2009年01月30日

さらに選手をムチ打つな!バーレーン戦を振り返る

今日は昨日に引き続き気分が乗ったのでもう一筆書いてみたい。
特に準備もなく一発勝負である(笑)、尚、試合は見れていない。その腹いせに周辺をうろついているだけで、バーレーンに特に思い入れがある訳ではない(笑)。念の為。

バーレーン戦を振り返る
以前から岡田監督のバーレーンに対する危機感は人一倍のものがあると思う。私よりかなりバーレーンを強いと想定しているのではないだろうか。

昨年のバーレーン戦お忍び観戦

遠藤の強行帯同

と、はっきり言って必死である(笑)。遠藤・中村なしの現有戦力で、尚且つアウェー。相手はレーザー光線とか昨日書いたように(もしかしたら)放送妨害とか、シャワーを冷水にしたり、控え室のクーラー切ったりまでして勝ちにくるほど日本を意識している(一概にバーレーンのことではない)。選手たちも先日マンUと当たったガンバのように「強豪日本に勝つチャンス!」と、モチベーションに溢れ、多分目もキラキラさせて挑んでくるのだろう。
岡田監督は色々と選手のコンディションに気を使うタイプなようで、先日のイエメン戦も「この時期の代表にしては史上最強」と評している方も居た。私はこの時期に絞った代表レベルのデータなど持ち合わせていないので議論入ることもできなかったが、「そういう見方もあるのか」と大いに学ばせて頂いた。
ただ大一番のオーストラリア戦を控えて、今にピークを持ってくるわけには行かないし、色々大変だと思う。なにやら五輪世代も面倒見ているし。

先発メンバーを見ると2軍とはまでは言えないまでも核の遠藤か中村
ムードメーカーの闘莉王。それなりに攻撃を作る大久保。辺りの人材が確かに居ない。経験で問題ないといえるのも稲本、中澤、玉田位。

 日本スタメンメンバー
 ▽GK:川島
▽DF:長友、寺田、中沢、内田
▽MF:稲本、中村憲、本田、岡崎
▽FW:玉田、田中達

マチャラは今回も手堅くまとめて試合を作ってきたんだろう。あの監督がやることはもう大体想像できる。これは彼を評価していると言うことだが。まず前半セットプレイから失点となると何となく上手く乗せられた気がする。スポナビのレビュー選手のコメントJ'sGOALのレビューコメントも面白い。
内田によると「相手はまるで4トップだった」と失点前後の混乱を言い表している。昨日の記事に頂いたコメントでも選手の対応力を問題視されていたが、マチャラ監督のプランが日本の許容量を超えた所を狙っていたのはかなりの確率で有り得るようだ。大幅にリスクを取ってでも得点を狙う試合構成の振り幅は最新サッカーに近い匂いを感じさせる。大胆にして繊細。「中盤のタメを消された」と何人かの選手がコメントをしていたのを見ると大方そんな形で、守備はかなりキメ細やかにプレスをかけて来たのだろう。前回対戦もそうだった。中東の選手をどうやってそこまで守備の意識を浸透させ掌握しているのか私には見当が付かないが、日本が主力を欠き、調整試合というのを差し引いても相変わらずの監督である。監督ばかり褒めているとバーレーンの選手は大したことが無いように思われてしまうが、中々どうしてサッカーを展開できる素材が揃い、アジアのTOP4、韓国、オーストラリア、サウジ、日本、(サウジは最近微妙に落ちた気もするが)の次のグループ、あまり最近の現状には明るくないが、イラン、イラク、UAE、中国、北朝鮮、辺りと同じ程度の素材は持つのかもしれない。中国、イラクはワールドカップ予選で既に居ないが実力は拮抗し勝敗はちょっとしたことで揺らいでいるだろう。カタールはセバスチャンを主将から外して無意味にモチベーションを下げたり指導陣(だかそれを選んでいる王族だが)が最近迷走を初め、また力を落としている気がしている。マチャラ監督のプラスαを入れると、非常に難しい判断だが、日本にとってバーレーンは北朝鮮・UAE・カタールよりは強いと思う。現に3次予選では中国、イラクの強豪を抑えて突破して来た。マチャラは多分自分より強いチームに力を発揮するタイプの監督なのだろう。皆あまりに触れていない(と思うが)韓国だって負けているし、敗戦を酷評する前に相手の実力を測り間違えては居ないだろうか。オーストラリアも最近は最小スコアでの勝利で手こずっている様子だし、バーレーンの強さは中々のものだ。


ちょっと岡田監督の擁護
巷の動きにまるで疎い私にも、当ブログの読者を通じて、時々世の風潮が耳に入ってくる。昨日も岡田監督の辞めろコールが起きていると、なにやらただならぬ情報を頂いた。少数派が居心地が良い私は、とくに好きとは言えない大好きな岡田監督を擁護してみようと思う。

