2007年12月21日

いつかこの巨大な壁を CWC総括

浦和はミランに対して攻めなかった…のではなく、攻められなかった。
ラインを上げてボールを奪いに行かなかった…のではなく、行けなかった。

それが浦和レッズ対ACミランの真実、Jリーグ王者対UEFA王者の現状におけるどうしようもない“現実”であったと僕は思っている。

この攻められない、ボールを奪いに行けない…という状態は、僕は決して選手の臆病や消極的姿勢から生ずるものではないと考える。少なくともあのACミラン戦においては、彼らはその攻められない、ボールを奪いに行けない状態を必死で耐え忍びながら、Jリーグ王者、そしてアジア王者として、勝つための最善の可能性に最後まで賭けていた…今もって僕のその評価はまったく揺るがない。

攻撃的スタイル…というものは、相手との力関係があって初めて成立し得るものである。それはオシムジャパンVSスイス戦の前半を見れば明らかであると考えるし、ACにおけるサウジアラビアの立場から、彼らの日本戦とその他の試合におけるそのスタイルの変貌ぶりを見てもまた明らかであると思う。

あの試合における浦和レッズとACミランをボクシングに例えれば、僕はストロー級の東洋チャンプと、ミドル級の世界王者との戦い…のようなイメージで捕らえている。ミランとボカとの差を、“2~3人で攻めきれるか、さらに1人2人のサポートを必要とするか…”の例えで描写したが、要するにしっかりとガードを固めた上での軽いジャブでKOし得るミドル級世界王者のミランと、その相手にガードを解き大きく踏み込んで、腰の入ったフックを渾身の力で打ち込み、それがミートした時に、初めてちょっとしたダメージが与えられるかどうか…というストロー級の浦和。

この試合の積極的か消極的かの議論や評価とは、両者のその現実を踏まえた上で、僕達それを見る者がいったい何を望んでいたのか…本質的にはその立場こそが問われるのだと改めて僕は思っている。

あの実力差であれば、彼らの一発のジャブを食らわずに、その固いガードを掻い潜り大振りのフックを3発4発と顔面に叩き込み、浦和がミランをKOし得ていたとは僕は思わない。また浦和は失点後、押し上げてゴールを狙いに行く局面も可能な限り形成していたと思うし、アジア王者として今出来る事に最大限トライできていたと考える。

そして敗因として検証すべきは、浦和の戦術や消極的姿勢…などの枝葉の話ではなく、もっと大きな幹の部分、国レベルでの戦略、そしてJリーグ自体の抜本的改革にこそあるのだと僕は思っている。要するにどうやって彼らと同じような苛酷な競争環境をこの国に形成するか、Jリーグのレベルを上げてゆくのか…という事である。その方がこの苛酷な現実に対して、遥かに利益のある議題になるものと考える。そこを変えて行かなければ、本質的な彼らとの差はますます開いてゆくばかりである。そしてこの国は、変われるのだと僕は信じている。

次にこのCWCの舞台にJチームが立つのはいつの事だろうか?
5年に一度位出られれば…とぼんやりと考えてきたが、今明らかにこれまでとは違った熱気と興奮が、この国に芽生え始めているのは確かである。この熱を、どうかJリーグ改革の機運へと繋げていって欲しい。これをキッカケに、クラブレベルでも明確に“世界”を意識したチーム運営に踏み出して欲しい。そしてその為の環境を、クラブとJリーグで徹底的に議論していって欲しい。そしていつか必ず、この巨大な壁をぶち破って欲しいと心から願っている。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ薬害肝炎問題と政治決断 』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |10:24 | ACL&CWC | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年12月17日

さあ、戦おう。 CWC決勝を終えて…

試合後も鼓動の高鳴りがしばらく収まらなかった。
それは単純にサッカーの興奮や感動…であったかも知れないし、彼らに対する恐怖…だったのかも知れない。

浦和のACL制覇により、彼らは単なる理想や憧れの対象ではなくなった。いずれ打ち倒すべき“敵”のひとつとなった。日本は、そしてJリーグは、パンドラの箱を開けてしまったのだろう。ここから、もう後戻りはできない。浦和レッズにとって、鹿島アントラーズにとって、ガンバ大阪にとって、そして川崎フロンターレ、アルビレックス新潟にとって…ACミランはいずれ倒さねばならない敵となった。そして世界が…ここからは敵なのである。

