2008年08月14日

たったひとつの答えとオランダ戦 【キリタニ】

オランダはオランダとは言えなかった。

きっとそれはEURO後の五輪が、彼らにとってガチンコの国際大会とは言えない事や、彼らにとってこのような気候このようなピッチで行われる大会が、真に価値ある公式戦とは言えないだろう事とどこかで結びついているのかも知れない。僕らが五輪に対して抱いているイメージは、残念ながらきっと彼らに共有し得るものでは無いのだ。

ゲーム内容について言うならば、それ以下でも以上でもなく、想定し得る範囲の普通の日本と、最低のオランダだったと思う。厳しく問うならば、このオランダ相手であれば引き分けぐらいの結果は充分引き出せたと思うし、また引き出さねばならなかったものと思う。

皮肉なのはこの大会、ある意味終始プロ的な自己主張あるプレーを見せてくれていた本田圭佑が、その最後にプロ的ではない“甘さ”を露呈し失点してしまったことである。そしてさらに皮肉なのは、この『審判のせいで負けた…』という本田圭佑の主張が、同じようにアメリカとの敗戦を『審判のせいだ。森重のせいだ。梶山のせいだ。』という一部のネット世論には受け入れられなかったらしい事である…。それが言及するところの真理を僕が理解できていないだけなのか、或いは昨今の世相によくある、心理学で言うところの“近親憎悪”の類の出来事なのか…よく判らないが、そのどちらの立場にも、僕自身は賛同することはできない。

総論として、チームとしてみれば、大会を通してのパフォーマンス、その内容は、決してそんなに悪いものでは無かったと思う。要するに極端にその実力を損なう内容ではなかった…という意味である。ある人から見れば結果は悲惨なものだったのかも知れない。が、僕はこれが紛れもないニッポンの実力・現在地であると思っている。
そして次回のエントリーで言及するつもりだが、だからといって『これで良い』訳では絶対にない。だからこそ『変わらなければならない』のだと思っている。

そして逆に、どうやれば今回予選リーグ突破できた…のかを聞いてみたいとも思う。

2トップにすれば…なのか、梶山陽平や香川真司など使わなければ…なのか、OAを使えば…なのか、柏木陽介や梅崎司が居れば…なのか、或いは反町康治じゃなければ…なのか、では誰が監督ならば予選リーグ突破できた…と確信を持って言えるのかを。

そして同時に、そんなことを聞いても、言い合っても、おそらくさほど意味あることではないのだろうな…とも、力なく思うのだ。何かしら確信を持ってそれを言う人ほど、声を大にして叫ぶ人ほど、往往にしてまずこの“現実”を受け入れないか、受け入れようとしないから…である。

問いは無数にある。僕にもある。
けれどもいつだって現実における答えはひとつ、一度だけしか出せない。
この出た答えをまずは受け入れること、それを正しく認識して、論理的に考察してゆく試みこそが大切なのだと僕は思う。

貧乏な家に生まれて、その境遇に悲憤慷慨し、先祖や血族をなじる行為は確かに許された権利なのかも知れない。ニッポン人に生まれて、その細い目と低い鼻に落胆し、絶望してしまうこともあるだろう。しかし、同じニッポン人である限り、それを嗤う、嘲笑できるものが果たしてどれだけ居るのだろうか?

もし僕らの代表である彼らが拙いのだとすれば、それはきっと僕らが拙いからだ。

異論はたくさんあるだろうが、僕はそこからサッカーを語りたいと思っている。
現実のサッカーのように、それを語る僕らもまた、たくさんのミスを重ねるだろう。時に感情的になり、投げやりになり、人を傷つけたり、あるいは傷つけられたりもするだろう。が、それも好きこそなせる業…なのである。願わくばそのエネルギーを、例えササヤカなものであったとしても、無為に浪費するのではなく、生産的な方向で費やしたい。未来のために何かしらプラスの言論のカタチであり行いをして、次代にこの夢を託したい…僕はそう思っている。

反町康治氏が2年間にわたって預かったタレントたち、その質と量は、西野朗氏や山本昌邦氏が預かったそれよりも、絶対値として優れていたと僕は思う。そして結果は思わしくないものだったのかも知れないが、前任二者のそれよりも、僕は僅かでも内容のあるサッカーには、カタチにはなっていたと思っている。
土砂降りの雨も、凸凹のピッチも、不運な組み合わせも、実際のサッカーと同様ひとつとして同じ条件などないだろう。その中で、世間の関心も協会の協力体制もそれぞれに異なっただろう。そういう中から、ほんとうの真理を抽出してゆく作業というものは、カンタンなようで、実際は非常に難しいものだ。けれどもこれまで幾度も積み重ねてきたように、自省無く同じことを繰り返してきたように、いつまでもそれを、見誤っていてはいけないのだと思う。

