2009年01月29日
残念ながらバーレーン戦は見れなかったので腹いせをかねて、今回は激辛と言うよりも雑談をしてみたい。まぁそれでも辛くなるのが私の特徴なのだが(笑)。
たまには見られないのも良い
見れないとなると逆に興味をそそられるのが人間というもの。今回のバーレーン戦は生、録画放送、ダイジェスト放送も無いらしい。放送権を高く売りたい側との交渉が付かないらしい。売る側もネット放送で配信するらしいが、放送権を販売するよりも利益が出るとは思えない。何とも不思議な話ではあるが、試合放送の無い代表戦というのもなにやら不思議な気にさせられる。代表戦、サッカーが娯楽であり、人々に見られてなんぼの存在であることを改めて認識できた。一応試合の流れは若干乗せられている。
試合の大筋はこんな感じ
去年のバーレーン戦を振り返る
見れないので去年のでも書いて溜飲を下げることにする(笑)。
今までの日本VSバーレーンの通算成績は6勝一敗、今日で2敗目。一敗目は去年3月のバーレーン戦。あまり覚えていないが岡田ジャパンの船出の時期、バタバタと敗退した。内容もかなり悪い方で、日本が自滅した感じであった。岡田監督は「目が覚めた」と「俺流宣言」をするのである。私の見た目では、オシムの存在が負担となり、岡田監督は遠慮し、選手はしっかりと導いてくれる監督を失い迷走した感が強かった。当時の記事やブログもその論調で酷評し、「情けない」と批判のお祭りであったのを覚えている。しかし、あの試合は日本が悪かったのも当然あるが、その隙をつけたバーレーンの戦略のようなものが勝っているのを感じた。当然サッカーの分かる一部の人は試合前からマチャラのバーレーンを警戒していた。ソースが見当たらなくて恐縮だが、当時マチャラ監督が警戒していたのは田代だったそうだ。アジアカップ張りのポジッションから+田代で高さを武器にたたみ掛けてくる攻撃サッカーを想定していたのだろう。
だが岡田監督は巻を使い勝機を逃した。当時の巻はまぁいつも通りと言うか、やんわりと言えば自ら点を取りに行くエゴに執着するタイプのFWではない。調子も上向きとはいえなかった。岡田監督は起用法も間違っていたと思う。オシムは巻をゴールゲッターとして起用したことは多分無かったが、岡田監督は攻撃の柱と勘違いしていた。脇役に主役をやらせては劇も役者も潰れてしまう。多分見ている人の何人かは、私と同じように『何故巻?』とフランスW杯時の城のように、「?(クエスチョン)」の嵐が日本中のTVの前で吹き荒れていたことだろう。
片や田代はリーグ戦の中盤から後半にかけて鹿島で存在感を出し、終盤から年をまたいで下降線を辿っていた(だろう)とはいえ決定力では明らかに上だった。岡田監督は旬の素材を使うのが上手い料理人のように調子の良し悪しを見る目は中々だ。多分今の岡田氏なら田代を使っただろう。だが当時はオシムサッカーへの遠慮があった。それが巻のスタメン起用に表れていた。スタメン巻を田代に変えていたら勝てたかどうか。確実なことは言えないが私の見立てでは十分有りうる話だった。
貴方は日本に勝てる?