勝敗を分けたポイントは何だったのだろうか…と考えれば、それはやはり“個”の持つパワーであったのだろうと僕は考える。

ミランにはカカがいた。ボカには14番パラシオがいた。この世界屈指の素晴らしい二人のドリブラーの明暗を分けたものは何だったのだろうか…と考えるとき、それはやはり“パワー”だったのだと僕は思う。
端的に言えば2人3人で攻め“きれる”ミランのパワーに対して、さらに1人か2人のサポートを必要とするボカのパワー。そのパワーとパワーの僅かな均衡を欠いたギャップが、現実にスペースとスピードというアドバンテージをミランに与えているのである。

ミラン2点目のネスタのゴールに繋がるFK前のシーンが、象徴的にそのパワーの差を表しているのではないだろうか?
サポートの無い1対2の状況を、ドリブルで突破しようと試みるセードルフの“パワー”。結局ファールで止められ、そのピルロからのFKが得点に繋がるのであるが、あの個のパワーの前に組織や戦術論はまるで無力である。
カカが一度前を向いて2、3歩の暇でトップスピードに加速してしまえば、それはもう組織や戦術うんぬんの話ではなくなる。このボカにして個のパワーにおいて、明らかな劣勢を強いられ、あらゆる局面において汗をかき紡ぎあげた数的優位をあんなにも容易く反故にせられてしまうのだ。

浦和戦における彼らが、フルパワーで戦っていたとは僕は決して思っていなかったが、このボカ戦を見るまで、これ程までもパワーをセーブしながら戦っていたとも、また思ってはいなかった。きっと浦和の選手達も、この試合を見てまざまざとそれを感じ取った事だろう。そしてまたきっと、新たな悔しさを味わっていることだろう。

最後にこの試合の主審、メキシコのロドリゲスさんだと思うが、彼の見事なレフェリングを心から讃え、公正で素晴らしいゲームを演出してくれた事に深く感謝したい。


ブラジル経済は成長を続けている。アルゼンチン経済の復興にも目覚しいものがある。中東産油国、ロシアのそれは言うまでもないし、EUのそれも磐石なものである。
これまでJリーグは、ブラジルの選手供給力によってそのクオリティを支えられてきた。が、これからはこの状態に胡坐をかいてなど居られない時代が来る。いや、それはすでに訪れているのかも知れない。セカンドクラスのブラジル人タレント達も欧州を目指し、ロシアや中東を目指し、そして祖国に安住する時代が来ているのである。

この“世界”と対峙してゆく為に何が必要なのだろうか?

どうやってJリーグの質を向上させれば、あのミランを捕らえ、そして抜き去る事が出来るのだろうか?
今一度、切実に考え、迅速な対応を検討してゆくべき必要に、待ったなしで、Jは迫られているのだと僕は思う。
今後はJリーグ機構そのものに、新自由主義(ネオリベラリズム)の概念、競争原理を速やかに持ち込んで改革してゆかなければならないだろうし、広くアジアに門戸を開き、質的向上の為のルートを多元的に確保してゆく必要もあるだろう。課題は数限りなくあるが、まずためらわずでき得る事に迅速に着手し、行動に移すべき瞬間である。

さあ、戦おう。

この心が冷めてしまわぬうちに…。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへぐるぐる』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |11:49 | ACL&CWC | コメント(29) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年12月14日

【CWC】浦和レッズ対ACミラン 戦評

人にものを教える…という事は、さほど難しい事ではない。

教えたつもり…になれば良いだけの話だ。

が、人にものを覚えさせる…という事は、次元の違う困難を伴うものである。そして人間というものは本質的に“経験”からしか学べない…或いは学ぼうとしない生き物である。であるからまた、どんな格言や説教よりも、ひとつの実体験から得るものの方が、遥かに価値あるものであると僕は思っている。

