2007年11月22日
このような形で世界への扉を開く大事な最終決戦を0-0で勝ち抜けたことが過去あっただろうか。
単に勝ち抜けた…以上に、やっと日本の若い世代が、このようなリスクマネージメントの元に、行き当たりばったりではなく、冷静な目的意識に根ざしたステディーな試合運びができるようになりつつある事に感心した。
言うまでも無く、U22反町ジャパンにとってのベストゲームであったように思うし、オシムサッカーのベースを築くことが叶わなかったこのチームは、このある意味とても日本らしい我慢のサッカーを更に磨き、完成度の高いものに仕上げて来年の北京五輪を迎えるべきなのだろう。
攻撃における魅惑的な連動性…という点では、オシムのそれと比してかなり見劣りするのは確かだが、このサウジアラビア戦とその前のベトナム戦、地道なスカウティング活動とそれに対応する戦術の構築で、両チームのストロングポイントとウィークポイントを見事に突けていたように思う。
セットプレー時のベトナムGK前への飛び込みもそうだし、このサウジ戦におけるこちらの左サイドへの手当て…細貝萌のボランチ起用などは12番ハサンの攻撃参加をぎりぎりのところでよく食い止めていたし、またその背後を岡崎が突くことで、DFラインからの自由な攻め上がりを許さない攻守の連携が見事に取れていたように思う。反町監督らしい緻密な戦略がラスト2戦においては見事に成果を挙げたと言えるかもしれない。
この試合で柏木陽介はさらにひとつ上の階級に手をかけたように思う。この努力し、成長し続ける天才は、速やかに上のクラスでその可能性の上限を拡げてゆくべき時期なのかも知れない。
それに比して、僕は水野晃樹のここ半年のプレーにやや危惧を感じ始めている。どれだけの才能と人気に恵まれようと、一度ひたむきさを失ってしまえばその転落は早い。今ここでもう一度、自分自身を追い込むことができれば、A代表でもその才能を花開かせることができるだろう。彼は今、大きな岐路に立っている気がする。
この試合における岡崎慎司、李忠成の前線からのチェイシングには本当に心を打つものがあった。そしてそれを助けながらサイドバックやボランチの攻め上がりに必死で対処していた柏木陽介の献身…。彼らがこの日の日本の見事なディフェンスの最大の功労者であったように思う。
厳しい批判にさらされながらも、耐え抜き、目的を達した反町監督には心からおめでとうと言いたい。
ただしここまでの成果は、選手達のその実力に助けられたものである事は否定できない。ここから何を積み上げて、本番へ臨むのか…。彼自身の真価はそこで試されるのだと僕は思っている。
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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
posted by 桐谷 |08:52 |
2008 北京オリンピック代表 |
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2007年09月13日
年をとると涙もろくなる…というのはどうやら本当のようだ。
シューズが脱げた長距離走者がそれでも懸命に走りぬいて笑顔でゴールした時、被爆したヒロシマを生き抜いた子供達のドラマを見た時、“その時歴史が動いた”を見ればエンディングの音楽に無条件に反応してしまう自分がいるし、夢を見ながらすやすやと寝息をたてている4歳半になる愛犬たちを見れば、後何年生きて一緒にいてくれるのか…と想像して、バカのひとつ覚えのようにいつも泣き笑いになってしまう。
サッカーを見ていれば良いときも悪いときもある。
悪いときには腹も立つものだし、良いときにはそれ一事だけでその周辺の日々が輝いて見えたりもする。そういう意味で、この二日間はサッカーによって幸福を与えられた2日間であったように思う。頑張ること、決して諦めないこと…その“強い気持ち”が直に伝わってきて、幸福な涙を搾り取られた2日間だった。
戦術的なことも戦略的なことも関係なく、ただ“闘って”そして“勝ち取った”試合だったと思う。全ての選手が球際に執念を燃やし、負ける事無く気迫で体を当ててゆき、時に足を挫かれ時に後ろからの卑劣なタックルをもらいながらも、戦う気持ちと折れない心で立ち向かっていた。
柏木陽介の全てを出し切る強い意志と、森島康仁のゴールへ向かう本能と姿勢には、あらためて大きな将来性を感じた。さらに家長昭博のドリブルとキープ、内田篤人のスピードと運動量、そして水本裕貴の頑張りとキャプテンシー。大きな才能に恵まれた選手達が、1秒1秒、1プレー1プレーに魂を込めて立ち振る舞う様には、何度も胸を打たれたし、心から感動した。
チームとして今のままでいいとは決して思わない。
審判に助けられた試合であったことも否定できないだろう。
けれどもどんな状態であってもいい。まずここを自分達の力で切り抜けて欲しい。最後の一滴まで、全力を振り絞って、選手達にはこの最終予選を勝ち抜いて欲しいと思う。
誰かのせいで負けることを自分に許す選手など日本にはひとりも居なかった。自分の責任を果たす前に、自らの立場を取り繕おうとする態度や処世の術も彼らは用いることを知らない。
そこにあったのは、ただ全力で、勝つために妥協無く自分を追い込む姿であったように僕は思う。大人たちは、その姿から何かを感じ、そして何かを学ぶことが出来るだろうか?
