2010年07月21日
その1 ベストメンバー規定の廃止
もちろんtoto等との絡みもあり簡単な話ではないだろう。が、今現在のJクラブにとって何の利もないこの仕組みの是正に、正面から取り組んで欲しい。ファンへの真摯な事情説明も必要。
その2 闇雲なプロ化の抑制
現行システムでの脆弱なプロクラブの量産はこのへんで再考すべし。むしろ今後は、プロとアマとが無理なく共存する下部リーグの在り方を模索・検討するべきである。さらに云えば、プロとアマのその区分けとハードルが、現況に則したものかどうかの議論も必要。Jリーグはクラブ数を増やすことで、確かにリーグ自体の収入を水増しさせることには成功したのかも知れない。が、その一方で、既存クラブの利益と収益基盤を萎縮させ、制限する方向で進んできたのも事実である。この状況のまま拡大政策で突き進めば、トップリーグの魅力はどんどん薄まってゆくだろう。
その3 配分金のありかたを再検討
政治と同じである。収益の再配分こそ一番智慧を注がねばならない部分。そこに込められたメッセージがJリーグの未来をカタチ創ってゆくのだ。上を見て更にそれを引き上げるのか、下を見て更にそれに手を差し伸べようとするのか。Jリーグが今取り組むべきは、魅力的で強いトップリーグを構築すること。そしてその中で、ACL・CWCにトライしてゆくクラブの成長力を阻害しない仕組みにモデルチェンジしてゆくことだろうと僕は考える。
その4 AFC選手枠の自由化と外国資本の受け入れ
Jリーグはアジアのプレミアリーグを目指すべきである。その為にもAFC内外国籍選手枠の自由化と外国資本の受け入れを同時に、そして速やかに、検討すべきである。当該国へ向けたTV放映権を当面無償供与する代わりに、リスクヘッジのために供託金や安定開催基金のカタチで負担増を求めるのも一案である。アジア各国の主力クラスが集うリーグになれば、マーケットはグンと拡がるはずである。勿論リスクもあるが、そろそろ挑戦すべき試みなのではないだろうか。
その5 昇降格制度と入替戦
現在のJ1とJ2の枠組みを維持するのならば、自動昇降格はJ2優勝とJ1最下位のみ。残りの2枠については入替戦を実施すべきである。大事なのは、常に日本の最強クラブでこの国のトップリーグの覇を競うこと。現状を見る限りでは、J1の16位が、常にJ2の3位より力が劣るとは思えない。やはり可能な限り力ある強いクラブが、J1に参加することが望ましいと僕は考える。また入替戦ほど刺激的なゲームも他にない。多くのサッカーファンのためにも、この仕組みは絶やすべきではない。
その6 拠り所にすべき絶対の基準は公平性である
昨年から続く複数のクラブの経営危機問題。表彰式等のいざこざに対する懲罰。スタジアムでの不祥事に対する裁定。そして審判の誤審など……。Jリーグが下した多くの裁定は、残念ながら公平性に欠けるものであったと僕は思う。人の上に立つものは何よりも公平で無くてはならない。公平な競争の維持と管理こそ、リーグが為さねばならない最初の仕事である。
その7 日本代表のためにJリーグがあるのではない。Jリーグのために日本代表がなければいけない。
僕はそう思っている。この国のサッカーの構造、権力の構造を、逆転させなければならない。そのためにも、一部報道の通り、新チェアマンが大東和美氏(現鹿島社長)になるのだとすれば、これはJリーグにとって大きなチャンスであろうと思う。
おそらくJリーグは、今後TV放映権の大幅な減額やスポンサー企業の撤退、そして幾つかのクラブの消滅という困難な時期を迎えることになるのだろうと思う。いまやるべきことは、クラブの自助努力を妨げる余計な規制を思い切って廃し、多少厳しくともそれぞれ自主自立のクラブ運営を促し、リーグの合理化・効率化によって、僅かでもその利益をクラブへ還元してゆくことなのではないかと思う。
JFAによるJリーグからの、人的・金銭的収奪にここらで歯止めをかけさせること。天皇杯への参加を取りやめ、ナビスコカップ(J2参加)の日程や収益を充実させること。そして、この際提携代理店との契約手法など抜本的に見直してみることも、今後の戦略のために必要なのかも知れない。新チェアマンにはタブーなく切り込んでいって欲しい。
ここ数年のJリーグは、間違いなく停滞していたと思うし、組織としても怠慢であったと思う。
リーグが打ち出す『11ミリオン』なんてスローガンへの執着は、個別のクラブを肥えさせるものではない。そろそろクラブ本位のJリーグへと、抜本的に組織改革されるべきである。
これからは、誰がやっても厳しい時代を迎える……と云うことを、僕らもよく認識しなければならない。新チェアマンには思い切った改革を期待したい。いつも云うことだが、ピンチこそが最大のチャンスである。大東チェアマン、頑張ってください。
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2010年01月12日
さて…はじめるかな。
今年もヨロシク。
元来TVっ子である僕は、その中でも特にドキュメンタリー系の番組が好きで、手当り次第に大量に録画しておき、実際におもしろそうなものだけを掻い摘んで鑑賞している。
その中で、昨年僕が最も感動したドキュメンタリー番組が、不眠不休で2日間に渡り繰り広げられる全長166km、累積標高差9400mもの過酷なトレイルランを取材したNHKの「ツール・ド・モンブラン」であり、またつい先日NHKで再放送された“ニートのアルピニスト”を自称する栗城史多さんの、単独・無酸素で7大陸最高峰への登頂へ挑んだドキュメント「7サミット 極限への挑戦」だった。
「ツール・ド・モンブラン」は、トレイルランの最高峰ともよばれる権威あるレースで、そこに、各国・各大陸の賞金レースなどでしのぎを削るプロトレイルランナー達が、誇りと名誉をかけて集結する。そんなプロトレイルランナーの彼らが、たった21~22時間で、この166kmにもわたる急坂を駆け抜ける一方で、その同じ過酷なレースに、年老いたよぼよぼのお爺ちゃんや、癌を患い闘病中の老人などが、家族に尻を叩かれながら参加している。まるまる2日間、不眠不休で走り続ける極限の厳しさの中にあって、彼らはユーモアを忘れず、しなやかに、そして力強く、困難に立ち向かってゆくのだ。
そこに命がけの悲壮感…などない。
やり遂げねばならぬ使命など無いし、無理を押してでも俺は行かねばならないんだ…なんていう、過剰に被虐的でセンチメンタルな趣なども無い。行けるなら行く、行けなければ行かない。そこにある彼らの判断の基準は、常に自分自身の身体との対話の中から導き出されたものであって、誰に干渉されるでも、誰を慮るでもなく、彼らは自分自身でそれを決断する。
僕はその姿を見て、これこそが本当の“自立”であり、また“共生”の姿なのだと思った。
そして、Jリーグもこうあるべきなのだと信じるのだ。
誰に強いられるでもなく、強要されるでもなく、彼らはこの過酷な戦いの場に集った。
僕はそれ自体を、拒むべきでも、また拒めるものでもないと思うのだ。それぞれがそれぞれの意志で、自らの身の丈の中で、ミライへのビジョンを描きながら、それぞれの挑戦を繰り広げる。
Jリーグが為すべき事は、その個々の参加したいという欲求に対して、プロかアマか、白か黒かの、過大すぎるハードルを設ける事で、後戻りできない清水(きよみず)の舞台へと拙速に引き上げてしまう事ではなく、その隔てを可能な限り緩やかなものにして、絶えず彼らの余力と健全に目配せをしながら、ゆっくりでも、とぼとぼとでも、前進を続けさせること、その為のサポートと管理体制を構築する事なのではないだろうか?
誰かが無理をしているのならば、エイドステーションでそれを見極め、その場で一旦休止、またはリタイアを促す。もしそれを見逃して、彼らの無謀や無茶を許し、結果多くの他者を巻き込んで、時にレース自体を中止に追い込むようなはめになるならば、それは管理者であるJリーグの、取り返しのつかない過失なのだと僕は思う。そのようなリスクをコントロールし、円滑にレースを運営・実施すること、その上でひとりの悲惨な犠牲者もださぬよう最善を尽くすのが、管理者であるJリーグの、最も優先すべき使命なのではないだろうか。
根拠のない“基準”に、それぞれ歴史も土壌も環境も異なる各クラブを付き従わせるよりも、それぞれの状況に応じて、あるものには緩和を、あるものには猶予を、そしてあるものには厳しい制限を、与えてやればいいのではないだろうか?その中で、健全性にだけは、常に厳しいチェック・監視体制の眼を光らせてゆくべきである。
2億しか稼げない田舎クラブが、例え勝てなくても、その2億でやりくりして、前へ歩を進めようとするものならば、それは大都会の、各方面へ負担を強いながら財政規律を踏み外して存続するビッグクラブよりも、僕はある意味健全であると思うし、誠実な挑戦のあり方なのだと思う。Jリーグは、そんなクラブこそを、甘やかすのではなく、応援してゆくべきだと思うのだ。
この「ツール・ド・モンブラン」のゴールシーンにおいて、もっとも盛大な歓声と祝福で迎えられたのは、僕の目には優勝者…ではなく、最終ゴール者であるひとりの老人であったように見受けられた。要するに、この過酷なレースを、制限時間いっぱいを使いきり、最後の最後まで諦めずに走りきったドンケツの参加者に対して、それを見守るものすべてが、勝者と同じかそれ以上の祝福と敬意を示したのだ。それが意味するところは果たして何だろうか?勝ち負けより大切なもの、ニンゲンの心を打ち揺さぶるもの…が、そこには在るのではないだろうか。
また、「7サミット 極限への挑戦」では、自称ニートのアルピニスト栗城史多さんが、6つの大陸を制覇し、7大陸最後の高峰チョモランマ登頂を目前にして、自らの体力的限界と“生きて帰る”という約束の元に、かすれきった、声にならぬ慟哭をあげ、悔し涙を流しながら、あと少しのところまで迫った山頂へのアタックを断念するシーンがあった。
疲れ果てて、心身ともにボロボロになり、僅か2~300mの道程を、暗闇の中、数時間をかけてよろよろと下山する彼の悲痛な姿を見ながら、栗城さんはいま下山しているのではなく、上っているのだ…と僕は思った。これは挫折ではなく、また新たな、さらに険しく過酷な挑戦へ向けての、不可避な第一歩であり、スタートなのだ…と。
今年もまた辛い、苦しい一年が続くことになるかも知れません。
が、そんな時こそ、少し視点を変えて大局を見定めるための、自分自身の人生を見直すための、良い好機なのだと僕は思います。
辛いとき、苦しいときこそ、明るく楽しく声を掛け合いながら、この困難を乗り越えてゆきましょう。
2010年が、皆さんにとって良い年、良い契機となることを、心から祈っております。
祖父の死と遠い空の風景
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2009年12月10日
今回の2010年南アフリカワールドカップ予選。
果たして日本が欧州予選を戦っていたならば、或いは南米予選に組み込まれていたならば、その厳しい予選グループ、対戦相手を退けて本大会出場権を掴み取ることができていただろうか?
