2008年09月11日

「駆け引き」を日本化する

先日の記事にて書き込み頂いた中に興味深い物があったので少し追加で触れてみたい。
未読の方は先にお読み頂いた方が良いだろう。


■本田の真意

取り上げた本田が他のより詳細なインタビューでは「オランダへ意図的に与えられたPK」という発言だったらしい。前回は短い記事引用しただけであった為彼の真意からずれたようだ。本田選手が本当に言いたかったのはインタビューの方だろう。
負けた当人達は誰かのせいにでもしないと立ち直れない。そんな心中は痛いほど分る。実際に審判のジャッジも指摘通りオランダびいきだったのかも知れない。本田は、五輪代表で欧州の審判ジャッジにしっかり触れた経験のあるただ一人の日本人選手であった。
客観的に見ても本場オランダ1部エールディビジ、VVVでのジャッジと比較し腑に落ちない審判だったのかも知れない。世界の一流クラブの選手も「審判が酷かった」と嘆くことはある。アウェーなどで特に顕著だし、例え勝った試合でもそういった発言はある。

ただ、簡単に言うと勝利した側は「今日は審判の(ひいきの)おかげで勝った」とは絶対に言わない。
そういった場合「勝利が重要。審判は覆らない」と言う。
どうしてもこの辺が聞く方に釈然としない、負け惜しみのような物を感じさせてしまう。



■学ぶ姿勢

見方を変えれば先の対オランダ戦は

1.「審判のジャッジに神経質になるようなメンタル状況ではプレーに集中できず実力を発揮できない」
↓
2.その状況まで本田を苛立たせた相手チームのテクニックが合ったのでは?
↓
3.日本選手の試合中に集中力を取り戻す技術に問題はなかったのか?
↓
4.そもそも試合日前からスタッフの、選手のメンタルケア能力はどうだったのか?

と前の記事以外にも色々な視点が開けていく。

重要なのは敗戦からより多くを学び取ろうとする姿勢を持ち続けられるかどうかではないだろうか。勿論辛い事だが日本の戦後を見ていると、学ぶ力では日本は負けていない、世界に誇れるものがあると私的には思っている。後は出来れば(私が)生きているうちにピッチでそれを実現して欲しい(笑)。

本田選手には厳しいようだが、やはり五輪は第一に経験の場。敗戦から真摯に学んで欲しいと言う気持ちが強い。



■実は教える方も分っていない

同じく頂いた書き込みの引用から

有名な少年サッカーコーチが「シュミレーションや審判の判定に不満を言おうとした子はすぐに交代させる。演技をしたいなら演劇部にでも入ればいいし、審判に対するリスペクトを持たない子は試合する資格がない」と堂々と話しているのを聞いて愕然としたのですが、まだまだ「スポーツ=教育の一環」と考える指導者が多いのも原因のひとつかもしれません。

こう言ったサッカーコーチの話も、当人は真剣に良かれと思って指導しているつもりだろう。
ここまで徹底していなくても日本指導者は皆、演技への指導加減をどうするか頭を悩ませていると思う。

「自分のプレーを人のせいにしない」。「ズル(演技)をして結果を得ようとしないで先ずは実力を付ける」。
どちらも大切で上記コーチの指導も一つの方法だ。
ただ大人になって国際舞台やJリーグに入るレベルになるとそれだけではもう通用しない。内容で勝って駆け引きで負け、結果試合に負ける。そんな日本陣の姿を見るたびに、「もっと若年層から様々な駆け引きの経験を積ませた方が良い」と確かに思う。

多分日本の指導陣は「実際には駆け引きの重要性は認識として有るものの、どうやって教えたらいいのか正直分らない」。といった所が本音ではないだろうか。指導側も本当は分っている。実力が均衡した対戦になるほど駆け引きが物を言うのがサッカーという競技だ。だが現実には指導者側のスキル不足への言い訳も相まって

1.「正々堂々実力を出す事に集中するべし。姑息な真似は断固抹殺」

2.下記のようなリスクを並べ指導の難しさを理由に無策で選手を送り出す

  • 若年層に複雑な駆け引きを要求しても中々処理できず却ってパフォーマンスが低下する

  • 自分の所で駆け引きを良しとしても上の年代の指導者が悪としたら子供が混乱し、却ってマイナスになってしまう

  • 保護者や周囲の反対が根強い。そもそも子供にスポーツをさせる意図から外れ、支持が得られない

  • 非常にデリケートな技術であり、変に曲解して姑息な方法を子供が覚えてしまったら後の社会生活や人格育成にも悪影響を及ぼしかねない

このような所から総合的に判断し、「子供の内はプレー面での実力向上に努める」という方針に落ち着くと想像できる。その結果、Jリーガーや代表レベルとなるごく一部の才能ある子供達が、いざ世界を相手にした時、駆け引きの未熟さから苦い敗戦を味わう事態となっている。



