2007年11月30日
良いサッカーとは何だろう…
と考えるとき僕の中にはある一つのイメージがある。
それは何よりも“能動的”であること。ボールを保持している時も、それに自らの意志を注いで“線”を描き、ボールを保持していない局面にあっても、そのボールに対して常に“線”を分断して“点”で奪取を試みるサッカーである。
シンプルに言えば、それは“人もボールも動く”“早く考え早く動く”サッカーであり、絶えず枯渇しない豊富な運動量を要求される“プレッシングサッカー”である。そのひとつの完成形が、僕の中では90年代初頭のズデネク・ゼーマン率いるフォッジャのサッカーであり、日本においては大木武率いるヴァンフォーレ甲府のサッカーである。
それぞれのサッカーを深く敬愛しながら、この二人に関わり(ラツィオの合宿に大木さんが押しかけて教えを乞うたのだという)があった事を僕はまったく知らなかったのだが、オフサイド・ルール変更後に、この日本においてこれだけ刺激的なサッカーに出会えたことは、僕にとっては非常に大きな驚きであったし、感動であった。
イビチャ時代のジェフ市原と共に、この大木武のヴァンフォーレ甲府のサッカーを、僕は生涯忘れる事は無いだろう。
彼らの降格が現実のものとなりつつある段階から、僕は優勝争いそっちのけでその苛酷な降格争いを見守った。
最後はアタッキングサードでの細かいパス回しに終始し、自らが自らでボールが躍動し前方への“線”を描くスペースを食いつぶして自滅してしまったが、ひとつだけ言えるのは、彼らのサッカーはその最後の最後まで“能動的”であった…という事である。
自らで描こうとしていた…という事である。
そして敗れ去ろうとも、理想を貫いた…という事である。
『まだ終わりじゃないぞ!諦めるなっ』
柏戦、甲府の降格を決めるホイッスルが鳴るその瞬間まで、何度も何度も、声を枯らして絶叫し続けた大木さんの声が、今も僕の鼓膜の中で響いている。
ヴァンフォーレと大木武の冒険は、きっとここで終わるのだろう。
明日の試合を残してすでに自動降格は決定済みである。
J2においても財政的に恵まれているとはいえない甲府が、いつまたJ1に復帰できるのか…きっと誰も予想できないだろう。
が、明日の試合こそが甲府にとって一番大切な試合である…と僕は思っている。すべてを出し尽くして、全力で取りに行かなければならない試合であると思っている。
この冒険を支えてくれたサポーター達がいた。負けても負けても涙を流しながら声援を送り続けてくれた、そして敗れ去った者達を、頭上で手を叩き最後の瞬間まで温かく見守り続けていてくれたサポーター達がいた。その心に報いるための戦いこそが、一番尊く、そして大切な戦い…であると僕は思っている。その心を繋ぐ戦いこそが、この素晴らしい冒険のラストに欠かせないシーンであると僕は思っている。
明日僕はJ1優勝争いを捨てて、彼らの“一番大切な試合”をライブで見届けようと思っている。勝利よりも価値あるもの…の存在を、しっかりとこの目に焼き付けたいと思っている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |08:39 |
ヴァンフォーレ甲府 |
コメント(17) |
トラックバック(0)
2007年11月29日
たとえ誰が監督であったとしても…
WCアジア予選を楽に通過できるはずなど無い。
結果だけを見ていては如何様にも見誤れるものなのかも知れないが、その1試合1試合の内容に目を向けてきたとするならば、これまでのどの予選も苦しい、本当に苦しい戦いの数々だったことが理解できるはずだ。
オフトの時のアジアはたった2枠だった。それが今では4.5枠である。日本が強くなったのは確かだが、アジアも同じように進化している。この3次予選の組分けを見てもその“アジアの進化”を強く実感する。中東勢の強力な底上げとオーストラリアのアジア転入が、このWC予選をより一層厳しいものへと変えたのは間違いない。
『概ねベスト4程度の実力はあるがアジアNo.1ではない…』
それがこの15年の“アジアにおける日本サッカー”の僕の中の評価である。幸運に恵まれた組分けもあったが、その内容を慮れば、常に五分五分の厳しい確率をすり抜けてきた。オシムが健在だろうが、その五分五分の確率がそう大きく変化するものではないと僕は思っている。
サッカーにおける結果が、いつも正当にその実力を指し示すものであれば、浦和が愛媛に敗れる事も、FAカップにおいてど田舎のアマチュアチームが、予算規模の2ケタ異なるプレミアのトップチームを破る事も無いだろう。
誰が監督だろうが、負けるときは負ける…のだ。
だからこそ僕は、その結果に一元的に拘泥するよりも“4年後にどんな姿を残すか”そして“その後の未来に何を繋ぐのか”という視点を失ってはいけないと考えてきた。
