2008年05月08日

ジェフ千葉への最後通告 

ジェフ千葉、リーグ戦初勝利おめでとう!!!

明日から数日PCを開けずコメント対応ができない為、新しいエントリーではなく、ここでお祝いの言葉だけ書き残させていただきます。

冷たい雨に打たれながらスタジアムで声を枯らしたジェフサポの皆さん、TV越しにその熱気と気迫が伝わってきました。応援ご苦労様でした。そして日本全国のジェフファンの皆さん、本当におめでとう!


ゲームそれ自体に関してはもはや言及すべき事はない。
毎試合、毎試合、負けるべくして順当に負けている。どこ、ここ、がどうである…と、もはや言ってもしょうがない。悲しいがこれが現実であり、クゼ監督はこの現実に対してきっと打つ手が無かったのだろうし、そのモチベーションも既に失われていたように僕には見受けられた。

浦和のエンゲルス就任の際にも僕はその“2年契約”について疑問を呈したのだが、このクゼさんの、一説には3年×40万ドルという情報にも開いた口が塞がらなかった。これには1年5000万円という報道もあるが、欧州の報道ではやはり確かに3年×40万ドルとなっていた筈である。それが交渉の土台であったとしたならば、最終的にルワンダ代表監督の契約を破棄して日本へ来る…という彼の決断が、1年約40万ドルで片付いた…とは考え辛く、やはりそれ相応のコストが支払われていたのではないか…と僕は考えている。

いつも思うのだが、なぜ、どうして、まったく成功の保証も根拠も無い“新監督”に対して、日本のクラブは安易に長期の契約を提示してしまうのだろうか?開幕していきなり連敗して求心力を失ったら…クラブはそのようなリスクについて、ハナから“予測”し“考える”ことさえしていないのだろうか?

雇用される側…から見れば、当然長期契約を望むものなのだろうが、それらの可能性を考えてなお、リスクを厭わぬ初期投資…をしなければならない訳が僕にはさっぱり理解できない。

しかもこの数日のクゼ監督“辞任”or“解任”の内部リークとも思われる新聞報道、おそらくは違約金に関わるジェフフロントの駆け引き…とも取れるコトの成り行きは、非常に浅ましく不快なものに僕の目には映った。実際のところは定かではないが、シミッたれるのならこの期に及んで…ではなく、契約前に、事前にトコトン、シミったれもすれば、ガツガツと駆け引きもすべきである。クゼ氏にとっても、これは気持ちのよい終幕ではなかった筈だ。ピッチの内部であれば、僕は日本人にもっともっとズルくなって欲しいと願っているが、ピッチの外で恥知らずな振る舞いだけは決してして欲しくない…と思っている。

僕は欧州の契約事情に詳しい訳ではないが、もし仮に僕がGMであって、欧州からの指導者を招きたいと考えるのであれば、彼らのタイムスケジュールを考え、まずは1月から6月までの半年契約で充分だとさえ思っている。チームの進化や指導者自身の言動一致が見られなければ、6月までに解雇すればいいし、であれば、雇用される者もあちらの新シーズンに対する求職活動に都合が良いだろう。また日本に馴染めずホームシックに陥る欧州人も非常に多いと聞く。彼らにとってもそれはさほど不都合な契約形態ではないだろう…と考える。そしてそれを承諾し得る者の範囲内で、最良と思われる若い人材を探す。可能であればそんな人材を、チームコンセプトと突き合せて常に1~2人チーム内に留保しておく事が望ましい…とさえ思っている。

今回のこのクゼ招聘が前社長の裁量によるものか、或いは現強化部長のそれによるものなのかは僕には判らないが、もし欧州での報道にある3年契約か、或いはそれに相応の代価を要した契約内容であったとするならば、まったく“ありえない”最悪の決断であった…と僕は考える。

阿部勇樹を売り、水本裕貴も売り、羽生直剛も売り、山岸智、佐藤勇人も売った…それによって一説には優に10億を超える移籍金を、新たなチームへの投資資金を得た…にも関わらず、坂本將貴や馬場憂太などへの移籍金、そしてアマルやジョルジェビッチへ対する違約金等によって、すでにそのほとんど全ての蓄えを吐き出してしまっている…とも聞く。

多くのサポーターが、多くのサッカーファンが考え得る、そして予想し得る…その範囲を遥かに飛び越えた、史上最低のJクラブチームのフロントである…と僕は思う。

消えてなくならないのは、彼らフロントの手腕などではない。

このクラブの長く輝かしい伝統と地盤、そして裏切られても、負け続けてもなお、今こうしてスタジアムに足を運び続けてくれる温かいサポーター達が居るおかげ…である。

フロントも、そして厳しいようだが選手たち自身も…彼らジェフサポーターの優しさを、思いやりを、そしてそのチームに対する情熱、愛情を、決して片時も忘れないでいて欲しい。彼らの為に今何をすべきか…その出来ること全てに、命を懸けて取り組んで欲しい。きっと彼らのそれは、その思いは、勝ち負けの問題…ですら既に無いのだと僕は思う。それほどまでに彼らは、ジェフを深く理解し、そして一途に愛しているのだ…と僕は思う。