■サポーターが変われば、「駆け引き」も教えられる

日本の文化として「健全なスポーツによる人格育成」というのは恐ろしい根の深さで国民に浸透しており、大本からの変更は中々難しいのが現状だろう。こんな背景もあり、勝利至上主義と言われるアルゼンチンなどの国がその実日本人の及ばないスペクタクルを見せる姿には中々目が向けられない。
多くの保護者にとってスポーツは良き社会人になる為のステップであり、プロサッカー選手を目指してあらゆる素地を作る場ではない。筆者を含めた、サッカーファンはまずこの点を認識しなければならないだろう。人様の子は他人事。良い選手を輩出すればその育成で犠牲となる子は知らない。では本当のサッカーファンとは言えない。下手をしたら、自分の会社の後輩が、姑息な真似ばかりする問題児だらけになってしまうなんてことに成りかねない。それはさすがに無いか。

その上で少なくともJリーグ他プロを目指す素材の育成から、駆け引きなどの勝負強さを学ぶ機会を徐々に与えて行き、更にその先に、前記事のような騙し合いの技術を磨く手順となる。



■第二の“中田英”は作れない

折角例に出したので再び彼に登場してもらおう。中田は高校生時代から海外のプロを目指し、練習法も自ら考えたり、語学を習得したりしていたらしい。平塚に入ってからも先輩である都並敏史氏が「お前(中田)のパスは強すぎる。それでは繋がらないし本末転倒だ」と注意するとルーキーにも関わらず「いや、欧州ではこれ位でないと通用しない」と切り替えされた。都並氏は「15歳も年の違う先輩に指摘されて物怖じしない性格と、こんな若い世代から本気で海外移籍を考えている姿、共に自分達の世代との違いにカルチャーショックを覚えた」と話していた。
今振り返れば都並氏は、日本人として後の世代を含めても稀有な「プロサッカー選手の卵」を目の前にしただけなのだが、その衝撃は想像するに容易い。余談だが、都並氏はその後、世代は違えどもプロとして有るべき中田の姿に刺激を受け、負けん気を発揮して毎試合、中田の鋭いパスに食らいついて活躍した。引退を決めたのも「サイドバックとして(中田の)パスを受けきれなくなった」時に決めたらしい。私はそんな中田のパスが好きではないが、上を目指す姿勢には素直に敬意を持てている。彼のプロとしての骨格は育成された物ではなく自ら獲得した物なのかも知れない。だがしかし、彼の成功がもたらした日本サッカー界、特に指導者への影響は計り知れない。日本素材たる子供達は何の問題もなく世界で通用する事を実証されてしまったのである。「次は我々指導者が「育成」した素材を世界へ旅立たせる番だ」。そう意気込んだに違いない。育成が素晴らしいから世界で通用した日本人選手を筆者はまだ知らない。



■まず「守」に到達せよ

話が脱線したが、言いたいのは、駆け引きや騙し合いの技術は中田のようにプロを目指す素材にとって有意義な指導でも、その他大多数のサッカー少年には毒となりかねない点である。

サッカーを知る人々の間でも、「子供に大人のようなサッカーをさせてどうする。その分可能性や伸びしろを消す指導では世界に羽ばたく逸材など輩出されない」。と言った意見も多い。

筆者が言えることは、多くの日本指導陣は欧州などサッカー先進国の若手育成の場で、駆け引きや騙し合いがどのように教えられているか。
それすら知らない段階に過ぎないと言う事だ。何かを上達させる場合対象が何であれ基本的な方法は下記のようになる。

  • その1.最も進んだ方法を学ぶ

  • その2.1を自分達(ここでは日本の子供達)に合う方法にアレンジする

  • その3.2を洗練させていく

日本古来からの武道の教え、「守・破・離」と同様である。サッカーの駆け引きの指導法において、日本はまだ1の守の段階にすら学ぶべき物を残している。個人的には「むしろ代表はこんな状態で良く戦っているな」。とは思う。勿論先人から学ぶのは一つの方法に過ぎない。実際の試合を見れば実は答えなど全てが詰まっている。ただそれを見る側に読み解く目が無いだけだ。以前も欧州でサッカー指導者として修行中の方から書き込みを頂いたが、もしそういった方がご覧になっていたら、「騙し合いの教え方」についても頭の片隅に入れておき、何かを得て来て欲しい。



■変革の最前線

日本のサッカー育成において高校サッカー界の存在は非常に大きいが、いざ騙し合いを教えるとなると上の理由から抵抗が大きいのは事実だろう。いずれ日本によりサッカーが根付いたらこの世代にあった技術を教える時も来るだろう。だが現在はJ各クラブのユースの方が比較的プロを目指す姿勢の子や保護者が多く向いているかも知れない。それでも保護者を始め、不安や抵抗があるだろうが、指導者は駆け引きを育成段階から教える重要性や必要性を説いて実践する場を作っていくのも仕事の内だろう。大変だとは思うが、ある意味日本サッカーの最前線である。
また、国内で駆け引きを学ぶ場を提供するには実践と学習の場として試合形式の大会の設立も欠かせない。
となると当然、現在の国内育成での審判基準よりも柔軟に駆け引きを行なえる、新しい審判基準も作成し審判を対応させなければならない。
世界を目指す素材に絞った大会では、一言で言うとジャッジを荒めにして駆け引きを学びやすい環境を作る。など環境面でのサポートも必要となるだろう。
日本サッカー協会は現場の自主性や多様性を維持しながらも、無駄な混乱が生じないよう、ある程度の指針”どの程度の駆け引きの育成を求めるのか”を設ける必要もある。