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posted by 桐谷 |10:31 |
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2007年09月10日
僕が監督であればこの試合残り20分、DFを一人下げてでも平山相太を投入して“勝ち負け”の勝負を挑んでいただろう。
気温34度、湿度73%で始まった試合である。当然両者ともに疲弊してグダクダの終盤戦である。そこで細かく繋いでサイドを攻略して…などの手数などまったく要らない。ただ二人のターゲットをクロスに対して平行に配置させて、ひたすら放り込み、そのこぼれ球を狙うべきシチュエーションであった。
勿論“勝利”を狙うことによって、必然的に“敗北”のリスクも過分に背負うことになる。けれども退場者も出、自陣に引きこもったあの状態のサウジに対してであるならば、そうすることによって、失点する可能性よりも得点する可能性の方が遥かに高かった筈である。現場における状況からそう判断したのであれば“勝つ”為に全力を尽くすのが、あの時点における判断の“必定”であると僕ならば考える。それは“アウェーで勝ち点1”の覚書などよりも、勝負師としてはるかに優先されるべき“決断”ではなかっただろうか。
もしここで敗れていれば、サウジの心は砕かれていただろう。そして実質的にこの予選をリードする日本に対して、次戦例えアウェーといえども、カタールの戦い方も少しばかり違ったものになっていた筈である。
言うまでもなく、この予選で勝ち残るのは1チームだけである。このサウジ、カタール両者に対して、日本はホーム&アウェーのどちらかには必ず勝たなければならない。その場合、僕はアウェーで勝つ事と同じぐらい…いや、それ以上にホームで勝つことは困難を伴うものであると理解している。そしてその困難に打ち勝つ術を、A代表を含めて未だこの国は確固たるものを見出してはいない。
この状況を野球の1打席に例えるならば、1-3からの“絶好球”を見逃し2-3に追い込まれた…といったところかも知れない。
ここからは思い切りの良いスイングは期待できないだろう。まず“当てて”ゆくことが最大の目的となるだろうし、そのような展開であれば、さらに正しく繊細な判断力に基づく、監督の“采配”というものが求められてくるはずだ。一つの過ちも許されない、後の無い状況がこれから続いてゆくことになる。
このレベルの相手に対しても、家長昭博の個力が充分に通用し得たのは、とてもポジティブな要素だろう。そしてA代表同様、ポゼッションで優位にたてることが明確に証明された。戦術的迷いの中で、ひとまず立ち返る場所を得た。これは選手達にとって、非常に大きな拠り所となるものであるだろうし、ここから得た自信が彼らの今後の戦いに良い影響をもたらす事を期待したい。
また内田篤人のキレのある攻め上がりと、そのタフネスには今後に期待を抱かせるものがあった。そして水本裕貴の球際の気迫と的確なマーキング、迷いの無い判断力には、成熟した安定感を見て取ることができた。A代表の人選に余裕の無いポジションでもあるし、この最終予選の中での彼らの成長を、今後さらに大きな期待を持って見守ってゆきたい。
次戦ホームのカタール戦が終わり次第、僕は反町氏を更迭し吉田靖氏か城福浩氏に切り替えるべきであると思っている。
積み上げてきたものなどひとつも見当たらない。このチームもA代表からの統合されたコンセプトの中に、一刻も早く組み込むべきである。
次のアウェーのカタール戦まで1カ月ある。
もし残された時間を無為に過ごせば、最終予選を勝ち抜けることはあっても、その後の北京で、この期間の手痛い“損失”を身を持って思い知らされることになるだろう。
“損きり”をするのは誰にとっても辛いことだ。
けれども誰かが責任を持って決断をしなければ、“何もしない”というこの状況は、日々新たな過ちを積み重ねていくことと同じことである。
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posted by 桐谷 |10:31 |