今回のアジアカップ3次予選は、はっきり言って2位までに入れば無問題。本来は負けても良い場所で、若手に経験を積ませられる絶好の機会のはずだった。それをオーストラリア戦のせいで正月明けからの初召集でコンディションもモチベーションも高まる若手をほぼ追い出し、まだ一年の疲れも取り切れていない(と言うか更に主力は傷も癒えてない)主力選手たちを即追い込んでコンディションを作らねばならない。そんな休暇すら、岡田監督が心を配り確保した2週間である。選手は各クラブのキャンプも始まっていない時期にも関わらず、時間的猶予がないから尻に火を点けられて、多分怪我のリスクを上げてまで急ピッチでコンディションを作っているはず。岡田監督得意のあまりの気迫で休み明けの川口などもペースを崩し故障を誘発してしまったのではないかと想像する。

本来オフ明けのコンディション作りなど代表監督の仕事ではない。この点そんな面倒くさいことをしないオシムなどの監督であればイエメン戦から召集し、アジアカップ後の駒野のように顔色がどす黒くなるまで酷使したり、鈴木啓太のように病院送りになる選手を増やしたかもしれない。この辺オシムファンの私だが考え方が違う。

岡田監督はかなり辛抱強く全体のコンディションの底上げをしながら、使える選手使えない選手を選り分け、結果本田と稲本をたかがアジアカップ予選の為に呼ばなければならなくなった。私はこの勝利の為に手段を選ばぬ岡田監督は嫌いではない。本田など、かろうじて召集&Aマッチ出場はしているが、岡田ジャパンの印象ははっきり言って全くない。借り物の応急処置の感は否めない。選手に休みを与えた時点でこうなる事態も想定していただろうが思いのほか手間取っていると言う所だろうか。仮にオーストラリア戦に敗れることがあったら、岡田監督への風当たりは強くなるだろうが、基本私の評価はあまり変わらないだろう。

オーストラリアに敗れても日本はW杯に行ってしまうだろうし、休みの効果は少なくとも次のJリーグシーズンを通してみないと分からないからである。今シーズン代表主力レベルの選手の怪我が少なければ、2010年のW杯にも当然継続してアドバンテージを持ち込める。こういっては何だが、2009~2010年にかけて他国代表メンバーに怪我やモチベーション低下などあれば、岡田監督の配慮は一層価値を増すだろう。つまり少なくとも来年まで、私は目先の勝敗だけで評価を下せない。


これ以上若者に鞭打つな
ここまでお読み頂き、大多数の読者の方は既にお気づきかもしれないが今日の本題は選手のケアについてである。題名も無い頭を振り絞って、なるべくセンセーショナルに「さらに選手を鞭打つな!」と書いたが内容はあまりにも地味、選手のコンディション作りについてである。
騙したようで後味悪いが、更新まばらの辛口弱小ブログだから多少なことは、まぁよいだろう。さらに一説によると、「弱小」の前に「妄想」が付くのだそうである(笑)。

この時期の日本代表に内容を求めるのはかなり酷で、代表外の選手は1年に一度の長期休暇に日頃の疲労を必死になって抜いている時期である。人が休んでいる時にも「名誉」一つの為に働いている人間を、普段より出来が悪いと酷評するのも、可哀相な気もするのである。単に私以外の世間が酷評に染まると当ブログの立つ瀬が無くなるという事情があるのはここだけの内緒である・・・・。

私はまだ態度を決めかねているが、Jリーグの秋冬制導入議論ではマグノ・アウベスやバレーの辞め方や、シーズン途中、中途半端なストーブリーグで馴染み難い移籍をしなければならなかった、大久保、長谷部、水野、小野辺りの欧州冬移籍組を見ていても賛成に傾くのである。
「そんなもの来シーズン始まってから取り返せば良いではないか」と言われる読者の方。貴方は新卒と中途採用の打ち解け難易度の差を跳ね除ける適応力&社会性の持ち主だと言うことだろう。日本語NGの環境でもその能力がいかんなく発揮されるよう、付き合い下手な書き手として祈っておく。と、ここまですれば、言わんとすることの重大さがお分かり頂けるだろうか?。

話は変わって先日、20代の食生活が不規則でアンバランスな人は、そうでない人に比べ40代で糖尿病が発症する傾向が高いと報道されていた。20代からの継続的な食の管理が40歳を超えて物を言うという話である。

直接この話に関係は無いが、私はまず休みと言う言葉に敏感である。選手は所属クラブや代表でそれは数少ないプロ契約を勝ち取った戦力としては大事にされているかもしれない。
反面、若くて無理が利くガタイだからと、OFFの時間がどれだけ確保されているのか疑問だ。別に選手の遊び呆ける時間を増やせと言っているのではない。どちらかと言えば拘束してでも疲労を抜けと言う話である。

