2010年07月30日

最期に……日本サッカー界への7つの要望【キリタニ】

その1 フィジカル勝負から逃げるな

今回の南アフリカWCを見てあらためて思ったことである。いつまでもフィジカル勝負から逃げていてはいけない。身近なところでは韓国が良い例である。彼らはグループリーグでギリシャやナイジェリアと闘ったが、フィジカルの差は歴然ながらも、決して球際で負けていた訳ではない。同じように欧州やアフリカに対して体格差で劣るアルゼンチンはどうだろうか?彼らとて、球際の攻防では決して負けてはいないのだ。強い気迫と確かな技術、そして智慧を持ってブチ当れば、常に勝てぬとも互角の勝負はできるはずなのだ。もっと体幹を鍛えること。ボールを失わない技術を養うこと。そして球際の気迫で負けないこと。またそんな激しさを、Jリーグにおいてレフェリーの笛が促してくれることを心から望む。


その2 厳しい競争環境を

クラブ間競争と共に、外国籍選手をも含めた選手間競争、各クラブのポジション争いをさらに促すべきである。Jリーグの強化のためにも、魅力のためにも、外国籍枠など早々に取り払うべきだ。なぜ先にAFC枠を先行させるべきか……と云えば、良い外国籍選手(主に南米や東欧)を参加させるためにも、まずは経済基盤の拡大のほうが先決であると考えるからだ。今でさえ多くのクラブが、経済的理由から3つの枠を埋めきれずにいる。現状国内TV放映権料の増額が見込めない以上、そのマーケットの拡大に期待する以外にない。Jリーグの3、400番目の選手よりも優れたアジア人選手たちは少なくない。


その3 何よりも大切なのは経験

近年若年層の代表レベルでのアジア予選敗退が続いている。これは代表チーム指導者の能力不足が主因であると考えるが、これらの世代における経験の不足は、今後さまざまな形でA代表の成績に響いてくることだろう。国内の試合においても、もっともっと重圧のかかる修羅場を増やしてゆくべきである。入替戦の採用。ナビスコカップのJ2参加(若い選手が高いレベルを経験できる)。そして代表チームとJクラブチームとの満員の観客のもと行なわれるテストマッチ。協会もリーグもタブーを設けず、いろんなアイディアを持ち寄って議論してみて欲しい。今より良い方法はたくさんある筈である。


その4 それぞれのポジションに特化したスペシャリストの養成

例えばジェラール・ピケのようなCB。そしてまた韓国のイ・ヨンピョのようなSB。これまでの日本サッカー界では、攻撃面においてあまりスポットライトの当らなかったポジションに、高いボールコントロールやパス精度、攻撃の組み立てや戦術眼といった多彩な要素が求められるようになってきている。早期に選手の特性を見抜くことが何よりも大切なのは云うまでもないが、チーム事情よりも選手個々の可能性に根ざした育成が、今後これまで以上に重要になってくる。そしてそんな指導者に対する充分な評価体制も確立されてゆくことを望む。


その5 勝利への執念

準々決勝、ウルグアイ-ガーナ戦。終了間際のスアレスのハンド。国内でもさまざまな議論があった筈だ。ここで誰かとそれぞれの正義感の是非や優劣を闘わせる気はないが、あれを悪と見なすのであれば、カメルーン戦、エトーのユニフォームを掴んだ阿部勇樹のそれも同じく悪なのだろうか?Jにおいて、コロコロ転がり回り主審の顔色を伺う日本人選手達は?時間稼ぎをし、当ってもいない敵の蹴り・ヒジ打ちでのたうちまわる行為は?すべて世界中どこでも見られる日常的な光景である。僕はこう思う。サッカー選手として、勝利への執念は何よりも大切なものだと。そして勝つためにはペナルティを覚悟しても止めなければならない場面がある。悪意あるラフプレーや、下手な演技は要らないが、それ以外の勝敗に直結するやむを得ない選択について、上手くスマートにこなせる成熟した日本人プレーヤーが増えていってくれることを僕は望む。


その6 結果がすべて……ではない

選手や現場のニンゲンが、結果がすべてと退路を断って闘うことには大きな意味があろうと思う。しかしそれ以外の立場のニンゲンが、己自身何かを賭けるでもなく、そんな言葉で彼らを断罪する、或いは糾弾するための根拠とするのは不毛なことである。彼らがこの国の代表であり、僕らがそれを送り出す立場だとすれば、そこで出される“結果”とは、紛れも無く僕たち自身に突きつけられた“結果”である。その“結果”に当事者意識を持てずして、どうして彼らのみを責められるだろうか?ひとつの誤審によって失われる“結果”というものがある。或いは奇跡的な幸運の連鎖により得られる“結果”というものもある。その“結果”の中身を吟味し、未来のために正しく役立てることこそが何よりも重要なことなのだと僕は思う。


その7 サッカーに何が成し得るのか

今後数十年に渡り、日本は苦しい現実をあえぎながら乗り越えてゆかなければならないのだろう。その過程で、第二の敗戦と見紛えるばかりの、阿鼻叫喚の辛苦に突き当たることもあるのかも知れない。常識が非常識によって覆され、正義が恐怖によって、或いは平和が暴力によって退けられる時代が、再び到来するのかも知れない。そんな時、人々のために何かを成し得るサッカーであって欲しいと僕は思う。人々の希望を担える何かであって欲しいと思う。



最期に……

これまで355の本文。
誰かからの批判を恐れて書きあぐねたことは一度もなかったけれど、これを書くことによって誰かの心を傷つけることになるのかも知れない……と、それに怯えて書きあぐねたことは何度かあった。

それは批判対象の人物そのものであったり、そのご家族やご親族の方であったり、関係者の方々であったり、或いはAと云う誰かを褒め称えることで、結果的にBと云う誰かを、貶し、否定することに繋がるという状況であったり……。それでも結局僕は、常に心に思ったままを書く……という選択をしてきた。それについて今更後悔はないけれども、ここを閉じるにあたり、僕がここで書いてきた内容によって、心を痛めたり、傷つかされたりした方々に対して謝罪をしておきたい。

彼らの立場からみれば、不当な批判と云ったものは必ずあった筈だし、その中には僕自身の間違いや、事実誤認といったことも多々あったことだろうと思う。

いろいろと御迷惑をおかけいたしました。


狭い世間の中で生きていると、知らず知らずのうちに、自分の意見と云うものが通ってしまう。自分と云うものが押し通せてしまう。

今回このブログに携わり、少しずつ自分の声と云うものが大きくなってゆく様を目の当たりにしながら、誰の立場にとっても正しいこと……といったものは幻想でしかないということ……現実の多面性を改めて思い知ったし、主張すると云うことそれ自体が、好むと好まざるとに関わらず、多くの敵を作り、それに立ち向かうということなのだと知らされた。

おまえの云うその責任って何のことだ?

