2007年06月28日

オシムジャパンのタイムスケジュール

 オシムは就任会見でメディアへのサービスもこめてそれを『日本化』と言った。が、僕に言わせれば、それはサッカーにおいて弱者が強者に立ち向かう為の普遍の合理への回帰であり、さらに解釈を変ずれば『時計の止まった4年間』を取り戻す為のグローバリゼーションへの回帰である。
 
それは何も特別なことではない。
 
敵より多く走ること。
そして走った先で、手数をかけずにさばくこと。
時にリスクを負って前へ出ること。
そしてその負ったリスクの中で、自らに不利な選択をしないこと。
得点経過、時間経過のなかで、それぞれがしっかりしたリスクマネージメントの意識を育むこと。
 
最後に、楽しいサッカーをすること。
 
 
そしてこれは決してリスクの低い戦い方ではない。
けれどもいずれ世界を相手に戦うことが前提であれば、これは避けて通れないリスクでもある。
 
走り負けた途端に目も当てられない惨事に陥ることは試合終盤ままある事だし、リスクを負って前に出るからには攻守が入れ替わった瞬間の守備ゾーンの備えは常に危ういものである。
であるからなおさら、特にボールの奪われ方が大きな問題になるし、ボール喪失時の前線における素早いチェックは、この守備の生命線である。
 
こんなことは無論、これまで彼のチームを見てきた人には常識である。そしてきっと賢明な彼らはここでのコメントにも見られるように、代表におけるオシムの戦術的変化にもしっかりと気づいている。一言で言えば、彼はこの攻守切り替え時のリスクを減じる方向にチーム戦術をふりはじめている。要するにカウンター対策にかなり留意しはじめている…という事である。

理由のひとつには、選手がまだ局面におけるオシムの戦略的要求を把握しきれていない…という負の要素もあるのかも知れない。が、個で仕掛けられるコマを得たこと、遠藤や両中村というキープ力とパスによる打開力を有するコマの獲得により、ジェフでは叶わなかった遅攻というオプションも手に入れられたこともその大きな要素のひとつだろう。
 
そしてそれと同時に、これこそが彼なりの対アジア戦略のベースなのだろうと僕は考えている。


昨年12月に行われた2007アジアカップ抽選会の日から、彼はこの初戦のカタール戦に照準を合わせてしっかりとチーム戦術を組み立ててきているはずだ。 高温多湿の過酷な状況下において、カウンターに長けた中東勢にこの戦術的ベースで戦うリスクは非常に大きい。その彼なりの落としどころが、今現在の代表の戦いぶりにおけるリスクマネージメントの在り方に如実に現れていると僕は考えている。
 
 
僕はこのオシムジャパンの4年間を4つの期として捉えている。
 
1期は就任からこのACまでの『対アジア対応』期
2期はAC後からWC予選開始までの『対アジア改良』期
3期はWC予選期間中の『対アジア完成』期
そして4期がWC本選へ向けた『対世界改革』期
 
である。
そして彼がもっともその手腕を発揮できる期こそが、第4期の『対世界』との戦いであると考える。

言うまでもなく彼は『創造型』の指導者である。すでにプレスしてある完成品の壁材をバッタンバッタンと貼り付けるプレハブ作りのような『調整型』指導者とは明らかに異なる。
本来現代の国代表監督というものがどのような手腕を期待されているか否かの論は置いて、JFAが『創造型』の彼を選んだからには、当然それ相応の時間は与えねば論理矛盾である。そして技術委員会はこの第4期『対世界』との戦いに照準を定めたからこそ、オシム以外にはなかったのだろうと僕は考える。だからこそ、ここで、このACの結果によってブレる事など有り得ないだろうと。


僕はよく雑種の犬2匹を連れて海へ行く。
波打ち際に立ち、目の前に迫りくるひと波ひと波を見れば、それはハワイのノースショアやオーストラリアの有名なサーフポイントでなくとも、外界に面した海であれば充分に高いものだ。
そしてそれは時に恐ろしくも見える。
けれども少し先に目線をやれば、いつも穏やかな青い海面がずっと遠くの空まで広がっている。