書いていたら思いのほか長くなったので次回もこの話を続けたいと思う。
アップは1週間後位の予定である。


なぜかコメント欄に書き込めなかったのでこちらに記載しておきます。
皆さんコメントありがとうございます。

質問さん

良い質問をありがとうございます。
なるべく丁寧にお答えしてみようと思います。

>>一般的に言って、審判に不満を感じているぐらいで集中を欠いてしまう選手はむしろ少ないと思います。

そうですね。TVで表情がUPになった時、審判への不満が表れていてもプレー自体に影響が出るケースはそれほどありません。
本田の場合は実際にオランダ戦を見れていないんですよ。なので実際の所どうであったかはそれほど言及できません。

よって状況証拠を述べるに留まりますが以下のようなものです。

1.五輪初戦アメリカ戦
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/karakuti/article/55
の評価を継続させています。それほど間も空いておらず、置かれている状況も変わりませんのでパフォーマンスとしては同じ程度だったと想像しています。
アメリカ戦でもメンタルの弱い印象を受けています。

2.聞いた話ですが最終オランダ戦に至る時には結果が出ない状況から
既に反町監督の言う事を聞かない風潮がチームの中に蔓延していたそうです。
このように乱れた和があったことが一つ

3.試合後のインタビューでまで審判批判をしている。=根に持っている
その振り返り方に精神的な固執を見ました。試合後にもしこりが残る程強い印象を持っている以上、試合中その場でのでショックはより大きかった事が想像できます。

4.審判に不満を感じる状態をどう捉えるかだと思います。
2つのパターンがあり一つは質問さんの言われる「審判怪しいな」程度のものです。
もう一つは、他に試合が上手く運ばないフラストレーションがある為、上記の程度の審判ですら苛立ってしまう状態です。本田のケースでは下記、審判がどうと言うよりもそれが気になってしまうメンタルが余裕のない状態であったと想像しています。

ということでどれも「これっ」って言い切れるものが無いまま書いてしまいました。
ちょっと引き合いに出して可哀相なんですが、駆け引きについて書きたかったので丁度良いきっかけとしてたまたま彼の発言だったんです。

>>苛立っていたとしても、それはオランダ選手の駆け引きによるものではなく審判によるものと思うのですが

私はオランダ選手の駆け引きが間違いなくあったとは書いてないですよ。
~
中々判断が難しいが、敢えて一つに絞って私見を紹介してみたい。

ずばりオランダは「本田のPKに値しない行為」ですらPKを獲得できる何かを持っているという事だ。
~
この文の通りオランダの駆け引きが主要因であるという一つの見方にスポットを当てたものです
何しろこの試合を見ていませんからね。(笑)
あったのでは?と考えることが重要だと言いたかったのです。
大切なのはどちらと考えるのがより学ぶものが多いかだと思います。

勝った相手と負けた自分。その差は何だったのか。相手に長があるなら謙虚に学び取る姿勢が大事だと言う話です。

審判によるものであったとしても、ピッチに立っている以上それを克服し
勝利する事が彼らには代表として求められている立場です。
千代の富士は「『プロ』とは言い訳しない人の事」と言葉を残していますが、
本田の発言にはプロらしからぬ(プロとして未熟な)要素が見受けられました。
素人から見たらそれは自分を責め過ぎだろと思う程の誤審を前にしても
「自分の力が足りなかった。先に試合を決めていれば問題は無かったはず」と真摯に向上心を持てればそれで良いと思います。

私が逆に二つ質問してみたいんです。

1.仮に優勝したアルゼンチンが日本の立場だったら同じように負けて審判批判をしたと思いますか?

2.審判のせいという考え方から何を学べますか?

同じ状況に置かれてもより良い結果を出せる可能性があるチームがある以上、まだ学ぶものがあると言うことです。プロを育てるのにサポーターも絶対、影響力があると思いますよ。厳しい事を言っていますが、本田に足りないなと思う事を書いてるので、結果彼が伸びてくれれば、歓迎すべき事です。(一応激辛なんですよ。家のブログ^^)


チワワさん

>>審判の心の中が手に取るようにわかる選手がチームにいるとしたら、それはとてつもない武器だと思うのですが。
良い表現を聞かせて貰いました。勉強になります。
私が伝えたいのは正しくこの言葉に凝縮されている気がします。
比較に出して悪いですが欧州の一流選手は、本当に審判の気持ちを読むのが上手く、私から見ると「魔法使い」のように見えることがあります。
「まだ言うようならカードを出すぞ」と審判が思っていると、心の声が聞こえたようにスッと笑顔になり、まるで数年来の友人のように親しげになだめたりする姿は絶妙です。
審判が「次はあいつのチームにFKをあげようかな」なんて思わせてしまう「好かれる技術」とを強く感じます。同じく「嫌われない技術」も。

私はじゃんぼ^^さんのこの記事にあるシジクレイのような選手が嫌いじゃないですが
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/assamtea9969/article/93#footer
厳しい目で見てしまうと、観客に好かれても審判に好かれないとプロとしては心許ないと思ってしまいます。凄く一生懸命にプレーをしていて観客としては100点をあげたいんですけどね。その後の対応は
上手く審判と立ち回れる(言い方は悪いですが)スキルは、はっきり言って数々の試合の勝敗を決定付けてます。ベテランがチームにもたらす良い影響の一つにこの審判とのやり取りというのは、かなりあると思いますよ。仰るとおり「一人審判の心を読める選手が居る」という差で決まる試合が分るようになるとまたサッカーが面白くなりますよ!。