と聞かれた。最期にそれについて答えておこうと思う。

責任とは事後に問われるべきものでも、物質的なものばかりでもないのだと、僕自身は考えている。僕にとっての責任とは、ネット上こんな場であったとしても、常に自分自身であり続けると云うこと。それがほとんど全てである。これを誰かの所為にしようとしてみたり、他人のフリを装ってみたりすることなど一度もなかった。

驕りも不遜も、尊大さも無愛想も、無知も不理解も、誤解も曲解も、屁理屈もケンカ腰の態度も、的外れな主張やズルすべりのギャグも、すべて自分自身で吐き出すと同時に、自分自身で受け止めてきた言葉である。ここに僕が晒してきた恥。ここに僕が注いできた想い。一字一句全部、僕が僕自身であり続けた証であると思っている。

責任とは、自由や権利の対価であり、また自分自身の行いそのものである……と僕は思う。

そしてまたこうも云っておきたい。その自由や権利の敵は外ではなく、常に自らの心の内側にあるのだ……と。その自由の為に、ボクらひとりひとりが、自らの心に在る、その内なる敵と戦わなければならないのだ……と。その時ボクたちと、そしてこの世界は、もう少し賢くなれるのだろうと、僕は信じている。

ここでの僕の言説が、誰かに無責任と謗られるのだとすれば、それも甘んじて受け入れようと思う。けれども皆が皆、ネット上自らを何と名乗ろうとも、自分自身であることに責任と誇りを見失わぬのであれば、この場はもっと有意義なものになるのだろうと僕は思う。価値あるものになってゆくのだろうと思う。その時また、ここでみなさんと再会できることを楽しみにしております。

読んでいただいた方々、言葉をかけていただいた方々、ここで出会うことはなくとも、今日もまた雨の中子供たちのためにグランドに足を運んでくださる方々、明日もまた酷暑のなかスタジアムへと足を運んでくださる方々、サッカーが大好きなすべての方々に、いま心から感謝します。

長らくお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。
またいつか会おうね。

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2010年07月16日

自分なりのケジメについて 【キリタニ】

ID投稿、認証制度によって、その数はだいぶ減ってきましたが、このブログのコメント欄には、平均すれば1つのエントリーにつき20~30程度のコメントが届きます。多いときは100を超え、200近い数にのぼった時もあります。

一人一人のコメントに対して、それぞれ感謝を込めて誠実に対応しようとすれば、日々の生活の中でかなりの時間と労力が必要になる。これを為し遂げるには、相当のモチベーションとやりがいのようなものが必要になります。楽しいやりとりでなければやってられない。

だからこそ、こちらを不快にさせるために書き込まれるコメント。土足で踏み荒らすような表現。この場に何らの敬意も礼節も払おうとしない態度。例えそれが偽りの無い評価であろうと、こちらを侮辱する意の汲み取れる文言。

日々のせわしない生活の中で、このコメント欄に対して、自分自身誠実に対応しようとすればするほど、僕にはそれらのコメントが許せませんでした。

表現の自由は判る。
ネットの自由は必要だと思う。

が、それに対する義務はないのか?
責任はないのか?
その向こう側に、人のココロはないのか?

そしてここは掲示板ではない。こちらだけ一方的に、何十人何百人ものさまざまなニンゲンの不平や不満に対して誠実にお付き合いし、穏便、穏当にやりとりせねばならない義務だけがあるのか?果たしてそれが公平なのだろうか?

そのような疑問とやりがいを天秤にかければ、このコメント欄を存続してゆくということ、そのひとつひとつに誠実に対応してゆくと云うことは、とても割に合わない作業だと思いました。結局ID投稿制にしたところで、認証制にしたところで、どこまでも他者の悪意と云ったものは、手を変え、しなを変え、付き纏ってくる。モチロンそれも誰かに云わせれば、身から出たサビなのだろうと思う。

一人の発信者として、あらゆる評価があるのは、モチロン覚悟している。これまでも他所で語られるそれらに対して、いっさい抗議、反論したことはない。が、その一方で、ありとあらゆるニンゲンたちの、そのあらゆる次元や人間性から浴びせられるひとつひとつの反論や批判に対して、この場で際限なく誠実に『対応』することまでは不可能だ。そんな時間もモチベーションもない。

結局ここまで迷いながらこのコメント欄を存続させてきたのは、そんな煩わしさに付き合わされながらも、その他の多くの皆さんにとってこの場が有用に活用されている、楽しんでいただいているのではないか……と云う期待があったからです。

そして僕はそんな状況の中で、今回致命的なミスをしてしまいました。悪意のないところにまで悪意を探し、それに自分自身のモラルに反するやり方で反撃を加えてしまった。僕が今回この場から身を引くことにしたのは、この場で他者に対して求めてきた“自分なりの正義”を、自ずから踏み外してしまったことに対するケジメと責任です。

今回はいつもどおり認証制のまま公開しておきますが、様子を見て次回から廃止させていただくかも知れません。

すべて開放し、表現の自由の名の下に、好き放題させることも考えましたが、この場にさらなる悪意や身勝手を蔓延らせるようであれば、むしろ閉じてキレイサッパリ無くしてしまったほうが良いだろうと考えております。

この表現もこれで最後にしますが、僕にとってこのコメント欄は、これまでおそらく1000時間もの時間と手間ひまを掛けて育ててきた『庭』のようなものです。そして面倒くせぇと思いながらも、これを続けてこれたのは、この場に対する多くの皆さんの敬意と礼節、そして御協力があったからこそだと思っています。

僕はもう少しだけ本文の方を書き綴ってから、一旦ブログを休止させていただくことにします。


まずは読裏さん。karimanさん、天点さん、my-10さん、tadahideさん、UJさん、そしてreckress。mimi-gaさん、enterpriseさん、ironmouseさん、longさん、皆さんの今後のスポナビでの奮闘に注目しています^^それぞれ楽しみながら頑張ってください。

