2007年11月01日
【編集部発】お疲れ様!ギャラントアロー
ギャラントアローが11月1日付けで登録を抹消、引退することになりました。 プロフィール欄にも書くくらい大好きな馬なので、ターフを去ってしまうことが本当に寂しくてなりません。 2000年4月29日に生まれたギャラントアローは、当初、地方競馬の一つだった新潟県競馬でデビューする予定でした。ところが、2002年をもって新潟県競馬が廃止されたことにより、一転してJRAでデビューすることに。 2002年12月1日のデビュー戦は9番人気(単勝96倍)ながら2着。この時からすでに、彼の穴馬生活はスタートしたのでしょう。 武豊騎手とコンビを組んだ2戦目で初勝利を挙げると、4戦目にその後長くコンビを組むことになる幸騎手との初コンビで2勝目。この勝利で勢いに乗ると、5戦目のGIIIクリスタルCで13番人気の低評価ながら2着、続くGIIニュージーランドTでも8番人気で2着と、立て続けに重賞で穴をあけ、知名度を全国区としました。 そしてデビュー7戦目で迎えた、初のGI挑戦となるNHKマイルカップ。僕がギャラントアローに魅せられるようになったのは、まさにこの時期でした。 2戦続けて重賞で穴をあけたギャラントアローとは何者?と思い、彼と担当助手の月野木さんを訪ねて取材をしたのですが、話を聞けば聞くほど、ギャラントアローが面白い馬で、いっぺんにトリコになってしまったのです。 「う~ん。体調はいいはずなんですけど、走ってくれるかどうか、正直コイツだけは分かんないんですよねぇ(苦笑)」 月野木助手によると、とにかく賢い馬で、しんどいことが分かっている調教ではまともに走ろうとしないんだそうです。だから、通常のゴール板ではなく向こう正面のハロン棒をゴールに見立てて追い切りをするという、一風変わった追い切りをしていた時期もありました。 こんなんだから、レースでもすごい気分屋で、ちょっと気持ちが乗らないと全く走ろうとしない。レースで大敗して戻ってきたから、どこか故障があったんじゃないかと月野木助手が心配して慌てて駆けつけたら、息が切れた様子もなく平気な顔をしていたこともあったそうです。 と言って、気性がキツイわけではなく、厩舎では本当におとなしい馬でした。一番印象に残っているのは、馬房の前のカイバ桶を吊り下げる小さな鎖をパクッとくわえて、それをクルクルといつまでも回す変な癖。最初は隣の馬房にいたアクティブバイオが開発した遊びだったらしいのですが、それを見ていたギャラントアローがマネして自分の遊びにしてしまったそうです。本当に器用にクルクル回している姿が、すごく可愛かったことを覚えています。 あと、鼻面を思いっきりナデても、特に嫌がったりせずにじゃれてくるような、人懐っこい馬でした。 そんなギャラントアローが大好きになり、レースの前になるたびに月野木助手といっしょになって「今度はマジメに走ってくれますかねェ~」なんて、腕組みをしながら話をしたこともありました。 いつ走るか分からない馬だから、もちろん馬券ではすごく損したり、その分をチャラにしてもお釣りが来るくらい儲けさせてもらったり、レースでも馬券面でも思い出深い1頭です。 一番、力が入ったのは、やっぱり3着に粘った2003年のGIマイルチャンピオンシップでしたね。 引退後は東京世田谷区にある馬事公苑で乗馬になるとのこと。これからの乗馬生活をのんびりと幸せに暮らしてほしいと願っています。 ・JRA通算成績 42戦6勝 獲得賞金 288,783,000円 (付加賞含む) ・重賞勝鞍 2003年ファルコンステークス(GIII) 、同スワンステークス(GII) 今まで本当にお疲れ様でした! 最近は栗東トレセンに行く機会も減ってしまっているのですが、近いうちにまた訪れて、月野木助手とギャラントアローの思い出話に花を咲かせてこようと思っています。 (スポーツナビ競馬担当A)
posted by スポーツナビ編集部 |17:32 |
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