カワシマンとバスケットボール

サッカー野人:岡野に学ぶ

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ブログを始めたYahooで息子について書いたのが3年前。

「ミニから中学、そして高校バスケへ」

中学最後の試合での感想と高校への展望を思ってかいたもの。

 *文章が、少しわかりづらい部分もあることに気が付く…。


先日、息子の高校バスケの試合を観戦。

ラスト2分、敵ロングパスを大ジャンプしてカットした瞬間に足がつり、コートアウトしてしまい、そのままタイムアップのブザーを聞くことに。12点差だったろうか強豪相手によく戦った。

息子は、この試合ではポストアップすれども自分より5cmほど身長の高い敵センターにガッチリとフロントで守られパスを受けることが極端に少なかった。

ブロックに、メチャクチャ高いリバウンド、タップシュートに、スリー。見せ場はあった。

敵の1〜3番の選手は誰もがスリーをおそく3本以上は決め、レイアップも複数本決めたことを鑑みると、その大きなセンターを8得点に抑えたことは実はチーム貢献度が高いのだと、自分も家に帰って冷静に考えて気が付いた。

敵ガードから息子の頭の上を通すセンターへのパスで2本程やられたが、3本目あたりからジャンプしてカットすることで敵センターの得意なプレーを封じ込めることができたようだ。おそらく他のチームだったら、このプレーだけで20点でも取れてしまうような高さを使った完成されたプレーだった。


指導者を含めいつもと違う負けたら最後という緊張感のまま終始したのが印象的だった。

スコアとしては途中5点差まで詰め、極力ファウルを抑えたナイスゲームだったと思う。


夜、息子本人から話をしにきて「思い残すことは無い」と、スッキリ引退を受け入れた様子に安心。

次を目指して欲しいと願う。


そんな様子をツイッターで書いたところ、Yahooブログの時からの仲間で同じく息子さんがバスケをしている DUNEさんより、

「息子さん、お疲れ様でした!試合、観たかったな~。」

とねぎらいの言葉を頂き、少しアツくなった。

Yahooブログ → SportsNavi → ツイッター&アメブロ と軸をズラしてきた中で
お互いの息子のバスケの事でやりとりをしてきて、5〜6年のお付き合い。

そのDUNEさんの息子さんの高校バスケ部が存続危機とのこと。

ずっとバスケに力を入れてきたのは知っているので、ファンとしても継続して欲しい。

練習がキツくて、1年生が息子さんを入れて二人になってしまったとのこと、、、


そこで、数日前に放送されたNHK「スポーツ大陸」
[[大逆転スペシャル
野人が決めたゴールデンゴール
~W杯初出場への道~|http://www.nhk.or.jp/spotai/onair/231/index.html]]
とリンクしたので、ツイッターで紹介した。


個人的には岡野には、これといった思い入れも、興味もなかったのだが、このインタビュー番組を見てファンになった。

彼のサッカー人生にエールを送りたいと思い、久し振りにこのエントリーを書く決心をした。


岡野の高校入学時、指導者もおらず先輩1人のみ在籍したサッカー部。

先輩と二人で部員を集め、未経験者ばかりのチームでどうやったら勝てるかを模索。

脚力のある陸上経験者にはロングパスを練習させ、ジャンプ力のあるバスケ経験者にはヘッディングを練習させ、本人の特長を活かす練習をさせることで部分的に強化させ、それぞれのモチベーションを上げることに繋がったようだ。

最初の頃は0-20といったスコアで負け続けたが、継続して練習を重ねるうちになんとか初めて0−0の引き分け試合を経験できた時に、部員皆で抱き合って泣いたという体験が、彼の継続することへのモチベーションの原点になった。

その後、監督兼キャプテンとして、最高で県3位にまで昇り詰めた。

チームスポーツの世界では、あるようでほとんど無いエピソードだろうと思う。


大学ではスポーツ推薦入学者がほとんどでサッカー部には入れないだろうとも思っていたところ、一般入部員募集に希望60人の中から2人の合格者のうちの一人に。入部が決まった瞬間に言い渡された仕事は洗濯係。

挫折感の中で、自分のスタイルを追求するための練習に明け暮れる。

当時人気だったカニージャ@アルゼンチンを目標にしてプレースタイルを徹底的に真似た。

半年で当時2部の日本大学のレギュラーに抜擢され、2年時には大学選抜チームに呼ばれた。

大学3年時に浦和レッズから声が掛かり、大学を中退。

その後、加茂監督に日本代表に選ばれるが、ずーっと試合に出ることができない日々との葛藤。

W杯を決めたジョホーバルの試合で延長に入ってから初ピッチを体験。

同点で後半を終えたときには選手交代が必要な状況にあることを理解しつつ「もし自分がゴールを外したら、日本に帰れない」と頭の中はパニック状態で、それまでは試合に出たいとだけ思っていた岡野は全く逆の”出たくない”と考えていたという。

そこに岡田監督から「決めて来い」と言われ、代表で初めてのピッチに立たされる。

2〜3度のシュートチャンスで得点することが出来ず、頭の中のパニック状態がどんどん広がる始末。

延長ハーフタイムに「岡ちゃんじゃないと決められないよ」と周りに声を掛けてもらい正気に戻ったという。彼の単純さもあるかも知れないが、チームスポーツの醍醐味なのかも知れない。

加茂監督は当時のことを「窮地に追い込まれたチームを救う最後の切り札が岡野というつもりで代表に呼んだ」と明言する。チームメートもその価値(走るスピード)を充分に身に染みて体感していたからこそ「岡ちゃんじゃないと」と声を掛けられたのだろう。


日本としてもW杯初出場の夢を掴みとった岡野の代表初ゴールは、自分の小学校のときからの夢を自分の意思と足で実現したものだ。

岡野は

「(代表の試合で使って貰えず腐って)逃げ出したかったけど、走り続けようと思って頑張ったプレゼントだ」

と、このW杯出場決定ゴールを評し

「辞めるのは簡単だけど、やり続けることは素晴らしい(結果をくれる)」

と語った。


次に得るだろう何かを求めて走り続ける岡野は、Jリーグの下部組織JFLに去年移籍し、今年37歳。

継続することの大切さを語る不屈の精神力は、サッカー、スポーツに限らず人生における教訓であると学んだ気がする。

テレビではもう観ることができないだろう岡野のプレーだが、彼という人間のファンになった。

足はサラブレッド、風貌は野人だが、魂は雑草。

野人岡野にエールを送りたい。


近く番組は再放送されると考えられる。是非あの頃のサッカーを知らない方々にも観て欲しい。



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