もしこの国が見定めた方向が正しいのであれば、寄せ来るひと波ひと波に右往左往する必要などない。少し目線を上げて遠くの海を見上げてみれば、きっと心穏やかにそれを眺めていられる筈である。


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posted by 桐谷 |00:00 | オシムJAPAN | コメント(11) | トラックバック(4)
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2007年06月26日

オシムの戦い~番外編~ある人からの手紙

~これは今朝ある人から届いたメールです~

****です。
特に面識あるワケじゃないけど、このまま潰えてしまうのは非常に勿体ないと思ってね。

まぁ正直なところ、それなりに腹が立つのはわかります。
中傷的なコメント多かったし。
他のところでもかなりなじられてるし。

でもね、桐谷氏は「不見識と戦う」為にブログ始めた訳ですよね?
俺はブログやってないから、そういったコメントくらった時の気分とかは、所詮想像でしか分からないけども。

「戦う」と言ったからには最後まで「戦って」欲しいのよ。

実際にそちらのブログがあったからこそ、至るところで「オシム論争」が起こってるワケだから。

そんでそういったブログのほとんどは、桐谷氏と考えが違うよね?
だからこそオシム擁護派として戦い続けて欲しいのよ。
幸いにして孤軍奮闘じゃないでしょ?
批判派でも少しは冷静なのもいるし、***氏(うろ覚え)のように賛同してい
る人もいるじゃない。

最後に一つ。
桐谷氏のブログと比べ非常に読みにくい上、物凄い出来の悪いブログがあります。

ただ、そのブログの管理人はどれだけ中傷的なコメントこようと、へこたれずに150以上のブログエントリーしてますがね。
****ってブログです。

もし見てないんでしたら、参考にしてはいかがでしょう。
「内容」ではなくその「意気込み」をね。




この人は以前僕に批判的な立場のコメントを残した方です。
当然、知り合いでもなんでもなく見ず知らずの方です。
その人が、朝早くにケータイから僕に送ってくれたものです。

多分これは、『コメントは一度メールでお預かりしてから掲載の是非を判断させていただきます』という僕のメッセージに対するものだと思います。
そしてそれには反対だ…という事なのでしょう。


このブログをはじめる時、実際これだけのアクセスやコメントがあるなんて想像もしていなかったし、まさかブログのコメント欄がどこぞの掲示板のような状態になる事など予想もしていませんでした。
別に誰かと集いたかった訳でもなく、意見交換や議論の場にしよう等とも露ほども考えていませんでした。

ただ、好むと好まざるとに関わらず、このような事態になってしまった。
そもそもコメント欄など開かずに、自筆の随筆のようなカタチでたらたらとサッカー日記のようなものを記録しようとの考から始めたにも関わらず…。
しかも見れば、不運にも『日本サッカー界にはびこる不見識と戦うブログ』とまで書いてしまっている訳です…。

ということで、引き返しはもはや不可能。
逃げも隠れもせず、この足場を踏みしめて自身の信ずる『この国のサッカーの未来に良かれ』と思うことを、歯に衣着せず、さらに刺激的な文体を用いて、鼻息荒く、展開してゆこうと思う所存であります。

ただし、議論や意見交換が前提ではない随筆の類でコメント欄を用意しないことはあるかも知れませんし、これまで通り僕の主観でコメント削除もさせてもらうつもりです。

僕がここで戦うのは『サッカーに対する不見識』に限らせていただきます。
それは『人間としての非常識』や『読解力や文章力』の問題にまで関わってゆく、時間と気力を持ち合わせていないからです。

その上で、ここでのコメントには、

1.実生活における常識的な礼節と言葉遣い(敬語を使えない文章は否)
2.本文の主旨を踏まえた感情的ではない意見や提案(一部の言葉尻を捉えた曲解や論理展開は否)

この2つを厳守の上でお願いいたします。

サッカーにルールがあるように、人とのふれあいや議論ににおいてもおのずとルールはあるはずです。敵であれ味方であれ、そこに敬意や配慮の無いコメントには応答の義務も無いものと考えます。
また明らかに論理性のないものもそれに加えさせていただきますし、残念ながらそれを裁くのは僕です。ここから外れるものは僕の主観でためらいなく削除させていただきます。
その一例として前記『代表戦視聴率低下とJ活性化への私案』コメント欄をご覧いただければと思います。


