2008年10月03日

祖母井秀隆氏の帰る場所 【キリタニ】

いずれ僕は、自分の考える理想のクラブ像というのをここに書き残したいとずっと思っている。それは単にクラブというものの経済的な成り立ちや、地域密着やらなにやらという表層的なお題目でもなく、プロもアマも関係なく、白でも黒でもなく、終わりも始まりもなく、サッカーそのものが人の人生に寄り添い、或いは人がサッカーに寄り添い集う、自然なままの人と地域に息づく無数のサッカーの物語…の話である。多分に抽象論に堕してしまう気はするし、間違いなくつまらないものになるだろうことも保証するが、最終的にはJFAの在り方、Jリーグの在り方、現実とは没交渉の、その自分なりの理想論、身勝手な構想をちんまりと書き上げることを予定している。

僕はこの夏、祖母井秀隆さんの『祖母力』を拝読させていただいたのだが、その中で、ぼんやりと自分自身が頭に描いてきたサッカークラブにおける曖昧模糊とした理想を、現実のサッカーの現場で、厳しい困難と策謀の渦巻くそのただ中で、己の信ずる“理と義”のみを武器として戦ってきた祖母井氏のその姿に重ね合わせ、心から感動させられた。

彼の信ずるもの。ゆるぎない意思と意志。その行動力。そして生きる事、人と関わる事への真摯な姿勢。
彼の人生の基盤や哲学そのものを、サッカーに対して、クラブ運営に対して、貫いていこうとする姿。傍から見ればそれは、時にかなり不器用なものにも映るが、様々な軋轢や障害の中でも、前へ前へ、正しき向かうべき道へと進んでゆこうとするその姿に、僕は強く心を打たれた。

彼のような人が、ニッポンのサッカー界には必要なのだと思う。
彼のような人が、ニッポンのサッカーを引っ張り、その未来へ向けての舵を取ってゆくべきなのだ。

すでにたくさんの読者もおられると思うし、まだ未読である方々にもこれはぜひ読んでいただきたいので、ここでその内容について触れる事は避けるが、単にサッカーについて書かれた書物としてではなく、また単にオシムを日本へ呼んだ男の追想の記でもなく、サッカーに対する夢のために今もその最前線で一人戦い続ける人間の記録、その途中経過として、僕にとっては非常に読み応えのある著作であった。

今彼が所属するグルノーブルは、経営上の様々な困難にさらされながらも、“降格候補No.1”の評価を覆して、フランスリーグアン、4位の健闘を見せている。彼のフランスにおける今後の戦いにも期待したい。

今号のサッカー批評、西部謙司さんの取材記事に祖母井さんのこんな言葉を見つけた。
『日本でやりたい。具体的には市原でという動きもある…お世話になった市原市は無視できないんです』

“具体的にはJFAで…”という動きを期待している僕には、残念な、ほんとうに残念な“動き”ではあるが(笑)、彼らしい、とても彼らしい言葉である。彼にとって市原へ帰りたい…ということは、きっと自分自身で在り続けたい…という事と同じことなのだろう。きっとそれが、彼の魅力そのものであり、生き方の指針なのだろうと僕は思う。

先日僕は、五井駅から臨海競技場への道を40分かけて歩きながら、あの街のいたるところに、彼やオシムやあの時代の選手たちとサポーター、街の人々が刻印した“サッカーの残像”を眺めてきた。電信柱には今も、赤と緑と黄色の配色が残されたままである。臨海への道すがらには、今もあの時代の名残が色濃く残されている…。僕にとってもそれは、鼻の奥をツンと刺激する懐かしい記憶である。

彼の帰る場所が市原でも、千葉でも、或いは他のどこかでもいい。それがニッポンであれば、どこであれ僕は嬉しく思う。それがニッポンであれば、どこであれ彼は、この国にまた新しいサッカーの希望を、芽吹かせてくれることだろう。

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キリタニ100法『僕の捨てられないもの*今後ブログタイトルの下に日替わりの一言コラムを毎日更新させていだく予定でおります。

posted by 桐谷 |11:43 | ジェフ千葉 | コメント(3) | トラックバック(0)
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