私は世界で見た時の日本の評価は低いが、アジアでの日本は十分TOP4に入る実力を持てているし、アジアカップに関しても本気で取りにいけば十分優勝が狙えると思っている。要は今この文をお読みいただいている読者の方が、アジアのTOP4以下どこかの国代表監督となり、「日本を破れ」と言われたら、これは至難の業だろう。ワールドカップ出場組とそれ以下の各国のサッカーレベルはかなりのギャップがある。近年その改善が目覚しく、バーレーンやオマーンなど急激に実力を向上させている国は当然あるが、かといって日本(や他のW杯常連国)相手に互角の戦いを行えるか水準かといえば、各国共まだまだものが足りない。
そんな中日本に勝つためには、様々な要素を自分たちの有利に働かさなければ難しいだろう。まず外せないのは
日本側がある程度自滅すること
である。実力を存分に発揮させたら基本勝ち目は無いに等しい。次に
監督が機能すること
である。基本アジアのサッカー中進国に足りないのは、チームとしての一体感である。逆の言い方をすれば個の能力の向上は一朝一夕には立ち行かない為、現有戦力で戦うには、色々足りない持ち駒の選手を、何とか形にするしかないのである。チームを最も短期間で強くするには監督による作用を用いるのが最善である。(別に改まって言うほどのことではないが)
なぜ相手を褒めないのか
去年のバーレーン戦はまさしく監督の力、マチャラが持ち駒を掌握し、日本を分析し、勝機をつかむ最善の努力を重ねていた成果だと私には見えた。得点シーンも川口のミスのように見えたが、あれだけの少ないチャンス(とも言えない様な攻撃)にも関わらず、バーレーンの選手を萎えさせなかったのである。普通自分たちのサッカーがほとんど通用しない展開となったら、意識無意識に関わらずどんな優秀な選手も多少は試合を投げてしまう。これは人間として仕方が無いことで、例えばインザーギだって常に100%のモチベーションでは無い。
話を挟むが今回の放送権騒動だって、日本国内放送が無ければ当然日本選手陣のモチベーションは多少なりとも下がるはずである。とすると、放送権は金が欲しかったのではなく、バーレーン側が放送して欲しくなかったのではないと妄想してみたりする。産油国がそこまでして勝とうとしてくれるとしたら、日本にとってこれほど光栄な事はないし、世界に出た時に使える経験を増やせるかもしれないと思ってワクワクしてしまう。今の日本はアジアでは強くなりすぎて内容は消化試合に過ぎない試合が増えてしまってつまらないのである。
さて話を戻そう。
「勝機がある」と選手が思い続けられるサポートをすることが監督の大事な仕事であり、逆に言えば選手のモチベーション操作以外に、それほどの仕事内容は無いとも言える。サッカーは人がするもので、人はモチベーションによる上がり下がりが最も大きい生物だからこれは必然ではある。日常でも、「頑張れば」「調子がよければ」試合に出してもらえる。という監督と選手の信頼がどんなやり方であれ最低限必要なのだとこのコラムなど見ていたら改めて思った。
バーレーンの元の評価が私が人より低いというのもあるだろうが、マチャラ監督が「よくあの戦力で形にしているな」というのが昨年の敗戦の印象だった。あの試合は間違いなく勝った相手の方が良い試合をしており、オシムの言う「良い試合をしたほうが常にかつとは限らない。だが一致することが望ましい」に適した結果だった。要はあの試合で日本が悪かったというサポーターは私から見たら、サッカーのファンではなく、日本のファンに過ぎないのだ。
相手が良かったのか、自分たちが悪かったのか。同じことを言っているようでいてこの違いはことのほか重要である。例え都合が悪くても現実を謙虚に見ようとする目からしか成長は生まれない。そしてアジアに強豪国が増えるのは結果日本の為になると私は信じて疑わない。オーストラリアの参入も大歓迎である。
改善すべきは攻撃指導陣
だから今回の敗戦も特に驚くことは無い。試合後に見たが側近の日本分析も的を得ている。以前の記事で現代表の攻撃を
“単に「高い位置でボール奪う」「相手を自由にさせない」「少タッチ数で速攻」「サイドを効果的に使う」「FWは積極的に裏を狙う」程度の時代遅れな内容が精一杯”
と私は書いたが特に酷評したつもりもない。酷評とは見たものを酷く言うことであり、私は見たままを言っただけだからだ。
とすると次はその責任を誰が取るのかという話になってくる。岡田監督がダメなのかと言えば、私は必ずしもそうは思えない。岡田監督は以前のフランスワールドカップの時もそうだったがサイドを比較的重視する組み立て方をしてくる。監督として有能か無能かを判断するには、持ち駒の質を考慮して評価しなければならない。日本人選手を用いて今以上の攻撃を展開させられる監督が、世界には当然居る。
