2007年02月09日
恩人
唐突なタイトルですが、今日はある野球人との思い出を書かせてください。 オリックス・バファローズのバッティングコーチに就任した、ジョン・ディーバス氏。あだ名は「ディボ」。実は私は2001年、彼の元で働いていました。 カリフォルニア州のとある大学で運動科学の学位を取得した私は、卒業が近づくにつれて、ストレングス&コンディショニング・コーチとしての修行を積む場所を探していました。一応、地元のトレーニングジムとは話が内定していたのですが、どうしても野球のチームで修行したいと思い、メジャー全球団と独立リーグのチーム約50球団へ手紙と履歴書を送付したのです。これでどこからも声がかからなければ、野球にこだわるのではなく、地元のジムへ行こうと思っていました。 履歴書は合計で80通ほど、いっぺんに発送したのですが、わずか2~3日ほどで電話してくれたのが、ジョン・ディーバス氏でした。当時彼は、エルマイラ・パイオニアーズ(翌2002年からは野茂選手らがオーナーになったチームです)という、ニューヨーク州にある独立リーグ球団の監督兼アシスタントGM。履歴書を送ったときはダメもとの気持ちだっただけに私は舞い上がり、とにかく熱意だけは伝えようと以下のような話をしました(と、当時のウェブ日記(現在は閉鎖)に書いてあります)。 「私は高校まで野球をし、大学でもプレイを希望していましたが、肩の故障によりそれは叶いませんでした。治療やリハビリもしたのですが、当時の私にはそれらの知識がなく、後に独学で勉強したところ、日本で私の治療をした医師やリハビリ指導者の意見は、アメリカでの常識とは全く異なるものだとわかりました。日本のスポーツ医学はアメリカより遅れています。私は今後、日本の若いプレイヤー達に私と同じ思いをして欲しくない。自分が知識・技術を身に付け、将来は母国で生かしたい。そのための修行の場を探しているのです。」 この話を黙って聞いた後、ディーバス氏は以下のような話をしてくれました(これも当時のウェブ日記によります)。 「私はドジャースの組織で選手10年、コーチや監督として10年を過ごした。その頃の大親友の一人に、アイク生原がいた。ドジャースという組織は外国籍の人材が多いところで、自分はそうした環境に慣れているし、何よりアイクは私にとってかけがえのない友人だった。いつか自分がこの野球ビジネス界で人を雇う側になったら、海外の人材を自分の組織に招きたいと思っていた。」 「実はアイクも、最初はアメリカのトレーニングを学びたいと言って、ピーター・オマリー(ドジャースの元会長)のところへ来たんだ。彼は英語も出来ないのにやって来て、マイナーリーグのクラブハウスマネジャーから、オーナーの右腕にまで登り詰めた。今回、君の手紙を見て、アイクがアメリカに来た頃とそっくりだと思ったんだ。アイクとオマリーの間柄のような関係が、君と私の間にも構築できるかもしれない、そんな気がしたんだよ。」 アメリカ野球界に憧れを持っている者なら誰もが知っているアイク生原氏。既に当時は故人でした。当然、当時の私もお名前は存じていたのですが、どんな経歴の方なのか、全く知識がありませんでした。ディーバス氏の言葉に驚いたと同時に、生原氏という大先輩のおかげで、自分にチャンスがめぐってきたという事実に、絶大なる感謝の気持ちを抱いたことは、今でも鮮明に覚えているし、もちろん今でも感謝しています。 MLBでは野茂英雄選手が、日本人メジャーリーガーの道を切り開き、今ではたくさんの選手がそれに続いています。こういった選手の皆さんも、野茂選手という先達への感謝の気持ちを、常に忘れないで欲しいと思っています。 また、MLBの選手たちも、これは2002年にストライキの可能性があったとき、強く感じたのですが、「先輩たちがこれまで築き上げてきたものがあるから、俺たちは恵まれている。次世代の選手たちのためにも今、俺たちは妥協しちゃいけないんだ」と常々言っていました。道を切り開いてくれた先輩への感謝の気持ちは大事だと、当時、再認識しました。 話がそれましたが、ディーバス氏は見た目の豪快さとは裏腹に、照れ屋な一面も持っていました。一緒に働くようになって仲良くなると、「あの時はたまたま、お前の手紙が机の一番上にあったから、たまたま電話したんだ。そうじゃなかったら電話すらしなかったな(笑)」などと憎まれ口も叩いていました。シーズン中も来客があると呼ばれて、「タダでいいから働かせてくれ、と言っていたヤツが、今じゃ人並みに稼いで、携帯だって俺のより新型だ。来年あたり大統領にでもなるか?」と冗談を飛ばしながら、私を紹介してくれていました。 もちろん、実際には私のような末端の職員のことも気にかけてくれていて、仕事も徐々に増やしてくれたおかげでいろいろな経験が出来ました。どんなきつい冗談を言われても、実は気配りの出来るオヤジだとわかっていたので、シーズンを通じて信頼していました。 2001年のシーズン後、私は伊良部秀輝選手の通訳となり、2002年は同選手の通訳としてテキサス・レンジャースで働きました。一方ディーバス氏は2002年からドジャースの組織に復帰し、巡回コーチとして活躍していました。2002年からはお互い接点がなく、ほぼ音信不通になっていたのですが、昨秋、ディーバス氏のオリックス入りが発表になって、再び接点が生まれたのです。 2001年のシーズンが終わったある日のこと。地元メディア関係のお偉方を交えての会食で、ディーバス氏は私のことを紹介してこう言いました。 「こいつは本当にラッキーボーイだ。この冬(2001~2002年のオフ)はプエルトリコのウィンターリーグで伊良部秀輝の通訳だ。でも実は、こいつとの出会いに関しては、ちょっといい話があるんだ。俺がドジャースにいたころ、アイク生原という日本人がいて・・・。」 ディボ、日本でのお手並みをじっくり拝見させてもらいます。生原氏も天国から見ているぞ!
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posted by 小島 |12:23 |
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Re:恩人
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これも良いお話ですね。
日本とアメリカのスポーツ医学、また西洋医学と東洋医学などは、本当に違います。
また『ひととの出会いの輪』が、本当に人生を厚みのあるものにして行きますね。
今年のオリックスさんは、開幕してみると、とても戦力が充実しているようです。
これにはJ・ディーバスコーチ就任の影響があるのかもしれません。
今後を、私も楽しみに拝見させて頂きたいと思います。
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