2008年09月29日
【kamipro】『戦極』でブレイクなるか!? 光岡映二インタビュー
8.24『戦極~第四陣~』で、ブラジリアン柔術の黒帯、ホドリゴ・ダムから劇的なカウンターのフックでダウンを奪い、見事なチョークで一本勝利を収めた光岡映二。初期のPRIDE武士道のリングに上がりながらも、ブレイクするきっかけをなかなか手中にすることができなかったが、『戦極』では一転してスリリングな内容で、二連勝。日本人全員が勝ち残ったライト級GPの中でも注目の選手の一人だ。煽りVでの「負けてもいいからおもしろい試合をする」という発言の真意、そして試合後のちょっとグダグダなプロポーズ発言、そして『戦極』&DREAMライト級戦線などを本人に直撃!! 光岡はライト級の戦国時代で下剋上できんのか!? 聞き手/大川義之――ホドリゴ・ダム戦の勝利おめでとうございます! 試合のあとはどう過ごしてましたか? 光岡 姿をくらましていましたね(笑)。地元に帰って、墓参りなど、やっておかなきゃいけないことをやっていました。やはり、練習でお盆に行けなかったのもあるし、まあ、ご先祖さまのおかげ様ってことで。 ――墓参りするなんて、なんだか宇野さんみたいですね。 光岡 いやいや、ボクは宇野君よりもしてますよ! とりあえず試合終わって、次の日の会見があったんですけど、そのときにも近くの神社に行ってお参りしてきました。縁起を担ぐというのではなく、普段から普通に行っていますね。考えなくても身体が勝手に「あー、行かなくちゃ」って思うんですよ(以下、神社参りのスピリチュアル話が続くが大幅カット)。 ――では今回は願いごとの効果があったのかもしれませんね。試合後はメールとか電話がいっぱいきました? 光岡 けっこうきました。イ・グァンヒ戦が終わってからブログ始めましたが、知らない方々からも凄くたくさんコメントをいただくようになったりして、そういうのは新鮮でしたね。Tシャツも販売したんですけど、知人以外の方々からもほしいっていう連絡をいただいて、凄く嬉しかったです。 ――試合前の煽り映像で、「負けてもいいから、おもしろい試合がしたい」と言ってましたが、これまでの光岡選手からすると、少し意外な気もしたんですよ。あれはどういった心境で出た言葉ですか? 光岡 ボクは性格が凄くネガティブなんです。AB型なので、いつも思っていることに変化があるんです。逆に「負けたらどうしよう」って思ったりもするし。でも、あのときはあのときで、そう思ってたんです。瞬間的に。 ――あ、瞬間的な思いでしたか(笑)。 光岡 あの瞬間だけですよ。だから、ずーっとそう思ってるわけじゃない。ただ、あの発言をしたときは「やっぱり、自分は客さんあってのものだ」と、だから「試合は楽しくないとダメだ」って思って、言ったんですよ。 ――ヨアキム・ハンセン戦(07年11.8 修斗。2-0の判定勝ち)では、勝ちたい思いが先に出ていたような印象もありましたが。 光岡 あのときは、その前の試合で朴光哲選手とやって負けていたんです。だから、早く次の試合をして、なんとしてでも勝ちたいっていうのがありました。ボクは負けてるあいだや、負けたあとって凄く気分的に陰ができていて“負のオーラ”が満載なんです(笑)。だから、そういう「早く勝ちがほしい」っていう気持ちがあったので。だから……。 ――ああいう試合になってしまったと? 光岡 そうですね。 ――ただ『戦極』に上がってからは、スリリングでおもしろい試合ばかりですよね。 光岡 ボクはずっと金網(ケージ・フォース)で闘ってきました。金網の試合は逃げ場がないから「あとは闘うしかない」って感じでワーッと行くんですけど、『戦極』のリングに上がったら凄く開放感があったんですよね。会場も広いし、何も考えずに闘えるようになったんです。いい緊張感があって、素の自分のままで闘えました。 ――『戦極』のリングに合ってたと? 光岡 雑音も感じないし、凄く静かなところでしたし、自分らしく闘えましたね。前回のイ・グァンヒと闘ったときもそういう感じだったので。 ――誰かからアドバイスをもらったりしましたか? 光岡 いや、それはないです。ボクは社長にもアドバイスなどはあまり求めないんです。言われたことを、ただ「はい」って言ってやるぐらいで。たぶん、いろいろな試合をして、強い相手とやった経験で自分にはそれが合っていると思います。あと、(和術慧舟會の)道場には強い選手がいっぱいいるので、みんなのレベルが一緒に上がってきたというのもあります。 ――試合後には、結婚の話もありましたが……。※続きはコチラで!!
