2008年08月09日

選手もサポーターも変な自信を捨てろ。五輪日本対アメリカ感想

■日本のフィールドプレイヤーは8人

反町監督は開始15分の失点に脅え、貴重な勝ち点を逃した。
アルゼンチン戦は1トップNGと言い切れない押し込まれ方だったが。
この試合は間違いなく2トップが正解。
例え1トップで入ってもトルシェなら前半。岡田監督なら後半開始で2トップにしたかも知れない。私なら前半30分前後に変えていた。
中盤は日本がほぼ掌握し、アメリカの中盤支配力は感じられなかった。
要は支配に固執するあまり、中盤に人余りを起こしている状態であった。逆に1トップの前線はほぼ森本が殺されていたが、後1人注力すれば、組み立ての面で2.5倍から3倍の効果が期待できる状態。
中盤で-1人、前線で-1人。日本はフィールドプレイヤー8人で戦っていた。


■森本の成長

森本はかなり戸惑っていたと言うかカターニャで仕込まれた内容と日本チームの周りの動きが余りにも違うので機能しなかった。とにかくボールを持たず周囲に叩いていた。
それでもチャンスにならない中、我慢して周りを信じて、役割に徹し続け良くやっていた。

FWは
・来るとも知れぬ機会を待てる我慢強さ
・何時でもゴールを狙える爆発力
を両立させる仕事。
少なくとも前者では森本は合格だった。静か過ぎて後者は減点するか迷う所だが(苦笑)。
残念ながら良いシーンが無かったのでプレー面でのプラス点は上げられない。
結果論だが私なら森本を豊田のように途中から使ったと思う。何となく森本はヴェルディやカターニャでの起用からサブが合うような印象が強い。


■選手は変な自信を捨てろ

もうこれで日本は「失うものが無い」と言うのは勿論だが、今後メンバーがJリーグで満足したり、自らの成長を止めないよう、むしろ変な自信をきちんと失ってきて欲しい。
五輪は今までも世界に跳ね返される場として機能していると思う。
本当は本戦まで経験して欲しいが、ナイジェリア・オランダとやれれば最低限世界を意識する芽がメンバーに植え付けられるかもしれない。

選手が一人でも多く敗戦からアメリカとの実力差に気が付いてくれていると嬉しいが、アメリカは自分たちの良さを隠すのが上手かったので気が付いていないかも知れない。


■アメリカの強さに気付けるか

シドニー五輪ベスト8の時も日本が自滅したかのような記事や感想ばかり。

「同じ攻撃を繰り返すだけの単調な攻めにやられた」

そんな論評ばかりだったが、冷静に考えてみれば、その姿勢が今の五輪日本代表にどれだけ足りていないか分かる。
当時のアメリカは愚直だが合理的・効果的なクロスを武器に日本に勝ったのだ。私に言わせればアメリカのクロスの危険性すら見誤る位のサッカーを見る目しか当時の日本には無かったのである。

今回の対戦は、

「日本は前半の攻撃を続けていれば勝てた」

のかも知れない。だが失点後日本は繰り返せなかった。対称的にシドニーのアメリカは1点ビハインドの絶望的な状況の中、ロスタイムまで自分たちのプレーを繰り返し続けた。アメリカが勝つのは当然である。自分を信じ、良いサッカーをした方が勝ったのだ。「単調で通用しない攻め」を「愚直に繰り返せる」アメリカのメンタル的な凄まじい強さが分かるだろうか。日本人なら心のが折れ始め、「他の方法を試したほうが」とか敗戦を意識しだしてチームが破綻してしまう所だが、アメリカは最後まで組織的であり続けた。時に勝利への貪欲さとは自分達への信頼、即ち自信と同義語である。私が見た試合で、最後まで負けると思わずに戦い抜き敗れたチームの試合は、レベルの如何に問わずどれも気持ちが良い。これは非常に難しい事でそんな試合は数少ないが。

今回の日本のように、誰のせいでもない偶発的な失点で脆くも崩れる攻撃力など、所詮チームが自らの連携力に酔う為の玩具。集団自慰的行為に過ぎない。私が終止日本に求めているのはシドニーのアメリカ、近年のドイツ代表のような逆境でこそ敵に食らいつくタフさだ。