しかもこの点で明らかに欧州より遅れているのである。彼らがバカンス中にJリーグは中盤。肉体に掛かる負担や損傷に比べ、来シーズンの戦いに備えるべきオフはあまりにも短い。そしてそんな本来オフ中であるはずの今、選手たちに「バーレーン戦の負けは許さない!」と過度のプレッシャーをかけるファンは、本当にサッカーファンの資格があるのかと、ふと疑問に思う瞬間もある。

別に岡田監督の擁護をしているのではない。このやり方ではメンタル的に十分健康な人材でも、シーズンを追うたびに精神的肉体的に追い詰められてしまい、必要以上に選手の引退を早くしているのではないかという懸念である。
先の記事の中澤のように

「日本ってベテランに厳しい国だと思いませんか?」

とベテランを粗末に扱う要因になっていやしないか。要はベテランに厳しいとは、ベテランに至るまで選手を長持ちさせるという発想がJリーグ、更に日本社会全体に欠けている結果

本来ベテラン以降も活躍可能な選手をすり減らし、激変させてしまっている=使えないベテランが多いからベテランに厳しい。

のではないか?と考えられるのである。これは結局は若手に厳しいということである。
派遣の雇い止めなどもこの点で同様の傾向が如実に現れた結果と言える。若者に厳しい日本というのは皆の責任だしこのブログでは話がずれてしまうのでこれ以上扱わないが。


世界一効率良い育成を目指せ
海外でもうつ病などメンタルで苦しむ選手は居る。うつの大敵は過労である。サッカー選手のライフスタイルは特殊で、肉体的負荷が特に著しく高いだろうが、その一方で勝ちを求める周囲からのプレッシャーは、通常の職業では考えられない量と質があるだろう。仲間であるはずのメンバーと激烈なポジション争いも私には到底耐えられそうもない。ロナウド(Cロナウドではない)も「成功して最も辛い事は?」と聞かれ、「周りからの嫉妬が一番大変だった」と以前語っていた。想像に過ぎないが、子供の内もポジション奪われた子の親に嫌がらせをされたり、相手の特定できない悪意に沢山晒されて来たんだろう。私が考えてしまうのは、中澤も日本サッカー界がロスしたように、日本は人材の不必要なロスなど起こしているほど恵まれた育成力を持っていないということである。メンタルに弱い傾向のある選手であっても、きちんとしたケアがありさえすれば将来の中村や遠藤以上に代表やクラブで日本全体を引っ張っていくような可能性があるのである。
小学校、中学校、高校、ユースなどで

「メンタルが弱い」=素質に問題があるから無理。

という(私から見たら)指導側の能力不足が要因で日の目を見られなかった逸材もきっと居るはずである。そこで「ではメンタルの弱い子をどう育てれば良いのか?」を学ぶきっかけと姿勢を改められないようでは、サッカーを好きとは言えないのではないか。先日読んだ将棋の子でも競争世界でのメンタルケアが、結局はファンを初め業界の為になると実感した。結局サッカーも感情を持つ人間がする行為である。他の国が捨てるような人材であっても育てられるノウハウがあれば、例え目に見えた数値として具体的には表れなくとも確実に日本全体の選手レベル底上げに寄与出来るだろう。

サッカーの技術教育に代表される、ピッチの上で必要なことを教えれば、後はそいつがどうなろうと知ったことではないという無責任な育成からは決して生まれない発想だろう。日本のサッカーの実力は弱い。だから少しでも補えるようにメンタルケアを世界一充実させよう。という取り組みだって十分意味がある。同じことをやっていても欧州を初めとしたサッカー先進国に追いつき、追い越すことは出来ないからである。まずは代表常連組のOFFに心を配る。こう言った小さな所から、既に勝負は始まっているのではないか。

posted by karakuti |04:00 | 選手を守る | コメント(14) | トラックバック(0)
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2008年09月25日

[西川周作を守ろう]第3回 非紳士的行為こそ面白い

相手を欺く行為はサッカーの本質だ。

今回は「子供に有害派」の方には是非読んで頂きたい内容である。第2回から大分間も空き他記事も挟んでしまったが、丁度最近の記事に関連した内容である。今日は最近の話題に関連しながら、非紳士的行為の公言を機会に少しだけ触れてみたい。

マテラッツィはプロフェッショナルだ


マテラッツィは対戦相手に備え、わざわざ話せないスペイン語で侮辱する言葉を覚え、試合中に流暢に相手を侮辱したらしい。「そんなことをする暇があったらプレーを磨け」と言う意見もあるが、プレーを磨く側の「楽しんでサッカーや練習をする優等生」の限界はロナウジーニョである。楽しめなくなればそこから持ち直すには異なる能力が必要になる。良く言われる心技体以外のプラスアルファを挿す。

ぎりぎりの相手との連戦の日々、普通なら「もうサッカー疲れた」となりそうな所。磨り減らず、自らを律し相手への備えを怠らない。そんな心を持てるマテラッツィのように「雑草魂」あるプレイヤーこそ実は最も強い。彼の侮辱行為も「カードを貰わず乱せるなら儲けもの」。徹底した勝負への執着心が生み出した“スパイス”に過ぎない。

