2008年03月28日

オシム退院に寄せて

故池田昌子さんの著作の中で印象に残る言葉がある。

「お前らとは覚悟が違う。」である。

一つ目の用いられ方は

「お前らとは覚悟が違う。こっちは生活がかかってる」

プロがアマに対して口にするセリフだ。
当ブログの反響や多くのサッカー記事でも同様な意味合いの物が見受けられる。

「ブラジルなど貧しい国の選手とは生活がかかっていてハングリー精神が違う」

日本人の執着心が足りないから通用しないという類のものだ。


私は大概「それでは経済先進国でなおかつサッカー大国があるのは何故ですか?」
と聞くようにしているが、実はこれはインスタントな分かりやすいだけの返答である。

生きる手段としてのサッカー選手。これはこれで悪くはない。
値段の付くポジション、値段の付くプレー、値段の付く言動を行えば良いだろう。

ただ大きな欠点が1つある。流行に流されることだ。
生きる為ならどんな事でもする。
汚い事でも、自分の主義に反する事でも
最大の優先事項は金を稼ぎ生活する事だからだ。

この意味でプロとは、汚い保身にまみれた寄生虫で
どの業界でも彼らは巣食っている。
自分達が一番偉いんだと言う顔で、
自分達の作るものこそ素晴らしいと信じて疑わない。

「生活のかかっていない奴が意見するなど百年早い」

親が子に言うセリフのようにアマに向かって、
新人に向かって言い放つのである。
「食えていない内は半人前だ」
少し古いが自己責任という言葉に通じるものがある。
「自分の食い扶持に責任を持ってこそ、説得力がある」
というものだ。

しかし、この大きな世界の中で自分という人間。譲っても家族、親類が
「食えるかどうか」などはこれっぽっちも重要な問題ではない。
食えようが飢え死にしようが、大概代わりは幾らでも居る。

「覚悟」とは何かを突き詰めていけば、
「自分が生きる手段」としてサッカーに携わるのは
決して本当の「覚悟」とは言えない。

歴史に残る天才がそうであるように
「自らの生活にかかわらずそれをせずにはいられない」

即ち、「サッカーをするために生まれてきた」のであって
「生きる為にサッカーをする」一般的な覚悟とは位が違う。
彼らはサッカーが出来ないのならそれが死なのである。

2つ目の用いられ方は

「お前らとは覚悟が違う。こっちは命をかけている。」である。

今度は多くのプロに向かって言うセリフだ。

この覚悟を持つものにとって、携わり方がプロかアマかは意味を成さない。
賃金の支払われる職種の形態など、所詮今一番ましなシステム(民主主義など)に過ぎないからだ。
新しい取り組みは基本的に無給である。
よって多くの先駆者は「アマ」だ。

即ち、自分の生活や健康、家族、名誉・財産、地位、権力。
サッカーを続けることで全てを失ったとしても、
彼ら本当の覚悟を持つ者はやらずには居られない。

生きる意味、それがサッカー。

これこそが覚悟のある選手、監督、指導者ということだ。
国が豊かかどうかは関係ない。この覚悟を持てるかどうか。
指導者はそういった気持ちを選手に対し育てられるかどうかが重要である。
当ブログで連載中の欧州移籍に関して言えば、どれだけその覚悟を持つ人材を欧州に送り込めるか。また覚悟を持ち続ける為の支援が出来るかという見方になる。


だが行き過ぎた覚悟は、死を呼び込み早めてしまうのもまた事実である。

そして、オシムはそういう人だ。

有名になり過ぎた「考えて走るサッカー」は彼を表す言葉ではない。

「選手は24時間サッカーのことを考えろ」こちらの方が彼の本質を表している。

だから本当にオシムという人を知り、彼が好きならば、
千に1つ、彼が再び「命を縮めるサッカーとの携わり方」を選んだとき
心を鬼にして止めなければならない。

彼の生きる意味と食い違ったとしても、
私はオシムという1つの命のファンだ。

川淵C、オシム氏に“指導者教育”希望


関連記事
さよならオシム①

さよならオシム②

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posted by karakuti |18:50 | オシム | コメント(8) | トラックバック(0)
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2008年02月03日

サヨナラ。オシム。その2

私にとってのオシムさん

私にとってのオシムさんは世界的に有名な監督である前に同じサッカーを見れる唯一の仲間でした。
なので、私は「監督オシム」が亡くなる(監督業に付けない状態のこと)っても
極論すれば同じサッカーを見れる「サッカー観戦仲間」であるオシムが存命であればそれで良かったのです。

昨日のオシムさんのメッセージにも私のプロフィールに通じる内容が含まれています。
「どんな結果であれ、良いサッカーが勝利者となりますように。」

これは代表的な例ですが、他にも
「エッシェンとロナウジーニョはどちらが良い選手ですか?」
等と言うのもあります。

決して全てではないが、多くの日本サポーターの無知ぶりに閉口するだけだった私は、ある日オシムさんが発する一言一言が
「本当のサッカー」を知る者にしか表現できないものが、
見え隠れしている事に気が付きました。