だが、日本サッカー協会の予算でその監督が雇えるのかと言えばNOである。予算内で最善の選択。を行う以上のことはどんな人にも出来ない。岡田監督がベストとは言えないがベターとは言えるのではないかというのが私のここ1年くらいの判断である。
では攻撃に関してアイデアの無いであろう岡田監督をどう用いればよいのかと言えば、出来ればコーチなどで補う使い方が望ましい。
これは岡田監督の守備優先サッカーが、政治で言う与党のように取りたいだけ選手を取って、残りで攻撃を行う。という構成ではなく、先に「攻撃にこういう人材がこのぐらい必要」という所からチームを作り、残りで守るのである。
それを今担っているのは大木氏であろうと言われているが、ここが人材不足なのではないかと私は懸念している。
クリンスマンは監督の仕事に分業と言うスタイルを持ち込んだ人物ならしいが、これからは多分代表チームでは顕著にこの形が主流になっていく気がする。
守備を教えられる監督はそれなりに居るだろう(それもレベルによるが)。そして攻撃のアイデアを持つ監督も居るだろう。だが持ち駒に合わせてアイデアを選べるほど豊富な攻撃選択肢を持つ人材は、どこにいるのか私も知りたいくらいである。以前書いた日本のスカウト力を称えた記事のようなスタイル、人材は居るだろうが攻撃に関しては少ない。
しかも、基本世界を相手にしたら通用する攻撃も、使える人数もごく限られる。リスクの計算からサイド攻撃からのクロスを選択したい気持ちは分かるが、それだけでは通用しないのは(私にとっては)先のユーロを制したスペインを見れば分かるのではないか。小柄でフィジカルが弱くサイドアタックの宝庫だったスペインが、サイドに頼らない攻撃を実現したら優勝してしまったのである。まぁマルコス・セナが居たからとか攻撃面以外の理由も確かにあるけれど。
いつ誰がどうやってまで面倒を見ろ
最後の所ではどれだけ良い攻撃を行えるかよりも、それをいつ行うか。なのである。簡単に言っても、昨年のアーセナル、セスクが怪我する前のウォルコットは控えレベルの駒ではなかった。だがどれだけ活躍しようと次の試合もベンチ。レギュラー組に怪我が無い限りベンチであった。
あれは新しい流れなのだと思う。
スタメンで起用できる選手を控えに残しておくことが、新しい戦術なのである。
ウォルコットが速さを武器にするタイプで有効期間に制限があることと、相手DFの足が止まる後半30分前後からが最も有効である部分は当然あるが、それを差し引いても、攻撃陣への起爆剤としての効果は莫大だった。どのくらい大きいかと言うと、ウォルコットが入る前、攻撃陣は手抜きをするくらい大きいのである。まるで単調、やる気の無い永遠に得点が生まれ無そうな退屈な攻撃に終始する。
普通こんな試合展開に陥った攻撃陣は立ち直ることは無い。だがアーセナルは全て計算の上、自分たちの体力だけでなく、'アイデアまでも'出し惜しみ''し、単調な攻撃で相手を麻痺させる為に時間を用いていたのである。
今までも同様な戦術を取る監督・チームは有ったが、あすこまであからさまな試合展開の披露は初めて見た。
一例に過ぎないが、私の言う攻撃指導陣とは、岡田監督に「後半○○分から○○を入れてくれ」と、入れる時間と召集する選手、その用い方に至るまで権限を持つ、もしくは提言できる人材である。
どう攻撃する。とか、どうペース配分する。とか、どう起用する。を個別に相談し、助言するのではなく、「この素材をこういう形でこのタイミングで使いたい」と自らのアイデア実現する具体的なイメージまで説得力を持って周りに納得させられる能力ということだ。
あくまで守備的な監督の下で、攻撃陣を集めてピッチの片隅で「こんなバリエーションもあるよ」と練習メニューをこなさせる程度では、望ましい攻撃指導とは言えない。
よく言われる「'攻撃は個人のイマジネーションで教えるものではない'」という主張ははっきり言って正しい。
だがそういう時はこう尋ねる事にしている。では日本代表は放って置けばそんな攻撃が起こるほど人材に恵まれていますか?と、持ち駒で最大限の結果を望むのであれば、育成好きな私に反する免もあるが、有効な攻撃を選手が行えるよう環境づくりをしたり導いたり出来る力が求められている。
この面で今のサッカーのチーム作りは次の時代の扉を確実に開け始めている気がする。攻撃は、自然に起こるものではなく、起こすものになるのではないか。当然しばらくは門外不出だろうけど、試合を良く見ていれば気づく人は気づくのである。この攻撃には選手のアイデア以上の何かがあると。
posted by karakuti |02:57 |