だが代償は決して小さくなかった。彼は今期のCLでもダークなイメージから、明らかな審判からの狙い撃ちでフェアプレーにも関わらず退場とさせられた。ジダンとの一軒以後「彼は悪質」というイメージが定着してしまった。ピッチを去るときも悔しさをにじませながらも黙々と歩いていたが、どこか彼の後姿から審判のミスジャッジすら「仕方ない」と受け入れる雰囲気を感じた。マテラッツィの心中を察すると、筆者の方が辛くなった。プロとして潔い姿ではあるが、試合前から審判にマイナスの先入観を持たれるのは、選手として重すぎる代償だ。彼は今もそれを払い続けている。ジダンの頭突き事件はまだ終わっていないのだ。だが彼も上記のように大きなものを失った以上、もう充分ではないだろうか。
仮にJリーグの優勝決定戦、日本人同士で同様の事件が有った場合、2試合の出場停止と罰金という最低限の調整だけでサッカー協会とファンは許すだろうか。西川選手への処罰を見るに怪しい。江戸時代の裁判のように、脱法的、感情的罰則が行われかねない。一人に責任を押し付けて万事解決のようなフリをする日本の悪しき体質である。
オシムは「欺けないのは日本の社会全体の問題ではないか?」と言った。読み手の貴方はどう思うだろうか。

“マリーシア”は少年時代から始まっている

サッカー少年達の間でも、実力に劣ろうと口先で調子の良い子がコーチに気に入られ優遇されているかも知れない。そのとばっちりを受け、中村俊輔を凌ぐ才能の子がコーチの単なる一個人の趣向で「伸びないレッテル」を張られ潰されてしまったかも知れない。競争社会の勝者は、敗者から見たらどこかしら常に「汚い」のだ。それは「才能」そのものの保有を含めてである。オシムも、才能が子の成長に重荷となる怖さを知らなくてはと語っている。彼ら”若き才能”を見出しまっすぐ育てるには、この「汚さ」をいかに汚いまま保てるか問われているのではないか。
世界では、更に過酷な競争を潜り抜けた猛者が日本人を待ち受けている。彼らは当然日本人よりもガタイも強い上に「汚い」。

選手が明らかに意図的、故意な反則行為を行うのは大別して

  • 1.相手に追い詰められている

  • 2.相手をいら立たせている

の2パターンがある。量としては2が圧倒的に多い。筆者の好みでは相手選手を苛立たせようとする立派なプレーだ。日本代表では旧岡田ジャパンのW杯戦以後、こういった勝ちたい意欲に溢れたプレーを個人的には見たことが無い。正々堂々とやって勝ちを目指すなど強いチームだけがやれば良いのだ。アジアはともかく、日本など世界相手ではまだその段階には居ない。よって、世界で戦う為には初めからフィジカルというハンデを背負う日本が対抗するにはマリーシアな選手の育成は必須なのである。ピッチ内では如何に相手のペースを乱すか、虚を付くか、騙し合いのスポーツで乱される方が悪い。そう言った人間の汚い面も清濁合わせ飲むサッカーという存在が、人間臭くて筆者は好きなのだ。「サッカーは紳士のスポーツ」と言う言葉は選手やサポーターが「汚らしさにまみれた戦いをピッチ外やスタジアム外に持ち出さない為」にあるルールに過ぎない。他記事でも書いたよう決して「『誰に対しても紳士』のスポーツ」では断固としてないのだ。


アルゼンチンの育成に見る素材の磨き方

アルゼンチンでは(かいつまんで言うと)サッカーで子供を育成するときレッドカードとなるプレーをイエローに、イエローカードとなるプレーをファールに、ファールを取らずにプレーさせるらしい。この中から数々の個性的なスターが生まれ(筆者の嫌いな)メッシも出ている。

子供の育成の視点から見たとき、あなたならどちらを選ぶだろうか?

  • 1.子供は育てるもので指導を適切にするべき
比較的日本の育成システムである。

  • 2.育たないと潰される(敢えて)劣悪な実戦練習に子供を置くべき
当然上記のアルゼンチンの育成システムである。
(同国に体格は日本人以下でも若くして完成された選手が多いのは、この育成方法の違いが関係あるのかも知れない。)


両方のバランスに取れた環境が理想だが、比重を置くならどちらが適切かサッカーファンの方々では、意見は分かれると思う。筆者も難しい。だが、親の立場で我が子を預ける先としてを見たらどうだろうか。筆者でも2を選ぶのは親心がどうしても邪魔をしてしまう。時に「自分の可愛がりたい欲求」を子供自身よりも大切にした結果子供を潰してしまっては居ないだろうか。筆者が考えるに、彼ら過度な保護者は日本サッカー界の将来にとって「有害」である可能性すらある。勿論筆者の好きな、ルール内で知恵の限りを尽くした「人間臭い」サッカーにとっても「有害」である。
だが、日本人選手が強くならなくとも、(筆者が嫌いな)健全すぎるサッカーを求める声も当然あるだろう。現実には彼のようなファンが、金銭、資源供給(我が子にサッカーをやらせる)両面でサッカー界を支えているのは事実である。よってサッカー協会が彼らの声無視できるわけはなく、(個人的には今回の処分も重すぎると思うが)現実には至極妥当と言える。