埼玉スタジアムの赤一色の歓喜の情景の中で、片隅の黄色い一団が、悔し涙に唇を噛み締めながら、それでも手を頭上に高く掲げ、無残に敗れ去った者たちを、拍手で迎えていたシーンを僕は忘れない。そこには厳しく冷徹な現実もあったが、またそれを正面から受け止め、それでも乗り越えてゆこうとする強いニンゲンたちの意志、揺るがぬ感情の、しなやかな美しさと、胸を打つ感動が在った。

結果、勝てなくてもいい…と僕は思う。
サッカーなんて、いつだってそんなものだ…と僕は諦観している。

けれども彼や彼女たちに対して、このままではいけない。絶対にイケナイ…と僕は思う。
彼や彼女たちを、喜ばせなければならない。敗れ去ったとしても、“納得”だけはしてもらわなければならない。未来に対する夢や希望だけは、絶対に繋いでもらわなければならない…。

断っておくが、僕はジェフサポーターではない。
にも関わらず、ここまで変わり果ててしまったジェフのサッカーを、それでも今もこうして見続けてきたのは、いつもフクアリで見る、彼や彼女たちのその姿に心打たれてきたからである。今やっと気付いた。僕はジェフサポではないが、ずっとジェフサポのサポであったのかも知れない…。

声を張り上げることもなく、いつもフクアリのSAのシートにデンと腰を下ろし、ピッチと彼や彼女らの姿をただ眺めてきた。そんな僕だからこそ、少し恥ずかしいが、ここでは大きな声を張り上げてこう叫びたい…。

頑張れ、ジェフサポ!
闘え、ジェフサポのみんな!
そして最後の最後まで、絶対に諦めんなっ!


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posted by 桐谷 |11:33 | ジェフ千葉 | コメント(23) | トラックバック(1)
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2008年01月23日

ジェフ千葉の混沌(カオス)

いまや毎年の恒例行事と化したこの時期のジェフ千葉の主力選手達の流出を見るにつけ、クラブ運営のビジョン・計画性というものの大切さや、フロント首脳の人心掌握能力のチームに与える影響力の多大さ…といったものに、ただただ唖然とさせられるばかりである。

小さなクラブが大きなクラブに有望な選手を供給する事でクラブの経済を立て直したり、新たな若手発掘やソフト・ハード両面にわたる補強の原資とする事に何ら問題はない。しかし、このジェフ千葉の昨今の状況は全くその類ではない。これは端的に言えば『内部崩壊』である。

チームの主力選手たちが、クラブそのものの在り方に疑いを抱いている。そこに自分自身の将来のビジョンを描けなくなり、またクラブそのものへの愛着さえ失いかけているのではないだろうか?これはクラブの経済の問題ではまったく無い。信義の問題である…と僕自身は感じている。

アマルがどう言ったのかは知らないが、自ずから放り出した坂本将貴を一説には2億円以上とも言われる移籍金で1年で買い戻す。そこにクラブとしての未来へのビジョンや、選手、現場、サポーター、相手チームへの“信義”というものがまったく感じられない。監督交代にしても、アマル更迭の対案としての次期監督の選定や折衝がぬかりなく施されていての、このドタバタだったのだろうか?そこに本当に一貫した未来へのビジョンは在ったのだろうか。そしてチーム・選手、サポーター達との、結果に対する了解やコンセンサスが得られるもの…との判断に基づいたアクションだったのだろうか?

人件費を抑えクラブの経済運営をうまくやっていることは認めるが、その人件費にもキチンとしたメリハリがつけられていただろうか?だとすれば決して手放してはならない水本裕貴を、各チームの争奪戦の下にあんなにも安価に手放さなければならない道理などあっただろうか?水野晃樹の未来を、その可能性を、もっと早い段階から適正に評価し得ていたのだろうか?
疑問をあげればキリがないが、かといってもう後戻りできる訳でもない…。

クラブフロントは、馬場憂太、谷澤達也、苔口卓也、そして青木良太の加入をいち早く決めた。その誰もが可能性を秘めた良質なタレント達である事は認めるが、僕はこの補強費すべてはチーム戦力のボリュームの為に費やされるべきものではなく、ゲームの中で明確な“違い”を見せつけられる外国人助っ人に、さらに言えば3人の“スペシャル”な攻撃の担い手…達に投資すべき資金であったような気がする。その中に一人のマグノ・アウベスが居れば、一人のバレー、ジュニーニョが居さえすれば、ジェフは生き残れるかも知れない…今年一年を復活への足がかりの年にできるかも知れない…ずっと僕はそう思ってきた。