おそらく僕は無理だったと思う。
欧州、南米どころか、アフリカでも難しかったのではないかと思っている。そしてそれは他のアジアの出場権獲得国も同じようなものなのではないだろうか。要するにサッカーの世界においては、アジアはまだまだ発展途上なのである。そしてアジアのサッカー界が、今のまま欧州へのサッカー資源の一極集中を手をこまねいて見ている限り、今後この差は縮まるどころか、ますます開いてゆくのものと僕は思っている。
それに対する僕なりの空想、理想的“脳内”打開策の1つのモデルが、この『東アジアプレミアリーグ』の創設である。
AFCはいずれ東西で分割すべきであろうと僕は思っている。
そしてその際、欧州各国の人気・実力を有するトップリーグに対抗すべく、この東アジア一体を商圏とし、各国のサッカー人気とその選りすぐりのタレントを結集させた『プレミアリーグ』を創設することにより、この地域全体のサッカーマーケットの開拓とレベルアップを図ってみてはどうだろうか。
無論、日本一国でそれを為すのがずっと以前からの僕の理想であった訳だが、昨今の経済状況や、この国のサッカーを取り巻く環境を見る限り、すでにそれが望むべくも無い夢物語に過ぎないことは明白である。であるならば、この地域のサッカー資源の中で、各国において抜きん出たものを一度ここに集約して、東アジア全体で“脱亜入欧”のプランを、各国の協調の元に議論し、考えてみる段階なのかも知れない。
参加チームは全18チームのホーム&アウェイ。
最終的に上位2チームに対して、UEFA/CLは無理としても、UEFAヨーロッパリーグ(旧UEFA/CUP)出場権を協賛スポンサーの提供を条件に、UEFAの協力により付与する事ができれば、更に意義ある挑戦となるだろう。
その18チームの内訳は
前年度優勝チーム1 前年度準優勝チーム1 オーストラリア2 日本2 韓国2 中国2 タイ1 ベトナム 1 インド1 マレーシア1 シンガポール1 香港1 その他2(予選勝ちあがりチーム)。大雑把にだいたいこんなところだろうか。これに各国の強豪チームを適当にあてがってみると、
浦項スティーラーズ(韓国)※前年度優勝チーム該当
名古屋グランパス(日本)※前年度準優勝チーム該当
シドニーFC(豪州)
アデレード・ユナイテッド(豪州)
鹿島アントラーズ(日本)
川崎フロンターレ(日本)
水原三星ブルーウィングス(韓国)
FCソウル(韓国)
北京国安(中国)
上海申花(中国)
クルン・タイ・バンクFC(タイ)
ビンズオンFC(ベトナム)
イースト・ベンガルFC(インド)
ジョホールFC(マレーシア)
シンガポール・アームド・フォーシズFC(シンガポール)
サウス・チャイナFC(香港)
その他2
イメージとしては、大体こんな感じになるのではないだろうか。。
もしかしたらその初期には、Jリーグとさほど変わらないレベルのリーグになる可能性も否定しない。しかし、これが2年、3年維持されれば、いずれは各国の才能、代表レベルのタレントと、アジア経済の成長力を背景にした、素晴らしい助っ人外国籍選手が参加してくる可能性が高い…と、僕は予想する。また、ここで得られる過酷なアウェー体験は、日本人選手ばかりではなく、他のアジアの将来有望なタレントたちが、各国代表チームにおいて国際試合を戦う上で、非常に大きな財産となるだろう。
そしてさらに、このリーグであれば、結構な規模のTV放映権による収入が期待できるのではないだろうか。やがてはそれが、このリーグのレベルを底上げし、さらなるマーケットの掘り起こしに繋がり、アジア全体におけるサッカー文化の進展にも寄与するのではないだろうかと僕は期待する。
ちなみに僕の案では、各国出場チームの選定は、各国の協会に一任すれば良いと考える。
日本や韓国のような国であれば、毎年のプレミアリーグ下位チームを各国リーグ優勝チームと自動的に、あるいはプレーオフにより入れ替える事が望ましいと思う。が、プレミアリーグ下位国であれば、その国の代表メンバークラスを1つのチームに集約して、このプレミアのリーグ戦を戦わせるのもひとつのアイディアであると思うし、リーグレベルの向上の為にも、そのような裁量は与えてやっても良いのかも知れない。
東アジアプレミアリーグ。
勿論、AFC内の主導権争いや各国の思惑もあり、とんとん拍子で進む話ではないだろうが、この発展する東アジアの経済力を、いつまでも欧州リーグの添え物として浪費している今のこの状況を、僕はもどかしく思っている。この経済力を少し取りまとめ協調し合うだけで、このアジアにも、欧州に負けず劣らないだけのサッカーリーグを、築く事も可能になるのではないだろうか?
皆さんにも独自のアイディアがあれば、是非聞かせてもらいたいところである。
Jリーグは道に迷い疲弊している。CWCも、今のままではいずれは頓挫してしまうだろう。再び、世界へのルートが閉ざされてしまうかも知れない。新しいビジョン、新しい夢が、いま日本のサッカー界には必要なのではないだろうか。これからしばらくのあいだ、僕は折を見ながら、この国のサッカー界のリセットと再構築について、自分なりの空想を書き綴ってゆければと思っている。
※関連エントリー
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2009年11月18日
「大分は経営破綻に近い。再建途上の会社としてあってはならない経営が行われていた」
「危機感を持っている。悪しき前例にはしたくない」
鬼武チェアマン/以上産経新聞より
大分のJリーグに対する2億円融資の要請が報道される前から、僕はネット上で当れる大分の経営に関する情報をひとつひとつ探ってきていたのだが、どうやら見えない部分はそれ以上に深刻で杜撰なものだったようだ。
そしてその杜撰な放漫経営を積み重ねてきたクラブ。36の中のたったひとつのクラブの為に、十数年積み立ててきた10億円の積立金の60%を、いまこの時点で投入することを決める…。しかもこれは公式試合安定開催基金であって、クラブ救済のための基金ではないはずだ。当面の3億5千万円(それにしても巨額すぎると思うが…)は、まだ良いとしても、来年追加投入されるとする2億5千万円の根拠は何なのだろう。
果たしてこんな姿勢や残りの基金残高で、ここからまだ2年は続くだろうこの世界的な経済危機状況を乗り越えられるのだろうか?今現在爪に火をともすようにして経費や人件費を切り詰めながらクラブ運営にあっている他クラブの経営者たちにとって、今回の件は納得のゆく融資根拠と金額なのだろうか?
