりくりできるだけの経営基盤を整える事を最優先に取り組むだろう。そこから10年、20年続く“広島サッカー”の原型創りに、地域と一体になって取り組んでみるべきではないだろうか。この挫折をその為の“チャンス”とするのか、ただの“痛み”として消化するのかは彼ら自身の手腕にかかっている。今こそ、抜本的な改革に取り組むべき“チャンス”なのだと僕は思う。
それぞれがそれぞれの悔恨と苦悩を抱えながら、それでも前を向いて歩き出さなければならない。そして明日もサッカーは続いてゆくのだ。
U2にPRIDE/(IN THE NAME OF LOVE)という歌がある。
マーティン・ルーサー・キング師を讃えた曲なのだが、その中に
『奴らはあなたの命を奪ったが、その“プライド”を奪うことは出来なかった』という歌詞がある。
“プライド”とは、他人に『傷つけられたり』『奪われたり』『敬われたり』『尊重されたり』するものではない…と改めて僕も、思う。それは自身と他者との関係性の中に生ずるものではなく、自分自身で律し、律したからには、何を失おうとも、自らで守り通さねばならないもの…なのではないだろうか。そしてだからこそ、決して他者には触れられないものであるのだとも思う。
良識ある親や指導者達はストヤノフのプレーを見て子供達にこう言うのかも知れない。
『ほら見ろ。あんな汚いプレーをしちゃいけない』
残念ながら僕に子供は居ないし、サッカーの指導者になることもなかったのだが、僕ならばサッカーを愛する子供達にこう問いたい。
『きっと彼はあんなにしてまでも負けたくないんだと思う。君はどう?』
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ジェフ千葉 |
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2007年12月05日
『冷たくなければアイスじゃない』
オシムがオシムでいられた事を心から嬉しく思う。鹿島が勝った事に驚き、WCアジア3次予選のドローに関心を示していた…という。あれほど頑なに召集を拒んでいた鹿島の、最後の最後の踏ん張りをぜひ彼に見せたかったと思う。小笠原満男や岩政大樹の力強いパフォーマンスとその魂を、ぜひ彼に見せつけたかった…と思う。
きっとオシムは、日本代表監督を“勇退”したことをまだ知らない。
寝つきの悪い僕が、深夜いつもベッドの中で、目を閉じて11人の代表選手の選別と配置を頭の中に思い描くように、未だ彼もそんなことをしながら浅い眠りの中でチーム構想を練り続けているのかも知れない。
岡田武史氏の代表監督就任を、僕は一方で歓迎しながら、また一方で複雑な想いにも囚われていた。
彼の人間性には非常に心惹かれる部分があるし、彼が昨年序盤の横浜マリノスで見せた強烈なプレッシングサッカーの原型は、華やかさには多少欠けるかも知れないが、個力で強国に及ばない日本にとっては、もっとも合理的なスタイルであると思う。来年2月からの、しかも前倒しで6月終了が噂される3次予選の日程を考えれば、あらゆる面において彼が適任である事は間違いないと思っている。
けれども…、
その交渉過程がなぜこうもメディアに漏れるのだろうか?
また、毎回毎回同じようなリークにより様々な不都合を生じながら、なぜ誰も処罰されることはないのだろうか?
意識回復の兆しがあったなら、11月まで待つ…と言いながら、なぜもう一週間待って彼にそれを伝えてから公表できなかったのだろうか?
そして結局誰が主導的に決めているのだろうか?
『2010年までの契約とし、オシムイズムを継承しなければならない』と川淵氏は言うが、それが技術委員の仕事でないとするならば技術委員達は何ゆえ存在し続けているのだろうか?