この試合で浦和の選手達が体験したもの、苦しんだもの、見せつけられたもの、そして何よりも“悔しい”と感じたその気持ちは、何ものにも代えがたい彼らの財産となるはずだ。この大会が確かな権威を踏まえ、恒久的なものとして今後も継続されてゆくとするならば、いずれ日本はミランを倒すだろう。欧州を倒す時がくるだろう。ここで得た彼らの“経験”こそが、その根となり、土壌となって活かされる日が必ず訪れるだろう。

彼らの素晴らしい奮闘と、だからこそ得られたこの素晴らしい体験に、心からの拍手を送りたいと思う。


プレスゾーンをハーフラインより手前に揃えて、焦らず、勝気に走らず、慎重に守備ブロックを構築して、リアリズムに根ざした試合展開に持ち込めた。まさに浦和らしさを体現した、実直でステディーな戦いぶりだったと思う。球際で劣勢ながらも簡単に飛び込まず、粘っこい守備でパスコースを切りながら、プレスを掛けにいった阿部勇樹。そして彼をはじめ長谷部、鈴木啓太らの中盤での守備での頑張りは、本当に見事なものだった。

技術的な差異、考えるスピード、動き出しのスピード、そしてパススピード、強さ、激しさ…言うまでもなく全ての要素で、現状では埋める事のできない“格差”が生じているのは間違いないが、そんな中でも最も象徴的に際立っていたのは、ゲームの中での“メリハリ”のつけ方。90分の試合のどこに力点を置き、どこで流すか…という部分の、ミランの大人びたゲームプランニングとそのチームコンセンサスの在り様にあった。

一週間もの調整期間があったとはいえ、やはり大きな時差の生じる、これだけ長距離の移動に対して、彼らは非常にナーバスでもあり、また慎重にもなっていたと見える。前半40分までの立ち上がりを彼らは浦和の出方を見ながら、自らのコンディションを確認するかのようにローギアで“ならし”ているように僕の目には映った。それが前半終了間際の5分間で、前に重心を掛け一気に仕留めに来た。そしてそのスイッチを持続したまま、さらに後半20分までを勝負どころと見定めて、嵩にかかってゴールをもぎ取りにきていた。

この前半の終わりから後半の20分までの浦和のディフェンスの踏ん張りは、本当に素晴らしかったと思う。後半20分に差し掛かってくるとミランは明らかに疲れてきていた。徐々にスローダウンし始めていた。あと5分…守りきれていたならば、90分0-0の試合も可能だったのかも知れない。が、それにしてもミランの仕留めにきたこの25分間の重圧を跳ね除けた浦和の頑張りは、大いに讃えられてしかるべきものであったと思う。

ポンテと田中達也が不在で、そしてワシントンが本調子でないこの状況で、オフェンス面においても、でき得る事はすべて出し尽くせたのではないだろうか。本当に良いパフォーマンスを見せてくれたと思うし、この試合だけは手放しで評価してあげてよい試合であった…と、僕はそう思っている。

そしてそれでもなお、僕がアンチェロッティであれば、浦和よりトリノの方が怖い…と感じるだろう。浦和よりもカリアリとの試合の方がより困難である…と実感しただろう。
現状ではセリエAに留まる事は難しいが、Bで昇格争いにギリギリ絡めるぐらいの実力があるかどうか…非常に厳しい見方かもしれないが、あえて言及するならば、それが僕の偽らざる“感覚”である。

ミランとこれだけの内容のゲームを繰り広げられた…にも関わらず、次のエトワール戦も浦和にとっては非常に大きな壁であると僕は思っている。両チームのモチベーションがどれだけの濃度で絡み合うか…にもよるが、彼らはセントラルで10回戦えば、浦和に対して敗北より多くの勝利を積み重ねる実力を有したチームであると考える。

今あらためて思うのは、浦和に対する感謝である。
世界の扉をこじ開けてくれた彼ら、そしてその厳しさを、今ありありと僕らの目の前に突きつけてくれた彼らのACLでの奮闘に、あらためて深く感謝したいと思う。

