2008年08月28日
【kamipro】意外とインテリ!? 最強柔術家シャンジ・ヒベイロにロングインタビュー
シャンジ・ヒベイロ。はたして日本のMMAファンがこの名前をどれだけ知っているかはわからないが、正真正銘の世界トップクラスのグラップラーであることは間違いない。アブダビコンバットや柔術での優勝歴は錚々たるものだが、柔術に詳しくない格闘技ファンには、2000年5月26日に行なわれた『コロシアム2000』で近藤有己に秒殺されたサウロ・ヒベイロの実弟と言ったほうがわかりやすいかもしれない。9.28『戦極〜第五陣〜』でMMAデビュー戦が発表された、この未知の強豪に『kamiproドットコム』はロングインタビューを敢行した。 聞き手/大川義之——はじめまして! 今日は9.28『戦極〜第五陣〜』でMMAデビューするシャンジさんに話を伺います! シャンジさんは、なんでもアマゾンのジャングル出身だそうですね! シャンジ ああ。オレが生まれたマナウスは、アマゾンのジャングルのすぐ近くさ。父親がボートを持っていたので、子どものころはよくアマゾン川に行って釣りをしたり泳いだりしたもんさ。かなりワイルドな幼少期だったね。 ——そうですか! 格闘技にもその経験は生きていますか? シャンジ もちろんだ。マナウスは田舎だから娯楽も何もない。だからトレーニングぐらいしかすることがないんだよ。それから子どもの頃から毎日、柔術とトレーニング漬けだったから、自然と高校はミリタリースクール(陸軍士官学校)に進学した。士官学校では毎年ジャングルでサバイバルな訓練をしていたよ。そんな経験をしている人はあまりいないだろう? フフフ。 ——いないでしょうね(笑)。でもどうしてミリタリースクールに進学したんですか? シャンジ 当時はまさか自分がプロの格闘家になるとは思ってないから、将来はジェネラル(大将)になろうと思っていたんだ。こう見えてもオレはデキのいい生徒だったんだぜ(ニヤリ)。高校はブラジルの名門だったし、大学も法学部を専攻していたんだ。 ——インテリじゃないですか! シャンジ 実際、父はいい教育を受けさせてくれたた思うよ。ただ、柔術では学業よりもっといい成績を収めることができたので、アメリカで柔術のアカデミーをオープンするチャンスを得たんだ。 ——文武両道を地で行くタイプだったんですね(笑)。 シャンジ ビジネスで将来的な計画もなくはなかったけど、大学3年生の時点で、学業には見切りをつけたよ。要は教科書をサブミットして格闘家として生きていくことに決めたんだよ。 ——では子どもの頃はケンカもしなかったですか? シャンジ ストリートファイトは一度もしたことがないね。自分はいつもグループの中でリーダー的な存在だったから、争いごとが起きても拳じゃなく言葉で仲裁にすることが多かったね。拳は格闘技のトレーニングのためにとっておいたよ(笑)。 ——理論派だったんですね。そういえばジャカレイ選手もマナウスにいたことがありますが、面識はありましたか? シャンジ 彼はブラジルの東海岸で生まれて14歳のころにマナウスに来たんだ。ちょうどオレが渡米するのと入れ違いだったから、知り合ったのはアメリカに移住してからだね。じつはジャカレイがDREAMに出る前も、オレたちはずっとサンディエゴで一緒に練習してたんだよ。 ——ジャカレイ選手のDREAMでの活躍は刺激になりましたか? シャンジ もちろんさ! MMAは柔術のトレーニングの延長線上にあるし、ホジャー(・グレイシー)やジャカレイの活躍を観て「よし! 自分も」という気になったよ。 つづきはkamiproドットコムで!!
