2011年08月19日
ご無沙汰しておりました、高橋一馬です。
サボっていたわけではないのですが、バタバタした日が続いており、どうにもブログを書く余力がありませんでした。
先週辺りに八戸市議会議員削減の記事が”デーリー東北”・”東奥日報”(五十音順)に載っていましたし、『議会改革』という部分でも市議の間で検討中ですので、今日はそれらについて書いてみたいと思います。
twitterでも、市民の方々に議員削減をどう思いますか?というのを聞いてみましたが、
興味がないのかな?声は少なかったのですが、
減らすべきだ、仕事が見えづらい、
という声がありました。
現在八戸市議会の”議会改革検討委員会”では新聞の報道通り、それぞれの会派が32前後という数字で意見がまとまりつつあります。
もちろん、削減に反対する会派もありましたし、自分が所属する政新クラブでは32~30という数字になりました。おそらく自分たちの会派が一番少ない数字を提案したと思います。
もともと議員削減というのは、市民の声も多いのですが、全国的に見るとバブルがはじけ不景気になりだしてから税金・財政の見直し、そして国会議員の人数と報酬が多いのではないか?という声から、次に地方議員にも目が向けられ、経費削減が主な目的となりこういった声の大きさにつながっていったと言われています。
また、市議会議員の仕事とは、なんぞや?
という声も多く、正直どういった仕事をしているのかわからない、だったらもっと減らしても市の運営には問題は生じないだろうという意見だと思います。
仕事量がわからないために、維持すべき減らすべき、議員報酬削減、を訴えればすべてが解決するものではないような気がします。
自分も今の立場になる前には、同じことを思っていましたが、正直なってみても説明しづらい部分も多いなと思いました。
まず、市議会議員は”非常勤特別職公務員”です。
なので、公務員であるけど、公務員ではない、というややこしいポジションであると思います。
また、大雑把に説明すると市民の方々の代表であり、市民の声を議会に、そして市政に反映させるために活動する人となります。
国会議員は国益のために働き、地方議員は地元の地方のために働きます。
ついでですが、国会議員は地元の代表ですが、地元のためではなく国益のために働くのが理想だと思います。
誰もが知っている仕事として、議会等を審議する本会議、常任委員会や特別委員会、会派間の連絡調整を行う会派等代表者会議や幹事長会議、その他に議員連絡会議や正副委員長会議等があり、多くの会議が行われます。後半は会派の代表者に限られるものもありますが。
また、審議会や一部事務組合、市内各種催事等も含めると、個人差はありますが、市民の方々には見えづらいですが、議員としての仕事は思っている以上に多いのではないでしょうか?
前半に挙げた会議等の部分は目に見えたり新聞報道される部分ですが、確かに一般の方々の前に出て見てもらう機会というのは少ないように感じます。
また、後半の市内各種の催事に関しても、
今自分がこういうのを頼まれています
今後ここの企業とここのNPOをや市役所などを連携させて新しいことを試みます
ということは自分から言わないものだし、形になるまでは言えない部分も多いように思います。
なので、市民の方々から何やってんの?見えづらいとの声はごもっともなのですが、
現在これをやっています
これからどこと協力してこれに取り組みます
というのは説明しづらいのです。
もちろん、市の問題であったり、これから取り組みたい市に対する個人的な活動というのは公表してやっていけると思います。
そういう部分ではもっとわかりやすくオープンにやっていかなくてはいけないと感じています。
なので、見えづらい市議の仕事に関しては正直すべてを説明していくのは非常に難しいような気がします。
また、議会費を削減するべきだ、というのは賛成ですが、そのために
議員を減らしていくのか?
全体的な報酬を削っていくのか?
という問題にもなると思います。
もともと議員は市民の方々の声を市政に反映させるための代表であるため、隅々までもっと声を聞けというのであれば議員削減は難しく、
この場合は議員数を維持して報酬を減らした方がいいのかと思います。
また、選ばれた議員に活動してもらいたいというのであれば、
議員数を減らしてある程度の報酬で少数精鋭にするという案になると思います。
いすれにしても、市民の方々がある程度の判断材料を持って意見を持ち合い、それが反映されていくべきだと思います。
実情がわからなかったり、判断材料が少ないというのがまず問題であると思います。
自分自身ももっともっと勉強して、わかりやすく、見えやすいようにこのHP/blog/twitterを通して情報提供していければと思います。
もともと血筋も何もなく一般人から出馬したので、何よりも市民の方々に身近な市議として活動していければと思います。
意外に八戸市は議会等の情報公開という部分であれば、県内2位(1位青森県)の公開度なのです。
必要な方、興味がある方は情報請求に市役所に来てみるといいと思います。
P.S.
