2007年08月18日

中田英寿『誇り』とジャーナリズム

短い夏休みを利用して、今まであまり手をつけた事がなかったサッカー関連の書籍を一度に3冊読ませてもらった。

フィリップ・トルシエ著の『オシムジャパンよ! 日本サッカーへの提言』、2人のオーストリア人が著したものを木村元彦氏が監修した『オシムが語る』、そして小松成美著の『誇り』である。

およそ一年前に読んだ『オシムの言葉』以来、僕はこの手の本を自ら遠ざけてきた。それ以前に関しても、僕はサッカー本を読むぐらいならば、歴史検証のノンフィクションや犯罪ルポルタージュの類を読む時間にあててきた。
なぜならば、そちらの方が自分にとって遥かに有意義だからである。

ことサッカーに関する限り、このような書籍よりも、実際のゲームの方が遥かに雄弁である。トルシエの書籍を読まなくても、トルシエのサッカー哲学は実際のピッチに如実に反映されているし、オシムに関してもそれは同様なのだ。彼らの生い立ちから、育ってきた環境や主義主張、そして歴史的背景から、そのピッチ上の哲学への論理的解釈が助けられる側面は確かにあるのかも知れないが、やはりそこに僕の興味は無いのだ。
僕にとってそれは、ひとつの完成した“映画”に対する、撮影中のこぼれ話やいくつかのエピソードの類に過ぎない。その事を改めて思い知った。

そしてそれは書く者、寄り添う側の立場や論理によって、如何様にも編集され、強調され、また膨らませられる類のものである。それを怜悧に読み測る者から見れば、非常に手応えのない浅薄なヒロイズムに陥りやすいものなのだ。
特にこの国のサッカージャーナリズムの歴史は、その一面的・独善的なヒロイズムの大量生産の歴史であり、その“軽さ”が、僕をこの国のサッカージャーナリズムから遠ざけた主因である。

そしてその最たるものが小松成美著の『誇り』であった。

中田英寿というサッカー選手を僕は非常に尊敬すると共に、また残念にも思う。ピッチ上の彼の輝きを曇らせたものは何か?また正誤の解釈を彼自身の思うがままに委ね、サッカー選手としての価値を一瞬のうちに消費させてしまったものは誰だったのか?

このジャーナリストとしてまったく均衡を省みない視点と、文章の端々にその絶対正義への恐れのない立ち位置を見せ付けられる度に、僕は中田英寿を“消費”させてしまったモノ達への、小さな空しい憤りを感じた。

中田英寿を消費して、日本のサッカーはさらに先に進まなければならない。歯止め無く増長し、肥大化するコマーシャリズムと折り合いをつけ、賢く、そして飲み込まれぬよう付き合っていかなければならない。それはまた決して容易いことではないことを、中田英寿に続く選手達には肝に命じていて欲しいと願う。

『オシムが語る』を読み、その昔映画のシナリオの道を志した僕が、一番敬愛する創り手であったエミール・クストリッツァとオシムが旧知の仲だと知りたいへん驚いた。そしてまた同時に、表現手段はまったく異なるにも関わらず、この同じサラエボの文化圏に属する二人の見事なまでの価値観、哲学の一致に深く感銘も受けた。クストリッツァの『アンダーグラウンド』を見て欲しい。『アリゾナドリーム』を『ジプシーのとき』を、そして『パパは出張中』を見て欲しい。
厳しい現実に対する唯一の“救い”を、未来という“希望”に託して彼らが共に表現している事が実感できる筈だ。サッカーは芸術だ…などと言うつもりはさらさらないが、そこには一種の、或いは数種からなる哲学が内包されていることは間違いない。その哲学を読み解き、そこにあるロジックをすくいあげて解釈することこそが、僕にとってのサッカーの嗜みであるのかも知れない。

だとすればやはり、僕はゲームを見たい。
今よりももっと、サッカーそのものを見たい。
これら3冊の本に触れて、改めて僕はそう思った。


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posted by 桐谷 |06:51 | メディア | コメント(10) | トラックバック(2)
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[Football] 中田英寿とはいったい何であったのか? 【タイで想う日々の日記】

人生とは旅であり、旅とは人生である。 中田ヒデには似つかわしくないベタベタの古典的(陳腐とも言える)日本語表現、リード…… 日本に帰国しているのでイヤと言うほど情報が流れています。TVを付ければ自然にToo Muchな情報が。カズやゴンのコメントも出てきました。「残

