2007年11月29日

たとえ誰が監督であったとしても

たとえ誰が監督であったとしても…

WCアジア予選を楽に通過できるはずなど無い。

結果だけを見ていては如何様にも見誤れるものなのかも知れないが、その1試合1試合の内容に目を向けてきたとするならば、これまでのどの予選も苦しい、本当に苦しい戦いの数々だったことが理解できるはずだ。

オフトの時のアジアはたった2枠だった。それが今では4.5枠である。日本が強くなったのは確かだが、アジアも同じように進化している。この3次予選の組分けを見てもその“アジアの進化”を強く実感する。中東勢の強力な底上げとオーストラリアのアジア転入が、このWC予選をより一層厳しいものへと変えたのは間違いない。

『概ねベスト4程度の実力はあるがアジアNo.1ではない…』

それがこの15年の“アジアにおける日本サッカー”の僕の中の評価である。幸運に恵まれた組分けもあったが、その内容を慮れば、常に五分五分の厳しい確率をすり抜けてきた。オシムが健在だろうが、その五分五分の確率がそう大きく変化するものではないと僕は思っている。

サッカーにおける結果が、いつも正当にその実力を指し示すものであれば、浦和が愛媛に敗れる事も、FAカップにおいてど田舎のアマチュアチームが、予算規模の2ケタ異なるプレミアのトップチームを破る事も無いだろう。

誰が監督だろうが、負けるときは負ける…のだ。

だからこそ僕は、その結果に一元的に拘泥するよりも“4年後にどんな姿を残すか”そして“その後の未来に何を繋ぐのか”という視点を失ってはいけないと考えてきた。

だからこそ…オシムしか考えられなかった。


この国のサッカー観はある意味“分裂”している。

WCまであらゆる“結果”を手中にしたジーコが、最後のそのひとつの“結果”を受けて無能扱いされたり、ACにおいて望まれた“結果”を成し遂げられずに無能扱いされたオシムが、スイス戦の“結果”を受けて突然見直されたりする…。

その“内容”において、そのひとつひとつの“結果”は地続きのものであるにも関わらず、そこに目を向けずに“結果”に対する是非や優劣を断じ合う。どうしてそこに“内容と結果”に対するある程度の“理解と諦観”が育まれてゆかないのだろう。

そこが整理されて、はじめて“日本”は“日本”という国を知り、サッカーという“ゲーム”の本質を知り、そして“日本化”への本当の道を辿るのかもしれない。

オシムの言った“日本化”とは、具現化され得るスタイルを指すものではない…それは本質的なこの国に対する“理解”から出発し、絶えず“理想”を模索してゆく終わり無き旅路のことであると僕は思っている。そして日本は未だそのとば口にさえ立てていないのかも知れない。後任人事をめぐるメディア報道や少なくないファンの現実味を欠いた待望論を目にして、改めてそれを痛感させられた。


オシムが倒れてから、僕は次期監督は岡田武史氏で決まるだろうな…と思っていた。そして彼ならば、このような状況においてもそれを引き受け、苛酷な責務を背負って立ち向かってゆける人なのだろうな…と。

今はただその推移を静かに見守っていたいと思う。


★サッカーブログランキングに参加しています…応援のクリック心から感謝いたします★
⇒⇒⇒人気blogランキングへわらの首輪と名前の無い犬』掲載いたしました。こちらもよろしくお願いします。
【キリタニ100法】ニッポンの未来を築く100の立法

posted by 桐谷 |08:35 | オシムJAPAN | コメント(23) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL: (表示は許可制となっています)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kiritanishin/tb_ping/70
この記事に対するコメント一覧
コメントについてのお願い

読者それぞれの感想やご意見については、お互いに対する敬意を持って議論していただけますようお願い致します。

また感情的・挑発的なコメントや表現については、あらしや中傷を助長するようですので、ここからは下記のルールに基き、削除して厳正に対応させていただきます。
また過去にそのようなコメントを残している方については、今後無条件で削除させていただきます。


