2007年09月16日

【2007女子WC】なでしこジャパン 試練の決戦

女子サッカーの世界も急激にアスリート化、フィジカル勝負化が図られているな…というのが今回の2007女子WC中国の感想である。

そのだいぶ狭く見えるようになったピッチの中、またボコボコのピッチコンディションの中で、男子に比べても人一倍華奢な体で、厳しいフィジカルコンタクトをかいくぐりながら、更に狭くボコボコのゴール前にボールを運んでいくのは並大抵の事ではないだろう。

この厳しい戦いの中で、実力的にもギリギリの攻防の中で、なんとか踏みとどまり、予想し得るベストの結果を導き出しているこの女子代表選手達の頑張りには、本当に頭が下がるし心を打ち揺さぶられてもいる。

特にイングランドとの試合では、先般のA代表や五輪予選さながらの気迫と執念を見せてくれていたし、アルゼンチン戦におけるロスタイムの勝ち越しゴールもその強い精神力の現われであったように思う。

どちらの試合も、トップに対する中盤のサポートが不足し、アタッキングサードからの展開にぎくしゃくしたものがあったが、荒川恵理子にしろ永里優季にしろ、楔が入ったときに適正なサポートがあり三人目の動きが伴えば、このクラスでもターンしてゴールへ迫れるタレントである。
これが澤穂希のポジショニングの問題なのか、それともチームとしての約束事の問題なのか僕には量りかねるが、押し込まれる展開になる事が間違いないドイツ戦において、トップに対するサポートの重要性はさらに増すだろう。そこでしっかりした楔であり、攻撃のカタチが形勢できれば、結果的にDF陣への支えとなるはずである。

永里優季さんは、2004年の初代表時からずっと期待して見守ってきたが、このメンバーの中にあって、やはり彼女のポテンシャルは世界の基準を満たす突出したものであると思う。欧州と南米の長所を両立したようなオールラウンドのストライカーであり、そのキープ力、ボディシェイプなどは世界のトップと比肩するクオリティを有している。細かいミスを減らし、ボールを呼び込む技術を磨いて、さらに1歩フィジカル面を高めてゆけば、彼女であれば世界屈指のストライカーになる事も可能ではないだろうか。この大会をぜひその契機としてもらいたい。


TV放映を見ていて、どうもいつもと感じが違うのである。
いつもならば無意識のうちに耳に栓をしている解説の言葉が、清清しい共感を持って耳に頭に入ってくるのである。
元代表の川上直子さんの解説なのだが、それは非常に的確でロジカルなまさに“解説”なのであった。テレ朝系の客観性の欠如したノイズの類や、いつものフジ系のモゴモゴ何を言っているか分からない独り言の類に比べ、それは遥かに洗練された知性を感じさせるものだった。
ピッチ上のなでしこJAPANと共に、卒業した彼女達の頑張りにも今後目を向けてゆきたい。

次のドイツ戦、イングランド戦以上に忍耐を要求される展開が予想されるが、厳しい状況の中からなんとか勝機を見出して、少ないチャンスに賭けて欲しい。ただ勝ち点3を狙うのではなく、勝ち点1を守りながら少ないチャンスの中で勝機を探る…というとても難しい戦いである。

彼女達らしい粘り強い精神力に期待して勝負の行方を見守りたい。


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posted by 桐谷 |06:32 | なでしこJAPAN | コメント(13) | トラックバック(1)
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2007年09月13日

【五輪最終予選】カタール戦 戦評

年をとると涙もろくなる…というのはどうやら本当のようだ。
 
シューズが脱げた長距離走者がそれでも懸命に走りぬいて笑顔でゴールした時、被爆したヒロシマを生き抜いた子供達のドラマを見た時、“その時歴史が動いた”を見ればエンディングの音楽に無条件に反応してしまう自分がいるし、夢を見ながらすやすやと寝息をたてている4歳半になる愛犬たちを見れば、後何年生きて一緒にいてくれるのか…と想像して、バカのひとつ覚えのようにいつも泣き笑いになってしまう。
 
サッカーを見ていれば良いときも悪いときもある。
悪いときには腹も立つものだし、良いときにはそれ一事だけでその周辺の日々が輝いて見えたりもする。そういう意味で、この二日間はサッカーによって幸福を与えられた2日間であったように思う。頑張ること、決して諦めないこと…その“強い気持ち”が直に伝わってきて、幸福な涙を搾り取られた2日間だった。 
 
