2008年02月07日

【WCアジア予選】 タイ戦 戦評

一言で表現すれば、

“タイのナイーブさに救われたゲーム”

であったように思う。

いかにスキルや体力面で長足の進歩を遂げたとしても、弱いチーム、歴史と伝統に乏しいチーム…というものは、往々にしてこのようなカタチで墓穴を掘ってしまうものである。もし10番ナロンチャイの決勝点につながる愚かな凡ミスと子供じみた振る舞いが無ければ結果はどうなっていただろうか?さらに主力選手の半数を欠いた…とも言われるこのチームが、もし万全の状態でこの試合に臨んできていたならば、同じようにキッチリ勝ち点3をものにできていただろうか?

残り20分、そして10分。
本当の戦いがこれから始まろうとするその時に相手が自滅してしまったカタチである。勝ち点3を得たこと以外には、まだここで取り上げて評価し得るポジティブな要素は見当たらない…というのがこの試合の率直な感想である。

オシム時代、執拗に偏りすぎたと感じるボールの“横”への展開が、この試合、そして岡田さんの体制に入ってからは、今度は逆に執拗に“縦”へと偏りすぎている…と感じる。
3人目の動き、次の次の展開…というビジョンが共有できて狭いスペースに持ち込むのならば、それは常に有意義なトライと映るのだろうが、大切なボールがビジョンの共有の無いまま、ただ性懲りなくパスカットのリスクに晒され続けている…そんな印象すら受ける。

“縦”への展開が有効な状況、“横”への展開が有効な状況。
その両者をこだわり無く上手に使い分けて攻撃すること…それが世界の基準である。単に選手たちの生真面目さや応用力や柔軟性の問題なのだと思うが、良い意味でのしなやかな“中庸”の気構え、心構えが早く芽生えてきて欲しい。

そしてこの試合を見ていて、僕が一つ非常に残念に思ったのは、サイドの攻略…である。
あの灼熱のアジアカップでオシムと共に紡いだサイドでの2対1を形成するオートマティズムが、この試合まったく試みられなかった事である。

きっとこの日の為に、彼は信念という一縷の光を用いて、あえてあの灼熱の中、一人暗室に篭る様な孤立無援の悲壮な覚悟の中で、あのオートマティズムをこのチームに焼き落としていたのだ…と僕は考える。それは決して岡田監督も否定している訳ではない筈だし、それは決して“オシムのサッカー”という訳でもない。世界の“スタンダード”である。
あのオートマティズムは世界のスタンダードであり、このドン詰まりのアジアの混沌を勝ち抜くための、そして世界に手を掛ける為の、ニッポンの手にしたかけがえの無い“大きな武器”“支え”である。決して手放すべきではないこの国の基盤であると僕は思っている。世界を驚かすための最良の手段である…と。

が、それが有効な、一番必要とされるこの状況において、逆サイドのスペースを持て余し、それを試みる事さえなく、煮えきらぬ1対1の勝負で無策のまま好機を逸している。僕自身非常に残念な思いがしたし、それを目の前で見ていたオシムの心情はどのようなものだったのだろう。このままでは、あの苛酷なアジアカップでの日々が報われない…。もう一度そこに光を当てて欲しいと切に願う。

中国重慶での3試合、良い内容とオートマティズムの蘇生を期待して見守りたい。

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posted by 桐谷 |11:33 | 2008WCアジア予選 | トラックバック(0)
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