ひとつしかない答えだからこそ、事前に無数の問いの中から最良の“それ”を導き出すための努力を尽くさなければならない。その為に一番大切なのは“今”であり、“今”何をなすべきか…なのだと思う。
それについては間をおかず、僕なりに思うところを綴ってみたい。ここに誰を招くべきか…についてである。


実はこの試合、僕は細貝萌と森重真人の球際の気迫とその姿勢に、ここ十数年のニッポンの成長をまざまざと見せつけられた気がした。二十歳そこそこの、つい最近やっとJの試合に出られるようになった選手たちが、しっかりとプロの気概を持って、世界標準のスピリットでこの大舞台を戦えていたのだ。

もしかしたらこの二人だけが突出した異才なのかも知れない。が、彼らが見せてくれた魂を、僕らが素晴らしきものとして正しく評価することができたならば、いずれはそれがこの国の“基準”であり“標準”になってゆくのかも知れない。そこに僕は幽かながらも、この国のアカルイミライの胎動を感じもしたのだ。
イエローひとつもらわずにあれだけの気迫、パフォーマンスを見せてくれた彼らを、僕は心から賞賛したい。そしてもっと強くなれ、もっともっと強くなれ…と、これからさらに厳しい眼で厳しい評価を持って、彼らの成長を見守ってゆきたいと思う。

そして最後に反町さん。
たとえ力及ばずとも、厳しい重圧と批判の中、彼は彼なりに精一杯頑張ってくれたのだと思う。
一言、お疲れ様でした…と、声をかけさせていただければと思う。
願わくばJリーグでの再起を。西野朗さんがそうであったように、この一つの躓きで終わりではないはずだ。『悔いはない…』と言ってのけたその悔しさを、Jの舞台でぶつけて欲しい。そしてさらに進化した反町さんのサッカーを、本当の反町サッカーを、今一度僕らに見せて欲しい…そう願っている。


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posted by 桐谷 |11:40 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(52) | トラックバック(1)
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2008年08月11日

【北京五輪】 ナイジェリア戦とほんとうの恥 【キリタニ】

明らかに力の劣るチームに敗れるのは嫌なことだ。
誰しもが納得いかないものだろうし、立腹する気持ちも判らぬでもない。

ほぼ互角と思しきチームに敗れるのもおもしろい事ではない。例えばそれは五輪最終予選におけるアウェイのカタール戦であり、また2日前のアメリカ戦であるのかも知れない。しかし、ほぼ五分五分の確率で突きつけられる現実である。それを否定して、サッカーという競技を受け入れる事などできない。

そして世界には明らかに力の勝るチーム…というものがある。例えばそれは先日のアルゼンチンであり、またこの試合の相手、ナイジェリアのようなチームである。親善試合や余興でなければ、こちらがどれだけ気迫を込めて頑張ろうと相手も頑張るわけで、勝つ事は容易ではない。勿論、選手たちは死ぬ気で頑張らなければならない。が、例え負けたからと言ってその現実を、彼らのその頑張りを、すべて否定しうるものではないはず。僕はそう思っている。

このナイジェリア戦は、そういう試合であったと僕は思う。2006年のWCクロアチア戦の時と同じように、選手たちは充分に頑張って、そして届かなかった試合だと思う。誇りある敗北であったと。

内田篤人(鹿島)は「軸となる選手がいなかった。チームとして形がなかった」と語ったそうだが、彼の真意は別にして、それが「痛かった司令塔不在」という解釈でくくられ、流布されるのは、誤りだと僕は思っている。厳しいピッチ状況においても少なくとも相手よりボールはよく回っていた。

問題はアタッキングサードでどう崩すか…である。
そうしてどれだけの機会を量産し、ゴールへの確率を高められるか…である。
相手より個力の劣る中で、どうやって最後の壁を突き崩すか…である。
一対一で勝てないのであれば、リスクを負ってでも二対一を形成しなければならない。その為の連動・オートマティズムの構築が求められているのである。

必要なのはOAの著名なレジスタの前に、そのアタッキングサードで強国と互角に組み合える個力か、あるいはそこで数的優位を形成して、その優位を失う前に一気にゴールまで辿り着けるだけのスピードある連携とその鍛錬である。おそらく注力すべきはその後者であった筈で、今後も短期的に追及すべきは、まさしくその部分なのだと僕は思う。

そして厳しい相手に、厳しい環境の中で、選手たちは良く戦った。
負けはしたが、この試合における教訓を正しく未来へ受け渡す事ができるものならば、僕は意義ある敗北であったと思う。一人だけ取り上げるのはやや平等ではないかも知れないが、細貝萌が見せてくれた守備を、そのスピリットを、ピッチ上11人すべてが共有して戦えるようになれば、日本は強くなると思う。激しく、強く、戦う心と折れない魂を持って、どんな相手にも対峙する事ができるようになれば、日本はもっともっと強くなると僕は思う。

