2009年11月09日

ジェフ千葉降格の総括

いま僕がジェフ降格について感じていることを、ありのままにここへ書き残しておきたい。


○もしミラー監督があのまま監督を続けていたら降格しなかっただろうか?

答え:NO

やはり相当に苦しんだだろうと思う。シーズンも半ばを過ぎてから、やっとの事で呼びよせた期待のストライカーがネット・バイアーノであった。僕は80%ぐらいの確率で難しかったと思っている。


○では、どうやっても降格は免れなかったのだろうか?

答え:NO

シーズン開幕前に使える外国人ストライカーを用意しておくべきであったと思う。今現在の大宮とミラー体制のジェフとは、ほとんど同じレベルのチームであると思うが、一つだけ大きな違いがある。それはラファエルの存在である。ジェフが今年J1に残留するためには、ミラー体制の存続+ラファエルレベルのストライカーの2つの条件が必要だったのだと考える。そのためにフロントは外国人枠を全活用してでも使えるストライカーの発掘に全力を尽くすべきだった。


○降格の責任はフロントにあるのか?

答え:YES

今になって当事者同士責任を擦り付け合うようではいけないと思うが、第三者の立場からみれば、一番その責任を果たしていなかったのはフロントであり、強化部であったと思う。選手達はJ1では及ばない実力の中で精一杯戦っていた。そしてミラー監督の戦術は、そのジェフの実力を考えれば至って現実的なものであった。それに対して、フロントはサポートらしいサポートもせぬままに、自らのクラブの実力を見誤って、低迷の原因をミラー監督の戦術やチーム作りに求めた。致命的な誤解であり、サッカーに対する不理解であったと思う。


○江尻監督を続投させるべきか?

答え:NO

監督交代とは常にAとBとの比較によって決定されるべきものだ。江尻監督より期待値の高い監督と契約できるならば、『監督交代』は合理的判断であり、そうでないならば非合理な決断ということになる。シーズン半ば唐突に、アレックス・ミラー監督から江尻篤監督に切り替えたように。問題はその「期待値」の捉え方である。
同時期に監督交代したポポビッチ監督、ネルシーニョ監督、そして三浦俊也監督…。タイプはそれぞれ違えど、僕はそのすべてのチームは、今のジェフよりも良いサッカーをしていると思う。そしてポポビッチ監督の大分などは、まさに同じ方向を目指しながら、既にジェフに比して1歩、2歩先へ進んだサッカーを実践している。
フロントとしては、自らの決断の誤りを今ここで認めることは辛い事だろうし難しい決断になるのだと思うが、ここが今後10年のジェフの分かれ道であると思う。しっかりとした実績と手腕を持った監督でベースを築くべきである。オシムさんのサポートを得てチームを立て直すのもひとつの手段である。


○ジェフは1年でJ1復帰できるか?

答え:わからない

僕は現在のジェフに、他クラブからオファーの届く選手はそれほどいないと思っている。
ほぼこのままの戦力、江尻体制下で戦うのであれば昇格の可能性はせいぜい40%。
ポポビッチクラスの監督が招聘されれば60%。
さらにポポビッチクラスの監督に、ラファエル、イ・グノ、クラスの助っ人ストライカーが1人加われば80%以上の確率で可能になると思う。
来期のJ2であれば、経済的にも戦力的にもJEFはトップクラス。この大きなアドバンテージが活かせないのであれば、根本的にチームのマネジメントが間違っていることの証左である。


もし僕がジェフ千葉のGMであったならば、

5年後、J1で優勝争いに加われるチーム…を目指して、まずはDFライン、MFを可能な限り若い日本人選手で固め、チームの土台作りに着手するだろう。勿論1年でJ1復帰できれば幸いだが、その為の近視眼的なチーム作りはしない。1年で復帰しても、また次の1年で降格してしまっては、本来の目的に対して、逆に遠回りになってしまうからである。

J2に留まる事で一時的に財政が縮小してしまうことは、何も悪い事ばかりではない。それによって見えてくる浪費や、否応なく削られるムダといったものも少なからずあるはずだ。それはやがてはクラブの余力となる。同じようにJ2降格というのも長期的視点に立てば悪い事ばかりではないはず。もし仮に今年またキセキの残留を果たしていたとして、なんらの反省もなく来年そのツケを負わされるのであれば同じ事である。いや、未来の視点から見れば、さらに無駄な1年を浪費したことに他ならない。昨年苦しみの中で勝ち取った奇跡の残留を、抜本的なフロントの体質改善や意識改革に結び付けられず、この1年を無為に過ごさせてしまったことが本当に残念でならない。

チームの土台作りこそ、一番手間と時間が必要なパートなのだと僕は思っている。土台が悪ければ高い建物は築けない。取り除くべきものはしっかりと取り除き、必要なものは長期的な展望に立って躊躇いなく取り入れる。そこで中途半端な振る舞いをすべきではない。

またJリーグの現実を考えれば、前線での攻撃に関しては、外国人助っ人に委ねるのが合理的であろう。そこでしっかり働ける助っ人選手を備えることができない限り、ジェフのクラブ規模で、J1の中位から上位へ食い込んでゆくことはかなり難しいと僕は思う。当たりの外国人ストライカーを引き当てるまで、単年度レンタルで毎年入れ替えてゆくことを覚悟せねばならないと思う。

新監督候補として一人だけ名前を挙げるとすれば、経営難といわれるアデレードFCのアウレリオ・ヴィドマー監督(元フェイエノールト/広島)を推したい。昨年のACL、僕が一番惹かれたのはこのヴィドマー監督率いるアデレードFCのサッカーであった。しっかりとボールを繋ぐ攻撃と、計算されたプレッシング。オーストラリアのクラブでありながら、オランダのそれを見ているようであった。オランダのフェイエノールトや広島での選手経験もあり、若い選手でチームの土台を築くにはうってつけの人材であると思う。今回のジェフが彼に狙いを定めることはまずないだろうが、一度Jリーグでその手腕を拝見してみたい若手の指導者である。

そして最後に、選手たちはやはりよく戦ったと思う。全力で頑張ったが15/18には届かなかった。それが現実だったのだろう。精一杯戦った選手たちに、僕は心から拍手を送りたいと思う。そしていつも言うことだが、ここからの3試合こそが彼らにとって一番大切な戦いである。勝敗よりも大切なもの…の為に、最後の最後まで、死力を振り絞って戦う彼らであってくれることを僕は願っている。

今年もジェフのサポーターたちは最後の最後まで立派だった。彼らの理解が、この忍耐が、いつの日か報われ、祝福されることを祈っている。

posted by キリタニ |11:02 | ジェフ千葉 | コメント(13) | トラックバック(1)
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2009年05月25日