道義的にも、今後の危機管理としても、今回のJリーグ理事会の決断は疑問である。また、Jリーグの各クラブに対する経営状況のチェックと目配せという観点でも、現状のそれはあまりに甘く、そして無責任である。
現場や選手たちに罪は無い。もちろんファンやサポーターたちにも責任はない。個別のクラブの問題はJリーグのあずかり知るところではない。悪いのはただワンマン社長の所業である…。それが事実なのだろうし、それを否定する気はない。
が、今回の一件をそれだけで終わらせていて良いはずが無い。こんなことが今後もどこかで繰り返されてはならないのだ。
各クラブの経営情報についての詳細な情報開示と透明化が今以上に必要なのではないだろうか。一私企業といえども、クラブとは公益をも伴うものなのだと僕は思う。クラブ人件費や役員報酬の一々まで、すべて開示させた上で、クラブの経営状況の健全性を判断するオンブズマン制度のような委員会組織の制定も考慮されるべきではないかと思う。もちろんそれはJリーグやJFAにも同じレベルで求められることである。
この場で繰り返し何度も言ってきたことであるが、JFAはこの国のサッカー強化の主体がJリーグであることをよく認識し、また尊重すべきである。このような状況においても、JFAは我関せずで、2011年にはわざわざアルビレックス新潟のお膝元に3つ目のJFAアカデミーを創設することを計画中だそうだ。170億稼ぐ事には、確かに大きな意義があるだろう。しかし、それ以上に、それを何に費やし、或いは何に役立てるか…の方が、はるかに重大な意義を持つ。
サッカー界の構造も、いまここで変わらなければならないのではないだろうか。
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2009年08月07日
1.プロ契約選手数を2011年以降25人に制限
2.J2の外国籍選手はアジア枠を含めて2人に制限
3.サテライトリーグを廃止
4.ベストメンバー規定を廃止
5.ナビスコ杯を水曜開催に
6.契約選手のうち、2人以上は自前のアカデミーで育成した選手を。
(13~18歳にかけて36ヶ月以上過ごすこと/導入までは6年間の猶予期間有)
「JUMP(J.LEAGUE Under age players Move up Project)」が今年5月にまとめた若手育成のための改革案の骨子は上記のようなものである。これに対して、まず僕のカンタンな評価を○×方式でさせてもらうならば、
25人枠 ◎
J2外国籍(2人)枠 ×
サテライト廃止 ◎
ベスメン規定廃止 ◎
ナビスコ水曜開催 ◎
アカデミー育成選手枠 △
ということになる。
ベストメンバー規定廃止が大前提であり、それに連動するカタチとしてのナビスコ水曜開催とサテライト廃止という図式なのだろうから、その3つの案に対しての異論は無く、あえてここでは触れないが、今回のJUMP改革案については、それ以外の3つの項目について、僕自身の今現在の評価を書き記しておきたい。
今後『J2外国籍2人枠』そして『アカデミー育成選手枠』についても、思うところを書き綴ってみたいと思っている。が、今回はまず『25人枠』について。
25人枠の制定については、これまでの育成枠(試合出場のできない若手)を大量に囲うJクラブのチーム構成、そのあり方を是とし、基準とする思考から脱しない限り、きっと理解されないのだろうと思う。
欧州のトップクラブにおいてそんな構図はあまり見られない。それは、試合に出られない選手をトップチームに何人も囲っていても、選手それ自体で成長してくれる…などという発想がそもそも無いからなのではないかと僕は思う。選手を成長させることと、試合を経験させることは、欧州においてはイコールで繋がる概念なのではないかと思う。
僕はプロのサッカー選手にとって、試合出場こそが存在価値の証明であり、その基準となるものであると考える。そしてそれに勝る経験など他にないと思っている。要するに、良い選手であれば良い選手であるほど、また将来有望であればあるほど、試合に出なければならないし、またサッカー界全体でそれを後押ししてやらなければならないものと思っている。
例えば原口元気がいる。山田直輝がいる。
彼らであれば、あの浦和であっても25人枠の中で充分に活用される選手であることは誰でも分かるし、実際、どのクラブにおいても毎年2人~4人程度の新陳代謝は、この25人枠内でも為されるものと考えている。しかし、数年先の未来の成長を期待して、浦和やそれにづづく日本のビッククラブたちまでもが、何もこぞって選手枠に高卒新人やユース出の10代の選手を加える必然性はまったくないと思っている。
ベンチにも入れない新入団選手たちであれば、野田紘史を岡山へ送ったように、すぐさまJ2やJFLへ送って、試合に出られる環境を与えるべきなのだ。若手選手のためにも、サッカー界全体の活性化、新陳代謝のためにも…である。
移籍制度の変更にもより、常に即戦力の計算のできる選手たちを、他のJ1クラブやJ2からスカウトすることも可能な訳だし、どうしてもそんな有望な若手選手を複数繋ぎとめておきたいのならば、契約後すぐにレンタルで、選手層の薄い下部リーグに無償で貸し出すことも可能である。さらに浦和のようなクラブであれば、欧州ビッグクラブのそれのように、JFLに経済的にもペイするリザーブチームをこしらえることも選択肢の中に入ってきて良いはずである。25人枠の縛りの中でも、知恵さえ使えば様々な方法はあるはずだ。
そしてさらに、僕がこのルールに手を加えることが可能ならば、
『故障者リスト制度』というものを設けたい。
Jリーグ公認ドクターの許可により、随時25人枠からの一時(一定期間)除籍と、他クラブからの一時的な移籍登録(超短期レンタル含む)を認めさせたいと思う。そしてこの制度の付加により、僕は25人枠をさらにあと2枠絞り込むことだって可能であるとさえ思っている。
たとえば25人枠が設定されようと、各クラブはGKに4つの枠を割くことになるだろう。僕はこれは非常に非効率なことであると思っている。広島のような例がまったく無い…とは言わない。が、実際4番目のGKが試合に出られる可能性はどれだけあるだろうか?
であれば僕は各クラブこのGK枠を3枠にとどめて、GKが立て続けに2人も故障したような際には、ドクターの承認も後回しにして、1週間、2週間からの超短期レンタルを実現させるのもひとつの手なのではないかと思っている。
例えばいま広島の中林洋次が1ヶ月の故障をしたとする。その際、柏から南雄太を1ヶ月レンタル(即時呼び戻し可能オプション付き)したり、或いはFC東京から塩田仁史をレンタルして急場をしのぐことができたならば、クラブのみならず、請われて、実戦で、その実力を発揮・証明できる力ある選手たちに、どれだけのやりがい、モチベーションを提供できるだろうか?そのような体制や約束を、各クラブ間で事前に申し合わせておけば良いのだ。
またそれによって4枠からあぶれた有望な18人のGKが、或いはJ2含め36人ものGKの多くが、大学やJFLにおいて今よりも多くの実戦経験を積むことが可能になる。もちろん、何人かの力及ばぬ選手たちが、そこで淘汰されるのも致し方のないことである。何よりも僕が優先して改善すべきだと思うことは、実力ある選手たちの、その実力に見合った試合出場機会の創出であり、クラブが余剰メンバーを多く抱える事による、日本のサッカー界全体から見た、選手個々のその実力や将来性と試合出場経験との、ミスマッチなのである。
たとえ30人の枠にしたところで、20人の故障者と出場停止者がでれば途端にチームは立ち行かなくなる。実際にそんなことはまずありえない…はずなのだが、25人枠が30人枠であったところで、同じポジションの選手が、一度に3人も4人も故障や出場停止にあえば、チームはたちどころに窮地に陥る。そんな不運は絶対に起こり得ない…とは言えないのだ。
真に問題とすべきなのは、故障者続出時の対処法であり、それに対する柔軟なルールのありかた…なのではないか。ただただ“安心”とばかりに余分に使う見込みの無い選手を大量に囲っておくよりも、そのイレギュラーな状況に対する対処方法を、皆で知恵を出し合って克服することの方が、はるかに合理的なのではないかと僕なんかは思う訳である。サッカー界にとっても、そんな不安に苛まれて、当面使う見込みの無い若手を大量に囲い、自省なく飼いごろしさせる愚を放置するぐらいならば、そんな知恵こそを提供すべきなのだ。
フィールドプレイヤー22名。GK3名の、合計25人枠。
ただし、負傷により、随時追加登録は認められる。ベンチに入り試合出場の可能性をつかめる選手は18名。多少タイトな枠組みなれど、ケガ人や出場停止者をのぞけば、J登録の、そのほとんどすべての選手たちが、常時チームに必要とされる戦力として、J1J2各クラブ所属の、900名の選手で構成されるリーグ…そんな姿こそが、望ましい日本のプロサッカーリーグの構図なのではないだろうかと僕は思う。
僕の考えるJリーグ改革案。
それは贅肉を排して、必要な筋肉のみを充分に鍛え上げようとする精神に基づくものなのだと思う。ある意味でそれは、この国の1000番目のプロ選手を切り捨て、上から100番目に組み込まれると思しき可能性を有する若手だけは、絶対に埋もれさせまい…とする価値観に基づくものなのかも知れない。またそれによって30番目のクラブがワリを食い、4番目までの限られたクラブが良い思いをするという構図を、無意識的に導き出すものなのかも知れない。が、言うまでも無く4番目になるか、30番目になるかを選ぶのは僕ではない。クラブ自身である。…残念ながらヨーイ・ドンっ!の、横一列のスタートではないけれども、唯一それを選べるのはクラブ自身なのである。
そしてだからこそ僕は、この国の1000番目のプロ選手たちに、30番目のクラブチームたちに言いたい。今こそ必死で頑張れ…頑張って生き延びるんだ…と。
8月6日、ヒロシマ
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2009年06月03日
『次期日本代表監督への推薦状』を執筆する前に、その前段としてどうしても書いておかねばならないことがある。それを一言で言い表せば、『脱・日本代表のススメ』ということになる。
2007年のオシムジャパン(13試合)を除けば、ここ数年の代表マッチは概ね年間20試合程度である。
他のサッカー先進国に比べやや過剰すぎるこの試合数が、Jリーグのスケジュールを蝕み、過密日程と暑期からのゲームクオリティの低下、さらには一部の代表選手たちのオーバーワークからくる燃え尽き症候群を生み出す要因となっているのではないかと僕自身は思っている。
年間を通しての不可避な公式戦(WC、WC予選やAC、AC予選)は、およそその半分程度。それについては欧州などと比較しても決して多いわけでは無いのだが、それ以外の試合、所謂親善試合(東アジア選手権も含む)が、他の国に比して圧倒的に多い。
要するにこれは代表利権をめぐる、JFAとJリーグの主従の関係、そのバランスを欠いた力関係に起因するものであると思うが、10数年前であればいざ知らず、今日のJリーグは飛車角落ちで観光がてらにやってくる南米や東欧、アフリカの二流、三流国との試合に比べれば、はるかに質の高い真剣勝負を日々繰り広げている。そのJリーグを中断して、日程を詰めさせて、主力不在のキャンプや調整を強いて、まるで真剣みのないベルギーや、間に合わせのシリアやUAEなどとの親善試合を組む事が、果たして本当にこの国の、日本代表チームの強化に繋がっているだろうか?
いい加減、このあたりで抜本的に見直すべきなのだ。
シーズン中、厳しいスケジュールをおして地球の裏側にまで足を運んでもらい、時差ボケも収まらぬままゲームに臨み、ケガをしないように帰っていただく…。そういう位置づけの親善試合において、本当の意味で日本に勉強させてくれるだけのチカラを有した国は、一体いま、世界にどれだけあるだろうか?またそんなマッチメークが、現実に可能なのだろうか?これまでできてきたと言えるだろうか?
現実的に、ほんとうに日本代表を強くしたいならば、Jリーグに強いクラブを作ることの方が遥かに合理的だろう。バルセロナやマンチェスターUは無理でも、ポルトやリヨンのようなクラブが、或いはベジクタシュやパナシナイコスと互角かそれ以上に戦えるクラブが誕生したならば、日々そんな相手と真剣勝負ができるこの国のサッカー選手たちの自力はどれだけ磨かれるだろうか?