だからこそ…オシムしか考えられなかった。
この国のサッカー観はある意味“分裂”している。
WCまであらゆる“結果”を手中にしたジーコが、最後のそのひとつの“結果”を受けて無能扱いされたり、ACにおいて望まれた“結果”を成し遂げられずに無能扱いされたオシムが、スイス戦の“結果”を受けて突然見直されたりする…。
その“内容”において、そのひとつひとつの“結果”は地続きのものであるにも関わらず、そこに目を向けずに“結果”に対する是非や優劣を断じ合う。どうしてそこに“内容と結果”に対するある程度の“理解と諦観”が育まれてゆかないのだろう。
そこが整理されて、はじめて“日本”は“日本”という国を知り、サッカーという“ゲーム”の本質を知り、そして“日本化”への本当の道を辿るのかもしれない。
オシムの言った“日本化”とは、具現化され得るスタイルを指すものではない…それは本質的なこの国に対する“理解”から出発し、絶えず“理想”を模索してゆく終わり無き旅路のことであると僕は思っている。そして日本は未だそのとば口にさえ立てていないのかも知れない。後任人事をめぐるメディア報道や少なくないファンの現実味を欠いた待望論を目にして、改めてそれを痛感させられた。
オシムが倒れてから、僕は次期監督は岡田武史氏で決まるだろうな…と思っていた。そして彼ならば、このような状況においてもそれを引き受け、苛酷な責務を背負って立ち向かってゆける人なのだろうな…と。
今はただその推移を静かに見守っていたいと思う。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |08:35 |
オシムJAPAN |
コメント(23) |
トラックバック(0)
2007年11月22日
このような形で世界への扉を開く大事な最終決戦を0-0で勝ち抜けたことが過去あっただろうか。
単に勝ち抜けた…以上に、やっと日本の若い世代が、このようなリスクマネージメントの元に、行き当たりばったりではなく、冷静な目的意識に根ざしたステディーな試合運びができるようになりつつある事に感心した。
言うまでも無く、U22反町ジャパンにとってのベストゲームであったように思うし、オシムサッカーのベースを築くことが叶わなかったこのチームは、このある意味とても日本らしい我慢のサッカーを更に磨き、完成度の高いものに仕上げて来年の北京五輪を迎えるべきなのだろう。
攻撃における魅惑的な連動性…という点では、オシムのそれと比してかなり見劣りするのは確かだが、このサウジアラビア戦とその前のベトナム戦、地道なスカウティング活動とそれに対応する戦術の構築で、両チームのストロングポイントとウィークポイントを見事に突けていたように思う。
セットプレー時のベトナムGK前への飛び込みもそうだし、このサウジ戦におけるこちらの左サイドへの手当て…細貝萌のボランチ起用などは12番ハサンの攻撃参加をぎりぎりのところでよく食い止めていたし、またその背後を岡崎が突くことで、DFラインからの自由な攻め上がりを許さない攻守の連携が見事に取れていたように思う。反町監督らしい緻密な戦略がラスト2戦においては見事に成果を挙げたと言えるかもしれない。
この試合で柏木陽介はさらにひとつ上の階級に手をかけたように思う。この努力し、成長し続ける天才は、速やかに上のクラスでその可能性の上限を拡げてゆくべき時期なのかも知れない。
それに比して、僕は水野晃樹のここ半年のプレーにやや危惧を感じ始めている。どれだけの才能と人気に恵まれようと、一度ひたむきさを失ってしまえばその転落は早い。今ここでもう一度、自分自身を追い込むことができれば、A代表でもその才能を花開かせることができるだろう。彼は今、大きな岐路に立っている気がする。
この試合における岡崎慎司、李忠成の前線からのチェイシングには本当に心を打つものがあった。そしてそれを助けながらサイドバックやボランチの攻め上がりに必死で対処していた柏木陽介の献身…。彼らがこの日の日本の見事なディフェンスの最大の功労者であったように思う。
厳しい批判にさらされながらも、耐え抜き、目的を達した反町監督には心からおめでとうと言いたい。
ただしここまでの成果は、選手達のその実力に助けられたものである事は否定できない。ここから何を積み上げて、本番へ臨むのか…。彼自身の真価はそこで試されるのだと僕は思っている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |08:52 |
2008 北京オリンピック代表 |
コメント(28) |
トラックバック(3)
2007年11月21日