>>「セットプレーは大きな武器」とされる日本代表にとっては。
仰るとおり将来に向けての育成だけでなく現役世代の戦術にも大きな武器です。
ファールを獲得できる選手というのは、ご指摘のような審判との駆け引きを(観客には)見えない所で繰り広げ、勝利できる選手とも言えます。まあ、ただ単にがむしゃらにやってるだけの選手も居ますよ(笑)。

>>ヤマカンでマークシートを潰すのはズルイことなのか
う~ん。分りやすい例ですね~!。文章力があって羨ましい!
そうなんですよね。日本でも熱心とされる「受験」ではこの辺の駆け引き。
サッカーで言う所の審判とのやり取り的な、ファンには見え難い所まで開発され指導されているんですよね。

個人的にはヤマカンで合格! はズルイです(笑)。
その分真面目で実力では勝っていた受験生が落ちるわけですから。
でもその機転が利く応用力は、結果を掴む人、社会から必要とされる人材には不可欠な要素ですね。
私はサッカーで同じ事を言っているだけなんですが、時に力不足から誤解を読み手に与えてしまっています。

世界のTOP10とかのクラブチームの(一般的に日本で言われる)実力や技術の差など無いに等しいと思います。
同じ人間が真剣に切磋琢磨してるんですから、磨けば磨くほど差が付きにくくなるのは当然ですよね。
その中で勝敗を分けているのは(日本では実力以外とされる)、駆け引きだと思います。
なので上に行くほど駆け引きの重要性は上がっていくし、日本もそのレベルに来ているのだと感じます。

本音を言うと、CLなどはプレーを見る大会と言うよりは「駆け引きを見る大会」と言った方が適切かも知れません。
面白いですよ~。Jリーグでも時々面白い駆け引きは見れますけどね。
こんなこというと「お前はプレーを見る目が無い」「サッカーを馬鹿にしてる」とか怒られちゃうんですけどね(苦笑)。


>>「じゃあどうしたらいいの?」という考察には至りませんでしたね
私も答えなんてとても分らないんですが、一つ言えるのは「駆け引き」である以上、相手を観察したり見極める能力、俗に言う観察力は共通なんじゃないかと思います。フェイントなどもまず観察力ありきですよね。
観察対象は敵、審判、味方メンバー、監督、観客、そして自分自身まで全て含みます。
残念ながらこの辺が日本選手はKYなプレイヤーが多いのではないかと。
絶対スタミナ切れちゃうのに無駄に飛ばしすぎちゃったり。
ただ、観察だけでは結果に繋がりません。あくまで初めの一歩の話です。

自信は無いですけど次回の記事でほんの少しだけこの辺のことにも触れています。

posted by karakuti |21:50 | 日本人は騙す側に慣れるのか | コメント(15) | トラックバック(0)
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「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

長い

3行でまとめろ

posted by gg | 2008-09-12 08:44

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

興味深く読ませていただきました。

確かにスペイン等海外ではユース世代から「駆け引き」指導を受けているようですね。

同じような例で、海外で柔道はポイント重視のスポーツと解釈されているのに対して日本では一本勝ちを重視した試合運びをすることが何度か取り上げられてます。
<日本柔道>に加えて<切腹>、<カミカゼ>などこれらは「滅びの美学」を持ち合わせる日本独特の文化から生まれたものですね。
こういったことが根底にあることが"日本化"であり、逆に海外から見ると日本の駆け引きは特殊で、かなり日本化が進んでいる様に思われます。

このことから管理人さんが言っていることは"日本化"ではなく、『「駆け引き」を"海外化"する』ということになるのではないでしょうか?

posted by ももも | 2008-09-12 09:55

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

この件の重要性は、トップの指導者でも意識の有無が
問われるくらい難しいと思う。


問題点は・・・・・
近年の短絡思考の若年層は、例えば「サッカーの時は狡く」、「それ以外は常識的に」などという知恵や知識に基づいた行動の区別、工夫はできない。なぜなら彼らを育てた親もそんな意識を持って育っていなし、教えてはいないからである。(彼らも教わっていないかも知れない)
そもそもサッカーにたどり着く前までの環境が悪い。


[有名な少年サッカーコーチが「シュミレーションや審判の判定に不満を言おうとした子はすぐに交代させる。演技
をしたいなら演劇部にでも入ればいいし、審判に対する
リスペクトを持たない子は試合する資格がない」と堂々と話しているのを聞いて愕然としたのですが、まだまだ「スポーツ=教育の一環」と考える指導者が多いのも原因
のひとつかもしれません]


自分の人生観を自分で語るだけならまだしも、この一般的らしい、人の人生をコントロールしようとする指導意識は、誰も育てることはできない。結果、プレーヤーのチームではなく、指導者のチームを作っただけになる。健やかに育った花を残すつもりはなく、他意によって見せ物に仕立てた「盆栽」を作っている。
往々にしてこのような人は、最良の結果を生み出せるような勉強を怠っているとともに何かが育つプロセスを知らない。そのような人が「指導」を語ってはいけない。
子供が次にたどり着いた現場の環境はなお悪い。


このような当てにならない環境で、プレーヤーが高みを
目指すなら、自分で吸収するしかない。
そのために、志を持つものが、彼らのそばにいかに吸収
する栄養を置いておくか も考えなければいけない。
これを実現する術は多くない。
子供たちの将来の見通しは悪い。


どんな方法で解決、改善できるだろうか?