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2008年12月19日
「スピードの違い」はもう聞き飽きた
私は毎回試合後の選手のコメントを楽しみにしている。当然「記者」と言うフィルターにより編集されてはいるが
それでも言葉のチョイスや選手の試合感と私の感想と照らし合わせて、どの程度周りが見えている選手なのかを計る物差しとして楽しんだりしている。コメントにより普段見ることのできない選手の様々な個性が垣間見える所も面白い。欧州移籍など上を目指す選手。自分の役割に徹する選手。試合自体を楽しむ選手などなどである。
今試合はJと欧州クラブが(ある程度ベストメンバーの公式戦で)当たる希少な試合と言うのもあり、様々なメディアも注目のようで関連記事も中々の数だ。
ブログ、新聞、選手、監督コメントなどをまとめると、総じて「スピードの違い」に触れている。皆が同じように語るので一視聴者の私としては、若干マンネリ気味である(苦笑)。
偉そうな言い方をすれば、『そう言う開催前から分かりきっている事は私のブログのように試合前にUPしろ』と生意気な気持ちにもなる。更に言えば知性とは区別する能力の事であると言う。単に『スピードが違う』という区別しか付かない国民のサッカーレベル(観戦者、試合関係者共に)では永遠に欧州に追いつき追い越す事は不可能である。これは私の前回の記事も当てはまってしまう。4つに分ければそれで良いというものではない。
よってスピードはもうお腹一杯、閉口気味なので今回は少し別の角度からガンバ大阪対マンチェスターUを振り返ってみたい。
マンUの舐めた態度
まず色々なファンがいて、私は後半開始前にカメラにアピールをするC・ロナウドを見て激昂するタイプだ。それは嫌いな選手欄にロナウドを乗せている程元々印象が良く無いせいもあるが、自分で偉そうにJクラブを叱咤しておきながら、いざ欧州のプレイヤーに舐められたような態度(今回のロナウドの行為は単にファンサービスかも知れないが)を取られると、なにやら消化できぬ感情が沸きあがって来る。
スコアは前半で2:0と既に大勢を決し余裕を持つのは当然のことではあるのだが・・・・・。
ファーガソン監督は試合前に少なくともスタメン5選手を公表している。
この辺は監督の性格によるが、オシムさんは「相手に失礼である」として格下相手でも決してスタメンの公表などしなかった。(リンク先のトリニダード・トバゴが格下なのではない)
そしてロナウドの態度、舐められて当然の試合展開で有ったのは否めないが、私は日本サッカーに対する見くびられた態度を感じた。掻い摘んでいうと「マンUが思うほど、今回の結果ほど日本サッカーの現状は低レベルではない」という気持ちだ。マンUが本当にアジアを侮蔑したクラブであればパクチソンを獲得してはいないであろうから、彼らがその意味で欧州で最もアジアや日本を軽視するクラブでは決して無い。がゆえに欧州での日本在籍選手の(実力を反映しない)地位の低さが気になる所ではある。散々日本の実力をこき下ろしている私が腹を立てるのも変な話だが、欧州のサッカー関係者よりは日本サッカーの実情を(多少は)詳しいだろうと言う自負から来るものである。
不公平な前提
試合に関して言い訳をさせて貰えば、去年は浦和のポンテ、今年のガンバはバレー、二川を欠きとベストパフォーマンスとは程遠い状態だった。バレー移籍は少し前の出来事ではあるが、2年連続エースストライカーのシーズン途中での引き抜きに遭い、とてもじゃないが十分な応急処置など不可能だ。今シーズンは苦渋の選択から遠藤やDFミネイロをFW起用したり四苦八苦して急造した「攻撃ガンバ」だった。贔屓目に見ればこれは異常事態である。もしマンUと戦うのであればとりあえずそれなりのがたいの外国人FWと残りの枠も大分のエジミウソンのようなチームにフィットした外国人が欲しかった。
スタメンに外国人枠1のガンバ。スタメンに外国人7のマンU
内訳はwikiの通り
ファン・デル・サール オランダ
エブラ フランス
ビディッチ セルビア
C・ロナウド ポルトガル
アンデルソン ブラジル
ナニ ポルトガル
ギグス ウェールズ
テベス アルゼンチン
途中交代したエバンズ(北アイルランド)やフレッチャー(スコットランド)もW杯出場国単位で言えば外国人である。(この辺ややこしいので間違っているかも知れない)
公平なサッカーは面白いのか
はっきり公平を規すのであれば対戦する両クラブのクラブランキングが低い方(この試合ではガンバ)のリーグルールに合わせて外国人枠を3人に限定して対戦する程度の枷が有ったとしてもおかしくはない。またマンUはこれでもプレミア内で比較的イングランド国籍選手は多い方のチームである。その他マンU(欧州王者)のパフォーマンスが落ちないようにと言う事であればガンバ(ACL王者)の選手交代枠を増やしたり、クラブW杯だけ外国人枠を増やしたりしても良い。(使いこなせるかは微妙だが)