多分2010年までのこの3年間で、僕は燃え尽きるでしょう。
これまで長い間日本代表のサッカーを見てきて、これほどの期待と興奮を持ちえた事はなかった。そしてそこから繋がるこの国の未来が、光差す方向へ進んでゆくことを信じています。
だから、この3年間が過ぎ去るとき、僕はこのブログをたたみます。

そしてそれまでは、自分の信じるこの国のあるべきサッカーの姿とそれに対する思いをコツコツと綴ってゆきたいと思います。それがこのオシムジャパンの戦いを微力ながら支えてゆく力となる事を期待しています。

ケータイから長文のメールをくれた****さん。
本当にありがとう。


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posted by 桐谷 |00:00 | オシムJAPAN | コメント(68) | トラックバック(0)
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2007年06月25日

代表戦視聴率低下とJ活性化への私案

代表戦視聴率低下と観客動員数の減少。

決してそれがひとつの原因からのみ発した現象であるとは言わないが、その主因となるのはやはりジーコジャパンバブルの崩壊とそこからくる国民全体の失望感にある事は間違いないだろう。

ジーコジャパンによる中国AC制覇は、日本のスポーツ史においても最高のドラマ、エンターテイメントのひとつであっただろう。
そしてそれは同時に、ある誤解を生じさせる結果となった側面も併せ持つ。


『世界に通じる日本サッカー』


という誤解である。


その後のドイツに至る2年間の国民の熱狂は無理からぬものだろうし、それによってサッカー界には多くの国民的アイドルが誕生し、期待され、持て囃され、そして分不相応なまでの期待を背負わされてドイツの現実へとぶち当たった。

その後のJFA、マスメディア、一部の批評家・OB連中の厚顔無恥な手のひら返しと無責任な振る舞いには開いた口がふさがらなかったし、さらに一部の者達による選手個々に対するヒステリックな批判の数々には、この国のサッカーの現実に対する絶望的な不理解を垣間見た気がした。

2002年、開催国シードの恩恵によるグループリーグ突破から、この国は『世界に通じる日本サッカー』という長きにわたる幸福な幻想に浸ってきたのだ。


もし現状を公平に比するのであれば、2000年以前のそれと比較対照してひとつの物差しとするのが実際妥当なところなのではないだろうか?


そもそも強化に不要か必要かその是非さえ問われかねない練習試合に、十数%の視聴率や5万人単位の観客動員があることの方が異常な気さえするのだが、ひとまずその考をおいても、しつこく水増しされながらも一向に実のある対戦相手を招聘できないマッチメーク。リーグやACL、そして代表における集金試合の板ばさみで疲弊し困憊してゆく中心選手達、そしてこの国の未来にそっぽを向き、次代の担い手を生み出すことなく終わったジーコの4年間…。

当然といえば当然の帰結であり、これがオシムのせいでなどあろうはずがない…。


もしJFAが、近視眼的に代表戦の視聴率や観客動員を追う方向性を模索するのであれば、それはこの国の未来とその強化にとって、結果的に大きな悪弊をもたらす危惧があるだろう。これ以上コマーシャリズムに流れてしまっては、いずれスポーツとしての尊厳を揺さぶりかねない。

逆に、今こそ足元を見つめ、この代表チームの基盤であるJリーグの活性化にJFAも全力を挙げて注力してゆくべきであると考える。

オフシーズンにやる気のない相手を、高いギャラで呼びつけて、秋葉のついでに手合わせ願うような花試合をこのままの状態で続けてゆくぐらいならば、いっそJチームと真剣勝負のテストマッチを組んでみるのも一つの手ではないだろうか?

代表が一人も選ばれていない鹿島アントラーズ、山瀬、栗原、田中隼磨、坂田などを擁しながら不遇を囲っている横浜マリノス。

直接オシムの目の前で、日本代表を相手に自らの実力と意地を見せ付けられる機会が与えられれば、選手個々としても、チームとしても、またJリーグの知名度と人気向上の為にも、良いキッカケを作ることにはならないだろうか?