--------------------------------------------

このような根幹の話を3行で語り尽くせたら、仙人であり
それを求めるのも仙人しかありえない。
わきまえの無いコメントのみの者は、理解したいならせめて自分の書いた要求の理由を書くのが礼儀である。




posted by ぶーちゃん | 2008-09-12 09:58

Re:「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

ユース年代が比較的に結果を残している。
しかし、年代が高くなるにつれてユース時代の強さはなくなる。
試合を見ていると日本のユースは他国と比べて成熟しているように思う。
だけど日本は小さくまとまった成熟であり南米や欧州そしてアフリカとかは可能性を秘めた未熟で成熟と未熟がその場で力が均衡していても将来の成長で大きく力の差が出ているように思う。
つまり何が言いたいのかと言うと日本の指導者は選手に成熟が速くなるように促すが小さくまとめてしまう指導しかしてないのではないかと思う。
またブログ筆者が駆け引きについて述べているが駆け引きは教えるものではないと思う。
子供達がサッカーを遊びその中でどうやれば相手を止めれるかまたは抜けるかを自分で考える。それがイマジネーションであり高度な相手と対峙した時に自ら考え学び取るものではないだろうか?
ブログ筆者みたいに駆け引きを教えるなんて考えは可笑しい。
もともと動物には闘争本能があるのだから上書きで駆け引きを教えても本物には勝てない。

posted by liga2 | 2008-09-12 10:32

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

今日本の指導者の間では、
「いまメンバーに何を教えるべきか判らない」
という状況がおきている。
そのため規格化された練習が見直しされることなく
繰り返され、メンバーもそれができないと試合に
でられないという観念に縛られ、自由を失っている。
「上手くなり、指導者の望むプレーをする」事が
ゲームの経験を得る唯一の方法なのである。
つまり、サッカーを楽しめていないのである。遊べる
機会が無いのである。
その中で、イマジネーションが育まれるのを期待して
結果を目にするのが難しい事は想像に難くない。
なのできっかけとしてでも、本テーマを一度は教える
ことは必要になるであろう(練習させるのではない)
イマジネーションを持たせるタイミングを早めるだけ
なのである。

ピッチ上で、この意識をもった選手と持たない選手が
同居することは、代表でも見られるように危険を伴う。
必要な時に初めて学んでも、時既に遅し なのである。
技術だけで世界に通用しないのは、もうみんな判っている
はずだ。

「世界流」でも「日本的にカスタマイズしたもの」でも良い。
「思考、アイディア」の面も底辺からケアして、底上げを図る必要がある時期なのである。



posted by ぶーちゃん | 2008-09-12 12:51

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

主旨と少しずれるかもしれなくて申し訳ありませんが、管理人さんの本田について言及について質問させてください。
PK判定をもらった時、本田のメンタル状況を、審判のジャッジに神経質になっており苛立った状態だったと管理人さんは仰ってますが、何か裏付けのある見方なのでしょうか?
たしかにAFPの記事によると「審判は前半の初めからまるでどこかでペナルティーを告げる準備が整っているかのように試合を裁いていた」と試合後、本田が語っているので、試合中から審判に不満を感じていたのかもしれません。
しかし「神経質で苛立った状態」だったとまではその記事からは言えないと思います。一般的に言って、審判に不満を感じているぐらいで集中を欠いてしまう選手はむしろ少ないと思います。
また一歩譲って、仮に苛立っていたとしても、それはオランダ選手の駆け引きによるものではなく審判によるものと思うのですが、どうでしょうか?
もしそれが駆け引きによるものではないのなら、本田を引き合いに出すこともないと思います。

posted by 質問 | 2008-09-12 13:07

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

まさか自分の書き込みをネタに記事を書いていただけるとは思ってもみなかったので、驚いているのと同時に大変うれしく思ってます。今回も、とても興味深い文章ですね。

今回の記事で改めて考えさせられたのは、「審判との駆け引きが、パスやドリブルといった技術面と同等に語られないのはなぜだろう?」ということです。

ここで「日本人の気質に合わない」として済ませてしまうことは簡単ですが、対戦相手が何を考えているか?を予測してその逆を付いてチャンスを作ることは是とされるのにも拘らず、同じ「心理を読む」うちで「審判の」が含まれるとなぜダメなのでしょう?仮に、審判の心の中が手に取るようにわかる選手がチームにいるとしたら、それはとてつもない武器だと思うのですが。

よく使われる表現として「合わせて一本」というのがあります。説明しづらいのですが、「PKに値するファールを受け、それは流されたが、次の何でもないファール(あくまで審判にチャージを受けたと思われる様子を見せることがキモ)でPKやFKを獲得する」表現です。

PKや絶好の位置のFKは、結果を左右しかねないので、大舞台になればなるほど、審判も取りづらいだろうなという「心理」は素人目にみてもよくわかります。ただ、ファールが何回も続くようであれば、取らざるを得ないという「心理」も、またよくわかるはずです。素人目に見てここまでわかるのですから、実際にピッチで戦っている選手ならもっと事細かに分析できる選手も、中には居るのではないでしょうか?