主な情報
全国的な20~25万都市の議員数 → 30人
25~30万都市 → 34人
現在の八戸市は240762人(2011/7/1現在)に対して36人、議員1人辺り6688人に対する声を収集していかなくてはいけません。
これが34人になると、議員1人当たり7081人
32人になると、 7524人
30人になると、 8025人になります。
もちろん、赤ちゃんの声まで聞かないでしょ?という声もあるので、あくまで判断材料の一つとしてみてください。
長々書いてしまいましたが、がんばって読んでくださってありがとうございますm(_ _)m。
twitterでのご意見もお待ちしております。
もちろんこれ以外でも市に対する要望・意見などもOKです。
posted by kaz78 |06:39 |
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2011年07月09日
もうかれこれ2ヶ月半くらい更新してないですね。
反省というか、自己嫌悪というか。
八戸市民たくさんの方々に応援されて”市議会議員”に当選することができたのですが、覚えることや出会う人の数がハンパではないので、本当に忙しく毎日を過ごさせていただいております。
もうちょっと時間や書類の整理をうまくできるようになれば、生活のリズムも組みやすくなるのかな?と感じています。
今までであればアイスホッケーに関して好きなことを書いていましたが、これからは書いていいのか不明なところもあるし、見切り発車で書いてしまっては取り返しがつかなくなることもあるので、しhっかり勉強しつつ、守りに入らず、このブログも大切にしていきたいと思います。
今日の夜は八戸で早稲田のOBの集まりで”稲門会”というのがあります。他にも、”地域の体育振興”に携わった方の退官祝いなどがあるので出席する予定です。
posted by kaz78 |07:59 |
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2011年04月25日
おはようございます。
アイスバックスを引退し八戸市議会員選挙立候補を表明してから51日。
東日本大震災があり自粛ムードの中行われた、八戸市議会議員選挙ではありましたが、たくさんの方々のサポート・応援があり、
無事に
当選
することができました。
本当に支えていただいた皆様に感謝申し上げると共に、これからの4年間をしっかりと八戸市の為に尽力していきたいと思います。
”氷都八戸”
の底力と自分に対する期待感を感じました。
これからがスタートです!!
kaz
posted by kaz |07:15 |
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2011年04月14日
今回のチャレンジに対し、市政へ提言しています。
八戸市をもっと前進!もっと未来へ!
八戸市には多くの地元資源(ヒト、モノ、情報、文化的資源、観光資源など)があります。これらの資源を最大限に活用し、これからの地域間競争の中で八戸市を発展させることを責務と考え、誰もが安心し、健康的で、躍動感あふれる街となる八戸市を目指します!
私はプロのアイスホッケー選手として10年間東京や日光、数多くの海外でプレーさせていただきました。遠くの地へ行けば行くほど、日本人であること、八戸で生まれ育ったことを誇りに思うとともに、さらにはアイデンティティーの重要性を強く感じるようになりました。
そして、様々な分野でポテンシャルの高い八戸において、税金を使わずにもっともっと改善できること、飛躍できるものがあると思い始めました。海外生活において肌で感じることができたスポーツ文化、日光アイスバックスで実践してきた地域スポーツの役割は、必ず八戸市政にも活かせるものだと確信しております。
ぜひとも自分が培ったもの、体得してきたものを地元八戸に還元し、貢献したいと考えます。
1)元気“八戸” 復旧→復興
このたびの大震災において、数多くの沿岸部の人々や、八戸の水産業をはじめ、地場企業、八戸市民が災害に遭いました。一年程度で復興できる被害ではありません。
しかし、こういった未曾有の災害が起きた時こそ、同じ街に住む市民が心を一つにし、力を合わせて、復興・発展・繁栄という目標を明確に持ち、わずかでもいいので一歩ずつ前進していく必要があります。
私は、市民と行政の距離をより近いものとし、市民の代弁者たる議員として力を尽くして奔走し、八戸という一つのチームが復興に向けて手を取り合って元気になるよう、活動していきます。
2)八戸ブランドを活かした文化・産業振興を!!