強化の本道として、僕はそちらの方がはるかに意義のある試みだと思うし、合理的な施策であると思う。ムダな代表マッチを削って、外国籍枠をもう少し開放して、それと共に日本人選手のクラブ間の流動性を高める。
そんなさまざまな、積極的なJリーグ強化策の実践によって、J日本人選手の数は900人から600人になるのかも知れないが、その600人のエリートが、今以上に濃い試合経験を積み、厳しい競争にさらされ、ある程度の待遇を維持・提供されるのであれば、僕はそちらの方がこの国のサッカーの強化にとって、代表チームという引き上げられた幕の頂点に君臨する者たちにとって、良い作用を及ぼすものと思っている。
そんな環境を整えてゆくことによって、Jリーグ内の競争をさらに厳しいものとすることによって、無意味な親善試合でムダにJFAを肥えさせ、浪費させ、金権主義の歪な権力構造をさらに強化させることなく、日本のサッカー、そして代表チームを、今以上に成長させてゆくことは、僕は充分に可能であると思っているし、一刻も早くそうなるべきであると考えている。
また、それを成し得るのは、僕ら日本のサッカーファンだけである。僕らのこの国のサッカーに対する、知性と見識こそが問われているのである。
そしてその上で、僕自身は日本代表監督なるものに、もうここから先いたずらにクリエイティブな仕事は期待しないほうが良いのではないかと考えている。
一人の卓越した指導者に、一個のクラブチームのような時間的余裕と試合数を与え、J公式戦を蔑ろにしてまでも、代表チーム一点突破の強化を図る…。そんな牧歌的な時代は、オフトやトルシエやオシムと共に過ごした時間でもう終わりにするべきである。この国のサッカーも過去から見れば充分に成長した。そろそろこれまでとは違う尺度で、日本代表のサッカーというものを考えるべき時期なのではないだろうか。
代表という限られた選手の強化に無駄な時間を割いて、Jリーグのスケジュールを毀損させるぐらいならば、親善試合の数を半分にして、代表監督には短い時間で、ベストではなくともベターなアレンジを施して欲しい。今後の日本代表監督に、僕はクリエイターとしてのトライよりも、むしろ適切な、効率の良いセレクターとしての能力を求めるべきなのではないかと思っている。現状のJリーグの良質な部分を掻い摘んで、長い時間を費やすことなく最適なバランスをピッチ上に描き、選手たちのやる気を引き出し得る人物。
近々、『次期日本代表監督への推薦状』において、そんな何人かの日本代表監督候補について、言及してみたいと思っている。
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ニッポンの暗闇と民主主義の成熟
posted by 桐谷 |11:20 |
Jリーグ改革案 |
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2009年05月14日
いまある制度を変えるとき…というものは、往々にして変えることのリスクのみが議題の中心となり、いまある制度の問題点や変わらないことのリスク…といったものが見逃されがちである。特にこの国においては、その傾向が顕著であるように思う。
それはある意味では穏健…とも言い換え得る精神性に根ざしたものなのかも知れないが、一方でそれは来るべき未来への先見を欠き、常に刻々と変化する社会状況や経済状況に対応できない…という負の側面もあわせ持つ価値観である。僕はそれを、この国の一番のリスクであると考えている。
秋春制やバックパス禁止令のような思いつきや非合理の改革は反対だが、さきほど為された移籍金制度の是正や、今回の登録選手枠25人制案はJリーグの実情に根ざした正しい改革の方向性であると、僕は評価している。これにベストメンバー規定の廃止と、外国人枠の段階的自由化(AFC枠の先行開放)が加われば、Jリーグはアジア広域をマーケットとする、さらに質の高いリーグへと成長することが可能になると予想する。Jリーグは、アジアのプレミアリーグを目指すべきなのだ。
いくつかのサイトで反対を唱える方々の意見を目にした。クラブ目線から見た反対、選手目線から見た反対、日本のサッカー界…という論拠を用いた反対。それらのすべてに、一理あることはあるのかも知れないが、日本のサッカー界全体とそこに携わる人々の利…を、効率的に、なおかつ安定的に追求してゆく場合に、僕はこの登録選手25人枠はいたって真っ当な制度であると思っている。
皆さんは日本のプロ野球の登録選手数は何人だかご存知だろうか?
約700人だそうだ。
それに対してプロサッカー選手は?
今現在すでに1100人に近い数のようだ。
これは知人からの伝聞でしかないが、プロ野球全体の年間収入は1100億円程度であるという。それに対してJリーグはいくらなのだろう?ネットから数字を拾ってみると2007年度の数字でJ1J2合わせて約700億円を少し超える程度。なんだ400億しか変わらないのか…と、思われるかもしれない。が、700人で1100億円を稼ぐプロ野球選手(1人あたり1.57億円)と、1100人で700億円を稼ぐプロサッカー選手(1人あたり0.63億円)では、一人当たりで割り出した収入には、約2.5倍の格差がある。
2005年度のプロ野球選手の平均年俸が約3700万円ほどであるのに対して、何年の平均か忘れたが、J選手のそれが約1600万円ほどであると聞いたことがあるので、ここには2.3倍の格差が生ずる。当然の事だが、業界全体の1人あたり売り上げと、それぞれの選手の1人あたりの平均年俸は概ね比例の関係にある。要するに、これからJ参入する新規の地方都市に、浦和のような収入を誇るクラブが出てこない限り、このJリーグ選手1人あたりの収入はますます減少し、それに伴い選手の待遇もますます悪化してゆく…ということである。
Jリーグ初年度、1993年には各クラブの営業収入は平均約28億円程度であったと聞く。10クラブで大雑把に280億円。この時点で選手数は、おそらく300人に満たなかっただろう。ところがいまそれが1100人の大所帯となって総収入は約700億円。これ以上クラブ・選手数を増やして総収入を嵩上げしてみたところで、選手数増加により、全体としてのプロ選手の待遇は、ますます悪化の一途を辿る。果たしてそれが、サッカー界の、そしてJリーグの、目指すべき姿として正しいのか否か?僕は大いに疑問である。(以上、おおまかな数字ですが明らかな誤りがあれば訂正します)
ご存知のようにプロ野球には新入団選手に対する、数千万円という莫大な契約金というものがある。すべての選手がその契約金を受け取っているのかどうか僕には分からないが、選手側から見ればある意味サッカー界より魅力ある制度である。しかし、サッカー選手はどうだろうか?J1からあぶれ、今J2で、新規加入の地方クラブで汗を流している選手たち、またはJ1でほとんど出場機会すら与えられず、紅白戦要員として2~3年の短い選手生命をくすぶらせたまま無一文で消えてゆく選手たちがいったいどれだけあるだろうか?
たった2、3年、総額300万円~500万円の代価しか得ずに、サッカー界を去ってゆく若者たちを、自省なくこれ以上量産してはいけない…と僕は思う。セカンドキャリアに対する取り組みは充分に評価するが、一番大切なのはこれを無闇に増やさない…という試みであり、どこかで歯止めをかけることなのではないだろうか?そのための施策…という意味でも、プロサッカー界へ引き上げた選手たちのそれぞれ一人一人の人生に責任を持つ…という意味でも、登録選手枠25人制という方向性は妥当なものであると僕は思っている。
調べてみれば多くのクラブで、不可欠な戦力として使われていると思しき選手は僕の感覚では概ね20名程度である。その欠員や、ナビスコでの抜擢で、年間ほんの数試合出場できる選手を含めても、多くのクラブでおおよそ25、6名あれば足りている。にも関わらずほとんどのクラブが30名~35名とBC契約含めて期待枠の選手を抱える事で、中には紅白戦すら満足に出られない若手選手すらいるだろう。
この選手たちが、自らの実力に相応なリーグで切磋琢磨し、実戦経験を積む。力ある選手は自らの力で這い上がり、無い選手はさらに下部のカテゴリーで、必要な戦力として用立てられていく。それこそが自然な循環のあり様なのだと僕は思う。
確かにプロサッカー選手を1100人から2000人、さらに3000人と水増ししていけば、この国のサッカーレベルも少しは向上するのかも知れない。が、しかし、どこにでもそれは存在するように、ある程度の“加減”というものがあるはずだ。世界でもおそらくアメリカ大リーグに続きNo.2の実績を持ち、尚且つ長い歴史と伝統を誇る日本プロ野球。未だ日本で一番人気のスポーツとして認知されるこのプロ野球リーグにおいて、現状プロとして成立している頭数は約700人(独立リーグ除く)。それでもほとんどの球団は赤字経営(企業補填)なのだろう。それに対して、やっと世界の二流国と三流国の間に顔を出し、どの数値を見てもプロ野球には到底敵いそうもないプロサッカー選手が1100人。プロという定義を、そのクオリティの面から、そして経済的な面から捉えた場合に、これは明らかに過剰、行き過ぎた拡大であったのではないだろうか。
昨年から僕はJリーグのダウンサイジングを推奨してきた。
このまま自省なく拡大政策を続けてゆけば、いずれプロサッカークラブというものの社会的信頼や期待を裏切るというリスクを助長してしまうこととなり、またプロサッカー選手なるものへの子供たちの憧れや期待を消失させてしまうことにもなりかねない。今年、そして来年…、存亡の危機に晒されるクラブはきっといくつもあるだろう…。それを踏まえて、Jリーグはさらなるダウンサイジングと、競技クオリティ保持のバランスに向けて、リーグ内で議論を深めてゆかなければならないし、また適時必要な施策を採用してゆかなければならないのだと思う。そしてまた、自らが身を切る覚悟でリーグ運営自体のリストラクチャリング、コストカットをしてゆかなければならないのではないだろうか?
