2009年11月16日

【親善試合】 対南アフリカ 戦評

新聞報道によると『本田仕様の3トップが機能せず…』のような論調であったが、ゲームを見ても、岡田監督のコメントを見ても、それは本田仕様というよりも、俊輔不在時における岡田監督のひとつの実験であり、このゲームを通じ、岡田監督にとって中村俊輔という存在が、如何に巨大で、揺るぎないものなのかを僕はまざまざと思い知らされた気がした。

元々僕らのイメージの中のサッカー監督、岡田武史に『ポゼッションサッカー』のイメージは微塵も無かった訳で、いまの日本代表のポゼッションベースのサッカーは、岡田さんのサッカーというよりは、オシムさんが日本代表に残した遺産と考える方が妥当なのだろう。その中心を成していたのが遠藤保仁であり、中村俊輔である。この二人のスタメン起用に、いま岡田さんが執着するのは、ある意味無理からぬことなのかも知れない。

僕はこれを、ワールドカップ・アジア3次予選、2008年3月26日マナマにおいてバーレーンに喫した、見るも無様な蹴り合いの果ての敗戦の、岡田監督なりの手痛い後遺症なのだろうと考えている。

思い起こしてみれば、あの日のスタメンに中村俊輔と遠藤保仁の名前はなく、次戦のオマーン戦において、スタメンに名を連ねた両者の、とりわけ中村俊輔の大活躍によって岡田ジャパンは3-0の大勝を収めた。

バーレーン戦の惨敗後には、岡田監督による『オシムサッカーとの訣別』発言があり、僕もここで大いに憤り、あれはオシムのサッカーではないと『岡田武史との訣別』を宣言した覚えもあるが、あの最大の窮地を救ってくれた中村俊輔に対しては、きっと彼なりの特別な信頼と期待といったものがあるのだろう。今更それを、外野がああだこうだと説いても現実には仕方が無いことである。今回はまず中村俊輔ありき…を前提に、話を展開してみようと思う。

この日の南アフリカ戦、岡田監督の意識の中でどのようなフォーメーションをイメージしていたのかは定かではないが、不確かなTV画面の中から僕が見取ったそれは、稲本潤一をアンカーとする4-1-2-3から、最終的には中村俊輔が右ボランチの位置に割り込んだ4-3-2-1或いは4-3-1-2のカタチに収束していったように感じる。

これはトーゴ戦の後にも言ったのだが、今の岡田ジャパンに中村俊輔を落としこむのであれば、岡田監督がそのフォーメーションを4-2-3-1と言おうが、4-4-2と言おうが、ピッチ上では中村俊輔が3の右ボランチの位置に降りてくる4-3-2-1か4-3-1-2のカタチが形成されている。ここ1年ほど、現実にそういうカタチでしか彼は自分の仕事ができていない。

であれば、逆に中村俊輔を左ボランチの位置に配置転換した方が、遅攻と速攻のメリハリもつき、スムーズにボールも流れるのではないかと僕は思っている。今の位置では、自らでシュートレンジに切り込んでゆくシーンも見られないし、逆に彼自身が彼の左足を持て余しているようにも見受けられるのだ。右サイドに居てミドルシュートを打ち込める位置・状況に顔を出せないのであれば、左サイドでトップの素早い抜け出しに、受け手に余裕のあるアングルでアーリークロスを合わせる役割を担ったほうが、彼の持ち味を活かせるのではないだろうか?

さらにもうひとつ。ゲームの中で岡田監督が本田圭祐に何を期待しているのかが僕にはよく判らないし見えてこない。僕ならば彼にアンチェロッティ時代のACミラン、4-3-2-1のセードルフに見られる前線と中盤の繋ぎとなる役割を期待したいと考えるだろう。ゴールに背を向けてポストになり、そのキープ力で中盤を引き上げてくれれば、今の代表においてはそれでひとつの重要な役割である。

要するに、本田圭祐は組織の中で有効に活かされておらず、そしてまた、まず中村俊輔ありきの組織でありながら、彼自身が窮屈にしているか、或いは彼のポジショニングによって周りが窮屈をさせられているように見受けられるのだ。4-3-2-1のフォーメーションは、僕は流動的に前のスペースを使うためにも、遅攻と速攻を使い分ける為にも悪くないフォーメーションであると思っている。問題はその選手の配置と役割の適正化である…。これについてはまたいずれ時間をとって触れてみたいと思っている。

後半の日本代表の間延びしたゾーンを見ても、この極東まで親善試合で遠征してくる各国の代表選手たちのしんどさが理解できるだろう。彼らは今回の日本代表ほどのモチベーションも持たず、準備期間も取れずに、時差ぼけのまま自国協会の金策の為、無茶苦茶なスケジュールの試合を文字通り“こなし”に来ているに過ぎないのだ。

この冴えないアウェーゲームひとつ見ても、彼らを日本に招いてのゲームが、強化としては如何に無意味なものであるかが窺い知れるだろう。そこでの大勝を真に受けて、4年ごとに“強い日本”という幻想の紙風船を大きく膨らませて本戦へと向かい、至って妥当な敗北という結末を特定個人の所為にしてやり過ごしてしまっているから、日本の本当の実力と、強化の本質を見誤るのである。

そして、もし日本がWC本戦で勝てる相手があるとしたら、個人技で押してくる迫力もなく、足元の技術が拙い割りには、律儀に繋ぎながらこちらの守備体制が整うのを待っていてくれるような、きっとこんな感じのチームなのだろう。

この相手に0-0というスコアは、今現在の日本代表の実力を適正に現した結果であると僕は思っている。そこそこの相手に、戦術的にしっかりディフェンス対応されれば、それを突き崩せるほどの、スピードも、パワーも、個力も、連動もない。そんな相も変らぬ現実の中で、この4年で何を積み上げたか、積み上げられたか…。僕自身は来年の大会もまた、そこを見逃すことなく適切に評価したいと思っている。

※関連エントリー
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posted by キリタニ |11:15 | 岡田JAPAN | コメント(17) | トラックバック(1)
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