2006年10月21日
二度目のワールドシリーズに臨む田口壮外野手(Photo:Ryo Ueda)
セントルイス・カージナルスのナ・リーグ制覇で、田口壮選手は一昨年に続いて2度目のワールドシリーズ進出を果たすことになりました。大舞台に再び臨むのは、日本人選手としては初めてのことです。また、これで2002年の新庄剛志選手(当時ジャイアンツ。現北海道日本ハム)、03年の松井秀喜選手(ヤンキース)、04年の田口選手、05年の井口資仁選手(ホワイトソックス)と、日本人選手は5年連続でワールドシリーズに登場することになります。
シリーズ出場に果たした貢献度という点で、今年の田口選手は03年の松井選手や昨年の井口選手を間違いなく上回るでしょう。限られた出場機会でありながら、ポストシーズン2本塁打、打率10割の大当たり。しかもメッツとのリーグチャンピオンシップでは、第2戦で守護神のビリー・ワグナーから放った逆転の3ラン、第6戦でも試合には敗れたものの、同じワグナーから2点タイムリー二塁打を放ち、これが最終戦でウィリー・ランドルフ監督にワグナー投入の決断を遅らせた要因にもなりました。
この田口選手の活躍を見て、私が思い出したのが、2年前のセントルイス取材です。いまはなき旧ブッシュスタジアムの一塁側ダッグアウトでカージナルスの打撃練習を見ていた私は、傍らにカージナルスの赤い練習用ユニフォームを身にまとったひとりの老紳士が座っているのに気づきました。彼の背番号は「2」。実はこの人、1940年代から50年代にかけてカージナルスの名二塁手として活躍し、1960年代には監督としてチームを2度のリーグ優勝と世界一一度に導いたレッド・シェーンディーンストさんだったのです。背番号2は永久欠番に指定され、殿堂入りを果たしているこのセントルイスの偉人に私は図々しくも話しかけ、1968年にカージナルスを率いて来日したときのエピソード、そして田口選手について質問をしました。
「ソウは素晴らしい男だよ。練習はいつも他の選手たちの先頭を切ってこなしているし、たとえ出番が少なくても、そのための準備を常に怠っていない。そして、試合に出れば、打席でも守りでもきちんと監督が求める役割を果たしてくれるんだからね」
そして、シェーンディーンストさんが語った次の言葉こそ、まさにカージナルスというチームにおける田口選手の存在価値を物語るものでした。
「いいかね、いまのカージナルスに必要なのはソウ・タグチなんだ。イチロー・スズキでもヒデキ・マツイでもない」
昨年は143試合に出場し、114安打、8本塁打、53打点、打率.288をマークした田口選手も、今季は134試合、84安打、2本塁打、31打点とやや不本意な成績に終わりました。ただ、これだけ出場機会が減ったにもかかわらず、得点は46で昨年を1つ上回っていたところが、やはりチームプレーに徹する田口選手らしいところでした。こうした目立たない貢献度を、名将トニー・ラルーサが見逃しているはずがありません。
さて、カージナルスとタイガースのワールドシリーズでの顔合わせは、1934年、1968年に続いて38年ぶり3度目になりますが、過去2回はいずれも第7戦までもつれ込んでいます。34年はカージナルスの「ガスハウスギャング」が走り回り、この年30勝を兄弟で計49勝をマークした兄ディジー(30勝)と弟ポール(19勝)が2勝ずつを挙げてタイガースを抑え込み、68年はタイガースの左腕ミッキー・ロリッチが3勝を挙げる活躍で、公式戦での防御率1.12、シリーズ第1戦では17奪三振の新記録をマークした殿堂入り投手のボブ・ギブソンを擁していたカージナルスを下しています。
カージナルスのラルーサ、タイガースのリーランド両監督は、もともとホワイトソックス時代に監督と三塁コーチを務め、リーランドは昨年までカージナルスのスカウト部に籍を置くなど、親しい間柄でもあります。そして両者のどちらがシリーズに勝利しても、1984年のスパーキー・アンダーソン監督(タイガース。1975・76年にレッズで世界一)以来史上2人目となる両リーグでのワールドシリーズ優勝監督(ラルーサは89年アスレチックス、リーランドは97年マーリンズ)となり、将来の殿堂入りがより近づくことになります。
タイガースの強力投手陣と、現役メジャー最強打者アルバート・プホルスとの対決など、今年も見どころの多いシリーズになる予感がします。
posted by Ryo Ueda |14:33 |
Baseball/MLB |
2006年10月10日
1997年に出版されたバック・オニール氏の著書「I Was Right On Time」
約2ヶ月ぶりの更新で、悲しいニュースをお伝えしなければなりません。
戦前から戦後にかけて、サッチェル・ペイジやジャッキー・ロビンソンらの大選手たちもプレーしたニグロリーグの名門カンザスシティー・モナークスで、選手、監督として活躍し、その後はメジャーリーグ初の黒人コーチとしてアーニー・バンクスやルー・ブロックらのちの殿堂入り選手の指導にあたったことでも知られるバック・オニールさんが、去る8日、カンザスシティーで亡くなりました。享年94歳でした。近年はカンザスシティーにある「ニグロリーグ野球博物館」の理事長や野球殿堂のニグロリーグ選出委員などを務め、またこの夏には独立リーグに選手として史上最年長での出場を果たし、日本でも話題になったばかりでした。