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posted by kamipro |01:00 |
戦極 |
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――ホドリゴ・ダム戦の勝利おめでとうございます! 試合のあとはどう過ごしてましたか?
光岡 姿をくらましていましたね(笑)。地元に帰って、墓参りなど、やっておかなきゃいけないことをやっていました。やはり、練習でお盆に行けなかったのもあるし、まあ、ご先祖さまのおかげ様ってことで。
――墓参りするなんて、なんだか宇野さんみたいですね。
光岡 いやいや、ボクは宇野君よりもしてますよ! とりあえず試合終わって、次の日の会見があったんですけど、そのときにも近くの神社に行ってお参りしてきました。縁起を担ぐというのではなく、普段から普通に行っていますね。考えなくても身体が勝手に「あー、行かなくちゃ」って思うんですよ(以下、神社参りのスピリチュアル話が続くが大幅カット)。
――では今回は願いごとの効果があったのかもしれませんね。試合後はメールとか電話がいっぱいきました?
光岡 けっこうきました。イ・グァンヒ戦が終わってからブログ始めましたが、知らない方々からも凄くたくさんコメントをいただくようになったりして、そういうのは新鮮でしたね。Tシャツも販売したんですけど、知人以外の方々からもほしいっていう連絡をいただいて、凄く嬉しかったです。
――試合前の煽り映像で、「負けてもいいから、おもしろい試合がしたい」と言ってましたが、これまでの光岡選手からすると、少し意外な気もしたんですよ。あれはどういった心境で出た言葉ですか?
光岡 ボクは性格が凄くネガティブなんです。AB型なので、いつも思っていることに変化があるんです。逆に「負けたらどうしよう」って思ったりもするし。でも、あのときはあのときで、そう思ってたんです。瞬間的に。
――あ、瞬間的な思いでしたか(笑)。
光岡 あの瞬間だけですよ。だから、ずーっとそう思ってるわけじゃない。ただ、あの発言をしたときは「やっぱり、自分は客さんあってのものだ」と、だから「試合は楽しくないとダメだ」って思って、言ったんですよ。
――ヨアキム・ハンセン戦(07年11.8 修斗。2-0の判定勝ち)では、勝ちたい思いが先に出ていたような印象もありましたが。
光岡 あのときは、その前の試合で朴光哲選手とやって負けていたんです。だから、早く次の試合をして、なんとしてでも勝ちたいっていうのがありました。ボクは負けてるあいだや、負けたあとって凄く気分的に陰ができていて“負のオーラ”が満載なんです(笑)。だから、そういう「早く勝ちがほしい」っていう気持ちがあったので。だから……。
――ああいう試合になってしまったと?
光岡 そうですね。
――ただ『戦極』に上がってからは、スリリングでおもしろい試合ばかりですよね。
光岡 ボクはずっと金網(ケージ・フォース)で闘ってきました。金網の試合は逃げ場がないから「あとは闘うしかない」って感じでワーッと行くんですけど、『戦極』のリングに上がったら凄く開放感があったんですよね。会場も広いし、何も考えずに闘えるようになったんです。いい緊張感があって、素の自分のままで闘えました。
――『戦極』のリングに合ってたと?
光岡 雑音も感じないし、凄く静かなところでしたし、自分らしく闘えましたね。前回のイ・グァンヒと闘ったときもそういう感じだったので。
――誰かからアドバイスをもらったりしましたか?
光岡 いや、それはないです。ボクは社長にもアドバイスなどはあまり求めないんです。言われたことを、ただ「はい」って言ってやるぐらいで。たぶん、いろいろな試合をして、強い相手とやった経験で自分にはそれが合っていると思います。あと、(和術慧舟會の)道場には強い選手がいっぱいいるので、みんなのレベルが一緒に上がってきたというのもあります。
――試合後には、結婚の話もありましたが……。※続きは