■サポーターも変な自信を捨てろ

今回のアメリカ戦も連携や走量、戦術では日本が勝っていたが、前回と同じように勝負所ではアメリカが強い。個の強さや責任感、自ら工夫する思考力。状況を読む力。こう言った画面やプレーに現れ難い裏のファクターで、アメリカの何人かの選手は力の差を見せていた。

敵の強さに気が付けもしない者は何度でも同じ負けを繰り返すだけ。むしろ「気が付けないレベル」でしかないと言うことだ。日本サポーターはきちんとアメリカの強さに気が付いただろうか。古来より最上の勝ち方の一つとして「敗者にたまたま負けただけ。次やれば勝てると思わせること」とある。私はアメリカにそんな勝ち方はさせて欲しくない。日本は“また”負けたのだ。


■日本スカウティングは死んだのか

以前の記事で紹介したようにスカウティングは日本サッカー界最高の武器である。
武器とは、選手そのもの、日本の経済力、などを合わせた国のサッカー総合力の中で、最も欧州に輸出できる商品と言う意味で取って貰って構わない。もし言語圏の差異や民族的先入観無しで日本人スタッフを輸出出来たら、その優秀さを証明できるのに・・・・と思うのだが、それはまだ先になりそうである。

以前にサッカー好きの友人に言われたが、過去日本がアメリカより強かったことは無い。今回のアメリカは個人的にはかなり弱い部類だと思うが、勢力図は試合前から同様だった。油断ならぬ難敵であるにもかかわらず、スタッフや選手にどこか「アルゼンチンより弱いだろう」と言う風な緩い雰囲気があった。
最も効果的な内田のクロスも自分たちの形を作るのではなく、アメリカの守備陣の弱い箇所を研究し、そこを突くべきだった。
最近の日本から何となく「自分たちのサッカーをやれば勝てる」と言う慢心に近い過剰な自信を感じる。
アルゼンチン戦と同じ4-5-1。反町サッカーは守備重視のベタ塗りしか引き出しは無いのだろうか。
中田英も事あるごとに「サッカーは相手ありき」と語っていたが、
相手の弱い所を突けるだけの周到な準備を日本は怠ってしまったのではないか。


■己を知り、敵を知らば百戦危うし。

「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」
孫子によれば、敵を知ることは己を知るよりも先にやることである。
これは「敵の弱点に己の長所をぶつける」と解く事も出来るだろう。
決して「己の長所を敵の弱点にぶつける」ではない。
この違いが読者の方に伝わるだろうか。

己の良さありきで物事を組み立てれば、そこに固執を生み敵を軽視する。
先に敵を知り、それに合わせ己の良さを活用してこそ、真に己を生かせると言う意味ではないか。
自らの良さに酔っていては勝てる試合を逃す。ということだろう。

■まとめ

反町監督は自分たちの良さである守備を前面に出していけば勝てると踏んだのだろうが、

・愚直だろうと逆境だろうと最後まで自信を持って自分たちのサッカーを貫けるタフさ

・自分たちの良さに捕らわれず、まず相手を知る謙虚で周到な準備

五輪はこの二つの要素の追求無しに勝てる舞台ではないのだ。
そのことに気が付くことが出来れば今回の敗戦は一時の勝利以上の収穫となるだろう。全てはサポーター・スタッフ・選手の学ぶ姿勢にかかっている。

posted by karakuti |02:40 | 試合レビュー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年08月08日

北京五輪日本対アメリカ

昨日の雑感を自分用に記録しておきたい。

日本3戦の対戦国メンバー

日本対アメリカスタメン

印象に残った5人を書き残しておく。
アメリカの3名は即世界の一流どころで主力となる選手ではないが、今後の経験次第で化ける気配がある。まぁ既にアドゥはベンフィカなので少し毛並みが違い横一線で比べるのは間違いだが。


写真の7番スチュアート ホールデン 所属チーム	ヒューストン・ダイナモ。23歳。
前半10分過ぎから見始めて、直ぐに上手い選手だと分かった。
定石ではアドゥマークだろうが、私は彼がアメリカのペースメーカーだと気が付いた。反町監督は攻撃重視の長友をスタメン起用した辺り、7番をマークしてなかった気配。以前の記事で書いたスカウティングの時点で負けは決していたのかもしれない。
7番は右MF。11番が右サイドに開き組み立てに参加。日本はこの二人を中心に上手く起点を作られ続けていた。7番がボールに触った時だけ良い形になるのだから誰が見ても明白だった。
素材としてチームの中心でどっしりやるタイプではない。攻撃組み立て時サブメーカー兼、受け手として将来性を感じる。私の好きなネドベドと比べると全プレイを小粒にした上で、パスが上手い印象。流れを読める選手が私の好みなので、状況(試合の雰囲気)把握に関しては一定のレベルに達している。



