2008年04月28日

Free Tibet. true story from 026

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4月26日、我がhome town長野で茶番劇が大失敗に終わった。
北京オリンピックはただ恥をさらしに長野にやってきただけであった。

いろんな事が起き、いろんな事を知り、感じる事が出来た今はまだ言葉にするには危険すぎるかもしれない。
しかし、薄れないように自分の記録としてブログさせていただきたい。

自分が思う事はこれからオリンピックまで、そしてそれからしっかりとまとめていきたいと思う。今回は当日僕が体験した様子をまとめながら、感想を言いたい。

まず当日の...


行動にいろいろ迷った。人権と人の命、そしてチベットを支持する意思を表明するつもりだった。なぜなら人の命と人権より大切なものはこの世に無いからである。
チベット支持者が一番集まる場所に行く事も、チベット騒乱で命を落とした人たちの追悼法要に行く事も考えたが、しかし自分が本当に正しいと考えた意見を主張するには束になって集団を組む事も、集団で歌を歌う事をしなくとも出来るし、オリンピックも聖火もどこかの特定の国の物では無く、やってきたその街、土地土地の人々が歓迎し、大切にする文化であることを僕ら長野市民は知っているため、我が家から一番近い沿道で見る事にした。
幸いにも我が家の目の前がコースだった。

テレビ中継に移るリレーを見ながら、コースに出てみると駅からは離れた我が家の近くにも中国人の団体が、その合間をちらほらと今回の主役であるべきだった長野市民がいた。
中国人の団体にちらちら見られながらも、よさそうな位置を見つけ観覧することにした。
ちょうど四つ角だったため各角に中国人の団体とチベットの人権を訴えるグループが。しかし警備に当たっていた長野県警はチベット支持者の団体のみに、後ろに下がるよう繰り返しを要求し、規制している道路を渡ったり、前後左右の見物人の視界を奪うような巨大な中国国旗を降る中国人たちには一切注意しない。

こういった現場の様子は正義や道徳をChinese Moneyに売ってしまったスポンサー主が番組中にCMに入る日本の地上波テレビは扱っていないので、ネットの動画サイト等で探していただきたい。僕と同じように実際に現場でリレーを体験した人がアップしてくれているはずである。
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そして僕も多くの人と同じように厳重な警備と赤い旗によって平和の象徴であるべき炎を見る事は出来なかった。

その後の出来事で「スポーツと政治は一緒にして欲しくない」などとスポーツも政治も何を知ってるか知らないが中国人が言うきれいごとはまさにきれいごとだと彼らは自ら証明してくれた。(中国が何回オリンピックボイコットしてるか知ってるのかな?)
「リレーを応援しにきた」人たちは長野市民とその感動を共有する事も無く、リレーが通り過ぎてからもずっと中国を讃えるコールをし続けた。(そもそも我々に感動など全くなかったが)

そして茶番劇を後に帰ろうとした時、チベットの旗を持っていた僕と連れの人間2人に対し、40〜50人の中国人の団体が親指を下にブーイングしてきた。これで中国とチベットは仲良くやっていて問題無いという事は嘘である事は彼らが自ら証明してくれた。
まず第一に集団が個人もしくわ少数の人間に攻撃する事は卑怯者で弱い奴のやる事だと日本では教わった。そんな行為はカッコ悪すぎて末代までの恥でありただのLOSERである事をアメリカで教わった。
仲のいい僕たちはアメリカで愛知県(例)の県旗をふられてもブーイングなどしない。

まあ、「売られた喧嘩は...」とはではいかないが、非暴力でなければいけないと思い、何時間でも討論のテーブルにつく準備をし僕なりにリアクションしたがかかってくる様子も反論してくる様子も全く無い。ブーイングもいつの間にか静かに。
植え付けられた愛国心と集団主義の名の下に観光旅行感覚でやってきた留学生も1人の日本人が軽い気持ちで行動していない事だけは感じ取ってくれたようだ。

とまあ、その後帰宅していち長野市民の聖火リレーがとりあえず終わった。

多くのメディアが『市民不在』と報道した。
いや、市民はいた。
巨大な赤い旗や群衆の後ろにさまざまな思いを巡らせて確かに市民はいた。
彼らが何を見て、何を感じ、何を思ったかが一番大切である。

確かに赤い旗に邪魔された聖火リレーは「何だったの?誰のための?」という言葉がついて回っている。
そうかもしれない、だが、10年前に偽りでも何でもない本物の平和の祭典を知っている長野市民が「あれは平和の祭典ではないよ」と真実を世界に教えてあげる事が出来る。
そして長野市民が改めていろんな事を知り、考えるきっかけを残していってくれたと思う。

中には「もうめちゃくちゃだね」「迷惑」「見苦しい」と思った人が大勢いたはずだ。恐らくほとんどの人がそうであったかもしれない。
確かに人が争う姿は見苦しい。見た方も嫌な思いになる。特に日本人は争いを嫌う。
しかし世界にはああしても、戦っても日本のような平和を手にする事が出来ない人が、時には命をかけて平和を勝ち取らなければいけない人がいる事を忘れないで欲しい。
「我々は恵まれている」と言うのは簡単だ。しかし今回のような出来事に遭遇した時にはじめて実感出来る。