ここでのコメントには、

1.実生活における常識的な礼節と言葉遣い(敬語を使えない文章は否)

2.本文の主旨を踏まえた感情的ではない意見や提案(一部の言葉尻を捉えた曲解や論理展開は否)

この2つを厳守の上でお願いいたします。

*一度退場を宣告された方の書き込みは以後二度とお断り致します。


posted by 桐谷 | 2007-11-29 10:32

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

この人はホント良い事言うなぁ
愛がある
ぼくもこのタイミングで監督を引き受ける岡田氏の勇気に感動さえ、おぼえます。
彼が指標するサッカーがどのようなものであれ
その決断ゆえに応援します。

posted by キック | 2007-11-29 11:29

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

試合の局面の最後の部分はやはり監督ではなく選手である限りオシム氏が少し開けた扉の向こうに手探りでもいいから結果を出しながら進む茨の道である事は間違いないのだからと思う。

posted by RED ROLL | 2007-11-29 11:51

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

私はいまだにオシムさんの日本サッカーへの思いを思うと涙が出てしまいます。
岡田さんのサッカーはオシムさんのサッカーとは違うのかもしれませんが、志半ばでやめざるをえないオシムさんの思いだけは受け継いで欲しいなと思います。

posted by mog | 2007-11-29 11:54

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

大丈夫。
おかちゃんはまっすぐ日本のことを考えてやってくれます!

posted by アマラオ | 2007-11-29 12:43

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

残念ながら1年後にはこの人選の誤りに日本サッカー協会が気付くでしょう。日本サッカーはまだ日本人に任せられる程成長していません。まだ外国人監督に導かれないと発展は望めません。あと、岡田では世界の舞台での経験があまりに不足しています。W杯に出れてもその先はないと思います。

posted by モウリーニョ | 2007-11-29 12:47

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

岡田さんは、勇気とかではなく望まずにめぐってきた大きなチャンスととらえたのでは?

posted by バッジョ | 2007-11-29 12:47

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さん
バタバタと忙しく2回程、書き込み出来ませんでした。静かながらも日本サッカーへの思いを感じる素晴らしい文章です。
アジアでの日本のポジション、代表強化のあり方(オシム支持の理由)、多くのファンの分裂したサッカー観、私が普段ぼんやり思っている事を論理的にまとめると一語一句重なります、僕にもう少し文才があったらの話ですが。今回の文章、こんなにも共感出来る人がいるんだと感動すら覚えます。
岡田さん、やはり桐谷さんも後任監督の話しが出た時点で思い浮かべていたのですね。このことに関しては静観の時期かもしれませんね。
今後も楽しみにしています。では。


posted by グラベセン | 2007-11-29 13:02

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

あ~危ない危ない。
これで予選敗退ギリギリまで解任はできねーな。
こういう感情論は大嫌いだよ。

posted by シラネギ | 2007-11-29 14:41

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さん へ

岡田氏への監督就任要請は一番無難なトコだと私も感じております。

私は、この1年程でオシムが教えてくれた『サッカー観』は選手に伝わり
浸透しつつあると思っています。
サッカーにとって『戦術』は非常に重要であり、且つ『監督の方向性』が
大きなファクターを占めるスポーツであることは、素人ながら感じています。
ただ、今までの様に『監督』の方向性、カリスマ性のある選手の言動などが
中心になって振り回されることはないと感じております。

だから、誰が監督であったとしても『ブレない』と信じたいです。

もうすぐ一次予選が始まります。
WC直前での楽観的な風評が意図も簡単に吹っ飛ぶほどの結果だったにも関わらず
また『楽なグループに入った』などという馬鹿げた風評が一部であります。
ホントにサッカーってそんな簡単では無いと思います。
昨日、浦和が愛媛に負けるなんて…。
サッカーって怖い?ゆうか、凄い?これも違う?
難解なスポーツだなぁって。