※注意
以前の記事で
>私にとってのオシムさんは世界的に有名な監督である前に同じサッカーを見れる唯一の仲間でした。
と書いた後、こんなコメントが寄せられた。
「自身をオシムと同様に描かれる事は、危険ですよ」

今回の記事もオシム氏の発言を引用している以上同様に取られかねないので一言付け加えておく。
筆者はこの記事を書き終えるまで、引用したオシムの発言を知らなかった。たまたまネットで見つけたので補足に加えさせて貰ったに過ぎない。筆者がオシムの真似をしているのではなく、別の所で育ったサッカーの見方が今回の側面に関してはたまたま同じ見解を含む事柄だったのである。以前も書いた通り、オシムと筆者の考え方の違いは多々ある。決して相容れないであろう点も確かに感じる。だが、当ブログでたびたび書いてきたように、一言で”サッカー”と言っても、その意味するところは人により全く違うのである。だがオシムはなんとなく、好きなサッカーは違えどその前にまず筆者と同じ『サッカー』を定義している仲間なのである。一番分かりやすいのは、オシムも筆者も育成が好きだ。ただオシムからしたら筆者などサッカーを知らぬ若造に過ぎないかもしれないが。世界最新のサッカーを見ようと全く理解していない人。マイナーな地区リーグしか見ずともサッカーを本質的に分かっている人。筆者の周りにも様々な人が居る。読者の方々も感覚的に『同じサッカー』を見れる仲間を持つ方なら、筆者の歓びと、決して自分とオシムを同一視していない事を、ご理解頂けるだろう。

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posted by karakuti |09:35 | 選手を守る | コメント(6) | トラックバック(0)
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2008年08月07日

[西川周作を守ろう]第2回 成熟したサッカーには悪役が必要だ!

成熟した文化には悪役が必要だ!

また異なる視点から述べてみたい。まず西川選手自身もどう考えても意図的に今回の騒ぎを起こしたとは考え難い。周囲も西川選手の警告対象となったプレーは批判されるブロガーの方も(筆者が見た限り)居なかった。だがその後公言した行為又は、協会の罰則には否定的な意見が多い。
しかしサッカーをエンターテイメント、ショーとして捉えれば悪役(ヒール)は大切な存在である。世の漫画、映画、小説、悪役無しでは成り立たないものがある。これは「無害」なはずの子供向けアニメ、アンパンマン、おじゃる丸など現行放送中番組ですら例外ではない。ここで考えてみよう。サッカー界には悪役は要らないのか、と。
例えば、近年のJリーグでも、ダービー、クラシコ、因縁の対決、日本では馴染みの言葉まで取り出して、人によっては必要以上に見えるほど対決姿勢を煽り、互いを悪役化することで盛り上げている。他にも監督やコーチ、選手自身も対戦前に「相手チームを見返してやろう」などと相手が自分たちを低く見ていると勝手に盛り上げて戦意を奮い立たせている。これも広い意味で悪役である。この構図は世界でも例外ではない。上記のようないわく付きの対戦は大概客の入りも良く、興行として成功している。歴史を遡れば因縁が先か、商業目的での巧妙な宣伝が先か、良くサッカーを知るファンの方でも判断は難しいのではないか。
筆者に言わせればフィーゴはレアルファンに試合の前々から子豚の頭などをサポータに用意させるほどサッカーを盛り上げた素晴らしいプロである。翌年はさすがにプロに徹しきれず、レアル戦前にイエローを貰って累積警告による出場停止を貰い難を逃れた(勿論フィーゴは公言はしていない(苦笑))。一度目の壮絶さを経験してしまった以上、生身の人間として見れば致し方ない事である。だがサッカー選手は皆生涯に1度で良いから機動隊にジェラルミン盾で囲まれながらCKを上げて、サッカー界全体を盛り上げて貰いたい(苦笑)。

対戦カードは忘れたが、マンUのファーガソンも一昨年のCLでスタメン所属選手の因縁のチームと対決する時、観客の罵声による選手メンタルへの悪影響を計算に入れ、敢えて出場させなかった。選手本人は出る気満々でファーガソンの采配に不満そうだったが、指揮官としてそこまで備える姿に筆者は感銘を受けたのを覚えている。選手は多分「古巣?のファンの前で成長した姿を見てもらいたい」位の甘い考えで出場を希望している印象だった。だが現実にはその“ファンに受け入れられる気満々”の状態で罵られたら、後々までパフォーマンスに尾を引きかねない。そんな雰囲気を呼んだファーガソンはやはり名将である。ちなみに試合は当然マンUが勝った。また広い目でサッカー界から見れば「出てきたら罵ってやる」と不純な動機でスタジアムに足を運ぶファンも熱烈で確実な収益を見込めるコア客に当たるかも知れない。選手や監督、チームは、彼らの「正義」や「愛情」の御旗の元、結果の善悪問わず常にその標的とされている。