ジェフ千葉の運と必然

これまでジェフ千葉の試合を見てきて、当のジェフサポーターの方々がどう感じ、どう捉えているのか僕には分からないが、僕の視点から率直に語れば、13節を終えて勝ち点12という結果でさえ、割と運に恵まれたのではないかと思っている。

FC東京、そして広島戦、勝利をあげた2つのゲームも、僕から見れば、ジェフ自体が良いゲームをした…というよりも、ほぼ相手の自滅に近いような試合だった。これは少し上の、時にその潜在力を充分に発揮しながら、パフォーマンスの安定を得ない大宮や磐田、神戸などの戦いぶりとは明らかに異なる要素である。

前半からオーバーペースで、前からのプレスを非常によく頑張る分だけ、最後はスタミナ切れをおこしてしまう。リードを守ろうとして、消極的になって引いてしまっている…という見方もあるのかも知れないが、僕が見る限り、疲れ果てて、前でプレスに行けなくなるから、最終ラインが下がってしまう。そしてまたマイボールを繋いで展開する余力もオートマティズムも欠いているから、最終的には常に押し込まれてしまう…。そんなところではないかと思っている。

結局失点してしまうのも、運がないから…というよりも、それだけの確率と可能性と機会を、相手に与えてしまっているから。要するに僕が見る限り、手痛い失点や勝ち点の喪失に関しては、ある程度妥当であり、論理的な結果に思えるのだ。

しかし、この横浜Fマリノス戦に関しては、今年はじめてその内容自体で相手を押し込み、上回ったゲームであったように思う。

1点リードした後半、例によって同じように守勢にまわる局面はあったが、そこまでの展開は明らかに千葉が支配し、押し込んだ試合。これまでの運試しのような攻めに比べれば、攻撃もキチンとお膳立てをした上で幾度かの決定機を作り出してみせたし、球際の強さと運動量に加えて、まだ出し手と受け手の関係でしかないながらも、深井正樹、谷澤達也と、巻誠一郎の間には“あうんの呼吸”というものが根付き始めている。運任せではないひとつの鍛錬された得点のカタチを構築できてきたのは、数少ない光明のうちのひとつであると思う。

毎試合見ている訳ではないので、この日の横浜が普段に比してどれだけだらしのないパフォーマンスであったのか?或いは闘えていなかったのか?判然としないが、結果勝ち点1に終わったとはいえ、そこにある程度の内容が備わっていたことは、僕はこれまでにない変化であったように思う。

最近冴えないパフォーマンスの続いていた谷澤の復調。そしてここへ来てやっと枠を捕えはじめた下村東美や中盤の選手たちによるミドルシュート。この試合に関しては、なんとか当たり前のJ1の内容、及第点の与えられる内容が示せていた。ここに適正な補強を、迅速に怠り無く加えてやることによって、夏からは少なくとももう1歩高い次元のサッカーができるようになるのではないか…。それが現実となることを切に願っている。

ジェフの選手たちは己の能力の限界の中で、ここまで常に精一杯のチカラを出して闘ってきたと思っている。このマリノス戦にしろ、彼らがどれだけ球際に気持ちをこめてぶつかっていたか。TV画面を通しても、痛いほど伝わってきた。このJリーグ前半戦の選手たちの奮闘に対して、僕は心から拍手を送りたいと思う。

中盤戦からの課題として、

今の戦力で、前線からのハードプレス一辺倒で、この夏場を乗り切ることはやはり非常に難しいと僕は思う。

明日からポゼッションサッカーを…なんて夢想を、今ここで語る気などサラサラないが、現状の数少ないチャンスを得点に結び付けてくれるストライカーと、可能ならば鹿島のダニーロのような、リードした局面でもしっかりと個の力でボールキープに貢献できるMFがいれば、落とさなくてもすむ幾つかの勝ち点は拾えるのではないかと思う。

またDFラインは全体の問題であり、一人の強い個の補強を加えたところで、また他の別の穴をつかれれば綻びは生じてくる。いまの最大の問題は、失点の数にあるのではなく、得点力不足、得点機会の不足なのだろうと思う。ミラー監督のアプローチが一変するのでない限り、前線の強い個の個人技、得点力に期待する…という方向性が、もっとも合理的、論理的な方向性なのではないかと考える。

○年計画…などという寝言を言っていられる状況でないことは、クラブフロントもよく認識すべきである。シーズン前からすでに動く余力のなかった大分とは話が違うし、この状況は彼らのように、主力選手の大量離脱といった不運に苛まれたものでもない。あらかじめこうなることが予測できていない時点で、見込みが甘すぎたのだ。

まだチャンスは充分に残されている。けれども、その為にも、これ以上の怠慢や失敗は許されない。この状況に際して、まともな危機感を持ち、適切な手当てをして、選手達の尻をさらに力強く叩いてゆかなければならない。

チャンスも充分にあるが、危機もすぐそこで大きな口をあけて待っている。
ここに適切なサポートを加えるのも、見ごろしにするのも彼ら次第である。これまで重ねてきた夥しい散財のつけをよくよく省みると共に、いま必要なものの本質を見誤る事のない選択を期待したい。

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愛する鴻池先生に捧げる川柳  

posted by 桐谷 |11:19 | ジェフ千葉 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2009年04月30日

ジェフ千葉の今と未来 

いろいろとせわしない日々を過ごしているうちに、世の中はゴールデンウィークを迎え、新型インフルエンザはパンデミック一歩手前の状況にまで突入してしまった訳だが、政治も人生も、そしてサッカーにおいても、適時やるべきことを為す…というのが一番大切な事で、その時期を見誤ったり、その支払うべきリスクを適正に判断できなかったり、或いは見たく無いものは見ないふりをしてみたり…、振り返り、あとになって考えれば、そういう状況判断の甘さや選択ミスが、いつまでもその後のミライに暗い影を落としてしまうことを、僕たちは手痛い経験から学ばなければならないのだと思う。

第7節、ジェフ千葉vs浦和レッズの試合は、そういう意味でひとつの鮮やかな対比を見せられた試合であった。明るい陽光が差し始めた浦和と、重苦しい黒い雲に覆われた千葉…という対比である。

見ようによってはジェフの善戦にも見える。が、またもうひとつの異なる視点から見れば、たった4本のシュートしか撃つ事のできなかった攻撃力不足の現状も露呈している訳で、僕の正直な感想を言えば、それはただガードを固めて前へ前へと足を進め、頭を下げ腰を引いたまま、時折大振りのラッキーパンチに賭けるだけの、勝ちきれない、平凡なボクサーのそれに良く似ていたように思う。その頑張りと意欲は十分に認めるが、その戦いの内容に、強い敵を打ち負かすだけの戦略性や論理性を見出す事はできなかった。