僕がオシムだったらどう考えるだろうか…
もし自分自身の記憶と思考が失われずに保たれ、それを伝える意思と言語を持ち得ていたとするならば…そして自由は利かなくとも、その戦いのピッチまで、這ってでも“自力”で辿り着く事ができ得るものであったとするならば…
日本代表監督を全うしたいと願うだろう。
心臓に爆弾を抱えていた彼は、おそらくは医者からもストレスから解放された平穏な日々を送る事を進められていた彼は、命を賭して、この日本に止まり4年間苛酷な任務を全うする意志を固めて、そのオファーへの承諾を決意したものと考える。
僕はそこに“どれだけ生きるか”ではなく“どのように生きたいのか”の彼自身の明確な意思を感じるし、僕自身またそのような価値基準の下に生きているつもりである。
現状、彼の病状を知り得ない以上、JFAにはできる限り彼の意識が覚醒するのを待って、この事態に対応して欲しいと強く願う。
自分自身の職責を全うできないと自らで悟れば、彼はその後の後任監督の人選や戦い方に関してはきっと何の注文もつけないだろう。僕はオシム本人ではないので、あくまで自分自身の物差しで推測しているに過ぎないが、彼のこれまでの行動や言動から、そして自分自身の価値観から、僕は今そう思っている。
そして12月の3日間の合宿に、今この状態でそれほど拘る必要は無く、中止にしてしまえば良いものと考える。
2月からのWC3次予選を考えれば、遅くともクリスマス前には次の体制を固めなければならないと思うが、今拙速に慌てて対処する必要性はそれほどない。
さらにその時期も難易度も異なる3次予選と最終予選は、必ずしも同じ体制で臨まなければならない訳ではないと僕自身は思っている。時間を有効に使える指導者も居れば、継続的な強化よりも即興でベストバランスを見出しチームをオーガナイズできるタイプの指導者も居るはずだ。この状況で、前者であればオシム自身の回復を望む以外に道は無いのかも知れないが、それが叶わないのであれば、現実的には後者の道が最も合理に適した選択となるのかも知れない。
僕が決定権を持ち得ると仮定して意見を述べさせてもらえるならば…
来年2月からの3次予選突破までは、現コーチングスタッフの中から代行者を定めて指揮を取ってもらう。
その間ある程度の期限をきってオシムの容体が回復しないか、また継続の意志が無いことが確認された段階で、後任監督との契約を交わし、代表選手の選定・スカウティングに時間と猶予を与える。
一番やってはいけない事。
それは今の段階で拙速に海外から後任監督を招く事…ではないだろうか。
2月からのWC予選を前にして、強化の継続どころか、代表選手の選定から抜本的にやり直し、チームを一から作り変えるリスクは、今絶対に負うべきではない。
それはもちろん技術委員会も重々承知である筈だ。
さらに付け加えるとするならば、一Jリーグチームから契約期間内にも関わらずこちらの事情で、強奪するようなカタチで指導者を引き抜く事。日本サッカー界の信義に照らして、そのような選択は二度と繰り返すべきではないと考える。
その上で…
城福浩、関塚隆、そして大木武、3氏の中のいずれかがまだ所属チームとの契約が調印前であるとするならば、その契約に対して“代表監督就任時は…”のオプションを付け加えさせてもらい、それをチームサポーターの方々に対して周知させておく事がベストであると考える。
そしてその場合、オシムイズム継承者…のような枷は、メディアや僕らサポーターの側も、決して無理強いしてはならないと思う。彼らは彼らの信じるサッカーを、現実のピッチ上に描いてゆけば良いのだと思う。
そしてそれこそが、オシムの意思を繋ぐ『日本化』に他ならないのではないだろうか…と今僕は思い始めている。
これは僕の今現在の想いである。
これについての反対意見と議論する気もないし、こうあるべき…等と強弁する気も全くない。そして、未だ僕はオシムの続投をこの心の中で求めている。心の中ではオシムの復帰を、未だ一心に求め続けている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |09:56 |
オシムJAPAN |
コメント(50) |
トラックバック(1)
2007年11月19日
2時間前にスタジアムにつき、ピッチを見、ゴール裏の人々を見、ベンチのいつも彼が居た場所を見、そしてきれいに晴れ渡った青い空を眺めた。
不意に込み上げてくるものがあって、それを温かい紅茶で腹の奥に飲み込んでしまおうと口いっぱいに含んだとき、スタジアムにoasisの「Champagne Supernova」が流れて、それは抗ういとまさえなく溢れ出してしまった。
Where were you while we were getting high?