初めは疑いましたが、やがて彼の見るサッカーと私の見るサッカーが非常に近いものであることに
気づき日に日にその思いは確信へと変わっていきました。。
勿論オシムは攻撃的なサッカーを好み、私は守備的なそれが好きなのですが、
まず「サッカー」の意味する対象が同じであることすら実は稀なのです。
この意味でオシムさんとは好みは違えども「サッカー」の定義が非常に近かった。


「本当のサッカー」などと言うと難しく聞こえますが、
分かりやすく言えば、小学生にJリーグを見せた後、
CLを見せれば誰でも分かる単純なことを言っているに過ぎません。

ただ、見終わった子供に「じゃあ何が違うの?」と聞かれた時
同じくらい簡単に説明できるかどうか、
両者の違いを深く理解しているかが違うのだと思います。

残念ながら、昨日観戦する姿からは、昨日の記事の3、「サッカーを学び続ける情熱」が彼の中に生きて機能しているのか、それを確認するには至りませんでした。
意識が戻ってすぐにクラシコを視聴したとのことでしたが
もしかしたら、今はただ試合を見ているだけで、
以前と異なり、更新されない自分のサッカー観に違和感や苛立ちを
感じているのではないでしょうか。
私は今回の発作がそれほど深刻にオシムさんから大事なものを奪って行ったように見えました。

もしそこが死んでしまっていると、(私にとってのサッカー観戦仲間である)オシムさんはこの世から居なくなってしまった事を意味します。

今回の発作に関して、私はこの点こそが堪らなく寂しい。

頭の良い方ですから、自らの学ぶ力が無くなったとしても、甘んじて受け入れ違うサッカーの楽しみ方をするでしょうが、
もしかしたら題名の通り、オシム監督だけでなく
「サッカー仲間のオシムさん」にも
サヨナラを言わなければならない日が
来てしまっているのかも知れません。

「サヨナラ。オシム。」

そうでないことを心から願いつつ、オシム監督へ。

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posted by karakuti |22:55 | オシム | コメント(6) | トラックバック(0)
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2008年01月31日

サヨナラ。オシム。その1

オシム氏メッセージ
オシム氏の様子
2つ目の記事もオシムさんがらみでばつが悪いですが、取り合えずタイムリーなので。


オシムさんの素晴らしさは3点あると思います。


1.相手に考えさせる力

あれだけ語彙を持ち、丁寧に言葉を選び、巧みに自らの思いを表現するオシムのスタンスは
常に発言内容ではなく、その奥にある言葉では伝えられない、本当に伝えたい事を「相手に考えさせる」手段として用いられてきました。
人は自らが考え、気づくこと以外に成長する方法がない事を
人に者を教える監督という職業経験も助けとなったと思いますが
当然のスキルとして誰よりも使いこなしていました。


2.それ(1.)がメディアや他の監督、コーチや経営陣にも
浸透するほどの説得力や影響力を与えられる所

彼を認める(人だけですが)誰もが
「オシムは深くサッカーを知っている」
と感じ、がゆえに彼の言葉に耳を傾ける気にさせて来たのではないでしょうか


3.その根本には還暦を過ぎても日進月歩で進化する現代サッカーを学び続ける
オシムさんの情熱がありました。

あれだけの年齢で新しいサッカーを柔軟に受け入れ自分の物
としていく情熱を持ち続ける力は手放しで賞賛に値すると思います。

その2に続きます。

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posted by karakuti |15:09 | オシム | コメント(8) | トラックバック(0)
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2008年01月25日

来たねオシム節w!

来たねオシム節w!


代表選手を名指しで批判ですかw。
とにかくそこまで回復して何よりです。
ええと・・・個人的に本音で話せば日本代表クラスで批判の対象にならないレベルの選手なんて・・・・・
見当たらないんで無条件で「オシムさん言うとおり」と言いたいんだけど
おいらの場合「批判するのももったいない!」てな諦めの中にいるので
やっぱりオシムさん偉いですね。その情熱にはただただ頭が下がります。
一応書いておくと日本でも年齢が低くなるほど潜在能力が「まだまだ」高い選手もいるし、現行の代表選手だけのせいでレベルが低いわけではないですよ。

誰だか想像するのも面白いです。
やっぱり途中岡田さんの立てたスケジュールの休憩を
無視して雨の中ぶっちぎり(他に誰もいないから(笑))で走り込んで左足痛めてた高原だろうかw。

彼はドイツW杯の時も直前の親善試合で完全燃焼して場を間違えてたし
アジアカップでも予選では得点してたが本戦になると
パフォーマンスが落ちていたような覚えが・・・
彼がエースだとは・・・ああ頭が痛い・・・・・。
エコノミー症候群も仕方ないとは言え「肝心な時には役に立たない選手」
もしくは「大事な試合になるほど比例して活躍できないメンタルの選手」
という評価が個人的には定着してます。

ってオシムが高原を批判してるって決まってないかw。
でも他に思い当たらないんだよな。
パスをダメ出しされてた遠藤かな?
可能性はあるけどオシムはお気に入りだったし
練習内容を見れないと細かいところは分からないと思うんだけど
遠藤は攻撃のセンス無いからなぁ。
ダメ出しされて当然なんだが、治る見込みすらないからなぁ。

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posted by karakuti |02:19 | オシム | コメント(17) | トラックバック(0)
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