2009年11月10日

Jリーグ新規約~グッドルーザー規定~

【ACL アルイティハド1―2浦項】日本協会の犬飼会長は、ACL決勝後の表彰式で準優勝のアルイティハドの選手にメダルを渡した。ナビスコ杯では準優勝の川崎Fの選手がすぐにメダルを外したが、この日も同様の場面があった。それでも、犬飼会長は「3人は日本語で“ありがとう”と言っていた」と問題視しなかった。★スポニチより


今や既に古いニュースになってしまったが、今回の事件の顛末を自分なりに「明文化」し、規約としてまとめてみた。例によって少し長いエントリーになるが、興味のある人はご覧いただきたい。


Jリーグ新規約~グッドルーザー規定について~

1.決勝後の表彰式でガムを噛んではいけない。
※ただしチーム関係者に関してはこれを問わず。噛んでもよろし。
43秒より山田暢久選手後方の見覚えのある人物を参照のこと

2.表彰式でかけてもらったメダルを外してはならない。
※自宅までかけてゆくことはないが、どこで外して良いかはチェアマンの感情に委ねられる。

3.また仮にこれらのマナー違反があった場合も、JFA会長に少なくとも3人が日本語で“ア・リ・ガ・ト”と言えば問題ない。
※会長の独断で「ふてくされていない」と判定されることが条件。

4.これに違反するものは、自主的な賞金の返納を申し出ること。
※ただし、金で解決する問題ではない。



僕はダメなニンゲンで、自分自身というものがすでに信じられないからだろうか、根本のところで他人を信用することができない。というよりもニンゲンというものを信じない、信じられないニンゲンである。

ニンゲンそのものや権力者個人の価値感につき従うのではなく、万人に共通の法やルールといった「明文化」された基準に倣う事のほうがはるかに公平であると考えるし安心できる。要するに人が人を裁き治める「人治」よりは、可能な限り明文化されたルールによる「法治」を求める。その裁き治めようとするニンゲンの、公平と高潔な魂…に期待できないような残念な状況にあるのだとするならば、尚更である。

しかしどんなに「明文化」してみたところで、「明文化」しきれない範囲の「道徳」といったものもまたあるのだと思っている。要するにニンゲンの内面的な原理、心の問題である。

そして僕はそれこそが最も本質的なものであり、ニンゲンにとって一番大切なことなのではないかと思っている。

例えば今回のナビスコカップの表彰式を例にとってみる。

たとえ森勇介がメダルを外さなかろうと、ガムを噛んでいなかろうと、手と手の接触という現象としての握手を拒まなかろうと…他者に対して、大会の協力者であるスポンサーに対して、或いは参列した来賓の方に対して、不快感を抱かせる“何か”があったとするならば、結局のところそれは、やはり彼の落ち度なのだと僕は思う。彼が彼の態度や礼節によって、そこに居た罪なき他者の誇りや感情を傷つけたとするならば、それは法によって裁かれることはなくとも、彼の落ち度であり、彼自身の恥であり、また彼が帰属するクラブやサッカー界にとっての損失である。

僕はこれを放置してはいけないと思う。いつまでもなあなあで済ませていてはいけない、しかるべき立場にあるものが、しかるべき注意と教育によって改善させねばならないと思う。またそれができないのであれば、その責任者としてのクラブの決断が求められるのだと思う。

見た目の形式というものも勿論大切なことだろう。
しかし、その形式に、誠の心や魂が通っていないのであれば、それはただの遊戯に過ぎない。本当に必要なものとは見た目や見てくれの現象ではなく、その土台となる精神であり、そこに宿る魂なのだと僕は思う。

川崎フロンターレ武田社長は選手を集めて「フェアプレー精神10カ条」を説いたのだという。

(1)汚いプレー禁止 
(2)報復行為禁止 
(3)審判に従う 
(4)反則を受けても相手と握手 
(5)ユニホームのすそをきちんと入れる 
(6)交代されたらきびきび動く 
(7)時間稼ぎの倒れ込みをしない 
(8)試合後に整列して感謝 
(9)試合後に相手をたたえ、審判とも握手 
(10)負けても悪びれない 

しかし、残念なことにこれでは「フェアプレー精神10カ条」ではなく「フェアプレー行為・推奨10モデル」である。僕から見れば一番大切なことが1つ抜け落ちている気がするのだ。それは、

サッカーに対する、応援してくれる方々に対する、そして相手に対する礼節と敬意である。まずはそんな精神こそ一番最初に語られなければならない。そんな共通認識さえあれば、後にづづくひとつひとつのこれらの行為や現象は、選手それぞれの自らの知性と思考によって、自ずとカタチになって現われてくるものなのではないだろうか。

そしてそれは、僕たちにも無関係な事柄ではないはず。他者に対する礼節と敬意を常に忘れてはならない…サッカー選手も、普通のニンゲンも。モチロン、匿名のニンゲンもその中の一人である。例えどれだけ立派な正義を、その背中に背負っていたとしても、それによって他者の誇りや尊厳を傷つけ踏みにじる事が、同じニンゲンとして許される訳ではない。今回の一件を受けて、僕ら自身もまた“何か”を学ばなければならないのではないだろうか?

フロンターレに対する制裁を協議するJ1実行委員会が本日開催されるということだが、辞退された賞金5000万円の計らいについて、いま逆に頭を悩め、困惑しているのが当の鬼武チェアマンなのではないだろうかと予想する。せいぜい立派なオチをつけて欲しいものである。


最後に、森勇介選手について。

今回ネット上でたいそう勇ましく執念深い匿名の正義に叩かれながら、それでも必死で森勇介を擁護し、庇ってあげようとしている人たちを僕は何人か見た。論理的には無理スジなものも少なくなかったが、その論理を超えた部分こそが、彼に対する、フロンターレというチームに対する、ある意味真実の愛情と云えるものなのかも知れない。

森勇介をはじめフロンターレ選手たちの、Jリーグ権力者への口には出せない感情や憤りは僕にも判るような気がする。理解するが、それ以外の他者も同席するあのような状況に置いては、やはり許されない態度であったのは事実だと思う。こんな時にでも支えようとした、或いは支えてあげたいと願った、彼ら彼女らのためにも、ぜひ今後の行動で応えてあげて欲しい。

森勇介の出場停止はこの1試合で充分であると僕は思う。彼にとっても二度と巡りこない残り3試合である。彼だけがスケープゴートになる状況も、公平ではない。多少やんちゃなのは構わないから、ピッチの上で努力している姿をファンやサポーターに見せてあげて欲しい。それがサッカーにとって、また多くの人々にとって、考え得る限り一番幸福で実りある結末なのではないだろうかと僕は思う。

森くん、頑張ってください。


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posted by キリタニ |11:20 | Jリーグ | コメント(17) | トラックバック(2)
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