 
戦術的なことも戦略的なことも関係なく、ただ“闘って”そして“勝ち取った”試合だったと思う。全ての選手が球際に執念を燃やし、負ける事無く気迫で体を当ててゆき、時に足を挫かれ時に後ろからの卑劣なタックルをもらいながらも、戦う気持ちと折れない心で立ち向かっていた。
 
柏木陽介の全てを出し切る強い意志と、森島康仁のゴールへ向かう本能と姿勢には、あらためて大きな将来性を感じた。さらに家長昭博のドリブルとキープ、内田篤人のスピードと運動量、そして水本裕貴の頑張りとキャプテンシー。大きな才能に恵まれた選手達が、1秒1秒、1プレー1プレーに魂を込めて立ち振る舞う様には、何度も胸を打たれたし、心から感動した。
 
チームとして今のままでいいとは決して思わない。
審判に助けられた試合であったことも否定できないだろう。
けれどもどんな状態であってもいい。まずここを自分達の力で切り抜けて欲しい。最後の一滴まで、全力を振り絞って、選手達にはこの最終予選を勝ち抜いて欲しいと思う。
 
誰かのせいで負けることを自分に許す選手など日本にはひとりも居なかった。自分の責任を果たす前に、自らの立場を取り繕おうとする態度や処世の術も彼らは用いることを知らない。
 
そこにあったのは、ただ全力で、勝つために妥協無く自分を追い込む姿であったように僕は思う。大人たちは、その姿から何かを感じ、そして何かを学ぶことが出来るだろうか?



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posted by 桐谷 |10:31 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(38) | トラックバック(0)
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2007年09月12日

【三大陸】スイス戦 戦評

“速さ、強さ、そして厳しさ”

サッカーを構成する多くの要素で上回るチームに、アウェーの環境で勝利する事ができた。4-3はサッカーにおいて紛れの生じるスコアではないし、今日の試合に関しては日本の方が良い内容を示せた。これは誤解しようの無い事実であると思う。

ただし、前半20分過ぎには彼らは明らかにスローダウンしている。

それがその前の20分間のオーバーペースから生じたものか、或いは開始早々の2点リードによる気の緩みから生まれたものか、さらにたかが親善試合…という集中力の欠如からのものなのか…きっとその全てが影響しているのだとは思うが、やはりそこには“真剣勝負”とは微妙に異なる空気…が流れていたことを僕達はしっかりと認識するべきだろう。

彼らから見れば日本という国はまだまだ“格下”であり、取るに足りない相手…という認識だろう。このような“恥辱・屈辱”をその鼻先に突きつけることによって、強化・親善試合における彼らの日本に対する“リスペクト”の観念も少しずつ変化してゆくことになるだろうし、日本も自らの実力でその道を切り拓いて行かなければならない。

前でのボール奪取を意図する厳しいプレスとボールへのアタック。
そしてそれと綿密な連携が計られたDFラインの小刻みな上げ下げと繊細なオフサイドトラップ。
攻撃時のダイレクトで無駄の無い展開と、常にトップスピードでスペースへ駆け込み、瞬時にしてマーカーを置き去りにするサイドアタック。
スイスのこのスピード感あふれるコレクティブなサッカーは、現代サッカーの最良の手本である。そして彼らも日本と同じように“前線で打開する個”の存在に欠けている。もしここにフレイと共に往年のシャプイザやスフォルツァクラスのタレントが加われば、彼らはいつユーロを制しても不思議ではないレベルに達する…僕はそう思っている。


スタジアムには欧州のスカウトもたくさん訪れていたと聞くが、このゲームにおいて彼らの目を一番引き付けたタレントは、日本で言えば遠藤保仁なのではないだろうか。“日本にはもう一人のピルロがいる”と彼らは思ったかもしれない。チーム事情からこのタレントをイレブンに組み込める欧州のチームはかなり限定される筈であるし、年齢的な条件にも制約を受けるだろうが、興味を持ったチームは少なくないだろう。
そしてもう一人は松井大輔。
最後は疲弊してしまったが、欧州レベルの“闘争”する魂を一番感じられたのが、僕にとってはこの松井大輔のプレーだった。PKは彼の“技術”によってもぎ取ったものである。それも含めて、このゲームにおいて彼は自分自身のクラスを見せ付けてくれたと考える。