浦和レッズにとっての今年最後の試合、そしてこのメンバーで戦う最後の試合である。
ここまで一緒に戦ってくれたサポーター達にとっても、悔いのない誇れる内容をこの2007年の最後に置き残せるように…彼らの健闘を心から祈っている。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ第4法 是非2票選挙法』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |11:36 | ACL&CWC | コメント(64) | トラックバック(4)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年12月12日

【CWC】浦和レッズ対ACミラン 展望 

たった10日足らずの調整期間でよくここまで立て直したと思う。

Jリーグ最終盤では、その疲労ぶりばかりに目を取られてしまっていたが、こうしてみると連覇への重圧といったメンタルの部分での負荷も決して小さな要素ではなかったように思う。積極的に前でボールを奪う意識と、ここまで秘められていた強い攻撃意識の解放を、今こうしてまざまざと見せつけられ、なんとか“ミラン戦に間に合った”この浦和のサッカーを、日本の代表としてとても誇らしく思う。

きっと報道で伝えられるようにセパハンの状態も良くなかったのだろう。ピッチ上を、広くボールが動く組織的な攻めの展開は相変わらず美しかったが、一次攻撃が頓挫した段階での二次、三次攻撃に繋げるいやらしさがなかった。ナビドキア不在の影響は攻撃面で大きく響き、またディフェンスにおいても球際の強さ、激しさ…といった部分で、浦和のそれにやや見劣りしていたように思う。

ACLで既にカタをつけたセパハンに、この時点でまたぶつかる…という大会運営上の不備も含めて、JFAには永年開催を目論むのならば“開催国枠”の返上を…或いはFIFAにおいては、あくまで“開催国枠”が興行上不可欠なものであるとするならば、2009年度以降の日本の継続開催を認めない…という、この大会の“権威”に対する“配慮と覚悟”を求めたい。
最終的にこの大会はUEFAチャンピオンズリーグの上に立つ大会に育ててゆかなければならない。その為に、いつまでもFIFAの一部とJFAの、既得権益の為の玩具にしていてはいけない…と考える。

この大会の為に欧州王者が一週間も前に来日して調整する事は間違いなく“異例”である。UEFA内、そしてミランの側にどのような力学が生じていたのか…欧州事情に疎い僕には判然としないが、ある程度の高いモチベーションを持って、ミランがこの大会に臨んでくれたことは間違いないだろう。

であれば…浦和のサッカーがいかにトップフォームを取り戻したとしても、両者の間にあるこの実力的な“断絶”は、両国の代表チーム同志のそれを、さらに上回るものなのかも知れない。
それほど“速い”攻めは見せないミランの攻撃を、ピルロとセードルフに前を向かせない守備である程度守れた…としても、こちらの攻撃に際しては、中盤を作りながら攻める事をミランのプレッシングは容易く許してはくれないだろう。またワシントンといえどもロングボールを収めてくれる事はそう何度も期待できず、内容的にはひたすら“我慢”を強いられる90分になるものと考える。

そしてその中で、彼らがこの数年の間に身につけたサッカーにおけるリアリズムをどう発揮してゆくのか…。その片鱗をどこで見せ、どのようなカタチでミランに一泡吹かせるのか…。そんな部分に注目しながら、僕はこの試合を見守りたいと思う。

果たして、浦和はセリエAのプロヴィンチャに足る実力を保持しつつあるのか?或いは、やはり未だその途上にあるのか?