更に言えば他競技同様に体重でハンデをつけても私はおかしくないと思っている。近年の研究されたサッカーは、個々の工夫で体格差を補いきれるほど未発達の競技ではなく、その傾向は年々強まっている。こんな状態での「平等」とは「体格に優れた人種を優遇する」という不平等ですらある。同じ能力の選手が二人いればフィジカルに優れた素材が生き残るのは明白だ。この傾向が進めば将来的にアフリカやカリブ系の祭典と化している陸上100m走決勝のように、特定の人種を競い合わせる競技と変貌しかねない。一応言及しておくが私が個人的にその様にハンデを導入したサッカーを楽しめるかはまた別の問題だ。
Jクラブが勝つためには
少し話が脱線してきたので修正するが、Jリーグファンの方の中にはアジア枠反対の方がまだまだ居る。そうではない方でもプレミアの外国人(EU籍)選手無制限のようにJリーグにアジア籍無制限を導入しようとしたら如何だろうか?。私は賛成だが、多分20%を切る少数派だろう。理由は多くの人が「そんな見知らぬアジア人だけのチームを見たいと思わない」か「日本人選手が冷遇される」など現実的な意見が多く、一理あるものが多い。細かな問題では、財政難クラブでの「薄給でアジア人選手の使い捨て」が起こらないか。また先細りの日本経済に頼ったJリーグ運営で、今後アジアの発展に乗り遅れないか。など等心配の種は尽きない。例えば50年後は日本代表クラスは全て中東や中国のサッカーリーグに引き抜かれている可能性だってある。消極的な意見だが、経済規模から言えば今後Jリーグの規模やアジアでの位置を維持するだけでもやらなくてはいけない事は沢山ある。
クラブW杯は一同に集まって定期的にアジアクラブと欧州クラブが対戦する場を提供しただけでも前進ではある。だがACL王者が勝利する本当の意味で面白い試合が出来るようになるのはまだまだ遠そうである。その道のりの険しさを思うと、クラブW杯も「ただ枠を作った」だけの簡単なステップアップにしか過ぎないのかも知れない。
ハンデの追加により試合が面白くなる余地があるのなら、アジアで開催されるクラブW杯は地元クラブの優遇有っても決しておかしくはない。すなわち欧州クラブ側外国人枠を1~2人にするのだ。マンUが勝つ姿を賞賛するJリーグファンの姿はどうしても若干の違和感が否めない。まずは形だけでも同じ土俵に上がり悔しがって欲しい。ガンバの善戦やマンUのプレーを称えるのはその後ではないだろうか。
私のような欧州サッカーファンは今回の試合結果はすっきりする所もあるが、私的にはそう単純な感情でもないらしい。仮にクラブW杯大会内では外国人枠は3人となったら、アジアクラブの勝率は上がるが、果たして大会は盛り上がるだろうか。
サッカーがアジアに根付いてくれば「欧州の外国枠はズルイ」という意見が当然出てくる時が来るだろう。
posted by karakuti |19:00 |
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2008年09月18日
今回は少し雑談を。今日行われた試合の感想など載せてみたい。一応最近の記事から関連した内容になっているので、この記事へのコメントは不許可設定としてある。書き込みたい方は以前の記事を読まれてからどうぞ。
後半34分 オールボーDF2マイケル・ヤコブセンのファールで何故かDF4マイケル・ボーシャンが退場になる。
http://soccer.yahoo.co.jp/world/uefa_cl/result/1296437.html
浦和 アルカーディシーヤでは 後半20分ベンアシュールのタックルで細貝が倒れたが、その後直ぐ細貝が相手を蹴る。
後38分 堀之内の、ペナルティーエリア外の浦和のファールで何故かPK。
http://www.sponichi.co.jp/soccer/acl/2008/final/0917/002.html
以前の試合でも鈴木 啓太が相手が押して来た後、両手で押し返していた。
http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00060983.html
一つづつ見て行こう。
セルティック戦での退場はもしかしたら4番の暴言などによる物かも知れないが、見ていた範囲ではそのようなシーンはなかった。少なくとも誤審の匂いのするジャッジである。以前のCLでも審判が誤って別の選手をレッドにした後、即訂正したシーンがあった。はた目には一人退場になれば誰でも大差はないかも知れないが、選手と審判の信頼関係はボロボロである。そう言った試合は必ずと言っていいほど荒れる。重要なのはCLレベルでも明らかな誤審が有り得るということだ。