八戸は多方面において、素晴らしいポテンシャルを秘めた都市です。
それぞれの分野が単独で自立を目指すがゆえに、文化は文化、商業は商業、工業は工業、農業は農業、漁業は漁業というように、各分野が個別で行ってしまいがちです。
地域活性化をより効率的に行うためにも“八戸”という全国有数の知名度を活かし、地域ブランドを軸に産学官の各分野を効率的に連携させます。八戸市の文化・産業振興を図る地域ブランド推進室の設置を提案します。
具体策
八戸が持っている発展性の高い産業振興をハッチや既存の施設を有効利用し、ヒト・モノ作り・資源・文化を融合させ、連動性の交流会やシンポジウムを行い八戸ブランドの強化を図ります。八戸ならではの在り方、文化を構築し、“八戸”というブランド推進に励みます。
3)子どもたちが夢を語れる社会へ
子どもたちは大事な社会の宝です。社会の財産は社会全体であたたかく見守っていかなければいけません。
私は、アイスホッケーというスポーツに出会い、夢や目標を持ち、たくさんの仲間を得ることが出来ました。夢を目指し、プロという世界で生きることができ、一つのこと打ち込み、邁進する大切さと重要性を学びました。
私が授かった恩を返していくためにも、これからの次代を担う子供たちが夢や希望を持ち、目指したものに向かってがんばっていけるよう、学校や先生の重要さ、スポーツと人格形成の必要性、教育現場と地域との役割を考え、教育環境の整備に全力で取り組んでいきます。
具体策
プロスポーツ選手、コーチとの交流をスクールという形、学校での授業や課外活動においてもスポーツに接する機会を増やし、夢や目標を持つ大切さを伝え、スポーツから学ぶ機会を増やします。
また、指導者においても同じく、プロのコーチや異スポーツでのシンポジウムなどの機会を増やし、ネットの活用を拡大し、施設の情報提供や地元出身のトップアスリートからの情報発信を提案し、知識と知恵の共有・研鑽を図りスポーツの地位向上を推進します。
エリートアスリート養成プログラム、エリートアスリートコミュニケーション発信室を提案します。
posted by kaz78 |21:35 |
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2011年04月13日
津波の震災から1ヶ月が経ち、八戸でも甚大な被害を受けた会社もようやく掃除や片づけが終わり、仕事が再開できそうだ、と伺ったので少しずつお見舞いやご挨拶に伺っていました。
職場の人たちはみな元気なのですが、行く側からするとどういう言葉を掛けて良いのか?というのが正直なところで、笑って作業している社員の方々がとてもたくましく感じられました。
当人に聞くと、『車が流されたり、減給で笑うしかねーべ』
とのことなのですが、止まっていても何も始まらないのは事実で、ゴールというか、スタート地点がどこなのか分からなくても、まずは進むことの大切さというのを感じました。
ハローワーク八戸では3月14日~4月7日現在、製造業や食品加工業などで延べ91社で386人の解雇届けを提出しているそうです。
先日伺った会社は、解雇者0ということで新聞にも取り上げてもらっていて、工場がストップしたり部品が調達できない中でどう再建していくかということを話していました。
『正直、解雇しないと会社は保てないかもしれない。
だけど、ここまで育ってくれた人材を切り捨てて、再スタートというのも無理な話なんですよ。
この状況を今まで戦ったきたメンバーで耐え忍んでみるよ!!』
と仰っていました。
友人・知人には社員・経営者、どちらの立場もいるので、減給された社員、会社がなくなり解雇になった人、車が流されてお見舞い金を出すための工面や機械損害に対する修繕の問題や生産目処が立たない経営者の不安など、岩手・宮城・福島という人的被害が多かった都市に比べるとたいした問題ではないかもしれませんが、復興へ向けては本当に見えない暗闇を歩き続けるような感覚だと話していました。
市や保険会社なども、被災して家が流された人に対する補償の問題や区切るラインというのも本当に難しくて、一人ひとり話を聞いたり大変な状況を理解して判断するのがベストなんでしょうが、どうしても基準というものを設定しなくてはいけなく、家屋や漁船の話になってしまいますが、どこが壊れているから全損、ほぼ壊滅していてもエンジンが動くから保障できないなど、設定基準が必ずしも被害を受けた人を助けられるわけにはいかないようです。
予算には限りもあるけど、被害を受けた人にも生活があるわけで、本当に難しい問題であると思いますし、さまざまな工夫やアイデアを出し合って前へ進んでいくことがとても必要であると思います。
ともあれ、現場へ行って見て来たり当人の話を聞かないことには、その現状が分からないとつくづく感じました。