二宮金次郎がこんな言葉を残している。
道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である
僕たちもいずれ、この箴言の持つほんとうの意味を、痛切な痛みとともに知るだろう。クラブの経済も若手の実戦経験も大事である。そしてプロサッカー界の道徳と責任という視点は、さらに大切なものであると僕は思う。この改革が、そんな精神をも踏まえた、今後の抜本的なJリーグ改革へ向けた端緒となることを期待している。
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許すということは、強さの証だ
posted by 桐谷 |11:10 |
Jリーグ改革案 |
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2009年03月03日
いくつかある改革私案の要点が、あっちこっちと錯綜してしまって、いつものように非常に理解しにくいものとなってしまっていると思うが、例によってまとめるのは読んでくださった皆さんにお任せすることにして、こちらとしては言いたいことだけ言い切って終了させてもらおう。
僕の改革案の核心の部分。
きっとそれは、公平で厳しい競争環境の実現とJFA・Jリーグ組織への不信…が根本のテーマなのだと思う。公平で厳しい競争環境とは、平等で持ちつ持たれつの生ぬるい環境とは異なる。むしろその対極にあるものである。
そしてその突破口として、各クラブへのTV放映権の返還と、リーグからの配分金制度の廃止を求めるのである。
JリーグとJクラブとの関係は、いつまでも上意下達、お上と下々の関係であってはいけない。そのピラミッドの頂点に君臨するJFA会長なるものが、開かれた選挙で選ばれる訳でもなく、人々の信任によって指揮を任される仕組みでない限り、この支配と隷属、上命下達の主従関係は、今後のJリーグの構図にさまざまな歪みと軋轢を生んでゆく事だろう。
それはこの国の仕組みと似ている。
政治システムがまともに機能せずに、官僚支配というブラックボックスを統制できぬばかりか、そのおこぼれをもらうことに必死なのだ。各々が私利私欲の為に国益や公益といったものを蔑ろにし、またそれをそれぞれの知性により選別取捨するはずの国民の側が審美の目を持たなかった…。
そしてその責任と負い目を、いままた“誰か”の所為にしてやりすごそうとしている。永遠のループを繰り返そうとしている。このままでは、サッカー界もこれと同じ道を歩む事になるのではないかと僕は危惧しているのだ。
各クラブは、Jリーグに対して、『タックスペイヤー』になるべきであると僕は思う。それは収奪されるのではない。対価を支払う…という意味である。Jリーグという組織には、いくらの人件費や運営経費が必要で、それが適正を有したもので、支払わなければならぬ相当のコストであるのかどうかを、それを分担させられる各クラブが審議するべきなのである。いまはあべこべに、しかるべきチェック体制などなにもないまま、収益の片翼であるTV放映権を抑えられたまま、言い値のコストを天引きされているのではないか。厳しい経営環境に疲弊消耗し、経費削減のため選手を大量に解雇したあげくに、さらにファンやサポーターに寄付金までお願いして命を繋ごうとするクラブがある一方で、この組織としてのJリーグは果たしてそれだけの経営努力、運営努力をしているといえるだろうか。僕はこのままではいけない…と思っている。
TV放映権を含むすべての売り上げを一旦クラブへ返還し、Jリーグによる予算案を信認する形で、各クラブ側がその予算を分担すべきなのだ。またその場合、各クラブ一定額の負担ではなしに、それぞれの売り上げに対する定率の負担をビッククラブにお願いすべきである。であれば浦和が7億円負担する時、甲府は1億円で済むはずである。その時水戸は0.3億円となるだろう。浦和にとって見れば過大な負担と映るかもしれないが、彼らであればTV放映権その他もろもろの自由化により、きっとそれ以上の営業収入の増加に結び付けてくれるのではないだろうか。
それによりJリーグとJクラブの間に、対等な緊張関係と本当の意味での互恵関係が生まれる。各クラブは配分金に依存しない、自主自立の経営により立脚することを迫られ、また富めるクラブ、強くなってゆくだろうクラブの足枷も外される。そんな姿こそが、僕はサッカーの世界、勝負の世界の自然な在りようなのだと考える。
僕は大都市のビッククラブに勝たせたい訳でも、地方の小クラブが憎い訳でもなく、またその逆である訳でもない。が、このJリーグにおいて、自らの自助努力とファンのサポートにより、強くなるクラブはますます強くなって欲しいと思うし、そんな光りの情景に対して、また光りの届かない影の情景が生まれてしまうのは、ある意味致し方のない事であると思っている。結果平等の世界など幻想である。
いまはまだ不完全とはいえ、Jリーグが世界に繋がった以上、世界を目指すクラブが出てくるのは自然なこと。であれば、その成長を阻害するようなルールや仕組みは、速やかに取り払うと同時に、権力の公正化と透明化なくして、このJリーグの繁栄など期待できないものと思っている。
やがて日本のサッカー界にも、開かれた会長選というものが根付き、JリーグとJクラブとの間にも均衡の取れた“対立と協調の関係”が育まれることがあるかも知れない。いや、いつかは分からないが、いずれはそうなることだろうと僕は期待している。けれども最後にひとつだけ釘を刺しておきたい。勿論システムは大切である。ニンゲンの私情や悲しい習性に抑制を加えるためのそれは、無くてはならないものであることに間違いない。
けれどもそれ以上に大切なものがある。それが“知性”であると僕は思う。システムという道具を拵えるのも“知性”であるとするならば、それをうまく活用するのも“知性”無くしてできることではない。
サッカーにおいても、この国においても…である。
さあ、今年もJリーグがはじまる。
ひとまず僕も能書きは捨て置いて、この情熱に身を任せてみたいと思う。
待ち焦がれたサッカーに、発狂するぐらいに、燃え上がってみたい…と思っている。
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posted by 桐谷 |10:25 |
Jリーグ改革案 |
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2009年03月02日
15年前おそらく二百数十名程度でしかなかった日本のプロサッカー選手の数は、おそらくこの間その3~4倍ほどになった。果たしてこれはプロサッカー選手としての適格者、その実力を有するものがそのまま4倍に増えた、と手放しで喜べる成果といえるだろうか。
残念ながら僕はそうは思わない。おそらくその半数程度は、ただ単に水増しされたプロ化…なるものに過ぎない。そして今のJリーグの状況、ただただ生めよ増やせよと参入希望者に背伸びをさせて、ギリギリの経済活動を強いる仕組みはそろそろ改めるべきであると考える。
それは各地方のサッカー関係者のJへの夢を間引き、淘汰せよ…ということではない。参加基準についてはそれぞれの地方の実情に配慮しながらも、サッカーの実力の部分には厳しいハードルを設け、尚且つ適正な財政規律についての目配りを怠るな…ということである。
果たしてこの日本に、世界の基準に照らしてプロサッカークラブとしての適性と資格を有するいくつのクラブが存在し得るのだろうか?
僕はそれをせいぜい20に満たないものと思っている。
観衆から高い入場料や放映料代価を受け取って、10年に満たぬ選手生命しか持たない選手たちに、プロとしてあたりまえの給料を払って、それでもなお経済的に成立し、プロサッカーとしての実質を保てる…という条件であれば、それはせいぜい10程度に過ぎないものと思っている。
そういう意味で、すでにあるJ2までの仕組みをどうこうしろとは思わないが、プロリーグとしてのJ3や、これ以上の肥大化・拡大化は当面進めるべきではないと思っている。Jを目指すクラブはプロだろうがアマのままだろうが、JFLで切磋琢磨しそのチャンスを自らの手、実力によって掴み取ればよい。可及的速やかにJ2とJFLの間に2枠ぐらいの昇降格制度を設け、J2で競争力を失ったクラブはJFLに、またその逆にJFLからJ2に、その実力によってトライできる仕組みを整えるべきである。
僕はこの間(はざま)の、現状では大きすぎる障壁…をなだらかにならすためにも、プロ契約うんぬんの縛りやスタジアムキャパシティなどのJ側からの過大な要求を考え直すべきであると思っている。J2の下、今であればJFLになるが、これなどはEASTとWESTに2分割して運営するのが望ましいと考える。
日本は国土面積から見れば小さな国でしかないかも知れないが、場所によっては北海道から沖縄まで、南北には2500kmもの距離がある。場合によっては、この移動を3部の経営基盤の脆弱なクラブにまで求めることになる。欧州でいえばこれはモスクワからロンドンまでの距離と同じ。これだけの経済的負担・移動距離は、欧州でもUEFACLかUEFACUPでしかありえないのだ。
J1 16クラブ
J2 20クラブ
JFL/EAST 10クラブ
JFL/WEST 10クラブ
上記が僕が考えるこの国の理想的なリーグ体系である。
代表でのスケジュールにACLまでも本腰入れて取り組まなければならなくなったJ1は、現状では試合数が過剰である。代表スケジュールとナビスコのスケジュールをうまく重複させて、過重な負担のかかる代表選手試合数を速やかに減じるべきであると考える。
J1、J2の2つのプロリーグに、JFL東西のプロ・アマ混在リーグ。さらにはJ2とJFLの垣根や障壁を可能な限り廃して、J2を、ホンダFCのようなクラブが、無理に背伸びすることなく自らのスタンスで参加し得るJ1へのステップボードとすることが、僕はリーグとしての自然な在り方なのではないかと思っている。Jリーグに今求められているのは、無闇な膨張・拡大ではなく、ダウンサイジングである…と。
どれだけ節水を心がけ実践している都会の倹約家といえども、砂漠の民から見れば、その水の使い方は無駄遣いとしか映らないだろう。また自然環境からみれば、未開の地に在って、そんな価値観など知らずに日々を生きている人々の何倍も、都市に暮らすしたり顔したエコロジストが有害であることに議論の余地はない。
いまあるこのシステムも、もしかしたら夥しいムダと、夥しい不理解と、夥しい無分別の下に築かれたシステムなのかも知れない。もしかしたらそれは、いまあるこの国のシステムと同じようなものなのかも知れない。今でこそまだそこまで赤裸々ではないのかも知れないが、いずれは同じ現実に突き当たるのかも知れない…いや、すでにもう、突き当たっているのかも知れない。
問題は、いついかなる場所においても必ず生じる。
そしてその生じた問題に対する“責任”と“負い目”は、よく分析したうえで、それぞれがそれぞれのものとして、そこに関わるすべての者で、分かち合わなければならない。
そのためにも僕らは、いまあるこの現実をたえず疑ってかかるべきなのだ。権力を疑い、制度を疑い、民意を疑い、そしてさらに自分自身すら疑う。とすれば、いずれ完全なる正解、完全なる答えなど、どこにもないことが判るはずだ。そしてまた疑う。そうやって不完全な正解、不完全な答えを、少しでもマシなものに変えてゆこうとする試みが、この国における、サッカーにおける、僕たちの責任なのではないだろうか。
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posted by 桐谷 |11:26 |
Jリーグ改革案 |
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2009年02月09日
~今のJリーグシステムは地方クラブに対して、逆に機会の平等を与えていない部分もある。それについて、これから持論を展開しようとしているところなのです~
これは僕が『川淵VSナベツネ論争の裏側』というエントリーのコメント欄の中で用いた文言です。今回はこの詳細について、持論を展開させてもらおうと思います。
『Jリーグは機会の平等を与えていない』
皆さんは
競技場の観客席は,下記のとおりとする.ただし,芝生席は,観客席とはみなされない.
