2008年04月18日
西村卓朗の退場に想うこと
水曜日に、ナビスコカップがあった。 大宮アルディージャは、横浜FMと対戦した。 前日の夜に、西村卓朗選手から電話がある。 「明日、試合にでます」 今シーズンの卓朗は、グアムキャンプを終えて帰国してからコンディションを崩し、ずっと控え選手に甘んじていた。だから横浜とのカップ戦が今季初めての試合になった。しかし卓朗は、前半で二枚のイエローカードをもらって退場してしまう。昨シーズンから、三試合連続の退場処分という不名誉な記録を残してしまった。 一言で云えば、気負いがあったのだろう。 僕は、『サッカー批評』で「哲学的志向のフットボーラー 西村卓朗を巡る物語」を連載している。次の発売で5回目を数える。四回目の連載、「家族」が発売された後に、記事を読んだ卓朗からメールがあった。 「こんな風に書いてくれて、応援してくれている人も大勢いるのに今の自分の状況はほんと情けないです・・・。今週も途中で故障離脱をしてしまい明日からまたチーム練習に合流する感じです。でも今の状況もうまくいくために必要なプロセスだと確信しています。必ずなんとかしてみせます!」 このメールをもらう前に、僕は卓朗に「いずれカップ戦で使われると思うから・・・チャンスは必ずくるよ」というメールをした。これは、それに対する彼の返答でもあった。 彼のこうした頑張りを読者に伝えたくて、『サッカー批評』の編集長に連載の実現化をお願いした。また僕自身も、今まで経験したり学んだりしたことすべて注ぎ込んで、心を込めて文章を書いている。 火曜日の試合前日の電話で、卓朗と話を終えて携帯を切ってから、言い忘れたことがあった・・・と「ふと」思った。 「入れ込みすぎないように」と。 退場処分でチームは大敗。この現実に、「怒り」とか「疑念」とか「失望」とか、いろいろな思いをもったサポーターがいることだろう。確かに三度の連続退場は、誉められたものではないし、プロである限り、同じ過ちを何度も繰り返してはいけない。 僕は、たまに卓朗にこんなことを云う。 「サッカー選手の寿命は人生の中でとても短い。だから選手としてどうやって最後を迎えるのかが大切。そのためには、選手でいる間は絶対に諦めない。チャンスは必ず来るから」 だから僕は、今の彼の状況を心配してはいない。彼ならば、人に感動を与えられるプレーがきっとできるはずだ。そのための試練だとさえ思っている。おそらく彼も、そうだろう。 以下の文は、19世紀を代表するロシアの小説家ツルゲーネフのもの。 「疲れた人は、しばし路傍の草に腰をおろして、道行く人を眺めるがよい。人は、決してそう遠くへは行くまい。人間には、不幸とか、貧困とか、病気が必要なのである。なぜなら、人間は、すぐに高慢になるからだ」(イワン・ツルゲーネフ『猟人日記』) そしてこの後続く文章が、僕は好きだ。 「乗りかかった船には乗ってしまえ」 僕は今、西村卓朗という一人のサッカー選手と共に船を漕いでいる。 たどり着こうとしている先にあるものは、何が待ち受けているのか。 最後の最後には、何がそこにあるのかを・・・僕は知りたいのだ。 文/川本 梅花
posted by 川本梅花 |
08:21
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大宮アルディージャ |
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今週の海外サッカー週刊誌
〈MOVIE〉
〈BOOK〉
『ジュニアサッカーを応援しよう!』(Vol.8)「カンゼン」が、3月5日に発売された。そこでは以下の記事を執筆した。
■「プロのスキルは15歳までに身につける
ーースペイン 15歳までに戦術眼を身につけろ!ーー」
海外サッカー情報誌『フットボリスタ』の編集長、木村浩嗣氏が、1月から3月まで府中の少年サッカークラブでコーチをされている。スペインの少年サッカーの指導ライセンスを持っている木村氏は、スペインでやっていた練習のマニュアルをそのまま実践している。
〈木村サッカー教室〉にお邪魔して、練習を見学した後で、スペインでは練習方法や指導法など木村氏に色々な話を訊かせてもらった。それをまとめたものが、今回『ジュニアサッカーを応援しよう!』に掲載した内容である。スペインの基本は、パスサッカーなので、練習内容もパスゲームが中心となる。日本でやられている内容とは練習法が違っていた。子どもたちにはスペースを意識させようと、バリエーションに富んだ練習をやっていた。
僕はその後、取材から1ヶ月経ってから子どもたちのスキルアップ度を確認するために、再び練習場に足を運んだ。スペインでのやり方を見学させてもらって、とても参考になった。それがたとえ、子どものサッカーであっても・・・。
少年サッカー、スペインサッカー育成法、などに興味のある読者は、是非読んでください。
文/川本 梅花
『サッカー批評』(issue38)が、3月10日に発売された。
今回は、三本の記事を書いている。
1)川本梅花の「サッカー読本」117ページ
Vol.3『サッカーの上の雲』と『サッカー馬鹿につける薬』の間に
ーサブカルチャーを笑えー
「手に血がつかない人殺しでは、痛みはわからんのだ」
(クワトロ・バジーナ『起動戦士Zガンダム』より)
