2008年08月07日

【北京五輪女子】 対ニュージーランド 戦評 【キリタニ】

技術でどれだけのアドバンテージを持っていたとしても、実際のゲームの勝敗を分かつのはただそれだけではない。

それは球際の激しさであり、戦おうとする気持ちの構えであり、勝つための意思統一であり、集中であり、執念であり…。厳しいようだが、そういう部分で日本はニュージーランドに劣っていたと思う。技術でどれだけ勝っていても、またそれを用いて有効にゲームを支配し得る実践力にも欠けていた。

勝敗を分けた要素のひとつひとつをよく検証する事で、つらい作業ではあるがそれぞれの、そしてチームとしての“甘さ”や“至らなさ”も充分に認識し、それを打ち潰してゆかなければならない。男子サッカーも通ってきた道である。いつか勝つためには、強くなってゆくためには、避けて通れない“痛み”だったのだと思う。

繰り返すが技術でならば、女子は世界のトップにも大きく引けは取らないはずだ。
その技術的な部分でのアドバンテージを、順当にゲームにおけるアドバンテージとして利するつもりであれば、それを“速さ”という実存にしっかりと結びつけて表現して欲しい。少ないタッチで、正確に、速く、ボールを動かす事で打開できる状況は、これからの2つの相手を想定しても、充分に考えられるはずだ。
特にラインをあげてくるだろうアメリカを過剰に恐れてはいけないと思う。この試合とは異なり、敵が攻めてくる、敵が充分に動ける、前半こそが得点のチャンスだと思う。“速さ”を活かしてシンプルにゴール前に迫るサッカーが、最大限強みを発揮し得るシチュエーションであると思う。

勝負時をしっかりと見定めて、悔いを残さぬよう勇気を持って立ち向かっていって欲しい。

大舞台で勝敗を分かつ“経験”や“伝統”といったもの…それは自然に、当たり前のことをやれるか、やれないか…どんな状況でもそれをやり切れるか、やり切れないか…の差なのだと僕は思う。

福元さんも、近賀さんも、普段出来ていることであり、周りの選手も普段出ている声だったのだと思う。それがあの場でやり切れるかやり切れないか…。
チームとして2-2で充分な試合であるか、何としてでも逆転しなければならない状況であったか…普段のリーグであれば、ベレーザも浦和も湯郷ベルも、ゴール直後に当たり前のようにセンターサークルへ駆け戻っていた状況だったはずである。それがこの舞台で出来たか出来なかったか…。勝敗への関与は非常に稀薄なように見えて、それらは経験あるチームであれば、サッカーの伝統国であれば、決してやらない、ありえない“甘さ”だったのだと思う。

この苦い経験を糧に、まだ誕生したばかりの女子サッカーの常勝国、伝統国に、しっかりと喰らいつき、いつでも優勝を狙えるポジションに、もう1階級ステップアップして欲しい。

幸いにもアメリカは2点差で敗れた。そして幸いにも、初戦を勝ち点1で終えた日本は、少なくとも2つの得点をあげることができた。まだ地力で充分な可能性を有している。宮間あやのFKは、大野忍のドリブルは、そして永里優季のポストプレー・シュート力は、男子では持ち得ない、世界に通用する武器であると僕は思う。

まだチャンスは充分に残されている。


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キリタニ100法『安心実現内閣という喜劇』

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posted by 桐谷 |07:32 | なでしこJAPAN | コメント(8) | トラックバック(2)
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