前半45分は機能していた前からのプレスは、現状では彼らにとってのたったひとつの光明である。坂本將貴の積極的なラインコントロールも手伝ってか、今シーズン見た試合のどれよりも良い滑り出しのようにも見えた。しかし、問題なのはボールを奪ってからの事態であり、浦和の切り替えの早さもあり、組み立てるリスクを避けてただ前へ蹴りこんでしまう。もちろん浦和もジェフの強烈なプレスの前に中盤で多くのボールロストを繰り返していたのだが、このボールロストの在り方には、如実に現状のサッカーの“質”が現れていたように僕は思う。要するに、ジェフのボールの失い方には“実り”の期待が持てないのだ。

確かにそれによってリスクは減じられる。1-0でリードしている後半の状況であれば、一番正しい選択であると僕は思う。しかし、結果的にはそんな淡白なボールの失い方と、全力の前からのプレスによって、自らで疲弊し消耗して、さらに攻撃への活力を失っているようにも見える。

後半の浦和は、前半のボランチへの厳しいマークに苦しんだことを受けて、前線の選手のビルドアップへの顔出しによって、スムーズに本来のポゼッションサッカーを展開しはじめた。それによってまた、前半の疲れの見えるジェフは為す術なく浦和にゲームを支配された。強い浦和に、全力でぶつかった前半の“抵抗”は見事だったと思うが、これを90分やりきるスタミナを保持する事は容易ではなく、またこれからの季節を考えれば、今の戦いぶりは相当に危うい…と、僕自身は思っている。

以前書いた僕のジェフ千葉への苦言が、僕の意図とは少し異なる取り上げ方で引用されている…という記事をメールで紹介していただいた。読んでみると確かに僕の意思とは少し異なるのかも知れない。書き手として、他者にこれを公開した時点で、読者のその解釈のあり方にまで注文をつけるのは僭越であると思うので、ここでそれに対して反論したり、弁明したりすることはしないが、僕は僕の立場や視点から、今後も応援しているクラブのひとつであるジェフ千葉に対して、自分の思うところを誤解を恐れることなく、ありのままに書き綴ってゆきたいと思っている。他者からみれば少し評価が厳しすぎるのかも知れないし、尊大な物言いに映るのかも知れない。が、それが僕からジェフへの、ある意味での愛情表現の仕方なのだ。

僕は今ミラー監督を変えるべき…とは思っていない。同時にこのサッカーに輝かしいミライがあるとも思ってはいないが、今は輝かしいミライを追い求めて立ち振る舞うような状況ではなく、現状でできる最善の策を、決断し、行動すべき状況なのだと思う。輝かしいミライについては、ひとまずの結果が出てから、クラブ・選手・地域・サポーターが一つになって十分に議論して方向性を打ち出せばよい。それはこれを乗り越えた先の話である。

いま願っていることは2つだけである。

ますばプレッシャーのないところで良いから、もう少しペースダウンしてボールを持てる時間を作って欲しい…ということである。このサッカーでは夏場は乗り切れない。頑張る気持ちは尊いし、それを失ってはいいけないが、またそれだけで勝負してゆけるというものではない。90分の戦いに、ペース配分とメリハリは絶対に必要である。そしてもうひとつ、夏までに必ず点の取れるストライカーを獲得すべきである。そうすれば腰の引けた大振りのパンチであっても、今よりは遥かにマシな確率で、相手の急所を捉える事もあるだろう。

そしてそのために、今いるメンバーで、1つの勝ち点に執着して、気持ちをきらずに全力で戦っていって欲しい。とても厳しい道のりであると思う。だからこそまた諦めずに、最後まで戦おうとする強い意志を貫いて、頑張って欲しいと心から願っている。

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はじめての朗報 ~新型インフルエンザ~  

posted by 桐谷 |12:06 | ジェフ千葉 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2009年01月05日

オシムのいた楽園

PARADISE

エデンの園。楽園。キリスト教で救われた人が、この世を去ってから行く幸福なところ。天国。一般に、悩みや苦労のない、楽しい世界のたとえ。※小学館カタカナ語辞典より

アジアの或る南の島のビーチにPARADISOというレストランがあった。
そのレストランではマズいと評判の焼き飯やヤキソバなんかとともに、ウ●コ臭いと評判のミートソースがあり、同じくウ●コ臭いと評判のハンバーグがあった。何を頼んでも、ほぼ100%マズいかウ●コ臭いかのいずれかに当ることは間違いないのだが、夕暮れまでビーチでゴロゴロしたりボールを蹴って遊んだりしていた僕らは、夜になるとそのPARADISOに詰め掛けた。サッカーを見るため、プレミアリーグを見るために…である。

どこから見ても金を持ってなさそうなイギリス人やドイツ人、スペイン人なんかが、この時間だけはビール片手に嬉々として1プレー1プレーに声を張り上げ、楽しげに互いを罵倒し合う。試合が終われば、今度は互いに、自己紹介でもするかのように、お気に入りのチームのお気に入りの年式を語り合う。

ある者は『1995年のアヤックスは最強だった』と言い。またある者は『1992年のバルサの方が強かった』と言う。『悔しいが80年代後半のミランが一番強かっただろう』という者がいると、『アーセナルもチェルシーもク●喰らえだ。俺にはミルウォールしかねぇ』と、ウ●コ臭いハンバーグを素手で口に運びながら叫ぶイカにも…な感じのオッサンもいる。

味は最低だったし、値段も他に比べて割高だった。店のク●ガキはいつもつり銭をくすねるし、大概最後にはミルウォールのオッサンが誰かにケンカをふっかけてお開きとなるのだが、それでもそんなことすべて知った上で、僕らは毎晩そのPARADISOに通った。

きっと要するに、あの頃の僕らにとってはサッカーそれ自体がPARADISO…楽園であり、キリスト教も仏教もヒンドゥー教もイスラム教も関係なく、悩みや苦労のない、楽しい世界を“一時”提供してくれる唯一のものだったのかも知れない。それが僕らにとってのサッカーだったのだろうと、今にして懐かしく思う。

昨日オシムさんはこの国を離れた。
僕はこの出来事に多少の悔しさを感じつつも、彼のためにはむしろ幸いであったのではないかとも思っている。権力者の口実やアリバイ、または体裁の為のなんら実権のないお飾りの役職であれば、むしろそれはオシムさん自身の誇りに傷をつけ、現場復帰への意志に対する障害となったかも知れない。彼のこの国のサッカーに対する貢献や愛情に恩義を感じればこそ、僕はこの国において彼にそんな思いはさせたくないと思った。

それならばここで一度別れて、いつかの再会を夢見るほうがずっと健全な気がした。
そして僕は、これまで以上に大きな希望を持って、彼との再会を待ちたいと思っている。ここで、待つつもりでいる。様々な可能性についてあらかた認めた上で、ひたすら待ってみようと心に決めた。彼が何ものかと戦い、そして未だ戦い続けているそのキセキに、陰ながら声援を送りつつ。

