2008年03月28日
【WCアジア予選】 対バーレーン 戦評
*現在暫定的にではありますが、コメント欄を開放しております。参加を希望される方は、ご面倒をおかけ致しますが【スポナビ、そしてサッカーに集うすべての皆様へ】にて当ブログのコメント欄に対するコンセプションをご確認のうえ、コメントをお寄せいただきたいと思っております。 0-1の敗戦。 結果に関してはさほど驚きは無い。このバーレーンは決して格下ではない。実際のゲームを見れば、サウジやイランとなんら遜色ない実力を有したチームである事が確認できたし、むしろ日本のようなチームにとっては、サウジやイランよりもやり難いタイプの相手である。これにアウェーで勝つのは豪州や韓国にしても簡単な話ではない。AC時のオシムジャパンであっても、今回の条件であれば五分と五分の相手であったと思う。 しかし、結果が想定の範囲内であった事には間違いないが、この内容そのものについて、包み隠さず打ち明けるならば、僕にはその想定を超える“ショック”であった…。 そもそも岡田監督はこのゲームにどのようなテーマを持って望んだのだろうか?そしてそれは選手との間でしっかりとコンセンサスが得られていたのだろうか?僕にはそれが見えなかった。 僕はこの試合、敵に勝ち点3をやらないことが究極の目的でなければならなかったと思う。なぜなら最終予選の組分けを考えるならば、なんとしてでもこの3次予選1位抜けが求められるし、また事前に、このバーレーンがかなりの実力を有したチームである事は、スカウティングにより充分に把握できていた筈だからである。 『勝ち点3を狙う…』などのスローガンや体裁などより、どうやってボールを動かして敵を自陣から遠ざけるか、そしてそのボールをどのような連動でキープして敵の攻撃機会を減じるか…もし僕がこの試合をプランニングするのであれば、その2点を最重要のテーマとして取り組んだと考える。どうやって得点チャンスを伺うか…のプライオリティが、その上位にくるものではなかったはずである。 しかし実際にはそれとは真逆の、可能性の低い縦への執着やビルドアップを無視した前のめりのポジショニングによって、性懲りなく、中盤でまったく不必要なボールロスが繰り返されていたように思う…。 せっかく中村憲剛が良いカタチで前を向いても、そこからの組織的な崩しには結びつかない…。それはサポートやフォローもなければ、皆が前に急ぎすぎて、そこからの展開に顔出しする動きが稀薄だからである。展開に絡まずに前でノッキングをおこしていた山瀬功治、両翼はビルドアップに無関心で同じように縦へ縦へと動き出してしまう…。それでは憲剛には“前へ”の不確実な選択肢しかなくなってしまう…。 そしてそこでの度重なるボールロスによって無駄に大きな上下動を強いられ、単騎のカウンターに度々翻弄されながら、その体力のみを徐々に消耗させてしまっていたのだ…。 2007ACにおけるオシムのサッカーは死滅してしまった…と嘆く方々はきっとたくさん居ることだろう。僕自身やはりそれを痛感している。失ったのはポゼッションばかりではない。硬直化した前への傾斜と、そこでの非効率な上下動により、過酷なACにおいて、目を見張るばかりであった、あのオシムジャパンのオフェンスにおける連動性にプラスして、“走る意欲”と有効な“運動量”さえ、今失いつつあるように思うのだ。そしてさらに致命的とも思えるのが…選手のモチベーションに明らかな翳り…を感じることである。 僕はこの場で再三にわたって、遠まわしながら岡田監督の翻意に期待する気持ちを書き連ねてきたつもりである。やはりつまるところ、どうしても一つの大きな問題に行き着いてしまうのだ。 “ビルドアップ”を疎かにして、“前”に急ぎすぎるという、現状ではいささか不合理で解せない執着についてである。 岡田さんの理想は、或いは岡田さんの理想とすべきは、鹿島アントラーズの、オリベイラのサッカーなのだと僕は思っている。速攻と遅攻をしっかりと使い分けて、充分なリスク管理をしながら鋭く両サイドを切り崩すサッカーなのだと思う。けれども現状のそれは、接近・展開・連続とは言うものの、ラグビーとは似て非なるアメフトのそれを思わせるメカニズムに見受けられるのだ。ボールに関与する者はあまりにも少なく、インターセプトのリスクネージメントに対する考慮なく、単発のパスで、ブツ切れの非効率なオフェンスを繰り返しているのだ。 『ミスで負けた、不運な失点であり敗戦だった…』が、本心でこの試合に対する彼の総評であり見解であるとすれば、僕はその“感覚”に大きな違和感を禁じ得ない。この絶望に限りなく近い内容について、岡田監督はやはり正面から重く受け止めるべきだし、その根本から大きな変革と修正が求められているのだと僕は思う。 技術委員会もここでしっかりと本人に確認し、コンセンサスを得ておくべきである。 衝突を恐れず、抜本的な議論をすべきタイミングであると僕は思っている。実質的な任命権のない技術委員会であるならば、なおさらの事である。厳しいようだが、ここで役立たずして存在の理由などまったく無い…と僕は思う。 一度狂った歯車を、元に戻すのは決して容易くはないだろう。そして岡田監督がこのサッカーを突き詰めれば突き詰めるほど、アジアにおける戦いにおいては、この道の先に明るい展望が見出しにくくなっている…と僕は思う。 この2ヶ月の猶予をどう考え、そしてどう活かしてゆくのか…。技術委員長、小野剛さんが担うべき責任は非常に大きい。いずれにしてもこのままでは危ないし、このサッカーで結果すら得られないのだとすれば…いったい後に何が残るのだろうか…? そしてもう一つこれだけは言っておきたい。 この結果は、ピッチ上の選手を含め、スタッフ皆が等分に背負うべきものである…ということである。 誰かの所為にして済まされる立場のものなど一人たりとて居るはずはない。 その球際の気迫で、彼らはバーレーンの戦士たちに大きく劣っていたことも間違いないし、如何に岡田監督の指針が現状オシムのそれの対極を指し示していたとして、現実のピッチで考え、選択し、状況に対処してゆくのは11人の選手たち自身であるはずだ。やはりそこに自立心が芽生えて欲しいと僕は思う。自らで打開してゆく知恵と勇気と行動力が必要なのだと思う。そしてあの状況でそれができないのであれば、オシムが命をかけて彼らに注いだあの情熱は一体何だったのだろうか? 余りにも早すぎた始動で、選手達のコンディションに狂いが生じているのも判る。…判り過ぎるほど判っている。けれども、例えそうであったとしても、WC予選とはやはり命がけの戦いである。あの日の選手たちには、まだその厳しさの部分が大きく欠けていた…と僕は思う。 あえて正直に告白したいと思う。 2つの相反する感情に僕も今苛まれている。 支えたい…という“義”と、再びオシムで出直して欲しい…という一度は捨て去った筈の“理”の間で…。 いずれにせよ、この岡田ジャパンは変わらなければならない。 ★サッカーブログランキング…応援のクリック、いつも本当にありがとうございます★ ⇒⇒⇒人気blogランキングへ キリタニ100法『大阪への旅~新世界との出会い~』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
posted by 桐谷 |11:12 |
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