「こいつは前半のうちなら確実にPKをくれる」
「悪質なファールと2~3回判断されれば、後半でもOKだ」
「判断基準があいまいだから、こっちもファールできない」
「何があってもファールはくれないので、正攻法しかない」

これが判断できる選手がチーム居たとすれば、それはとてつもない武器ではないでしょうか。ましてや「セットプレーは大きな武器」とされる日本代表にとっては。

これまた余談ですが、私が受験生だった頃、「英語などの長文をの意味を理解できなくても、選択問題であれば、その設問から正解を導く方法」というのがありました。
今もあるのかどうかはわかりませんが、例えば4択なら、そのABCDの答えを見比べるだけで、答えを逆読みするという、いわば「ちょっとだけ踏み込んだヤマカン」というものでした。いわゆる受験テクニックのひとつだったのですが、実はこれが大いに役立ちました。試験の中で、全ての問題が実力で解けることなどまずありません。必ずわからない箇所があるものです。ではわからない箇所はマークすることなく白紙にしておくのか?もちろんそんなことはありません。誰だって、たとえヤマカンでもどこかしらにマークするでしょう。

はたしてこれはズルイことなのか?わかってないことをわかったフリをして答えを書くことはいけないことなのか?受験の一番の命題は、人一倍勉強することでも、知識を詰め込むことでもありません。志望校に受かることです。

そしてサッカーの命題は試合に勝つことです。その為に審判の心理を読むことはいけないことなのでしょうか?勝つためにパスやドリブルを磨くのと同じように「勝つためのひとつの技術」として捉えられないのでしょうか。この受験テクニックだけでは、おそらく試験に受かる人は居ないでしょう。ただ、正攻法で解けない問題が出てきたときに、少しでも「受かる確率」を上げるために、このテクニックを使うことは大いにアリだと思います。パスが通用しない相手、ドリブルが通用しない相手と対峙したとき、「勝つためのちょっとしたテクニック」として審判の心理を読むことを組み込むことは、決してズルイことだとは思えません(当然、これだけでは勝てないですし)。

ただ、これを指導者が教えるというのは、確かに今の日本ではすごく難しいと思われます。

>多くの日本指導陣は欧州などサッカー先進国の若手育成の場で、駆け引きや騙し合いがどのように教えられているか。それすら知らない段階に過ぎないと言う事だ。

まさにその通りだと思います。教えられないからこそ、とりあえず「正々堂々」という盾を前面に出し、いわゆる日本的な常識もあいまって見てみぬフリをしているに過ぎない。指導者の怠慢といってもいい、その指導で飯を食うのは詐欺である(←さすがに言いすぎか)と思われかねません。

そういえば指導者の口から、「駆け引きはズルイのでやめよう」というのはよく聞きますが、「審判と駆け引きすると、確実に負ける確率が上がるからやめよう」というのを聞いたことがありません。これを学ぶことで負ける要素が増えるなら教えないことに越したことはありませんが、今の指導者の技術では、審判との駆け引きをろくに教えてないわけですから、それを学んでいない選手が、あからさまにシュミレーションしたところで、カードをもらうのが目に見えており、「審判との駆け引きを低いレベルで教える→低いレベルで駆け引きする→カードをもらって退場→数的不利になりお手上げ」という構図が連想されます。だから「教えないほうが良い(としておこう)」となっているのではないでしょうか・・・・。


なんだか「じゃあどうしたらいいの?」という考察には至りませんでしたね・・・。「ストライカーは作るものではなく生まれてくるものだ」という言葉ぐらいズルイことになってしまいましたが、どうかお許しを。

またまた長文失礼しました。

posted by チワワ | 2008-09-12 18:28

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

もももさん

コメントありがとうございます!
日本柔道の文化もこれからどうなっていくのか興味深いですよね。
JUDOと呼ばれる新しいスポーツとしての柔道に対応するのかわが道を行くのか。
ご指摘の通り「駆け引き」を"海外化"するというのが第一歩だと考えています。
文中で「守・破・離」の考え方を紹介していますが、
守の段階では海外化になると思います。
その後、破・離と進む過程で独自の道を拓き日本化するという意味での題名です。
ただ守る。海外を模型するだけでは決して超える事は出来ないし、守に関してもフィジカルのハンデなどから全てをトレースすることは難しいと考えています。
遅かれ早かれ日本化の道は避けて通れないですね。

----------------------------------------------
ぶーちゃんさん

丁寧なコメントありがとうございます!。
久しぶりに長めのコメント頂いたのでかなり喜んでます。

>>この件の重要性は、トップの指導者でも意識の有無が問われるくらい難しいと思う。
そうですね。私も「これ」と言った正解肢はない気がします。多分素材となる選手に合わせて様々な育成方法を使い分けられるようになるのが一番だと思いますが、その方法作りの段階で躓いている現状でしょうか。