それにしても残念だったのはホスト国である中国が長野市民にその祭典の感動と平和を提供せずに自国民だけで盛り上がっていたのが本当に残念である。オリンピックまでまだ数ヶ月ある、世界のゲストを受け入れる前にしっかりとホスト国としての考え方と立ち振る舞いを誰かに教えてもらった方が良い。今回長野が教えてあげようと思ったが教わる人間の態度ではなかったので他にお願いするといい。

彼らの言う「ウソツキ」は第19走者のアマチュアアスリートの際にチベットの旗を握りしめて飛び込んできた、涙と叫びがただの嫌がらせや、演技、遊び半分でない事は人の痛みがわかり、人として涙を流した事がある人間であれば、いかにチープで苦し紛れに出ている軽率な言葉である事はわかるはずだ。
僕は彼の悲痛な叫びと涙が映るたびに涙が止まらない。

本当に中国の行っている事が間違っていなければ、「彼らは間違っていない」と主張してくれる他の国がなぜ出てこない?
今回長野に乗り込んできたような中国人の団体に中国人以外の人間ななぜいない?
是非説明してもらいたい。

日本にはいろんな方面から日中友好関係を心配する声がある。
他人をいじめるような子と仲良くしなさいと言う親がいるだろうか?
平気で嘘をつくような子と仲良くしろと親が言うだろうか?
自分の非を認めずどんな事でも正当化し、最後は注意した相手に「ウソツキ」を言う子と仲良くしろという親が存在するだろうか?

そしてもうひとつはっきりした事がある。日本の人権団体という人間たちはただの偽善で自己満足であり、無知で己がすべての最低のグループであることだ。我々には到底理解出来ないが、彼らの知りうる知識と感覚で行動している中国人の方が遥かに立派である。
彼らは言論の自由をルール内で彼らの意思を表したと思う。

あの騒動から数日、長野には平和な空気が流れ善光寺さんの金の音が響き渡る。長野市民の一番の気持ちは「終わってくれて、どこかに行ってくれて、ほっとしている。」だ。
10年前、祭典が終わってしまったことが悲しくて寂しくて胸にぽっかり穴の開いてしまった人たちの感想である。
肌の色、喋る言葉、着る服すべてのものを超えて、肩を組み合い乾杯し歌を歌い合いあった10年前の本当の平和の感動は今も鮮明に長野市民の心に焼き付いている事が何よりうれしかった。

正義を貫けないというカッコ悪い事と、あの時自分の意見を述べなかったと判断されないように自分なりの自分に出来る主張をさせてもらった。
ちょっとした興奮状態で帰宅した自分の胸に刺が刺さっているのはわかった。そしてチャンネルをまわしているとテレビではMLBの試合を中継していた。しかも僕にスポーツの本当の素晴らしさを教えてくれたシアトルはセフェコフィールドでの試合だった。
心のとげが一瞬にして抜かれるのがわかった。
9.11の直前と9.11後最初にスポーツを見たフィールドだった。

良くも悪くも長野市民に大きなインパクトを与えていったイベントだった。しかも争いや強すぎる主張を目のあたりにした人も多い。
こういった事が社会、コミュニティーに与える影響は個々が思っている以上に大きいのだ。特に今回はネガティブである。
9.11後がそうだった。病人が増えたり、事故が増えたり、仕事に影響したり。

これを薄めていくにはいいインパクトを心と脳に与えてあげる事だ。
良い音楽、感動の映画等々。
しかし僕はやっぱりスポーツをお勧めしたい。
幸いのも明日(29日)。信濃グランセローズはホーム開幕戦が、AC長野パルセイロは社会人サッカー選手権長野県大会がホームで開催される。
長野の皆さんは是非、是非観戦に行って欲しい。夢中でチームを応援して欲しい。
そこには本当の平和の姿と夢、希望があるはずである。
ちなみに明日の長野市の天気は『晴れ』である。

PEACE.

links:
信濃グランセローズ公式ウェブサイト
AC長野パルセイロ公式ウェブサイト

SHige

sky da limit, and truly blue forever...


posted by king206 |22:17 | sports | コメント(2) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
Free Tibet. true story from 026

大挙して乗り込んでくる中国人どもと、FREE TIBETの名のもとに徒党を組む輩も、どっちもどっちであると思う。
日本国民の多くはどっちらけだったんじゃないですかね。
ただ、数的に不利なのはわかっているのだから気持ちでは負けてほしくなかった。
時には警察官を振り切るくらいの気持ちがね。
そんな私は真剣にアピールしている方には大変申し訳ないのですが、
楽しみながら聖火リレーを拝見させていただきました。

posted by 通りすがり | 2008-04-29 18:17

Free Tibet. true story from 026

>通りすがりさん

おっしゃる通り「日本人の多くはどっちらけ」が、まさにその通りだったと思います。
「聖火を楽しむ」
まさに一番正しい見方だと思います。

posted by SHige | 2008-04-29 19:54

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