悪役の程度と資質

日本ではそろそろ悪役が必要なのではないか。プロレスなども筆者から見れば“それ”だけで成り立たせた、という意味で極めて洗練されたショーである。ただ、ラツィオなど、クラブから金銭を巻き上げるほど癒着したウルトラ・サポーターは行き過ぎである。ここで肝心なのは悪役は共通してどこか「憎みきれない」所が無ければ成り立たないという事実である。バイキンマンが出演しないよう本気で願っている子供も居るとは思うが、それは「居ない時すら存在を意識させる魅力」がバイキンマンたる所以である。憎まれ過ぎて排除されたり潰されてしまっては元も子もない。筆者は今回の公言問題に対するファンの反応も、そういう元も子もない大人気なさを感じる。
悪役を応援するファンは必要であるし、ダービーでは両チームサポーターが罵り合ったりしているが、他者から見れば特にどちらも悪役ではない。両チームが対戦するときだけ互いが悪役になるのである。
世界的に見た時、サッカー界には悪童と呼ばれる選手や、ダーティーな監督、オーナーが居る。個人的印象でいえば今はモウリーニョ監督など立派な悪役としてサッカー界を盛り上げている逸材だ。彼のサッカーを嫌いと言う人は結構居る。だが、嫌いとは好きの反対語ではない。好きの反対語は無関心であり、嫌いの反対語も同様だ。自分のひいきのチームの相手が「無関心」なクラブの時より、「嫌い」なクラブとの対戦の方がかえって見てしまうのではないか。サッカーはショーである。見て貰えて初めて成り立つ。モウリーニョの例を見るに悪役に適したポジションは選手よりも監督かもしれない。選手は悪役を演じただけでも、「協調性にかける問題児」として自らの価値を下げ、サッカー選手としての人生を棒に振りかねない。幾らサッカー界に悪役が必要だからと言って、自分の年俸や将来性を犠牲にして悪を演じさせるのは酷である。本人がやりたいなら願ってもない事だが。この辺は悪役ではなく、ゴン中山を超える“キャラ立ち”したタレント的選手の方を目指して欲しい。最近は強烈なキャラが見えず少し寂しい。


批判するファンが悪い

西川選手の発言は大分サポーターは大概公言は非難しつつも彼自身は擁護している。ここで初めの筆者の立場を思い出して貰いたい。

「プレー自体は良い、公言も良い。擁護・罰則するのは普通。批判する方が悪い。」

大分サポーターは当然擁護する立場で上で言う普通にあたる。ここで「悪役」とさせて貰っている「批判する人々」とは

  • 第一に、既出の過剰な保護者である。
  • 第二に、公言は悪いとするサッカーファン達である。

少々分かり難いが筆者は個人的には「公言は良い」と思っているが、世間的には、「公言は悪い」(と受け止められている)と考えている。ここで問題となってくるのは「悪い」を利用しようという発想がなぜサポーターから出ないのかという所だ。上で書いたように悪はサッカーを盛り上げる大切な要素であり、日本ではまだまだ足りていない。それは言い方を変えれば、他のエンターテイメントと比較して、サッカーが文化的に「根付いていない」何よりの証拠ではないのか。折角悪役のイメージの付いた選手を良い行いをして印象を払拭させるなど、勿体無いこと、この上ない。西川選手の公言を「悪」として受け止め、それをサッカーをより盛り上げ発展させる為の糧としてしっかり活用出来ないのか。上で書いたように西川選手は意図的に悪役を演じられる器であるとは思わない。しかし、俳優界では津川雅彦さんがしっかりと悪役を演じ、今日の評価を現実とした。背景には何よりも映画界に悪役を受け入れる文化が有ったからである。

西川選手は悪役起用を見送るとしても、日本サッカーは、又日本サッカーファンはどうであろうか。今回の事件もサッカー文化の成熟さが問われてはいないだろうか。悪しきものも逆に栄養とし日本サッカーを繁栄させる糧とする。器の深い発想が出ない観衆。そんなファンの底の浅さが本当の悪なのではないか。
よって協会に対しても、西川選手に対しても、批判する方が悪、とさせて頂いた。

大分のサポーターの方々は、今回の事柄で西川選手を「美味しい程度で適度に罵る」対戦相手のサポーターが居たら、余り固く考えず、サッカー界が盛り上がるなら良いか。位の広い心で見てあげて欲しい。ただ筆者は甘いので西川選手がそれに耐えうる器の選手でないなら、残念だがスタジアムでこの話題に触れるのは控えてあげて欲しい。