2番。	マーヴェル・ウイン トロントFC 22歳
リンクによると俊足に定評があるらしい。良く分からない選手。途中から気が付いた。日本の前半のクロスは20本入れれば1本決まる程度の悪くない攻めを5本程度だった。

2番はポジション的に内田のクロスの接点を彼がケアする場面が多かったが、彼の反射速度と加速力&最大走力のせいで大分得点の確率を下げられた。

更に日本の23歳レベルでは悪くないパスのインターセプトを2~3回成功させ、DFとして最も価値の高い能力「攻めの読み」が良いレベルに達している事を披露していた。

後半はスピードに乗ったオーバーラップから効果的な攻撃参加を2回程度見せ走力と体力がある所もアピールしていた。
日本攻撃陣相手だったのでヘディング能力やフィジカル能力の判断ができないのが残念だが、もしそれらが問題ないレベルなら、UEFAカップ出場クラブ程度の主力として即戦力クラスだろう。五輪は良い売り込みの機会なので今後の所属先は要注目だろう。いやはや日本人として羨ましい話だ。


11番 フレディ・アドゥ ベンフィカ 22歳。

別に見ていた人なら分かった範囲のことしか書けないので、特段書くことも無い。ああいう選手でしょう。所属クラブを見たら大体分かるがとにかく「一人で」起点・得点・プレス・を行えるフィジカルや体力を持ち、脅威となるFWの素養を備え完成された選手。欠点が少なく、若さと言う何物にも変えがたい商品価値は彼の値段を上げているのだろう。
決定力や創造性・意外性・協調性・連携力などは日本戦だけでは未知数だが後一味で欧州で価格の付くFWになるだろう。そのためにはやはり結果が必要だ。wikiによると14歳でプロデビューした怪物ならしいが、プレーを見たのは初めてで、先入観も無かったので眼鏡が曇ることなく評価できた。
結論として悪く言えば、後一味が足りない多くのFW予備軍の一人である。良く言えば身体能力を生かしたパワフルな姿勢が既に身に付いており、今後如何様にでも化ける素材。



本田 圭佑
彼は名古屋時代から見たことがある。攻撃センスは今後に渡って伸びる気配無し。オランダに渡って少しは成長があるかと思っていたが体力配分もビハインド時のメンタルも見てるこっちが恥ずかしい内容。伸びない素材はどこにいても伸びない。ただトラップに関しては試合中1番上手かったかもしれない。


本田 拓也
ほとんど初めて見る印象だが良く守っていた。後半かなり相手寄りの判定で裏目に出てしまいペースを掴みにくい感があったが、安定していた。特に1点ビハインド後の「先制されると弱いいつもの日本代表」の中でパフォーマンスが伸びた数少ない選手。A代表では中澤・阿部・トゥーリオなど逆境に強い先輩(皆DFやんけ・・・・)がいるので、次の世代として期待したい。気持ちの強い選手を選んだと反町監督は言っていたが、先生された後の日本からは特にそんな印象は受けなかった。
五輪で何か得るものがあると良い。今後少し覚えておこう。

posted by karakuti |20:39 | 試合レビュー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月07日

[西川周作を守ろう]第2回 成熟したサッカーには悪役が必要だ!

成熟した文化には悪役が必要だ!

