2008年01月25日
『スポルティーバ』掲載記事3月号
1月25日発売の『スポルティーバ』(集英社)3月号に、西部謙司さんとの問答検証が掲載されています。タイトルは、「検証遠藤起用法から読み解く"オシムジャパンの完成型"」(p.42-45)というものです。オシムジャパンから岡田ジャパンへと指揮が移っていくことになったサッカー日本代表。オシムの目指そうとしたサッカーを遠藤の起用法から読み解くという内容になっています。 序文はこんな形で始まります。 「オシムジャパンを象徴する選手は、遠藤保仁であろう。(・・・)オシムジャパンにおいて、遠藤がどのようなポジションで、いかなる役割を担っていたのかを検証すれば、オシムがやろうとしたことがはっきりと見えてくるに違いない。それは、もう私たちには見ることができない、オシムジャパンの完成型を探る旅である。 そこでまず、オシムサッカーに造詣が深いサッカージャーナリストの西部謙司氏を招いて、問答形式で様々な事象を検証しようと思う。なぜ、問答形式が必要なのかと言われれば、問答とは、対話によって、無知を自覚させられることである。自分が知っていると思っている事柄は、その人の思い込みによるものが時に多く見られる。そうした漠然とした知識を、真正な認識に導き高めてゆくためには二人の対話が必要なのである」 そこから、西部さんとの問答が始まります。三つの問答が立てられます。 問答1=なぜ、遠藤は使われ続けたのか? 問答2=オシムが積み上げてきたものは? 問答3=オシムの遺産と岡田ジャパンの可能性 そして、紙面の小見出しで使われた文句は・・・ 川本「オシムジャパンは一戦一戦に意味があった」 西部「トータルフットボールの細い糸は切れた」 雑誌を手に取って、是非、読んでください。 文/川本 梅花
posted by 川本梅花 |20:12 |
『スポルティーバ』 |
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1月25日発売の『スポルティーバ』(集英社)3月号に、西部謙司さんとの問答検証が掲載されています。タイトルは、「検証遠藤起用法から読み解く"オシムジャパンの完成型"」(p.42-45)というものです。オシムジャパンから岡田ジャパンへと指揮が移っていくことになったサッカー日本代表。オシムの目指そうとしたサッカーを遠藤の起用法から読み解くという内容になっています。
序文はこんな形で始まります。
「オシムジャパンを象徴する選手は、遠藤保仁であろう。(・・・)オシムジャパンにおいて、遠藤がどのようなポジションで、いかなる役割を担っていたのかを検証すれば、オシムがやろうとしたことがはっきりと見えてくるに違いない。それは、もう私たちには見ることができない、オシムジャパンの完成型を探る旅である。
そこでまず、オシムサッカーに造詣が深いサッカージャーナリストの西部謙司氏を招いて、問答形式で様々な事象を検証しようと思う。なぜ、問答形式が必要なのかと言われれば、問答とは、対話によって、無知を自覚させられることである。自分が知っていると思っている事柄は、その人の思い込みによるものが時に多く見られる。そうした漠然とした知識を、真正な認識に導き高めてゆくためには二人の対話が必要なのである」
そこから、西部さんとの問答が始まります。三つの問答が立てられます。
問答1=なぜ、遠藤は使われ続けたのか?
問答2=オシムが積み上げてきたものは?
問答3=オシムの遺産と岡田ジャパンの可能性
そして、紙面の小見出しで使われた文句は・・・
川本「オシムジャパンは一戦一戦に意味があった」
西部「トータルフットボールの細い糸は切れた」
雑誌を手に取って、是非、読んでください。
文/川本 梅花
『アザー・ファイナル』のプロットは以下。
「日韓W杯決勝戦、ブラジル対ドイツの一戦が行なわれた2002年6月30日に、FIFAランキング202位のアジアの小国ブータンと203位のカリブ海に浮かぶ小さな島モントセラトによる、“裏W杯決勝”と呼べる最下位決定戦があった。この作品は、その準備段階から実際の試合までを追いかけたドキュメンタリー。商業主義の色合いが強くなったW杯とは違って、素朴さというサッカーの持つ別の側面を見せてくれる良作」
『サッカーの詩学と政治学』の内容は以下。
「本書は、カルチュラル・スタディーズという文化研究の視点からイギリスなどの学者たちが記したサッカー文化の研究論書。サッカーが生みだす現象が、イデオロギーや人種やジェンダーといった問題と、どのように関連しているのかを分析している。現代サッカーは、選手やファンが作り出す“美的な要素(詩学)”と社会を形成するイデオロギーに関わる“政治的な要素(政治学)”が絡み合って成立する。著者たちはポスト・コロニアリズムの立場から刺激的な論考をつづる」
そして、今号で引用したアフォリズムは、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者であるエドワード・サイードのもの。これは、イラク開戦直前の彼の発言です。
「この方法は決してうまくいきません。民族の意志や思想の力は消去不能です。思想の力とは何か。それは平等、共存であり、続けられる生活ということです。環境・土地・社会の問題を問わず、これが守るべき原則なのです」(エドワード・サイード)
是非、読んで下さい。
文/川本梅花