日本サッカーの未来。それは選手に託したい。
そして期待に答えてくれるって信じます。
『オシム・チルドレン』この言葉、個人的に嫌いなので、私的な言葉に代えると
『オシム門下生』の日本代表に期待と声援を送ります。

posted by しろーと | 2007-11-29 14:45

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

 いち素人です。
 岡田さんが就任に前向きらしいのですが、自分のキャリアや名誉のためなのか、日本サッカーのための自己犠牲なのか 私などにはわかるはずもありません。ただ、決定した暁には応援したいものです。
 日本代表を応援するあまり、批判的になるかたがたもおられるでしょう。オシム監督の経験や実績と比較されて、過小評価され続けるでしょう。また97年当時と同様に苦悩されるでしょう。プレッシャーは半端ではないでしょう。
 それでも引き受けてくれるのなら、有難いことですよね。

posted by 若輩者 | 2007-11-29 15:43

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さん、私も同感に思います。日本サッカーはここ10数年で飛躍的に進歩しましたがアジアのNo1と言い難いのも事実です。結果をたどれば日本はほぼアジアのベスト4と言ってもいいのですがサッカーが一点を競う競技である限り「Wカップへの道はさほど難しくない」とは例え誰が監督をやっても言えませんよね。
岡田監督に関して言えば、「まぁよく引き受けてくれたなぁ」が素直な感想です。個人的には、フランスWカップ後のインタビューで「3バックの完成が最優先で攻撃まで手が回らなかった」と答えていたのを読み、がっかりしたのを覚えています。あれから札幌、横浜と結果を出したのだから進歩したのだと思いたいです。
日本の最大の課題は得点力です。今までどの監督も戦術的な攻撃を見せてはくれませんでした。結局は「中盤の早いパス回しからトップに当て二列目がシュートに絡む、後はセットプレー」に終始したように感じます。
オシムさんがほんの少し「新しい匂い」を感じさせてくれたのですが今となってはその先を見ることはかなわなくなったようです。
確かに難しい時期に岡田さんは監督を引き受けてくれました。でも厳しい目で評価していくことは大事だと思います。

posted by CHUE | 2007-11-29 17:35

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

>岡田さんは、勇気とかではなく望まずにめぐってきた大きなチャンスととらえたのでは?

岡田氏のこれまでの発言から
そうではない事が受け取れます。

posted by FK | 2007-11-29 18:34

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さんへ

お久しぶりです。
オシムの容態がはっきりわからないので静観していました。
オシム倒れるの報から今日まで、依然として泣きたいような喪失感が消えません。
少なくとも命を取り留め、容態は安定しているとの事、少し安堵しています。

代表監督ですが、誰がなるにしてもオシムと比較され、何かにつけてバッシングは容易に想像できます。
家族にまで身の危険を感じるほどの重圧を覚悟で、代表監督を引き受ける事になるのでしょう。
誰がなるにせよ、その方に敬意を表したいと思います。

紙面によれば、岡田武でほぼ決定なのでしょうね。
これまでに報じられたオシム監督の言によれば、”岡田さんとはサッカー観が違う”と言う事なので、他の人は居ないのだろうかと思っても居たのですが...。
尤も、オシムイズムを継承せよとは言える筈も無いですし、また継承できる筈も無いと思う。
割り切ってはいるつもりなのですが、いまだ諦めきれない自分が居ます。

僕は、オシムのサッカーとは未来のサッカーなのだと考えていました。
もし日本において彼が少ない成功を得られたとしたら、後年驚愕される事になるだろうと。
彼のささやかな極東での成功は、世界のサッカーの大きな果実となるかもしれなかった。
イビチャ・オシムという人は、それほどの人物なのだと考えていました。
もちろん僕が勝手に思うだけなのですが。

彼は間違いなくサッカーにおいてのマエストロであると思うのです。
明晰な頭脳で高見から俯瞰し、超一流の分析力とコーチング技術を持つ。
真摯にサッカーと向き合い、常に研究を怠らない。
その姿は求道者であり、彼以上に巨匠と呼ぶにふさわしい人物を僕は知りません。