前回のオーストリア戦、そしてACなどにおいて、日本の得点力不足を嘆き、悲しみ、悲嘆にくれていた人たち、そしてこのゲームの大量得点でその悲嘆を忘れかけている人たちに一言だけ忠告しておきたい。

点を取れたのは“スペース”があったから…だと。

2-0になって尚、彼らはゴール前を固めずに、ただ単に勝利という“結果”よりも“内容”を求めてきたからだ…と。

あなた達の嘆き悲しんだ問題は、この試合とはまったく没交渉に、今後もアジアにおいては日本の行く手を遮る根深い問題として在り続けるでしょう。そしてそれは日本ばかりではなく、サッカーの普遍の問題である…と。

サッカーは常に相対的な要素によって成り立ち、物語を形作るものだ。
ある試合での問題は、ある試合ではまったく問われない。その時々の状況と条件の中で、求められるものもまったく違ってくるものである。そしてそれは一試合のゲームの中でも、1分後には180度異なる解が要求され得るものなのだ。
0-2からの攻めるしかない状況での問題。3-2と逆転してからのたった2分間に凝縮されたサッカーの宿命的問題。すべての状況にあらゆるミスと問題が潜んでいる。それを一つずつ整理して解釈し、現実に対応していかなければならない。そこに求められるのは感情ではなく、あくまでも理知なのであると僕は考える。


今週末にはすぐにJリーグがある。さらに浦和や川崎の選手はその3~4日後にはACL決勝トーナメントが控えている。厳しい日程の中で負けられない試合が続くなか、どうかサポーターの方々には彼らの奮闘を、スタジアムで、自宅TV前で、精一杯の声援を送り、この厳しい時期を支えてあげて欲しいと思う。


サッカーを構成する多くの要素で劣勢でありながら、彼らがこの試合を勝つことができたのは、走り負けることの無かった運動量と、最後まで諦めない勝利への執念、この2つでスイスを圧倒し得たからだと僕は思う。これが1年半前に見失っていた日本サッカーの土台であり足場である。先祖代々受け継いだ土地であり、未来にわたって決して手放してはならない拠り所であると僕は信じている。


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posted by 桐谷 |10:00 | オシムJAPAN | コメント(47) | トラックバック(2)
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2007年09月10日

【五輪最終予選】サウジアラビア戦 戦評

僕が監督であればこの試合残り20分、DFを一人下げてでも平山相太を投入して“勝ち負け”の勝負を挑んでいただろう。

気温34度、湿度73%で始まった試合である。当然両者ともに疲弊してグダクダの終盤戦である。そこで細かく繋いでサイドを攻略して…などの手数などまったく要らない。ただ二人のターゲットをクロスに対して平行に配置させて、ひたすら放り込み、そのこぼれ球を狙うべきシチュエーションであった。

勿論“勝利”を狙うことによって、必然的に“敗北”のリスクも過分に背負うことになる。けれども退場者も出、自陣に引きこもったあの状態のサウジに対してであるならば、そうすることによって、失点する可能性よりも得点する可能性の方が遥かに高かった筈である。現場における状況からそう判断したのであれば“勝つ”為に全力を尽くすのが、あの時点における判断の“必定”であると僕ならば考える。それは“アウェーで勝ち点1”の覚書などよりも、勝負師としてはるかに優先されるべき“決断”ではなかっただろうか。

もしここで敗れていれば、サウジの心は砕かれていただろう。そして実質的にこの予選をリードする日本に対して、次戦例えアウェーといえども、カタールの戦い方も少しばかり違ったものになっていた筈である。
言うまでもなく、この予選で勝ち残るのは1チームだけである。このサウジ、カタール両者に対して、日本はホーム&アウェーのどちらかには必ず勝たなければならない。その場合、僕はアウェーで勝つ事と同じぐらい…いや、それ以上にホームで勝つことは困難を伴うものであると理解している。そしてその困難に打ち勝つ術を、A代表を含めて未だこの国は確固たるものを見出してはいない。

この状況を野球の1打席に例えるならば、1-3からの“絶好球”を見逃し2-3に追い込まれた…といったところかも知れない。
ここからは思い切りの良いスイングは期待できないだろう。まず“当てて”ゆくことが最大の目的となるだろうし、そのような展開であれば、さらに正しく繊細な判断力に基づく、監督の“采配”というものが求められてくるはずだ。一つの過ちも許されない、後の無い状況がこれから続いてゆくことになる。