プーアールさん。ペン太郎さん。kakaraさんやラッシュさん。CHUEさん。しろうとさん。takatakaさん。チャアヤさん。alpha。コディーノ。すっぴんさん、じじいさん、モンドのオヤジさん、moneru01さん、星人さん、OMA同盟参上さん、リベリーさん、もとぼうさん、やっさん、モモンガさん、夕焼けさん、ゑまのんさん、ロベルトさん、Junoさん、攻撃的GKさん、くまおさん、豪蹴人さん、akaさん、がががさん、psycoroさん、ケロッグさん、21tomさん、osim1995さん、blue09さん、馬慈尾さん、ぽぽんでる。さん、スナフキンさん、アニーさん、大地と森のはははさん、おおたあさん、ahiさん、えぬえぬさん、なしあさん、フアン・ゲレーロさん、みづはさん、サッカー素人さん、サッカー小僧さん、yk16さん、還暦の蹴球爺さん、NTTMEさん、バンビーナさん、OMA同盟参上さん、 robi-さん、示威さん、Sound And Visionさん、50のおじんさん、年寄りJUNさん、RED_part2さん、S.Nさん、いまめさん、なしあさん、 きょうとしちーさん、だいだいさん、キトさん、ぶーちゃんさん、ももさん、鳥脳さん、よーかいさん、怪獣アントラ、稲本マニアさん、パンさん、ねこ、三本の矢さん、なつさん、五位堂さん、あきら@さん、Mr.daydreamさん、そしてアネモネさん、最後に蹴球爺さん……。

きっとたくさん書き漏れがあると思いますが、皆さんとここで出会えたこと、楽しい時間を過ごさせてもらったこと。心から感謝します。ほんとうにありがとうございました。レスは要らないよっ。もうこっちからレスできないんだから。

ひとまずこの場でお別れとします。みんな、元気でっ!


※関連エントリー
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800時間の邂逅
サッカーのトモダチへ
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2009年08月22日

花巻東と菊池雄星の夏

花巻東というチームは、決して個々の能力に秀でた、突出したチームではないのだろう…と思っている。今大会にしても、初戦の長崎日大にしろ、横浜隼人にしろ、東北にしろ、明豊にしろ、もしかしたら彼ら以上の個の能力、ポテンシャルを有したチームだったのかも知れない。けれども、立て続けのクロスゲームを制してきたのは彼ら花巻東であった。その根源に在るもの、原動力と成り得たもの、他者より秀でたものがもしあったとするならば、それは守備にしろ攻撃にしろ、ミスなく基本を実践し得るひたむきさと、“信じる”チカラの強さ…ではなかったかと思う。

彼らのプレー、そのひとつひとつは、野球というゲームの中における1%に満たない可能性の芽を“信じる”ところから出発している。守備における徹底したカバーリング。ファーストベースの3歩先、5歩先をめがけて全力で駆け抜ける走塁。それらはすべて、たった1回の可能性を信じて、99回の無駄を厭わないプレーである。99回の献身の先に、たった一度の報いがあるかどうかは分からない…。が、それぞれが当たり前のように全力で取り組むその陽の当らない献身的所作のひとつひとつを、僕はどんなファインプレーや、スーパープレーよりも、尊いものであると思う。

たとえそれぞれは小さなチカラであっても、信じ、信じあって、1球1球のプレーに全力を尽くしさえすれば、きっと“何か”が起こる…。

ある意味でそんな奇跡や幻想を、実際の現実として彼らに体験させ得る野球というスポーツの奥深さとその素晴らしさに、僕はひとりのサッカーファンとして、ただただ脱帽である。そしてその価値や信念を、本当の意味で選手たちと共有し得た花巻東・佐々木洋監督は、誰よりもしあわせな野球監督であると思う。そして菊池雄星くんという選手が、ここに生まれ育まれたことには大きな意味がある…。いつかすべてが過ぎ去ったときに、迷いなくそう思える運命が、彼らに訪れてくれたら…と、願っている。

詩心のまったくない僕ではあるが、これまでの人生の中で、たった一編だけ、何度でも頭の中でそらんじ、口に出してつぶやいてみる詩がひとつだけある…。『雨ニモマケズ』という詩である。陽の当らない穏やかすぎる日常を、自分自身の弱い心にだけは負けまい…と、必死でもがき、這いつくばりながら前へ進もうとした或る田舎者の、メモ帳の1ページに遺した書きかけの詩である。僕は花巻東の野球の中に、いまその詩の心の真髄を見ている気がする。見せられている気がするのだ。

自分自身の弱さというものに対して、ある意味連戦連敗のムダな人生を過ごしてきた僕のような者だからこそ、彼らのこの夏の物語は、よりいっそう眩しく、また感動的なものである。

誰かに勝つこと…ではない。
自分自身の弱い気持に負けないこと…。最後まで諦めない彼ら自身の物語を、この残り少ない2009年の夏の日の幾日かで、泥臭く結んでくれることを、心から期待している。


宮沢賢治「雨ニモマケズ」※geocitiesより


8月6日、ヒロシマ 

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2009年07月24日

ブログランキングやめます

2007年アジアカップの直前にこのブログをはじめて、2010年の南アフリカワールドカップ、オシムジャパンの結末をとりあえずのゴールと定めて、これまで255のエントリーを書き連ねてきました。何度か投げ出そうかと思ったこともありましたが、オシムジャパンが岡田ジャパンになって、本大会への出場を決め、そして本番まで1年をきり、あと何篇の文章をここに書き残せるか分かりませんが、ここから自分なりに思い残す事のないよう、スパートをかけてゆきたいと思っています。これまで以上に、歯に衣着せず、思いのままに、書き綴ってゆこうと思っております。

そこで今回人気ブログランキングの登録を停止させていただきました。

なぜかというと、どうしても1位になれないから…ではなく(笑)、これまでずっとこのランキングの応援クリックをたくさんの方に押してもらっていながら、自分自身はその応援に応えるための努力をせず、またランキングの1位を目指す意志もなく、さらにはその応援のクリック数すら把握・確認せずに過ごす日々が、当たり前になってしまっていたからです。これではなんの為に応援していただいているのか、ありがたいお気持ちをお示しいただいているのか分からない。自分なりに心苦しさを感じはじめていたところでした。

1週間にアップできるのは平均してせいぜい1度か2度。それでも毎週の集計は、常に1000~2000ポイント近くあった訳ですから毎週100~200回(1クリック10ポイントなのだそうです)の応援クリックをいただいていたことになります。これが2年で10000~20000回ものクリック…。ざっと計算しても物凄い数字なのですが、これだけ背中を押して励ましてくださっていた方々がいたということに、今更ながら気づき、身の縮む思いでおります。

中には記事がアップされるたびに、毎回毎回懲りずに熟読し、義務のように押して下さっていた方も居られたと思います。こんなブログでもランキングの上位に押し上げてやりたいと思われた方も居られたでしょうし、悪いものには沈黙を、良いものにはクリックを…という自分なりの評価でお付き合いいただいた方も居られると思います。そんなこれまでのご好意やありがたい評価に、今後応えられるかどうか、ご恩返しできるかどうか分かりませんが、自分なりに励みにしてこつこつ頑張っていこうと思っております。