浦和 アルカーディシーヤの細貝。何と頭の悪い選手な事か。筆者の一番嫌いなプレーである。後のジャッジを見れば分かるように審判は決して観察力が高くない。細貝の演技次第では相手の退場になる可能性だって有るのに、私心から相手を蹴りつけてイエローを食らうなど日本の代表クラブとして相応しくない。どんなに気持ちを熱くしようとも頭は常に冷静でなければならない。戦う気持ちの出し方が間違っているし、彼を育成した歴代の指導者にも責任がある。あのようにカッとなるプレーを見せるのは何故か日本人選手に多い。例外も勿論あるが海外の選手はどんなに頭に来ていようと基本的に自分が不利になる行動には慎重である。細貝もどんなに頭に来ていようと報復行為は審判によっては相手のプレーを問わずレッドになる可能性がある。悪質なジャッジであろうと集中力を切らしては自滅以外の何者でもない。
アルカーディシーヤは中々の試合巧者で的確に浦和を苛立たせていたのは良く分かったが、要は浦和がが駆け引きで負けていただけの話である。
鈴木啓太相手を押し返していた試合だが、この試合の審判は後にサッカー協会が抗議するほど酷かった、確かガンバの安田が腹を蹴られた試合だ。だが、これも同様である。相手がプレーと関係ない場面で手を出すような暴力行為をして来た場合、「やられたらやり返す」のに相応しいプロとしての対応は、前記時のカンナバーロのように、その場で顔を抑えて倒れこむ事である。相手のレッドかイエローをノーリスクで狙えるシーンをふいにする日本人選手を見るたび、筆者は「駆け引き」「騙し合い」「欺く方法」を日本の育成やリーグ全体で取り組む必要性を強く感じるのである。特に筆者は鈴木を、五輪時代は確かに荒かったが、もっとクレバーな選手に成長したと買っていた分、非常に残念である。南アフリカW杯でも日本人がキレて退場⇒敗退という図式が出来かねない。普段のJリーグなど国内とジャッジが異なるからと言ってメンタルをコントロールできないようでは不安極まりない。
posted by karakuti |21:15 |
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2008年08月09日
■日本のフィールドプレイヤーは8人
反町監督は開始15分の失点に脅え、貴重な勝ち点を逃した。
アルゼンチン戦は1トップNGと言い切れない押し込まれ方だったが。
この試合は間違いなく2トップが正解。
例え1トップで入ってもトルシェなら前半。岡田監督なら後半開始で2トップにしたかも知れない。私なら前半30分前後に変えていた。
中盤は日本がほぼ掌握し、アメリカの中盤支配力は感じられなかった。
要は支配に固執するあまり、中盤に人余りを起こしている状態であった。逆に1トップの前線はほぼ森本が殺されていたが、後1人注力すれば、組み立ての面で2.5倍から3倍の効果が期待できる状態。
中盤で-1人、前線で-1人。日本はフィールドプレイヤー8人で戦っていた。
■森本の成長
森本はかなり戸惑っていたと言うかカターニャで仕込まれた内容と日本チームの周りの動きが余りにも違うので機能しなかった。とにかくボールを持たず周囲に叩いていた。
それでもチャンスにならない中、我慢して周りを信じて、役割に徹し続け良くやっていた。
FWは
・来るとも知れぬ機会を待てる我慢強さ
・何時でもゴールを狙える爆発力
を両立させる仕事。
少なくとも前者では森本は合格だった。静か過ぎて後者は減点するか迷う所だが(苦笑)。
残念ながら良いシーンが無かったのでプレー面でのプラス点は上げられない。
結果論だが私なら森本を豊田のように途中から使ったと思う。何となく森本はヴェルディやカターニャでの起用からサブが合うような印象が強い。
■選手は変な自信を捨てろ
もうこれで日本は「失うものが無い」と言うのは勿論だが、今後メンバーがJリーグで満足したり、自らの成長を止めないよう、むしろ変な自信をきちんと失ってきて欲しい。
五輪は今までも世界に跳ね返される場として機能していると思う。
本当は本戦まで経験して欲しいが、ナイジェリア・オランダとやれれば最低限世界を意識する芽がメンバーに植え付けられるかもしれない。
選手が一人でも多く敗戦からアメリカとの実力差に気が付いてくれていると嬉しいが、アメリカは自分たちの良さを隠すのが上手かったので気が付いていないかも知れない。
■アメリカの強さに気付けるか
シドニー五輪ベスト8の時も日本が自滅したかのような記事や感想ばかり。
「同じ攻撃を繰り返すだけの単調な攻めにやられた」