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2007年08月25日
この試合を端的に言えば、最終予選唯一の勝ち点4が期待された試合において、勝ち点3しか得ることができなかった…ということだろう。
この試合における内容うんぬんで非常に厳しい意見が反町監督には向けられているが、僕はこの1試合の内容の前に、この一年の喪失の方に大きな失望を感じる。それは反町氏自身の問題ではなく、任命した川淵氏であり、ここまでそれを看過してきた技術委員会の問題なのだと考える。
試合結果・内容そのものに関しては、正直こんなものだろうと思う。
これは誰が監督であっても、この試合におけるFWの決定力があんなものであれば、そこに大きな差異はないだろう。
ただし、この一年間にしっかりと積み上げたチームとしての戦略があれば、前半あれほど低い位置から平山相太の頭を狙って不確実なロングボールを放り込むことはなかっただろうし、水野晃樹の個力に頼りきった攻撃に固執しなければならないこともなかった。梶山陽平や本田圭佑はもっとボールに絡み、攻撃に絡み、自由に躍動し、その役割の幅を広げていただろうし、李忠成も窮屈な思いをする事はなかった…僕はそう思っている。結果が変わらないとしても…だ。
この厳しい五輪最終予選を勝ち抜けるかどうか…?
その事自体と反町体制との評価は、キッチリと分けて考えるべき事柄であると僕は考える。
なぜならばもし通過できたとしても、その事自体と彼の指導者としての能力にはさほどの脈略は無いと推測するからだ。五輪に出場できるかできないかの前に、この1年チーム力の向上が見られない。またそのゲームの中から、彼の理念でありロジックをうかがい知る事ができない。僕の価値基準の中では、これは致命的な事柄である。
僕はこの年代の選手のポテンシャルが決してそれほど低いものだとは思っていない。逆にU-20世代のそれが、それほど高いものだとも思ってはいないのだが、ゲーム内容を見る限り、両者にこれほどの“差異”が生じることに、非常に大きな危機感を感じている。
次の試練の2連戦、選手達の頑張りに期待したい。
そして積み上げたものが見当たらないならば、決断はいつでも可能なはずだ。
変化する事だけがリスクなのではない。ある状況においては、変化を恐れること自体が最大のリスクでもあるのだ。技術委員会にはこの事態を良く見極めたうえでの、迅速な決断を期待したい。
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posted by 桐谷 |08:43 |
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2007年08月06日
前半、常に数的優位を形成し、ボツワナの個人技による突破や仕掛けをうまく凌いでいた日本だったが、失点後の後半10分過ぎにはすでにガス欠を起こし、コンパクトな守備ゾーンを構築できなくなるとともに一対一での劣勢から、バイタルのスペースに照準を合わされ決定機を立て続けに許す展開となった。
残念なのは失点後も同じ展開のサッカーに終始し、それを打ち破ろうとする勝利への執念、リスクを厭わないゴールへ向かう積極的な仕掛けが、手に取るようには見受けられなかった点である。
前半からの攻撃に関しても、ダイレクトパスやワンツーのシンプルな展開から、2人3人のコンビネーションで中央をこじ開けるパターンはかなりの精度で成功を収めていたが、チームとしての押上げとサイドの崩しの展開には、この1年チームとしての成長がまったく実感できない。
個の総和…というものに対して、組織としての+αの積み上げが一向に見受けられない。技術委員会はこの事態に危機意識を感じていないのだろうか?この反町体制の1年間の評価をぜひ詳らかにして欲しいものである。
間近に控えた北京オリンピック最終予選、僕は拭いきれない危機感を感じている。取り戻すことのできないこの1年間、反町体制、そして技術委員会は余りに無策だったような気がしてならない。選ばれた選手達の奮闘に心から期待したい。
