2007年09月07日

“過大評価”の連鎖と“欧州遠征”

ドーハでオフトジャパンが敗れたとき、その初めて味合わされた現実の苦さ、厳しさの衝撃によって、僕らはそれを“否応なく”受け止める以外に方法がなかった。敗れはしたが『よくやった…』の世論が支配的であったように思うし、選手を戦犯扱いしたり『オフトのせいで負けた…』のような感情論が噴出することはなかった。
それがファルカンを経て加茂周さんの時代になると、アウェーでUAEと引き分け、ホームで韓国に逆転負けした途端に、暴徒化した連中による混乱が生じ、その中で加茂さんやカズが一部の人間から直に屈辱的な言葉を投げかけられたり、物を投げつけられたり…という状況が生まれてきた。
その後のフランスWC、成田に帰着した城に冷や水が浴びせられたのは、現実と乖離したファンやサポーターの欲求の高まりを象徴する1シーンだったように思う。

要するに日本の実力を“過大評価”する幼稚な世論の横暴により、世界から見れば実力的に至らない日本のトップ選手や、たまたまその裁定の場に居合わせた監督が、不当な非難や攻撃にさらされる状況がすでに長いこと続いている。


このJリーグ発足後の日本サッカーの15年間の歴史を振り返れば、その間の進化や成長のスピードは言うまでもなく素晴らしいものであったと思うが、それ以上にたいへん運にも恵まれていた…と僕は考えている。
ドーハから以後、すべてのWCに出場し開催国シードにも恵まれた2002大会ではグループリーグ突破まで果たしている。
またアジアカップにおいては、常にアジアNo.1の実力を持ち得ない中での連覇を重ねてきた。そしてその事によって、さらにこの日本の実力の“過大評価”の連鎖が助長され、増大され、拡大化されてきたように思う。

これまで失意を味わうのは、WC開催年の4年に一度で良かった。2002年開催国シードの恩恵を含めれば、8年という長きに渡り日本は幸運な夢を見続けることが許された訳である。が、今後はその失意を味わう機会をもっともっと増やしてゆかなければならない。常に不足しているもの、弱い部分を現実に突きつけられ、確認し、共通認識を持って前へ進んでゆくためにも、今後日本代表は“海外遠征”の必要性に迫られることだろう。その点で何よりもJFAの“覚悟”が強く求められるし、僕達もまた絶えず要求してゆかなければならないのではないだろうか。

結果だけ見れば4位という不本意なものだったかも知れないが、僕が見る限りACでのオシムジャパンは、アジアの中で頭一つ抜け出してしまったようにも思う。今後は名実共に、世界との戦いを視野に入れてその強化をさらにスピードアップしてゆかなければ、ここからの成長は遅々としたものになるだろう。

欧州や南米、アフリカのセカンドクラスと彼らのホームで手合わせできるこのような機会は、その失意を味わう絶好の機会である。いくらアジア王者だ、アジアの盟主だ…と騒いでみても、ユーロ予選の厳しさを垣間見れば、そこで勝ち残れるアジアのチームなど1つも存在しないだろう。その開催国である両国と、彼らが恥をかくことが許されない中でゲームができる事は、コンフェデに出ることと等価か、それ以上の価値があることだと僕は考えている。

願わくば欧州の激しく強いディフェンスを対戦する両国には期待したい。
地元で良いところを見せようと、舐めて前へ出てきての打ち合いを挑むのであれば、むしろ日本の方に分があるのではないだろうか。ユーロ予選のようなリアリズムに徹した戦略でこの試合に臨んでくれれば、日本の得るところはとても大きいだろう。完全なアウェーの中で、片時でもユーロの雰囲気を味わえる試合になって欲しい。そして選手にもオシムにも、“良い試合”の前に“良いトライ”を強く期待したい。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★

⇒⇒⇒人気blogランキングへ

  • 共通ジャンル:

posted by 桐谷 |08:00 | オシムJAPAN | コメント(23) | トラックバック(4)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加