この3日間、僕の中の“サッカー”はフリーズしてしまったままである。
そしてそれが動き出すキッカケを、僕はまだこの心の中で彼自身に求めているのだ。以前、ここで『オシム信者』と呼称されることを拒み否定した僕は、それが読んで字のごとく“信ずるもの”であったとするならば、僕は彼を信じていた…と今になって自覚するし、また白状させてもらう。そしてきっとこれからも、自分以外の他者として、彼以上に“信じられる”対象を、僕は“サッカー”の中に見出す事はできないだろう。
僕はここで受け取った皆さんの気持ちを背負い、自分なりに精一杯の力を振り絞って、試合後スタジアムに残ったたくさんのジェフサポーターの皆さんと声を合わせた。嗚咽する人、目頭を抑える人、静かに感慨にふける人…そこにはたくさんの、そしてひとつの強い思いが込められていた。
そしてそれに負けないぐらい、大きな声で呼応したマリノスサポーターの姿。身の凍えるような寒さの中で、それはとても感動的で心温まるシーンだった。
満員のスタジアムから出て、駅までの冷え込んだ狭い通路を歩いていると、赤や黄色に色づいた街路樹の下で、両親や幼い兄姉に手を引かれた青や黄色のユニフォームを着た子供達が歩いている。『お父さん、おなかすいたよぉ』『カツサンド食べた~い』とそれぞれに微笑ましく並行して歩いている。青や黄色のユニフォームが、そんな情景をなんの違和感も無く包み込んでいる。
祖国や我が家を離れて、これほどにも長く日本という国に止まってくれた彼には、もしかしたらこの国のこんな風景がその胸に心地よく、そして懐かしかったのかも知れない…と感じた。
大きなヤマ場は乗り越えつつある…と聞く。
今はただ、もうしばらくこの状況を見守ってから、僕は自分の中にあるフリーズしたままの“サッカー”を、再び解凍させる事ができれば…と思っている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |07:27 |
オシムJAPAN |
コメント(16) |
トラックバック(2)
2007年11月17日
TV朝日17時30分のニュースで、
現在、彼は意識の無い状態で集中治療室に居る
という事です。
病院には家族が付き添っていて、体温や脈の状態は“家族の希望で”公表できない…という田嶋理事の会見でした。田嶋氏の目は赤く、深い疲労を伺わせる表情をしていました。
追記…意識の無い状態はストレスをかけないようにあえて薬を使ってそのような状態にしているとの続報を付け加えさせていただきます(TBS/18時報道)
しつこいようですが、最後にもう一度だけ呼びかけさせてください。
明日、日本のすべてのスタジアムで『イビチャ・オシム』のコールを病床の彼へ届けられないでしょうか?