盆栽と言うのは分りやすい例えかも知れませんね。
中田も日本の指導者の至らなさについて話していました。
「彼らが変われば第二の自分はいくらでも出てくる」と。

例えに出したコーチも、教わる子供達がサッカーを嫌いにならなければ良いですけどね。「これは悪い」。と偉そうにいえるほど私は何も知らないんですが。
やっぱり伸びない子にもサッカーを好きになって欲しいとは思います。

指導に関してですが、甘やかして直ぐレッドを貰う問題児ばかりになってしまうのも大変ですが、日本の場合はそっと栄養を置いておく。位の控えめな指導がまずは求められている気はします。


------------------------------------------------------------
liga2さん

コメントありがとうございます。
しっかり意見を述べて頂いて読み応えがありました。

>>駆け引きは教えるものではないと思う。
>>自ら考え学び取るものではないだろうか?
>>ブログ筆者みたいに駆け引きを教えるなんて考えは可笑しい。

どうも私の記事が言葉足らずだったようですね。
仰るとおり教えると言うのは可笑しい。実は私も同感なんです。
教えるという言葉には押し付ける、詰め込むと言うような意味も含まれていますが、
liga2さんの可笑しいというのはこの部分についてではないでしょうか。

記事中で教えると一言で片付けてしまいましたが、正確には学び取るものでしょう。
ただ、「教えるものではない」という表現には放任、無責任、放棄、無策、と言った印象も与えてしまいます。
よって当ブログでの「教える」とは、素材が「学び取る環境を整え、自らの成長する力を促進する」と言う意味と
解釈して頂けると幸いです。

「教えて育つものではない」は人によってはゴール。私にとってはスタートなんです。
「ではどう育てればよいのか?」そう考える事から全ては始まるのではないでしょうか。
この辺の「如何に人を伸ばすか」というのが私は好きなんですよねぇ。


以前の記事
日本人欧州移籍失敗をひも解く10の疑問その8 私の書き込みより抜粋
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/karakuti/article/16#comment

~~
仰られるように「育てる」と「教える」と「学ぶ」は微妙に違いますよね
「教える」に抜けているのは「考える」と「気づく」だと思うのですが
「学ぶ」で大切なのは「導く」と「促す」辺りになるのでしょうか?

「育てる」になるともっと難しくて、つい「教えて」しまう弊害が叫ばれていますよね。
ただ、私は日本の丁寧に教える部分も悪い影響ばかりでなく、
選手の自主性や可能性を損なわず、いかにテーラーメイドな指導で伸ばしてやれるかだと思います。
~~

オランダサッカー、5つのエッセンス(1/3)より抜粋
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0506/holland/column/200606/at00009290.html

~~
コーチは誘導、聞くだけ。でもそれは戦術的にマニアックで自分の引き出しを十分持ってないとできない。
~~


「考え方」は伝えることができる
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0607/italy/column/200608/at00010135.html

-------------------------------------------------------------------
ぶーちゃんさん

>>きっかけとしてでも、本テーマを一度は教える
ことは必要になるであろう(練習させるのではない)

そうですね。駆け引きを学び取りやすい場を作ってあげる事は出来ないかと良く思います。
勿論各世代の代表で世界戦を経験するのが望ましいのかも知れないのですが、まず経験できる数が少ないです。
その時気付いても遅れを取り戻せない所か、「駆け引き」という引き出し自体が無いから経験が蓄積されない。
結果、内容に勝ち、駆け引きに負け、試合に負ける循環が出来ている気はします。
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posted by 辛口 | 2008-09-14 00:31

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

残りのコメントがエラーで書き込めなかったので追記欄に記載しておきました。

posted by 辛口 | 2008-09-14 00:36

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

「駆け引き」も、確固たる技術、体力、精神面のタフさがあってこそ生きるもの。
今の日本人選手が、世界の強豪国と上記の点において競えるだけのものを持っているか、というといささか懐疑的になる。

子どもに対する指導については、例に挙げられているコーチくらいのスタンスでもいいのでは?
「駆け引き」の重要性と審判に対するリスペクトとは別の物なのだから。
そもそも、相手をよく知ってこそ駆け引きが成功するわけで、相手を小バカにした姿勢では墓穴を掘るだけ。
たたし、単に懲罰として試合に出さないのでは意味が無いので、どこが問題なのかをちゃんと子どもに理解させる指導(フォロー)は必要だと思う。

選手側視点での意見が多いけれど、審判側も表向き「公正に」と言ってはいるものの、実際には選手と駆け引きをしている。(優秀な審判ほどこれが上手い)
「騙したつもりが騙されて~」という歌の文句ではないが、選手が審判に対しカマをかけて勝ったつもりでも、実はプラマイゼロの状態だったり逆に負けていたりする。
また、選手側に自分のジャッジのパターンを読ませないよう心がけている審判もいると聞く。
あるいは、その時の気分のままジャッジをする「天然」な審判もいる。

>審判の心の中が手に取るようにわかる選手がチームにいるとしたら、それはとてつもない武器

強豪国レベルなら、こういう選手は確実にいる。
しかしそれでも読み違いあり失敗あり。
人間の心理はそうそう簡単に読みきれるものではない。だから勝負事は難しい。

posted by バロン | 2008-09-15 11:14

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

バロンさん。

書き込み有難うございます。
私は名前覚えが悪いのですが、確か以前にも書き込み頂いた方ではないですか?
懲りずに気が向いたら更新しておりますので、宜しければたまに覗いて頂けると嬉しいです。。