代表が常にベストメンバーで臨む必要はない。浦和レッズと試合をするのであれば浦和の選手を、ガンバ大阪とであればガンバの選手を所属チームに帰せば良い。
いちJリーグチームには負けられない日本代表と、多くの観客の中で、それを打ち倒すことに全力をあげるJチーム。

代表強化の為にも、Jリーグ活性化の為にも、このまま罰ゲームのようなA3等で日程を蝕まれるぐらいならば、遥かに意義のある試みだと考えるが、年に何試合か組んでみることはできないだろうか?


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posted by 桐谷 |00:00 | JFAについて | コメント(42) | トラックバック(0)
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2007年06月24日

日本代表監督論【ポストオシムへの提言】

日本代表監督の任期は原則4年を可能な限り全うさせるべきである。

綿密に策定して打ち立てたプランを、道半ばで覆すのであるとすれば、それは明らかにそのプランが実現不能と予測し得た時…に限る。
JFAがそのプランの最終的な達成目標をどこに定めているのか、その詳細を僕は知り得ないが、僕自身の考えるそれは『W杯において、現在の国力から見て相応かそれ以上の力を発揮し得るのかどうか』がその判断基準になると考えている。


方向音痴な僕はよく道を間違える。
そして間違えたと思われる時には、自分が明らかに間違えているという『事実』を確認する為に、我慢してそのまま少し歩いてみる。
それは間違えたと思って引き返した道が、実は正しかった事に後になって気付いた時が、その損失が一番大きいとこれまでの経験から悟っているからである。

日本代表監督の優秀な人材が、無尽蔵に供給され得るのであれば、刹那的視点でその時々の結果により、とっかえひっかえその首を挿げ替えることも可能だろう。
けれども果たして、今現在の日本代表にオシム以上の選択肢があるだろうか?

サッカーの『結果』は予想ができるが、それが必ずしも当たるとは限らない。それはあなたのトトが当たらないのと同じ原理である。

そしてそれは代表監督の選考にも言えることだろう。
だからこそ、ジーコ招聘の時の様な決断の仕方が、日本代表の未来永劫にわたって二度とあってはならない。
事前に吟味して吟味して、そしてさらに吟味し尽くしてその決断は成されねばならない。それがこの長い4年という歳月、そしてその後の日本サッカーの未来に対する選者たちの責任である。


また不幸にも道半ばで覆さなければならなくなった時の準備は、常に怠り無く進めておかなければならない。それが今現在の技術委員会の最優先の努めである。
そして同時に、ルーティンのポストオシムの選定も平行して進めておかなければならない。

いちJリーグのチームから、シーズン中一夜にしてオシムを強奪した時のような横暴が二度と許されるものではない。
少なくとも来年中にはその候補者を2~3名程度に絞込み、関係各位にきちんとした根回しをした上で、2010年を迎えなければならない。
可能であればフル代表、あるいはU世代のいずれかに事前に参加して備えてもらうのがベターだろう。

そしてその判断基準は、海外における名声や実績、日本人である事の是非、スポンサーや広告会社の受け狙い、権力者の鶴の一声…などであっては絶対にいけない。

Jリーグという何にも勝る身近で合理的な見本市が存在する以上、原則としてそこから日本代表の中長期的ビジョン、コンセプトに限りなく合致した理論と手腕を備える指導者を選択し、綿密な意見のすり合わせ、コンセンサスの確認を計った上で契約までにいたるのが一番自然な流れだろう。


近い将来、ポストオシムの人選について、ここで個人名をあげて私見を述べる機会があるかもしれない。これまで日本人監督になどまったく拘ったことのない自分であるにも関わらず、奇しくもそれは二人の日本人である。



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posted by 桐谷 |00:00 | オシムJAPAN | コメント(17) | トラックバック(2)
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2007年06月23日

オシムの戦い ~リターンズ~

まず持論を整理する事からはじめましょう。


1.オシムの最大のタスクは2010W杯予選突破である。

2.ACを含めそれまでの過程はその『最大のタスク』へのアプローチであり、運不運に左右された結果よりは、その内容において彼への評価(チェック)が下されるべきである。