代表もそうですが、これからはよりJリーグに力を入れて書いてゆきたいと思います。これまでも言ってきたことですが、代表のサッカーを強くする為には、Jリーグを強くすることが一番の近道なのだと思います。またJリーグを強くするということは、僕らそれを見守るものたちが主体的に変化し、環境を醸成し、それに対する対応をリーグやクラブ、プレイヤーたちに求めてゆくことが何よりも必要な事なのだと思います。

当然のことながら、僕のようなものにできることは限られていますが、諦めずへこたれずに言い続けてゆく事が大切なのだと思います。誰も耳を傾けてはくれなくとも、これまで通りアホのように唱え続けてゆくことが、いつか何かの役に立つことがあればと思っています。

来週からは『JUMPへの通知表』『ポスト岡田への推薦状』といったテーマで、少し気合を入れて書いていきたいと思っています。

これからは、さらに唯我独尊のサッカー論を強力に進めてゆくつもりです。これまでは皆様からのサポートに助けられ、救われた思いをすることが何度もありました。ある意味で、クリックの数字が心の支えになっていた部分もあったと思います。が、これから迷いなくそれを進めていく過程で、きっと世論から孤立することも幾度かあるかと思いますが、ためらわず最後の最後まで自分自身の信念を貫きたいと思っています。

これまでの皆さんのブログランキングの応援・サポートに、いま心から感謝いたします。ほんとうにほんとうに、ありがとうございました。

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2009年06月29日

おまえは議論から逃げるのか?への最終回答

ドアホかFIFAランキングをそこまで信仰するんだったらさ、ワールドカップなんて見るなよ。優勝チームもいまからわかっちゃってつまんねーだろうし。ウザイこと言わずに静かにランキングだけ見てろ。こいつは絶対にサッカーやったことない。 /よね

し さん ここの変態管理人がまた偉そうな事を知ったように書いたときはいつでもまた出現してまたコヤツを成敗してくれよー気持ちよかったぞい/しサポーター

消滅宣言したらいきなりバッシングを受け始めたこの『し』とかいう人物 無礼者かもしれないけど論客としてはスゲーやつだな消えられてちょっと残念だな この人とやりあったら管理人も歯が立たないよ無視して正解また『し』が登場したらひとひねりにされるかもよ/ouch!

3つのゴールて、勇気やる気元気じゃないの、/通りすがり




今回僕が非表示にさせてもらったコメントは上記の4つ。それに僕以外の他のコメンテイターさんに対して書かれたもの1つ。計5つです。

これを表示しないことに対して、ここのコメント欄参加者の皆さん、読者の皆さん、いろいろな考えがあるでしょうね。今回はそれも含めて、このコメント欄の今後の方針を書いてみたいと思います。

大体平均すると1つのエントリーに対して20~30近いコメントがあるでしょうか。これが代表戦や代表関連であれば、さらにそれよりも増える傾向があるように思います。またそれにつれて上記のような類のコメントもなぜか増える。これを1つ2つ表示すれば、同人物か、あるいは類は友を呼ぶのか、その後にさらに同様の書き込みが続く傾向にあるように思います。

中には単に無邪気なものから、屈折した感情によるもの、或いは憎しみや利害や報復、いろいろな理由があるのかも知れませんが、今後これらのものは僕自身の価値観において、一切を排除してしまおうかなと思っております。きっと表示の期待を持たせることでまた書き込ませることに繋がるのだろうし、それを表示しなかったことによってまた新たな憎しみの感情呼び起こす。そんな不毛の連鎖は、いまここでキッパリと断ち切るほうが良いのかなと思っています。

自分なりにこれまで努力してきたつもりではあります。なるべく僕個人の意思による統制はしないほうが良いだろう。その方が読んでいただいている方々にとってもオモシロいものになるだろう…と。ところがそこで自分なりの規制を緩めようとすれば緩めようとするほど、上記のような挑発や僕から見れば不愉快なコメントの侵蝕を助長することになり、結局は僕自身のこのコメント欄に関わるモチベーションを低下させる。

それならいっそ僕自身は一切関わる事なしに、すべて開放してしまおうかとも思う。実際に読んでくださっている方々は、いつもこのコメント欄に参加してくださっている方々は、いったいそのどちらを望まれるのか?一度皆さんにお聞きしてみたいとずっと思ってきました。

上記のようなコメントを排除するということは、捉えかたによってはアンフェアな言論統制といえるでしょう。僕自身間違いなく言論統制であり、情報操作なのだと自覚しています。しかし現実の世の中に真の公平などというものが成立しないのと同じように、たとえすべてを開放したとしても、この場に真の公平などといったものが根付く事はないでしょう。むしろそれはある一部の者の意図によってさらに捻じ曲げられ、歪められるものなのかも知れない。そういう意味で、今後もお付き合いいただく方々には、事前にこのコメント欄の、ある意味での排他性と不公平性を承認してもらわなければなりません。

そしてもうひとつ。
言うまでもなく、僕がこのキリタニブログという場で書き綴っている事は、決してサッカーにおける正義や正解ではないのです。ありのままの、僕個人の意思がここに在るだけです。

当然異なる意見もあろうし、反意もあることでしょう。それは当たり前のこと。だからといってどちらかが折れなければならない話でもなく、ここで分かり合わなければならない話でもない。

『おまえは議論から逃げるのか?』

と、よく言われます。

しかし、この場でそれに取り合ったり、反論に対する反論を返してみたところで、何がもたらされるのでしょうか?僕には僕のひとつの揺るがぬ意思や価値観というものがあり、皆さんには皆さんの、それぞれにまた揺るがぬ意思と価値観というものがあるはず。

それはきっとぶつけ合ってみたところで、互いに痛みか憎しみを残すばかりで、なんら生産的な意味や価値などもたらさないものだと僕自身は思っているし、ここでこれまでに、嫌というほど思い知らされてきました。

それを楽しみにしている人々。人と人が傷つけあい罵りあう様を、冷やかしたり、けし掛けたり、愛好する、一部のギャラリーが在ることもよく存じておりますが、僕はコロッセオの見世物になることも、そこで無意味に何ものかと戦わされることも、まったく望んでない。たとえ誰かを剣で一突きにしたつもりになったとして、何の得が、喜びがあるのか?これまで僕は、一度としてそこに快楽や喜びを見出した事はない。にも関わらず、そのことによって向けられた幾つかの憎悪には、未だに苛まれているのかも知れない。そんな不毛さにいい加減辟易しているところです。