サブカルチャー系の二人の書き手の本を取りあげた。ひとつは、小田嶋隆の『サッカーの上の雲』。もうひとつは、WEB.サポティスタの編集長、岡田康宏の『サッカー馬鹿につける薬』(共に「駒草出版」から)。これらサブカル系の書き手の本は、タイトルをどこか別の本から取ってきているものが多い。小田嶋の本は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』から。岡田のそれは、呉智英の『バカにつける薬』からのもの。両者は、サブカルという系列に身を置きながら、書き手としてのスタンスは異なっている。そうしたことに注目して、二つの本を批評した。
2)「哲学的志向のフットボーラー 西村卓朗を巡る物語」130ー133ページ
第四回 「家族」
「わが身はわが心を養い わが心はわが身を導く」(西村孝次)
1.詩人のような言葉を持った祖父
2.父への叱責と、あるプロ野球選手のメンタルケア
3.母からの長い手紙
この連載も四回目になるのだが、今回のアフォリズムは、西村卓朗選手の祖父の残したもの。祖父は、文芸評論家の小林秀雄の従弟だった英文学者。『サロメ』を書いたオスカー・ワイルドの全集を日本で初めてひとりで翻訳した人。ここに登場する卓朗の父と母は、実際に取材してみて、とても味がある人物だった。最後の母からの手紙は、多くの読者に是非読んでもらいたい、と願っている。ちなみに、2.に登場するあるプロ野球選手とは、ソフトバンクの小久保裕紀のこと。
3)「日本代表の存在価値 日の丸の重みは変わったのか?」16-25ページ
証言1.ラモス瑠偉
横山謙三との出会い、そしてドーハへ
日本代表は、日本リーグの選抜じゃない
フランスW杯とドイツW杯、中田英寿のプレー
自分が日本代表に選ばれる選手だと証明してやる
証言2.松永成立
お金では買えないものを得るために戦う
ドーハのチームは大人のチームだった
君たちの最終目標は何なのか
証言3.名良橋晃
最初の目標は、海外でプレーすることだった
レギュラー組とサブ組
サポーターの声援でW杯に出場できた
証言4.山本浩(NHKアナウンサー)
Jリーグ以前の代表への認知度と国際試合
ラモスとカズの日の丸への想い
「サッカー道」という呪縛からの開放
第一世代のプロ化と第二世代のプロ化
代表とクラブとの天秤の重さ
監督が変わっても日本のサッカーは急激には変わらない
これは、ラモス氏から山本アナまで、すべてを通して読んでもらえれば、代表の価値の歴史的変遷がつかめると思う。実は、企画の段階で、三浦カズ選手や都並監督、さらには三浦アツ選手、福西選手、服部選手に取材を申し込んでいたのだが、現役でプレーしていたり指導している人々にとって、立場上、何らかの形でも「日本代表」を語るのは難しいということだったので、彼らへの取材は諦めた。そこで、選手を引退した人を中心に取材することになった。僕としては、先に述べた選手たちへの取材は諦めていない。なんとしても、彼らの言葉をどこかで引き出して、「日本代表の存在価値」をもっと深く探って行きたいと考えている。
この項で最後に用いた言葉がある。
『フーリガン』のプロットは以下。
「主人公マットは、ジャーナリスト志望の大学生である。ある日彼は、寮の同室人が犯した麻薬売買の罪をかぶって大学を放校処分される。やがて彼は、姉を頼ってイギリスへ渡る。そこには義兄の弟ピートがいた。ピートは、フーリガン・ファーム(コアなサポーター)のリーダーであった。マットは彼らの仲間たちと親交を深める。物語は、FAカップでの対戦相手がライバルチームに決定した日から、加速度を増して終焉へと向かう」
『エーコとサッカー』の内容は以下。
「著者ピーター・P.トリフォナスは、トロント大学で倫理学や文化研究を講じる。本書では、イタリアの記号学者ウンベルト・エーコのサッカーに関する論述をもとに、著者が文化現象としてのサッカーとサッカーをめぐる言説を解読していく。サッカーという記号を通して、メディアや大衆が作り出す様々な“フェイク”を暴き出す。それは記号学者による“記号論的なゲリラ戦”と言えるものだ」
そして、今号で引用したアフォリズムは、イタリアの記号学者ウンベルト・エーコのものです。彼は「私はサッカーが嫌いなのではない。サッカーファンが嫌いなのだ」と表明します。“サッカー ファン”とは、自閉的なマニア主義へと陶酔する者と言います。人はサッカーを戦争になぞって語り、ただサッカーが行われているという一つの現実を、狂信的愛国主義から生じた別の記号に置き換えてしまう。「そこには嘘や虚偽がある」とエーコは主張するのです。
「私はある意味では、世界を衛生化してくれるのは戦争のみという未来派の主張に同意するのだが、ひとつだけ小さな修正条件がある。志願した人間だけが戦争をするのなら、ということだ。残念ながら、戦争は乗り気になれない人々まで巻き込んでしまう、したがって、道徳的な意味において、観るスポーツよりも下等なのである」(ウンベルト・エーコ『ワールドカップとその虚飾』)
是非、読んで下さい。
ところで、『フットボリスタ』編集長の木村浩嗣氏が、1月末から3月までの2ヶ月間、東京都府中市にある府中スポーツガーデンで、小学5・6年生を対象に「木村サッカー教室」を開いています。木村氏は、スペインサッカー協会の指導者ライセンスを取得していて、スペインのサラマンカに住んでいた時に、8年間、少年サッカークラブの監督をされていた経験の持ち主です。
初日の練習は、雪が降る中、行なわれたのですが、練習後に、スペインの少年サッカーの育成法や下部組織の構成、さらにはバルセロナとビルバオに見られる育成環境の違いなどの話をうかがいました。この模様は、『ジュニアサッカーを応援しよう!』(カンゼン)の3月発売号に掲載されます。発売日など詳しいことは、後日お知らせします。
文/川本梅花