3.サッカーは常に強いチームが勝つとは限らない。対戦相手さえ未確定のワンマッチトーナメントにおいて優勝、準優勝、BEST4などといったノルマを打ち立てる事に果たして意味があるのか。



1.
その上で、W杯本選においては『内容』あるゲームで日本のサッカーを世界にアピールして欲しいし、また彼ならば必ずそれを成し遂げられると確信している。『結果』は組み合わせによって如何様にも変わるだろう。上でも述べているように対戦相手さえ未確定の状態でただ『結果』のみを盲目的に求める事に僕は意義を見出すことはできない。


2.
ただし、この点については様々な見解がある事は理解する。今回に限っては協会も『内容重視』の方針を公式か非公式かは知らないがすでに表明済みとのこと。


そして3.
『サッカーは常に強いチームが勝つとは限らない』
この部分をどうしても理解しない、或いはしたくない人が少なくないように思う。

全アジアにおいてH&Aのリーグ戦を行えば、今現在日本は上位1~3位に入るものと僕は考える。
けれどもセントラル1マッチで勝敗を決するのであれば、少なくとも『オーストラリア』『韓国』『イラン』『カタール』『サウジアラビア』『UAE』『中国』『バーレーン』などアジア上位8カ国位には、負ける可能性も低くないだろう。要するにアジアのトップクラスであるこの日本や、韓国や、オーストラリアであっても、勝ったり負けたりするレベルの相手はアジアに8カ国ぐらいはあるだろう…という事である。

前回勝ったり負けたり…の表現を曲解されてしつこく揶揄されたが、僕のこの見解が『おかしい』と思う人に抗弁する気力はありませんので、どうかコメントはお控えください。


ジーコはAC優勝した。それが『結果』である事は否定の余地はない。けれども準々決勝、かなり押し込まれた状態で延長PKで命拾いをしたように記憶している。PKは運か実力か…?この判断は個々により異なるとは思うが、仮にそれを『運』であるとすれば、日本の『結果』はヨルダンに敗れてのBEST8止まりであったかも知れない…。

優勝とBEST8。

結果だけ見れば、これは大きな隔たりではありませんか?
結局ジーコジャパンはACを勝ち取りましたが、僕のジーコの手腕に対する評価はあの大会通してまったく変わりませんでした。


結果よりも内容…についても、もういい加減語り尽くしましたのでこれで最後にします。これについてもさらに抗弁する気はございません。



そして最後にもう一つ。
僕は結果からみれば、ジーコはこの国にその実力相応かそれ以上の素晴らしいものを残した…と考える。
けれども僕は、あの4年間に結果ではなく内容を求めていた。

僕はこの国のサッカーを『点』ではなく『線』の視点で捉えている。
そしてその『線』の視点で捉えた時、この国のサッカーは、まだまだ生まれたばかりの子供である。

子供の時から勝負の厳しさを教えるのも、それは大事な事である。まったく否定しない。きれいごとばかり教えて、現実に対応できない大人にはなって欲しくないし、かといって現実ばかりを覚えて夢のない子供にも育って欲しくはない。

そして何よりも実りある未来を実現して欲しい。
その為に『今』があるのであって、僕がオシムに最も期待していることは、この国の実りある未来に対しての橋渡しである。



以上これで『オシムの戦い/全5話』本当に完結です。

前回のコメントで申し上げたとおり、要らぬ感情的衝突はお互いにとって無益ですので、今後コメントへの返答は差し控えさせていただきます。

そして最後に、ラッシュさん、デルスーさん、通りすがりさん、Cさん、やっさん、そしてその他の皆さん、とても勇気付けられるコメント本当にありがとうございました。


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posted by 桐谷 |00:00 | オシムJAPAN | コメント(36) | トラックバック(1)
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2007年06月22日