きっとこれでも、フランスWCの頃に比べればだいぶましな組織に変貌しているのだろう。少なくとも岡田さんは、そう思っているからこの難局において苛酷な試練を、そしてさほど報いが見込めずリスクだけが過大なこの職責を、引き受ける気になったのだろう。
僕は岡田氏本人への期待や信頼と、この協会の不透明な人事の在り方を、自らの思考と感情の領域できっちりと隔てて、それぞれを冷静に峻別してものを語るためにここまでこの問題に口をつぐんできた。
岡田さんなら、現チームの良い部分をうまく活かしながら、前でボールを奪う事、そしてそこから早く展開しゴールに迫る事…にも同時に取り組める指導者であるように思う。オシムの植え付けたスタイルを否定するところから、彼が戦術を構築してゆくとは僕はまったく思わない。まただからと言って、オシムイズムの継承などと彼に要求するのは、まったく筋違いな話であるとも思っている。
負けることも勝つこともあるだろう。
それはベンゲルだろうが、モウリーニョだろうが、クーペルだろうが、ブリュックナーだろうが、アリーナだろうが…同じ事である。
そしてオシムを失った以上、地に足つけて泥臭く今在るもので背伸びせずにぶつかってゆけば良いのだと思う。長い目で見れば、それこそがこの国の本来持つ“自力”であることに他ならないし、そこから出発して上を見上げて一歩一歩進んでゆくことこそ、本来あるべき姿なのかも知れない。
この状況で決心してくれた岡田さんに心から感謝するし、また彼と代表の今後を、その最後まで、厳しく愛情を持って見つめてゆきたいと思っている。
そしてオシムさん。
試合は…
試合は、まだ始まってもいないし、終わってもいません。
ピッチではたくさんの選手達があなたを待ちわびている…。スタジアムには数万のサポーター達が、あなたが来るのをずっと待ち続けている…。
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『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
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オシムJAPAN |
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2007年12月04日
終盤戦の浦和の疲弊ぶりには痛々しいものがあった。
10月のACL準決勝2ndレグ城南戦のあたりになると、それは目を覆いたくなるほどの疲労困憊振りで、この状態では川崎や鹿島どころかJ1下位チームからも勝ち点3を得るのはなかなか難しいのではないだろうか…と危惧していた。
Jリーグ、ナビスコカップ、A3、ACL、天皇杯、そして灼熱のアジアで行われたアジアカップを戦った選手達もいる。欧州にもこのレベルの試合数をこなす選手達はそれほど多くないと思うが、さらにこの国では真夏の連戦と代表チーム興業への頻繁な召集が重なる。
2つの栄冠を取りに行って、最初のひとつを手にしたところで力尽きてしまった。
と言ってしまえばそれまでなのかも知れないが、JFA・Jリーグはベストメンバー規定などの圧力も含めて、整理するところを整理し、見直すべきところを早急に見直してゆくべきであるし、各大会のステータス、優先順位をある程度位置づけ、さらにインセンティブを明確に打ち出してゆくべきだと考える。
カップ戦覇者からJリーグ2位チームへ、ACL参加資格の変更をAFCに働きかけてゆくのもその一環として有効だろうし、改めて言うまでもないが、今の枠組みであればA3などは根本から考え直す必要があるだろう。
勿論、浦和とてその選手層の厚さを有効に使いきれたとは言えず、その点に関してはサポーター達の思いも本当に不本意なものがあるだろう。これだけの苛酷な連戦をほとんど15、6人ばかりの選手で戦いきってきた。ブッフバルト時代には頻繁に見られた若手の登用もまったく無くなり、レギュラーが潰れてしまえばそれまで…というオジェックの采配には、確かに傍から見ていても、負けた時には一滴の救いすらないようにも見える。
ACLは間違いなくそのスタンスで制しているのだし、どちらが正解だった…のかは分からないが、この1年…という視点でチームを見るのではなく、5年10年の浦和の未来も合わせて考えるのであれば、ここまでの彼の刹那的な決断のあり方にはいささかの危惧も感じる。
ただし全てをオジェックの所為と片付けるのは合理を欠く感情論であって、足りなかったFWのコマに手当てをせず、余りにも長い間ネネをベンチに囲い続けたフロントにもいささかの過怠があったと思うし、選手達も臆せず自分達の主張をぶつけ理解を深め合う為のコミュニケーションが、オジェックとの間に少し欠けていたのかも知れない。
ここまで落ちきった状態から短期間に立て直すのは非常に困難だとは思うが、アジア王者として出場するクラブワールドカップ、来年に繋がる良い試合を見せて欲しい。一緒に戦ってくれた多くのサポーター達の為にも、ミランとの試合まではなんとか辿り着ける事を祈っている。
そして最後に、鹿島の鹿島らしい復活を心から嬉しく思う。
勝負どころでガンバに敗れ、名古屋に敗れてから、諦めずに戦い続けた彼らの闘志こそが、今年のJリーグの“記憶に残る”感動を演出してくれた。来年のACLは鹿島というチームを得てさらに興味深いものとなった。彼らの闘志が韓国や中国の闘志と対峙してどのような興奮を呼び起こすのか…彼らのリアリズムが中東のリアリズムに対峙して、どのような結果を手繰り寄せるのか…。
来年のACLが今から待ち遠しい気分である。
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posted by 桐谷 |08:49 |
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