J1、J2すべてのチームサポーター/リーダーの方々に企画していただけることを、同じサッカーファンの一人として身勝手ながら期待させていただきます。
皆様、呼びかけをよろしくお願いいたします。
posted by 桐谷 |17:36 |
オシムJAPAN |
コメント(21) |
トラックバック(0)
2007年11月16日
できることならば、もう一度オシムのジャパンを見たい。
もしそれができないとしても、日本の“これから”をもう少しのあいだ見守っていて欲しい。
そしてそれさえできない…というのであれば、彼を祖国まで無事送り届けられるいとまだけは与えて欲しい。
この先何があろうとこのサッカーを全うしよう。
この先何があろうとこのサッカーを信じて進もう。
このサッカーで、なんとしてでも南アフリカまで辿り着こう。日本サッカーの未来と共に、イビチャ・オシムの誇りとその人生を、共に背負い戦っていこう。
幸いにして“意識はある…”と聞いた。
だとしたら…日曜日のスタジアムで僕たちに何かできることはないだろうか?
全てのスタジアムで、皆が声を上げて病床の彼に届くように“イビチャ・オシム”をコールできないだろうか?
そうやって彼に僕達の思いを届けることはできないだろうか?
今度は僕達が、彼を叱咤し激励する番である。
みんなで“イビチャ・オシム”を叫ぼう
posted by 桐谷 |20:38 |
オシムJAPAN |
コメント(53) |
トラックバック(10)
2007年11月15日
サッカーを見ていていつも思う事がある。
“強さ”の本質とは、戦術が破綻し、動力が枯渇し、もうこれ以上打つ手がない…という状況に陥って、初めて見えてくるものである…ということである。
そこで試されるものは“知恵”なのかも知れない。そこで試されるものは“自信”なのかも知れない。そこで試されるものはチームとしての“意思の疎通”なのかも知れないし、やはりそれは“気持ち”なのかも知れない。
そしてこれは、もしかしたら社会のあらゆる事柄にあてはまる普遍的な原理なのかも知れない。僕達の強さも弱さも、きっとそんな時にこそ明らかになるものなのだろう。浦和レッズに、昨日改めてそれを教えてもらった。
僕達日本人は、もっともっと強くならなければならないんだ…と。
2つの得点は、そのどちらも息が上がり、押し込まれた苦しい時間帯に生まれたものだった。
この試合はあまりサイドに流れず、押し込まれた局面でのバックラインからの危機回避のロングボールに、積極的に絡む事がなかった永井雄一郎だったが、2つのゴールシーンでは的確なポジショニングで、ゴール前にフリーの状況を築いている。大きな舞台に強い彼らしいパフォーマンスだった。
前回の試合で左サイドのネネのゾーンを突いてきたのと同様、この日のセパハンも浦和の左サイドに照準を絞って組み立ててきた。そこからバイタルのナビドキアに戻して勝負をかけさせるか、さらに逆のフリースペースに振らせてPAに持ち込むか…。どちらにせよバイタルでナビドキアに自由を与えない守備が求められたが、現実にそのゾーンを支配していたのは、前回の試合同様、ナビドキアであったように思う。
セパハン側から見れば、惜しむらくは最終局面を“個”で仕掛けられるタレントがいなかった。日本やサウジや韓国のトップチームにいるような、最後の場面を“個”で切り裂けるタレントの不在が、やはりゴール前での成否を分けてしまったように思う。
現代サッカーにおいてその“内容”を作るのは中盤であることは間違いないが、その“勝ち負け”を別つのはやはりゴール前でしかない。
その現実が明らかにされたゲームになったように思う。
言うまでもなく、ナビドキアはJにおける遠藤保仁や中村憲剛に比肩する実力の持ち主である。同じようにFW20番リダ(イラク)も、Jの助っ人として水準の実力を有するタレントである。彼らのような才能が、Jに活躍の場を得て共にアジア制覇を目指す事ができればどれだけ素晴らしいことだろうか。
今以上にアジアに目を向け、そして名実ともにアジアをリードするJリーグになることを僕は強く望む。
以前“Jリーグへ”というJ改革私案の中で、僕はTV放映権の自由化などを謳った“格差奨励”のアイディアを紹介した。
『地方チームの生存権を奪う』『半数以上が潰れてしまう』『浦和やガンバだけでJが成立しているのではない』『これ以上の格差を認めれば地方チームは優勝の可能性を失う』『どんなに努力しても地方はキツイ』