そして素晴らしい指導者をここに招こう。
激しく強い魂を、そして最後の扉をこじあける“鍵”を持ちえた世界最高の指導者の招聘を、JFAに要求しよう。たとえそれが彼らにとって都合の悪い“モノ言う外国人監督”であったとしても、このままでは無限にループし、ただ時を無為に過ごしてしまうだけである。その間に、世界は遠のいていってしまうかも知れないのだから。


オランダ戦は、決して消化試合などではない。それぞれの新しい戦いの、原点となるべき試合である。そしてこのオランダならば、充分に勝つチャンスはあるように思う。

選手たちは充分に戦ってくれた…そしてさらに『戦え!』と僕は声をかけたい。『もっともっと戦えっ!』との絶叫を届けたい。たとえ刀折れ矢尽きて敗れ去ったとしても、VIPシートでふんぞり返る彼らに、ほんとうの恥とは何であるか…を今ここで知らしめる為にも。

選手達の意地と気迫に、誇りをかけた最後で最初のこのオランダ戦に、心からの声援を送りたい。彼らはできる子達であると僕は思っている。やれる子達である…と、そう信じている。


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posted by 桐谷 |11:14 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(27) | トラックバック(0)
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2008年08月08日

【北京五輪】 アメリカ戦と反町康治の責任 【キリタニ】

残念ながら想定内の内容であり、また結果であったと言わせてもらおう。

むしろゲーム中このチームの良い要素…すなわちメンバー個々のスピードある突破や、時折みせる少ないタッチでの速いパス回しなど、ピッチ状況の悪い中でも充分に発揮できていたように思う。そして逆に、やはりアタッキングサードの局面におけるチームのオートマティズム、前線からの動き出しとそれを受けてのムーブ&スペースメイキングの連動といった部分は、まったく進化が見えぬままにこの日を迎えてしまった。

この敗北が悔しいのは、この日のアメリカは、日本がそんな状態であっても充分に通用する相手だった…からである。

そして実際に敵の守備陣形の拙さ、動きの悪さから幾度も単独の、1つの勝負でチャンスを産み出せていたし、鍛錬したと見えるセットプレーではたびたび敵DFを混乱に陥れていた。数度の決定機を逃した不運は、選手個々の責任と断じられるものなのか…或いはPKを賜ることができなかったのは、ただアフリカ人主審のその力量の至らなさによるものだったのか…。
僕はそのどちらにも同意はできないので、やはりこれが反町ジャパンの、ニッポンの実力である…と、今一度正しく評価し、この胸に受け止めようと思う。

主審のジャッジはトータルで見ればむしろ非常に公平なものであり、すべてのジャッジを冷静に判断すれば、アメリカのエース、アドゥが多少気の毒に思われた…ぐらいのものではなかっただろうか。PKについては、与えられるより奪われる可能性の方が高かっただろう。また僕が主審であれば、日本選手のいくつかのプレーに対して“シミュレーション”のイエローを提示していたと思う。
“ヘタな主審の所為”で負けた…とする見方は、確かに一寸の救いをもたらすだろうが、この敗北の根拠がそこに在ったとは、やはり僕には思えない。

この相手に勝ち点1を奪うことさえ叶わなかった…それが、このチームの紛れもない実力であった。…残念ながら、僕はそう思っている。

負けたからといって厳しい事を言うのではなく、いままでずっとそう言ってきたからあえてまた言わせてもらおう。反町康治の2年間、そのチーム作りとは、要するに膨大な“選手選考”にあてられた時間、そのものだったように思う。確かに五輪最終予選の土壇場では、その“選手選考”が、U-20世代への思い切った切り替えが、見事に功を奏したと言えるだろう。しかし、今回その再現がならなかったとして、短期間に組み込まれた森本貴幸や森重真人が叩かれるのはあまりに不憫である。
いろいろなスローガンやコンセプト、その字面は、華々しくメディアの紙面で踊っていたはいたが、その実体、実相としての反町サッカーとは果たしてどんなものだったのだろうか?残念ながら現実のピッチ上に、僕はそれを読み取ることはできなかった。
欲しいもの、手に入れたいものと現実との隙間を、ただその選手選考と采配の妙で埋めてゆこうとする試み…チームスタイルの創造とは別次元の、そんな取り組みにかまけた2年間であったように思う。

世間の評価などよりもずっとずっと力のある世代、選手たちであると思うからこそ、この2年間が僕には残念でならない。国を代表する有望な若いタレントを率いる指導者として、本来彼のような性質の指導者が相応しかったのかどうか?技術委員会は、次期選考の前にしっかりと自省して欲しいと願う。