(1)J1クラブ主管公式試合:15,000人以上収容できること
(2)J2クラブ主管公式試合:10,000人以上収容できること
というJリーグ規約第29条をご存知だろうか。僕はこの規約を公平に欠けるものであると思っている。東京近郊にあるクラブと、地方小都市の人口10万人に満たないような地に生まれたクラブとでは、観客動員力に大きな格差が生ずるのは自明である。なのになぜ全国一律の基準を適用せねばならないのか?
これにより平均観客数3000人ほどにしかならないJ2新規参入クラブたちが、現状J参入当初から一律キャパシティ20000人以上のホームをベースに興行を成立させる…という過重な負担を背負わされている。地方は大都市と異なり、J規約が10000人基準だからといって、それにあわせて都合よくキャパ10000人のスタジアムが存在する訳ではない。FC岐阜を例に取ればキャパシティ3500人というちょうど身の丈にあった長良川球技メドウというホームスタジアムを持ちながら、この規約にあわせて31000人収容の長良川陸上競技場をホームスタジアムに定めねばならなかった。
ハナからその拠って立つ基盤や条件が異なる地方の小クラブに、なぜこのような不自由を強いなければならないのだろうか?彼らがそのサッカーの実力によって、浦和レッズや名古屋グランパスと戦う機会を得たならば、その時その試合において、自らの経営判断で31000人収容の長良川陸上競技場を使用すれば良いだけの話ではないか。
どれだけ経営規模が小さかろうと、その小さな営業収入の中で収支を均衡させ、サッカーのその実力によってJ2、J1の壁を突き破ってのし上がってくるクラブがもしこのニッポンに誕生したとするならば、それは鉛筆舐め舐め誰かが書き綴った100年構想の能書きなどよりも、はるかに意義のある感動的な実風景をこの国のサッカーシーンにもたらしてくれるのではないだろうか。
逆にいえば、それぞれの小クラブがアリンコのような身を削る経営努力の下、実力で大規模クラブをぶち倒してくるとするならば、その参入を妨げる正当な理由などあるだろうか?そしてもしそれがまかり通るとするならば、その時Jリーグは本当の日本最強リーグと呼べるだろうか?
平均動員6000人にしかならないモンテディオ山形の、今年一年のJ1への挑戦を僕はとても楽しみにしている。J2においてさえ、恵まれた経済基盤を持つとは言えない彼らが、そのサッカーの実力で勝ち取ったこのビッグクラブたちへの“挑戦権”には、スポーツファンなら誰しも心揺さぶられる何か…があるものと僕は思う。そしてそれとほぼ同時に、その挑戦は彼らに、非常に苛酷な現実を突きつけるんじゃないかな…とも思っている。
それがある意味、このJリーグ15年の歴史であり、15年による成熟であるともとらえている。けれどもだからといって彼らの挑戦に意味がない訳ではない。むしろだからこそ、僕は彼らのその挑戦に価値を見出すのだと思うし、注目せずにいられないのだ。
Jリーグが為し提供すべきは、この国最高レベルのサッカーリーグの運営であって、地方クラブの夢を間引く事でも可能性のドアを閉じる事でもないと僕は思う。今の現状は、地方の小クラブに、各々の実情を省みない紋切り方の規約を用いて、結果的に身の丈に合わない背伸びを助長し、その経営を圧迫している部分もあるのではないだろうか?
JFLホームゲーム入場者・平均入場者数。
興味のある方はぜひ上記のリンクを参照して欲しい。ここから上を目指す地方クラブたちは、今後J参入に当って高い入場料を設定しながらも最低10000人を越す収容人員のスタジアムをホームに据えて興行を成立させていかなければならない…。これは果たして絶対に不可欠な基準といえるだろうか?
有名無実のサテライト組織も必要なく、ユース組織もあってもなくても良い。それはクラブ自身が、それぞれの自由な経営判断によって選択してゆけば良いだけなのだと僕は思う。女子クラブ創設の義務化なんてさらに無用である。各クラブはそれぞれ各クラブのやり方で、地域に貢献し、自治体や市民との信頼関係や互恵関係を醸成してゆけばよい。逆にそれができなければ、地方クラブの宿命として存続など不可能だろう。
Jリーグが統轄すべきは、各クラブの健全経営のための厳正なる監査と、機会の平等、公平を担保した上での、真の最強リーグの保持であると僕自身は考える。そして目指すべきはイレブンミリオンなどという数字自体に何の意味があるかも分からないスローガンではなく、日本最強リーグをアジア最強リーグへと進化させることであり、そのための、一般国民へのクラブサッカーの普及にあると思っている。その点で僕は、TV放映権を含めた今現在のJリーグの在り方に疑問を呈するのである。
次回はこれに続いて、リーグ体系をも含めた、Jリーグ改革私案、中期的に為すべきこと…についてまとめてみたいと思っている。
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posted by 桐谷 |10:55 |
Jリーグ改革案 |
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2009年02月02日
前エントリー『Jリーグ いますぐ為すべき3つの改善』を受けて、Jリーグの『中期的に改革すべきこと』そして『最終的な理想像』について私案を展開してゆくつもりなのだが、今回は少し話しを脱線して、前回触れた“TV放映権”についてもう少し触れておきたい。
皆さんはJリーグ創設前の川淵三郎VSナベツネ論争をご存知だろうか?
ナベツネさんという日本スポーツ界稀代のヒールの高飛車な物言いも相まって、この対立はナベツネの主張する“企業主体”か川淵氏の提唱する“地域密着”か…という勧善懲悪の構図で喧伝され、読売系列以外の多数のマスメディアを利したJFA側の世論形成が見事功を奏し、川淵氏が完全勝利したカタチではあるが、僕自身はあれを、読売とJFAの、JリーグTV放映利権を巡る利害の衝突が主因であったと考えている。
勿論、僕も元野球ファンの一員として、プロ野球界の読売支配に腸煮えくり返る思いをさせられたことは一度や二度ではないが、だからといって今のJFA体制が、プロ野球界のそれよりも優れているものかどうか、即座には断じかねる。
『サッカーリーグに“巨人軍”は作らせない…』
が、川淵三郎氏のそもそもの主張だったはずだが、結果として、その代わりに彼は“日本代表”というサッカー界の“巨人軍”を作ったのだ。
下々のクラブから問答無用でその為の商材を収奪してきたではないか。JFAはこの間豪勢な自社ビルを建て、無給だった職務にお手盛りで高給を配し、それでも余った金を使い切るために、誰のため、何のためなのかも判らぬさまざまなプロジェクトを立ち上げて散財に必死のようだが、そんなJFAに対してクラブの現実は果たしてどうだろうか?左団扇の身分でクラブ運営にあたれているクラブは果たしていくつあるだろうか?つい最近もwin-winという言葉がサッカー界で語られていたようだが、僕に言わせればそれはWIN-fin(魚のヒレ)の関係であり、システムとして公正に機能している状態とは決して言えないし、また言わせるつもりもない。
現状Jリーグの地上波視聴率は5%に満たない…とも言われる。が、僕に言わせれば、それはJリーグもTV局側も、そして広告代理店も、これをコンテンツとして育てる計略や努力を怠っているからである。たとえばTV局が13週、26週のクールで1本の連ドラを放映する時、どれだけの力を注いでこれのプローモーション活動に取り組んでいるだろうか?それに対して、現状のJリーグ放映はどうだろうか?