選手個々に目を向けると、相変わらず平山相太の安定感を増したポストプレーが光っていたし、また李忠成のポストプレーと細かな繋ぎの落ち着いた選択とその精度にも、成長の跡がはっきりと見て取れた。これはフランサの影響や石崎信弘監督の指導に負うところが大きいのだろう。得点力とシュート精度に難はあるが、岡崎慎司とともに今のフル代表の攻撃に活力をもたらすコマとして、これからの1年でさらにプレーの質と精度を磨いて欲しい。
またフル代表の人選において、上田康太にも大きなチャンスが巡ってくるタイミングかも知れない。このオリンピック最終予選での踏ん張りが、フル代表のセレクションに直結するものとの期待と覚悟を持って、なんとかこの厳しい戦いを勝ち残って欲しい。
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posted by 桐谷 |11:05 |
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2007年08月04日
良く引き分けたと評価しなければならない試合であったように思う。
ディフェンスにしろオフェンスにしろ、その内容的な評価はとても難しい試合ではあるが“気持ち”で負けない試合を見せてくれた。この年代そしてU20世代の選手の精神的に引かない部分の強さは、ACにおけるフル代表の姿と比較すれば僕の目にはとても逞しいものに映った。
試合運びの中で少し注文をつけるとすれば、敵のプレスに窮した局面で無理に繋ぐ選択の繰り返しで、たびたびカウンターの危機を被るシチュエーションが頻発させていた部分である。特に前半30分あたりの度重なる被決定機の数々は、中盤危険なゾーンでの苦し紛れのパスを狙われてのものである。
フル代表同様、このような状況は前線の裏を狙ったランと連動する形で敵陣奥深くのスペースを使うことをコンセンサスとしてやり過ごして欲しい。“ボールを守るのではなく、ボールを預ける”事でリスクを避ける戦略的なコンセンサスを選手に植え付けてゆくことで、これからの厳しい戦いの中で楽になるケースは多いものと考える。
また攻撃に関しては“良い形”ができてきたとは言わないが、平山を経由したボールの流れには一定の“良い兆し”が見えてきたものと考える。
日本のサッカーにとって、平山相太のような選手の使い方は非常に難しいものである。彼の足元を使った組み立ては日本に多くのメリットをもたらすが、逆に安直に頭を使い出した途端に、日本サッカーのこれまで積み上げてきたものがいとも容易く瓦解させられるシーンをこれまで何度も見てきたように思う。
その点で僕はこの中国戦、どちらかといえばその良い兆しの方を感じ取った。同時にシャドーの二人には物足りなさも感じたが、平山が中央の芯になれるとすれば、ここの連携を磨くだけでどこが相手でもある程度の攻撃の形は作れるのではないだろうか。
判定については何も言うことは無い。が、CFAはこの笛が自国の若い選手達に与える“影響”をよく理解しているのだろうか?僕は得られるものよりも、失うものの方が遥かに大きい所業であったように思う。
彼らはグローバリゼーションに不可欠な最低限の“常識”というものを持ち得ていない。これはサッカーに限らず、この大国の大きなリスクとして今後も未来へ禍根を残してゆくことだろう。
中国の観客の反応を見て欲しい。
ボールが敵陣に蹴りこまれれば喜びその逆になれば押し黙る。そこに至る内容への審美など一切なく、ただボールが移動するその状況だけに反応していることが良く分かるはずだ。事後のプレーへの評価や賛美もそこにはない。あるのはただ“結果”のみである。
サッカーを見る眼が、その環境自体が変わってゆかない限り、この世界のスポーツ大国においてもその質的転換は、一向に促進されないまま未来に置き去りにされることだろう。眠れる獅子が惰眠をむさぼるこの間に、日本は何をし、どのように未来へアプローチしてゆくのか…?今後の数年が大きな勝負の分かれ目であるように僕は思っている。
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posted by 桐谷 |11:07 |
2008 北京オリンピック代表 |
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