彼の人生にとって、この国が、果たして一時のPARADISO足り得たのかどうか?
僕にそれを語る自信はないが、少なくとも昨日成田に駆けつけた教え子たちとの絆、数百人もの黄色いレプリカを身につけた人たちとの絆、そしてそこに姿はなくとも彼を想い、慕ったすべての人々との絆が、この国での悩みや苦労を、一時忘れさせ、彼を癒してくれたとしたならばとても嬉しく思う。これまでの彼らの、その途切れなかった一途な想いに、いま心からの感謝と尊敬を表したいと思う。

僕もなんとなくいろんなものに疲れてきたし、そろそろ本格的に旅に出かけたくなってきたりもしている。アジアの或る南の島のビーチに建つ悪名高きレストラン。もしそこに、今でもあの日々と同じように、サッカーに夢中な旅人たちが集い、サッカーについて語る夕べが繰り広げられているのならば、僕は懐かしのウ●コ臭いミートソースを口に頬張りながら、そんな仲間たちに堂々とこう言って聞かせたい。

『アーセナルもチェルシーもク●喰らえだ。2004年のジェフ市原が最高だった。イビチャ・オシムのいたジェフが、俺にとっては最高のPARADISEだった』と。

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posted by 桐谷 |11:44 | ジェフ千葉 | コメント(57) | トラックバック(0)
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2008年12月08日

彼らの魂のキセキ

愛とか、情熱とか、根性とか、感動とか…言葉はあまりにも薄っぺらくて、時々語ることが、語ろうとすることが、不自由すぎてイヤになる。

それが偶然か必然か、どう理解しようが理解しまいが、起きてしまった事がすべてであり、そこにあの日フクアリで戦った、フクアリに思念をおくったすべての人々…の思いが介在したことは事実なのだと思う。

キセキなんて無数にある。
宇宙の137億年の歴史を紐解けば、そこらじゅうキセキだらけである。

けれども僕らは永遠に生きられるわけではないので、この目のとどくほんの小さな世界にしかそれを見い出すことができないので、僕はこの現実という無限の暗闇を照らす小さな星のような一点の光りを…、あの日あの場所に彼らが“紡いだ”出来事を…、サッカーを見、聞き、語る上で、何よりも尊いひとつの記憶として、生涯忘れずに慈しみたいと思っている。

これによって2009年のジェフは、確かにより良き1年を過ごす事ができるだろう。

けれども5年後はどうだろうか?
10年後に、より良き1年を過ごしていると誰が保証してくれるだろうか?

あの日フクアリに集った17000ものサポーターと選手たち。
彼らは“繋いだ”のである。
死に物狂いで、必死になって、ボロボロになって、それでも諦めずに、明日への希望を、いまこうして“繋いで”くれたのだと僕は思う。

その希望のバトンを受け継いだのは、いま背広を着た紳士たちである。
このシーズンオフに彼らが、死に物狂いで、必死になって、ボロボロになって、それでも諦めずに、明日への希望を、ジェフに関わるすべての人々へ“繋いで”くれることを僕は心から期待している。

言葉にすればそれはあまりにもカンタンだが、現実のそれが容易くないことはわかっている。
そしてまただからこそ尊い。何よりも尊く、美しい“循環”なのだと思う。

この循環が創るミライを、僕は覗いて見たい。
いまこのクラブは、そんな美しい“循環”へのチケットの先端を、その指先にかすめたのだと思う。


僕の頭の中には、ひとつの問いがある。

あの日、あの場所にもたらされたものが、もし歓喜ではなく、悲愴な落胆の方であったならば、スタジアムに詰め掛けた彼らは、どう反応していたのだろうか?

そしてほぼ同時に、僕にはひとつの確信があるのだ。

その多くは、ほとんどすべてといえる人々は、きっと必死で戦い、そして力及ばなかった彼らを、拍手で迎えていた。僕の知るフクアリは、そして臨海は、ずっと以前からそんな場所だった。やりきれぬ理不尽を絶えず力あるものの手により突きつけられようとも、それに翻弄される選手たちに対しては、いつも理解と優しさを忘れぬ人々だった。

そしてそんな、彼らの魂の軌跡こそが、永遠に語り継がれるであろう“残り16分のキセキ”を手繰り寄せたのだ。このキセキは、ひろい宇宙に散らばる無数の、偶然の、奇跡とは異なる。それは決して諦めなかったみんなの、魂の軌跡が引寄せた必然。たった1コの、もしかしたら人生で一度きりの、最高のキセキなのだと僕は思う。

遠い昔に誰かが言った言葉がある。

“ミライは現在と同じ材料でできている…”

無学な僕は、今もってその本意を知り得ないが、
“ミライをより良きものに変えるために、今、この瞬間にすべてを尽そう”
ということだと解釈したいと思っている。

夢を実現するために、今在るこの現実を真正面から直視せねばならぬのと同じように。
そして世界を変えるために、まず自分自身が、変わらなければならないのと同じように。

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キリタニ100法 思い出の曲No.8 ~Sunday Bloody Sunday U2~ *今後ブログタイトルの下に日替わりの一言コラムを毎日更新させていだく予定でおります。

posted by 桐谷 |11:38 | ジェフ千葉 | コメント(12) | トラックバック(0)
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2008年10月03日

祖母井秀隆氏の帰る場所 【キリタニ】

いずれ僕は、自分の考える理想のクラブ像というのをここに書き残したいとずっと思っている。それは単にクラブというものの経済的な成り立ちや、地域密着やらなにやらという表層的なお題目でもなく、プロもアマも関係なく、白でも黒でもなく、終わりも始まりもなく、サッカーそのものが人の人生に寄り添い、或いは人がサッカーに寄り添い集う、自然なままの人と地域に息づく無数のサッカーの物語…の話である。多分に抽象論に堕してしまう気はするし、間違いなくつまらないものになるだろうことも保証するが、最終的にはJFAの在り方、Jリーグの在り方、現実とは没交渉の、その自分なりの理想論、身勝手な構想をちんまりと書き上げることを予定している。

僕はこの夏、祖母井秀隆さんの『祖母力』を拝読させていただいたのだが、その中で、ぼんやりと自分自身が頭に描いてきたサッカークラブにおける曖昧模糊とした理想を、現実のサッカーの現場で、厳しい困難と策謀の渦巻くそのただ中で、己の信ずる“理と義”のみを武器として戦ってきた祖母井氏のその姿に重ね合わせ、心から感動させられた。