これからも僕は、僕自身のサッカーに対する意思や価値観の表明の場としてこれを用い、今後コメント欄においては、親しみの情を示してくださる限られたいくつかのコメント、参加者の皆さんにのみ言葉を投げ返してゆくだけに登場を制限しようと思います。それ以外については、それぞれがそれぞれでご利用いただけることを望みます。サッカーに対する純粋で、真摯な、意思表明である限り、皆さんで自由にご活用いただけるようお願いしたいと思います。


最後に『し』氏へ

俺はやっぱりあんたの言ってること、その要求っておかしいと思っている。
サッカー観がどうだとか、こうだとか、ぜんぜんそれ以前の問題で。
ただし、変態と罵られながらも(残念ながらそこだけは正解…)、なぜあんたのコメントだけは非表示にせず、表示し続けたのか、そのこちらの思いだけはどこかで汲んでもらえればいいなって思う。

俺は人気ブログランキングじゃ1位になれない人間ですが、もし不人気ブログランキングっていうものがあれば、実際勝てると思っているし、王者として君臨できる自信もあります^^;だから嫌われるのは正直仕方ないと思っているし、そう思われるのも至って自然な事なのだと思います。

上にもあげた通り、もしかしたら実際はたった一人なのかも知れないけど、あんたのサポーターと称するものだっている。俺はあんたと関わるつもりなんてまったくないけど、あんたのサッカー論や意見を楽しみにしてる人、共感し、共に語り合いたいと思う人たちもきっと何人かいるんだと思う。

すでにブログやってるんだったら相互リンクしてもらってもいいし、トラックバックで憎たらしい反論を書いてくれてもいい。もしまだならこのスポナビでも、他の場所ででも、面倒くさがらずに自分自身の主張を貫いてくれたらいいなと思っています。とりあえず早く体治して。元気になってからまたご自慢のサッカー観をどこかで披露してください。

じゃあ、そういうことで。
もう来んなよっ^^

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東国原の野望と、とてつもない日本    

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2009年04月09日

青い空と流れる白い雲の記憶

koushien
kikuchi
今では野球などいっさい見ることのなくなってしまった僕が、ふらふらと甲子園まで足を運んだのは、その日ぽっかりと空いてしまった半日の時間を、ただ天王寺のホテルの一室でぼんやりと過ごすことに退屈を感じていたからかも知れないし、また青春時代のひと時を共に過ごした友人の母校・花巻東が、偶然その4月2日の、春の選抜高校野球決勝戦にまでコマを進めていたからかも知れない。 TV画面を通してみる菊池雄星くんの面影は、またどことなく友人のそれを思い起こさせるものもあり、大会準々決勝あたりから、この春の選抜、花巻東高校の活躍に僕は密かに期待を寄せていたのだ。 大体顔自体は、どう見ても僕の方が良いつくりをしていたはず(自称)なのだが、不思議な事にその友人は妙に女の子にモテる男だった。 『今日、彼女連れてくから…』と言われ待ち合わせの場所に向かうと、ついこのあいだ見た娘とは明らかに違う女の子を連れてくる。別れ話で、彼と彼女の両方の側からまったく正反対の、別れたい、別れたくない、の伝言を要求され、その板ばさみで夜毎奔走させられ、不眠症に悩まされた受難の日々もあった。結局最後には、のっぴきならない修羅場にまで到り、僕はケツをまくって遁走してしまったのだが、それから数日と経たぬ間に、また何事もなかったかのように、新しい彼女を紹介してきた傑物である。まったく女に関しては、躊躇い、怯む事を知らない真の勇者であり、また言葉を変ずれば容赦のない鉄面皮のような男だった。 僕らは互いに、サッカー選手であり経験者でもあるが、また大の野球ファンでもあった。二人でエースの座を競い合い草野球に打ち込んだ時期もあったし、夜毎ニッポンのサッカーについて、プロ野球について、最低限おさえねばならないいくつかの単位について、そしてファッションや女の子のことについて、互いの部屋で、また時には長電話で、あてどなく朝まで話し込んだりもした。そして僕よりひとつ年上だった彼と僕は、ただぼんやりと、おもしろおかしく3年の月日を共に過ごした。それぞれが別々の人生をのたうちまわり始めた後も、彼の女癖は相変わらず健在であった。そして結婚直前まで、休む間もなくありったけの欲望を、彼はこの東京砂漠に一人ぶちまけ続けたのだった…。 1600円のバックネット裏のチケットを購入し、用意したウィンブレやひざ掛けに包まって試合が始まるのを待つ。天然芝の緑がキラキラと輝く中、僕は土のダイヤモンドの上にむらなく丁寧に水を撒くグラウンドキーパー達のその技術と見事なまでの様式美に、心奪われ見とれていた。 通いなれたサッカースタジアムとは異なり、観客もそれぞれがそれぞれに、のんびりと自分の間(ま)で試合開始を待ち、また試合がはじまっても、それぞれがそれぞれに、自分の過ごし方で、おおらかに試合の行方を見守る。その弛緩した空気と、勝敗に対するゆるやかであたたかな眼差しこそが、この甲子園の、高校野球を見守る人々の、変わらぬ伝統と嗜みであるのだと感じた。それは僕のようなサッカー畑の、いささか場違いのニンゲンにとっては、なんとも羨ましくも見える趣であった。 決勝での花巻東の菊池雄星くんのボールは、それまでの試合に比べれば確かにキレもスピードも若干欠けていたかも知れない。各イニングのはじめに立て続けに出塁を許し、味方の失策も手伝い、ピンチを拡げる局面も幾度となく繰り返された。しかし、再三のピンチを自らの力投によってぎりぎり切り抜け、この大舞台で、終盤に望みを繋いだその粘り強いピッチングは、今後の彼にとって、きっと大きな財産になるのではないだろうか。 最後には、2アウトから自らが出した四球が、この試合の勝敗を決するたった一度きりの失点に結びついてしまった。他の誰の所為でもなく、きっと彼自身の、悔やんでも悔やみきれない失敗…。彼こそが、きっとその痛みと責任を背負うに相応しい星の下に生まれた選手なのだ。だからこそ、この厳しい結末も、ひとつの素晴らしい物語のエピローグに相応しい気がした。そしてまた、必ずや次の新しい物語のスタートとしなければならないのだ。センターの頭上を越えていったあの白球は、再び彼の左の手のひらに返るのである。 ひとしきり涙を流した後には、また夏が来るのだ。 春は、やっぱり一番美しい季節だと僕は思う。 日本人にとっての春、とりわけ僕らのような、北国、東北に生まれたものにとっての春は、また格別のものである。 今から三十数年前、まだ口も聞けぬ赤ちゃんでしかなかった僕らが、あっという間に年をとって、今ではもうすでにいいオッサンに成り下がり、あと十数年も経てば立派なジジイに成り果てる…。十年前、急に恵比寿の飲み屋に呼び出されて会った時には、彼はすでに奥さんと、あれほど愛しそうに抱きかかえていた、たった一人の愛娘とも別れて、少し後退しはじめた生え際を照れくさそうに誤魔化しながら、俺、田舎に帰るかも…と、しずかに呟いていた。夏の終わりのことである。 僕が彼と最後に会ったのは、それから数ヶ月後のことだ。夜中の2時に、突然僕の住むマンションを訪ねてきた彼は、『悪い、泊る場所がないんだ』と言った。僕は僕で、かすかにでも未だ頼りにされていたらしいことを嬉しく思ったりもしたものだが、彼は彼で、何かしら孤独のようなものを抱えていたのかも知れない。僕らは真夜中に、手抜きのミートソースを拵えて食べた。結局夜が明けるまで、他愛もない近況や、さほど盛り上がりもしない昔話をした後で別れた。 その日が最後だった。 今ではもう確かめることもないが、互いの電話番号もメールアドレスも、すでに変わってしまっていることだろう。東京のあるところにいけば、今でも僕らの過ごしたあの場所は確かに存在する。懐かしい店や遊び場の幾つかもそのままに残っていたりもする。互いに少し老けたとはいえ、名前も性格も、そしてきっと僕達だけの田舎臭い言葉遣いも…あいも変わらぬ僕らは、確かにそこにいるのかも知れない…。しかし、けれども、あの時間が返ってくるわけでは無いのだ。気が付くと、知らず知らずのうちに、季節は移り変わってしまったのだ。 あの春の日。甲子園では、青い空の下白い雲の影が、ホームからセンターへ向かい、緑の芝生の上を、時を映すような速さで淀みなく流れていた。七回表、あの春風に乗った彼らの白球が、センターの頭上を越えていこうとしたそのとき…。 僕は古い友人との通り過ぎた日々の記憶を、心の奥でひとり噛み締めていた。 ★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつもありがとうございます★ ⇒⇒⇒人気blogランキングへ


