2008年05月26日
【キリンカップ】 対コートジボワール 戦評
試合内容については何も言うべきことは無い。 運動量・モチベーション・そしてオーガナイゼーション…。精神的にも肉体的にも厳しいこの条件の中で、散り散りに散らばった“欧州”から、出し殻の状態で地球の裏側に連れて来られた彼らに、これ以上のパフォーマンスを求める事は酷である。 内容の詳細に眼を向ければ、“あのコートジボワール”に勝った!“ボスニア・ヘルツェゴビナ”に圧勝した…などと、いつまでも無邪気に喜んでいられる時代でもないだろう。この枠組みでの大会・親善試合が、すでに強化としての意義をほぼ終えつつあるのと同時に、早晩その経済的メリットや存在意義そのものについても、根本から考え直さなければならないタイミングが来るものと僕は思っている。 ひとつだけ非常に印象に残ったこと、そして日本のサッカー界が教訓にすべき事柄がこのゲーム中にあったとすれば、それはレフェリーの笛とカードである。 僕が思う良いジャッジの規準とは、極力、可能な限り“ゲームに触らない…”というものである。ジャッジによって勝敗が決した…あるいはジャッジによってチャンスやピンチが生じたり、潰えたり…ということが無いレフェリングこそが、素晴らしい試合を演出する為に不可欠な要素であると僕は思っている。その意味で、この日の主審のその姿勢とゲームコントロールの能力を僕は高く評価したい。確かポルトガルの方々であったと思うが、欧州規準で見ても彼らのそれは“流しすぎる”きらいのあるものであったように思う。 けれども、だからこそ、選手は転べないのである。 いつまでも寝ていられいなし、起き上がろうとする相手を引きずり倒してでも、前へ、ボールへ…とファイトしなければならないのである。この非常に難しい試合に“闘う気迫”“闘争する魂”を吹き込んでくれたのは…、その一端を担ってくれたのは、間違いなく僕はこの日の主審であったと思う。 そして、このような姿勢を…、軽々しく欺きあうのではなく、剥き出しの闘争本能で激突し合うようなゲームを、僕はJリーグで見たい。ニッポンの一級審判の方々にはどうかこの試合のレフェリーの“裁き”をしっかりとその眼に焼き付けて欲しい。どれだけの体力差があろうとも、渾身の気迫でぶち当たることさえできれば、10に2つや3つは球際で勝てるのだ。さらに肘を張り、膝を構えることを躊躇わず会得すれば、相手だって怯むこともあれば恐がることもあるのだ。この日の長谷部誠が、長友佑都が、大久保嘉人が、そして闘莉王が、身を挺してそれを証明してくれたように思う。 こんな状態のコートジボワールであってさえ、その“戦う気持ち”なくして今の日本は勝つことはできなかっただろう。彼らの奮闘がなければ、きっと僕はこの試合最後まで、TVの前に居続けることはできなかったと思う。 プレッシャーのない相手であれば、どんな看板を背負った“強豪”であったとしてもなんだってできる。この日の前半がまさにそんな展開だったと僕は思う。そしてこの恵まれた環境であってさえ、後半あれだけ疲弊させてしまうのだから、前線を個のプレスで踏ん張らせるこのスタイルが、アウェーのオマーンやタイでどこまでやれるのか…そして噛み合うのか…には、みな不安も感じていることだろう。 そんな中、長友佑都のパフォーマンスはひとつの光明であったと思う。そして楢崎正剛も昨今の好調をしっかりゲームの中で証明してくれた。厳しいスケジュールの中、海外組も非常に高い意識で試合に臨んでくれたと思う。6月の長距離移動と連戦に向けて、コンディション管理とピーキングだけはぬかりなく整えていって欲しいと願っている。 ★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★ ⇒⇒⇒人気blogランキングへ キリタニ100法『 Across The Universe 』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。 *現在このエントリーは、コメント欄に認証システムを導入しております。参加を希望される方は、ご面倒をおかけ致しますが【スポナビ、そしてサッカーに集うすべての皆様へ】にて当ブログのコメント欄に対するコンセプションを一度ご確認のうえ、コメントをお寄せください。
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posted by 桐谷 |11:29 |
岡田JAPAN |
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