そんな論評ばかりだったが、冷静に考えてみれば、その姿勢が今の五輪日本代表にどれだけ足りていないか分かる。
当時のアメリカは愚直だが合理的・効果的なクロスを武器に日本に勝ったのだ。私に言わせればアメリカのクロスの危険性すら見誤る位のサッカーを見る目しか当時の日本には無かったのである。
今回の対戦は、
「日本は前半の攻撃を続けていれば勝てた」
のかも知れない。だが失点後日本は繰り返せなかった。対称的にシドニーのアメリカは1点ビハインドの絶望的な状況の中、ロスタイムまで自分たちのプレーを繰り返し続けた。アメリカが勝つのは当然である。自分を信じ、良いサッカーをした方が勝ったのだ。「単調で通用しない攻め」を「愚直に繰り返せる」アメリカのメンタル的な凄まじい強さが分かるだろうか。日本人なら心のが折れ始め、「他の方法を試したほうが」とか敗戦を意識しだしてチームが破綻してしまう所だが、アメリカは最後まで組織的であり続けた。時に勝利への貪欲さとは自分達への信頼、即ち自信と同義語である。私が見た試合で、最後まで負けると思わずに戦い抜き敗れたチームの試合は、レベルの如何に問わずどれも気持ちが良い。これは非常に難しい事でそんな試合は数少ないが。
今回の日本のように、誰のせいでもない偶発的な失点で脆くも崩れる攻撃力など、所詮チームが自らの連携力に酔う為の玩具。集団自慰的行為に過ぎない。私が終止日本に求めているのはシドニーのアメリカ、近年のドイツ代表のような逆境でこそ敵に食らいつくタフさだ。
■サポーターも変な自信を捨てろ
今回のアメリカ戦も連携や走量、戦術では日本が勝っていたが、前回と同じように勝負所ではアメリカが強い。個の強さや責任感、自ら工夫する思考力。状況を読む力。こう言った画面やプレーに現れ難い裏のファクターで、アメリカの何人かの選手は力の差を見せていた。
敵の強さに気が付けもしない者は何度でも同じ負けを繰り返すだけ。むしろ「気が付けないレベル」でしかないと言うことだ。日本サポーターはきちんとアメリカの強さに気が付いただろうか。古来より最上の勝ち方の一つとして「敗者にたまたま負けただけ。次やれば勝てると思わせること」とある。私はアメリカにそんな勝ち方はさせて欲しくない。日本は“また”負けたのだ。
■日本スカウティングは死んだのか
以前の記事で紹介したようにスカウティングは日本サッカー界最高の武器である。
武器とは、選手そのもの、日本の経済力、などを合わせた国のサッカー総合力の中で、最も欧州に輸出できる商品と言う意味で取って貰って構わない。もし言語圏の差異や民族的先入観無しで日本人スタッフを輸出出来たら、その優秀さを証明できるのに・・・・と思うのだが、それはまだ先になりそうである。
以前にサッカー好きの友人に言われたが、過去日本がアメリカより強かったことは無い。今回のアメリカは個人的にはかなり弱い部類だと思うが、勢力図は試合前から同様だった。油断ならぬ難敵であるにもかかわらず、スタッフや選手にどこか「アルゼンチンより弱いだろう」と言う風な緩い雰囲気があった。
最も効果的な内田のクロスも自分たちの形を作るのではなく、アメリカの守備陣の弱い箇所を研究し、そこを突くべきだった。
最近の日本から何となく「自分たちのサッカーをやれば勝てる」と言う慢心に近い過剰な自信を感じる。
アルゼンチン戦と同じ4-5-1。反町サッカーは守備重視のベタ塗りしか引き出しは無いのだろうか。
中田英も事あるごとに「サッカーは相手ありき」と語っていたが、
相手の弱い所を突けるだけの周到な準備を日本は怠ってしまったのではないか。
■己を知り、敵を知らば百戦危うし。
「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」
孫子によれば、敵を知ることは己を知るよりも先にやることである。
これは「敵の弱点に己の長所をぶつける」と解く事も出来るだろう。
決して「己の長所を敵の弱点にぶつける」ではない。
この違いが読者の方に伝わるだろうか。
己の良さありきで物事を組み立てれば、そこに固執を生み敵を軽視する。
先に敵を知り、それに合わせ己の良さを活用してこそ、真に己を生かせると言う意味ではないか。
自らの良さに酔っていては勝てる試合を逃す。ということだろう。
■まとめ
反町監督は自分たちの良さである守備を前面に出していけば勝てると踏んだのだろうが、
・愚直だろうと逆境だろうと最後まで自信を持って自分たちのサッカーを貫けるタフさ
・自分たちの良さに捕らわれず、まず相手を知る謙虚で周到な準備
五輪はこの二つの要素の追求無しに勝てる舞台ではないのだ。
そのことに気が付くことが出来れば今回の敗戦は一時の勝利以上の収穫となるだろう。全てはサポーター・スタッフ・選手の学ぶ姿勢にかかっている。