僕がジェフのGMであれば、死に物狂いでGK菅野孝憲(横浜FC→柏)の獲得に動いただろう。そしてまだまだ未完成ながら、エメルソンと同質の大器の可能性を感じさせるリチェーリ(FC東京→山形)をある程度の出費を覚悟してでも、完全移籍で加入させたいと目論んだだろう。その上で、Jの中でも特別なストライカー“候補”たり得る二人のFW選手を、世界中から血眼になって探しただろう。
戦力のボリュームに頓着してスカウティングや折衝に骨を折り原資を割くぐらいならば、青木孝太や米倉恒貴、伊藤淳嗣など今在るタレント達を使う、使い切る覚悟…を持ってこの厳しい一年に立ち向かう事の方が、後に得るものは大きいものと考える。たとえ降格したとしても…である。

新しいスタートをジェフも今ここで切らなければならない。
選手達は知っているし、賢明なサポーターたちも当然気づいている。
クラブを良くしていく、成長させてゆく為には、サッカーの現場…だけではなく、その経済や運営面にまでサポーターは絶えず厳しい視線とプレッシャーを与え続けてゆかなければならない。その点でジェフのサポーター達は、この厳しい現実に鍛えられた優れた卓見を有している。もしジェフがここで本当に変わり得るのだとすれば、その鍵を有しているのは悲惨な戦いの果ての“無残な焼け野原”か、そんな“サポーター達の知性”なのではないだろうか…と僕は思っている。

彼らの奮起と可能性に期待して、今年のジェフの厳しい戦いを見守ってゆきたい。


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posted by 桐谷 |10:09 | ジェフ千葉 | トラックバック(1)
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2008年01月09日

水野晃樹のミライ

水野晃樹のセルティック入りが正式決定間近だという。

当地のワークパーミットの問題は非常に複雑であるし、それ如何によってはどちらへ転ぶか、まだ判然としない部分もあるが、情報発信の多元性から見て、セルティックが本腰を入れて水野晃樹獲得に向けて動いていることは間違いないだろう。

スピードとドリブル。そしてアジリティと足腰の強さを活かした、敵を抜ききらずとも通す確度の高い高速のクロス…。FKやそのスタミナにも非凡なものがあり、ここ1.2年で身体の線も大分逞しくなった。
この年代では本田圭佑と並び、現在もっとも完成された攻撃的タレントであると思うし、本来彼の持つそれは本田圭佑と比較しても、さらに現代的な汎用性に優れた資質であると確信している。

ところが、この一年の彼のパフォーマンスに僕はある種の危惧を感じ始めていた。その『光』の部分での華やかな躍動は、反町氏率いる五輪アジア予選を引っ張り、ジェフにおいて間違いなく攻撃の主役となり数々のゴールシーンを演出したが、その『影』の部分で、勝負どころでの手痛い失点に繋がる軽率なパスミスやディフェンスにおける“軽さ”を露呈していたことも確かだ。“ひたむき”なジェフのサッカーの中で、それは少しずつ目に余る粗となって、僕の中で看過できないものとなりつつあった。

アマルはよく水野晃樹を途中交代で引っ込めていたが、僕はそれをケガやスタミナ面だけの問題とは感じなかった。むしろ11人の総体としての、戦術的な面での“正と負”を彼なりに的確に判断しての決断であったと思っている。そしてそれは、アマルの意図するところかどうか、部外者の僕には見当もつかないが、水野晃樹にとっての“最良”のチャンス…であったと。

これは人生においてもきっと同じ事なのだろうが、サッカーの1プレー1プレーには、必ず失うものと得るものがある。得るものだけ…という100点満点のプレーなど、まず現実には起こり得ない。厳しいプロの世界であれば、なおさらのことである。
そしてその失うものと得るもの…その選択、そのトライを誤らないのが強国のサッカー、フットボーラーの強者であり、その逆が弱者のそれであると僕は思っている。

そしてその的確な“選択とトライ”と共に、11人の役割の中で曖昧さの許されない“責任”というものがある。これはUKのサッカーであれば、日本のそれとは比較にならないほど、選手もサポーターも明確に認知している“基準”がある。
その判断力と基準さえ身につけるならば、そしてどんな時にも1プレー1プレーにひたむきに打ち込む“情熱”さえ失わなければ、彼は充分に欧州で開花し得るタレントであると思う。
報道通り、現時点でセルティックに加入するのであれば、きっと厳しい我慢の時を強いられる事もあるだろう。そしてそんな困難な時こそが、自分自身の将来にとっての“最良”のチャンス…である事を忘れずに、必ず成功へと結び付けて欲しい。