復興までは1年はかかるだろうと仰っていましたが、観光業や農業などにも被害は甚大で、復興に向け、これからが本当に苦しい時間となりそうです。
posted by kaz |22:40 |
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2011年04月11日
4月1日の集会では自分の次なるステージへ目指すきっかけを話させていただきました。
地震などがあり、しっかりファンの方々へもそういった自分の経緯を伝えられない部分もあったのでちょっと書きたいと思います。
やっぱり、自分がこうして別な分野ではありますが、新たな世界へのチャレンジを選んだきっかけに、アイスバックスでプレーしたこと、北米でプロ選手として活動していた時間というのがが非常に大きな影響をもたらしています。
アイスバックスでは栃木県や日光市の助成金、日光市民はじめ、ファンクラブの会費、そしてスポンサーの収入のみで成り立っています。それまで西武鉄道やコクドで、企業戦士としてプレーしていた自分の感覚とは全く違う責任ややりがいが芽生え始めていました。
企業から出た利益をアイスホッケー部に充てるという運営と、ファンの一人ひとりが本当にアイスホッケーを愛し、アイスバックスが好きで自分のお金を払う、応援するという気持ちは非常に心を打たれるものがありました。
これは、本当に応援してくださる人の気持ちを預かる、夢を託されるという形ではないかと感じていました。
セルジオさんにはいつも、“この応援は借金である、我々は応援してくれているファンの声援を力に、その借金を返すこと=勝つことでしか恩返しは出来ないよ。
そして、小さな子供に夢を持ってもらうこと、目標となる存在になることが“授かった恩をまわす”ということだよ“、と教えもらいました。
すべてのシーズンにおいて“勝利”という形で恩返しすることは出来ませんでしたが、10年前の日本における企業スポーツという大きな流れの中でアイスバックスというチームは、運営方法においては本当に先駆けで、これからの日本スポーツ業界が目指す方向性だと、自分は今でも信じています。
また、プロスポーツという世界において、小さな子供の目標となることの責任や素晴らしさというのも身をもって体験させていただきました。
月並みですが、子供にとって夢を持ってもらうこと、目標を持って何か一つのことを取り組んでみる素晴らしさというのは、生きるうえでとても重要で大切なことだとしみじみ実感しています。
真剣に取り組んだもの、挑戦したものの後には、成功や失敗に限らず必ず得られるものがあるはずです。
これからはそのことを、言葉ではなく身をもって子供たちへ伝えられると思います。
また、アメリカ・カナダでプレーしたいた頃は、トライアウトというふるいを経験しました。チームと契約できても”週契約”という常に比較されて競争を強いられるサバイバルの中、本当の意味でプロで生き残る厳しさ、難しさ、そして何よりも素晴らしさを経験してきました。と同時に、日本よりも百年進んでいると言われているスポーツ文化の中で生活できたことも、政治を目指すきっかけになりました。
農業や産業、商業が発展し、生活基盤が安定しないことにはスポーツどころではないというのはごもっともな意見なのですが、日本のように裕福でなくとも、各国でスポーツが生活の一部になっているという社会、プレーすること、観戦すること、スポーツに携わって楽しむことにより、生活の一助となり心が豊かになる、健康が促進でき、何より地域社会のつながりが活性化しているという文化は現実にあります。
自分は、スポーツは経済的な裕福度に関わらず、音楽や芸術と一緒で、人が生きる上で、本当に必要不可欠なものであり、心と生活を豊かにすることだと信じています。
本来であれば、指導者や教育者となり、ホッケーの普及・啓蒙に励みたかったのですが、毎年故郷の八戸に帰り、友人・先輩・後輩の話を聞いていると、現場レベルでやれること・変えられることの限界を感じ始めていました。
いろいろアイデアや情熱があっても"しがらみ"や"圧力"、"年功序列"などどうにもならない現状を見てきました。
なので、まずは八戸のアイスホッケー界からスタートし、様々な分野のスポーツ振興という部分で自分が見てきたもの、現場で学んできたものを最大限に活かし、小さなことからコツコトと良い流れへ改善していきたいと思っています。
そして、行く行くはその活動範囲を広げられればと思っています。
誰にでも挑戦できるポジションではないと思いますが、誰かがやらなければ将来も何も変化はありません。
非常に難しく、八戸のしがらみは想像以上ですが、このまま変化のない八戸の行政であれば前進はないと思います。
"change"とは海を渡った大統領が言っていましたが、今まさにそう思います。