彼の信ずるもの。ゆるぎない意思と意志。その行動力。そして生きる事、人と関わる事への真摯な姿勢。
彼の人生の基盤や哲学そのものを、サッカーに対して、クラブ運営に対して、貫いていこうとする姿。傍から見ればそれは、時にかなり不器用なものにも映るが、様々な軋轢や障害の中でも、前へ前へ、正しき向かうべき道へと進んでゆこうとするその姿に、僕は強く心を打たれた。

彼のような人が、ニッポンのサッカー界には必要なのだと思う。
彼のような人が、ニッポンのサッカーを引っ張り、その未来へ向けての舵を取ってゆくべきなのだ。

すでにたくさんの読者もおられると思うし、まだ未読である方々にもこれはぜひ読んでいただきたいので、ここでその内容について触れる事は避けるが、単にサッカーについて書かれた書物としてではなく、また単にオシムを日本へ呼んだ男の追想の記でもなく、サッカーに対する夢のために今もその最前線で一人戦い続ける人間の記録、その途中経過として、僕にとっては非常に読み応えのある著作であった。

今彼が所属するグルノーブルは、経営上の様々な困難にさらされながらも、“降格候補No.1”の評価を覆して、フランスリーグアン、4位の健闘を見せている。彼のフランスにおける今後の戦いにも期待したい。

今号のサッカー批評、西部謙司さんの取材記事に祖母井さんのこんな言葉を見つけた。
『日本でやりたい。具体的には市原でという動きもある…お世話になった市原市は無視できないんです』

“具体的にはJFAで…”という動きを期待している僕には、残念な、ほんとうに残念な“動き”ではあるが(笑)、彼らしい、とても彼らしい言葉である。彼にとって市原へ帰りたい…ということは、きっと自分自身で在り続けたい…という事と同じことなのだろう。きっとそれが、彼の魅力そのものであり、生き方の指針なのだろうと僕は思う。

先日僕は、五井駅から臨海競技場への道を40分かけて歩きながら、あの街のいたるところに、彼やオシムやあの時代の選手たちとサポーター、街の人々が刻印した“サッカーの残像”を眺めてきた。電信柱には今も、赤と緑と黄色の配色が残されたままである。臨海への道すがらには、今もあの時代の名残が色濃く残されている…。僕にとってもそれは、鼻の奥をツンと刺激する懐かしい記憶である。

彼の帰る場所が市原でも、千葉でも、或いは他のどこかでもいい。それがニッポンであれば、どこであれ僕は嬉しく思う。それがニッポンであれば、どこであれ彼は、この国にまた新しいサッカーの希望を、芽吹かせてくれることだろう。

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キリタニ100法『僕の捨てられないもの*今後ブログタイトルの下に日替わりの一言コラムを毎日更新させていだく予定でおります。

posted by 桐谷 |11:43 | ジェフ千葉 | コメント(3) | トラックバック(1)
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2008年07月17日

新潟VS千葉 そして坂本將貴へ

暑さの中の連戦でもあり、お互いに軽率なミスの多い試合ではあったが、この戦いに対する強い気持ちがその球際の攻防に現れていたように思う。
新潟にとってはさほど崩された感のないなかでの2失点であり、またジェフのほうからとってみればやはり納得のゆかないPK判定でもあり、この結果には双方にとって不満もあるだろうが、客観的にみれば至って妥当な結末であったようにも思う。

ジェフ陣内の両サイドにスペースがないこともあってか、どうしても“中央から速く”攻めたい…という新潟の攻撃はやや単調に映ったが、そんな場面でも数的不利の厳しいゾーンで“違い”を見せられる二人のブラジル人がいて、結局は彼らがジェフに傾きかけていた“流れ”を個のスピードと技量で強引に引き戻した。
いつの時代も新潟の助っ人はつねに素晴らしいが、この二人にはJリーグ、日本のサッカーの発展の為にも、この新潟の地に末永く留まり、そのプレーの質で日本の目指すべき攻撃の在り方を示し続けて欲しいと願う。

この試合のジェフは球際でよく戦えていた。
走ろう…とする共通認識もプレーの端々からよく伺えたし、巻誠一郎を中心に怯まぬ気迫を、強い闘争心を存分に見せてくれたと思う。二列目のラインを、速く、これまでよりは多少大胆にブレイクしてゆくことで、工藤浩平を起点にある程度の攻撃のカタチは構築できていた。チームがこの状況に陥っても、4-1-4-1のUKのリアリズムをさらに貫徹し、その中から少ないチャンスをものにしてゆこう…というミラーさんの揺るがぬ哲学は、今のチーム状態、戦力状況から逆算すれば、じれったいと感じる部分もありながら、やはりこれで“正解”なのだろうな…と妙に納得させられた試合だった。

対して新潟はやはりこの内容をしっかりと受け止める必要があるのだと思う。
すべての試合を見てきた訳ではないが、ここ最近の状況は多分に運に恵まれた結果でもあったのだと思う。
たとえばこの試合、2-1とリードした局面で、それまでと変わらずあくせくと前線中央へボールを入れて、無用なカウンターを幾度となく喰らっていたが、あそこでスローダウンすることで、いったんワイドに開いてじっくり繋ぎながらボールをキープすることで、ゲームを支配し落ち着かせ得る可能性もあったと僕は思う。それがこの試合の攻めのカタチであったのは理解するし、ジェフの前線からのプレッシャーも決してヌルくは無かったのも確かだが、鹿島であればあの場面で、もう少し違う対応をしていたと思う。異なるトライでゲームを落ち着かせる事ができたのではないか…と考える。
新潟というチームが今のポジションからもう一歩ステップアップして前進するためには、技術だけではなくそういったゲーム運びの“成熟”もこの時期にしっかりと身につけてゆくべきだろう。アルビレックスというクラブは、これからも続々と誕生する日本の地方クラブの夢と希望を育んでゆかなければならないのだと思う。そういう重い責任を、背負ってしまったクラブなのだと思う。新潟のミライに僕は期待をしている。


サイドバックの攻め上がりを抑制したミラー戦術のためか、あるいはその年齢のせいか、チーム状況によるモチベーションのせいか、最近の坂本將貴に往年の“元気”は感じられない。あの溌剌とした攻め上がりが、プロレスのような球際の執念が、そして時に滑稽なほどカラ回りしていたあの闘争心が…すっかり影を潜めてしまったように、僕の目には映っている。もっとも本人に、そんな思いは微塵もないのだろうが…。

この日のビッグスワンの、あの耳をつんざくほどのブーイングが、彼らが過去に示した坂本將貴への一途で真摯なその愛情を示していたのだと僕は思う。互いに幸福な日の、彼らの思いが、そこに込められていたのだと思う。