2004年Jリーグ最終節、対ジュビロ磐田戦。
僕は臨海のバックスタンド最前列で、ただ水野晃樹の動きだけをその目で追っていた。
生まれたてのヒヨコのようなかわいい顔をした彼は、スムーズに中へ絞る事も、パス回しに顔を出す事もうまく出来ずに、ただピッチ上を縦に行き来するだけのまだ初々しい少年だった…。それは逆サイドの、全盛期の村井慎二のパフォーマンスとはまったく比較にならないものではあったが、なぜか僕の目は、この名前も知らない若者の、前へ出て行く際のそのスピードと、ボールを持った時の気品と佇まい、そして勝負する“気持ち”に釘付けにされた…。

『ターン!』
『リターン!』
『前へっ!』
『中に絞れっ!』

心の中で必死にそう叫んでいた。そして今も、心の中でずっと叫び続けている。

悔いのない選択を、そして彼の輝かしい未来を、心から祈っている。


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posted by 桐谷 |10:15 | ジェフ千葉 | トラックバック(0)
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2007年12月11日

ストヤノフのプライド

『自分が苦しいときに手を差し伸べてくれたクラブを去る訳にはいかない。プライドがある』

来年度の契約に関わる広島サイドとの面談の中で、彼はそう発言したらしい。きっと厳しい経営事情の説明も受けての事であると思う。大幅な年棒カットは避けられない状況である事も理解してのことだろう。

彼のジェフ千葉でのプレー、そしてそこであった経緯、さらに今回の広島での入れ替え戦における魂の篭ったパフォーマンスをつぶさに見続けてきただけに、この言葉には胸を打つ響きがあった。

言葉というものをひとつの記号として安直に解し、どこまでも日本的情緒というものに対して従順に用いさせてもらうならば、彼のプレーは相当に“汚い”。おそらくJでも1、2を争う“汚さ”である。

けれども彼はジェフにいたその時代から、誰よりも勝利というものの追求に対して一生懸命であったし、またそれに手段を選ばず行動してもいた。僕の価値観は、決してそれを“汚れた”ものとは受け止めていなかったし、むしろプロとしての、勝負の世界に生きるものとしての、一途に真摯な心の在り様として、彼のその姿勢を深い敬意の念と共に見つめ続けてきた。
ジェフにおける去り際の、アマルとの軋轢や退団までの経緯も彼のそのような“変わらぬ魂”の在り方を貫いた結果であったのだと思う。

そしてあらためて思う。僕は彼のような人間が大好きである。


僕が柏木陽介であれば浦和へ行くだろう。自らのその可能性をめいいっぱい羽ばたかせる為にも“今”この一年はサッカー人生における一番大切な“踏み切り”のタイミングであると思う。
駒野友一であれば、海外であれ日本のビッグクラブであれ、自分自身の“到達点”を確認したいと思うだろう。その為に与えられた“機会”はこれが最初であり、最後なのかも知れない。

そしてフロントであれば、一年でJ1へ復帰する事よりも、まずは総支出を、とりわけフロント人件費・経費をも含めた支出を抜本的に切り詰めて、J2においても赤字を出さずにやりくりできるだけの経営基盤を整える事を最優先に取り組むだろう。そこから10年、20年続く“広島サッカー”の原型創りに、地域と一体になって取り組んでみるべきではないだろうか。この挫折をその為の“チャンス”とするのか、ただの“痛み”として消化するのかは彼ら自身の手腕にかかっている。今こそ、抜本的な改革に取り組むべき“チャンス”なのだと僕は思う。

それぞれがそれぞれの悔恨と苦悩を抱えながら、それでも前を向いて歩き出さなければならない。そして明日もサッカーは続いてゆくのだ。


U2にPRIDE/(IN THE NAME OF LOVE)という歌がある。
マーティン・ルーサー・キング師を讃えた曲なのだが、その中に
『奴らはあなたの命を奪ったが、その“プライド”を奪うことは出来なかった』という歌詞がある。

“プライド”とは、他人に『傷つけられたり』『奪われたり』『敬われたり』『尊重されたり』するものではない…と改めて僕も、思う。それは自身と他者との関係性の中に生ずるものではなく、自分自身で律し、律したからには、何を失おうとも、自らで守り通さねばならないもの…なのではないだろうか。そしてだからこそ、決して他者には触れられないものであるのだとも思う。


良識ある親や指導者達はストヤノフのプレーを見て子供達にこう言うのかも知れない。

『ほら見ろ。あんな汚いプレーをしちゃいけない』

残念ながら僕に子供は居ないし、サッカーの指導者になることもなかったのだが、僕ならばサッカーを愛する子供達にこう問いたい。


『きっと彼はあんなにしてまでも負けたくないんだと思う。君はどう?』


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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |12:08 | ジェフ千葉 | コメント(14) | トラックバック(0)
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