2006年07月22日
渡米日記(3)フィラデルフィアにて~半世紀、同一球団で監督を務めた男
フィラデルフィア・フィリーズの本拠地シチズンズバンクパークとその周辺では、往年の名プレーヤーたちの銅像が設置されて、ファンがその前で記念撮影をしている光景を見かけます。 バックネット側後方の正面入り口前には、私のプロフィール写真で一緒に映っている50年代の大投手ロビン・ロバーツ、三塁側の入り口には史上最高の強打攻守の名三塁手マイク・シュミット、レフトスタンドの入り口には「レフティー」にちなんで左腕投手歴代2位の通算329勝をマークしたスティーブ・カールトン、そして球場内のセンター後方にあるコンコースには、殿堂入りの名中堅手リッチー・アシュバーンの銅像が建てられています。 そして以前の本拠地ベテランズスタジアムの跡地にある駐車場の入り口には、背広姿で右手にスコアブックを持っている長身の紳士の銅像が観客の行き来を見守っています。この像は、1901年のアメリカンリーグ創設以来、1950年まで実に半世紀の長きにわたってフィラデルフィア・アスレチックス(現オークランド)の監督を務めたコーネリアス・マッギリカディー、通称コニー・マックがダッグアウトで采配を振るう姿を再現したものです。 マックは共同オーナー兼監督としてアスレチックスの創設に加わる前にも、1894年から3年間、ピッツバーグ・パイレーツの監督兼捕手を務めており、合計の監督在任期間は53年、通算7755試合、勝利数3731勝のメジャー記録を保持しています。1937年には、当時まだ現役の監督だったにもかかわらず、殿堂入りを果たしました。 このマックの記録を現在の代表的な名将たちの数字と比較してみると、マックの記録がいかに空前絶後のものであるかは一目瞭然になります。 試合数 コニー・マック 7755 トニー・ラルーサ(カージナルス)4213 ボビー・コックス(ブレーブス) 3790 ジョー・トーリ(ヤンキース) 3606 勝利数 マック 3731 ラルーサ 2267 コックス 2137 トーリ 1931 もっとも数字が近いラルーサでも、試合数で3542、勝利数でも1464もの差がありますから、おそらく将来もよほどのことがない限り、マックの試合数と勝利数の記録が破られることはないでしょう。 しかし史上最多勝利と同時にマックは最多敗戦記録3948も喫しており、勝率は.486で負け越し。1910年代にはチーフ・ベンダー、ルーブ・ワッデル、エディー・コリンズ、フランク・ベイカー、20年代終わりから30年代にかけてはレフティー・グローブ、ミッキー・カクレーン、ジミー・フォックス、アル・シモンズといった、のちに殿堂入りを果たす名選手たちを擁して、ア・リーグ優勝9回、ワールドシリーズ制覇5回を記録したのですが、オーナーを兼任していたことから、優勝が続いて主力選手のサラリーが上がると他球団に放出する「スクラップ&ビルド」を繰り返したことで、チームは2度の黄金時代を築きながら一転して最下位に沈むパターンを繰り返しました。 その結果、マックが50年限りで監督と球団経営から引退したあともアスレチックスは慢性的な不入りに悩まされ、55年にはカンザスシティー、さらに68年にはオークランドへ移転し、現在に至っています。その後、球団の株式を所有する人間がユニフォームを着ることが禁止されたため、1977年にブレーブスのテッド・ターナー・オーナーが1試合だけ采配を振るったのを最後に(協約違反でコミッショナーから警告を受ける)、マックのようなオーナー兼監督は出現していません。 またマックは、当時の監督の多くと違って、三塁コーチャーズボックスではなくダッグアウトで采配を振るい、しかもユニフォームではなく背広を着用して、スコアカードで守備位置を指示するのがトレードマークでした。シチズンズバンクパークの銅像はその当時の姿を再現したものです。 1934年(昭和9年)秋、読売新聞社の招聘で、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ(ヤンキース)の両巨砲を中心とした大リーグオールスターが来日したとき、その采配を振るったのもマックでした。このチームにはほかにフォックス、レフティー・ゴメス(ヤンキース)、チャーリー・ゲーリンジャー(タイガース)と、のちに殿堂入りを果たした6人の野球人が加わっていたわけです。 この来日が縁で、読売ジャイアンツ生みの親の一人として知られ、日本の野球殿堂入りも果たしている鈴木惣太郎氏とは、1956年に93歳で天寿を全うするまで交友が続きました。現在も鈴木氏の遺品にはマックからのクリスマスカードなどが遺されています。 それにしても、フィリーズのみならず、同じフィラデルフィアを本拠地にしていた対抗リーグのライバルチームを率いていた老将の銅像まで建設し、その栄誉をたたえる光景を見ていると、改めて球界のパイオニアを大切にするメジャーリーグと、最大の功労者である王貞治、長嶋茂雄両氏の銅像すら建てようとする動きも見られない日本球界の姿勢の違いを痛感せずにはいられません。
posted by Ryo Ueda |17:25 |
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