憎まれっ子は世にはばからねばならない。
静かにしおらしく、消え入ってしまっては絶対にならない。
大きく怒声を張り上げて、彼らの意地を、それを上回る意地と汚ならしさで粉砕して、自らの愛するジェフ千葉を鼓舞し、愛するジェフ千葉サポーターの為に命を擦り減らして、またきまぐれにチョビ髭でも生やしながら、ひたすら敵のゴール目指して、汗を振り絞って、誇りを振り絞って…

…そしてすべてを出し切って、やがて力尽きて、白い灰のようになって、いつものように丁寧に丁寧に、スタジアムのあちこちの笑顔に、泣き顔に、ペコリペコリと頭を下げて…いずれこの舞台から立ち去るその最期の瞬間まで、坂本將貴には、変わらずそうあって欲しい。

憎まれる為にも、もっと走らなければならない。
憎まれ続けるためにも、もっともっと走り続けなければならない。
それがヘタクソの癖に誰よりも愛され、そして憎まれたヘッポコ選手の宿命…なのだと思う(笑)。

さあ、ケツが割れるまで走ってもらおう。
来年もこの場所に踏みとどまれるように、そして新潟の皆さんに、このイベントをさらに熱く、愉しんでもらうために。


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posted by 桐谷 |11:37 | ジェフ千葉 | コメント(17) | トラックバック(0)
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2008年05月08日

ジェフ千葉への最後通告 

ジェフ千葉、リーグ戦初勝利おめでとう!!!

明日から数日PCを開けずコメント対応ができない為、新しいエントリーではなく、ここでお祝いの言葉だけ書き残させていただきます。

冷たい雨に打たれながらスタジアムで声を枯らしたジェフサポの皆さん、TV越しにその熱気と気迫が伝わってきました。応援ご苦労様でした。そして日本全国のジェフファンの皆さん、本当におめでとう!


ゲームそれ自体に関してはもはや言及すべき事はない。
毎試合、毎試合、負けるべくして順当に負けている。どこ、ここ、がどうである…と、もはや言ってもしょうがない。悲しいがこれが現実であり、クゼ監督はこの現実に対してきっと打つ手が無かったのだろうし、そのモチベーションも既に失われていたように僕には見受けられた。

浦和のエンゲルス就任の際にも僕はその“2年契約”について疑問を呈したのだが、このクゼさんの、一説には3年×40万ドルという情報にも開いた口が塞がらなかった。これには1年5000万円という報道もあるが、欧州の報道ではやはり確かに3年×40万ドルとなっていた筈である。それが交渉の土台であったとしたならば、最終的にルワンダ代表監督の契約を破棄して日本へ来る…という彼の決断が、1年約40万ドルで片付いた…とは考え辛く、やはりそれ相応のコストが支払われていたのではないか…と僕は考えている。

いつも思うのだが、なぜ、どうして、まったく成功の保証も根拠も無い“新監督”に対して、日本のクラブは安易に長期の契約を提示してしまうのだろうか?開幕していきなり連敗して求心力を失ったら…クラブはそのようなリスクについて、ハナから“予測”し“考える”ことさえしていないのだろうか?

雇用される側…から見れば、当然長期契約を望むものなのだろうが、それらの可能性を考えてなお、リスクを厭わぬ初期投資…をしなければならない訳が僕にはさっぱり理解できない。

しかもこの数日のクゼ監督“辞任”or“解任”の内部リークとも思われる新聞報道、おそらくは違約金に関わるジェフフロントの駆け引き…とも取れるコトの成り行きは、非常に浅ましく不快なものに僕の目には映った。実際のところは定かではないが、シミッたれるのならこの期に及んで…ではなく、契約前に、事前にトコトン、シミったれもすれば、ガツガツと駆け引きもすべきである。クゼ氏にとっても、これは気持ちのよい終幕ではなかった筈だ。ピッチの内部であれば、僕は日本人にもっともっとズルくなって欲しいと願っているが、ピッチの外で恥知らずな振る舞いだけは決してして欲しくない…と思っている。

僕は欧州の契約事情に詳しい訳ではないが、もし仮に僕がGMであって、欧州からの指導者を招きたいと考えるのであれば、彼らのタイムスケジュールを考え、まずは1月から6月までの半年契約で充分だとさえ思っている。チームの進化や指導者自身の言動一致が見られなければ、6月までに解雇すればいいし、であれば、雇用される者もあちらの新シーズンに対する求職活動に都合が良いだろう。また日本に馴染めずホームシックに陥る欧州人も非常に多いと聞く。彼らにとってもそれはさほど不都合な契約形態ではないだろう…と考える。そしてそれを承諾し得る者の範囲内で、最良と思われる若い人材を探す。可能であればそんな人材を、チームコンセプトと突き合せて常に1~2人チーム内に留保しておく事が望ましい…とさえ思っている。

今回のこのクゼ招聘が前社長の裁量によるものか、或いは現強化部長のそれによるものなのかは僕には判らないが、もし欧州での報道にある3年契約か、或いはそれに相応の代価を要した契約内容であったとするならば、まったく“ありえない”最悪の決断であった…と僕は考える。

阿部勇樹を売り、水本裕貴も売り、羽生直剛も売り、山岸智、佐藤勇人も売った…それによって一説には優に10億を超える移籍金を、新たなチームへの投資資金を得た…にも関わらず、坂本將貴や馬場憂太などへの移籍金、そしてアマルやジョルジェビッチへ対する違約金等によって、すでにそのほとんど全ての蓄えを吐き出してしまっている…とも聞く。

多くのサポーターが、多くのサッカーファンが考え得る、そして予想し得る…その範囲を遥かに飛び越えた、史上最低のJクラブチームのフロントである…と僕は思う。

消えてなくならないのは、彼らフロントの手腕などではない。

このクラブの長く輝かしい伝統と地盤、そして裏切られても、負け続けてもなお、今こうしてスタジアムに足を運び続けてくれる温かいサポーター達が居るおかげ…である。

フロントも、そして厳しいようだが選手たち自身も…彼らジェフサポーターの優しさを、思いやりを、そしてそのチームに対する情熱、愛情を、決して片時も忘れないでいて欲しい。彼らの為に今何をすべきか…その出来ること全てに、命を懸けて取り組んで欲しい。きっと彼らのそれは、その思いは、勝ち負けの問題…ですら既に無いのだと僕は思う。それほどまでに彼らは、ジェフを深く理解し、そして一途に愛しているのだ…と僕は思う。

埼玉スタジアムの赤一色の歓喜の情景の中で、片隅の黄色い一団が、悔し涙に唇を噛み締めながら、それでも手を頭上に高く掲げ、無残に敗れ去った者たちを、拍手で迎えていたシーンを僕は忘れない。そこには厳しく冷徹な現実もあったが、またそれを正面から受け止め、それでも乗り越えてゆこうとする強いニンゲンたちの意志、揺るがぬ感情の、しなやかな美しさと、胸を打つ感動が在った。