このレベルの相手に対しても、家長昭博の個力が充分に通用し得たのは、とてもポジティブな要素だろう。そしてA代表同様、ポゼッションで優位にたてることが明確に証明された。戦術的迷いの中で、ひとまず立ち返る場所を得た。これは選手達にとって、非常に大きな拠り所となるものであるだろうし、ここから得た自信が彼らの今後の戦いに良い影響をもたらす事を期待したい。

また内田篤人のキレのある攻め上がりと、そのタフネスには今後に期待を抱かせるものがあった。そして水本裕貴の球際の気迫と的確なマーキング、迷いの無い判断力には、成熟した安定感を見て取ることができた。A代表の人選に余裕の無いポジションでもあるし、この最終予選の中での彼らの成長を、今後さらに大きな期待を持って見守ってゆきたい。

次戦ホームのカタール戦が終わり次第、僕は反町氏を更迭し吉田靖氏か城福浩氏に切り替えるべきであると思っている。
積み上げてきたものなどひとつも見当たらない。このチームもA代表からの統合されたコンセプトの中に、一刻も早く組み込むべきである。

次のアウェーのカタール戦まで1カ月ある。
もし残された時間を無為に過ごせば、最終予選を勝ち抜けることはあっても、その後の北京で、この期間の手痛い“損失”を身を持って思い知らされることになるだろう。

“損きり”をするのは誰にとっても辛いことだ。
けれども誰かが責任を持って決断をしなければ、“何もしない”というこの状況は、日々新たな過ちを積み重ねていくことと同じことである。


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posted by 桐谷 |10:31 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(46) | トラックバック(2)
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2007年09月08日

【3大陸】オーストリア戦 戦評

今のオシムジャパンの実力であれば、アウェーと言えども欧州のこのクラス(階級)と引き分けることはさほど難しい事ではない。

ただし、これに勝ちきるという事、1点をもぎ取るという事はとても困難な事であり、またこれがユーロ予選のようなガチンコの試合であれば、彼らは最後にもう一絞りのエネルギーと闘志で挑んできたはずである。それを成す為には、技術とはもうひとつ別次元の“闘争”する気迫であり、“勝利”へ対する逃げ場の無い飢餓感と共に“敗れ去ること”への勇気が同時に求められる。オール・オア・ナッシング(全てか無か)の状況判断と決断…ここに世界と日本の大きな断絶が横たえている。最終的にそれを得る為には、やはりこのような貴重な機会の中からそのマネージメント能力を学んでゆくしかない。
ヒディンクに率いられた2002の韓国代表が、同じくヒディンクに率いられた2006のオーストラリア代表が、アジア・オセアニアの枠を飛び越えて世界へ触れられたのは、僕はひとえにこの躊躇いのない状況判断と勇気ある決断の賜物であったような気がする。

世界の強国の、攻守…を分ける10段変則のギアシフトが、今の日本には3段の持ち合わせしかない。さらに正確にいえばそれは1速と5速と10速がある訳ではなく、3速と5速と6速がちんまりと並んであるだけなのだ。
日本のゲームを試合状況のキャプションやテロップの説明なく、その選手の動きやプレー選択のみを見ていれば、今がどういう状況であるのかが僕には分からない。1点負けていて残り5分なのか、3点勝っていて残り30分なのか、或いは引き分けでは全てが潰えてしまう状況での残り3分なのか…。

今後日本がその“全てか無か”の状況判断を迫られるとき、この部分の切り替えの甘さ、決断の曖昧さとその共通認識の希薄さが、大きな弱点として禍根を残しかねない。スキルの向上と共に、この部分の鍛錬も育成年代からの課題として、一刻も早く本腰を入れて取り組むべきものであると考える。


試合は予想通りの展開であり、ポゼッション能力に勝る日本が、欧州の強固なディフェンスを前に攻め倦む90分だった。スタメンもほぼ予想通りで、依然として2列目のゴールへ迫る動きが欠けているし、サイドでの思い切った仕掛けも不足である。ただし、ミドルシュートの意識は大分改善されたようで、つまらない横パスで危険な位置からの不要なカウンターを受ける機会は大分減ったように思う。徐々に課題が絞り込まれ、その中でこの相手に自らの戦い方を貫徹し、その試合内容で圧倒できた事は、オシムジャパンの確かな実力の証であったように思う。