Jリーグが初めて世界に“コンタクト”する瞬間…
その厳しさの中から、何を学び取り、そして何を未来に繋げるのか…。

浦和レッズの健闘を心から期待したい。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへ第4法 是非2票選挙法』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |10:26 | ACL&CWC | コメント(9) | トラックバック(2)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年11月15日

【ACL決勝】 敗れ去ったすべての戦いに

サッカーを見ていていつも思う事がある。

“強さ”の本質とは、戦術が破綻し、動力が枯渇し、もうこれ以上打つ手がない…という状況に陥って、初めて見えてくるものである…ということである。

そこで試されるものは“知恵”なのかも知れない。そこで試されるものは“自信”なのかも知れない。そこで試されるものはチームとしての“意思の疎通”なのかも知れないし、やはりそれは“気持ち”なのかも知れない。

そしてこれは、もしかしたら社会のあらゆる事柄にあてはまる普遍的な原理なのかも知れない。僕達の強さも弱さも、きっとそんな時にこそ明らかになるものなのだろう。浦和レッズに、昨日改めてそれを教えてもらった。

僕達日本人は、もっともっと強くならなければならないんだ…と。


2つの得点は、そのどちらも息が上がり、押し込まれた苦しい時間帯に生まれたものだった。
この試合はあまりサイドに流れず、押し込まれた局面でのバックラインからの危機回避のロングボールに、積極的に絡む事がなかった永井雄一郎だったが、2つのゴールシーンでは的確なポジショニングで、ゴール前にフリーの状況を築いている。大きな舞台に強い彼らしいパフォーマンスだった。

前回の試合で左サイドのネネのゾーンを突いてきたのと同様、この日のセパハンも浦和の左サイドに照準を絞って組み立ててきた。そこからバイタルのナビドキアに戻して勝負をかけさせるか、さらに逆のフリースペースに振らせてPAに持ち込むか…。どちらにせよバイタルでナビドキアに自由を与えない守備が求められたが、現実にそのゾーンを支配していたのは、前回の試合同様、ナビドキアであったように思う。

セパハン側から見れば、惜しむらくは最終局面を“個”で仕掛けられるタレントがいなかった。日本やサウジや韓国のトップチームにいるような、最後の場面を“個”で切り裂けるタレントの不在が、やはりゴール前での成否を分けてしまったように思う。

現代サッカーにおいてその“内容”を作るのは中盤であることは間違いないが、その“勝ち負け”を別つのはやはりゴール前でしかない。
その現実が明らかにされたゲームになったように思う。

言うまでもなく、ナビドキアはJにおける遠藤保仁や中村憲剛に比肩する実力の持ち主である。同じようにFW20番リダ(イラク)も、Jの助っ人として水準の実力を有するタレントである。彼らのような才能が、Jに活躍の場を得て共にアジア制覇を目指す事ができればどれだけ素晴らしいことだろうか。
今以上にアジアに目を向け、そして名実ともにアジアをリードするJリーグになることを僕は強く望む。


以前“Jリーグへ”というJ改革私案の中で、僕はTV放映権の自由化などを謳った“格差奨励”のアイディアを紹介した。

『地方チームの生存権を奪う』『半数以上が潰れてしまう』『浦和やガンバだけでJが成立しているのではない』『これ以上の格差を認めれば地方チームは優勝の可能性を失う』『どんなに努力しても地方はキツイ』

大多数が反対意見だったように記憶している。
今改めて思う。

『甘えるな…』と。

浦和レッズは、昔から今の浦和レッズであった訳ではない。
国見や市船より弱いと揶揄された浦和が、あらゆる力を結集して“今”を築いたのだ。そこにはたゆまない努力の継続が、厳しい自己改革の繰り返しがあった筈だ。将来を見据えた的確な知恵や決断と、厳しい現実を受け止めながらもそれを必死で支えてきたサポーター達の情熱があった筈だ。

どこよりも厳しく自己を追い込んだからこそ、僕は浦和の“今”があるのだと思う。僕達は、今華々しいスポットライトに照らされた彼らの影に、そこ秘められた身を切るような“努力”の歴史があったことを決して忘れてはいけないと思う。そして華やかな過去のスター選手たちと共に、この長い歴史の中で、人知れずチームを去っていった選手達の、その敗れ去ったすべての戦いに、僕は今、心から拍手を送りたいと思う。
創ったのは彼らである。彼らが人生を賭けて立ち向かった苛酷な戦いが、今のこの浦和を築いたのだと僕は思う。