3年前の2003年6月、私は初めてカンザスシティーの地を訪れました。ここを訪れたのは、カウフマンスタジアムでロイヤルズの試合を見ることと同じくらい、いやそれ以上にニグロリーグ野球博物館に足を運ぶのが大きな目的でした。
最初はまったくフリーの見学者として訪れたのですが、小さなスペースながら実に充実したその展示内容に感銘を受けた私は、その場で同館広報担当の方に取材をお願いし、翌日博物館を再訪しました。そのとき、幸運にもオニールさんにお目にかかることができたのです。
オニールさんはそのときもう90を超えていたのですが、178cmの私が見上げるほどの長身で、しかも自ら中古のセダンを運転して博物館に通勤するほどお元気でした。ですから、ご高齢であることは認識していたのですが、せいぜい70代後半か80代の前半だと思っていたのです。ホテルに帰って、改めてそのプロフィールを見て大変驚いたものです。
ニグロリーグ野球博物館では、広報担当の方に改めて館内を案内していただき、展示内容やニグロリーグ野球の歴史についてひと通りの説明を受けたあと、私はオニールさんも挨拶をしました。オニールさんは遠来の私の来館を大変喜んでくださり、「ここで紹介されているパイオニアたちの活躍や業績があったからこそ、今日、あなたの国からも素晴らしい選手たちを迎えることができた。そのことを忘れないで下さい」と熱心に私に語りかけてくれました。そのときの穏やかな笑顔が、今も昨日のことのように思い出されます。
ニグロリーグのみならず、野球界全体に多大な貢献をしてきたオニールさんでしたが、教え子のバンクスやブロックが初年度でメンバーに名を連ねたクーパースタウンの野球殿堂には、残念ながら選ばれることなく、帰らぬ人となってしまいました。今年の特別表彰はニグロリーグ関係者から多数の選出があったのに、なぜかオニールさんは僅差で選外となり、そのことに大きなショックを受けていたとも言われています。しかし、彼が野球界の発展に果たしてきた役割の大きさは多くの人が知っており、前述した独立リーグでの最年長出場をはじめ、来年以降の殿堂入りを実現させるための動きも高まっていただけに、天寿を全うされたとは言え、誠に惜しまれる死ではありました。
ジャッキー・ロビンソンのドジャース入りでメジャーリーグにおける人種の壁が崩され、その後数多くの黒人プレーヤーが活躍し、さらにテレビ放送が本格的に普及すると、そのあおりを受ける形で、ニグロリーグ及び地域独立プロ野球としてのマイナーリーグは60年代までに衰退の道をたどることになりました。しかし、オニールさんはこのことについて尋ねられると、「ニグロリーグは忌まわしい人種差別社会が生んだ『あだ花』でした。だからメジャーでカラーバリアが破られたあとは、その役割を終えたと考えるべきです」と語っていました。この見解については、元ニグロリーグ関係者や野球研究者の間にも異論はあるのですが、それでもオニール氏を含むニグロリーグの選手や関係者たちが、アメリカ社会が人種差別体制を克服していく過程で、大きな歴史的役割を果たしたのは間違いありません。
さて、ニグロリーグ博物館を辞去したあと、私は正面玄関の前に駐車してあったオニール氏のセダンに目を留めました。そのリアウィンドウには、無造作に1個のボールが置かれており、そこにはサインらしきものが書かれていたので、私はその正体を確かめるため、車に近づいてみました。驚いたことに、サインボールに書かれていた名前は、
「Ted Williams」
添えられた「To Buck」の文字が、最後の4割打者から、生前、オニール氏に贈られたサインボールであることを証明していました。
このエピソードはこれまでに発表した原稿でも、スカパー!MLBの放送においても、一切公表したことがありませんでした。それは、万が一にも、オニールさんの身辺に危険が及ばないように考えてのことでした。そして、できることならば未来永劫、私の心の中にしまっておきたかったのですが、オニールさんの訃報に接し、彼がアメリカの野球界でいかに偉大な存在であったかを伝える意味でも、あえて今日その封印を解くことにしました。
改めて、オニールさんのご冥福をお祈りいたします。
○オニールさんの訃報を伝えるロイヤルズ公式サイトの記事
http://kansascity.royals.mlb.com/NASApp/mlb/news/article.jsp?ymd=20060928&content_id=1687696&vkey=news_kc&fext=.jsp&c_id=kc
○ニグロリーグ博物館公式サイト
http://www.nlbm.com/
posted by Ryo Ueda |22:49 |
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