例えば浦和が、フジTVと単独で契約する自由が許されたならば大一番の試合前日、鈴木啓太が『笑っていといとも』に出演するかも知れない。闘莉王が『ジャンクスポーツ』に出演するかも知れないし、まあ見たいかどうかは別として、都築龍太がガチャピンやムックと戯れながらチビッコたちにニコやかに語りかけるシーンが見られるかも知れない。横浜マリノスがTBSなら、中澤佑二が『情熱大陸』に、長谷川アーリアジャスールが『水戸黄門』に。そして鹿島がTV朝日なら、ウッチーが『黄金伝説』で巨大ナマズに喰らいつき、曽ヶ端準が『全力坂』でゼーゼーと息を切らして身悶えするシーンに出会えるかも知れないのだ。
視聴率とは、そのコンテンツ自体の魅力を喧伝・啓蒙しながら、地道なプロモーション活動を通して、育んでゆくものではないだろうか。僕は今の視聴率が、サッカーのそのポテンシャルに対して妥当なものであるとは正直思えない。少なくともクラブサッカーにおいて、今の代表や高校サッカーレベルの視聴率を稼ぎ出すことは充分に可能だと思っている。もっともっと掘り起こせる可能性を秘めているにも関わらず、Jリーグ側の方策や一括管理のシステムによって、その可能性の芽を摘んでいる部分も多分にあるのではないか…と。
放映権の一括管理についてJリーグはこのように説明しているらしい。
○リーグ全体として考えると最も高額で放映権が売れる。
○放映権料収入によるクラブ間の資金格差を減らす。
○リーグが販売をすることにより各クラブの手間(負担)が減る。
○販売側の窓口の一本化によりテレビ局側が買いやすくなり、より多く売れる。
○交渉術の未熟なクラブの放映権が安く買い叩かれる事を防ぐ。
※wikipediaより
検証の手段が無い項目についてまで、あれこれ推察しても仕方無いし、J創設期と今とではこの状況に変化が生じている部分もあるだろう。現状が今の状態・システムであって、JFA、Jリーグ組織にとって、このカタチが都合が良いことは間違いないようだ。が、節度を欠いたJFAの代表利権への執着と共に、果たしてこのJリーグ(社団法人日本プロサッカーリーグ)をお上と仰いで、何らの検証も無くつき従う既存のシステムや構造が、本当のクラブ文化の発展やニッポンのプロサッカー界の未来にとって有益なものかどうか…については、常に議論されるべきであると思っている。特にその主従関係の根源をなすこのTV放映権の問題は、無闇に既存のマスメディアが立ち入れない議題である。やはりこれはネットを中心に、自発的にこの国のサッカーファン、Jリーグファンが考察し、議論していかなければならないテーマなのだと僕は思っている。必要なのはJリーグ組織とJ各クラブとのパワーバランスである。均衡の取れた“対立と協調の関係”にあるのだと僕自身は信じている。
変わらない…ということはある種の政治的罪悪である。
利権も既得権も独裁も差別も、この世に不要なものはみな、恒久的な固定化を求めるものなのだ。システムの中に自動的に組み込まれたブラックボックスを、そのままに見過ごしていてはいけない。それはJリーグも、そしてニッポンも、同じことである。
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posted by 桐谷 |11:35 |
Jリーグ改革案 |
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2009年01月26日
いまこの国におきている多くの問題を、僕は“米国発の金融危機”以前に、この国の政治、長きに渡った自民党政治の腐敗や官僚支配の増長によるものだと理解しているが、その構図はそのままJリーグや日本のサッカー界においても、少しの時をおいて再現されるのではないかと思っている。要するにこの1~2年のうちにサッカー界におこるだろう様々な事柄は、一見“米国発金融危機”を主因として受け取られるものかも知れないが、その実態は決してそれだけではないのではないか…ということである。
結果平等と機会平等は、経済の世界ではよく聞かれる言葉であるが、いま米国の、行き着いた現実の一例としての“新自由主義”なるものが崩壊の危機に瀕しているとしても、僕は結果平等を求める社会よりは、機会平等を求める社会のほうが、やはりはるかに健全であると考える。これが数多の社会生活を営む民衆の為の政治ではなく、自らの意志でここに集い、自らの努力と挑戦によって、ここに何かを打ちたてようと集ったプロの集団の為の政治であるとするならば尚更である。
だからこそ僕は、その戦いの場に臨むものとして、何よりもまず“自主自立”こそが最低の条件であり、経済的にそれを為し得ないクラブが在るとするならば、当然ながらそこに参加する資格は無いものと思っている。
TV放映権を含むJリーグ配分金制度に対して、僕は反対の立場なのだが、その理由は下記の3つによるものである。
1.クラブの営業努力や開拓心がスポイルされる。
2.富の再分配システムによってトップクラブの成長力が削がれる。
3.Jリーグ(社団法人日本プロサッカーリーグ)自体の営業努力や経理情報開示への姿勢が曖昧かつ不透明である。
興味のある方は『Jリーグ配分金の推移(J1クラブ平均)』を見て欲しい。
2004年を境に徐々に各クラブが受け取る配分金の平均額が減じているのが分かるはずだ。これは新規参入クラブが増えれば増えるほど今後も減少するだろう。この大不況のただ中にあって、Jリーグ(社団法人日本プロサッカーリーグ)自体の支出がカットされるか、売り上げを大幅に増やすかしなければ、今後その減額傾向にはさらに拍車がかかるものと見込まれる。その時、この配分金に依存しながらどうにかこうにかやりくりをしてきた地方の新参クラブたちは、果たしてどうなるだろうか?結果、生めば生むほど、増やせば増やすほどに、まずはじめに困窮するのは、そんな“自主自立”の基盤を持たぬままにJに参入してきた経済的足腰の弱いクラブたちになるのではないだろうか?そしてこのシステムで、最後の最後まで自省なく優先的に守られるのはJリーグ(社団法人日本プロサッカーリーグ)である。この構図もこの国のそれと本質的に同じである。まただからこそ、そこに“危機感”が無いのだ。
自分なりのJリーグ改革案、健全化案として、
短期的にできること、
中期的に目指すべきこと、
そして実現不可能かもしれないが、あるべき理想の姿というものがある。
その短期的にできることとして、まずは
1.移籍係数(現在協議中)とベストメンバー規定の廃止。
2.選手保有枠(23名程度へ)の削減。
3.クラブスポンサーの全面解禁。
の3つを来期にも実施すべきであると思う。この1つ1つについてあえて細かく説明することはしないが、すべてクラブの経済と自立に直接繋がる重要な要素であるとともに、若く有能な選手達の出場機会創出に対しても有効な施策である。
“結果平等”のシステムは中期的なテーマとして可能な限り排してゆく中で、“機会の平等”だけはいますぐに着手し、来期に照準を定めて、認められるものすべてを認めるべきである。これらは“公平”の基準に沿ったルールの改善である。人為的な弱者救済、横並び為の方策とは理念の点で根本から異なるものである。そしてさらにJ参入基準やリーグ体系への私案については後日改めて触れようと思っている。
本当に苦しいのはこの春からの2年。或いは3年…。
JFA・Jリーグが、この深刻さを切実に把握し、公平の基準を踏み外すことなく、キチンとした施策さえ打てれば、そこで倒れなくてもすむいくつかのクラブを救うことも可能だろう。
折りしもこの1月23日にJリーグは、若年層プレーヤー改革プロジェクト「J.LEAGUE Under age players Move up Project」を発足させたとのことである。現状のままのサテライトの充実や、ナビスコのU23化など、地方クラブの経済状況、その窮状を踏まえない“負担増”を強いる強化の方向性が打ち出されることのないよう切に願う。
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posted by 桐谷 |10:53 |
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2009年01月19日
アジア枠…の議論がかまびすしいようだが、概して否定的な意見が多いように思う。
韓国人選手ばかりじゃないか。
これではさらに日本人の若手の出場機会が減ってしまう。
といったものだが、韓国人選手に関しては折からのウォン安もたぶんに影響しているだろうし、1枠という中途半端な縛りによるものではないかと考える。これでは強化以外の、ビジネスとしての腰を入れたアジア展開は見込めないし、実際海外での放映を勝ち取った場合には、それにトライしたクラブが正当な果実を受け取れる仕組みは考えられているのだろうか?そこに明確なインセンティブがなければ、どこもタイ、ベトナム、マレーシアやインドなどにはトライしないし、実際する意義もないだろう。その点についていったいJリーグはどう考えているのだろう。
また日本人の若手出場機会については、FC東京監督の城福氏もエルゴラッソで言及されていたように思う。短い記述でもあり、実際氏がそれについてどう考察されているのかまではその記事から詳しく伺い知ることはできなかったが、アジア枠を増設すれば日本人選手の出場枠が減るのは確かである。
しかし、同時にそれによって即ち日本人選手のレベルが下がったり、向上しないのか…といえば僕は絶対にそんなことはないと思っている。
欧州主要リーグでは、ご存知のようにほとんどの場合EU加盟国であれば登録に制限などない。EU圏外の外国人においても試合出場枠としておおむね3人は認められているし、また、二重国籍や過去の歴史的関係性において規制は非常に緩やかなものだ。よってどの国を見ても実質ピッチ上には半数ぐらいの自国籍選手枠しかないことになるが、それらの国は弱くなっているだろうか?
僕はそうは思わない。
例えばイングランドには、ピッチ上ほとんど外国籍選手…などという構成が常態化しているクラブも少なくはないが、彼らがイングランドを弱くしているのだろうか?