間違いを恐れずに言うならば、そのサッカーは意思を持つ液体のように流動的で常態化しないサッカー。
システムは時代と共に変遷するものですが、彼の中ではそれさえもパーツの一部でしかないような。
決して多くない時間の中で、その片鱗を僕達日本代表の中で観れたことは幸せでした。


残念な事に、日本サッカー協会は彼のサッカーの解体を選んだのだと僕は思っています。


彼との一年半。
オシムサッカー大学とも言えるこの一年半に、彼と関わった人達は何を学んだのでしょうか。
彼のサッカー哲学の一端でも理解できたでしょうか。
彼のサッカー観に魅了されなかったのでしょうか。

いや、彼が撒いた種は既に芽を出し、育ち始めてると思いたい。
いつの日か、何年も先になるかもしれないけれども、やがて実を結ぶ時が来る。
そして、それは日本での事であってほしい。

「俺はプロだ。命を賭けている。」彼の言葉が思い出されます。

posted by lionheart | 2007-11-29 18:52

桐谷さんへ

正直、非常に複雑な思いです。

私としては、誰かさんの思惑通りだと思っています。あの委員会の話を聞いた時から、「オシムの後釜は岡田」という気配をずっと感じていました。なので、技術委員会はベストな選択をして欲しいと願っていたのですが、結局、押し切られたような感じがします。

決して、岡田さんを能力のないコーチだとは思っていません。ただ、この非常事態に担ぎ出される人ではなかったと思っています。

オシム監督のサッカーは岡田さんが理想として描いたものに近かったのではないかと思います。恐らく、共感を持って、代表の試合を見ていたのではないでしょうか。ただ、彼にはそこまでに至る方法論がなかった。2005、2006年のマリノスの不調は、その方法論を模索することにあったのではと今は思っています。(当時は、選手の高齢化、決定力不足、重要な局面での集中力の欠如などに勝ちきれない理由を感じていましたが、指導法を変えたことにもあったようです。)まだ理想とする方法論を見つける前の段階で、代表監督になるということは、苦渋の決断になるのではないでしょうか。

小野さんは岡田さんがそういう状況にあることをわかっていたのに、敢えて決断したのは、表面に出ないプライオリティがあったのかとも思います。(オシム監督の勇退という記事が出たときに引っかかったのですが・・・)けれども、私から見ればベターな選択としか見えません。オシム監督の意識が回復しつつあるという嬉しい知らせがありましたが、意見を聞いてから決断するという選択肢もあったかと思います。その点で、妙な焦りをこの決断に感じます。本来なら岡田さんには状況が整ってから、代表監督になってもらうべきなのではないでしょうか。

桐谷さんの仰るように厳しい戦いになる予選に際し、どの監督でも難しいことには変わりはないと思います。その点では、冷徹に状況を見つめ、現実的な戦い方ができる岡田さんは最適任者だとも言えますが、「日本化」という課題に関しては、未知数です。就任するのであれば、この方向性に沿いつつ、オシム監督の真似でなく、自らの方法論で切り開いていってもらいたいと思います。そして、横やりに屈することなく。

就任が決まったならば、岡田さんの試練を公平な目で見つめ、応援したいと思います。

posted by kakara | 2007-11-29 20:06

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷様 はじめまして。いつもたのしく拝見させていただいてます。

私も次は岡田さんだと思っていました。でもそれは、再び他チームの監督を奪取するような情熱も甲斐性も、協会にはないだろうから、フリーな人から選ぶんだろうな、という後ろ向きの理由からでした。
ただ、こんなに早く決定するとは思っていませんでした。
時間が無いのはわかります。でも、こんなに急いで妥協した決定をしても、チームが激変するわけでは無いですし、オシム監督に関わって下さっている病院関係者の皆様に対しても失礼なような気がします。
せめて、監督の意識が回復するまで待っても良かったように思います。(うがった考え方ですが、オシムがいらん事言う前に決めてしまえ、みたい誰かの意思があるように感じます…)

誰が監督になっても、同じ選手が集まっても、これまでのようなサッカーは再現も真似も不可能だと思います。

この1年半、とても楽しかった…!!!