30度を越す暑さの中、アメリカはくたくたに疲弊していた…。そんな中、日本はやはり運動量で彼らのそれを大きく上回っていたように思う。この大会、暑さに対するピーキングも順化も、日本は充分に整っていた。そして選手個々は、それぞれに光る部分を、その輝きを、ピッチ上に表現し得ていたように僕は思う。今後に続く強豪国との2試合、特にオランダあたりは中国沿岸部の蒸し暑さには相当に苦しむことだろうし、その点では日本は比較的優位に試合を組み立てられることだろう。これでチャンスが完全に潰えたのではない…僕はそう思っている。

そして弱いチームが勝ちに行く…ということは、大敗するリスクを背負う…ということであると思う。それを厭わず、恐れず勇敢に立ち向かう…ということであると思う。往復ビンタを喰らってぶっ倒された時には、さぞ体裁は悪かろうとは想うが、反町氏には、せめてそんな“覚悟”を、しっかりと見せて欲しいと思っている。それが若く将来性あるタレントたちを率いて、ここまでの期待と時間を預けられてきたものとしての“責任”である…と、僕は思う。

選手たちにはプロとして、自身のプレーをしっかりとアピールしながら、消極的になることなく強国へ挑んでいって欲しい。きっと欧州は、内田篤人も香川真司も、しっかりと見、評価してくれているはずである。


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posted by 桐谷 |11:45 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(21) | トラックバック(1)
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2008年07月30日

【キリンCC】 対アルゼンチン 戦評 【キリタニ】

岡田ジャパンと反町五輪代表。

机上のコンセプトやイデオロギーの部分に違いはあったとしても、僕から見ればこの2つのチームは似ている…。いや、少しずつだがよく似てきている…と思う。

こう言うと反町監督を、或いは岡田監督を貶すか、あるいはその両方の意を含んだ皮肉のようにも受け取られるかも知れないが、僕が言いたいのは良くも悪くもこれがありのままの日本サッカーの実像、現在地であり、この国の頂点に在るべきサッカーのカタチとして、この実像に対して、どのような方向性を指し示し、未来への橋渡しをするのか…という部分こそが、本来日本のような発展途上国の代表監督にとって、一番大切な、不可欠な要素なのだと思う。

まずこの五輪が終わったら、次の五輪代表監督の選出に取り掛かる前に、2014年に向けた方向性を仮にでも明確に定め、そのノウハウを持ちピッチ上に表現し得る次期A代表監督の人選と双方のコンセンサスの擦り合わせに着手して欲しい。五輪代表監督の人選は、それに没交渉で進められるべきではなく、原則としてそれに倣うべきだ。僕自身は、A代表と共に五輪代表をも同時に指揮してくれる指導者が望ましいと思うし、A代表に対するB代表のような位置づけでこのカテゴリーを活用することが望ましいものと考える。
本心を言えば、WCアジア最終予選が終わったならば、速やかにそんな新体制へと移行してゆくのが妥当な選択なのではないかと思っている。

このアルゼンチン戦、勝利への執念、接近戦での闘争心といった部分で、やはり万全の構え、高いモチベーションで対戦相手が向かってきてくれたゲームとは言えなかったとは思う。が、それでもこれだけの相手に対して、リトリートした陣形で大きな破綻を見せずに1失点で切り抜け、また恐がらずに後ろから繋ぎ、流れの中からいくつかの得点チャンスを生み出せたことは、高く評価されて良いものと思う。
本番であればきっとこうはいかないだろうし、またこれに積極的に勝ちに行こうとすれば、この内容も結果もまったく参考にならぬ“大惨事”に見舞われることになるとは思うが、少なくとも勝ち点1を狙いにいく戦いをすれば、大きな破綻なく戦える…本番前に、その自信、その手応えを得られたことは、チームにとって非常に大きかったのではないかと思う。

細かな点を幾つかあげれば、速攻と遅攻の使い分けの判断にまだまだ“甘さ”があると思う。

そしてこのチームの攻撃における一番のストロングポイント、右サイドを攻めあがる内田篤人を徹底的に活かす為にも、本田圭佑の左右の大きな動きと、ドリブルでの積極的な仕掛けを、 もっともっと意識付けて取り組んでいって欲しい。そしてさらにできることならば、シャドーの谷口博之のポジションに入る選手に対しては、時間ごと状況ごとに、トップのサポートに入るのか、それとも中盤と連動すべく下がってパスコースへ顔出しするのか…これは速攻と遅攻の使い分けに直接関わる要素なのだと思うが、そこにメリハリをつけてポジショニングを取れれば、苦しい状況のチームにもっともっと貢献できるものと思う。もっともこれはトップに李忠成や森本貴幸が入れば、自ずとその構えも違ってくるのだろうが、この試合においては豊田陽平を孤立させ、彼の持ち味を活かす事ができていなかった事も確かだと思う。グループリーグの相手を見れば、やはり前線で身体を当ててボールに絡んでいける谷口博之への反町監督の期待は非常に大きいのだと思う。難しい役割を担う事になるだろうが、僕はこのポジションが北京五輪におけるひとつの見所、キーポイントになるのだと思っている。戦略的にも谷口博之の健闘に期待したいところだ。