横浜FCは浦和レッズになれる。
ヴァンフォーレ甲府も浦和レッズになれるのだ。

戦いの果てに、必ず辿り着ける。

でなければサッカーはつまらない。
僕はサッカーを信じている。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへわらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法



posted by 桐谷 |08:00 | ACL&CWC | コメント(38) | トラックバック(2)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2007年11月08日

【ACL決勝】 対セパハン 1stレグ 戦評

ここ最近のJリーグを見ていても、直近のACLを見ても、浦和の疲労困憊ぶりには痛々しいほどのものがある。

この試合も、中盤のプレスで浦和らしい圧力ある守備と高い位置からのサイドアタックが展開できたのは前半の早い時間帯のみで、あとは最終ラインでなんとか踏みとどまる…という長い長い時間が続いた。

万全の状態の浦和であれば、あのピッチ状況でもなんとか中盤を形成してDFラインを押し上げることもできたと思うが、攻守の切り替えにスピードとメリハリがなく、下手に繋いでそこからまた二重三重に攻め込まれる展開が繰り返された。よく1-1で終われたな…というのが試合後の正直な感想である。そして良くぞ引き分けという結果を持ち帰ったと、選手達の踏ん張りを心から賞賛したい。

ケガ人もあり採用した4バックだったのだろうが、あの低いDFラインで度々相手FWにスピードで振り切られるネネの対応には、見ていて本当にヒヤヒヤさせられた。

またこの試合においては往年のボバンのようなゲームコントロールの冴えを見せたナビドキアのバイタルへの出入りに対応できずに、繰り返し数的不利を強いられた後半開始早々の2列目3列目選手へのマークのルーズさも、1失点で切り抜けられた事を、むしろ“幸運”であったと理解せねばならない大きな失態であったように思う。ハーフタイムに選手交代もあり、ホームで1点のビハインドの状況から当然遮二無二仕掛けてくるタイミングであった筈だ。まずは基本マンマークで相手の動きを捕まえてからゲームに入るぐらいの慎重さが求められた状況であったように思う。

この試合ではセパハンというチームの良い面が強調されたように思うが、大人びたメンタリティと勝利に対する徹底したリアリズムを持つ非常に中東らしいチームであり、また逆に言えばその域を出ないチームとも言える。サウジの上位3チーム辺りに比べれば決して創造的なサッカーとは言えない。
さらに言えば、城南はJリーグへ入れば必ず浦和やガンバと優勝争いを展開するチームだと思うが、このセパハンにその実力はない。

そのような相手に対して、どれだけ注意深く“美”や“創造性”という価値観に囚われることなく、0-0を追及してゆけるのか…それはもしかしたら2-0や3-0で美しく勝利する以上に、日本サッカーにとって意義深い挑戦になるのかも知れない。僕は浦和であればそれができると思っているし、そんな試合になることを密かに期待していたりもする。


常にベストメンバーで戦い、すべての大会で勝利する。
故障の頻発や疲労によるパフォーマンスの低下は当然の事で、そんな中でも勝ち抜いてゆくチームこそが真のチャンピオンである…。

もしかしたらそれがオジェックのサッカー哲学なのかもしれないし、彼の考える勝者のメンタリティーなのかも知れない。酷な事は充分承知の上で、厳しい日程の中、選手達にはあとひと踏ん張りを期待したい。そしてその結果を受けて、来年こそは、日程も含めて日本全体でACLを戦うチームをサポートする体制をぜひ再構築して欲しいし、浦和のアジア制覇をその契機としてほしい。


ヴェルディのラモスやビスマルクにリフティングで遊ばれていた時代の浦和、オジェックで持ち直し原さんとア・デモスでJ2をくぐらねばならなかった浦和、土橋のVゴールでJ1への復帰を果たした浦和、そしてオフトに導かれ本当の意味でやっとスタートラインにつき、ここまでやって来る事ができた浦和。

2007年11月14日が、そんな浦和レッズの新しい歴史の記念日になることを心から願っている。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★

⇒⇒⇒人気blogランキングへキリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法
『小沢一郎辞任騒動と日本の未来』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。

posted by 桐谷 |08:41 | ACL&CWC | コメント(3) | トラックバック(2)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加