今回の件、海外メディアがどう報じるのかが、楽しみです。
「たった一回倒れただけでオシムを手放すなんて、日本はどうかしている。健康面を差し引いても、我々は彼から教わるべきことが山ほどある」みたいな感じでしょうか?
(↑自分の本音なんですけどね)

posted by ガリバン | 2007-11-29 22:07

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さん。

こんばんわ。

私も日本のサッカーに対する価値観は分裂していると思います。
そして、オシムによってひとつひとつの“結果”だけで是非を問う価値観とは違う価値観を持った人たちが増えたとも思います。だからこそ私もオシムを支持していたし、オシムの今を心から心配し嘆いています。

岡田さんに関しては正直私は複雑な心境です。この状況で監督に就任するということには敬意を評しますが、協会には思い切って若手監督に委ねるという冒険にでてほしかった。こういう状況だからこそ、あえて。

しかし、誰が監督になろうとも応援していこうという気持ちには変わりありません。

posted by pirlo_21 | 2007-11-30 00:20

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

桐谷さん

こんばんわ。
2回目の書き込みをさせてもらいます。

オシムが病に倒れてから落ち着かない日々を送ったように、次期の代表監督候補に岡田武史氏の名前が出てから、沈んだ日々をすごしていました。オシムのサッカーを見ることができなくなる失望が大きかったからであり、岡田氏への期待がふくらまなかったからです。

しかし、桐谷さんのブログを読んで、「ああ、こういうふうに考えることもできるのか」と、気持ちが少し晴れたように思えました。

キックさんのコメントにあるように、「この人はホント良い事言うなぁ」とぼくも思ったしだいです。

桐谷さん、
今はぼくも事態の推移を見守りたいと思います。
沈んで下を向いていても始まらない、前を向くことを一番望むのは、オシムのように思いますから。

posted by オシム再認識 | 2007-11-30 02:28

たとえ誰が監督であったとしても 【キリタニ】

 岡田さん。確かに堅実な選択だと思います。
 でも、それと同時に、やっぱり協会は(というか川渕は)サッカー感の継承や、方向性などはどうでも良いと思っているなと改めて思わされました。
 オフト→加茂→トル→ジーコと方向性をどうしたいのか全く分からないまま、いっちゃったねでWCの総括を全て放り投げた事を全く反省していないんでしょうね・・・
 もし、オシム監督の遺志を継ぐと協会で腹をくくるのであれば、批判されようが反町さんか大熊さんを昇格させればいいのであって、なぜ別の人を持ってくるのか? これはつまり、協会としては、オシム監督が掲げた日本化路線、今後における強化の方向性などどうでも良くて、目先勝つことを優先しているということだと思います。そう、メディアに踊らされ本質を見ようとしない方々と一緒。
 
 私は岡田さんが駄目とかではなく、筋が通らないのではという観点から書いています。何のために日本人コーチで周りを固めたのか? 何のためにミーティングを重ねたのか? 

 こうやって考えていくと、少しは変わったのかなと思っていた協会ですが、全く変わっていないことに絶望感を感じます。そう。去年の6月のようなそんな感じです。

 こんな状況の中、次期監督をやる人は本当に大変だと思います。

posted by ペン太郎 | 2007-11-30 07:49

たとえ誰が監督であったとしても

初めまして。
御ブログに知己をいただき嬉しく思っております。

私が日本のサッカーに関心を抱いた30数年前はまだ「日本代表」は無く「全日本」と呼称していた時代でした。
その当時を振り返れば今日(こんにち)の日本サッカー界の姿は想像だに出来ません。
そういう観点から考察すれば若い世代の方々との”想い”は必然異なって然るべきで多少のギャップがあります。