>例に挙げられているコーチくらいのスタンスでもいいのでは?
そうですね。私も書いたとおり「一つの方法」だと思います。逆に駆け引きを積極的に学ばせていくにせよ、生半可な内容では却って悪影響を及ぼしかねませんし。明快な基準で指導する利点も当然無視できません。

>審判側も表向き「公正に」と言ってはいるものの、実際には選手と駆け引きをしている。
この辺も面白いですよね。出来ればいずれスポットを当ててみたいと思いますが、まだ引き出しが足りないです^^。良く言われるのは選手と接する際の、表情のコントロール。同じイエローでも笑顔で出すのと厳しい表情で出すので大分選手の心情も、その後の試合の荒れ方も変わってくると聞きました。名審判と名選手の読み合い、騙し合い。私はそれはそれで大好きですが、理想は観客も選手も審判を意識しないほど試合に集中できる、本当に素晴らしいジャッジです。選手が集中出来る試合ではカードも少ないと言いますしね。

>人間の心理はそうそう簡単に読みきれるものではない。だから勝負事は難しい。
そして、だからこそサッカーは面白い。ってのも付け加えたいですね(笑)。

posted by 辛口 | 2008-09-16 01:53

「ピッチ上での駆け引き」をより良い日本語で解釈する

コメント投稿者ID :

 お邪魔します。
 私は『日本人は騙す側になれるのか』内のコメントで「騙す」ではなく「コミュニケーション」とコメントした者です。
 今回もその路線でいきたいのですが、「実際には駆け引きの重要性は認識として有るものの、どうやって教えたらいいのか正直分らない。」のはピッチ上の駆け引きという行為を子供たちに教える際に、日本語への翻訳の仕方を間違えているからだと思います。"ピッチ上の駆け引き"="騙す"と翻訳するから教えるのに躊躇する、教えても汚いだけの選手になってしまうのです。"ピッチ上の駆け引き"="相手選手&審判とのコミュニケーション"と翻訳して教えれば、「駆け引きを会得しつつ相手や審判をリスペクトすることを忘れない」「シュミレーションをしてもどこか憎めない」一流選手の精神を養えるのです。

posted by 新米パパ | 2008-09-17 10:26

re「ピッチ上での駆け引き」をより良い日本語で解釈する

コメント投稿者ID :

>"ピッチ上の駆け引き"="相手選手&審判とのコミュニケーション"と翻訳して教えれば、一流選手の精神を養えるのです。
そうですね。騙すのもコミニュケーションの一つではありますが、非常に印象が悪く、また騙すだけが相手や審判との望ましい交流ではないですね。
私のところでは一応激辛なのでこのような表現としていますが、伝えたい事は新米パパさんの言われる所と同じだと思います。
日本人にとって、コミュニケーションと言うと、プラスの意味しか浮かばず、騙す行為が含まれない所が有るので、書く方も中々苦労します。
実際にはコミュニケーションの一部だし、騙すこととリスペクトする事は矛盾しないのですがね(笑)。

posted by 辛口 | 2008-09-17 16:48

「駆け引き」を日本化する

コメント投稿者ID :

こんにちは。過去のカキコを熟読中です。
日本には、メンタル面もそしてハングリーさも欠けている。
試合を観ていても、『ぱっ』としない選手が多い。
戦術もその一つだが、理解に欠けていて個が生かせない
残念ではあるが、日本が欧州のようなサッカーは出来ない。監督以下の育成もいかがと思う。U-18位まではいいが、その上がよくない。育成しきれていない。
海外で頑張っている人が日本に貢献してくれれば、まだ日本のサッカー界は救えるのかもしれない・・・・

posted by JO | 2009-02-13 16:28

コメントありがとうございます。

コメント投稿者ID :

JOさん
こんばんは。コメントありがとうございます。まとまりの無い記事ばかりで恐縮です。
私が話して居ることは多分日本の海外サッカーファンにとっては至極当たり前で
かなり多くの方が「何となく感じている差」だと思います。
ですがJリーグファンを初め、欧州のサッカーをあまり知らない人に取っては色々と激辛に映るのかもしれません。
指導者、メンタル、スカウティング、最新サッカーの理解、審判の質、などなど沢山違いはありますが、
ご指摘のU18以降の伸び悩みが今ホットな課題かもしれませんね。
JAMP
http://mainichi.jp/enta/sports/soccer/news/20090124k0000m050014000c.html?inb=yt
など新しい試みも行われていますが、はっきり言って短期間にそれほど好転すると思えません。
積み重ね目指していく先が日本のサッカーに過ぎないからです。
松井選手はフランスリーグを「別のスポーツ」と語っていましたが、追い込まれ
必死に適応させた結果、かえって日本代表に居場所がなくなってしまいました(苦笑)。
欧州基準のサッカーへの拒絶反応が起きてしまう。共存不可能なくらい別物。
上手く言えませんがこれが今の日本の現実なのだと思います。
それが悪いということではなく、違いをどう勝ちに結び付けていくかなんですがねぇ。
ただ、まだ脅かすほどではないですが、ここ10年は確実に日本と欧州の差は縮まったと思います。
またよろしくどうぞ。

posted by 管理人 | 2009-02-13 19:27

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