2007-08-19 10:52 | 続きを読む
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posted by 桐谷 | 2007-08-18 09:02

Re:中田英寿『誇り』とジャーナリズム【キリタニ】

何のスポーツでも、御用ライターが選手・監督に取り入って商売しようとするのが透けて見えるので、これらの類のモノは目にしないようにしています。

posted by K | 2007-08-18 11:05

Re:中田英寿『誇り』とジャーナリズム【キリタニ】

はじめての書き込みです。
私はサッカーをオシムを通して興味を抱き観戦するようになりました。こんなこという人が夢中になっているスポーツってどんなんだろうという感じで...。オシムは哲学的だといわれますが、まさに哲学者とは口に斧を持つと書き、彼の表現の中に無駄や欺瞞、もちろん傲慢さもわたしはかんじられません。ひたすらに彼における真実、私たちにとっても怜悧な事実を語っているだけのようにおもいます。かくして彼はNational Teamの監督であり、彼の人生の実践の場が規定されています。そして実際の彼は、日々、サッカーのみを考え、老体ながら試合会場にあしをはこび選手のCheckに余念がありません。誰がオシム以上に日本サッカーを考えて、実際の労力をはっらっているのでしょうか?しかし評価は必要でしょうね。positiveな意見交換こそオシムの望むところだと思います。なんだか本題に対してずれたコメントを書いてしまいました。おゆるしください。桐谷さんのエッセー、いつおとても楽しみです。ありがとうございます。

posted by heavenly blue | 2007-08-18 11:32

Re:中田英寿『誇り』とジャーナリズム【キリタニ】

こんにちは。
いつも興味深く読ませていただいています。

中田英寿を消費する、という表し方は、桐谷さんのサッカーに対する真摯な思いを感じます。

オシム監督とクストリッツァ……。「アンダーグラウンド」は10回くらい見ました。哀しみとおかしみがないまぜになって訴えかけて来る傑作でした。

posted by ダイダイ | 2007-08-18 12:35

Re:中田英寿『誇り』とジャーナリズム【キリタニ】

こんにちは。

私も、サッカーに関する書籍はあまり見ないのですが
ストイコビッチの「誇り」(木村さんだったかな?)
を読んだ時には、確かにストイコビッチ贔屓な文章
なのですが、ユーゴスラビアの政治的背景を盛り込んだ
「政治とスポーツは別」というテーマにひどく感銘した
ものでした。
また、名前こそ出てきませんでしたがオシムも登場しており
私がオシムサッカーに期待する要因の一つになっています。

posted by ぱぱ | 2007-08-18 13:07

Re:中田英寿『誇り』とジャーナリズム

桐谷さんお久しぶりです。

桐谷さんの文章には「この人なら解ってくれそうだ」と思わせるなにかがありますね。
今回は特にそうです。

日本のジャーナリズム。
活躍したら際限なくもてはやし、活躍しなくなれば見向きもしない。選手自身の人生なんてどうでも良くて、自分達の雑誌、新聞が売れればそれでいい...。
ふと、昔ナタデココがはやった時の話を思い出しました。ナタデココが女性に大うけして日本企業から注文が殺到した時、それをうけた原産地では大慌てでナタデココ設備を大増設したそうです。しかし新設備が出来上がった頃には既にブームが去っていてナタデココは売れ残り、原産地には大量の借金が残ったそうです。
村上春樹が小説の中で「スポイルされる」という表現を使用していますが、こういうことを言うのかなと思いつつ、これから活躍するサッカー選手にはナタデココのようにはなって欲しくないなと懸念する次第です(^^;
オシムはこのことを良くわかっていて、選手がスポイルされないよう常に気を配ってますね。
商業至上主義、結果至上主義、スター至上主義に最も絶望しているのはほかならぬオシムかもしれない。
それでも、「にもかかわらず」サッカーは素晴らしいと人生かけて表現しようとチャレンジしている姿勢が僕はたまらなく好きなんだと思います。