また異なる視点から述べてみたい。まず西川選手自身もどう考えても意図的に今回の騒ぎを起こしたとは考え難い。周囲も西川選手の警告対象となったプレーは批判されるブロガーの方も(筆者が見た限り)居なかった。だがその後公言した行為又は、協会の罰則には否定的な意見が多い。
しかしサッカーをエンターテイメント、ショーとして捉えれば悪役(ヒール)は大切な存在である。世の漫画、映画、小説、悪役無しでは成り立たないものがある。これは「無害」なはずの子供向けアニメ、アンパンマン、おじゃる丸など現行放送中番組ですら例外ではない。ここで考えてみよう。サッカー界には悪役は要らないのか、と。
例えば、近年のJリーグでも、ダービー、クラシコ、因縁の対決、日本では馴染みの言葉まで取り出して、人によっては必要以上に見えるほど対決姿勢を煽り、互いを悪役化することで盛り上げている。他にも監督やコーチ、選手自身も対戦前に「相手チームを見返してやろう」などと相手が自分たちを低く見ていると勝手に盛り上げて戦意を奮い立たせている。これも広い意味で悪役である。この構図は世界でも例外ではない。上記のようないわく付きの対戦は大概客の入りも良く、興行として成功している。歴史を遡れば因縁が先か、商業目的での巧妙な宣伝が先か、良くサッカーを知るファンの方でも判断は難しいのではないか。
筆者に言わせればフィーゴはレアルファンに試合の前々から子豚の頭などをサポータに用意させるほどサッカーを盛り上げた素晴らしいプロである。翌年はさすがにプロに徹しきれず、レアル戦前にイエローを貰って累積警告による出場停止を貰い難を逃れた(勿論フィーゴは公言はしていない(苦笑))。一度目の壮絶さを経験してしまった以上、生身の人間として見れば致し方ない事である。だがサッカー選手は皆生涯に1度で良いから機動隊にジェラルミン盾で囲まれながらCKを上げて、サッカー界全体を盛り上げて貰いたい(苦笑)。

対戦カードは忘れたが、マンUのファーガソンも一昨年のCLでスタメン所属選手の因縁のチームと対決する時、観客の罵声による選手メンタルへの悪影響を計算に入れ、敢えて出場させなかった。選手本人は出る気満々でファーガソンの采配に不満そうだったが、指揮官としてそこまで備える姿に筆者は感銘を受けたのを覚えている。選手は多分「古巣?のファンの前で成長した姿を見てもらいたい」位の甘い考えで出場を希望している印象だった。だが現実にはその“ファンに受け入れられる気満々”の状態で罵られたら、後々までパフォーマンスに尾を引きかねない。そんな雰囲気を呼んだファーガソンはやはり名将である。ちなみに試合は当然マンUが勝った。また広い目でサッカー界から見れば「出てきたら罵ってやる」と不純な動機でスタジアムに足を運ぶファンも熱烈で確実な収益を見込めるコア客に当たるかも知れない。選手や監督、チームは、彼らの「正義」や「愛情」の御旗の元、結果の善悪問わず常にその標的とされている。


悪役の程度と資質

日本ではそろそろ悪役が必要なのではないか。プロレスなども筆者から見れば“それ”だけで成り立たせた、という意味で極めて洗練されたショーである。ただ、ラツィオなど、クラブから金銭を巻き上げるほど癒着したウルトラ・サポーターは行き過ぎである。ここで肝心なのは悪役は共通してどこか「憎みきれない」所が無ければ成り立たないという事実である。バイキンマンが出演しないよう本気で願っている子供も居るとは思うが、それは「居ない時すら存在を意識させる魅力」がバイキンマンたる所以である。憎まれ過ぎて排除されたり潰されてしまっては元も子もない。筆者は今回の公言問題に対するファンの反応も、そういう元も子もない大人気なさを感じる。
悪役を応援するファンは必要であるし、ダービーでは両チームサポーターが罵り合ったりしているが、他者から見れば特にどちらも悪役ではない。両チームが対戦するときだけ互いが悪役になるのである。
世界的に見た時、サッカー界には悪童と呼ばれる選手や、ダーティーな監督、オーナーが居る。個人的印象でいえば今はモウリーニョ監督など立派な悪役としてサッカー界を盛り上げている逸材だ。彼のサッカーを嫌いと言う人は結構居る。だが、嫌いとは好きの反対語ではない。好きの反対語は無関心であり、嫌いの反対語も同様だ。自分のひいきのチームの相手が「無関心」なクラブの時より、「嫌い」なクラブとの対戦の方がかえって見てしまうのではないか。サッカーはショーである。見て貰えて初めて成り立つ。モウリーニョの例を見るに悪役に適したポジションは選手よりも監督かもしれない。選手は悪役を演じただけでも、「協調性にかける問題児」として自らの価値を下げ、サッカー選手としての人生を棒に振りかねない。幾らサッカー界に悪役が必要だからと言って、自分の年俸や将来性を犠牲にして悪を演じさせるのは酷である。本人がやりたいなら願ってもない事だが。この辺は悪役ではなく、ゴン中山を超える“キャラ立ち”したタレント的選手の方を目指して欲しい。最近は強烈なキャラが見えず少し寂しい。