posted by kaz78 |13:55 |
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2011年04月09日
地震や津波などの災害の為、今回の県会議員選挙は選挙カーであったり、連呼が自粛となり、かなり静かなものとなっています。
友人とも話しても、選挙自体やっていることを忘れていたり、誰を応援していいのか分からないな、との声も。
無責任に写真だけで決めるよりは、『行かない』という人も身近にいます。
公約や活動目的を確認する機会が少ないため、しっかり判断できないという声も聞きます。
実際、今回のような災害で本当に復興する為で精一杯だし、選挙をやってる場合ではないというのが本音だと思います。自分でもそう思うし、もっとやるべきことがあるのではないかと思ってしまうこともあります。
ですが、選挙の歴史を振り返ると、戦前は制限選挙制として
1889年、大日本国憲法では
『25歳以上の男子で、直接国税15円以上を納めている人』
1900年
『25歳以上の男子で、直接国税10円以上納めている人』
1919年
『25歳以上の男子で、直接国税3円以上納めている人』
1925年 ついに納税要件の撤廃となり
『25歳以上の男子』=男子普通選挙
1945年 ご存知の通り、 男女平等普通選挙
『20歳以上のすべての男女』
という歴史になっています。
選挙権を得る為にはさまざまな歴史と戦いがあり、こうして国民が直接議員を選考できるようになっています。
もう少しいろいろな意味で垣根を低く、接点を近くして身近な選挙になればいいなーと思う今日この頃です。
八戸では、24万人の人口で選挙権は約20万にいると言われています。
通常選挙率は50~55%のようですが・・・・・・・、
今回の震災で40~45%まで下がるだろうとも言われています。
同年代が、復旧・復興作業で仕事に追われている日々を傍目にしていると、正直この予想も理解できます。
政治に興味持った方がいいよ、と言うのは月並みで簡単ですが、現状やシステムに問題もあり、まだまだ若い人たちには、100%目を向けて選挙に興味を持てる状況ではないと思います。
徐々に時代に追いつく為に、変化していくでしょうが、選挙の歴史を垣間見ると、できる範囲で勉強して直接自分たちの市政作りに興味を持つことが、必ず自分たちの生活を良くする手段だと思います。
とはいえ、この時期の選挙はどこの地方自治体もタイミングが悪すぎる。
これで良い判断が自分たちでできるのかというのは感じるし、上の層の利得の判断などで行われる選挙に対し、誰の為の選挙だろうと思ってしまいます。
posted by kaz |10:23 |
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2011年03月28日
地震の余震や原発の問題等でいろいろと不安な毎日やストレスを抱えていると思います。
ですが、すべてを自粛して動かないわけにもいきません。
決意したもの、決断したことを形にしていくためにも動き出さなければいけません。
さなざまな部分に配慮しなくてはいけないのですが、まずは一歩踏み出していく為に、
今週金曜日
4月1日にセルジオ越後さんを招いて集いを開きます。
'4月1日 『フェイスオフの集い with セルジオ越後』
@18:30開場 @19:00~ 三八教育会館 入場無料
お問い合わせ先は下記です。
高橋一馬 事務所 八戸市新井田西平8-1
tel 0178-25-1265
cell 090-8603-2683
fax 0178-25-1910'
すでにチケット等配布しておりますが、チケットが無くても参加していただけますので、ぜひ気軽に足を運んでください。
posted by kaz78 |13:07 |
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2011年03月25日
昨日行われました、鹿沼市の福田屋で行われたアイスバックスによる募金は『314,816円』寄付していただきました。
日光を離れ、直接募金活動ができないことは残念に思いますが、ご協力してくださったファンの方々には本当に感謝申し上げます。
ありがとうございました。
自分も、八戸でできることを実践し復興の歯車となりたいと思っています。
また、アイスバックスでは、今回の大震災に対する選手全員のコメントをチームHPでアップしております。
日光アイスバックス
大久保智仁(No.22)
僕には早く状況がよくなることを
祈ることしか出来ないですが、
皆さんもその事だけを信じて頑張ってください。
気持ちが分かるのかと思われると思いますが、
僕には励ます事しか出来ないから。
頑張れ!