海外サッカーには疎く、特にリーガエスパニョーラもポルトガルリーグもほとんど見る機会がないので、ディマリアもアグエロもガゴも、ほとんど名前ぐらいしか知らなかったが、強豪国にはやはり素晴らしい選手たちが無尽蔵に産み出される土壌が在る…という事を改めて思い知らされた。
特にガゴは素晴らしい。クリスチャン・ロナウドやリケルメを11人集めても世界一のチームは作れないと思うが、ガゴならば作れるかも…そう思わせる選手だった。
アルゼンチンの側から見れば、この日のパフォーマンスは大いに不満であり、北京五輪に向けて若干の不安を抱えることになったかも知れないが、メッシがいようがいまいが、結果どうあれ、この国が今現在世界のトップにあることは間違いないと思う。

リケルメのパスではなく、その2つ前のボールを受ける動きと状況認識・察知力。
そしてディマリアの、ドリブルの前の、ペナルティエリアを意識したムーブとポジショニングと駆け引き。
さらにマスチェラーノの、危機察知力と躊躇のないファール、イエローカードの活用。
ひとつずつあげてゆけばキリがないが、いつか日本が彼らのように強くなるのだとすれば、今より一階級上の技術と共に、当たり前のようにそんな要素さえ身につけて戦うことができていることだろうと思う。

久しぶりに、非常に有意義な、代表強化試合が見られたと思う。
純粋に、楽しい試合だった。


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posted by 桐谷 |11:44 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(16) | トラックバック(0)
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2007年11月22日

【五輪最終予選】 反町康治の真価 

このような形で世界への扉を開く大事な最終決戦を0-0で勝ち抜けたことが過去あっただろうか。

単に勝ち抜けた…以上に、やっと日本の若い世代が、このようなリスクマネージメントの元に、行き当たりばったりではなく、冷静な目的意識に根ざしたステディーな試合運びができるようになりつつある事に感心した。

言うまでも無く、U22反町ジャパンにとってのベストゲームであったように思うし、オシムサッカーのベースを築くことが叶わなかったこのチームは、このある意味とても日本らしい我慢のサッカーを更に磨き、完成度の高いものに仕上げて来年の北京五輪を迎えるべきなのだろう。

攻撃における魅惑的な連動性…という点では、オシムのそれと比してかなり見劣りするのは確かだが、このサウジアラビア戦とその前のベトナム戦、地道なスカウティング活動とそれに対応する戦術の構築で、両チームのストロングポイントとウィークポイントを見事に突けていたように思う。

セットプレー時のベトナムGK前への飛び込みもそうだし、このサウジ戦におけるこちらの左サイドへの手当て…細貝萌のボランチ起用などは12番ハサンの攻撃参加をぎりぎりのところでよく食い止めていたし、またその背後を岡崎が突くことで、DFラインからの自由な攻め上がりを許さない攻守の連携が見事に取れていたように思う。反町監督らしい緻密な戦略がラスト2戦においては見事に成果を挙げたと言えるかもしれない。

この試合で柏木陽介はさらにひとつ上の階級に手をかけたように思う。この努力し、成長し続ける天才は、速やかに上のクラスでその可能性の上限を拡げてゆくべき時期なのかも知れない。

それに比して、僕は水野晃樹のここ半年のプレーにやや危惧を感じ始めている。どれだけの才能と人気に恵まれようと、一度ひたむきさを失ってしまえばその転落は早い。今ここでもう一度、自分自身を追い込むことができれば、A代表でもその才能を花開かせることができるだろう。彼は今、大きな岐路に立っている気がする。

この試合における岡崎慎司、李忠成の前線からのチェイシングには本当に心を打つものがあった。そしてそれを助けながらサイドバックやボランチの攻め上がりに必死で対処していた柏木陽介の献身…。彼らがこの日の日本の見事なディフェンスの最大の功労者であったように思う。

厳しい批判にさらされながらも、耐え抜き、目的を達した反町監督には心からおめでとうと言いたい。
ただしここまでの成果は、選手達のその実力に助けられたものである事は否定できない。ここから何を積み上げて、本番へ臨むのか…。彼自身の真価はそこで試されるのだと僕は思っている。


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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

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posted by 桐谷 |08:52 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(28) | トラックバック(3)
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2007年09月13日