批判するファンが悪い

西川選手の発言は大分サポーターは大概公言は非難しつつも彼自身は擁護している。ここで初めの筆者の立場を思い出して貰いたい。

「プレー自体は良い、公言も良い。擁護・罰則するのは普通。批判する方が悪い。」

大分サポーターは当然擁護する立場で上で言う普通にあたる。ここで「悪役」とさせて貰っている「批判する人々」とは

  • 第一に、既出の過剰な保護者である。
  • 第二に、公言は悪いとするサッカーファン達である。

少々分かり難いが筆者は個人的には「公言は良い」と思っているが、世間的には、「公言は悪い」(と受け止められている)と考えている。ここで問題となってくるのは「悪い」を利用しようという発想がなぜサポーターから出ないのかという所だ。上で書いたように悪はサッカーを盛り上げる大切な要素であり、日本ではまだまだ足りていない。それは言い方を変えれば、他のエンターテイメントと比較して、サッカーが文化的に「根付いていない」何よりの証拠ではないのか。折角悪役のイメージの付いた選手を良い行いをして印象を払拭させるなど、勿体無いこと、この上ない。西川選手の公言を「悪」として受け止め、それをサッカーをより盛り上げ発展させる為の糧としてしっかり活用出来ないのか。上で書いたように西川選手は意図的に悪役を演じられる器であるとは思わない。しかし、俳優界では津川雅彦さんがしっかりと悪役を演じ、今日の評価を現実とした。背景には何よりも映画界に悪役を受け入れる文化が有ったからである。

西川選手は悪役起用を見送るとしても、日本サッカーは、又日本サッカーファンはどうであろうか。今回の事件もサッカー文化の成熟さが問われてはいないだろうか。悪しきものも逆に栄養とし日本サッカーを繁栄させる糧とする。器の深い発想が出ない観衆。そんなファンの底の浅さが本当の悪なのではないか。
よって協会に対しても、西川選手に対しても、批判する方が悪、とさせて頂いた。

大分のサポーターの方々は、今回の事柄で西川選手を「美味しい程度で適度に罵る」対戦相手のサポーターが居たら、余り固く考えず、サッカー界が盛り上がるなら良いか。位の広い心で見てあげて欲しい。ただ筆者は甘いので西川選手がそれに耐えうる器の選手でないなら、残念だがスタジアムでこの話題に触れるのは控えてあげて欲しい。


おまけ

ブログの立場と執筆動機

西川周作選手が故意による警告受けたと公言した問題に触れてみたい。
既にサッカー協会の処分やクラブ側の対応も固まり、一旦決着を見た段階である。他のブロガーさん達も他の話題に移っている段階だが、逆にサッカーファンの意見は出尽くした時期とも言え今回の出来事を通して、透けて見えてくるファン側の対応にものを言いたい。


目に付くサイトには回ってみて色々な意見を読ませて頂いた。要約すると大体次のどれかに当てはめて良いかと思う。

  • 1.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い

  • 2.プレー自体も公言したのも悪くない、行き過ぎた罰則は悪い

  • 3.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い。だが西川選手を応援していく。

どの意見も一理あり、それぞれサッカーや西川選手に愛情を持って書かれている。だが、とりあえず数が少ない。サッカー全般のためにもっと色々な意見が有っていいのではないか。折角自由に書けるブログである。むしろもっと色んな意見が無いといけない。と勝手に使命感を感じ盛り上がった所で最近名前負けしている「激辛批評」というブログタイトルに合わせて次の意見をぶつけたいと思う。


「プレー自体は良い、公言も良い。擁護・罰則するのは普通。批判する方が悪い。」

若干思ってもいない脚色を載せ激辛風味を上乗せしているのは分かりやすくする為である(苦笑)。


次回も2週間後更新の予定です。

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posted by karakuti |19:00 | 選手を守る | コメント(2) | トラックバック(0)
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