オシムの戦い ~最終記~

今回この『オシムの戦い 全4編』について皆様からいただいたコメントを読ませていただき、様々な発見がありました。

まず第一に、

既存のサッカージャーナリズム等ではなかなかお目にかかれない程の卓見に富んだ意見をお持ちの方が想像以上にたくさん居られたこと。


そして第二に、

今現在のオシムの支持率がそのゲーム内容に比してそれ相応に高いレベルにあるらしいこと。


そして第三に、

反オシム、もしくは僕のようなオシム支持者に対する反対派の方々の意見にはあまり整合性のある論理…が見えなかったこと。


特に第三に対しては反発必至でしょうが、オシムが代表監督に選ばれたのはジェフ千葉における実績が評価されたからであって、それを代表でやるのがまかり通らない…というのであれば、それはどうかオシムではなくJFAに言ってください。ジェフの実績があって今代表監督としてのオシムが在る。そしてたかだか20日余りのツギハギだらけの日程の中で、AC取れ、少なくともBEST4等という要求があって、戦術的蓄積のあるジェフの選手を多く召集する…。この一連の流れのどこに非があるというのか?
結局のところ、いくら長文で説明されようともそこに共感し得る論理性は一切見出せませんでした。

公式戦は勝ちに行くべき…。
どこの誰が勝ちに行くな…と言いましたか?
当然与えられた状況で彼らは最善を尽くすでしょう。


とにかく、もうすぐアジアカップが始まる訳です。
日本は今年湾岸諸国ナンバー1を決定するガルフカップを制したUAEと、つい先日ガーナに3-1で勝利したカタール、そして地元ベトナムとの同組です。
荒れたピッチ、ムービングフットボールには厳しい高温多湿の気候、そしてJよりも数段劣るであろう審判レベル…。

僕はGL突破さえ決して容易いことだとは思いませんが、オシムの手腕を、日本代表の勝利への執念を、そしてこの国の底力を信じて、この過酷な戦いを見守りたいと思います。


たくさんのコメントをいただき本当に感謝いたします。



そして最後に、このオシムの言葉を記してこの章を終了させていただきます。


夢ばかり見て後で現実に打ちのめされるより、現実を見据え、現実を徐々に良くしていくことを考えるべきだろう?
                                   イビチャ・オシム


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posted by 桐谷 |20:30 | オシムJAPAN | コメント(42) | トラックバック(1)
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2007年06月22日

オシムの戦い3 その批判に対する追記

現在の日本代表の実力は、

欧州で言えば『ウェールズ』や『アイスランド』に対して勝ったり負けたりする程度。

南米で言えば『ボリビア』や『ベネズエラ』に勝ったり負けたりする程度。

アジアで言えば『オーストラリア』『韓国』『イラン』『カタール』『サウジアラビア』『UAE』辺りと勝ったり負けたりする程度。

そしてJリーグで言えば『浦和レッズ』『ガンバ大阪』『川崎フロンターレ』とほぼ互角に戦えるレベル。

僕の日本代表の実力への認識は端的に言えばその程度だ。

これはオシムが監督になったからと言って実働20日やそこらのキャンプ期間で大きく変動するものではない。この僕が考える現実を受け入れるかどうかは皆さん個々にそれぞれの意見があるだろう。

今、反オシムの論陣を張られている方達の主張には、僕から見ればかなり甘い現状に対する認識があって、過去に行われた親善試合や何かの類と、W杯予選や本大会におけるガチンコの試合を、同質の『同じ結果』として混同しているような違和感が拭えない。

キリンカップやW杯大会前の親善試合でならば、相手のモチベーションによっては『ブラジル』や『イングランド』に勝ったり引き分けたりする事は僕も可能だとは思う。が、本選であるいは欧州におけるアウェーのW杯やユーロ予選であれば、現在の日本代表は『イスラエル』や『フィンランド』にもまず勝たせてはもらえないだろう…。僕はそう考えている。



1.『日本化』などと言いながらやってるのはジェフ千葉のサッカーそのものではないか?

2.『勝てない1000の理由』等と保身に走る前に明確な目標と意気込みを見せるべきだろ!

前回の記事に対してこの2つの疑問が寄せられました。


まず1.に対して、

オシムが同じく日本人選手を用いて戦うのに、それがジェフ千葉でのコンセプトと同じである事に何の問題があるのだろうか?