【五輪最終予選】カタール戦 戦評

年をとると涙もろくなる…というのはどうやら本当のようだ。
 
シューズが脱げた長距離走者がそれでも懸命に走りぬいて笑顔でゴールした時、被爆したヒロシマを生き抜いた子供達のドラマを見た時、“その時歴史が動いた”を見ればエンディングの音楽に無条件に反応してしまう自分がいるし、夢を見ながらすやすやと寝息をたてている4歳半になる愛犬たちを見れば、後何年生きて一緒にいてくれるのか…と想像して、バカのひとつ覚えのようにいつも泣き笑いになってしまう。
 
サッカーを見ていれば良いときも悪いときもある。
悪いときには腹も立つものだし、良いときにはそれ一事だけでその周辺の日々が輝いて見えたりもする。そういう意味で、この二日間はサッカーによって幸福を与えられた2日間であったように思う。頑張ること、決して諦めないこと…その“強い気持ち”が直に伝わってきて、幸福な涙を搾り取られた2日間だった。 
 
 
戦術的なことも戦略的なことも関係なく、ただ“闘って”そして“勝ち取った”試合だったと思う。全ての選手が球際に執念を燃やし、負ける事無く気迫で体を当ててゆき、時に足を挫かれ時に後ろからの卑劣なタックルをもらいながらも、戦う気持ちと折れない心で立ち向かっていた。
 
柏木陽介の全てを出し切る強い意志と、森島康仁のゴールへ向かう本能と姿勢には、あらためて大きな将来性を感じた。さらに家長昭博のドリブルとキープ、内田篤人のスピードと運動量、そして水本裕貴の頑張りとキャプテンシー。大きな才能に恵まれた選手達が、1秒1秒、1プレー1プレーに魂を込めて立ち振る舞う様には、何度も胸を打たれたし、心から感動した。
 
チームとして今のままでいいとは決して思わない。
審判に助けられた試合であったことも否定できないだろう。
けれどもどんな状態であってもいい。まずここを自分達の力で切り抜けて欲しい。最後の一滴まで、全力を振り絞って、選手達にはこの最終予選を勝ち抜いて欲しいと思う。
 
誰かのせいで負けることを自分に許す選手など日本にはひとりも居なかった。自分の責任を果たす前に、自らの立場を取り繕おうとする態度や処世の術も彼らは用いることを知らない。
 
そこにあったのは、ただ全力で、勝つために妥協無く自分を追い込む姿であったように僕は思う。大人たちは、その姿から何かを感じ、そして何かを学ぶことが出来るだろうか?



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posted by 桐谷 |10:31 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(38) | トラックバック(0)
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2007年09月10日

【五輪最終予選】サウジアラビア戦 戦評

僕が監督であればこの試合残り20分、DFを一人下げてでも平山相太を投入して“勝ち負け”の勝負を挑んでいただろう。

気温34度、湿度73%で始まった試合である。当然両者ともに疲弊してグダクダの終盤戦である。そこで細かく繋いでサイドを攻略して…などの手数などまったく要らない。ただ二人のターゲットをクロスに対して平行に配置させて、ひたすら放り込み、そのこぼれ球を狙うべきシチュエーションであった。

勿論“勝利”を狙うことによって、必然的に“敗北”のリスクも過分に背負うことになる。けれども退場者も出、自陣に引きこもったあの状態のサウジに対してであるならば、そうすることによって、失点する可能性よりも得点する可能性の方が遥かに高かった筈である。現場における状況からそう判断したのであれば“勝つ”為に全力を尽くすのが、あの時点における判断の“必定”であると僕ならば考える。それは“アウェーで勝ち点1”の覚書などよりも、勝負師としてはるかに優先されるべき“決断”ではなかっただろうか。

もしここで敗れていれば、サウジの心は砕かれていただろう。そして実質的にこの予選をリードする日本に対して、次戦例えアウェーといえども、カタールの戦い方も少しばかり違ったものになっていた筈である。
言うまでもなく、この予選で勝ち残るのは1チームだけである。このサウジ、カタール両者に対して、日本はホーム&アウェーのどちらかには必ず勝たなければならない。その場合、僕はアウェーで勝つ事と同じぐらい…いや、それ以上にホームで勝つことは困難を伴うものであると理解している。そしてその困難に打ち勝つ術を、A代表を含めて未だこの国は確固たるものを見出してはいない。

この状況を野球の1打席に例えるならば、1-3からの“絶好球”を見逃し2-3に追い込まれた…といったところかも知れない。
ここからは思い切りの良いスイングは期待できないだろう。まず“当てて”ゆくことが最大の目的となるだろうし、そのような展開であれば、さらに正しく繊細な判断力に基づく、監督の“采配”というものが求められてくるはずだ。一つの過ちも許されない、後の無い状況がこれから続いてゆくことになる。