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2009年02月20日

キリタニジャパン 発表



                       柳沢/前田遼
 
           田中達/山瀬功             小川佳/金崎

                中村俊/森崎浩   中村憲/遠藤


                      阿部勇/鈴木啓
        阿部翔/小宮山                    長友/内田

                 闘莉王/槙野    中澤/岩政

                   
                        菅野/西川

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○一応イメージを貼り付けてみましたが反映されない感じですので見苦しいですが、そのまま記述にて公開いたします。
できればフォーメーション図でご覧になりたい…という方は、リンク先に図案入りの重複記事を用意いたしましたので、そちらをご参照ください。
キリタニジャパンフォーメーション図


選手選考におけるテーマは『競争』。

それぞれがそれぞれに、イーブンの状態から出場枠を奪い合うことが原則であり、個に依存したチームづくりは行なわない。さらに“強い気持ち”という部分を重視して選抜した。利き足の関係によって、戦術的に左右のポジションで入れ替わるフォーメーションは考えられるが、現実にはこれにB代表(若手中心にさらに22名)も含めて、常時コンディション面を含めた最強メンバーで、親善試合含めすべての試合に勝つことを期して臨む。この22名にパワープレー要員としての巻誠一郎、そして2トップに切り替えた場合の佐藤寿人、岡崎慎司あたりを加えた25名で1つのチームとしたい。

メンバーを見れば分かるように、僕は山瀬功治、鈴木啓太の力強い復活を願っている。


海外組み。

に関しては、時差を伴う厳しい大陸間移動のハードスケジュールに苛まれる環境で、なお、チームに大きなメリット、プラスを生み出し得るスペシャルなタレントは、現時点ではいない…と考える。
中村俊輔を選出したのは、この夏のJリーグへの復帰をにらんでのこと。もし彼が欧州に留まるのであれば、そこには柏木陽介を選出して、森崎浩司との対決を迫りたい。また2年前の中村俊輔や、ペルージャ・ローマ時代の中田英寿のような突出した存在が欧州に誕生すればこの限りではない。が、その場合でも、選手自身の肉体と精神をすり減らす代表選出は、長期合宿を組める大きな大会のみに限定する。一々の親善試合に呼びつけて消耗させることなど、僕ならば絶対にしない。


戦術的なコンセプトは『スペースを創り、スペースを遣う』こと。

その連動を高めるためにも、海外の“個”に依存したチームづくりではなく、なるべく国内で時間を共有し得る選手たちと、鍛錬を積み重ねることが必要。戦術やフォーメーションとは、常に相手あって成立するものであるし、アジアを突破することと、世界に挑戦することでも、また違うアプローチが求められる部分もあり、一概に論じきれるものではない。そのひとつひとつを書き記せば、おさらく原稿用紙100枚あっても足りないし、また言い切れるものでもないので、ここでは触れずにおく。

少しだけ解説を書き加えるとすれば、左右のウイングはゴールへ向かえる選手でなければならない…ということ。そしてまたSBが縦に切り込む状況下において、持ち直したり、切り替えしたり、モタモタしたり…という選択を僕は望まないし、そこでスピードダウンしてしまった攻撃から通したクロスで勝負できるタレントもまた、ペナルティエリアには用意されていない。よって左SBは左利きに拘りたかった。純粋に選手の能力で言えば、左SBは新井場徹がNo.1であると僕自身は考えます。


見る方が見て下されば、きっと選手たちの“動線”までをも汲み取っていただけるものと期待し、不精ながら読み取る方々、それぞれの知識やイメージにその解釈を委ねたいと思います。

こういう企画ははじめてですし、書く方はとても楽しかったのですが、これが読む方にとってはどのようなものなのか…興味深いものと映るのか、或いはただただ不毛で、不愉快なエントリーと映るのか…は、まったく想像がつきません。が、おそらくこれが最初で最後になると思われますので、まあ煮るなり焼くなりご自由に論評をお付け加えください。コメント欄の行方に期待しております^^;

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2008年12月27日

800時間の邂逅

2007年の6月。
あのアジアカップの直前にこのブログを書き始めてから、もうすぐ1年半が経ちます。
エントリー数もまもなく200に近づこうとしている。

本文をひとつ立ち上げるのに概ね平均1時間。
そこからいただいたコメントを拝見し、それに対応するのに平均約3時間。
一編につき平均約4時間。
×200で800時間。
約500日で800時間なので毎日に直せばほぼ2時間弱…。

たかがブログ…なれど、自分なりにこの国のサッカーが強くなってゆくこと、進化してゆくことを真剣に夢見ながら、この一年半の日常生活の余暇の大部分をここに投入してきたように思います。