内山朋彦(No.12)
被災者の皆さんは創造もつかず
先のみえない避難生活を
送られていることと思います。
私も自分に何ができるのか考え、
行動しなければと思います。
こういう時だからこそ元気を出して
明るく希望を持って頑張っていきましょう。
河村正博(No.43)
今回の地震の時は実家の八戸に居るときでした。
私自身地震直後は停電でテレビなどの情報も無く、
実家が海に近いため避難する準備しているときに
津波が道路に上がって来たのが見えたのですぐに避難しました。
結局その日は実家に帰れず、電気が戻るまで本当に不安でした。
被災後、私が八戸市の海沿いで見た光景は
みなさんがテレビで見ている映像より何倍も悲惨な物です。
ましてや被害の大きい他の地域のことなど想像もできません。
どんなに小さなことでも助け合い、行動することが
復興の一歩につながると私は思います。
一人でも多くの力で東北を助けてあげてください。
隅田陽介(No.6)
いつも皆様からいただいている
力強い応援を、
今度は私たちが被災された皆様に
送りたいと思います。
一緒に頑張っていきましょう。
倉田龍一(No.15)
この度地震の被害にあわれた方々、
またそのご家族のみなさまに
心よりお見舞い申しあげます。
今とても大変だと思いますが,
これを乗り切れば
絶対に明るい未来が待っていると思います。
希望を持って頑張ってください!
土田英二(No.16)
ごめんなさい。
被災された方々の、辛さや苦しさや悲しみや絶望の深さは、
僕なんかじゃ想像もつきません。
そしてこういう時、僕らスポーツ選手の無力さをずっと感じてます。
だから僕の言葉なんて、何の意味も無いかもしれないから、
今、自分が出来ること、
節電とか募金とか祈りとかを精一杯やります。
こつこつ努力することだけは慣れてるから、
出来る限り精一杯やります。
被災地の早い復興とお亡くなりになられた方々の
ご冥福をお祈りしています。
福藤豊(No.44)
被災地の皆様、
簡単に言葉はかけられませんが、
とにかく良い方向に進む事を信じて
助け合い一生懸命生き抜いて下さい。
僕たちもアイスホッケー選手として
出切る事を毎日考え行動し、
少しでも皆様の力になれるようにがんばります。
posted by kaz78 |18:46 |
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2011年03月24日
地震前に収録予定があった八戸TVの”アイスホッケーNOW”ですが、延期になっていましたが、数日前に節電工夫を凝らして収録してきましたのでご報告です。
すでに放送されていますが、
BeFMの小泉亮さん(八戸の人気パーソナリティー)がフリーブレイズのユニフォームを着て、自分はアイスバックスのユニフォーム。
フリーっブレイズ vs アイスバックス
という図式で引退特集をしていただきました。
八戸TVさんには、自分がアイスホッケーを本格的に始めた9歳から、中学、高校、大学、アジアリーグとすべてにおいて試合を収録していただいていて、Jrの試合から今シーズンの試合までの23年間のクリップを作っていただき、ちょっと自分自身も感激するほど懐かしいものや感慨深い物があり、自分が一番感動しちゃっていました。
八戸の方のみに限定されてしまいますが、時間の都合がつく方はぜひご覧になってください。
誰か"you tube"にupdateしてくれれば良いのですが。。。。。。。
posted by kaz78 |19:03 |
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