ただ日本サッカーへのキリタニさまの想いと上のペン太郎さまの後任人事に対する考えには意を同じくいたしております。

後任人事に対しての私見ですが、協会の”オシム氏への評価”と”オシムスタイルへの評価”は必ずしも同一では無いということを露呈しているように感じます。

最後になって恐縮ですが、私は”オシム支持派”ではありませんが今回の事態に憂いを憶えている一人としてご病状のご回復を心よりお祈りさせていただきます。

posted by wand | 2007-11-30 21:34

たとえ誰が監督であったとしても

桐谷さん

いつも楽しいエントリーありがとうございます。

岡田さんの監督就任に複雑な思いを抱いています。
岡田さんの監督就任を喜ばない自分と、それを何となく恥じる自分。

この時期に監督を引き受ける事がどれほどのプレッシャーになるのか、その状況を十分に理解しながら監督を引き受けようとしている岡田さんの日本サッカーに対する気持ちを考えたら、監督就任を喜ばない自分がなんとも情けない人間のように思えます。

でも、やっぱり、なぜか喜べない。

じゃあ、誰なら喜べるんだと考えた場合、結局私は、オシム監督に未練があるだけなんだろうなと、そう思うのです。

それに加えて、岡田さんの就任を喜ばないのは、きっと、岡田さんの事を、巷で言われている他の沢山の候補(とまで呼べないまでも)の方々より、良く知っているからなのかなと。

結局、他のどのような人が監督になっても、オシム監督に対するその気持ちは絶対に消えない訳で、まあ、なんだかんだ言っても、新しい監督が率いる日本代表を見て、その試合から何かを感じ取るしかない、結局そういう事かなと思ってきました。

そう思ったら、来年のチリ戦、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦が楽しみになってきました。
岡田新監督率いる日本代表を応援しようという気持ちになってきました。
自分自身にとっては、良い事なんじゃないかなと、そう思います。

少しは前向きになったのだろうか・・・

posted by kenken | 2007-12-01 00:08

たとえ誰が監督であったとしても

岡田さんでは中盤でのプレス重視
DF面を固めて、カウンター狙い
は変わらないと思います

posted by stamibene | 2007-12-02 16:33

たとえ誰が監督であったとしても

キリタニさん。

>オシムの言った“日本化”とは、具現化され得るスタイルを指すものではない…それは本質的なこの国に対する“理解”から出発し、絶えず“理想”を模索してゆく終わり無き旅路のことであると僕は思っている。



>オシムが倒れてから、僕は次期監督は岡田武史氏で決まるだろうな…と思っていた。そして彼ならば、このような状況においてもそれを引き受け、苛酷な責務を背負って立ち向かってゆける人なのだろうな…と。

の趣旨が矛盾とまではいかないものかなり離れているのではないでしょうか。

stamibeneさんも指摘していますが、岡田氏のサッカーは、あまりクリエイティブではないように感じています。オシム氏のサッカーとは正反対と行かないまでも、遠い位置にあると思います。
キリタニさんの述べる、「日本の本質的な『理解』『理想』」がそうであるならかまわないのですが。

>オシムの言った“日本化”とは、具現化され得るスタイルを指すものではない…

の一文で二人の監督の戦術(スタイル)の差を考え、受け入れているているようにとれますが、Jの監督時代を見ても、岡田氏の理想がオシム氏のそれに近いとは感じませんでした。
キリタニ氏はオシム氏の目指していた「日本の本質的な『理解』『理想』」をどうとらえているのでしょうか?

岡田氏はプロの監督としてオシム路線を継承する必要はありませんし、自身のスタイルで勝負して欲しいと思います。
正直、協会がオシム路線の継承を考えているのであれば、後任人事はあまりにも考えが足らないとしか思えません。(私は岡田氏は有能な監督だと思います。岡田氏への批判ではありません)

今後の参考にしたいので、そのあたりのキリタニさんの見解を聞かせで下さい。

posted by TT | 2007-12-02 17:08

コメントする


(表示は許可制となっています)