2006年07月12日

渡米日記(2)スタッテンアイランド~MLBフランチャイズとしての歴史

更新が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。今週からまた皆さんを毎週ベースボールとMLBの歴史紀行にご案内します。

さて、前回ご紹介したヤンキース傘下1A「スタッテンアイランド・ヤンキース」の本拠地リッチモンドカウンティバンクボールパーク@セントジョージですが、実はこの場所はヤンキースタジアム(1923年開場)やシェイスタジアム(1964年開場)、さらには今はなきブルックリン・ドジャースの本拠地だったエベッツフィールド(1913年開場)よりも古いメジャーリーグのフランチャイズが置かれていた歴史があります。

19世紀末。当時、セントラルパーク北の110丁目と112丁目の間にあったポログラウンズを本拠地としていたニューヨーク・ジャイアンツ(現サンフランシスコ)は、1886年と87年に、NY市が行なった道路工事のため、公式戦数試合をスタッテン島の北端にあるフェリー乗り場に隣接していたセントジョージクリケットグラウンズで開催しました。現在、SIヤンキースが本拠地をおいているのとまさに同じ場所です。

1889年4月、ポログラウンズで火災が発生して木造のスタンドが全焼し、その後NY市から球団がこの土地の明け渡しを命じられて試合開催が不可能になると、当時のオーナーは急きょ、セントジョージクリケットグラウンズに仮設スタンドを建設し、ニュージャージーで2試合を消化したあと、4月29日から主催試合をこの場所で行なうことになりました。
しかし、もともと野球専用球場として作られていなかったこの場所は、外野が湿地帯だったうえ、三塁側のファウルライン近辺をはじめ、フィールドのあちこちに傾斜があるなど、本拠地球場として恒久的に使用するにはあまりにも多くの支障がありました。
結局、ジャイアンツのオーナーはマンハッタンのアップタウンにある155丁目と8番街の間に二代目のポログラウンズを突貫工事で建設し、スタッテン島での公式戦が6月14日まで23試合開催されたあと、6月中旬、ジャイアンツは新天地に移ることになりました。

この年、ジャイアンツはナ・リーグのペナントを獲得し、当時の対抗組織だったアメリカンアソシエーション(AA)で優勝したブルックリン・クラブ(現ドジャース)とのワールドシリーズも制しましたが、そのうち1試合を、感謝の意味もこめてスタッテン島で開催しています。つまり、ワールドシリーズが行なわれた歴史においても、セントジョージはヤンキースタジアムやシェイスタジアムよりも古い歴史を持っているのです。

その後、セントジョージクリケットグラウンズは、20世紀に入り、造船所を経て、ボルティモア&オハイオ鉄道の操車場に転用され、長い間使用されてきましたが、2001年に当時の市長ルドルフ・ジュリアーニ氏の肝いりで、ニューヨーク市がマイナーリーグ用の球場を建設し、すでに1999年からフランチャイズを移し、大学野球部の球場を使用していたSIヤンキースが恒久的な本拠地として使用するようになって、今日に至っているのです。
現在、同時期にブルックリン地区再開発によって建設されたキースパンパークを本拠地とするメッツ傘下1Aブルックリン・サイクロンズとの対戦は、親球団が激突するサブウェイシリーズに対して「フェリーシリーズ」と呼ばれ、双方でいつも満員の観客を動員する人気のカードになっています。

(参考資料:Jim Reisler「Babe Ruth Slept Here~The Baseball Landmarks of New York City」


posted by Ryo Ueda |15:32 | Baseball/MLB |
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この記事に対するコメント一覧
Re:渡米日記(2)スタッテンアイランド~MLBフランチャイズとしての歴史

摩天楼便りのブログから飛んできました。
“フェリーシリーズ”とは、やはりフェリーで行き来するから付けられた名前なんでしょうね。
それにしても、やはりメジャーの球場は歴史が古いですねぇ。ニューヨークなら地震もないし、建築物が割と長持ちするんでしょう。
私は日本在住なので日本のボールパーク(というかドーム球場)にしか行かないのですが、メジャーのような青空の下に広がる天然芝の球場に憧れますね。スタッテンアイランドにも一度行ってみたくなりました。

posted by JOH | 2006-07-13 17:09