やはり僕はそうは思わないのである。
彼らはイングランドを強くしている…と思っている。ご存知のようにイングランドにはEU内といえども他国に転出する選手はさほど多くはない。その1部リーグであぶれた選手は他国のトップリーグに転出する訳ではなく、自国の2部リーグで活躍している。しかしだからといってイングランド自体が弱くなるわけでは決してない。2部には2部の厳しい競争があるし、そこで磨かれた選手がまた1部に吸い上げられてゆく循環があるだけなのだと思う。
Jリーグにおいても、自国選手より実力的に劣る外国籍選手であれば、すぐに淘汰されるものだろう。彼らが試合に出場するとすれば、彼らがその試合のレベルを高めてくれている事に他ならない。そしてそこで日本の選手たちも磨かれるのである。
FWが外国人ばかりで、日本人FWが育たない…という話をよく聞く。
では、逆に僕はこう聞き返してみたい。
DFが日本人ばかりで、果たして日本のDFは育っただろうか?…と。日本のGKは育っただろうか?と。
僕に言わせれば、少しずつながらそのどれもが着実に進化はし続けているとは思う。突出してFWが育っていない訳でも、出場機会によってDFやGKばかりが育っている訳でもない。どのポジションにおいても成長はしている。しかしそれは、Jリーグのレベルなり…の成長でしかない…ということである。
どれだけ外国人FWが幅を利かせようと、プレミアリーグにおいてイングランド人FWがいなくなる訳ではないし、リーガエスパニョーラにおいてスペイン人FWが育まれない訳ではない。ルーニーやF・トーレスがそこから生まれてきたように。
もしJリーグがやがてプレミアのような実力を保持するリーグとなるのならば、僕はきっと日本人からルーニーやオーウェンのようなFWが誕生するものと思っている。そしてそんなJリーグにするためには、TV放映権料の増収が不可欠なのであって、そのためにまずは単に強化の為の外国人枠廃止ではなく、アジア枠の開放…という手順なのだと思っている。この道筋は正しい、しかし今の1枠ではまったく不十分である…と。
出場機会を“与える”ことは確かに意義のないことではないと思う。
特に18歳からの21歳ぐらいまでの若手有望選手にそれが欠けている事は間違いのない事実である。そしてそれはレンタル移籍の早い時期での活用や、移籍障壁を取っ払い、若手選手のステップアップを促す土壌をJに拵えればいいのだと思う。
また同時に、日本代表レベルの視点でJを見るのならば、その出場機会に“高いレベルの競争”が伴わなければ、実質的な意味はほとんどないのだとも思っている。ニッポン人だから…と、くれてやる出場枠をいくら確保してやっても、そこで高いレベルの試合が成立し得ない状態では、真のレベルアップには結びつかない。僕はサッカーとは、そういうものであると思っている。
これからのJリーグ改革論のキーワードとして、ダウンサイジングという言葉を僕は用いてみたい。
Jリーグは、いま無闇にクラブ数を拡大するべきではない。
複雑なシステムや規制は、速やかに廃止すべきである。
若手出場機会のためにも、経営の効率化のためにも、保有選手枠は極力絞り込むべきである。
そして組織としてのJリーグ、JFAも、この機会に抜本的にスリム化されるべきである。
それら1つ1つについて、今後改めて語ってみたいと思っている。
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posted by 桐谷 |11:04 |
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2009年01月08日
サンパウロやパルメイラスは無理だとしても、もしJリーグに、フルミネンセやヴァスコ・ダ・ガマクラスのチームが1つ2つ加わればJリーグのレベルはどれだけ底上げされるだろうか?そのレベルのチームと少なくとも年間2~4試合、多ければ4~8試合ものガチンコの試合が組めるメリットは、Jの強化にとってどれほどの利益を齎すものだろうか?
富めるチームがさらに富むこと。
それによってさらに強化されること。
最終的には欧州各国のように、2強~4強とその他のチームというおおまかな階層が、結果として構成されてしまうこと。
これらはむしろ自然なことであり、Jリーグ全体を俯瞰して見れば、悪い事…どころか、逆に良い事であると僕は思っている。
僕が感ずるここ数年のJの頭打ち感…は、おもにその2~4強を形勢すべきトップクラブの躓き(背広組の無策や失策)と、突出した外国人助っ人の度重なる他国(特に中東)への流出を主因とするものであるが、これがJリーグ・JFAによる厳しい競争環境を促進するための正しい施策と、各クラブ背広組の学習や世界の激変する経済状況によって是正され、適切に強化へと結びつける事ができたならば、それはJ1のその他のクラブどころか、広くJFLにまで波及し、この国全体のサッカーのクオリティはさらにもう一段階底上げされるだろう。
その為にも、僕はJリーグ改革の柱として、横並びの平等主義を廃し“自由で公平で尚且つ激しい競争”を促す方向性を打ち出すべきである…とこれまで解いてきたし、その為に必要だと思われることの核として、TV放映権の問題からAFC枠自由化、選手保有枠、さらにはベストメンバー規定の廃止にいたるまでしつこく書き連ねてきた。
これらはすべてバラバラの話のようでいて実は密接に繋がっている。
優勝劣敗が勝負の世界、プロの世界に生きるものの鉄則であり、弱肉強食はさらに自然界の法則である。困っている人、苦しんでいる人をみればニッポン人はすぐに手を差し伸べようとするが、それが公平である限り避けては通れない現実でもあるのだと僕は考える。これが社会の問題ではなく、プロの世界、勝負の世界における出来事であるとするならば、なおさらである。
この、世界に繋がる競技において、いつまでも弱きを助け強きを挫いていては、世界への扉は永遠に開くことはできない。俯瞰して見れば、日本の強者は未だ世界の中の弱者でしかないのだ。Jリーグの終わりなき平等・拡大政策が、いつまでもこれの強化の妨げになっていてはいけない。
そして日本の中の強者が、世界の扉に手をかけた時、この国の弱きものたちは、世界という括りの中では、充分に強者足り得ている筈なのだ。
【Jリーグ】 2008シーズン 展望
昨年のJリーグ開幕前に僕はシーズンを展望し、鹿島アントラーズとガンバ大阪の優勝争いを予想している。当っている部分も外れている部分もたくさんあると思うが、期待通りのチカラを発揮できなかったガンバや浦和は、やはり上記の助っ人流出と背広組みの失策が、結果に大きく影響したのではないかと思っている。残念ながら1強へ向けてすべてのお膳立てが整っていた浦和は、最後の詰めで背広組みが判断を誤ったと共に、そのための十数億円もの資財をドブに捨て去ってしまった。ここからまたやり直しである。
一方ではガンバ大阪や川崎フロンターレ、そして鹿島アントラーズが、いまクラブの土台を磐石に築きつつある。この中からJリーグにおける今後10年の強者の地位をしめるものが、世界においてフルミネンセやヴァスコ・ダ・ガマに比肩する実力を有するクラブがぜひ誕生して欲しいと僕は思っている。
その為にも、それを促す意味でのJリーグ改革が、いま必要なのである。
このJ開幕までの短いオフを、僕はそんなJ改革私案のまとめに充てたいと思っている。
現実的か実現可能か…など、門外漢の僕にはまったく関係のない話である。ただ、あるべき理想について、この機会に語り尽くしてしまいたいと思っている。
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posted by 桐谷 |11:17 |
Jリーグ改革案 |
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2008年10月30日
負けた浦和に問題があるのも確かだと思うが、それ以上に神戸のサッカーは素晴らしいと感じた。レアンドロがやっと本調子に戻ってきて、ボッティも高いレベルでこの松田監督のサッカーに順応し、無駄なくボールを捌いている。シーズン前半にもこのサッカーは“おもしろい”と感じたが、今こうして苦しい時期を経て、さらなる経験と鍛錬を積んで、完成の域に近づきつつあるように思う。来期の神戸を楽しみにしている。そして厚別のみなさん、お疲れさまでした。チームにはあのサポーターたちの為に、最終節鹿島戦の最後の最後まで、全力を尽くしきる事を期待しています。(2008.10.20)
J2の2位3位争いが熾烈を極めてきた。日程を見る限り仙台-甲府-湘南と直接のライバルとの対戦を残すC大阪が、押し込まれながらもボールを保持している状態なのだと思うが、この3連戦の初戦仙台戦を勝ちきる事がまず最低条件になる。最後までこの昇格争いを盛り上げる為にも健闘を期待したい。大分を見ているとつくづく守備の大切さを痛感する。磐石の守備なくして、攻撃への信頼も勝利への計算も成り立たない。そしてまた、これをポゼッションという揺るがぬ意志と共に打ち立て、成立させた広島はほんとうに凄い。今年のJ2は面白かった。(2008.10.21)
オシム来日報道をよくご覧ください。メディアとは、報道とは、こういうものなのだと僕は思います。
オシム前監督が来日 現場復帰には消極的* 共同通信社 2008年10月22日 12:08
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/headlines/20081022-00000009-kyodo_sp-spo.html
オシム前監督、Jクラブ指導者「やりたい気持ちある」*時事通信 2008年10月22日 11:59
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/headlines/20081022-00000057-jij-spo.html
(2008.10.22)
ここ最近、ガンバ大阪の試合を見る機会が多いのだが、見るたびに佐々木勇人選手のプレーに惹かれる。小柄ながらも自信をもって繰り出されるその前へのトライと、献身的な運動量に視線を惹きつけられるのだ。実は僕自身、西野監督の土壇場での胆力といったものに、アトランタ以来、未だ疑念を拭えぬ部分もあるのだが、選手の力量を見抜く眼力だけは間違いなく確かなものを感じている。外国人助っ人の助力のない中で、西野さんがどれだけのサッカーを構築できるか…。今僕は非常に興味深く、それを眺めているところである。(2008.10.23)
日本サッカー協会の小野剛技術委員長は23日、2012年ロンドン五輪の男子日本代表監督について、フル代表監督が兼任する方針を示した。ロンドン五輪を目指すU―21(21歳以下)日本代表は、10年アジア大会(広州)をめどに発足する。それまでのこの世代の強化は、基本的に岡田現日本代表監督がフル代表予備軍という位置付けで担当する。*スポーツ報知 方向性としては理に適ったものであると思う。が、後段の部分への落胆の念は拭えない。形ばかり整えても魂が抜け落ちているならば同じ事だ。(2008.10.24)
なぜ序盤に不振を極めた川崎フロンターレが、いまこのポジションで優勝争いに加われたのか…。それはフロントのフッキ離脱時の素早い対応と、的確で実力ある新助っ人の獲得が非常に大きかったように思う。今回はいち早くセパハンとの提携を発表した。AFC枠自由化の流れに向けた施策なのだろうと思う。川崎は選手も頑張るが、このフロント陣の頑張りも見ていて頭が下がる。こういうチームだからこそ、短期間にこれだけ強くなれたのだと思う。(2008.10.25)
Jリーグ選手協会は27日、シーズンの「秋春制」移行問題について話し合ったが、一部に慎重論も出て、立場を集約するに至らなかった。事前に実施したアンケートでは「条件付きも含めて賛成7、反対3という感触」だった*共同通信/どうやらJリーグも“前向き”な検討段階に入ったということだが、これはどちらが多数か少数か…の問題ではなく、多数を持って少数を排除することが可能なのか…、それが日本のサッカー界にとっての本当の利益なのかどうか…が問題の本質なのだと思う。僕は反対である。この件に関してだけは、今在る調和を崩すべきではないと信じている。(2008.10.29)
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キリタニ100法*(ほぼ…)毎日更新中です。
『郡上八幡のやわらかい水面 』
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posted by 桐谷 |11:43 |
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