Alexandre "Xande" Ribeiro■1981年1月20日、ブラジル・マナウス出身。実兄はサウロ・ヒベイロ。ブラジリアン柔術で数々の優勝をはたしている最高峰の柔術家。すでに一足先にMMAデビューしているホジャー・グレイシーとはライバル関係にあり、今年のムンジアル無差別級の決勝ではホジャーを下して優勝。MMAの練習も兄のサウロとともに早くから準備しており、今回の『戦極』参戦は満を持してのMMAデビューとなる。182cm、92kg。 【獲得タイトル】 02年柔術世界選手権黒帯アブソルート級3位、04年柔術世界選手権黒帯ペサード級優勝&アブソルート級3位、05年柔術世界選手権黒帯スペルペサード級準優勝、06年柔術世界選手権黒帯ペサード級・アブソルート級優勝、07年柔術世界選手権黒帯ペサード級優勝、08年柔術世界選手権黒帯ペサード級・アブソルート級優勝、07年アブダビコンバット 99kg未満級優勝
posted by kamipro |22:41 |
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戦極~第四陣~ ~五味、「一人DREAM超え」ならず・・・ 【Y.G.net】
先週24日に行われた、「戦極~第四陣~」の全試合結果は以下の通り。 戦極~第四陣~8月24日(日) さいたまスーパーアリーナ第1試合 ×高橋和生(1R 2'42" KO)ヴァレンタイン・オーフレイム○第2試合 ×ピーター・グラハム(2R 0'42" チョークスリーパー)モイス・リンボン○第3試合 ×パウエル・ナツラ(2R 2'15" TKO※レフェリーストップ)ヤン・ドンイ○第4試合 戦極ライト級GP1回戦 ○廣田瑞人(2R 4'45" KO)ライアン・シュルツ× 第5試合 戦極ライト級GP...
2008-08-30 22:52 | 続きを読む

——はじめまして! 今日は9.28『戦極〜第五陣〜』でMMAデビューするシャンジさんに話を伺います! シャンジさんは、なんでもアマゾンのジャングル出身だそうですね!
シャンジ ああ。オレが生まれたマナウスは、アマゾンのジャングルのすぐ近くさ。父親がボートを持っていたので、子どものころはよくアマゾン川に行って釣りをしたり泳いだりしたもんさ。かなりワイルドな幼少期だったね。
——そうですか! 格闘技にもその経験は生きていますか?
シャンジ もちろんだ。マナウスは田舎だから娯楽も何もない。だからトレーニングぐらいしかすることがないんだよ。それから子どもの頃から毎日、柔術とトレーニング漬けだったから、自然と高校はミリタリースクール(陸軍士官学校)に進学した。士官学校では毎年ジャングルでサバイバルな訓練をしていたよ。そんな経験をしている人はあまりいないだろう? フフフ。
——いないでしょうね(笑)。でもどうしてミリタリースクールに進学したんですか?
シャンジ 当時はまさか自分がプロの格闘家になるとは思ってないから、将来はジェネラル(大将)になろうと思っていたんだ。こう見えてもオレはデキのいい生徒だったんだぜ(ニヤリ)。高校はブラジルの名門だったし、大学も法学部を専攻していたんだ。
——インテリじゃないですか!
シャンジ 実際、父はいい教育を受けさせてくれたた思うよ。ただ、柔術では学業よりもっといい成績を収めることができたので、アメリカで柔術のアカデミーをオープンするチャンスを得たんだ。
——文武両道を地で行くタイプだったんですね(笑)。
シャンジ ビジネスで将来的な計画もなくはなかったけど、大学3年生の時点で、学業には見切りをつけたよ。要は教科書をサブミットして格闘家として生きていくことに決めたんだよ。
——では子どもの頃はケンカもしなかったですか?
シャンジ ストリートファイトは一度もしたことがないね。自分はいつもグループの中でリーダー的な存在だったから、争いごとが起きても拳じゃなく言葉で仲裁にすることが多かったね。拳は格闘技のトレーニングのためにとっておいたよ(笑)。
——理論派だったんですね。そういえばジャカレイ選手もマナウスにいたことがありますが、面識はありましたか?
シャンジ 彼はブラジルの東海岸で生まれて14歳のころにマナウスに来たんだ。ちょうどオレが渡米するのと入れ違いだったから、知り合ったのはアメリカに移住してからだね。じつはジャカレイがDREAMに出る前も、オレたちはずっとサンディエゴで一緒に練習してたんだよ。
——ジャカレイ選手のDREAMでの活躍は刺激になりましたか?
シャンジ もちろんさ! MMAは柔術のトレーニングの延長線上にあるし、ホジャー(・グレイシー)やジャカレイの活躍を観て「よし! 自分も」という気になったよ。
つづきは

