2009年07月16日

僕らは盲目であったのだと思う…

 先日あるコラムのある一文に目が留まった。

 好きで盲目になるあまり、早期発見によって改善できるミスも見逃してしまう

 ”マラドーナ”ということが、冷静な見方を阻害しているといった趣旨のコラムであった。

 そして、これは大分トリニータに当てはまることであると思った。”シャムスカ”という存在に僕らは盲目であった。

 14連敗という重い事実を突きつけられても、大分サポーターはシャムスカを愛していた。シャムスカならば絶対にやってくれる。あの時のように大分を生き返らせてくれると、連敗が続こうとももう一回信じようと思った。僕もその一人であった。解任すべきという冷静な考えと常に同居して、シャムスカへの信頼があった。それは、盲目といえる愛であった。

 この盲目こそが、14連敗の大きな原因であったと思う。6連敗を喫したG大阪戦の後、僕はシャムスカを解任すべきだと書いた。サッカーの内容からして次に繋がるものはなく、劇的に変えるべきだと書いた。苦汁の決断だけれども今こそがその時期だと思い、何度も書き直してその記事をエントリーした。(「改革をすべき時である。そして、そこに聖域はない」)

 でも、あの時の大勢の意見は、シャムスカを解任すべきでないというものであった。「フロントが悪いから、怪我人が多いから、芝生が悪いから、はたまた通訳が悪いから」と言った意見が大勢を占め、シャムスカの采配や戦術への批判はほぼなかった。これは今年に限ったことではなかった。交代の遅さは昔からであり、シャムスカ推薦の外国人はことごとく失敗していた。それでも「シャムスカだから…」ということで大きな批判はなかった。なかったというより、目をつむっていたといったほうが正しいのかもしれない。僕もそうであった。

 僕らサポーターがクラブへ改革を迫れなかったのだと思う。シャムスカへの盲目的な愛が、事の本質をぼかしたのだと思う。その結果が14連敗となり、ようやく多くのサポーターが解任やむなしという空気を作り上げたのだと思う。

 何か問題が起きた時、一つの悪を人は見つけたがると思う。今の大分では、その矛先はフロントである。フロントの対応の遅さ、そしてブレがこの事態を悪化させたことは紛れもない事実である。絶対に責任を取らねばならない。ただ、それだけで良いのか?それでは、事の本質を見極めぬまま、終わってしまうのではないのか?

 「このタイミングでは遅かった」と声高に叫んでいるが、5月の時点ではそれらの多くは解任すべきでないという意見であった。シャムスカ解任から得るものは、僕らサポーターにとって少なくないと思う。解任から一夜明けてそう感じた。

posted by keicalcio |00:51 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
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