このレベルの相手に対しても、家長昭博の個力が充分に通用し得たのは、とてもポジティブな要素だろう。そしてA代表同様、ポゼッションで優位にたてることが明確に証明された。戦術的迷いの中で、ひとまず立ち返る場所を得た。これは選手達にとって、非常に大きな拠り所となるものであるだろうし、ここから得た自信が彼らの今後の戦いに良い影響をもたらす事を期待したい。

また内田篤人のキレのある攻め上がりと、そのタフネスには今後に期待を抱かせるものがあった。そして水本裕貴の球際の気迫と的確なマーキング、迷いの無い判断力には、成熟した安定感を見て取ることができた。A代表の人選に余裕の無いポジションでもあるし、この最終予選の中での彼らの成長を、今後さらに大きな期待を持って見守ってゆきたい。

次戦ホームのカタール戦が終わり次第、僕は反町氏を更迭し吉田靖氏か城福浩氏に切り替えるべきであると思っている。
積み上げてきたものなどひとつも見当たらない。このチームもA代表からの統合されたコンセプトの中に、一刻も早く組み込むべきである。

次のアウェーのカタール戦まで1カ月ある。
もし残された時間を無為に過ごせば、最終予選を勝ち抜けることはあっても、その後の北京で、この期間の手痛い“損失”を身を持って思い知らされることになるだろう。

“損きり”をするのは誰にとっても辛いことだ。
けれども誰かが責任を持って決断をしなければ、“何もしない”というこの状況は、日々新たな過ちを積み重ねていくことと同じことである。


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2007年08月25日

【五輪最終予選】ベトナム戦 この1年の喪失

この試合を端的に言えば、最終予選唯一の勝ち点4が期待された試合において、勝ち点3しか得ることができなかった…ということだろう。

この試合における内容うんぬんで非常に厳しい意見が反町監督には向けられているが、僕はこの1試合の内容の前に、この一年の喪失の方に大きな失望を感じる。それは反町氏自身の問題ではなく、任命した川淵氏であり、ここまでそれを看過してきた技術委員会の問題なのだと考える。

試合結果・内容そのものに関しては、正直こんなものだろうと思う。
これは誰が監督であっても、この試合におけるFWの決定力があんなものであれば、そこに大きな差異はないだろう。
ただし、この一年間にしっかりと積み上げたチームとしての戦略があれば、前半あれほど低い位置から平山相太の頭を狙って不確実なロングボールを放り込むことはなかっただろうし、水野晃樹の個力に頼りきった攻撃に固執しなければならないこともなかった。梶山陽平や本田圭佑はもっとボールに絡み、攻撃に絡み、自由に躍動し、その役割の幅を広げていただろうし、李忠成も窮屈な思いをする事はなかった…僕はそう思っている。結果が変わらないとしても…だ。

この厳しい五輪最終予選を勝ち抜けるかどうか…?

その事自体と反町体制との評価は、キッチリと分けて考えるべき事柄であると僕は考える。
なぜならばもし通過できたとしても、その事自体と彼の指導者としての能力にはさほどの脈略は無いと推測するからだ。五輪に出場できるかできないかの前に、この1年チーム力の向上が見られない。またそのゲームの中から、彼の理念でありロジックをうかがい知る事ができない。僕の価値基準の中では、これは致命的な事柄である。


僕はこの年代の選手のポテンシャルが決してそれほど低いものだとは思っていない。逆にU-20世代のそれが、それほど高いものだとも思ってはいないのだが、ゲーム内容を見る限り、両者にこれほどの“差異”が生じることに、非常に大きな危機感を感じている。

次の試練の2連戦、選手達の頑張りに期待したい。
そして積み上げたものが見当たらないならば、決断はいつでも可能なはずだ。
変化する事だけがリスクなのではない。ある状況においては、変化を恐れること自体が最大のリスクでもあるのだ。技術委員会にはこの事態を良く見極めたうえでの、迅速な決断を期待したい。


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posted by 桐谷 |08:43 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(63) | トラックバック(0)
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2007年08月06日

【4カ国対抗】対ボツワナ戦 戦評

前半、常に数的優位を形成し、ボツワナの個人技による突破や仕掛けをうまく凌いでいた日本だったが、失点後の後半10分過ぎにはすでにガス欠を起こし、コンパクトな守備ゾーンを構築できなくなるとともに一対一での劣勢から、バイタルのスペースに照準を合わされ決定機を立て続けに許す展開となった。
残念なのは失点後も同じ展開のサッカーに終始し、それを打ち破ろうとする勝利への執念、リスクを厭わないゴールへ向かう積極的な仕掛けが、手に取るようには見受けられなかった点である。