いちど止めてしまおうと思ったこともありました。
オシムさんが倒れ、JFAにオシムさん再任の意志が微塵も無いことが判った時です。
けれども逆にその時になって、自分にとってのここで書く意義、継続する意義のようなものが、はじめておぼろげながら見えてきた気がしました。どこかにゴールは設定したいと思ってはいますが、今は途中で投げる事はできない…と、妙な義務感と反骨心に駆られて、時にクタクタになりながらもこれを継続しているところです。

このブログにおいて、僕が絶えず頭を悩めているのはコメント欄に対する僕自身のスタンスと対応です。

自身が本文に描いた、描こうとしたそれと、これを受け取り、自身の価値観で解釈される人のそれとは、当然のことのように異なる。ここにはさらに僕自身の文章力の問題と、読者の読解力の問題が、必然的に介在してくる。きっと100人の読者がいれば100通りの解釈があるのだと思うし、本来それは自然な事なのだと思ってもいます。が、この書き手の意図とは異なる解釈や時に歪曲されて論じられるいちいちの主張に、限られた時間の中、誠意を尽くして応対するという事は、誰にとってもカンタンなことではないはずです。

また仮に描こうとしたものそれ自体が正しく伝わっていたとしても、それをどう受け取るかの哲学や倫理観には当然千差万別の個性が在る。世の中にひとつとして同じ正義は存在しないでしょう。

僕が一番疑問に思うのは、一部のものとはいえ、この場で関わりあうならば、或いは関わりあおうとするのならば、どうしてその当たり前の差異や相違を、当たり前のことと受け取り、他者の価値観に充分な敬意を払ったうえでものを語れないのだろうか?ということなのです。

そうでなければ…、そもそも頭からその書き手の価値観を否定するか、自らの主張を論じたいだけであれば、人様の庭を踏み荒らすようにそれを為すのではなく、自分自身でそんな場を拵えて、そこで唯我独尊の自由を貫けばいいし、議論がしたいのであれば、誰に嫌な思いをさせるでもなくその場を利用すればいい。

ラーメン屋さんの軒先で、
『ここのラーメンまずいですよ。僕の作るラーメンの方がうまいですよ!』
と叫ぶ人は見たことはないし、
『麺の茹でかたがなってないよ。スープにも旨みが足りない』
なんて文句をたれている人を僕は知らない。

まずければ二度と行かなければいいし、であれば店主にまずい理由を説明する必要もない。ラーメンを作る彼にも意地や誇りがあるだろうし、彼には彼の“他者とは異なる”価値観というものが当然のようにあるだろう。

しかしこれがスポナビのブログであれば、日々なぜか当たり前のように繰り返されている。
そもそも彼らはそれを売りつけられた訳でもなく、読んでくれと乞われた訳でもないのに。

それでもうまいラーメンが食べたければ他を探すか、どこにも見当たらないのであれば自分で作ればいい。当たり前のようにそうなれば、誰も不快な思いをする事はないし、書き手の皆さんにとってのこの場も、今よりずっと楽しいものになるのではないだろうか。さらに斬新で突飛な、突き抜けた個性を発掘する事も可能かもしれないし、僕はそんな差異や相違こそを、遠巻きに拝見し、また存分に楽しみたいと思っている。

いま年をとったからこそ、僕には骨身にしみて実感させられることが1つだけある。
それは自分自身の“無知”についてである。

何かひとつ知識を得るたび、自分自身の無限の無知を否応無く思い知らされる。今では得ようと欲しさえすれば、知識はいくらでも手に入るものになったが、だからこそ知識を得るということを、ひとつの戒めとしなければならない…と僕は思っている。新しい知識は、僕に僕自身の無知を教えてくれる。知識を得るということは、自分自身の無知を知る…ということなのだと。


あと何回、僕はこの場所で自身の無知を曝け出すのかわかりませんが、実際のサッカーと同じように、なるべくなら日々楽しみながら続けてゆければと思っています。
またこんな僕のコメント欄に対するスタンスや考え方が、このネット上の非常識であったり、通らない価値観・倫理観であるのだとすれば、今後はこのコメント欄に対して僕自身が一切の関わりを持たずに放置するか、或いはコメント欄自体を廃止して本文のみ書き進めていくかのどちらかを選択しよう…と考えております。

これまで多くの人に親しみや勇気や励ましをいただいたことを、いま心から深く感謝しております。

時間があれば、また年内に何か本文を立ち上げることもあるかも知れませんが、ひとまずこれだけ言わせていただきます。

今年も最後までお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。
皆さんにとって、来年が良い年でありますように。

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*今後ブログタイトルの下に日替わりの一言コラムを毎日更新させていだく予定でおります。

posted by 桐谷 |11:24 | その他 | コメント(36) | トラックバック(2)
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2008年06月26日

サッカーのトモダチへ 

僕らは小学3年生から高校の途中まで一緒にサッカーをやった。
僕がセンターフォワードで、彼が右のウイング。…といっても田舎町の、常にとても弱いチームだったために、下がるのを禁じられた僕と、右サイドハーフの辺りに位置する彼との間には、いつも遠い遠い距離があった。

小学3年生の時にはすでにやんちゃ三昧に明け暮れ、6年生の悪ガキどもと、僕は日々抗争を繰り広げていた。ハンパなく彼らの憎悪を買っていた僕は、度々教室にまで襲撃を受けて拉致され、階段の踊り場まで連れて行かれて、そこで1対10の数的不利を強いられ(笑)、ボコボコにされた。
そんな時に、いつもたった一人、時に小突かれたりしながらも、最後まで身体を張り、僕を奪還しようと奮闘してくれていたのが彼だった。

僕らは同じようにサッカーが下手くそで、そして足だけは速かった。
彼は僕より勉強が得意で、そして女の子には僕ほどモテなかった(笑)。その性格は水と油で、誠実を絵に描いたような彼と、不実を体現したかのような僕との間には、何の接点もない筈だったのだ。たったひとつ、サッカーを除いては…。

ある時僕は、いつものようにカープの野球帽をかぶって練習に訪れたジャイアンツファンの彼を、何の気なしにからかった事がある。

『本当はカープファンなんだろ…(笑)』と。

もう何年もかぶり続けていたその赤い野球帽は、少し色褪せてピンク色に変色し、そしてクタクタにくたびれていた。彼は顔を赤くして、泣きそうな顔で僕に挑みかかってきた。そしてそれからしばらくの間、僕と口をきいてくれなかった。