日本が世界に対して挑戦してゆくという事は、戦力的に劣るジェフ千葉がビッグクラブである浦和やガンバ大阪に対して挑むのと同じ構図であり、個の打開力や一対一の能力において劣勢であれば、それを数的優位を意図した運動量や組織性に比重を置いて戦術を企てるのは自然な試みではないだろうか?
そしてオシムももし浦和やガンバのようにエメルソンやワシントンやポンテ、マグノやバレー、フェルナンジーニョのような選手が自在に駆使できるのであれば、その戦い方も多少違ったものになっただろう。

日本にはクリスチャン・ロナウドは居ないし、ドログバやメッシも居ない。
『日本化』の前提は、まず与えられたコマで最大限どのようなサッカーができるのか…がその出発点であって、オシムはそれをジェフ千葉においてほとんど日本人をベースに成功させてきた。その実績があるからこそ彼は日本代表監督に乞われたのだろうし、ここまでのその論理的流れをバッサリと切り落として、『これは日本化ではなくただのジェフ化…』というのであれば、その『ジェフ化が日本化と明らかに異なる』その理由をまずそちらから提示していただかなければ、反論の仕様がない。


そして2について、

この発言を『保身』と取るか『言い訳』と取るか、或いは協会やリーグ、メディアに対する『忠告』であり至って正論であると見なすかは、やはりそれぞれの感性や、これまでの彼に対するその手腕、人間性への評価で変わってくるでだろう。それはどちらの立場からどう言おうと、結局接点は無いのかも知れない。

ただし、僕はこれまで何度かコメント欄の方でも書いているが、
『それが目標であるならば、なぜそれに対して万全の備えをして望まないのか?』
『まあこの程度の相手なら直前集合で勝てるだろう…日本がそれほどの強国であるとは私は思っていない』
この二点において、僕は至極当然の主張であると考える。

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posted by 桐谷 |13:34 | オシムJAPAN | コメント(57) | トラックバック(2)
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2007年06月21日

オシムの戦い その批判に対する後記

僕は前回の記事において、ジーコ時代から何も変わらない一部メディアの無自覚な“煽り”報道と、それに追随する一部サポーターの“お気楽で度が過ぎた楽観主義”に対して、隠喩的な表現でその愚を批判したつもりなのだが、幾人かの読者の方から批判的な感想をいただいた。

それは概ね
A『盲目的なオシム信望は危険じゃないのか?』
B『ACで結果を出せなければオシムは更迭するべきでは?』
C『ジーコやこれまでの時代を全て否定してオシムを全肯定するのはバカげている』

といった類のものだった。


僕が現在のオシムの代表における仕事を強く支持しているのは確かである。

これまでの日本代表の歴史において、彼が最も優れた資質と実績を有した人物であると僕は考えるし、実際にジェフ千葉において日本人を用いて、しかも他のビッククラブに数段劣る戦力で、それらと互角以上の戦いをしてきた事実は、その欧州での名声や経歴などと比しても遥かに信頼にたる“実績”ではないだろうか。

そして同時に彼は、選ばれた選手を鍛える事だけでこの国のサッカーを強くする事はできない…という事を良く理解しているのだと僕は考える。
彼は彼の力で、この4年の間に内容を伴った成績を残すことに自信はあるのかも知れないが、この国のサッカーの未来を考えた時に、自分の仕事はそれだけでは十分ではないのだ…と考えているのではないだろうか?
僕はこれまでの彼のメディアや協会に対するそのコメントや態度から、そしてその隠喩的で豊潤なコトバの数々から、その強い意思を感じる。

それは端的に言えば、この国のサッカーの未来に対して、今ここから“正しき道”を歩めよ…という事なのだと思う。

一時的に韓国やイランを打ち負かすことよりも、きっとそれは彼にとってもとてつもなく難儀で遠い道のりであるだろう。オシムは韓国やイランやサウジやオーストラリアと戦う前に、この“ニッポン”と戦っているのだ…。

というのが、僕が前回書いた『オシムの戦い』の主旨です。


『韓国に負けるな!』
『AC優勝しろ!』
『海外組み使え!』
『オージーに雪辱しろ!』
『WC予選圧勝しろ!』
『そしてグループリーグ突破しろ!』
『試合前にブツブツ言うな!』
『勝ってもいないくせに威張るな!』

ある人は僕を『盲目的なオシム狂信者』だと思っているかも知れないが、このような言い分で彼に“神的な力”を期待しているのは果たしてどちらなのだろうか?