結果、勝てなくてもいい…と僕は思う。
サッカーなんて、いつだってそんなものだ…と僕は諦観している。

けれども彼や彼女たちに対して、このままではいけない。絶対にイケナイ…と僕は思う。
彼や彼女たちを、喜ばせなければならない。敗れ去ったとしても、“納得”だけはしてもらわなければならない。未来に対する夢や希望だけは、絶対に繋いでもらわなければならない…。

断っておくが、僕はジェフサポーターではない。
にも関わらず、ここまで変わり果ててしまったジェフのサッカーを、それでも今もこうして見続けてきたのは、いつもフクアリで見る、彼や彼女たちのその姿に心打たれてきたからである。今やっと気付いた。僕はジェフサポではないが、ずっとジェフサポのサポであったのかも知れない…。

声を張り上げることもなく、いつもフクアリのSAのシートにデンと腰を下ろし、ピッチと彼や彼女らの姿をただ眺めてきた。そんな僕だからこそ、少し恥ずかしいが、ここでは大きな声を張り上げてこう叫びたい…。

頑張れ、ジェフサポ!
闘え、ジェフサポのみんな!
そして最後の最後まで、絶対に諦めんなっ!


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posted by 桐谷 |11:33 | ジェフ千葉 | コメント(23) | トラックバック(1)
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2008年01月23日

ジェフ千葉の混沌(カオス)

いまや毎年の恒例行事と化したこの時期のジェフ千葉の主力選手達の流出を見るにつけ、クラブ運営のビジョン・計画性というものの大切さや、フロント首脳の人心掌握能力のチームに与える影響力の多大さ…といったものに、ただただ唖然とさせられるばかりである。

小さなクラブが大きなクラブに有望な選手を供給する事でクラブの経済を立て直したり、新たな若手発掘やソフト・ハード両面にわたる補強の原資とする事に何ら問題はない。しかし、このジェフ千葉の昨今の状況は全くその類ではない。これは端的に言えば『内部崩壊』である。

チームの主力選手たちが、クラブそのものの在り方に疑いを抱いている。そこに自分自身の将来のビジョンを描けなくなり、またクラブそのものへの愛着さえ失いかけているのではないだろうか?これはクラブの経済の問題ではまったく無い。信義の問題である…と僕自身は感じている。

アマルがどう言ったのかは知らないが、自ずから放り出した坂本将貴を一説には2億円以上とも言われる移籍金で1年で買い戻す。そこにクラブとしての未来へのビジョンや、選手、現場、サポーター、相手チームへの“信義”というものがまったく感じられない。監督交代にしても、アマル更迭の対案としての次期監督の選定や折衝がぬかりなく施されていての、このドタバタだったのだろうか?そこに本当に一貫した未来へのビジョンは在ったのだろうか。そしてチーム・選手、サポーター達との、結果に対する了解やコンセンサスが得られるもの…との判断に基づいたアクションだったのだろうか?

人件費を抑えクラブの経済運営をうまくやっていることは認めるが、その人件費にもキチンとしたメリハリがつけられていただろうか?だとすれば決して手放してはならない水本裕貴を、各チームの争奪戦の下にあんなにも安価に手放さなければならない道理などあっただろうか?水野晃樹の未来を、その可能性を、もっと早い段階から適正に評価し得ていたのだろうか?
疑問をあげればキリがないが、かといってもう後戻りできる訳でもない…。

クラブフロントは、馬場憂太、谷澤達也、苔口卓也、そして青木良太の加入をいち早く決めた。その誰もが可能性を秘めた良質なタレント達である事は認めるが、僕はこの補強費すべてはチーム戦力のボリュームの為に費やされるべきものではなく、ゲームの中で明確な“違い”を見せつけられる外国人助っ人に、さらに言えば3人の“スペシャル”な攻撃の担い手…達に投資すべき資金であったような気がする。その中に一人のマグノ・アウベスが居れば、一人のバレー、ジュニーニョが居さえすれば、ジェフは生き残れるかも知れない…今年一年を復活への足がかりの年にできるかも知れない…ずっと僕はそう思ってきた。

僕がジェフのGMであれば、死に物狂いでGK菅野孝憲(横浜FC→柏)の獲得に動いただろう。そしてまだまだ未完成ながら、エメルソンと同質の大器の可能性を感じさせるリチェーリ(FC東京→山形)をある程度の出費を覚悟してでも、完全移籍で加入させたいと目論んだだろう。その上で、Jの中でも特別なストライカー“候補”たり得る二人のFW選手を、世界中から血眼になって探しただろう。
戦力のボリュームに頓着してスカウティングや折衝に骨を折り原資を割くぐらいならば、青木孝太や米倉恒貴、伊藤淳嗣など今在るタレント達を使う、使い切る覚悟…を持ってこの厳しい一年に立ち向かう事の方が、後に得るものは大きいものと考える。たとえ降格したとしても…である。

新しいスタートをジェフも今ここで切らなければならない。
選手達は知っているし、賢明なサポーターたちも当然気づいている。
クラブを良くしていく、成長させてゆく為には、サッカーの現場…だけではなく、その経済や運営面にまでサポーターは絶えず厳しい視線とプレッシャーを与え続けてゆかなければならない。その点でジェフのサポーター達は、この厳しい現実に鍛えられた優れた卓見を有している。もしジェフがここで本当に変わり得るのだとすれば、その鍵を有しているのは悲惨な戦いの果ての“無残な焼け野原”か、そんな“サポーター達の知性”なのではないだろうか…と僕は思っている。

彼らの奮起と可能性に期待して、今年のジェフの厳しい戦いを見守ってゆきたい。


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posted by 桐谷 |10:09 | ジェフ千葉 | トラックバック(1)
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2008年01月09日

水野晃樹のミライ

水野晃樹のセルティック入りが正式決定間近だという。

当地のワークパーミットの問題は非常に複雑であるし、それ如何によってはどちらへ転ぶか、まだ判然としない部分もあるが、情報発信の多元性から見て、セルティックが本腰を入れて水野晃樹獲得に向けて動いていることは間違いないだろう。

スピードとドリブル。そしてアジリティと足腰の強さを活かした、敵を抜ききらずとも通す確度の高い高速のクロス…。FKやそのスタミナにも非凡なものがあり、ここ1.2年で身体の線も大分逞しくなった。
この年代では本田圭佑と並び、現在もっとも完成された攻撃的タレントであると思うし、本来彼の持つそれは本田圭佑と比較しても、さらに現代的な汎用性に優れた資質であると確信している。