その頃の僕には、彼の家庭の事情に対する配慮やおもいやりなど一切なかったのだ。なぜそこまで彼が腹を立てたのか、当時の僕にはまったく理解できなかった…。
そしてそれ以来、彼はその色褪せてすすけたピンク色のカープの帽子をかぶることは無くなった。きっと働き詰めのおかあさんから買って貰った、大切な大切な野球帽だったのだ…と思う。

いつだってそうなのだが、僕が大きな失敗をやらかして、それを彼がかばってくれた。それ以外にも僕は、きっと何度も何度も彼を怒らせて、そしてその度に、何度も何度も許してもらった。彼にしてみれば、本当に身勝手で、迷惑なだけのトモダチだっただろう。

やがて仲直りした僕らは、また一緒にひとつのボールに共に戯れ、連戦連敗の屈辱のサッカー人生を、めげずになあなあでやり過ごした(笑)。一緒にビートルズを聴き、サイモン&ガーファンクルを聴き、クイーンやビリー・ジョエルやカーペンターズを聴き、プリンスかマイケル・ジャクソンか、クライフかベッケンバウアーか、或いはソフィー・マルソーかフィービー・ケイツか、清純な○○○ちゃんか完熟の○○先生か…で、日夜互いに一歩も引かぬ論争を繰り広げたりもした。
そして僕は少しずつ悪に染まってゆき(笑)、彼はその最後の最後まで善良と誠実を貫いた。僕ら二人のコンビは、きっと傍目にも相当の違和感があったのではないだろうか…と今にして思う(笑)。今この半生を振り返っても、あれほど澄んだ、透明なニンゲンを僕は知らない。

あれから二十数年がたって、今では互いに消息も知らず、きっと今生でふたたび再会することは叶わないのだろうな…と思う。そして今彼に、一言だけ心に秘めたこのキモチを伝える事ができるとするならば、

『あん時君から借りたABBAのレコード…傷つけたの、俺だから^^;』

とだけ、腹を割って伝えたいと思う。


僕が少年時代を過ごした田舎町に別れを告げてトウキョウへと旅立つその前夜。
いつものように放課後僕の家で、大橋巨泉の世界まるごとHOWマッチを一緒に見ていた彼は、結局朝まで自宅へ帰ろうとはしなかった。十七歳の春、彼より一足先に田舎を出てゆく僕と、誰よりもトウキョウに憧れながら、そこに取り残される彼が、『宇宙の果てって何があんのかな…』って、互いにデタラメな知識をアホみたいにシンケンに語り合った…あれは一体なんだったのだろう(笑)。
とりあえず少し寝ようか…と、二人で窮屈に身をかがめながら僕のベットで横になったが、結局一睡もできぬままに、やがてしらじらと夜が明けた。そして尋常ではなく朝の早い爺様たちの耕運機の音がガタガタと音を立て始めたその時、彼は思いついたかのように目を輝かせながら、『キャッチボールしない?』と僕に言ったのだった。

まだ白いモヤのかかる、田舎の冷え込んだ早春の日の明け方。いつものように、そして当たり前のように、腰を落としてキャッチャーをしてくれる彼と、それに当たり前のようにハッチャキになって全力のカーブやホークの大暴投を投げ込んでいた僕…。

それが、僕と彼との、サッカーを通して刻まれた記憶のラストシーンである。
あの日からこんなにも遠く離れてなお、ずっとずっと、心のすぐ側で生き続けてくれた記憶である。

試合に勝ったときも、互いにゴールを決めたときも、少しシャイだった僕らは、照れながら目を合わせて軽く微笑みあうだけだった。あの時、あれが最後だってわかっていたなら、僕はたった一度だけ、この人生に一人きりの、そして最高のトモダチに駆け寄り、力いっぱい彼を抱きしめたかった。

『じゃあね』と言って、僕らはいつものように別れた。

若さゆえに、なんの疑いもなく僕らは“永遠”を信じていた。
春の日の朝の陽射しが眩しかった。



不見識と戦う気色悪いものより、サッカーのトモダチへ

サッカーについて語らねばならないのは重々承知のこのスポーツナビブログで、なぜ今、あえて僕がこんなことを書き綴ったのかというと、急にボールをよこすな!と言われても、いつかこの場を立ち去るとき、僕からのノールックの華麗なヒールパスを受けとめてもらおうと思っていたある人に、今のこのボンヤリとした寂しさを伝えたかったからだ。
サッカーが手でボールを扱ってはならないのは、手よりもはるかに不自由な足によって、失敗を楽しむべき競技だからだと僕は思う。これは言うまでもなく僕の勝手な解釈なのだが、同じように言葉とはどこまでも実体とは異なるもので、これを介しての完全なるコミュニケーションなど絶対に有り得ない。

言葉のコミュニケーションとは、言葉の空しさを知ってしか成り立たないのだ。

そしてだからこそそこに、相手を敬い、理解しよう…という心の構えが不可欠なのだと僕は思う。僕らは互いに、その不完全な“コトバの信号”から、執筆した彼のココロを、その真意を汲み取らねばならない。それなくして、互いに意義あるコミュニケーションなど成り立たないのだ…と僕は思う。ずるいモノ達が大手を振って闊歩するシステム。容赦なく他者を傷つけ自らは暗闇でほくそ笑む卑劣がまかり通る現実。自らの無力は重々承知の上で、やはり僕はそれを“自由”とは認めない。合法ではあろうが、それが許された“権利”だとは絶対に認めない。そして僕らは、これ以上そんな無益に直接関わりあう必要なんてまったくないのだ…と思う。

僕もここでのたった1年という期間に、たくさんの失敗を積み重ねてきました。失敗の数で言えば、きっと誰よりも群を抜いて秀でている事と思います。唯一それだけは自信があります(笑)。そして彼が、それを失敗だと自認するならば、僕はそれを断じて否定したいけれども、やはり尊重しなければならないのでしょうね。そしてその上で僕は、また次の失敗にトライしようよ…と言わせていただきます。僕らは言葉の世界の、デコでもロナウジーニョでもベルカンプでも無いのだから。永遠に失敗しないリフティングなんて、世界の何処にもありはしないのだから…。そして、それがサッカーであり、人生なのだ…と僕は思います。一、二度ここで言葉を交わしただけの赤の他人の彼に、サッカーのトモダチとして最後に一言言わせてもらいます。

あなたのスベる話、スベりまくる話が(笑)、僕は大好きでした。楽しい文章を、ここまで本当にありがとう。きっとまたどこかで会おうネ!


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キリタニ100法『 Across The Universe 』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。

*今回はたった二人のサッカーのトモダチにあてて綴ったエントリーですので、コメント欄の開放は控えさせていただきます。この場を借りさせていただいたスポナビ様には、たいへん身勝手な本文であったことを深くお詫びいたします。

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