2008年02月23日

人生すべて運

              人生すべて運

キーワード
内藤 三崎 ドーピング 千代の富士 隆の里 プロレス不祥事 謝罪の大安売り 

1、内藤と三崎
つい一年前までは、世間的にはまったく無名だったご両人が、ひょんなことから、ビッグネームのヒールと戦い、運よく勝利し、一躍脚光を浴びた。

「格闘技をする人に悪人はいない」「スポーツマンはみな誠実で、明るくさわやか」「最後には必ず正義が勝つ」という皮相浅薄な幻想を大衆に抱かせた点は個人的には感心しないが、「悪者を倒した正義の使者」という社会的評価を得て、現在に至る。人生すべて運の典型。シンデレラボクサーズ。

2、角界の反ドーピングキャンペーン
禁止薬物の使用は、本人の健康を害し、社会的に不正義であるとの認識が一般的に定着したため、営利のプロスポーツ団体であっても、反ドーピングの立場を鮮明にするのが世の趨勢となってきた。相撲界もその例外ではない。

「大きいことは強いことだ」「強くなるためだったら、命を削ってもいい」「悪魔に魂を売っても勝ちたい」・・・昔から、そんな切羽詰った思いを抱いて、相撲取りは、たらふく飯を食ってきた。

しかし、いかんせん、飯だけでは効率が悪い。筋肉量よりも脂肪量ばかりが増えてしまうからだ。食事よりも、もっとバンバン筋肉が増え、大きくなれるクスリはないか。そんな「すぐれもの」があれば、体に悪かろうが、卑怯だと言われようが、そんなことは末の末の話だ。横綱になっちまえばこっちのものだから。

俺の時代はよかった、というか、運がよかった。・・・。反ドーピングの意識が定着する前に、横綱になった力士たちは今、ほっと胸をなでおろす。

3、マイナー団体所属のプロレスラーの一生の不覚
所属団体の女性職員の下腹部を服の上からおさわりしたため、仲間からは白眼視され、団体からは追放抹殺の憂き目にあう。強制わいせつの嫌疑で立件されるというわけでもないとすれば、罪と罰の比例原則からすると、すこし気の毒な気もする。

ともあれ、ここまで事が大きくなる(大きくされる)とは、ご本人としては、想定外だったのかもしれない。

それだけ団体自体の危機管理意識が進んでいたとみるべきか、はたまた、これを機に厄介払いされたとみるべきか。前者ならば、ただ単に運が悪かったのであろうが、後者ならば、日々の素行の悪さに起因するわけだから、「合わせて一本」という感じで、自業自得ということなのだろう。

それと、所属チーム?自体の活動停止とメンバーによる涙ながらの「熱血謝罪」は、過剰演技くさい。もっとも、これもプロレス流のパフォーマンス(大衆に媚びる手練手管)の一種というのであれば、それはそれでよろしいのではありましょうが。

当の本人、いずれは復活するのでしょうか。復活する場合は、より強いプロレス流のインパクトで再登場ということになるのでしょうね。見る予定はありませんが。

posted by 亀山猫太郎 |10:13 | コメント(17) | トラックバック(0)
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