posted by karakuti |02:40 |
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2008年08月08日
昨日の雑感を自分用に記録しておきたい。
日本3戦の対戦国メンバー
日本対アメリカスタメン
印象に残った5人を書き残しておく。
アメリカの3名は即世界の一流どころで主力となる選手ではないが、今後の経験次第で化ける気配がある。まぁ既にアドゥはベンフィカなので少し毛並みが違い横一線で比べるのは間違いだが。
写真の7番スチュアート ホールデン 所属チーム ヒューストン・ダイナモ。23歳。
前半10分過ぎから見始めて、直ぐに上手い選手だと分かった。
定石ではアドゥマークだろうが、私は彼がアメリカのペースメーカーだと気が付いた。反町監督は攻撃重視の長友をスタメン起用した辺り、7番をマークしてなかった気配。以前の記事で書いたスカウティングの時点で負けは決していたのかもしれない。
7番は右MF。11番が右サイドに開き組み立てに参加。日本はこの二人を中心に上手く起点を作られ続けていた。7番がボールに触った時だけ良い形になるのだから誰が見ても明白だった。
素材としてチームの中心でどっしりやるタイプではない。攻撃組み立て時サブメーカー兼、受け手として将来性を感じる。私の好きなネドベドと比べると全プレイを小粒にした上で、パスが上手い印象。流れを読める選手が私の好みなので、状況(試合の雰囲気)把握に関しては一定のレベルに達している。
2番。 マーヴェル・ウイン トロントFC 22歳
リンクによると俊足に定評があるらしい。良く分からない選手。途中から気が付いた。日本の前半のクロスは20本入れれば1本決まる程度の悪くない攻めを5本程度だった。
2番はポジション的に内田のクロスの接点を彼がケアする場面が多かったが、彼の反射速度と加速力&最大走力のせいで大分得点の確率を下げられた。
更に日本の23歳レベルでは悪くないパスのインターセプトを2~3回成功させ、DFとして最も価値の高い能力「攻めの読み」が良いレベルに達している事を披露していた。
後半はスピードに乗ったオーバーラップから効果的な攻撃参加を2回程度見せ走力と体力がある所もアピールしていた。
日本攻撃陣相手だったのでヘディング能力やフィジカル能力の判断ができないのが残念だが、もしそれらが問題ないレベルなら、UEFAカップ出場クラブ程度の主力として即戦力クラスだろう。五輪は良い売り込みの機会なので今後の所属先は要注目だろう。いやはや日本人として羨ましい話だ。
11番 フレディ・アドゥ ベンフィカ 22歳。
別に見ていた人なら分かった範囲のことしか書けないので、特段書くことも無い。ああいう選手でしょう。所属クラブを見たら大体分かるがとにかく「一人で」起点・得点・プレス・を行えるフィジカルや体力を持ち、脅威となるFWの素養を備え完成された選手。欠点が少なく、若さと言う何物にも変えがたい商品価値は彼の値段を上げているのだろう。
決定力や創造性・意外性・協調性・連携力などは日本戦だけでは未知数だが後一味で欧州で価格の付くFWになるだろう。そのためにはやはり結果が必要だ。wikiによると14歳でプロデビューした怪物ならしいが、プレーを見たのは初めてで、先入観も無かったので眼鏡が曇ることなく評価できた。
結論として悪く言えば、後一味が足りない多くのFW予備軍の一人である。良く言えば身体能力を生かしたパワフルな姿勢が既に身に付いており、今後如何様にでも化ける素材。
本田 圭佑
彼は名古屋時代から見たことがある。攻撃センスは今後に渡って伸びる気配無し。オランダに渡って少しは成長があるかと思っていたが体力配分もビハインド時のメンタルも見てるこっちが恥ずかしい内容。伸びない素材はどこにいても伸びない。ただトラップに関しては試合中1番上手かったかもしれない。
本田 拓也
ほとんど初めて見る印象だが良く守っていた。後半かなり相手寄りの判定で裏目に出てしまいペースを掴みにくい感があったが、安定していた。特に1点ビハインド後の「先制されると弱いいつもの日本代表」の中でパフォーマンスが伸びた数少ない選手。A代表では中澤・阿部・トゥーリオなど逆境に強い先輩(皆DFやんけ・・・・)がいるので、次の世代として期待したい。気持ちの強い選手を選んだと反町監督は言っていたが、先生された後の日本からは特にそんな印象は受けなかった。
五輪で何か得るものがあると良い。今後少し覚えておこう。
posted by karakuti |20:39 |
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