大多数が反対意見だったように記憶している。
今改めて思う。
『甘えるな…』と。
浦和レッズは、昔から今の浦和レッズであった訳ではない。
国見や市船より弱いと揶揄された浦和が、あらゆる力を結集して“今”を築いたのだ。そこにはたゆまない努力の継続が、厳しい自己改革の繰り返しがあった筈だ。将来を見据えた的確な知恵や決断と、厳しい現実を受け止めながらもそれを必死で支えてきたサポーター達の情熱があった筈だ。
どこよりも厳しく自己を追い込んだからこそ、僕は浦和の“今”があるのだと思う。僕達は、今華々しいスポットライトに照らされた彼らの影に、そこ秘められた身を切るような“努力”の歴史があったことを決して忘れてはいけないと思う。そして華やかな過去のスター選手たちと共に、この長い歴史の中で、人知れずチームを去っていった選手達の、その敗れ去ったすべての戦いに、僕は今、心から拍手を送りたいと思う。
創ったのは彼らである。彼らが人生を賭けて立ち向かった苛酷な戦いが、今のこの浦和を築いたのだと僕は思う。
横浜FCは浦和レッズになれる。
ヴァンフォーレ甲府も浦和レッズになれるのだ。
戦いの果てに、必ず辿り着ける。
でなければサッカーはつまらない。
僕はサッカーを信じている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |08:00 |
ACL&CWC |
コメント(38) |
トラックバック(2)
2007年11月13日
11日に行われた第31節川崎フロンターレ戦。
レフェリーのジャッジに粗が目立ち、またその粗が一方の利に偏ってしまったことで荒れた試合となってしまったが、ACL決勝を控えた浦和にとっては“負けなかった”ことに大きな意義のある一戦であったように思う。
内容的には0-2や0-3で惨敗していてもおかしくない試合であった。そしてそうなっていれば退場者も出していただろうし、3日後のACL決勝2ndレグに対して、非常にネガティブな状態に陥っていたかもしれない。
川崎の不運に同情すると共に、浦和の体を張って最後まで1-1のスコアを守りきったディフェンスの頑張りに拍手を送りたい。
ワシントンのゲーム中の乱心は弁解のできないものであったと思うし、共に厳しい局面を戦うチームに対する無責任な行動であったことは間違いないが、彼なくして3日後のセパハンと戦うことは浦和にとっては非常に厳しい選択となる。幸いブラジル人である彼の情熱を、間近に迫ったクラブワールドカップの舞台がギリギリ繋ぎとめてくれているようだし、厳格なオジェックも今は自身の信念を飲み込んで、セパハン戦では彼の“個人能力”に賭けることだろう。
ビッグチームの監督、そのマネージメントの困難さは計り知れない難しさがあるように思う。これは代表においても同様だと思うが、単に教育者としての手腕のみに止まらず、人並みはずれた忍耐力と、どこまでも“鈍感”に徹しきれる懐の深さが求められる。
ボーフムやフェネルバフチェでの監督経験はあるものの、このタフさはオジェックにとっても初めての経験なのではないだろうか。
負傷者も続出し、選手の疲弊しきった今の状況では、オジェック自身打つ手はかなり限られるものと思うが、彼がこの一年間チームに植え付け続けてきた厳しい勝者のメンタリティーは着実浸透しつつあるように思う。きっとこれまで同様、いや、それ以上に厳しい試合になることと思うが、もう一度チーム一丸となってACLラストマッチに挑み、そして必ずこの栄冠を手にして欲しい。
ワシントンの契約終了とともに、新潟エジミウソンの来年からの浦和加入が現実味を帯び始めているという。一説では年棒2億とも言われているが、確定となれば浦和らしいとても手堅い補強となると思う。
現在のJリーグに在籍するFWを見渡せば、ヴェルディ所属のフッキ(パスは川崎F所有という)が浦和の第一候補であるとずっと思ってきたが、エジミウソンであれば能力的には少し見劣りしても、そのキャラクターも含めた信頼性で、ベストな人選と言えるかも知れない。
それを受けてフッキが予想通り川崎へ復帰すれば、ジュニーニョとの強力な2トップで一躍浦和を脅かす存在となることだろうし、浦和が磐石を期してもう一人のFWを取りに来るとすれば、やはりこのフッキがそのターゲットの最右翼なのかも知れない。今後のストーブリーグの展開も非常に興味深い。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
『わらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
posted by 桐谷 |10:06 |
浦和レッズ |
コメント(26) |
トラックバック(0)
2007年11月08日
ここ最近のJリーグを見ていても、直近のACLを見ても、浦和の疲労困憊ぶりには痛々しいほどのものがある。
この試合も、中盤のプレスで浦和らしい圧力ある守備と高い位置からのサイドアタックが展開できたのは前半の早い時間帯のみで、あとは最終ラインでなんとか踏みとどまる…という長い長い時間が続いた。
万全の状態の浦和であれば、あのピッチ状況でもなんとか中盤を形成してDFラインを押し上げることもできたと思うが、攻守の切り替えにスピードとメリハリがなく、下手に繋いでそこからまた二重三重に攻め込まれる展開が繰り返された。よく1-1で終われたな…というのが試合後の正直な感想である。そして良くぞ引き分けという結果を持ち帰ったと、選手達の踏ん張りを心から賞賛したい。
ケガ人もあり採用した4バックだったのだろうが、あの低いDFラインで度々相手FWにスピードで振り切られるネネの対応には、見ていて本当にヒヤヒヤさせられた。
またこの試合においては往年のボバンのようなゲームコントロールの冴えを見せたナビドキアのバイタルへの出入りに対応できずに、繰り返し数的不利を強いられた後半開始早々の2列目3列目選手へのマークのルーズさも、1失点で切り抜けられた事を、むしろ“幸運”であったと理解せねばならない大きな失態であったように思う。ハーフタイムに選手交代もあり、ホームで1点のビハインドの状況から当然遮二無二仕掛けてくるタイミングであった筈だ。まずは基本マンマークで相手の動きを捕まえてからゲームに入るぐらいの慎重さが求められた状況であったように思う。
この試合ではセパハンというチームの良い面が強調されたように思うが、大人びたメンタリティと勝利に対する徹底したリアリズムを持つ非常に中東らしいチームであり、また逆に言えばその域を出ないチームとも言える。サウジの上位3チーム辺りに比べれば決して創造的なサッカーとは言えない。
さらに言えば、城南はJリーグへ入れば必ず浦和やガンバと優勝争いを展開するチームだと思うが、このセパハンにその実力はない。
そのような相手に対して、どれだけ注意深く“美”や“創造性”という価値観に囚われることなく、0-0を追及してゆけるのか…それはもしかしたら2-0や3-0で美しく勝利する以上に、日本サッカーにとって意義深い挑戦になるのかも知れない。僕は浦和であればそれができると思っているし、そんな試合になることを密かに期待していたりもする。
常にベストメンバーで戦い、すべての大会で勝利する。
故障の頻発や疲労によるパフォーマンスの低下は当然の事で、そんな中でも勝ち抜いてゆくチームこそが真のチャンピオンである…。
もしかしたらそれがオジェックのサッカー哲学なのかもしれないし、彼の考える勝者のメンタリティーなのかも知れない。酷な事は充分承知の上で、厳しい日程の中、選手達にはあとひと踏ん張りを期待したい。そしてその結果を受けて、来年こそは、日程も含めて日本全体でACLを戦うチームをサポートする体制をぜひ再構築して欲しいし、浦和のアジア制覇をその契機としてほしい。
ヴェルディのラモスやビスマルクにリフティングで遊ばれていた時代の浦和、オジェックで持ち直し原さんとア・デモスでJ2をくぐらねばならなかった浦和、土橋のVゴールでJ1への復帰を果たした浦和、そしてオフトに導かれ本当の意味でやっとスタートラインにつき、ここまでやって来る事ができた浦和。
2007年11月14日が、そんな浦和レッズの新しい歴史の記念日になることを心から願っている。
★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
『小沢一郎辞任騒動と日本の未来』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
posted by 桐谷 |08:41 |
ACL&CWC |
コメント(3) |
トラックバック(2)