おまけ

ブログの立場と執筆動機

西川周作選手が故意による警告受けたと公言した問題に触れてみたい。
既にサッカー協会の処分やクラブ側の対応も固まり、一旦決着を見た段階である。他のブロガーさん達も他の話題に移っている段階だが、逆にサッカーファンの意見は出尽くした時期とも言え今回の出来事を通して、透けて見えてくるファン側の対応にものを言いたい。


目に付くサイトには回ってみて色々な意見を読ませて頂いた。要約すると大体次のどれかに当てはめて良いかと思う。

  • 1.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い

  • 2.プレー自体も公言したのも悪くない、行き過ぎた罰則は悪い

  • 3.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い。だが西川選手を応援していく。

どの意見も一理あり、それぞれサッカーや西川選手に愛情を持って書かれている。だが、とりあえず数が少ない。サッカー全般のためにもっと色々な意見が有っていいのではないか。折角自由に書けるブログである。むしろもっと色んな意見が無いといけない。と勝手に使命感を感じ盛り上がった所で最近名前負けしている「激辛批評」というブログタイトルに合わせて次の意見をぶつけたいと思う。


「プレー自体は良い、公言も良い。擁護・罰則するのは普通。批判する方が悪い。」

若干思ってもいない脚色を載せ激辛風味を上乗せしているのは分かりやすくする為である(苦笑)。


次回も2週間後更新の予定です。

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posted by karakuti |19:00 | 選手を守る | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年07月25日

[西川周作を守ろう]第1回 モンスターペアレントが日本サッカーをダメにする

西川周作を守ろう]第1回(全3回予定)
モンスターペアレントが日本サッカーをダメにする

子供に有害と叫ぶ人が有害だ

まず故意発言問題の整理をしておく。
主な対象となるのは「子供」に有害と主張する立場の方々である。そう、筆者が一番嫌いな方々だ。誤解を生むので限定しておくが、彼らのサッカーや子供を思う気持ちや愛情には無論敬意を持っている。また、今回の事例が一人の子供にも害が無いとも言わない。だが、忘れてはいけないのは有害を主張する方々も筆者もお互いに「子供当事者」ではなく第三者に過ぎない点だ。仮に今の子供達自身が将来大人になった時、「あのときの西川選手は模範となるよう罰則をもっと強くして欲しかった」と言うかも知れない。だが現状では「大人」が、「他者」である「子供」に有害で迷惑すると代弁して言っているに過ぎない。筆者の知る限り迷惑したと子供は発言していない。また突き詰めれば子供に有害だと言う方々は自分の「個人的教育方針への侵害」であるから(西川選手は)罰則の対象だと言う主張だ。それならば逆に、上記の主張をする大人が世にはばかる事が、「筆者の教育方針への侵害」だと主張したい。
子供は分かっていると思う。彼らは大人が思うほどバカではないし、幾ら大人間での悪意を規制した所で子供同士の悪意(虐め等)をどれだけ周囲が気付けているのかと言う事だ。子供が規制して欲しい悪意はもっと他にある。と、(第三者の)筆者は思う。上記の虐め、過度な学歴社会、連日報道される不祥事、汚職、偽装、責任転嫁。子供の前で楽しくなさそうに生活する「大人の見本」たる親の姿、そして何よりも将来に希望を持てない社会作り。それらをまず規制し罰するべきではないのか。
言いたいことを言う自由が(少なくとも筆者には)保証されている。だが西川選手にはJリーガーという立場上、今回の発言を制限すべき一線は当然ある。だが今回の処分は行き過ぎでは無いのか。厳しすぎる風潮や雰囲気こそ、子供たちの希望や自由ある将来に「有害」なのではないか。筆者はむしろ子供達が、今回の事柄で、「社会は言いたい事を言うと(悪意が無くとも)罰せられる」と社会の閉塞感を感じる可能性もある。


一方的な処罰より考えるきっかけとして欲しい

こんな意見もあるだろう。

「子供たちは善悪を判断する能力がまだ無いから西川選手に罰則を与え見本とせねばならない」

だが、コーチの指導を熱心に聞く素材が伸びるとは限らない。大切なのは物事を自分で考え、消化して実行する能力ではないのか。大人は、ただこう子供に聞けば良いのだ。

「今回の西川選手の行為をどう思う?」

こうやって子供に考えるきっかけを与え、自分で考え判断する力を育てる以外、大人に何が出来るというのか?。大人が一方的に罰し、「悪い事をするとああなる」と見せしめるより、何倍も子供の為になるのではないか。罰則を求める親たちや子供の周辺の方には、子供の「考える力」を育てる責任を放棄していないか逆に問いたい。未来の素晴らしい日本人サッカー選手を期待する筆者として、今の子供の「考える力」育成は外せない関心事である。