僕はオシムに課された最大のタスクは、
『WC予選突破』であると考える。そしてその一点においてはただ『結果』のみが求められるべきであると考える。
そして彼だからこそそれを突破した上で、WC本大会において『価値ある内容』を見せて欲しいとも思っている。

ACはその最大のタスクにアプローチする過程であり、その達成の確度を計る上での指標のひとつ…であると僕自身は考える。
そしてだからこそ『内容を伴わない結果』で現状を見誤るぐらいならば、むしろ『結果を伴わない内容』の方が本質的に優先されるべきではないだろうか?
僕はそう思っている。

内容ある勝利…それが一番望ましいことは確かだろう。
だが、ただそれを自戒や反省無く闇雲に求め続けることが果たしてこの国のサッカーへの愛情…なのだろうか?

この一年で僕達は何かを学んだのだろうか?


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posted by 桐谷 |10:35 | コメント(108) | トラックバック(2)
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2007年06月19日

『ACで勝てない1000の理由』とオシムの戦い

『ジーコジャパン、目標はBEST4』
『2勝1分で決勝トーナメントへ』
『黄金の中盤に世界が注目』

あれから1年が経とうとしている。


2006ドイツにおける日本代表の惨めな姿を見て、一番悔しがった外国人は僕はイビチャ・オシムではなかっただろうか…と思っている。

それは現実にあぶりだされた『結果』に対してではない。

なぜ日本はそのポテンシャルを発揮しないまま舞台から去ろうとしているのか?
なぜ彼らは二度と巡りこないこのチャンスに自らを表現することなく敗れ去ろうとしているのだろうか?
なぜ日本人は誰もが戦わずしてこのような状況を看過し得るのだろうか?
そしてなぜ日本は、かけがえの無い4年という月日を無為に過ごしこの日を迎えてしまったのだろうか?
というその『備え』と『戦い方』に対する憤りである。

ジェフにおいてモチベーションを失い、すぐにでも欧州へ帰りたかった彼が日本へ留まった最大の理由。それは、彼の2006年6月のドイツにおける日本代表への“憤り”であり“悔しさ”であったと僕は思っている。

実際、彼自身もそう言い、僕もそう思っているのだが『結果』自体はそう変わらないだろう。ジーコであれ、トルシエであれ、モウリーニョであれ、カペッロであれ、あの大会のあの組み合わせであれば、誰が指揮をしても『グループリーグ敗退』という厳然たる結果がもっとも妥当な報いであっただろう。

けれどもあの大会に向けた4年という歳月、日本は最善の準備をしてあの日あの瞬間へ臨んだのだろうか?
日本の持ち味を十分に発揮して、世界の舞台でそれを披露し得たのだろうか?
そして何よりも、日本は次の世代に対して、その未来に対して、希望と呼べるバトンを繋ぎ得たのだろうか?
日本サッカーのポテンシャルを、日本サッカーの可能性を、そして微かなものなのかもしれないが、彼がその心の中に日本という国への“情”を感じていたからこそ、彼にはそれが何よりも口惜しかったのではないだろうか…と僕は思っている。

だからこそ、彼は人生最後の挑戦をこの国で繰り広げているのだろう。


アジアカップが始まる。

僕は日本が韓国に負けても驚かない。
むしろ彼らが格上であると思っている。
僕は日本がイランに負けても驚かない。
むしろ彼らは日本より強いのではないかと思っている。

そしてこの25年もの長い間、AC決勝の舞台にすら立つことができなかったこの韓国、イランに負けたとして、或いは中東のどこかに負けたとして、それがオシムのせいだというなら、堂々とオシムを更迭して再びジーコでもトルシエでも呼べばいいだろう。
そのとき僕はこの国のサッカーへの思いをきれいさっぱり捨てられるだろう。

アジアカップ、大会3連覇が日本代表の宿命である…と僕らは言う。
『日本にはACを優勝できない1000の理由がある』とオシムは言う。

あれから1年が経とうとしている。
巡り巡って堂々巡りのどん詰まりのこの国で、オシムが戦っている。


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posted by 桐谷 |14:42 | オシムJAPAN | コメント(43) | トラックバック(1)
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