前半からの攻撃に関しても、ダイレクトパスやワンツーのシンプルな展開から、2人3人のコンビネーションで中央をこじ開けるパターンはかなりの精度で成功を収めていたが、チームとしての押上げとサイドの崩しの展開には、この1年チームとしての成長がまったく実感できない。
個の総和…というものに対して、組織としての+αの積み上げが一向に見受けられない。技術委員会はこの事態に危機意識を感じていないのだろうか?この反町体制の1年間の評価をぜひ詳らかにして欲しいものである。

間近に控えた北京オリンピック最終予選、僕は拭いきれない危機感を感じている。取り戻すことのできないこの1年間、反町体制、そして技術委員会は余りに無策だったような気がしてならない。選ばれた選手達の奮闘に心から期待したい。

選手個々に目を向けると、相変わらず平山相太の安定感を増したポストプレーが光っていたし、また李忠成のポストプレーと細かな繋ぎの落ち着いた選択とその精度にも、成長の跡がはっきりと見て取れた。これはフランサの影響や石崎信弘監督の指導に負うところが大きいのだろう。得点力とシュート精度に難はあるが、岡崎慎司とともに今のフル代表の攻撃に活力をもたらすコマとして、これからの1年でさらにプレーの質と精度を磨いて欲しい。

またフル代表の人選において、上田康太にも大きなチャンスが巡ってくるタイミングかも知れない。このオリンピック最終予選での踏ん張りが、フル代表のセレクションに直結するものとの期待と覚悟を持って、なんとかこの厳しい戦いを勝ち残って欲しい。



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posted by 桐谷 |11:05 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(20) | トラックバック(1)
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2007年08月04日

【4カ国対抗】対中国戦 戦評

良く引き分けたと評価しなければならない試合であったように思う。

ディフェンスにしろオフェンスにしろ、その内容的な評価はとても難しい試合ではあるが“気持ち”で負けない試合を見せてくれた。この年代そしてU20世代の選手の精神的に引かない部分の強さは、ACにおけるフル代表の姿と比較すれば僕の目にはとても逞しいものに映った。

試合運びの中で少し注文をつけるとすれば、敵のプレスに窮した局面で無理に繋ぐ選択の繰り返しで、たびたびカウンターの危機を被るシチュエーションが頻発させていた部分である。特に前半30分あたりの度重なる被決定機の数々は、中盤危険なゾーンでの苦し紛れのパスを狙われてのものである。

フル代表同様、このような状況は前線の裏を狙ったランと連動する形で敵陣奥深くのスペースを使うことをコンセンサスとしてやり過ごして欲しい。“ボールを守るのではなく、ボールを預ける”事でリスクを避ける戦略的なコンセンサスを選手に植え付けてゆくことで、これからの厳しい戦いの中で楽になるケースは多いものと考える。

また攻撃に関しては“良い形”ができてきたとは言わないが、平山を経由したボールの流れには一定の“良い兆し”が見えてきたものと考える。

日本のサッカーにとって、平山相太のような選手の使い方は非常に難しいものである。彼の足元を使った組み立ては日本に多くのメリットをもたらすが、逆に安直に頭を使い出した途端に、日本サッカーのこれまで積み上げてきたものがいとも容易く瓦解させられるシーンをこれまで何度も見てきたように思う。
その点で僕はこの中国戦、どちらかといえばその良い兆しの方を感じ取った。同時にシャドーの二人には物足りなさも感じたが、平山が中央の芯になれるとすれば、ここの連携を磨くだけでどこが相手でもある程度の攻撃の形は作れるのではないだろうか。


判定については何も言うことは無い。が、CFAはこの笛が自国の若い選手達に与える“影響”をよく理解しているのだろうか?僕は得られるものよりも、失うものの方が遥かに大きい所業であったように思う。
彼らはグローバリゼーションに不可欠な最低限の“常識”というものを持ち得ていない。これはサッカーに限らず、この大国の大きなリスクとして今後も未来へ禍根を残してゆくことだろう。

中国の観客の反応を見て欲しい。
ボールが敵陣に蹴りこまれれば喜びその逆になれば押し黙る。そこに至る内容への審美など一切なく、ただボールが移動するその状況だけに反応していることが良く分かるはずだ。事後のプレーへの評価や賛美もそこにはない。あるのはただ“結果”のみである。

サッカーを見る眼が、その環境自体が変わってゆかない限り、この世界のスポーツ大国においてもその質的転換は、一向に促進されないまま未来に置き去りにされることだろう。眠れる獅子が惰眠をむさぼるこの間に、日本は何をし、どのように未来へアプローチしてゆくのか…?今後の数年が大きな勝負の分かれ目であるように僕は思っている。


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posted by 桐谷 |11:07 | 2008 北京オリンピック代表 | コメント(30) | トラックバック(1)
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