オシムの姿を鏡として、実生活上の無責任な自分、醜い自分が映し出されてハッとすることがあります。
本当、ヒトゴトじゃないですよね。
ともあれ、今度映画探してみます(^^)

posted by 馬慈尾 | 2007-08-19 03:11

heavenly blueさんへ

>オシムは哲学的だといわれますが、まさに哲学者とは口に斧を持つと書き、彼の表現の中に無駄や欺瞞、もちろん傲慢さもわたしはかんじられません。ひたすらに彼における真実、私たちにとっても怜悧な事実を語っているだけのようにおもいます。

まったく同感です。そして“口に斧…”の表現僕は初めて知りましたが、目からウロコ的発見でした。とても勉強になりました。

heavenly blueさんのように、知的、論理的探究心からオシムのサッカーに興味を持ち、また解釈する試みは、一般的なサッカーファンの概念ともまた一味違うものがあり、そういう見地からの意見こそ僕は楽しみにしています。

今後ともお付き合いいただければ光栄です。コメントありがとうございました。新生オシムジャパンのカメルーン戦、オシムの新たな試みを楽しみに見守りましょう。

posted by 桐谷 | 2007-08-19 14:33

ダイダイさんへ

>オシム監督とクストリッツァ……。「アンダーグラウンド」は10回くらい見ました。哀しみとおかしみがないまぜになって訴えかけて来る傑作でした。

まさかこの場でクストリッツァの映画が語れるとは思っていなかったので、とても嬉しいコメントでした。
哀しさと可笑しさとを、分離したものではなく、コインの裏表のような存在として描くクストリッツァの手法は、チャップリンのそれに近いものを感じますね。そしてどんな厳しい現実の中にも明日への希望を見出す…逆に言えば希望の内に生きるしか許されない厳しい現実を受け入れて、それでも前に進む…キューブリックの破戒した荒地に、希望の種を蒔いたのがこのクストリッツァだったと僕は思っています。

僕もどれかひとつお薦めするなら『アンダーグラウンド』ですね。
彼の映画は商業的には…^^;ですので、今あるフィルムはなるべく早めにご賞味いただいた方が良いかと思います。コメントありがとうございました。

posted by 桐谷 | 2007-08-19 14:44

ぱぱさんへ

お久しぶりです。

ピクシーの自伝はその昔僕も目にしたような気がします。確か木村氏の著作でしたよね。

その中か、異聞なのか、既に記憶が定かではないのですが、グランパス時代の彼は代表招集の際に、自腹でHISのエコノミーチケットを購入して、本国と日本の間を往復していた事さえある…という話を聞きました。
恵まれた日本人選手達には考えられない事だと思いますが、僕は彼の表面的なテクニックを学ぶよりも、今の日本人選手にとっては、その心や姿勢から学ぶべきものの方が遥かに大きいのではないか…とも思います。

あのような素晴らしい選手達の協力があって、今のJリーグ、日本のサッカーがある事、そしてこの場でサッカーだけに没頭できる環境に恵まれているこの幸せを、日本の若い選手達には忘れて欲しくないと思います。

posted by 桐谷 | 2007-08-19 14:53

馬慈尾さんへ

中田英寿論をナタデココで語るあなたの発想とレトリックにはたいへん驚きましたが^^;いつもながら最後にはしっかりと納得させてしまうその技量には脱帽です。

>商業至上主義、結果至上主義、スター至上主義に最も絶望しているのはほかならぬオシムかもしれない。
それでも、「にもかかわらず」サッカーは素晴らしいと人生かけて表現しようとチャレンジしている姿勢が僕はたまらなく好きなんだと思います。

コマーシャリズムに飼いならされた日本人には見えにくい部分が、彼にはしっかりと見えているのだと思いますね。そしてそれは危険だよ…といつもサジェスチョンされている気が僕はするんです。きっと僕や馬慈尾さんをはじめ、多くの方々がそれに気づき始めているのではないでしょうか。


>オシムの姿を鏡として、実生活上の無責任な自分、醜い自分が映し出されてハッとすることがあります。
本当、ヒトゴトじゃないですよね。
ともあれ、今度映画探してみます(^^)

僕達があれほど日々情熱的に生きられているか…と問われればまったく自信がありませんね。
ぜひクストリッツァご覧になってください。ハリウッド映画的爽快感は微塵も無いものと思いますが、アンダーグラウンドやパパは出張中などはカンヌのパルムドールを獲得した名作ですので^^

posted by 桐谷 | 2007-08-19 15:04

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