中盤で見せた稲本の厳しい守備は、日本の選手達に対する何よりのお手本であると思うし、あの姿勢を誰よりも阿部勇樹に学んで欲しい。今回の彼の不在をつくづく残念に思う。そして松井大輔の“勝負”する気迫。それはゲーム中、見栄えのする華やかな輝きを放つ事はなかったかも知れないが、今の日本代表の攻撃に一番欠けている要素であったように思う。パスにしろシュートにしろ、有機的な攻撃はあの姿勢から湧き出てゆくものだと僕は思う。

前半終了後、そして後半終了後の、オーストリアの観客の耳をつんざくようなブーイングを耳にしただろうか。勿論それは、彼らの日本代表の実力に対する認識不足も多分に含まれていたかも知れないが、それよりもやはり彼らはこの試合における“内容”をしっかりと認識、把握しているのだと僕は考える。
一方、日本に目を向ければ“弱いオーストリア”に勝ちきれない、進化の無いオシムジャパン…との評価がまかり通る。僕はこれこそが、この国のもっとも危惧すべき潜在的な“弱点”であり“リスク”であると認識している。

次のスイス戦では、さらに現在のオシムジャパンの実力が顕在化するだろうし、またその弱点も暴かれる事になるだろう。この攻撃面での膠着を打ち破る“救世主”として、オシムには山瀬功治を今一度試してみて欲しい。最終局面において、ゴール前の人数とパスコースが足りていない事はオシムの目にも明白な筈である。


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posted by 桐谷 |10:25 | オシムJAPAN | コメント(55) | トラックバック(1)
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2007年09月07日

“過大評価”の連鎖と“欧州遠征”

ドーハでオフトジャパンが敗れたとき、その初めて味合わされた現実の苦さ、厳しさの衝撃によって、僕らはそれを“否応なく”受け止める以外に方法がなかった。敗れはしたが『よくやった…』の世論が支配的であったように思うし、選手を戦犯扱いしたり『オフトのせいで負けた…』のような感情論が噴出することはなかった。
それがファルカンを経て加茂周さんの時代になると、アウェーでUAEと引き分け、ホームで韓国に逆転負けした途端に、暴徒化した連中による混乱が生じ、その中で加茂さんやカズが一部の人間から直に屈辱的な言葉を投げかけられたり、物を投げつけられたり…という状況が生まれてきた。
その後のフランスWC、成田に帰着した城に冷や水が浴びせられたのは、現実と乖離したファンやサポーターの欲求の高まりを象徴する1シーンだったように思う。

要するに日本の実力を“過大評価”する幼稚な世論の横暴により、世界から見れば実力的に至らない日本のトップ選手や、たまたまその裁定の場に居合わせた監督が、不当な非難や攻撃にさらされる状況がすでに長いこと続いている。


このJリーグ発足後の日本サッカーの15年間の歴史を振り返れば、その間の進化や成長のスピードは言うまでもなく素晴らしいものであったと思うが、それ以上にたいへん運にも恵まれていた…と僕は考えている。
ドーハから以後、すべてのWCに出場し開催国シードにも恵まれた2002大会ではグループリーグ突破まで果たしている。
またアジアカップにおいては、常にアジアNo.1の実力を持ち得ない中での連覇を重ねてきた。そしてその事によって、さらにこの日本の実力の“過大評価”の連鎖が助長され、増大され、拡大化されてきたように思う。

これまで失意を味わうのは、WC開催年の4年に一度で良かった。2002年開催国シードの恩恵を含めれば、8年という長きに渡り日本は幸運な夢を見続けることが許された訳である。が、今後はその失意を味わう機会をもっともっと増やしてゆかなければならない。常に不足しているもの、弱い部分を現実に突きつけられ、確認し、共通認識を持って前へ進んでゆくためにも、今後日本代表は“海外遠征”の必要性に迫られることだろう。その点で何よりもJFAの“覚悟”が強く求められるし、僕達もまた絶えず要求してゆかなければならないのではないだろうか。

結果だけ見れば4位という不本意なものだったかも知れないが、僕が見る限りACでのオシムジャパンは、アジアの中で頭一つ抜け出してしまったようにも思う。今後は名実共に、世界との戦いを視野に入れてその強化をさらにスピードアップしてゆかなければ、ここからの成長は遅々としたものになるだろう。