筆者は本当の所、子供たちには、プロサッカー選手はチームのために(時に当人がやりたくなかろうと)累積消化目的の警告行為すら求められる(可能性がある)ことを学んで欲しい。今回の行為だって監督が西川選手に指示をしていない保証はない。彼がそれは言わなかっただけかも知れない。むしろ私としては監督には「機会があれば(カード)貰って消化しておけ」と言っていて欲しい。それでこそ全力でチームを勝利に導く指揮官に相応しい(この辺はサッカー好みの問題だが)。筆者の好きなダウンタウンの松本氏も著作内で語っていたが、松本氏の教育上「有害」な行為に負けるほど、親の教育力が弱い証拠ではないのか。極論すれば、親の教育力の無さをツケを西川選手一人払わされている形とも見える(個人的には言いすぎだけど(笑))。過保護な親に、資源たる才能や社会の自由が必要以上に奪われるのは出来ればもう見たくはない。


本当の被害者は「何となく悪い気持ちになった」人達

また、子供を持たない方々(又は子供の教育に関心の無い方々)が規制を求める背景には、上記の大人それぞれが「自分が言いたい事を言えていないのに人様が言っているのは許せない」という日頃の蓄積したストレスなどの理不尽な「悪意」を多少なりとも感じる。そこで同じようにサッカーファンの方に尋ねたい。この社会全体の閉塞感は次世代の才能を伸ばすのに「有害」ではないのだろうか?。今回の処分を通して「正直何が悪いのか分からない」人も居るだろう。処分から「自分が悪いと思わない行いでも罰せられる可能性がある」と漠然とした社会に対する悪いイメージを少なからず持つだろう。ダシに使われる子供達よりも、そんな「何となく悪い気持ちになった」人達こそ実は被害者なのではないか。
筆者は才能ある人々(ここではJリーガー)には一般大衆よりも自由を与えて良いと思う。金銭、名誉、注目、賞賛、羨望。引き換えに彼らは大衆の期待というプレッシャー・ファンによるプライベートへの侵害・熾烈なポジション争いなど「有名税」を常に背負っている。自分がコンビニすら気軽に行けない程、(自分の知らない一方的な)知人に囲まれた生活など筆者なら送りたくない。勿論プロとして必要な最低限の常識というものは当然ある。今回の西川選手がそれを欠いていたという批判が出ることは否めない(←筆者的に苦しい言い回し)。だが、束縛は最小限にして、彼らの「仕事」に専念させた方が結果的に良いプレーを見て得をするのは大衆ではないのか。誰が何と言おうと、彼らは「特別」なのである。才能への敬意を見る側は忘れてはならない。子供たちも自由だけど責任もこなす、そんな格好いい大人としてのサッカー選手に憧れ、自らもサッカー選手を目指す動機になってきたのではないのか。

※以前の記事過去パンツを盗んだ奴は一人もWカップに出てないのか?の中でも「才能のあるものは麻薬を初めとした禁止薬物(ドーピング)にどうしても近い位置に居てしまう。」と書かせて頂いている。(興味があればご一読下さい。)

次回は1~2週間後の予定です


おまけ

下記のニュースなどを見るに昨今の保護者たちは少し行き過ぎている気がする。興味があればどうぞ

軽症でも安易に救急外来「コンビニ受診」減らそう

「白雪姫が25人」日本のモンスターペアレントを英タイムズ紙が紹介、欧米人の反応は…

英タイムズ紙原文


ブログの立場と執筆動機

西川周作選手が故意による警告受けたと公言した問題に触れてみたい。
既にサッカー協会の処分やクラブ側の対応も固まり、一旦決着を見た段階である。他のブロガーさん達も他の話題に移っている段階だが、逆にサッカーファンの意見は出尽くした時期とも言え今回の出来事を通して、透けて見えてくるファン側の対応にものを言いたい。

まず目に付くサイトには回ってみて色々な意見を読ませて頂いた。要約すると大体次のどれかに当てはめて良いかと思う。

  • 1.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い

  • 2.プレー自体も公言したのも悪くない、行き過ぎた罰則は悪い

  • 3.プレー自体は悪くない、公言したのが悪い。だが西川選手を応援していく。

どの意見も一理あり、それぞれサッカーや西川選手に愛情を持って書かれている。だが、とりあえず数が少ない。サッカー全般のためにもっと色々な意見が有っていいのではないか。折角自由に書けるブログである。むしろもっと色んな意見が無いといけない。と勝手に使命感を感じ盛り上がった所で最近名前負けしている「激辛批評」というブログタイトルに合わせて次の意見をぶつけたいと思う。

「プレー自体は良い、公言も良い。擁護・罰則するのは普通。批判する方が悪い。」

若干思ってもいない脚色を載せ激辛風味を上乗せしているのは分かりやすくする為である(苦笑)。

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posted by karakuti |21:00 | 選手を守る | コメント(8) | トラックバック(0)
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