ところが、この一年の彼のパフォーマンスに僕はある種の危惧を感じ始めていた。その『光』の部分での華やかな躍動は、反町氏率いる五輪アジア予選を引っ張り、ジェフにおいて間違いなく攻撃の主役となり数々のゴールシーンを演出したが、その『影』の部分で、勝負どころでの手痛い失点に繋がる軽率なパスミスやディフェンスにおける“軽さ”を露呈していたことも確かだ。“ひたむき”なジェフのサッカーの中で、それは少しずつ目に余る粗となって、僕の中で看過できないものとなりつつあった。

アマルはよく水野晃樹を途中交代で引っ込めていたが、僕はそれをケガやスタミナ面だけの問題とは感じなかった。むしろ11人の総体としての、戦術的な面での“正と負”を彼なりに的確に判断しての決断であったと思っている。そしてそれは、アマルの意図するところかどうか、部外者の僕には見当もつかないが、水野晃樹にとっての“最良”のチャンス…であったと。

これは人生においてもきっと同じ事なのだろうが、サッカーの1プレー1プレーには、必ず失うものと得るものがある。得るものだけ…という100点満点のプレーなど、まず現実には起こり得ない。厳しいプロの世界であれば、なおさらのことである。
そしてその失うものと得るもの…その選択、そのトライを誤らないのが強国のサッカー、フットボーラーの強者であり、その逆が弱者のそれであると僕は思っている。

そしてその的確な“選択とトライ”と共に、11人の役割の中で曖昧さの許されない“責任”というものがある。これはUKのサッカーであれば、日本のそれとは比較にならないほど、選手もサポーターも明確に認知している“基準”がある。
その判断力と基準さえ身につけるならば、そしてどんな時にも1プレー1プレーにひたむきに打ち込む“情熱”さえ失わなければ、彼は充分に欧州で開花し得るタレントであると思う。
報道通り、現時点でセルティックに加入するのであれば、きっと厳しい我慢の時を強いられる事もあるだろう。そしてそんな困難な時こそが、自分自身の将来にとっての“最良”のチャンス…である事を忘れずに、必ず成功へと結び付けて欲しい。


2004年Jリーグ最終節、対ジュビロ磐田戦。
僕は臨海のバックスタンド最前列で、ただ水野晃樹の動きだけをその目で追っていた。
生まれたてのヒヨコのようなかわいい顔をした彼は、スムーズに中へ絞る事も、パス回しに顔を出す事もうまく出来ずに、ただピッチ上を縦に行き来するだけのまだ初々しい少年だった…。それは逆サイドの、全盛期の村井慎二のパフォーマンスとはまったく比較にならないものではあったが、なぜか僕の目は、この名前も知らない若者の、前へ出て行く際のそのスピードと、ボールを持った時の気品と佇まい、そして勝負する“気持ち”に釘付けにされた…。

『ターン!』
『リターン!』
『前へっ!』
『中に絞れっ!』

心の中で必死にそう叫んでいた。そして今も、心の中でずっと叫び続けている。

悔いのない選択を、そして彼の輝かしい未来を、心から祈っている。


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2007年12月11日

ストヤノフのプライド

『自分が苦しいときに手を差し伸べてくれたクラブを去る訳にはいかない。プライドがある』

来年度の契約に関わる広島サイドとの面談の中で、彼はそう発言したらしい。きっと厳しい経営事情の説明も受けての事であると思う。大幅な年棒カットは避けられない状況である事も理解してのことだろう。

彼のジェフ千葉でのプレー、そしてそこであった経緯、さらに今回の広島での入れ替え戦における魂の篭ったパフォーマンスをつぶさに見続けてきただけに、この言葉には胸を打つ響きがあった。

言葉というものをひとつの記号として安直に解し、どこまでも日本的情緒というものに対して従順に用いさせてもらうならば、彼のプレーは相当に“汚い”。おそらくJでも1、2を争う“汚さ”である。

けれども彼はジェフにいたその時代から、誰よりも勝利というものの追求に対して一生懸命であったし、またそれに手段を選ばず行動してもいた。僕の価値観は、決してそれを“汚れた”ものとは受け止めていなかったし、むしろプロとしての、勝負の世界に生きるものとしての、一途に真摯な心の在り様として、彼のその姿勢を深い敬意の念と共に見つめ続けてきた。
ジェフにおける去り際の、アマルとの軋轢や退団までの経緯も彼のそのような“変わらぬ魂”の在り方を貫いた結果であったのだと思う。

そしてあらためて思う。僕は彼のような人間が大好きである。


僕が柏木陽介であれば浦和へ行くだろう。自らのその可能性をめいいっぱい羽ばたかせる為にも“今”この一年はサッカー人生における一番大切な“踏み切り”のタイミングであると思う。
駒野友一であれば、海外であれ日本のビッグクラブであれ、自分自身の“到達点”を確認したいと思うだろう。その為に与えられた“機会”はこれが最初であり、最後なのかも知れない。

そしてフロントであれば、一年でJ1へ復帰する事よりも、まずは総支出を、とりわけフロント人件費・経費をも含めた支出を抜本的に切り詰めて、J2においても赤字を出さずにやりくりできるだけの経営基盤を整える事を最優先に取り組むだろう。そこから10年、20年続く“広島サッカー”の原型創りに、地域と一体になって取り組んでみるべきではないだろうか。この挫折をその為の“チャンス”とするのか、ただの“痛み”として消化するのかは彼ら自身の手腕にかかっている。今こそ、抜本的な改革に取り組むべき“チャンス”なのだと僕は思う。

それぞれがそれぞれの悔恨と苦悩を抱えながら、それでも前を向いて歩き出さなければならない。そして明日もサッカーは続いてゆくのだ。


U2にPRIDE/(IN THE NAME OF LOVE)という歌がある。
マーティン・ルーサー・キング師を讃えた曲なのだが、その中に
『奴らはあなたの命を奪ったが、その“プライド”を奪うことは出来なかった』という歌詞がある。

“プライド”とは、他人に『傷つけられたり』『奪われたり』『敬われたり』『尊重されたり』するものではない…と改めて僕も、思う。それは自身と他者との関係性の中に生ずるものではなく、自分自身で律し、律したからには、何を失おうとも、自らで守り通さねばならないもの…なのではないだろうか。そしてだからこそ、決して他者には触れられないものであるのだとも思う。


良識ある親や指導者達はストヤノフのプレーを見て子供達にこう言うのかも知れない。

『ほら見ろ。あんな汚いプレーをしちゃいけない』

残念ながら僕に子供は居ないし、サッカーの指導者になることもなかったのだが、僕ならばサッカーを愛する子供達にこう問いたい。


『きっと彼はあんなにしてまでも負けたくないんだと思う。君はどう?』


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【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

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posted by 桐谷 |12:08 | ジェフ千葉 | コメント(14) | トラックバック(0)
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