欧州や南米、アフリカのセカンドクラスと彼らのホームで手合わせできるこのような機会は、その失意を味わう絶好の機会である。いくらアジア王者だ、アジアの盟主だ…と騒いでみても、ユーロ予選の厳しさを垣間見れば、そこで勝ち残れるアジアのチームなど1つも存在しないだろう。その開催国である両国と、彼らが恥をかくことが許されない中でゲームができる事は、コンフェデに出ることと等価か、それ以上の価値があることだと僕は考えている。

願わくば欧州の激しく強いディフェンスを対戦する両国には期待したい。
地元で良いところを見せようと、舐めて前へ出てきての打ち合いを挑むのであれば、むしろ日本の方に分があるのではないだろうか。ユーロ予選のようなリアリズムに徹した戦略でこの試合に臨んでくれれば、日本の得るところはとても大きいだろう。完全なアウェーの中で、片時でもユーロの雰囲気を味わえる試合になって欲しい。そして選手にもオシムにも、“良い試合”の前に“良いトライ”を強く期待したい。


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posted by 桐谷 |08:00 | オシムJAPAN | コメント(23) | トラックバック(1)
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2007年09月03日

オーストリア遠征とオシムの戒心

AC後のインタビューで代表選手の一部“入れ替え”をほのめかしていたオシムだったが、今回の面子を見ればその本意がどこにあったのか…が、少々見えにくい選抜になっている。

たとえ五輪世代から招聘できたとしても、現時点では水野晃樹、水本裕貴 、柏木陽介、多くてもこの3人程度しか考えられないのではないか。そして今現在、この3名がただちにフル代表にポジションを得るような状態にはないだろう。一方ACにおいてスタメン出場していた選手がケガの影響以外で選から漏れている例はひとつも見当たらない。とすれば、あの時のオシムの発言の趣旨はどこにあったのだろうか?

その答えは、今回のメンバーでいえば松井大輔と山瀬功治をどう処遇するか…にかかっていると考える。もしこの両者が試合開始のピッチに立てないようであれば、きっとオシムは“改新”ではなく“戒心”をして今後のWC予選へ向けての戦いに備える決意をしたと見て取れるのではないだろうか。

要するに負けた時は腹も立ったが、よくよくあのACの内容を見返せば、決してアジアにやり込められるような危ういものではなかったし、また多少膠着するのは現状では致し方のない事であり、相手が元気なうちから、個でそれを打ち破るほどの選手が居る訳でもないし…といったACメンバー選抜時の自らの信念に再び彼は立ち返ったのかもしれない。

いずれにせよACでの内容が否定され得るものでなかったことは確かだし、あの1カ月にチームとして積み上げたもの、心の結びつきと互いへの信頼…時間的制約の厳しい代表チームにとって、その部分は僕ら外野が推し量る以上に彼らにとっては大きな拠り所となるものなのかも知れない。そして個人的にも、このホゼッションサッカーが、ホームの欧州のセカンドクラスに対してどれだけ通用し得るものなのか…ここで是非一度確認してみたいという気持ちもある。


僕がもしあのACに変化をつけられるとすれば、高原直泰のパートナーにケガがなければ前田遼一を、調子が万全に戻れば茂原岳人を配置し“動力”を溜め込む“弓”の役割を与えたいと考えていた。
そしてその蓄えられたパワーを、高原直泰の自由なイマジネーションや山瀬功治・羽生直剛・柏木陽介のスピード、或いは両サイドの攻め上がり…という鋭い“矢”に伝える事ができれば、このチームのホゼッション能力が、ゲームの中で完全に活かされるのではないだろうか…と密かに楽しみにしていた。
そしてそこに闘莉王が触媒となり“強い気持ち”を落とし込む事ができれば、アジアばかりでなくどこが相手であろうと、“日本”の戦い方ができるのではないだろうか…と。

山瀬功治が再び選出されたことで、辛うじてその期待を今後に繋ぐことができた。が、攻撃の根幹の部分に手を入れるのはオシムにとっても決して小さくはないリスクである筈だ。山瀬功治には今以上の奮起と頑張りを期待したい。


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posted by 桐谷 |07:25 | オシムJAPAN | コメント(30) | トラックバック(0)
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